ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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ルイズ達がメイン……?


その2

「ん?」

「あれ?」

「げっ」

「ひっ!」

 

 高速艇を降りた一行が、自由都市の港で何やら相談をしている四人組を見たのはその時である。どうやらほぼ同じタイミング、あるいは同じフネに乗っていたらしく、その四人も到着したばかりのようであった。こちらの姿に気付くと、同じように驚いた表情でまじまじと四人は見詰めてくる。何故こんな場所に、と。

 

「こっちのセリフだ! 何故お前達がここにいる!」

 

 そんな四人に食って掛かったのが、一行の中でも耳が尖っていてもう片方と比べて胸が小さい方である。耳が尖っていて胸がヤバい方は、単純に奇遇だね、とはしゃいでいた。

 対する四人、まあちょっとね、と言葉を濁す。流石にアンリエッタの調査で物騒な殺人事件を調べていますとは言えない。言ってもいいが、それはそれで厄介事になるような気がしたのでとりあえず言わない方向で、の方が正しいか。

 

「ふむ……」

 

 一行の耳が尖ってなく相棒がヤバい方がちらりと隣を見る。危険探知機と一部で賞賛されている耳が尖ってなくて性格がアレなツインテールが、最悪だと言わんばかりに震えていた。

 成程、厄介事だ。そう瞬時に理解すると、彼女は残りの三人に向かって声を掛けた。

 

「テファ、ファーティマ、ベアトリス。まあ向こうの邪魔になるのもいけないだろう。わたし達はわたし達で行動しようではないか」

「言われなくともそのつもりだ」

 

 ふん、とファーティマは鼻を鳴らす。何故こんな悪魔一行と行動を共にしなければならないのか。そんな気持ちがありありと見て取れた。

 一方のティファニアはそうだね、と別段気にすることなく同意する。こちらは純粋に向こうの邪魔してはいけないという気持ちからだ。

 

「……ベアトリス?」

「――ひっ! な、何よクリス!?」

「いや、何を呆けているのか、と」

「な、何でもないわよっ!」

 

 ほっとけ、とわめき散らすが、勿論クリスティナの目には何でもないように映るはずがない。目の前の、おそらく自身の友人アンリエッタの依頼でここに来た彼女達を見たことでの反応なのだから、先程自身が理解した厄介事に関するものだとは思うのだが、しかし。

 ひょっとして、選択を間違えたのだろうか。そんなことを考えたクリスティナは、やはり向こうについていくべきかと思案し、ちらりと刀に視線を向けた。

 

「今は、止めておいたほうがいいかもしれないわ」

「含みのある言い方だな」

「現状を知らないまま彼女達についていくのは危険よ」

「そうか」

 

 クリスティナの刀に住み着いている使い魔リシュは夢魔である。現在のハルケギニアの妖魔の中でおそらく最高位に位置する種族である彼女がそう言うからには間違いはない。少なくともクリスティナはそう判断した。

 そして同時に、現状を知れば向こうに合流するのはやぶさかではないのだ、とも結論付けた。

 では行こうか。そう言ってクリスティナは残りの三人を促す。彼女の思考を見ていたわけではない三人は、了解と向こうから視線を外し踵を返した。ティファニアだけは、またね、と笑顔で手を振っていたが。

 そうして船着き場を出る。以前よりも発展し、しかし活気がどことなく薄れている自由都市へと足を踏み入れた。

 

「まあ、とりあえず。わたしはここに来るのは初めてだから」

 

 今は町を楽しもう。そんなことを思いながら、クリスティナは拳を握りそれを突き上げた。

 

 

 

 

 

 

 さて、とルイズは自由都市を歩く。現場に向かう前に、町の空気を確認しようと思ったのだ。キュルケもタバサもそれに異論を挟むことなく、少しだけゆっくりと回り道をしながら目的地へと向かう。

 

「……若干活気が減ってる、気がする」

 

 ふむ、とタバサが呟く。他の面々と違い、ガリアの姫という立場上、彼女はアンリエッタと同じく一度エルフとの面通しに訪れたことがある。その時と比べると、やはり当たり前というべきか街の空気はどことなく沈んでいた。

