それにいち早く気付いたのは、精霊の力の流れを感じ取れるエルフであるアリィーやファーティマでもなく、虚無のメイジとしてそういうことにだけ敏感なティファニアでもなく、火メイジとしての直感を持ち合わせたキュルケでもなく。
「ひぃ!」
最早呪いとも言えるほどの危険感知を持つベアトリスであった。目を見開き、視線をその一点に向ける。上記の四人よりも若干早く、だ。
何だ何だとルイズもそんな五人の視線を追った。他の面々も同様である。
そして、見た。
「な、なんだあれ!?」
「赤い石……火石!」
「は、反応しているぞ!?」
才人、タバサ、クリスティナの驚きの言葉に、アリィーもファーティマも顔色を変えながらコクリと頷いた。エスマーイルが懐に隠し持っていた拳大の火石、それが彼の最後の足掻きを表すように光り輝いていた。既に意識はない。ルイズに叩きのめされた時点で勝負は着いている。
つまり、あれは彼の意地、あるいは意思を何かが汲み取った、ともいえよう。ほんの少しだけ残っていた古代竜の鱗の赤い光は、それを見届けると完全に消え去った。
「こいつ……ここで自爆する気か!?」
「くっ……! おいエスマーイル! 反応を止めろ!」
ファーティマとアリィーの言葉に、エスマーイルは何の反応も示さない。彼自身ですら、この状況は預かり知らぬのかもしれない。
短く舌打ちすると、アリィーは何か方法はないかと思考を巡らせた。この大きさならば街が消し飛ぶほどではないとしても、まず間違いなく被害は甚大になる。中心地点にいる自分達は跡形も残るまい。
さらに、と祭壇の中心部にある火石を見る。あれと連鎖爆発しないとも限らず、その場合最悪向こうの『実験』を成功させかねない。
ビシリ、と音がした。光り輝くその結晶にヒビが入る。同時に、輝きが一際増した。
「ど、どどどどどうするのよ!」
「どうするって……どうすればいいのよぉ!」
「落ち着いて」
ルイズとキュルケにタバサは短く言い放つ。慌てんな、とついでに杖で一発叩いた。あた、と揃って悲鳴を上げた二人は、不満げな表情で、しかし少しだけ落ち着いたような顔で彼女を見た。だったら、どうする気だ、と。
「それを今から考える。その為に、ちょっと読書でも」
「時間ねぇよ!」
どうやらタバサはタバサで慌てていたようだ。才人のツッコミに、おおそうだったと我に返ったように手を叩く。駄目じゃん、とルイズとキュルケはそんなタバサをジト目で睨んだ。
そんなコントを尻目に、クリスティナとリシュ、そしてティファニアとおまけのベアトリスはエルフ組と共に何か方法はないか模索していた。現状、目の前の反応している火石をどうにかすれば祭壇の方はどうでもいい。
「これだけふっ飛ばせば――」
「どうやる気だ?」
「エクスプロージョン」
「爆発するわ!」
「ざっけんな無駄乳!」
「テファ……別に向こうに対抗しなくともいいんだぞ」
「エルフとマギ族のハーフで虚無のメイジなのに……」
「みんな酷い!?」
ひーん、と涙目で文句を言うが、そんな彼女にかまっている暇など無いとばかりに口々に意見を出し合う。ベアトリスはそんな暇あったら逃げようとひたすら連呼していた。
ちなみに、それでも自分一人では逃げないらしい。多分寂しいのだ。あるいは、口ではそう言いつつも逃げない方が助かる確率が高いのだ。
「エルフの自慢の先住魔法でなんとかしなさいよ!」
「吠えるな。出来たらやっている!」
「リシュ、お前でも無理か?」
「……火石を夢の世界に取り込めば、犠牲は私一人で済むわ」
「そうか。却下だな」
アリィーはそんなやり取りを見ながら、少しだけ口角を上げていた。こんな状況でも、こいつらは自分を保ち、そして種族関係なく信頼関係を築いている。あの魔王の政策を肯定するのは非常に癪だが、こういう変化を良いものとして捉えるビダーシャル達の派閥である彼は、そこにある確かなものに心を揺さぶられた。
そして同時に、決してこいつらを死なせてはならないと決意した。
「……待てよ。別の場所に移動……」
これだ、とアリィーは頷く。おい、とティファニアに声を掛けると、虚無の呪文は何が出来るかと彼女に尋ねた。
「え? 爆発と、忘却……と、消費が強過ぎて実験も出来ないからどんな呪文か分からない『分解』っていうものの三つ、だけど」
「その三つ目は何故覚えたんだお前は……」
どうやら自分の解法のために使える呪文はないようだ、と彼は肩を落とす。せっかく光明が見えたというのに、とガリガリ頭を掻いた。
そんなアリィーにルイズ達が声を掛ける。一体何をするつもりなのか、と。
