一番手っ取り早いのは囮だろう。そう考えたルイズ達ではあったが、しかしそれを実行出来るかといえば答えは否。そもそも余所者が被害者であるという共通項はあっても、それを踏まえて狙われやすくする方法はとんと思い付かない。
「わたし達が狙われやすい条件を満たしてるなら話は別なんだけど」
「条件、ねぇ」
「何かあるの?」
ううむ、と三人が顔を突き合わせて考えても何も浮かばず。アリィーはそんなルイズ達を見てまあそうだろうなと肩を竦めていた。こちらがその程度の考えに至らない理由はなく、そして同じように詰まってしまったのも記憶に新しいのだ。
犯人の一味は『鉄血団結党』である、という前提ならば、その条件に合致するのは基本的に蛮人ということになる。が、あまりにも範囲が広過ぎる。更に、裏切り者である融和派も向こうにとってはその対象足るものであろう。言ってしまえば、自分達以外は全て、であろうか。
「その中でも優先度の高い者、か」
思わず呟く。基本的には誰でもいいが、ある特定の相手がいた場合、他の有象無象よりそちらを狙う、という存在がいれば。
やれやれ、と頭を振った。そんな都合のいい存在などそうそういるはずもない。蛮人より、融和派より、それよりも『鉄血団結党』が忌み嫌うような、そんなものなど。
「ま、ここで考えてても仕方ないし、とりあえず町の見回りしようぜ」
「む、サイトのくせに建設的ね」
「俺割りと建設的な意見出す方じゃないですかね!?」
「んー。そう、かしら、ねぇ」
「微妙」
「酷くねぇ!?」
アリィーの胸中など知らん、とばかりの四人の能天気なその会話を聞き、彼は再度溜息を吐く。現状その方法しかないのは確かだが、それではお前達がここに来た意味がない。そんなことが喉まで出掛かり、それは違うと飲み込んだ。
まあ精々こちらの戦力増強程度に考えておこう、そう思いながらアリィーは才人の意見を採用するように現場から離れんと踵を返し。
「あ、それはそれとして、テファ達にも注意促しといた方がいいんじゃないかしら」
「そうねぇ。あの時は誤魔化したけど、ここにいるなら他人事じゃない可能性もあるし」
「調査の手伝いはしてもらわなくても、それくらいは」
「つっても、余所者が狙われるんだろ? ファーティマは一応ここ出身だし、対象外じゃね?」
ピタリ、と足を止めた。今こいつらはなんと言ったか。テファ達、ファーティマ。そう言ったのか。猛烈な勢いで振り向き、アリィーは四人へと詰め寄る。今のは本当か、と。
一体全体何が本当なのか分からないルイズ達は首を傾げるが、ティファニア一行のことを聞いているのだと分かると首を縦に振った。それがどうしたのか、と問い掛けた。
「蛮人、融和派。それよりも狙われる優先度の高い者の条件は、ぼくが考える限り」
ハーフエルフと、『鉄血団結党』の裏切り者だ。それだけを述べると、言葉と同時に走り出したルイズ達を追うように駆け出した。
「懐かしい顔だ」
そこに立っているエルフを見て、ファーティマはそんなことを呟いた。当然であろう、彼女が所属していた海軍の同僚、それが目の前の者達だったのだから。
だが、そこに流れる空気は再開を喜ぶようなものではない。目の前のエルフが発しているのは紛れもない敵意であった。
「ちょっとファーティマ、なんだか凄く嫌われてるわよ……!」
「みたいだな」
ふん、とファーティマは鼻を鳴らす。どこか他人事のようなその物言いに、ベアトリスは顔色の悪いままふざけんなと彼女を睨んだ。勿論ファーティマは何処吹く風。だが、視線だけは真っ直ぐにエルフを睨み付けていた。
「それで、何か用か? 私達はこれから大祭殿を見に行く予定だからな。手短に済ませろ」
