ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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決戦前夜的なやつその1

※思い切りキュルケの父親に捏造入ってます


その9

「ふ、ふふふふふふふ」

「ひ、姫さま……」

 

 ドン引きである。ルイズは黒いオーラを纏いながらひたすら笑い続けるアンリエッタを見て、関わらないほうが絶対にいいだろうという結論を出した。出したのだが、それでも声を掛けてしまったのは、まあ、彼女がそういう性格だからとしか言いようがない。

 

「しかしまあ、見事にやられたな」

 

 はっはっは、と笑うのはジョゼフである。シャルルと共に被害の書類の山を処理しながら、そんなアンリエッタの様子を眺めていた。

 笑い事じゃない、とイザベラは涙目で処理の手伝いをしていた。シェフィールドは現在治療中である。

 尚、ウェールズも大体同じ状態であった。マザリーニが過労で倒れたのが原因である。

 

「笑い事ではありませんわ!」

「笑い事だよ。少なくとも、嘆く意味はない」

 

 ぐ、とアンリエッタは言葉に詰まる。不貞腐れた表情のまま、しかし笑いを収め、彼女は書類の処理に集中し始めた。怒りか、それ以外の理由か。ジョゼフ達の作業にあっという間に追い付いたアンリエッタは、そのまま同じスピードで処理を続けていく。

 

「まあ、王妃が嘆く理由も分からないわけではないですけど」

 

 はぁ、と溜息を吐いているのはトリステイン側の処理の手伝いをしているエレオノールである。頭の包帯が若干痛々しいが、そんなこと気にする暇があったら手を動かせと本人に言われたので誰も何も言わない。

 

「トリステインとガリアはほぼ壊滅……三国同盟の戦力は十分の一、か」

 

 ウェールズがぼやいた。狂乱の宴の結果、まともに動ける人員がトリステイン、ガリア共々ほぼほぼいなくなっていた。トリステインのグリフォン隊は隊長が重症であるし、マンティコア隊、ヒポグリフ隊もほぼ同様。アンリエッタ子飼いの銃士隊もアニエスが倒れている以上動きは半減している。ガリアも同じように花壇騎士の隊長格がほとんど同士討ちで要治療に陥っていた。

 動けるのは北花壇騎士七号を主軸としたオルレアンの小隊程度。早い話がタバサである。

 

「トリステインは一応、ヴァリエール公爵軍がいるのだろう?」

「……ええ、一応」

 

 ジョゼフの言葉に返答したのはエレオノール。同時に、ルイズもその言葉でさっと視線を逸らした。その行動で何かあったのだと覚ったジョゼフは、そうかまあ頑張れととりあえず流す。

 そうしながら、さてどうしたものかと別の書類を手に取った。

 

「これではガリア、トリステイン両国共に単体で討伐隊を組むのは不可能に近い」

「そうですね。三国同盟――アルビオンの力を借りて、そこに編入させるのが精々でしょう」

 

 同じことを考えていたウェールズも書類を手にしながらそう述べる。述べながら、そこが頭の痛いところだと溜息を吐いた。

 被害の大きさには偏りがあったのだ。トリステインとガリアの被害に比べ、アルビオンはマシであった。それでも少なくない被害は出たので、こちらの提案を断ることはないであろう。

 問題はそれ以外である。ロマリア、クルデンホルフ、オクセンシェルナは比較的軽微。各々で立て直すことは何ら問題なし。

 

「そしてゲルマニアが……ほぼ無傷」

 

 舌打ちしながらアンリエッタは呟く。被害状況は横ばいだという想定のもとにプランを練っていた彼女に、アルブレヒト三世は鼻で笑うように却下したのだ。こちらには何ら問題はない、奇襲に備えられなかったそちらの問題であろう、と。

 

「あの顔! 若造が治める国は所詮そんなものかと見下したような、あの、顔!」

「落ち着いてアンリエッタ」

「落ち着いていられますか! あの男はわたくしの大事な貴方の――ウェールズ様の治めるこの国を、わたくしの大事なトリステインを、馬鹿にしたのですよ!」

「仕方あるまい。今回は甘んじて受けるべきだ」

「ジョゼフ陛下……!」

「若いな、アンリエッタ王妃。普段の貴女はもう少し冷静だぞ。この程度の罵倒など笑って受け流すような、な」

 

