ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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ワルドがどんどん残念な人に


その4

 アルビオン、ニューカッスル。そこの城内で五人の男女が駆けていた。それぞれ表情は芳しくなく、今の状況が受け入れ難いと言わんばかりで。

 

「何故、こんなことに……!?」

「いやどう考えても姫さまのせいでしょ!」

 

 ワルドの呟きにルイズがそう返す。まあそうよね、とキュルケが同意するように肩を竦めた。隣ではタバサと才人が揃って溜息を吐いている。

 

「大体、渡す前に確認とかしねぇのかよ」

「トリステイン王家の封蝋がされているんだぞ! 出来るはずないだろう! ふっ、これだから学のない奴は」

「はっ、その学のあるっつーワルド子爵は俺達が逃げる原因を作ってオロオロしてるだけですけどねぇ」

「愚弄するか使い魔ぁ!」

「うっせぇんだよ髭面ぁ!」

「黙れボケ二人!」

 

 ルイズの拳で強制的に黙らされた二人は、お互いに顔を見合わせると鼻を鳴らしながらそっぽを向いた。綺麗に揃ったその動きに、キュルケは思わず吹き出してしまう。

 ふう、とルイズは息を吐く。とりあえず、今この現状をどうにかするためにこうなった経緯を思い出そうとした。正直思い出したくもないが、仕方ないと割り切った。

 事の始まりはニューカッスルにてアルビオンの王ジェームズ一世と謁見を行った時だ。アンリエッタからの書状を承っていたワルドは、そのままそれをジェームズへと渡し。それを見たジェームズが訝しげな表情を浮かべるのを見て眉を顰めた。これは真か、と問われた際、別段その書状に書かれていた内容を疑うことなどしていなかったワルドははいと答えた。後ろで控えていたルイズがちょっと待ったと小声で彼に伝えていたのを聞き逃した。

 そうか、と短く答えたジェームズは、謁見の間に控えていた騎士達へと命令を飛ばした。そこの誘拐犯共を捕縛せよ、と。

 

「『我らレコン・キスタ、ウェールズ皇太子の身柄貰い受ける』だっけか? ……なあこれマジ洒落になってないんじゃねぇの?」

「あの姫さまのことだからわたし達にとっては洒落で済むと思ってんのよ!」

 

 どさくさ紛れで奪い取った書状をひらひらとさせながら才人がぼやくが、ルイズにとっては予想内であったらしい。帰ったら一発ぶん殴ると拳を握りながら、彼女は城の角をドリフトした。

 いたぞ、とアルビオンの兵が迫る。ああもう、と叫びながら、ルイズは背中のデルフリンガーを抜き放った。

 

「ごめんなさい!」

 

 言いながら前方のメイジ達の杖を切り裂いた。それに合わせるようにワルドが兵士達の意識を刈り取っていく。後始末、とキュルケとタバサが倒れた兵士を脇にどけていた。

 

「どうした使い魔。役に立っていないようだが?」

「ぐ、ぎぎぎぎぎ」

 

 才人は視線だけで人が殺せるほど強くワルドを睨んだが、彼は余裕の表情を浮かべながらルイズの肩に手を回す。やはり僕達のコンビネーションは抜群だ、と言いながら、彼女の頬に顔を近付け。

 今はそんなことをやっている場合じゃない、とルイズに押し戻された。不満そうな顔を浮かべるワルドと、対照的にざまあみろと言わんばかりの才人。先程から両者はずっとこんな感じである。

 

「キュルケ」

「どうしたのタバサ?」

「あれはあれで鬱陶しい」

「そうねぇ。同感だわ」

 

 二人からしてしまえば、今はそんな子供の喧嘩のようなことをやっている場合ではないのだ。何かしら打開策を見付けないと、本気でレコン・キスタとして処罰されかねない。

 

「というか、陛下もこんな簡単に騙されるのはどうなのよ……」

 