「最後の手段だ。ここで爆発するから被害が甚大になる。ならば、被害の少ない、あるいはない場所で爆発させればいい」
「成程」
それはシンプルで、かつ効果的な方法だ。そう頷いたタバサは、ではそれをするにはどうすればいいのかと彼に問うた。それに対し、アリィーは苦い顔を浮かべると、その手頃な手段が見当たらないと吐き捨てる。
「瞬時にどこかへ物質や人を移動させる呪文が虚無にはあると聞いたからこいつに尋ねたが」
「うぅ……ごめんなさい」
しょぼん、とティファニアの耳が垂れる。ついでにたわわな双丘はポヨンと揺れた。
「……じゃあ、それをやるための手段さえあればいいのね?」
「何だ悪魔、何かあるのか?」
「――ここの火石さえ反応しなければ、場所は、どこでもいいのよね?」
何か嫌な予感がした。が、それは今重要なことではない。そう判断したアリィーは、ああそうだ、と言った。言ってしまった。
了解、と頷いたルイズは、キュルケとタバサに目を向ける。ん? と一瞬だけ首を傾げた二人は、彼女の言いたいことを察するとニヤリと笑った。
「タバサ!」
「ん。――オッケー。現状、『ここの真上には何もない』」
杖を振り、風の流れを読み取って。タバサはこの大祭殿の上空で何があっても別段被害は起こらないことを確認した。ここをフネが通るような流れもない。やるなら今だ。
「キュルケ! サイト!」
「りょうかぁい」
「へ? ――え? マジで?」
才人もここでようやく意味が分かったらしい。ノリノリで杖を取り出すキュルケに合わせ、出来るのかなぁと刀を抜き放つ。
「わたしも手伝う!」
「座ってなさい無駄乳。アンタの爆発であれの反応早まったらどうするのよ」
「大丈夫!」
ベアトリスの制止を振り切り、ティファニアも二人に並んで杖を構えた。その自信満々な態度に、なら大丈夫か、と思わず他の面々もスルーしてしまうほどで。
どのみち時間はない。迷っている間に爆発する可能性だってあるのだ。ならばもうやるしかない。そう判断したルイズ達は、じゃあ行くわよ、と大祭殿の天井を睨んだ。
えい、とティファニアがエクスプロージョンを放った。大祭殿が揺れ、天井にヒビが入り崩れていく。意識のない『鉄血団結党』のエルフとエスマーイルを縛り上げ部屋の端に転がしていたファーティマ、ベアトリス、クリスティナは、その振動に思わず頭上を見上げた。
「いくわよぉ。タバサ!」
「ん」
次いでキュルケとタバサ。二人の息の合った呪文で生み出された炎の竜巻は、崩れかけた天井を更にえぐり取った。本来意匠を凝らした建物が、暴力的な力であっという間に壊れていく。とはいえ、既にエスマーイルがやった後なので、それらの責任も彼が被ることになるだろう。
ともあれ、天井は壊れた。エルフの力で作り上げた建物がどれだけ頑丈でも、彼女達の手に掛かればこの程度は造作もない。明らかに間違った力の使い方であるが、今回は結果として正しい方向に向かっている。そういうことにしておく。
「行くわよサイト!」
「お、おう!」
火石を掴み、ルイズとサイトは天井へと駆け上がる。瓦礫を足場にし、穴の空いたそこへと走る。
人が通るには少し狭い。そんなことを走りながら考えた二人は、よし、と己の得物を構えて振り被った。
「どっせい!」
「こんにゃろ!」
激突音。本来ならば天井のそれは下へと落下するのだが、二人の一撃により舞い上がったそれは建物の外へと飛んでいった。中庭辺りに落ちたらしく、少し遅れて地響きが聞こえた。
天井の穴から屋根に上る。そろそろ日が落ちかけている太陽が、エウメネスを赤く染め上げていた。爆発の破壊的なそれではなく、どこか暖かい、そんな赤で。
視線を街から空へと上げた。雲が少しだけ出ている。雨が降るほどではいだろうが、夜は少し月明かりが足りないかもしれない。そんな感想を抱くようで。
「これで雲をふっ飛ばしたら、晴れるかしら」
「やってみればいいんじゃね?」
「そうね」
じゃあ、とルイズは手に持っていた火石をひょい、と軽く上に放り投げた。光り輝くそれが軌跡を描きながら頂点に達し、そして同じように落下してくる。
それを待ち構えるように、ルイズはデルフリンガーを、才人は日本刀を振りかぶり。
『飛んでけ!』
二人の一撃を叩き込まれたそれは、物凄いスピードで上空へと消えていった。
雲は、綺麗に吹き飛んだ。
「ご苦労だった」
「いえ」
ビダーシャルのその労いに、アリィーは首を横に振る。やったのは殆どあの連中だ。そんなことを思いながら、しかし無礼にならないように口に出した。
ビダーシャルは苦笑する。確かにそうかもしれないが、と言いながら、手にしていた報告書を机に置いた。