 まあ旦那の悪口は許せんわな、とジョゼフは笑う。怒りと照れで顔を赤くしたアンリエッタはプルプルと震え、下唇を噛むように顔を顰めると立ち上がりかけていた腰を再度下ろした。

 生暖かい視線を感じたので顔を動かすと、横のルイズが猛烈な勢いで顔を逸らすのが見えた。普段の意趣返しをされているような気がして、アンリエッタの機嫌は益々斜めになった。

 

「――ああ、本当に、久しく忘れていましたわ」

 

 顔の上半分を手で覆う。表情を判りづらくさせた彼女は、見える部分、口元だけを三日月に歪ませ、そのまま言葉を紡いだ。彼女には珍しく、考えることなく、感情のままに言葉にした。

 

「わたくしをここまでコケにしたお馬鹿さん達には、とっておきの贈り物をしなくては」

 

 あ、キレてる。それを理解したルイズは、頬杖をつきながら小さく溜息を吐いた。こういう時の姫さま、めんどくさいのよね。そんなことを思いながら。

 

 

 

 

 

 

 というわけで、という何がどういうわけなのかわからないまま、一人の少女が戦艦の艦長に任命されていた。指示の大半は部下が行ういわば象徴としての意味合いの強いものであったが、しかし彼女にとっては寝耳に水である。目をパチクリとさせ、キョロキョロと辺りを見渡し、そして貰った書類を再度見る。

 貴殿を『ロイヤル・ソヴリン』の艦長に任命したい。命令ではなくお願いであったが、そこには確かにそう書かれていた。

 

「ぼ、ぼ、ぼ、ボーウッドさぁぁん!」

 

 隣にいる軍人の男性に彼女は泣きついた。これは何かの間違いですよね、と問い掛けるが、現実ですからしっかりしてください殿下と返される。ヨロヨロと後ずさると、彼女はそのまま力尽きたように椅子へとへたり込んだ。

 ちなみに、この一連の動きの間に彼女の胸部が激しく揺れた回数は二十を超える。

 

「何が不満だティファニア」

「何が、って……わたし、軍の指揮なんかやったこと」

「無いのか?」

「……ある、けど」

 

 レコン・キスタ討伐戦での大将はティファニアであった。アンリエッタの指導もあったが、最終的に指示を出したのは彼女自身である。とはいえ、所詮付け焼き刃、本職の軍人に到底敵わないということは、よく分かっていた。

 それを述べると、ティファニアに問い掛けた彼女は、ファーティマはふんと鼻で笑う。そこにも書いてあるだろうと書類を指出し、そして口角を上げた。

 

「お前はお飾りだ。士気向上のための旗。余計な心配なんぞするな」

「うぅ……」

 

 そうだけど、とぐずるティファニアを見ながら、ファーティマはやれやれと肩を竦める。大体だな、と溜息とともに言葉を紡ぎながら、机にある別の書類を手に取った。

 元々これは戦力のなくなったトリステインとガリアがアルビオンに泣きつく形での編成である。事実、別のフネにはアンリエッタとウェールズが、また別のフネにはジョゼフとシャルルがそれぞれ艦長として搭乗する手はずになっているのだ。ティファニアが艦長になるのは、それらを誤魔化すパフォーマンスという意味合いもある程度は含まれているわけで。

 

「ゲルマニアだかなんだかとロマリア以外はほぼ合同軍になるんだろう? お前が一人いたくらいじゃ変わらん」

「そう、かな……」

「ああ。何より」

 

 ほれ、とファーティマは向こう側を指差す。ティファニアを艦長に任命するついでに船員にされたらしい二人の少女を彼女に見せ付けた。

 

「あれもいるんだ。お前なんぞ影が薄くて旗にもならん」

「酷い!?」

「酷いのは今のわたしの境遇だぁぁぁ!」

 

 叫ぶツインテール。その横で着物に似た服装の少女がまあまあと彼女を宥めていた。

 

「何でよ! わたしクルデンホルフよ!? 学生なんだからそもそも討伐隊に編成されるのが間違いだってのを置いておいても、乗るなら向こうのフネでしょぉぉぉ!」

「大丈夫だベアトリス。わたしもオクセンシェルナではなく、ここだ」

「だからそれが間違いだって言ってんでしょうが馬鹿クリス!」

 

 そうしてギャーギャーと叫ぶベアトリスと宥めるクリスティナを見て、ティファニアは少し気分が楽になった。ふう、と息を吐くと、ファーティマ、ベアトリス、クリスティナ、そしてリシュの名前を呼ぶ。

