ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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最終章で今までのキャラが出て来る以上、やっぱり彼女も再登場するわけで

キャラこんな感じだったっけかな……


その5

 彼女の戸惑いやもやもやが晴れることはあまりなく。あれよあれよという間に討伐隊の編成はなされていった。全てを集結させることは出来ない。場所を鑑みても、これからのことを思っても、である。それでもかき集めるだけの戦力を一箇所に纏めたそれは、恐らくハルケギニア史上類を見ない規模であっただろう。フネは飛び立てば火竜山脈を覆い尽くすであろうし、竜騎兵も騎獣兵も数えるのが馬鹿らしくなるほど数がいる。

 それでも、一番危険で一番重要な役割を担っているのは。そんな大軍勢ではなく、ほんの僅かなメイジと剣士であった。彼等彼女等は、大軍勢の目の前に目標を持っていかなくてはならないのだ。

 

「はぁ……」

 

 ルイズはらしくない溜息を吐く。作戦の決行を前に、国々の集めた慰問隊によりガリアの一角はちょとしたお祭り会場のようになっていた。人々は明日のために。あるいは、これからのために、今を楽しむために。酒を飲み、騒ぎ、悔いのないように生きようとしている。

 その中に混ざれない自分が嫌で、彼女は益々気分が沈んでいった。

 

「虚無、かぁ……」

 

 天を仰ぐ。あの会議で言われた言葉がルイズの頭でぐるぐると回る。今まで自分が悩んでいたことが解決したのだ、喜ぶべきことなのかもしれない。そうは思っても、彼女の中で納得が出来ない。そうなのかと開き直れない。

 

「どうしたんだよ、そんな溜息吐いて。らしくねぇぞ」

 

 ん、と視線を動かすと、皿に料理を乗せた才人が彼女の隣に立っている。ほれ、とそれを渡され、彼自身はもう片方の手にあったカップをぐいと呷った。

 

「んで、何悩んでんだ?」

「……アンタには関係ないわ」

「そっか? ならいいんだけど」

 

 踏み込まない。そんな才人の態度が好ましいと同時に、今回ばかりはもっと踏み込んで欲しかったと我儘な気持ちが沸いてくる。いつから自分はこんな嫌な奴になってしまったんだろう。そんなことを思い、ルイズは再度溜息を吐いた。

 

「しっかし、虚無だって? 何か凄いことになったよな」

 

 彼にしてみれば話題転換のつもりだったのだろう。だが、生憎それはルイズの悩みピンポイント爆撃であった。こいつ分かってて言ってんじゃないだろうな、と思わず彼を睨み付けるが、別段何か変わった様子もない。

 そりゃそうか。三回目の溜息を吐きながら、ほんの少しだけ悩んでいた自分が馬鹿らしくなるのを感じつつ、ルイズはあのねサイト、と口を開いた。

 

「いきなりそんなこと言われて、はいそうですかと納得出来ないのよ」

「そうか? お前だったら案外納得しそうだったんだけど」

「アンタわたしのことどう思ってんのよ」

 

 これでも繊細な乙女なのよ。そう言って皿に盛られていた肉にかぶりつき、もぐもぐと咀嚼してカップのエールと共に飲み込む。どこが乙女だ、と鍔をカタカタ鳴らして笑う背中の剣は思い切り押し込んだ。

 

「……ま、確かに多少はそうだけど。なんて言うのかしらね。自分の秘密を、自分が除け者にされたまま話を進められてたから、ちょっと」

「ムカつく?」

「……そうね。そんな感じ。何で言ってくれなかったんだって。でも……人に言われるより、自分で見付けたかったっていう憤りもある、かな」

「色々イライラが溜まってんだな」

 

 そういう単純なものじゃないんだけれど。そうは言いつつも、才人のその物言いに毒気を抜かれたルイズはクスリと笑った。一人で悶々と悩んでいたのが馬鹿みたいだ。そんなことを思い、笑った。

 こんなことなら最初からキュルケやタバサに愚痴ればよかった。よし、と頬を軽く張り気合を込めると、ルイズは立ち上がり残っていたエールを飲み干した。そのまま才人を置いて、彼女は目的の場所まで足を進める。