「意見を出したのはアリィー、君だ。そこは誇ればいい。あの『実験』での被害は奇跡的にほぼゼロだ」
『実験』での死者は出なかった。爆発の余波で街が若干混乱した程度である。そこは確かに誇ってもいいかもしれない。だが、それならば、と彼の中で一つの引っ掛かりがあるのだ。
最初から向こうに協力を求めていれば、そもそもの事件での死者も出なかったのではないか。
「アリィー」
「はい」
「そんなことはない。たとえあいつらがいたとしても、そんなことにはならん」
「何故、言いきれるのですか?」
「……わたし達も、あいつらも、同じ『人』だからだ」
何も特別なことはない、ただ同じ存在なのだ。そう言って、ビダーシャルは口角を上げた。だから気にするな、と続けて彼はアリィーから視線を外した。
アリィーはそんなビダーシャルを見て、ああ成程、と小さく頷く。きっとこの人も、同じような事を考えたのだろう。そんなことを思い、分かりましたと口にした。
「それでいい。……ところで」
机の上にある別の書類を手に取る。今回の数少ない被害者であるクリスティナ達がエウメネスで治療を受ける旨が記されたそれを眺めながら、彼女達は元気かなと彼に尋ねた。
「やかましいので、あまり行きたくはないです」
「そうか、ならば安心だ」
そう言いながらビダーシャルは席を立つ。どうしたのだろうかと首を傾げるアリィーに、彼は少しだけからかうような笑みを見せた。
「では、行こうか」
「……今、行きたくないとぼくは言ったはずですが」
「あまり、だろう?」
そう言って笑うビダーシャルの顔は、成程彼女の叔父なだけはあって。
ルクシャナによく似ている。そんなことをアリィーは思った。
ビダーシャルはその診療所の一室で当てが外れたかと顎に手を当てていた。見舞いの面々はルイズ、キュルケ、タバサ、才人だったのだ。
アンリエッタもいるのだろうと予想していた彼は、しかしまあいいと彼女達を見た。クリスティナも、ベアトリスも。そしてティファニアとファーティマも。所々に包帯が巻かれている以外は概ね問題が無さそうであった。
労いの言葉を掛けつつ、彼はルイズ達へと近付く。勝手知ったる、とタバサが何の用だと睨み付けた。
「少しだけ聞きたいことがある」
「何?」
これだ、とビダーシャルが取り出したのはエスマーイルが持っていた古代竜の鱗であった。それに碌な思い出のないルイズ達はうげ、と思わず顔を顰める。
ついでに、クリスティナ達も若干嫌そうであった。
ベアトリスは物凄く嫌そうであった。悲鳴も上げた。
「ん? 彼女達もこれに関わりがあったのか」
「聞いてないの?」
相変わらずアンリエッタだな、と肩を竦めたルイズはビダーシャルにそれを語った。彼は彼でこの鱗が古代竜、エンシェントドラゴンの力の一部を封じたものであることは知っており、それらが解かれていることもアンリエッタから聞いてはいた。
まさかルイズ達以外が当事者であるとは知らなかったようであるが。
「しかし……そうなると今回も大いなる意志の導きか」
「ルイズ達が土と水、テファ達が風、でもって今回全員で火、か」
「確かに、何かあるのかもしれないわねぇ」
「ぶっ壊せるのがわたし達だけだったから、って理由じゃないでしょうね」
ありえるな、とビダーシャルは笑う。無論本気でそう思っているわけではないが、それも一因かもしれないというのは頭を過ぎったのだ。
とにかく、と彼は再度鱗を指差す。これはこちらで調べても問題ないだろうか。そうルイズ達に尋ねると、少しだけ迷ってからまあいいかという返事が来た。
「もし姫さまにそのつもりがなければ、とっくに回収しに来てるはずだもの」
「そうか。……では、こちらはこちらで対策を立てよう」
よろしく、とルイズはビダーシャルに返す。そこで話は終わりだな、と立ち上がり、彼女はティファニア達の方へと向かっていった。
ルイズ達と話している治療中の彼女達は、遠慮がない。クリスティナも、リシュも、ファーティマも、ついでにベアトリスも。エルフにとって蛮人であった彼女達と、エルフと、ハーフエルフと、そして夢魔までも。
憎しみの連鎖は消えないだろう。それは生きとし生けるものがいる限り続いていくものだ。だが、それでも。こうして皆が一つになっている、なりかけている。小さな少女達の、ほんの少しの力によって、世界は纏まりかけている。
この時を、壊すわけにはいかないだろう。そんなことを思いながら、ビダーシャルは笑った。これから先の、皆が笑っていられる未来を想い、微笑んだ。
願わくば、その未来が現実にならんことを。
クライマックスへ続く!(予定)エンド