 はぁ、と溜息を吐いたキュルケであったが、ルイズの何言ってるのよ、というどこか諦めたような言葉に思わず表情が凍る。絶望と納得が同時に襲い掛かる。

 

「あの人はね、姫さまの血族なのよ」

「……王家って、王家って……」

 

 キュルケ以上にダメージを受けたタバサを彼女は優しく抱きとめ、大丈夫よ、と背中を擦った。貴女はちゃんとしているから、大丈夫。そう言い聞かせるように述べ、ゆっくりとタバサの頭を撫でた。

 

「……ごめん、ありがとう」

「気にしないの。あたしが変なこと聞いたからだし」

 

 そう言ってキュルケは笑い掛ける。タバサもそんな彼女に向かって少しだけ口角を上げた。

 さて、気を取り直して、とキュルケはルイズを見る。それで、何かいいアイデアは無いのか。そう尋ねると、あったらとっくにやっているという至極もっともな答えが返ってきた。

 

「でも、あの姫さまのことだから、きっと何か方法があるはずなのよ。あのアホみたいな書状にも何か意味があるの。いいえ、もっと言えば、支援としてワルドを呼んだところから――」

 

 はっ、と何かに気付いたようにルイズは顔を上げた。そうよ、とワルドに顔を向けると、聞きたいことがあると彼に問う。

 

「何だいルイズ。君の問いならたとえどんなことでも僕は」

「貴方、スクウェアよね、風の」

「ああ、君に釣り合う男になる為に必死で鍛えたからね」

「じゃあ、『遍在』、使える?」

「勿論。仕事をしながらキミに愛をささやけるように、生身と区別がつかない程にまで――まさか!?」

 

 驚愕の表情を浮かべるワルドに向かい、ルイズはコクリと頷いた。いや、しかし、と彼はその反応に及び腰であったが、やがて意を決したのか溜息混じりに分かったと述べた。

 周囲に兵士達が来ていないことを確認し、一度足を止める。軍杖を掲げ、意識を集中し、ルーンを唱え、呪文を完成させた。

 瞬間、ワルドが五人になった。正確には、先程までいた一人に加えて四人増えた。

 

「うわ、キモっ」

「まったく、素直に実力を認めることも出来ないのかね、下賎な使い魔は」

「あぁ!? 女の子ならまだしも、同じ髭面が五人とかキモいに決まってんだろ」

「……まあ確かに、ルイズが五人になったら聖地を超えた楽園になるだろう」

「ルイズ五人か……個人的にはもうちょい胸がなぁ」

「アンタ等全力でぶん殴るわよ」

 

 いいからとっとと作戦の続きだ、とルイズがジロリと睨み付けてきたのを見たワルドは、済まないと頭を下げ、『遍在』のワルドに変装を施し始める。白い仮面を付け、いかにも怪しいといったマントを纏い。念の為ワルド本人と少しだけ差異が出るように『フェイス・チェンジ』の呪文を唱え。

 レコン・キスタの刺客四人があっという間に出来上がった。

 

「わたし達と行動を共にしていたワルド子爵は偽物だった。それを見越した姫さまは書状にその旨を記載し、そして策を見破られた偽物の子爵は逃げ出す。騙されていたことを知ったわたし達は偽物の追跡と本物のワルド子爵の発見、そしてウェールズ皇太子の身柄確保に乗り出すの」

「……無理があると思うわよ」

「いいのよ。陛下はきっとこれで押し通せるわ」

 

 あの姫さまの血族なんだから、と妙に自信満々に述べるルイズを見ていると、ああなんとかなるのかもしれないと皆はつい思ってしまう。どのみち、他に何かいい考えがあるかといえば無いわけで、そういう意味では彼女の策に賭けるしかないのが現状なのだ。

 

「よし、では『偽ワルド子爵』、適当に敵を撹乱しつつこちらがウェールズ皇太子と合流、説明を終えた辺りで襲い掛かれ」

 

