ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

155 / 185
前回までのと比べて敵が弱い


その3

 まず突然の訪問を詫びた。件の貴族、ジュール・ド・モットは別段気にした風もなく、それで一体何用なのかなと彼女等に問う。揃って頷いた三人は、まずキュルケがタバサを見て、タバサは彼女を見返した後ルイズを見た。キュルケもそれに続き、結局二人の視線がルイズへと集まる。

 元々そのつもりだ、とその二人の視線に視線を返したルイズは、コホンと咳払いを一つすると目の前の貴族へと口を開いた。ここへやってきた用事を口にした。

 

「ミスタが学院から引き抜いたメイドを、こちらに譲って欲しいのです」

 

 ピクリとモット伯の眉が上がる。質問の意味が分からぬとばかりに肩を竦めると、視線だけで彼女の言葉の続きを待った。

 が、ルイズはそれだけを言った後、目をパチクリとさせるのみ。これ以上何かあったっけ、と視線を左右に動かすと、キュルケとタバサの呆れたような表情が目に入った。

 

「ルイズ、理由よ、理由」

「え? 理由?」

「……何のためにここに来たの?」

 

 タバサのコイツもうダメだというのが心底伝わる口調を聞きつつ、ルイズはえーっとだのそのだのと言葉にならないうめき声を上げていた。理由がない、というわけではない。ただ単に説明出来ないだけなのだ。

 が、勿論そんなことはモット伯に分かるはずもない。貴族の娘が自身の通っている学院で目を付けていたメイドが取られたから癇癪を起こしているだけ。凡そその程度であろうと結論付け、話がそれだけならばお引き取り願おうと口にした。その願は聞けないからさっさと帰れと言い放った。

 

「……それは、出来ません」

 

 モット伯の動きが止まる。先程のわたわたしていた雰囲気とはまた違う表情になったルイズを見て、彼は少しだけ姿勢を正した。

 

「どうして出来ないのか、教えてもらおうかな?」

「理由は……きっと、多分口にしても理解していただけないと思います。わたし自身、よく分かってませんから」

 

 あはは、と苦笑した。言っていることは先程と変わらないはずなのに、彼はそれを一笑に付すことは出来なかった。ふう、と息を吐くと、最初の問い掛けと同じように視線だけで彼女の話の続きを促した。

 

「だから、わたしはミスタへ伝える言葉は最初の一言以外にありません。――シエスタを、返してください」

 

 キュルケもタバサも何も言わない。今ここで何か向こうを言いくるめられる言い訳を捏造するのは簡単であるし、交渉材料を引き出すのもそう難しくはない。だが、それをしてしまえばルイズのド直球までの、馬鹿馬鹿しいまでに何も飾らない言葉が無駄になってしまう。

 ルイズが下げた頭が、無駄になってしまう。

 ふう、とモット伯は息を吐いた。顔を上げなさいとルイズに述べると、困ったような表情で頭を掻きながら視線を動かしている。彼とて人の子である。目の前の少女がどのくらいの気持ちで今の言葉を放ったかなど分からぬはずもない。平民ならば、まあ出来ることはその程度であろうからと納得もしただろう。そうして、それでもこちらは正当に資金でやり取りをしたのだと断ったであろう。

 だが、目の前の貴族は学院の生徒で、それも公爵家の三女。そんな人物がここまでのことをするというのが、彼の中でにわかには信じられなかった。駄目だと切り捨てることを躊躇させた。

 何より、ある程度いかがわしい目的も入っていた後ろめたさが物凄い勢いで彼の良心を苛めた。

 

「ミス・ヴァリエール、だったかな」

「はい」

「……こちらは、正当な対価を払い交渉を行った結果だ。糾弾される謂れはない」

「存じております」

「それでも、諦めないと?」

「はい。お願いします」

 

 暫しの無言。ほんの少しだけ目を伏せたモット伯は、ルイズの真っ直ぐに自身を見るその視線から己の目を逸らすのを目的としているようであった。

 そうしながら、聞いていいかな、と彼女に問うた。

 