その言葉に、片方のエルフの目が細められた。隣のエルフが挑発に乗るなと宥めるが、知らんとばかりに腰に下げていた銃を取り出しファーティマへと突き付ける。ひぃ、とベアトリスは悲鳴を上げ、ゴキブリのように手足を動かしながらティファニアの後ろに隠れた。
ファーティマは動じない。それで一体どうするつもりだ、とエルフに向かって更なる挑発を重ねていく。
「こんな場所で発砲などしてみろ。すぐに知らせを聞いた警備隊が来る。その様子だと『鉄血団結党』が何かをしたという情報を与えるとマズいんだろう?」
ぐ、とエルフは唸る。確かに彼女の言う通り、今この場で自分達の痕跡を残すのはこの後の最終実験に支障をきたすのは間違いない。だからこそ、現状は監視とこの街の足止めをエスマーイルから命じられているのだから。
それでも、エルフの男性にとってこの感情を無視するわけにはいかなかった。ハーフエルフ、一族の裏切りの象徴を始末するために行動を共にした目の前の彼女が、気付くとその裏切り者と手を取り合っている。そんなバカげたこと、認められるわけがない。
隣のエルフが、男を諌めた。よせ、と。こいつにそんな感情をぶつける価値など無い、と。
所詮裏切り者の血筋なのだ、こうなるのは必然だった。そう言って、男の銃を下ろさせた。ついでに、こちらの挑発に乗るかどうかと横目でファーティマを見た。
「分かっているじゃないか。そうだ、私は裏切り者の血筋だ。こんな奴にかまっている暇があったら、エスマーイルにおべっかでも使っておけ」
男は下ろした銃を再び上げた。隣のエルフが制止の声を発する前に、悠々と通り過ぎようとしていたファーティマに向かって引き金を引いた。
そう彼は思っていたが、思考とは裏腹に体が動かない。そのことに気付いたのは、隣のエルフが自分へと呼びかけている姿が頭上に見えたからだ。全身は鉛のごとく、激高していた思考は段々と霞がかかって。
ああ、この状況は覚えがある。男はぼんやりとそんなことを思った。確かあの時は、目の前のファーティマも同じように昏倒させられていた。記憶が呼び起こされ、また同じようにあしらわれたことに気付いて歯噛みした。
「クリスティナ、リシュ」
「ん? 何かミスがあったか?」
「ちゃんと要望通り、ただ眠ってもらっているだけよ?」
「……いいや。完璧だ、ありがとう」
「…………」
「何だその顔は」
「お前がそんな素直にお礼を言うとは思わなくてな」
「ふん」
そっぽを向いたファーティマはどう考えても照れ隠しで。それを見守っていたティファニアも、思わず顔が綻んでしまうほどで。
「まだもう片方残ってる!」
ベアトリスの声でああそうかと我に返った。が、ファーティマもクリスティナも別段反応しない。寝ているだけだから何の問題もない、と男の状況を説明するのみで、そのままこの場を後にしようとする始末である。
「な、何でよ! どう考えてもこいつ――」
ワタワタとしながらベアトリスはエルフを見る。自分の嫌な予感が消えていないとそちらを見る。
が、彼女は彼女でその途端に怪訝な表情を浮かべた。嫌な予感はさっきから全く消え去っていない。だが、少なくとも目の前のこのエルフからはその予感はしないのだ。恐怖ではある、逃げなくてはいけないという警鐘は鳴っている。が、体全体にビリビリとくるそれと比べればあまりにも小さく、無視をしても構わないほどで。
「ベアトリス?」
どうしたの、とティファニアが首を傾げていたが、ベアトリスは何でもないと頭を振った。ぐぬぬ、と苦々しい表情を浮かべつつも、分かったと頷きファーティマやクリスティナの後に続く。状況についていけていないティファニアも、とりあえず皆が行くからとそれに追従した。
そうして彼女達が去っていくのを、残されたエルフは何をするでもなく見詰めている。こちらから何かアクションを行っても返り討ちにされるという状況判断が一つ。元々この街に留めるのが目的であるので、現状去る素振りがないならば問題がないというのも一つ。