 

「ありがとう。みんながいてくれて、本当に良かった」

「ふん」

「別にあんたのためじゃないわよ。わたし無理矢理巻き込まれたんだし」

「素直じゃないなベアトリス。こういう時述べる言葉は、なあリシュ」

「そうね」

 

 どういたしまして。こっそりとファーティマも混ざっていたそれを聞いて、ティファニアは先程とは違う涙を流した。

 母さま、わたしね。こんなにわたしのことを大切にしてくれる友達が出来たよ。

 

 

 

 

 

 

 着々と討伐隊の編成は進んでいく。被害は甚大だが、それを理由に攻めないという選択をすることは決してないのだ。相手は人にあらず、だが人の狡猾さを持ち合わせていて。

 逃げればきっと、そのまま延々と逃げ続ける羽目になる。

 その辺りをうちの閣下は分かっていないな、とツェルプストー辺境伯は頭を掻きながら廊下を歩いていた。人相手の戦ならば、あるいは亜人程度との戦闘ならば彼も存分に力を発揮出来ただろう。だが生憎とゲルマニアにとってはほぼ戦闘経験のない未知の怪物。そこを考慮せねば、手痛いしっぺ返しを食らうことになる。

 

「そうは思うが……ま、無理だな」

 

 自分が言ったところで聞く耳は持つまい。そう結論付け、とりあえず死なないようにしようと彼は決意した。

 そんな辺りで、彼の視線に見覚えのある背中が見える。こんなところで何をやっているんだと怪訝な表情を浮かべた彼は、しかし素通りすることなくその背中に声を掛けた。

 

「ん? 何だお前か」

 

 振り向いたその背中の主、ヴァリエール公爵は彼を見ると溜息を吐いた。何だその反応、と顔を顰める辺境伯に対し、公爵は当たり前だろうと言葉を返す。

 

「お前はツェルプストー、こちらはヴァリエール。好意的な反応をするほうがおかしい」

「お前のとこの娘とオレんとこのキュルケは随分と仲が良いよな?」

「……で、何の用だ、『バッカス』」

「ん? しょぼくれた背中してたから声を掛けただけだ」

 

 そう言って笑う辺境伯を見て、ふざけんなと公爵は詰め寄った。そう怒るなと彼を宥めつつ、それでどうしてそんなしょぼくれていると辺境伯は言葉を続ける。ぐ、と言葉に詰まった公爵は、分かっているだろうがと若い子供のような返答をした。

 

「トリステイン軍は、討伐隊がほとんと編成出来ん」

「らしいな。ナルシスもぶっ倒れたって?」

「……女を口説きながら酒を飲んでそのままだ。あのバカはいくつになっても……」

「奥さんと愛人侍らせてるお前が言う台詞じゃねぇな」

「違う! ……いや、本当に違う。そういうのやめろ。カリーヌに殺される」

「相変わらずカリンの尻に敷かれまくってるのな」

 

 まったく、と溜息を吐きながら、辺境伯はそれでどうしたと話を元に戻した。公爵も咳払いを一つして、表情を元に戻すと現在の三国同盟の編成について彼に述べる。

 成程な、と頷いた辺境伯は、少しだけ難しい顔をして視線を彷徨わせた。これを口にして良いものか。そんなことを一瞬だけ迷う素振りを見せた。

 

「多分、うちの閣下は独自に動く」

「だろうな。戦力の乏しいこちらの話など弱者の戯言にしかならん」

「まあな。……が、それでは多分、勝てん」

「根拠は?」

「お前の愛人」

「だからやめろ」

 

 顔を顰めた公爵を見て笑いながら、まあ言葉自体は冗談ではないと辺境伯は告げた。魔女ノワール、彼女の存在が、どうにも彼の中で不安要素として残っていた。

 こういう場所に姿を現さないのは当然だと思っているが、ならば今何処で何をしているのか。こちらの味方になっているのか、傍観を貫いているのか。

 それとも。

 

「向こうについていることは無い。絶対に、だ」

「……根拠は?」

 

 言葉に詰まる。表情を変えないまま、その問い掛けをして返答を待っている辺境伯を見つつ、公爵は息を吸い、吐いた。絞り出すように、言いたくはないが、言わなくてはいけないとそれを口に出しかけて。

 いや待て、他にも理由あるだろと思い直した。

 