「あのメイドは、そちらの専属であったのかね?」

「いいえ」

「……では、どのような関係があったのかな?」

「何の関係もありません。……ただ、同じ学院にいて、この間タオルを渡してくれただけです」

「それで、わざわざここまで?」

 

 彼の言葉に、彼女はしっかりと頷いた。何も躊躇うことなく、その通りだと言い放った。

 

「それでわたしは、自身を懸けるのです」

 

 

 

 

 

 

 屋敷を出る。難しい顔をしているルイズに対し、キュルケとタバサは堅苦しい空気から開放されたと伸びをしていた。ついでに、口角を上げながら二人の中心にいるルイズの背中を思い切り引っ叩く。ぱぁん、と小気味いい音がして、彼女はそのまま吹っ飛んだ。受け身を取ることなく、石畳と盛大にベーゼを交わした。

 

「何すんのよ!」

「気合い入れたのよぉ」

「ん」

「十分入ってるわよ! 余計なお世話だってば」

 

 ガバリと起き上がったルイズの文句を右から左に聞き流し、さてそれじゃあどうしましょうかと二人は彼女に問い掛ける。どうする、というのは勿論先程の交渉と言えるかどうか分からない話し合いの結果についてであった。

 

「さっさと片付けて、シエスタを連れて帰るわ」

「出来るの?」

「わたしを嘗めんじゃないわよ」

 

 というか、この程度の依頼ならば普段からやっている。鼻を鳴らしながらそんなことを言い放ち、ルイズはモット伯の屋敷からトリスタニアの衛兵詰め所へと足を向けた。軽い調子でキュルケもタバサもそれに続き、そしてやはりなんてことないように詰め所の門をくぐって中に入る。

 

「ん?」

 

 そこで椅子に座り壁にもたれかかりながら本を読んでいた一人の女性が、彼女等に気付いて顔を上げた。何か用か、と声を掛け、そしてその顔を見て怪訝な表情を浮かべる。

 貴族のマントを付け、魔法学院の制服を着ている以上それなりの身分のはずなのだが、何故こんな場所に。そんな疑問でも湧いているのかと問われれば、きっと彼女は首を横に振るであろう。

 彼女の表情の理由は至極簡単。

 

「……本当に貴族だったのか」

「失礼な」

「言われてるわよぉ、『フラン』」

「ぷっ」

「うっさい『フレデリカ』。タバサも笑うな!」

 

 見た目が変わったところで中身は変わらんか。そんなことを言いながら肩を竦めた女性は、それで一体何の用だと三人を見る。そうだったそうだったと気を取り直したルイズは、モット伯から渡された書状を目の前の彼女へと手渡した。

 

「この依頼をこなしに来たの」

「……ん? モット伯爵領? トリスタニアの管轄ではないぞ」

「知ってるわよ。だからわざわざ渡しに来たんじゃない」

 

 言っている意味が分からないと首を傾げる彼女に向かい、ルイズは話せば少し長くなるけどと前置きをした。別段かまわないと彼女は首を縦に振る。どのみち最近暇なのだ。

 王座が空位のままであるにも拘らず、である。先頃始祖の身元へと旅立った先王に代わる者がいないというのにも拘らず、である。理由は明白ではあるが。

 

「しかし、まさかお前達とはな」

「へ?」

「例のお方の差し金だろう? 領地の問題を面倒だの金が掛かるだのと放置する腐った連中の代わりに、その手の依頼をトリスタニアで纏めて管理しこちら好みの野良メイジや傭兵を抱え込む」

「へ? え?」

 

 違ったのか、と彼女は首を傾げる。水面下で進めていた計画を、自身の母親が即位しないからと自身で許可を出して好き勝手やり始めた例の人物。彼女がここに来る大抵の理由はそれ絡みであったので、今回もそうだろうと推測していたのだが、反応を見る限り違うらしい。

 まあ説明をしてくれると言うのだから、大人しく聞こう。そう思い直し、彼女は済まなかった続けてくれと話の続きを促した。

 

「待ってアニエス。わたし貴女の言ったあの人の差し金って部分が非常に気になるんだけど」

「先程言った程度しか知らんよ」

「フラン、いいから話進めましょうよぉ」

「時間がない」

 