 どこ行くんだよ、という彼の言葉に、ちょっと二人のとこ行ってから姫さまぶん殴ってくると返した。その顔は笑顔で、普段通りのルイズで。

 あいよ、と才人は軽く返した。物騒なその内容は、いつものことだからと気にしなかった。

 

 

 

 

 

 

 さて、一人残された才人である。それなら別に俺ついていってもよかったんじゃないか。そう思ったのは既に彼女が見えなくなってからであった。主従共々、こういうところは抜けているのだろう。

 

「ま、いいか」

 

 残っている料理を食べつつ、才人はぐるりと辺りを見渡す。これから死ぬかもしれないというのに、皆笑っていた。否、ひょっとしたら、だからこそ笑っているのかもしれない。そう思い返し、まあそんなものだろうとエールを飲む。

 カップを空にし、彼は彼なりにこれからを思った。囮として、エンシェントドラゴンと対峙する。これは確定事項だ。これまでの相手とは桁が違う、普段よりも何倍も危険がつきまとう。ひょっとしたら死ぬかもしれない。屍を晒すことすら出来ないかもしれない。

 

「あの姫さまが真面目にしてたくらいだしなぁ」

 

 真剣な表情をしていても、真面目な話をしていても。それでも余裕というものを常に持っていたはずのアンリエッタが、今回ばかりは百パーセント真剣に動いていた。敵の戦力を見誤ったことがその一因らしく、向こうの能力を再調査せねばならないと今も忙しなく動いているはずだ。

 

「そんな人をぶん殴りにいくのか俺のご主人……」

 

 実際は彼女の息抜きも兼ねているのだろう。なんだかんだで、あの二人は親友なのだ。キュルケやタバサとは違うベクトルで、ルイズとアンリエッタには確かな絆がある。己のご主人の存在が、今の魔王には何よりの癒やしとなるはずだ。そんなことを才人は思い、ついていかなくて正解だったかもしれないと口角を上げた。

 さて、そうなると彼はどうしたものかと首を捻る。誰か知り合いのいる場所に行けばいいかもしれないが、向こうは向こうの関係を今は楽しんでいるところだろう。異物である自分がそこにしゃしゃり出るわけにはいかない。たとえ、笑って迎え入れてくれるであろうとしても、だ。

 

「そういうのは、終わった後の宴会にだよな」

 

 勝つ。まずはそれからだ。そんなことを思い、主と同じように気合を入れ。

 しかし別段やることはないのでエールのお代わりでも貰おうかと席を立った。

 

「エールの追加、いりますか?」

「へ?」

 

 そんな彼の背後から声。なんぞ、と振り返った才人が見たのは、着慣れない給仕服に身を包んだ灰髪の少女であった。ここのところ見飽きているその顔を見た才人は思わず彼女の名前を呼ぼうとして、いや待てと動きを止める。

 服装も、髪型も、そして何より表情もあいつとは一致しない。

 

「……もう一人の『私』と、間違えました?」

「え? あ、いや、それは」

 

 ふう、と呆れるような溜息。ごめんなさい、と全力で頭を下げる才人を見た彼女は苦笑し、まあ仕方ないですねと彼に述べる。実際、色々言われましたし。そう続けて疲れたように視線を落とした。

 

「『私』は、何をしたんです? ロマリアの聖騎士様に物凄く言い寄られたんですが」

「……まあ、色々、かな」

 

 そういやあの時あいつ名乗ってたからな。そんなことを思い出し、今ここにいない『地下水』を心の中で罵倒すると、まあ気にするなと彼女に告げた。納得してはいないようであったが、仕方ないと溜息と共に流したようである。

 

「それで、エールの追加は、いります?」

「あ、おう。よろしく」

 

 はい、どうぞ、とお盆のエールのカップを一つテーブルに置く。最後の一つだったらしく、これで仕事が終わったと体を解しながら、空いている席に腰を下ろした。

 いいのかよ、と隣に座った少女を才人はジト目で見る。だってやる気ないですから、と相も変わらずの表情で、しかしほんの少しだけ口角を上げながら彼女は返した。

 

「慰問隊に編成されたのはいいですが、私は『本業』をやる気が無いので」

「本業って……あ」

 