 

「ま、そうよね」

 

 詳細不明の殺人事件が立て続けに三件である。ビダーシャル達が調査を行っているとはいえ、それで安心出来るかと言えば答えは否。犯人が捕まるなり排除されるなりしない限り、不安の種は消えないであろう。

 そんなことを言いつつ、四人は一番新しい現場へと到着する。人が立ち入らないよう縄か何かで区切られているそこを跨ぎ、中心部の未だ消されていない人型の焦げ跡を見下ろした。

 

「……あいつの仕業、じゃないんだっけか」

 

 顔を歪めた才人が呟く。具体的な名前を出していないその相手の顔を明確に想像したタバサは、多分、と頷いた。大体予想出来たルイズとキュルケも同様である。

 遅いぞ貴様ら、と声が掛けられた。振り向くと、アリィーが不機嫌そうに腕組みをしながら壁にもたれている。その口振りからするとビダーシャルに頼まれたのだろう。何でぼくが、と言う文句が小声で漏れていた。

 

「こんにちはアリィー」

「ふん」

 

 タバサの挨拶に鼻を鳴らすことで返事とした彼は、それで何を調査する気だと前置きなしで即座に問い掛けた。別段それに文句を言うことはない。タバサはルクシャナとの付き合いの延長線上である程度彼を知っているからだ。

 

「そうねぇ、アリィー、あなたの知っている情報ってどのくらいなの?」

「ま、確かにそれを聞いてからよね。どうなのアリィー」

「エレーヌはともかく、貴様らに呼び捨てにされる覚えは無いと言っているだろうが!」

 

 がぁ、とアリィーは吠える。が、キュルケはそんな彼の態度などなんのその。だってあたしはタバサの親友だし、と返し反省する気は全くない。

 

「でもアンタ、わたしが前ミスタ・アリィーって言ったら滅茶苦茶嫌そうな顔したじゃない」

 

 うぐ、と彼は言葉に詰まる。確かに呼び捨てにされるのは気に入らないのだが、かといってそういう呼び方をルイズにされるとどこぞの魔王を思い起こさせるのでそれはそれで非常に嫌であった。

 口にはしない。彼も命は惜しい。

 

「もういい、それは一旦保留だ。……ぼくの知っている情報、だったか?」

 

 コホンと咳払いをして話題を変えた。とはいえ、知っている情報の大半は既に報告書としてビダーシャルに渡してあるし、それがアンリエッタにも伝わっているはずである。それが分かっているから、アリィーはそういったことではなく彼自身の見解、あるいは事件に直接関係のない瑣末事を彼女達に語ることにした。

 

「まず、この事件に『鉄血団結党』が関わっているのは間違いない」

「そうらしいわね」

 

 証拠はないがな、と彼は付け加える。推理とも言えない、半ば妄想に近い意見ではあったが、間違ってはいないと言い切れる確信があった。

 

「貴様らは被害者の情報も知っているんだよな?」

「そうねぇ……まあ、一応は」

 

 自由都市に暮らしている者ではなく、別の場所からここにやってきた者。それも、あまり町の住人と関わりの深くない、あるいは無い者だ。それが偶然か必然かと問われれば、まず間違いなく前者。そういう相手を狙ったとしか思えない痕跡が残されているからだ。

 

「ん? いやちょっと待った。犯人の証拠無いんじゃなかったのかよ?」

「犯人に繋がる証拠はない、と王妃は言っていた」

 

 何か違うのか、と首を傾げる才人に向かい、タバサは結構違うと返す。犯人がいる、というのは分かるが、犯人が誰かというのは分からない。つまりはそういうことだと彼に向かい説明を行った。

 

「少なくとも事故や人以外の『何か』ではない、ということだ」

「成程」

 

 これだから蛮人は、というアリィーの視線を受けても別段気にすることなく納得したように頷いている才人を見て毒気を抜かれたのか、彼は溜息を一つ吐く。

 そうしながら、こつこつと現場を歩き、四人から視線を外して壁を見た。これはあくまで独り言、自分の正式な見解などではない。そんなことを強調しながら、彼女達に表情を見せることなく口を開いた。