 ぐぬぬ、と表情を歪めつつ、だが確かに二人の言ったことも正しいので、ルイズは仕方ないと気持ちを切り替える。同じように気持ちを切り替えたアニエスに向かい、ここに来るまでの経緯を語った。

 シエスタを学院に戻す条件としてモット伯が提案したのがこれ、自領で滞っている討伐依頼をこなしてこい。早い話がそういうことである。

 

「学生にやらせることか?」

「メイジが三人。その辺の中途半端な傭兵を安い金で雇うよりは確実」

 

 タバサの言葉にまあな、とアニエスは返す。が、それは彼女がこの三人の実力を知っているからである。普通はメイジとはいえ年若い少女が三人で何が出来るかと笑い飛ばすのが落ちであろう。それでも尚そんな条件を出すということは、無理難題を与えて諦めさせることが目的であるか、あるいは。

 

「で、これをこちらに持ってきた理由は?」

「一応こちらに面通ししてから行くようにってモット伯は言ってたけど」

「こちらを証人にしたのか、あるいは止める役目を押し付けたか。ひょっとしたら何かあった場合こちらに責任を被せる気かもしれんな」

 

 言いながら、アニエスはもう一つの可能性を思い浮かべていた。丁度いい、とこの事態を利用しようとする何者かの存在を頭に浮かべていた。

 

「いや、考え過ぎか」

「何?」

「こちらの話だ。まあいい、了解した。お前達ならばこちらで手助けをする必要もないだろうから、討伐した証さえあれば後は好きにやれ」

「分かったわ」

「ん」

「いいのぉ? それで」

「ああ。さっき言った例の計画の予行練習として処理しておくさ」

 

 後々その手の仕事の責任者になるであろう彼女は、そう言って笑った。

 善は急げ。ルイズ達はじゃあよろしくと踵を返す。詰め所を飛び出し、トリスタニアの大通りを駆け抜けて。

 人型になるのが面倒だという理由で街の外で待っていたシルフィードと合流すると、では出発と行き先を告げた。

 

「は? 何言ってるのね? それ学院からめっちゃ遠いのね」

 

 頭沸いたか、とシルフィードはルイズを見て、キュルケを見て、そしてタバサを見た。帰りの寄り道にしては少々ぶっ飛び過ぎている。そんなことを思いつつ順に眺めたが、純度百パーセント本気なのを感じて目を細めた。

 よくよく考えれば、シエスタを取り戻しにきているのに件の彼女がいないということはつまりそういうことなのだ。また何か勢いで口約束したな。はぁ、と溜息を吐きながら姿勢を低くすると、彼女はとっとと乗れと皆を促した。

 

「ありがとシルフィード。じゃあ、行くわよ」

「はいはい」

 

 

 

 

 

 

 森の中の寺院は、既に人が住まなくなって久しい。魔獣や亜人が代わりに寝床にしていたが、人の営みとは無縁なその連中では建物がその姿を保つことは難しかった。

 

「なんだかのんびり出来そうな場所ね」

「そうねぇ」

「あれがいなければ」

 

 視線を動かす。オーク鬼が棍棒を構えこちらを睨み付けていた。その視線は敵意に満ちていて、彼女達を潰し、食ってやろうと考えているのがありありと分かった。

 堂々と姿を現しているルイズ達を、オーク鬼はカモだと判断した。メイジとの勝負に負ける場合、強力な魔法を使われ一瞬で全滅するというのが基本。だというのに、出会い頭に魔法も唱えず、こちらの間合いに無防備に入ってくるだけ。実力を過信した馬鹿か何かだろう。そんなことを考え、美味そうな肉を前に舌舐めずりをした。

 オーク鬼が一体ルイズに近付く。棍棒を振り上げ、轢き潰して食べやすくしようとそれを叩き付けた。ぐしゃりと少女の潰れる音が響く。そういう腹積もりであった。

 

「うし。体鈍ってない」

「いやだから相棒。オーク鬼の棍棒真正面から受け止めた時点で鈍るとかそういう次元じゃねぇよ」

 