 意味に気付いた才人は思わず彼女の身体を見てしまう。『地下水』で見慣れている、と言ってしまえばその通りなのだが、しかし。別人、本物と言って差し支えない彼女に抱く感想は、それとはまた別なのだ。

 私を使ってください。ついこの間の『地下水』の声が、彼女と同じ声で発せられたそれがフラッシュバックし、いかんいかんと全力で頭を振った。

 

「……したいのですか?」

「チガイマス! 俺、そんなこと思ってないヨ!」

「そうですか。それは良かったです。断る言い訳を考える手間が省けました」

 

 ですよね、と才人は項垂れる。そんな彼を見てまた少しだけ口角を上げた彼女は、テーブルの上の料理をつまみ、口に入れた。そうしながら、まあ、話し相手くらいなら大丈夫ですよ、と言葉を続けた。

 

「そうすれば一応仕事をしていることになりますし」

「……はい、じゃあ、それで」

 

 項垂れたまま力無くそう述べる才人。だが、そんな態度とは裏腹に、彼自身は内心意外と喜んでいた。やることがない、他の人の場所に行くのも気が引ける。そう思っていた矢先のその申し入れは、渡りに船だったのだ。

 

「よし、んじゃ何か……話題、ある?」

「……以前より、女の扱い下手になりました?」

 

 やれやれ、と肩を竦める彼女を見て、違うからそうじゃないからと全力で言い訳する才人であった。

 

 

 

 

 

 

 そんなやりとりを取っ掛かりにし、二人の会話は意外にも弾んでいく。雰囲気や顔はそのままであるものの、以前よりも少しだけ前向きになった彼女は、才人との会話を純粋に楽しんだ。もう一人の自分、『地下水』のエピソードを彼から聞き、ほんの少しの憧れと、それ以上の呆れを抱きながら。

 ああ、やはり自分は平凡な暮らしをするのが性に合っている。そんなことをついでに考えた。

 

「あ、エールがもうありませんね」

「だな。んじゃちょっと取ってくるか」

 

 よいしょ、と立ち上がる才人を手で制した。それは流石にこちらの仕事ですから、と相も変わらぬやる気のなさげな顔で言いながら、彼女はゆっくりと席を立つ。エールだけでいいですか、と才人に問い掛け、置きっぱなしになっていたお盆を手に取り足を進めた。

 歩きながら、自身の足取りが少しだけ軽いことに気が付いた。エスメラルダに『そっち』の仕事をしなくともいいと言われてはいたが、かといって何もしないのは気が引けると給仕を行っていた。顔見知りがほぼいない状態でそんなことをやっていれば、彼女の性格上どうしても気持ちが沈んでいく。

 そんな折に見付けたのが才人である。以前、ちょっとした事件の際に知り合った彼ならば、一緒にいるだけである程度仕事をこなしたことになるだろうという打算を持って近付いた。だが、案外それ以外にも彼のことを気に入っていたらしい。もう一人の自分と関わりがあるのも大きいのかもしれない。

 ともあれ、彼女の中で、彼は一番近い異性と言っても過言ではない状態になっていた。元々男性との深い関わりが皆無であった少女である。ほんの少しでもそういうことになってしまうのだ。

 

「あれ?」

 

 だから、その途中でこの騒ぎにかこつけて開いている露天のアクセサリーに目が行ってしまったのは色々な要因が重なった不幸な偶然だったのだろう。不思議な感じのするイヤリングだ、とそれを手に取り、ふうむと眺める。気に入ったのかい、という露天の親父にどうでしょうかと返しながら、しかし棚に戻すことはない。

 

「似合い、ますかね?」

 

 そりゃもちろん、と親父は述べる。ここで似合わないという店の主人はまずいない。だからそれが世辞であることも分かっている。だが、彼女はほんの少しだけイヤリングを付けて向こうに戻っていった場合を想像してみた。

 彼は気付くだろうか、きっと鈍いから気付かないだろう。いや、でもそういうところは案外目ざといし、似合っているとか言うかもしれない。

 なにせ、彼は彼女を『可愛い』と褒めた最初の男だから。

 

「これ、ください」

 