『あの』ファーティマが、蛮人と連携をしお礼まで述べていたのを見て毒気を抜かれてしまったというが、理由の最後の一つであった。
見えなくなった彼女と、自身の党首の笑みをそれぞれ思い浮かべる。エルフが蛮人の上だという思想を変えるつもりはない。だからこそ一度見捨てられた形にされてもここにしがみついていたのだから。
だが、それでも。このままあの男についていくとどうなるかを少しだけ考え、そして出した結論に苦笑した。
足を止めた。目の前のエルフを見て、アリィーは思わず冷や汗を流す。ルイズ達はそんな彼を見て、厄介な相手なのだと判断した。
その、他のエルフとは纏う空気の違う男は、アリィーを見て奇遇だなと口角を上げる。
「こんなところで蛮人と共にいるとは……。観光ガイドでも始めたのかね?」
「悪い冗談だ。何故ぼくがこんな奴の観光案内をしなくちゃいけない」
「おや、違ったのか。では、そうだな。そんな連中に尻尾を振るなどというみっともない真似をしている理由を、お聞かせ願おうか」
カカカ、と屈強なエルフは笑う。それに合わせるように、彼の部下らしい周囲のエルフ達もアリィーを馬鹿にするように笑い声を上げた。
が、そんな連中を見たアリィーは逆に冷めた目で見やる。まあ精々抜かしていろ。そんなことを心で呟き、短く息を吐くとエルフの男に視線を戻した。
「それで、サルカン提督。貴方は一体こんな場所で何を?」
「答える必要はない」
「でしょうね」
肩を竦めた。そうしながら、ならばこちらに関わることもないだろうと視線を外す。行くぞと目だけでルイズ達に合図をし、そのまま彼等を通り過ぎようと足を動かした。
そんなアリィーの目の前に、サルカンの部下達の剣が突き付けられる。一瞬気にせず通り過ぎようかと考えたが、それも馬鹿らしいので溜息を吐いて立ち止まった。
「もう一度、聞きましょうか。こんな場所で何を?」
「答える必要はない、と言ったはずだが」
「こんな真似をしておいて、そんな言葉が通用するとでも?」
目の前の剣をかち上げる。自身の得物である『意思剣』を取り出すと、それを周囲に停滞させながら威嚇するように一睨みした。
おお怖い怖い、とサルカンはおどけたように肩を竦める。笑みを浮かべたまま、こちらの邪魔をする気なのだなと己の持っていた曲刀を抜き放った。
「先にちょっかいかけたのはそっちじゃない」
そこでルイズの我慢に限界が来たらしい。ずずい、と前に出るとアリィーとサルカンの間に立ち彼を睨み付ける。そんな小柄な少女を一瞥したサルカンは、くだらんと吐き捨てるように呟くとルイズをいないものとして扱いながら再度アリィーに話し掛けた。
「さて騎士アリィー。君一人でこれだけの人数を相手にするというのは流石に骨ではないかな?」
「何が言いたい?」
「抵抗せずに投降したまえ。こちらとしてもエルフの同志を『実験』の巻き添えにしたくはない」
ピクリとアリィーの眉が上がった。どうやらもう彼の中でそのことを隠す気はないようだ。あるいは、これまでの事件とこれから行うらしいその『実験』は関係ないと言う腹積もりなのかもしれない。どちらにせよ、間者を見付ける前に黒幕が自ら網に掛かりに来てくれたのだ。
そう思うと、急に笑いが込み上げてきた。これまでの苦労は何だったのか、と馬鹿らしくなった。
「気でも触れたのかね?」
「いや、ぼくは正常さ。ただ、お前達の間抜けさがあまりにも可笑しくてね。つい笑ってしまった」
「減らず口を叩くのはいいが、後で悔やむ羽目になるぞ」
「後悔? ……ああ、そうだな。確かに後悔することになるよ」