 四体の『遍在』はその姿が掻き消えるようにいなくなる。本人と同じ能力を持つ以上、この程度の芸当はお手の物なのだろう。よし、とそれを確認したルイズは、じゃあ早速ウェールズ皇太子を捜しに行くぞと足を進めた。

 

「つってもルイズ、真犯人を用意したのはいいけど俺達まだ容疑者だろ? 兵士に追われるんじゃ」

「その時はさっきみたいにぶっ飛ばすのよ」

 

 当たり前だと胸を張るルイズを見て、騒動が終わった後別の意味で捕まらないかと才人は若干心配になった。

 

 

 

 

 

 

 ウェールズの居室は、城の一番高い天守の一角にあった。丁度そこで久しぶりに愛しい従妹に手紙を書こうとしていた正にその最中、兵士達が彼の部屋の前で陣を組み始めたのだ。一体何事だ、と兵の一人に問うと、レコン・キスタの工作員がウェールズの誘拐を企み城内に侵入したと返答が来る。その言葉に表情を真剣なものに変えた彼は、手紙を書くのを止め、自身も杖を構えて賊を待ち受けた。

 自分はまだ死ぬ訳にはいかない。もしこの生命を散らすことがあるのならば、それは。

 

「よし見付けたぁ!」

 

 年若い少女の声が彼の耳に飛び込んできた。同時に、いたぞ、と兵士が声を張り上げるのが聞こえる。

 そのやり取りに、ウェールズは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。誘拐犯、というからにはもっと屈強な男、あるいは怪しい女性を想像していたのだ。だというのに、向こうから駆けてくる姿は、自分と同じくらいの少女のようで。

 いかんいかん、と彼は頭を振る。声で油断をさせようとする策かもしれない。そう自分に言い聞かせ、扉を開け放ち脱出を試みようと足を踏み出す。

 

「待った! 待ってください殿下! わたし達は誘拐犯ではございません!」

 

 何、と思わず足を止めてしまった。言葉巧みに自身を騙そうと考えている、と思わないでもなかったが、叫びながら駆けてくる少女の表情はとてもそうに見えなかったのだ。

 兵士は白々しい、と彼女達に杖を向けるが、ピンクブロンドの少女はああもう、と叫ぶと床を蹴りあげ空を舞った。魔法も使わずに羽の生えた妖精のように兵士達を飛び越すと、少女はウェールズの前に立つ。

 そして傅き、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「恐れながら殿下。わたしはルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申します。アンリエッタ王女の命でここに参上しました」

「アンリエッタの?」

 

 どういうことだ、とウェールズは首を傾げる。レコン・キスタの誘拐犯が城に侵入しているという話であったが、目の前の少女は彼の愛する女性の命で来たという。一体どちらを信じればいいのか。

 杖を向け呪文を放とうとしていた兵士を手で制した。そして、ルイズに顔を上げるように述べ、アンリエッタからの命とは一体何かを問い掛ける。

 が、それを聞いた途端、ルイズは困ったように頬を掻きながら視線を彷徨わせ始めた。

 

「……どうしたんだい?」

「いや、あの、その……」

 

 歯切れの悪い言葉を述べるのみで、彼女はそれ以上何も言わない。流石にその姿を見ているとお人好しのウェールズといえども訝しんでくる。まさか本当に賊なのか、と警戒しながら杖を握りしめた。

 

「ちょ、ちょちょちょっと待ってください! 本当にこう姫さまに言われたんです! 決して嘘ではございません!」

「……どう、言われたのかな?」

「……ウェールズ皇太子を、トリステインまで連れて来い、と」

 

 ざわ、と兵士達の空気が変わるのが分かった。やはり誘拐犯ではないか、と下げていた杖を再び構え始める。捕らえろ、と彼等は一歩踏み出す。

 ああもう、と後方で様子を窺っていた四人は頭を抱えた。何で馬鹿正直に言っちゃうのよ、とキュルケは呆れ顔で溜息を吐いている。

 