 

「こちらの動きを把握し過ぎている」

「……情報が漏れている、ということ?」

 

 タバサの問には答えない。独り言であり、正式に調査をしている相手にする話ではない。だから、会話をしない。一方的に言葉を紡ぎ、それをたまたま向こうが聞くだけなのだ。

 

「最初はまさかこちらの調査隊に間者が、と考えた。穏健派だとはいえ、潜在的にエルフ至上主義を胸に抱いているものも少なくない以上疑惑を拭いきれん。だが、証拠はない」

「逆に言えば、証拠を掴めば、そいつから『鉄血団結党』に繋がる情報を手に入れられるかもしれない、ってわけねぇ」

「あるいは、自由都市の住人の中に潜んでいるかもしれない。情報を、意図的に消しているのかもしれない」

「どちらにせよ、色々と面倒ね」

 

 キュルケの相槌にも、ルイズの結論にも、アリィーは反応しない。言いたいことだけを述べ、ふう、と息を吐くと振り向いた。それで、何の話をしていたんだったか。白々しくそう問い掛け、ルイズ達もそれに乗っかり会話を続ける。先程の言葉を、無かったものとして話を続ける。

 何はともあれ、隠れ潜んでいる『証拠』を見付け出すのが第一目標か。そんなことを、口には出さずに結論付けた。

 

 

 

 

 

 

 人とエルフとの交流が活発になったことで、中継地、あるいは架け橋たるこの自由都市も今までとは違う方針を取り始めていた。その一つが観光である。幸いにしてサハラの入り口であるこの場所にこれまでやってくる者が殆どいなかったこともあり、さほど苦労することなく観光事業は成功を収めた。

 その中でも一際目立っているのが大祭殿である。本来特別な行事、あるいは精霊の力の行使にのみ使われるものであった場所は、一部を開放しエルフの文化を公開する役目を担う場所になっていた。それに思うところのあるエルフがいないわけでもなかったが、全部を見せるわけではないこと、元来人と交流して生きてきたこともあり、少々の反発も徐々になくなっていった。

 それが、表向きなのかそうでないのかは、当人以外に知る由もない。

 

「大祭殿を開放、か……」

「ファーティマは否定派か?」

 

 町の一際大きなその建物がある方向を見ながら、彼女は呟く。それを耳にしたクリスティナはファーティマに問い掛けたが、しかし彼女は少し考えた後首を横に振った。

 別にどうでもいい。付け加えたその言葉で、否定も肯定もしない、と言い放った。

 

「今更私がエルフのどうこうを語っても意味がない」

「それは、どういうこと?」

 

 今度はティファニア。首を傾げながら、言っている意味が分からないと堂々と言い放つ。隣では相変わらずアホだな、とベアトリスが呆れていた。

 

「……もう私は、エルフ側ではない。そういうことだ」

 

 そう言いながら、ふん、とファーティマはそっぽを向いた。が、エルフ特有の長い耳のおかげで、彼女の顔が真っ赤であることが容易に分かる。まあつまりは自分で言って自分で照れたらしい。

 が、ファーティマのその言葉を聞いてもベアトリス曰く脳の栄養が全て胸に言っているウシチチにはピンとこなかったらしい。どういうこと? と先程の質問を再度彼女に投げかける始末である。流石にそれはちょっと、とクリスティナも若干引いた。

 

「テファ」

「何? どうしたのベアトリス」

「アンタがどうしようもないほど頭が残念で察しが悪くて胸のでかいことしか取り柄がないのはよく分かったから、少し黙ってなさい」

「酷い!?」

「……いや、今回はそこまで酷くない、かな」

「クリスまで!?」

 

 がぁん、という擬音が背後に浮かぶくらいの衝撃を受けた表情をしながら、ティファニアはよろよろと後ずさる。みんながいじめる、と泣き付きたくとも、生憎今回はその相手すらいなかった。

 

「ま、まあとりあえずその話は置いておいて……。ほら、観光の続きをするのでしょう?」

 