「彼女は、アンリエッタ王妃の師だ。成長を促すために向こうの振りをして何かをすることはあっても、向こうにいることはない」

「それだけか?」

「おれの娘達とも懇意にしている。家族を裏切りはしないだろう」

「家族、ねぇ。で、他には?」

「……」

「おいサンドリオン、もったいぶってないで言えって。どうせ聞いてる奴なんざいねぇからよ」

 

 なあ、と辺境伯は笑う。昔の悪友のその言葉に、悪友の笑顔に。公爵はきっと絆されてしまったのだろう。分かった分かった、と肩を落とし溜息を吐きながらも了承してしまった。

 

「ノワールは……おれを、愛してくれている」

「だから?」

「あいつは、おれの味方をしてくれる」

 

 五十過ぎの男が顔を真っ赤にして言う台詞じゃないな。そんなことを思いながら辺境伯は盛大に笑った。楽しくてしょうがないと言わんばかりに笑った。

 そうかそうか、それならしょうがないな。そんなことを言いながら彼は公爵の肩をポンと叩いた。そうして一歩足を踏み出し、彼の背後へと視線を向けた。

 

「だ、そうだぜ。お二人さん」

「ふたぁ!?」

 

 猛烈な勢いで振り向いた。公爵の背後、先程の会話を聞いていたらしいその場所には、二人の女性が立っている。

 一人は修道女。肉感的で若々しく美しいその姿は、あらあらと頬に手を当てながらまんざらでもない顔をしていた。

 一人は衛士隊の服を着た女性。ポニーテールにしたその髪型と佇まいは、実年齢よりもずっとずっと若く感じられた。事実、見た目だけなら三十代で通じるほどだ。が、その表情は能面のようであった。怒りで表情が消えている、というのが正しいのかもしれない。

 公爵の顔は真っ青であった。どこから聞いていたのか、などと尋ねる意味はない。表情が全てを物語っているからだ。

 

「ようカリン。相変わらずだな」

「久しぶりだなバッカス。そっちも変わらず息災で何よりだ」

「……昔の口調ってことは、相当怒ってるなぁ」

「お前も同罪だぞ」

 

 ジロリと辺境伯を見たカリーヌは、視線を公爵へと戻した。一歩踏み出す。それだけで距離をゼロにした彼女は、公爵の胸ぐらを掴むとぐいと引き寄せる。

 

「サンドリオン」

「いや待てカリーヌ。おれは――」

 

 言葉は途中で遮られた。他でもない、カリーヌの唇で、である。おお、と楽しそうに二人のキスを見ていた辺境伯は、同じようにそれを見ているノワールへと向き直る。いいのか、と問い掛けると、勿論よと返された。

 

「だってわたしは、カリンに敵わないもの」

 

 ぷは、と二人の唇が離れる。どうだと言わんばかりにノワールを見たカリーヌは、しかし彼女が動揺していないのを見て眉を顰めた。

 何か反応しろ、と公爵から離れてノワールに詰め寄ったカリーヌは、クスクスと笑う彼女に対し益々怪訝な顔を浮かべる。何のつもりだ、そう言うと同時に彼女の肩に手を置いた。

 それをゆっくりと解いたノワールは、何のつもりも何も、と微笑みをカリーヌに向ける。そして、視線を彼女から公爵へと向けた。

 

「こういう、つもり」

「ノワ――」

 

 キス二回目。濃厚なそれを再度味わう事になった公爵は目を見開き、そしてプルプルと震える自身の妻を見てヤバイと顔を青褪めさせた。

 

「なんて、勿論冗談。わたしはカリンに敵わないなんて、思わないわ」

「こ、ここここここ、この女狐ぇぇぇぇ!」

 

 杖を抜き放つ。それを見てやめろと全力でカリーヌを羽交い締めにした公爵と辺境伯は、楽しそうに笑うノワールを見て溜息を吐いた。

 なあサンドリオン。そんな辺境伯の言葉に、公爵は何だと返す。

 

「さっきの根拠が、なんだって?」

「……おれ達をからかいたいから、向こうにつかない。で、いいだろもう……」

 

 だな、と辺境伯は笑いながら溜息を吐いた。




自分の中で、バッカスはきっとキュルケの父親だろうという予想を第一印象で持っちゃってたので、そのまま使いました

世間はマリコルヌの親父という説が濃厚だけど、反省はしていない

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