そう言いながら、ちらりとサルカンの間に立っているピンクブロンドの彼女を見た。無視されて機嫌が悪くなっているところに、自白するかのごとく犯罪予告の自慢話を聞かされたのだ。これからどうなるのか、付き合いのそこまでないアリィーですらありありと想像出来る。
無言で先程剣を突き出し進路妨害していたエルフの胸ぐらを掴み上げた。一瞬で締められたエルフは息がつまり、悲鳴を上げることなく足が地面から浮く。そうしてそのまま宙を舞い、ぐしゃりと地面に落下した。
「……つまり、こいつ等が今回の犯人でいいのよね?」
「ああ、そうだ。殺さない程度に、暴れてくれて構わん」
事情を聞き出さないといけないからな。そう続けたアリィーにはいはいと返したルイズは、その勢いでもう一人のエルフを殴り飛ばした。防御をする暇もなく、体をくの字に曲げたエルフは地面を転がって動かなくなる。
そこでようやくエルフ達は目の前の蛮人が敵であると認識したらしい。精霊の力を行使し、周囲の石が鋭い槍のようにルイズへと襲い掛かる。
「あ、ごめんなさい。あたしも参加させてもらうわぁ」
炎の鞭がそれらを纏めて消し炭に変えると、杖からそれを生み出しているキュルケはペロリと舌を出しながらエルフ達へと足を進めた。隣ではタバサと才人も各々の得物を構えて突っ込んでくる。
蛮人ごときが、とエルフは叫んだ。銃を構え、引き金を引く。トリステインやガリアの銃と比べ圧倒的に高性能なそれから生み出される銃弾は、しかしタバサが無造作に振った杖から生み出された氷の竜巻で弾き飛ばされた。
「俺、地味だなぁ」
言いながら才人は刀を振るう。精霊の力によって繰り出されるそれらを躱し、あっさりとエルフの兵士の意識を刈り取るその動きは、確かに地味ではあるが相手からすればとてつもない脅威であった。
「なん……だと……?」
どさり、と倒れ伏す部下のエルフ達を見ながら、サルカンは目を見開く。たかが蛮人に、圧倒的なまでの差をつけられて打倒されるなど、悪夢以外のなにものでもない。だが、これは紛れもない現実であり、それを見ながら肩を震わせ笑っているアリィーの姿が彼にこれ以上無いほどの屈辱を味合わせていた。
「騎士アリィー! 貴様、一体何を――」
「ぼくは何もやっていない。お前達の、蛮人を見下し碌に調べもしなかった因果が、巡り巡ってきているだけさ」
エルフがまた一人吹き飛ばされた。あの四人に有効打を与えられている部下は今のところ一人もいない。むしろ余裕を持って相手をされていると感じるほどだ。
ギリリ、とサルカンは歯噛みした。こんなことはあってはならない、と自身の曲刀を構え四人へと向き直った。
「おい悪魔」
「何よ」
「サルカン提督は水軍きっての猛将だ。倒せば『鉄血団結党』に打撃を与えられるぞ」
「あっそ」
どっちみちここにいる連中全員倒すから問題ない。そう言い放つと、ルイズはサルカンと真正面からぶつかりあった。体格の差でまず間違いなく押し勝てるはずのサルカンの体がその一合でぐらりと揺れ、あり得ない現実を認められないかのように彼は吠える。
空間に炎の矢が生み出され、ルイズの体を貫かんと次々に撃ち出された。それがどうした、とばかりにルイズはデルフリンガーを一閃。あっさりとそれらは掻き消された。
その隙を逃さんとサルカンは剣を振るう。ぴくりと眉が少しだけ動いたルイズは、足を振り上げると曲刀の腹を蹴り上げ斬撃を逸らした。大きく上げられた足によってスカートがめくれ上がり、丁度直線状にいた才人の眼前でルイズの下着が丸見えになる。
「おおぅ!」
「スケベ」
「不可抗力です!」
タバサの簡潔な一言に才人はそう叫んで返すと、危ねぇ、と屈み込んで攻撃を避けた。隣ではとても冷めた目でそんな彼を見下ろすタバサの姿があったそうな。
序盤から中盤の強敵が終盤でザコ敵として出てくるとちょっと感慨深くなる気分