 クリスティナの刀から、正確にはその中のリシュからフォローが入る。これ以上の空気を持続させたくなかったクリスティナもああそうだなと頷き、再度ファーティマへと視線を向けた。

 元々こんな話をしたのは、観光出来る場所ということで人に尋ねた答えがそれだったからなのだ。

 

「大祭殿に行くなら別に止めないぞ。私もそこまで頻繁に出入りする場所ではなかったから、興味が無いこともない」

「あら、意外ね。アンタなら断ると思ったのに」

「自分から進んで行くほどではないだけだ」

 

 ふうん、とベアトリスは流す。まあそれなら決まりだろうと残りの面々の顔を見渡すと、クリスティナもティファニアも首を縦に振っていた。

 では、と向かおうとする三人へファーティマは問い掛ける。場所は分かるのかという彼女の言葉にピタリと足を止めた三人は、ゆっくりと振り返ると首をそのまま横に振った。

 

「クリスティナはともかく、ベアトリスとティファニア。お前達は一度あの付近まで行っているだろうに」

「たった一度、それもあんな状況の道筋なんか覚えてられるわけないでしょうが」

「そうそう」

「アンタは普通に忘れてるだけでしょ」

「だろうな」

「酷い!?」

 

 ティファニアの抗議などなんのその。ファーティマはついてこいと先頭に立つと、三人を伴ってエウメネスの町を歩き始めた。その足取りに迷いはなく、以前戻ってきたくもないと顔を顰めていた時とはまるで別人のようで。

 それは自身でも分かっているのだろう。そんな変わってしまった自分がおかしくて、ファーティマは思わず笑ってしまった。先頭にいるおかげで、後ろの三人にそれを見られなかったのは幸いだ。

 

「……ああ、そうだな」

 

 先程言った言葉を、心の中で反芻する。もうエルフ側ではない、そう口にした。してしまった。

 それは、ビダーシャル達のようにエルフとして、人と交流していこうという立場をとるわけでもなければ、『鉄血団結党』のようにエルフ至上主義を唱えるわけでもない。言うならば、少し前にフネの港で別れたあの悪魔達のように。

 

「ともかく、だ」

 

 足を止める。現在地は大祭殿より少し離れた路地。恐らく大祭殿には大抵の人間がこの場所を通って行くのだろう。ただし、観光目的の、という枕詞が付くのだが。

 辺りを見渡す。この町の住人はここを使用しないのかもしれない。そう思うほど、ここを通る者達は一目でこの場所に慣れていないのが分かった。

 横に伸びている道を見る。路地裏に続いているその場所は、もし地元民であればちょっとした近道になるだろうと断言出来る場所で。観光のお勧めを聞いた時に、ついでに教えられる場所にもなるであろう。

 

「ファーティマ、どうした?」

「何かあったの? ファーティマさん」

「……予想は外れてて欲しかった」

 

 急に立ち止まったファーティマを、クリスティナとティファニアは不思議そうに見やる。少しな、と返した彼女は、一人顔を青くして視線を彷徨わせているベアトリスを見た。

 

「――何処にいる?」

「分かるわけないでしょう!? 何か、こう、辺り一面が凄く嫌な感じするのよ……!」

 

 涙目でそう叫ぶベアトリスを見たことで表情を引き締めたファーティマは、短く息を吐くと再度足を進めた。向きを変え、路地裏へと進路を変えた。

 そこでクリスティナも少しだけ目を細める。刀に手を添え、視線を左右に動かした。

 

「ファーティマ」

「何だ」

「……いいのか?」

「さあ? やってみれば分かるんじゃないか?」

 

 そう言って笑ったファーティマを見て、クリスティナは目を丸くさせた。次の瞬間には笑い出し、そうかそうだな、と彼女の肩をバンバンと叩く。

 そうしながら、ファーティマの隣へと立ち位置を変えた。

 

「では、行くか」

「お前が指示をするな」

 

 ふん、とファーティマは鼻を鳴らす。それを見て、クリスティナは笑みを更に強くさせた。

 

「え? 何? どうしたの?」

「……馬鹿ってこういう時幸せよね」

「酷い!?」




交互に話を進めていく、ような、そうでない、ような

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