「さっきまでの作戦何だったんだろうな……」

「無駄?」

「い、いや。ウェールズ皇太子を説得するのは作戦の内なのだから、大丈夫だ。僕のルイズはきっと成功させてくれる」

 

 そう言いつつ、普段よりもワルドの声に勢いがない。どうやら流石の彼もこの状況はまずいと思っているらしい。

 やめろ、とウェールズの静かな声が響いた。びくりと体を震わせた兵士達は、しかし、とそれでも杖を下げようとしない。レコン・キスタだろうが、トリステインだろうが、誘拐犯には違いないではないか。それが彼等の総意であった。

 

「ミス・ヴァリエール。アンリエッタからの使者であるという証はあるかい?」

「え? え、ええと、あ、ああ証、証……あ! こ、これですこれ!」

 

 そう言ってルイズは自身の指にはめている『水のルビー』を掲げる。それを見て目を見開いたウェールズは、そのルビーに自身の指輪をそっと近付けた。二つの宝石が共鳴し合い、虹色の光がそこに生まれる。

 

「……信用しよう。君は間違いなくアンリエッタからの使者だ」

 

 そう言って笑みを浮かべたウェールズを見たルイズは、ふひぃ、と間抜けな声を上げながらへたり込む。勢いでなんとかならないようなこういう事態は、彼女にとってはどうにも苦手な状況らしかった。

 それに合わせ、兵士達もようやく警戒を解く。ルイズへの道が出来た四人もそこに合流した。

 

「ふむ。それで、この状況の説明はしてくれるのだろうか」

「あ、はい、それは――」

 

 ぐるりと視線を巡らす。この中で誰が一番説明役として相応しいか。それをルイズは考え、よし、とその相手の肩を叩いた。

 

「この、ミス・ツェルプストーが」

「何であたしなのよ! ワルド子爵でいいでしょう!?」

「ダメよ。ワルドはわたし達と姫さまの会話を知らないもの」

 

 そうだった、とキュルケは項垂れる。そもそもこういう場合大抵自分が説明役に回るのは毎度のことであるのだが、流石に今回は相手が悪い。アルビオンの皇太子に、はっきり言ってしまえば馬鹿らしい説明をしなければならないとなると、必然的に彼女の表情も強張ってしまう。

 

「……ツェルプストー? というと、ゲルマニアの? 何故アンリエッタからの使者でゲルマニアの貴族が?」

「あ」

 

 しまった、と思わず手で顔を覆う。つい普段のように行動してしまったが、今回はトリステインの王女が依頼主、表に出るのはトリステインの貴族であるルイズでなければならなかったのだ。先程真っ先に飛び出したのは彼女の性格からくる偶然であったが、その偶然を維持し続けなければならなかったのだ。

 無論、そんなことは無理であり。切羽詰まったルイズはもう一人の悪友へと視線を向けた。向けてしまった。

 

「え、あ、っとじゃあタバサ! 殿下、説明はこのミス・オルレアンが」

「ルイズ!?」

「オルレアン!? ガリアの王族じゃないか!? 何故そんな方がアンリエッタの使者を!?」

「あ」

 

 タバサはルイズの口を塞ごうとしたがもう遅い。ウェールズの動揺は兵士達にも伝わり、目の前にいる五人組が得体の知れない集団へと認識が変わる。皆一斉に不審な目を向けるが、しかしそのネームバリューにより近付けないという奇妙な状況を生み出していた。

 

「……なあ、ワルド子爵」

「何だね使い魔」

「今のルイズ、婚約者から見てどうなんだ?」

「……素直なのは美徳だよ。うん、正直で、真っ直ぐで、いい目をしているじゃないか……」

「確実に姫さまの使者としては失格だけどな」

 

 いがみ合っている少女の使い魔と婚約者は、何故か揃って溜息を吐いた。

 




魔法の言葉:姫さまの血族だから

尚、既にウェールズの胃がキリキリと傷んでいます。

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