 自身の棍棒がこれ以上動かない。半分程度しか大きさのない人間に、真正面から、力負けをしている。その事実に気付いたオーク鬼は、思わず動きを止めてしまった。力のバランスがあっという間に崩れ、押し切られた体はもんどり打って倒れてしまう。その顔に違わぬ豚のような悲鳴を上げたオーク鬼は、しかし追撃が来ないことで問題なく体勢を立て直していた。

 その頃には、左右にいたオーク鬼は消し炭とかき氷に変えられていた。倒れ、立ち上がる。そのほんの一瞬で悲鳴を上げる間もなく始末されたのを見て、驚愕と恐怖の入り混じった鳴き声を発する。

 

「三匹で終わり、ってわけじゃないわよね」

「追加来たわよぉ」

「全部オーク鬼、か。問題なし」

 

 キュルケの指差す方、オーク鬼のその声で異常事態を察した残りのオーク鬼がどかどかとこちらに駆けてきていた。タバサとキュルケは杖を構え、ルイズはデルフリンガーを肩に担ぐ。

 先手必勝、とばかりにルイズは一足飛びで群れに突っ込んだ。小さな人間の子供、それも女。人間の戦士五人分に匹敵すると言われているオーク鬼にとって、あんな存在など恐れるに足りず。最初のオーク鬼が何に倒されたのかなど知る由もない追加の亜人は、同じように獣臭い息を発しながら棍棒を振り下ろした。

 

「どっせい!」

 

 オーク鬼の振り下ろす棍棒の一撃より、ルイズの振り上げる攻撃の方が勝った。言ってしまえばただそれだけのことである。一年後、トロル鬼の一撃やフネの砲弾、果ては竜の攻撃すら弾く彼女である。オーク鬼程度の体躯から繰り出されるそれなど、勝って当然。

 かち上げられたそれは、棍棒を腕ごと破壊し、そのままオーク鬼の顎を吹き飛ばした。顔面の下半分を失ったオーク鬼は、滝のように血を流しながらよろめき、そして倒れる。その拍子にびしゃりと返り血がルイズに掛かり、彼女は顔を顰めた。

 

「ちょ、これ制服染みになっちゃうじゃないのよ」

「だから遠距離にしなさいって言うのに」

「そういう問題でもない」

 

 キュルケの言葉と、タバサのツッコミ。それらを行いながら、片や炎で燃やし、片や氷で砕く。時間にすればあっという間。ルイズの剣で薙ぎ倒された死体とタバサの氷の破片の中から比較的分かりやすい牙を採取し終えても、時間はそこまで経ってはいなかった。

 普通の傭兵やメイジならばもう少し苦戦するであろう。あるいは、時間が掛かるであろう。それらを三人で難なくこなすと、では行こうと踵を返す。

 

「次は、南南西の崖下ね」

「っていうか、多くないかしらぁ」

「ここぞとばかりに押し付けてきた感じがする」

 

 討伐依頼は計五件。三人で、今日中、あるいは翌日までにこなすのは普通は無理だと諦める量である。勿論そのための量であると与えた側も認識していたはずである。

 

「多かろうが、やるしかないでしょ」

「そうねぇ」

「ん」

 

 行くわよ、と拳を振り上げる彼女達が、少々規格外であった。そういう話である。

 森を抜け、シルフィードに乗り込み、次はここだと伝え、竜使いが荒いと文句を言いながらもそれに従ってくれた彼女に感謝しつつ目的地まで運ばれ。

 そうして次の場所で討伐を行い、そして再び場所を変える。ちょっとした作業の繰り返しのごとく五件を依頼をこなした三人は、思った以上の量になったオーク鬼や魔獣の牙の詰まった袋を抱え、トリスタニアへと帰路につくのであった。

 時刻は屋敷に乗り込んだ日の翌日。その昼より少し前。

 モット伯が目を丸くして、これでいいでしょうかと述べる血塗れの少女に対し首を縦に振るしか出来なくなるのは、それよりもう少しだけ後のことである。




血塗れ(九十九%返り血)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。