 あいよ、と店の親父は笑顔で述べる。実はそれはちょっとしたマジックアイテムで、身に付けた人の魅力をほんの少し増す効果もあるのだけとか。そう続け、彼女から値段を受け取った。

 そんなアクセサリーにしては驚くほど安い。ふと疑問に思ったが、こんな場だからこその特別価格なのだろうとすぐにそれを振って散らした。

 まいど、という親父の言葉を背中に聞きながら、彼女はそれを耳に付ける。灰髪にアクセントとなるそれは、成程世辞ではなく本当に似合っているのかもしれない。そう彼女自身も思ってしまうような。

 

「――ん?」

 

 キン、と何かが聞こえたような気がした。何だどうした、と辺りを見渡してみるが、別段そんな音を立てそうなものは見当たらない。気のせいか、と首を傾げながら、彼女はそのまま足を進める。

 喧騒を外れ、酒樽が置いてある場所へと、足を進める。

 

「あれ? 私、何でこんな場所に――」

 

 そこにいたのは彼女と同じようなアクセサリーを付けた女性達。恐らく慰問隊で呼ばれた酒場の給仕なのだろう。彼女は知る由もないが、『魅惑の妖精』亭にいた顔も混じっている。

 その表情は皆虚ろ。一体どうしたのだろうと首を傾げるが、彼女自身も同じようなことをしているので、ひょっとしたら理由は一緒なのかもしれないとぼんやり思う。その理由は、酒樽にあるものを混ぜること。

 

「――何で? 何でそんなことをしようとしているの?」

 

 自分で自分の行動が分からない。ただ、疑問に思ってもその行動を止めることが出来ない。他の女性達と同じように、酒に『それ』を混ぜていく。

 キン、と再度何かが鳴ったような気がした。音の発生源を調べるが、やはり何も無い。それでも、明らかにおかしいこの事態の手掛かりになりそうなそれを探そうと視線を動かし。

 それすら出来なくなっていることに、彼女はようやく気付いた。己の視線すら自由に出来ないまま、他の女性達と同じように、いつの間にか持っていたそれをワインに混ぜ込む。赤い、血のような液体を、ワインに。

 

「血……? これは、何の……」

 

 既に口すら自由にならない。疑問を口にすることすら出来ない。それが『何か』の血であることを、声に出すことすら出来ない。

 キン、と音が鳴った。耳元のすぐ近く。ああ、原因はこれか。そう気付いた時には、彼女の意識も段々と沈み込んでいくところで。

 

「……」

 

 虚ろな目になった彼女は、耳のイヤリングにそっと触れた。『竜の鱗』があしらわれているそれを、軽く指で弾いた。

 視線を動かす。同じように『竜の鱗』をあしらったアクセサリーを付けている女性達は、皆一様に、虚ろな目で、ワインに血を混ぜている。『竜の血』を、混ぜている。

 

「……」

 

 『彼女』は思う。この体の意識を奪うのに難儀した、と。ひょっとしたら、一度そういう経験があったのかもしれない、と。

 

「――まあ、どうでもいいことか」

 

 そう、呟いた。どうせ、古代竜の為の使い捨てだ。気にする必要など無い。自分の意識も、かの強大なる支配者の能力によって植え付けられているだけのものだからだ。

 ふう、と息を吐く。仕込みは完了した。後はこいつらと何食わぬ顔で酒を振る舞えばいい。そうすれば、『竜の血』を口にした者は古代竜の支配下たる条件を満たすはずだ。

 あの、火竜の隻眼を持つ男の言ったように。

 

「では、始めよう」

 

 イヤリングが一番影響を受けていたのか、女性達の纏め役になった『彼女』はそう告げる。それに女性達は頷くと、虚ろな目をしたまま、しかしそれと分からせないように取り繕いながら各々散っていった。

 そして彼女も、他の面々と同じように、元々やる気のない、虚ろと言っても過言ではないほどの表情を更に虚ろにしたような顔で。

 

「……サイ……ト……」

 

 彼女の振り絞るような呟きを飲み込むように口を噤み、彼女の視界を塞ぐように灰色の瞳を閉じ。

 『赤い眼』を開くと、『彼女』はゆっくりと喧騒に戻っていった。




洗脳、せんの?

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