ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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クライマックスの合間にあるサブイベント的な何か

珍しく冒頭が前回と明確に繋がってます


シエスタのイーヴァルディ あるいは三【集】士(3)
その1


「酷い目に遭ったわ」

 

 はぁ、と溜息を吐くのは使い魔の薬の効果が切れ、ついでに自身の堪忍袋の緒も切れたのでアンリエッタをぶちのめした何者かである。今日も今日とてキュルケとタバサといういつもの面々とともにだらだらとしている真っ最中だ。

 ここ最近不穏な何かがあちらこちらで顔を覗かせているが、そういうことを調べ上げこちらに無茶振りしてくる魔王がいなければ、彼女達も存外暇なのである。ちなみに魔王はどこかの誰かに殴られた頭が痛いという理由で現在ウェールズに膝枕されてご満悦であった。

 ともあれ、ここ数日の不穏とはまた別の厄介事を思い返し、ルイズはゲンナリした表情で紅茶を口にする。そんな彼女の傍らには、あはは、と微笑みながら給仕を行うメイドの姿があった。

 

「笑い事じゃない」

「もう済んだことですし、笑い事ですよ。ルイズ様も結果的に恋について少し考えるようになってくれれば一石二鳥ですしね」

「……ふん」

 

 そんなシエスタの言葉にルイズはそっぽを向く。キュルケはそれを見て楽しそうにクスクスと笑い、タバサはやれやれといった様子で肩を竦めた。

 ちなみに才人は少し離れた場所で佇んでいる。色々と気まずいらしい。

 

「あ、そういえば」

 

 そうしてひとしきりルイズをからかった三人は、ふと思い付いたようなキュルケの言葉で話題を変えた。正確には変わっていないが、その対象がルイズから変えられた。

 

「あの時、あたし達に聞いたわよね。サイトを見てキュンキュンしないのか、って」

 

 才人とある程度親しい、という部分に該当する女性はそちらも同じだったわけだが、どうもしなかったのか。ニヤリ、と口角を上げたキュルケは、そう言ってシエスタへと視線を向けた。

 が、シエスタは涼しい顔でそうですね、と頷くのみ。どっちの意味よ、とキュルケが問い質しても、質問を肯定しただけですとはやり動揺することなく言葉を返した。

 

「えーっと、つまり」

「どうもしなかった」

「と、いうわけです」

 

 残念でした? と才人に顔を向ける。勘弁してくれ、と疲れたように項垂れる彼を見て笑みを強くしたシエスタは、視線を再度キュルケ達へと戻した。つまんない、と頬を膨らませるキュルケを見て、ご期待に添えず申し訳ありませんと頭を下げる。

 

「別にいいわよぉ。大体予想出来てたし」

 

 そんな彼女に、キュルケは手をヒラヒラとさせた。予想が外れたら面白いと思ってはいたが、予想通りならそれはそれで別に問題はない。ああやっぱりな、と思うだけだ。

 それが分かっているのか、タバサも特に口出ししなかった。ルイズだけは何か思うところがあったのか、若干照れ臭そうにそっぽを向いたままである。

 それを見て気になるのは才人である。何かあったんだろうか、聞いてもいいのだろうか。そんなことが頭をもたげ、しかし今それをするとマズいと振って散らす。そんなことを数回繰り返し、シエスタ達に注目されていたのに気付くことで動きを止めた。もう何か言い繕っても手遅れである。

 仕方ない、と観念した才人は口を開いた。キュルケが予想出来たっていうのは、何か理由があるのか。とりあえず言葉を選びつつ、当たり障りのない感じに問を口にした。

 

「理由っていうか」

 

 ほら、見れば分かるでしょ。そう言ってキュルケはシエスタとルイズを指差す。学院のメイドでありながら、自身はルイズの従者であると言って憚らない彼女。それを指差すことで、後は察しろと目で述べた。

 

「……ん? そういやシエスタのルイズ専属って自称なの?」

「正確には予約、ですかね。ルイズ様が学院からいなくなる時には、わたしもそれについていきます」

「まあ今の時点で半ば問題児の窓口係みたいになってるから、別に変わらない」

「最近増えたものね、問題児」

「何他人事みたく言ってんだよ問題児筆頭」

 

 何だと、というルイズの睨みに一瞬たじろいだものの、俺は間違ってない、と才人はルイズを睨み返した。まあいいや、とすぐにお互いそれを止め、まあそういうわけよと彼女は彼に言葉を紡ぐ。何がどういうわけなのか、はまあつまり先程の会話の締めだというわけだ。

 

「んでも、何でそんなルイズを慕ってんだ? 普段見てると尊敬してるとかそういう風にも見えないし」

「見えませんか?」

「見え、なくも……いややっぱ見えん」

 

 それは困りましたね、とルイズを見る。こっち見んな、とルイズはシエスタの視線を撥ね退けた。

 

「でも、ルイズ様を思う気持ちは本当ですよ。わたしはあの時から、この身を捧げても構わないと、そう思っていますから」

 

 そう言って笑う彼女の表情は、どこか穏やかで、優しげで。それがどうにも気になった才人は、彼女に向かって尋ねていた。

 そのきっかけって、一体何なのか、と。

 

「……別に、面白い話ではありませんよ?」

「いいって、俺が聞きたいだけだからさ」

「んー……いや、でも」

 

 恥ずかしいしな、と心の中で呟きながら、どうしようかとシエスタは迷う。が、ルイズがそんな彼女に向かって背中を押すように言葉を紡いだ。別に話してもいいじゃない。そう言いながら、それにほら、と隣のテーブルを指差した。

 

「わたしも聞きたいわ!」

「確かに、わたしも少し気になるな」

「そうね、どこをどうやるとあの化け物を慕うのか、興味はあるわね」

「化け物を尊敬したのか、精神に異常をきたしたのか、確かに興味はあるな」

「……そういうことは口にしないのが賢いマギ族とエルフになるコツよ、きっと」

 

 次世代問題児が興味津々とルイズ達のテーブルに目を向けていた。既に話を聞く気満々である。ティファニアとクリスティナはともかく、ベアトリスとファーティマは色々と発言に問題があるような気がしたが、その辺りは別段気にしないらしい。

 ともあれ、もうここで話さないという選択肢が取れそうもうないと観念したシエスタははぁ、と溜息を吐く。面白い話じゃありませんからね。そうもう一度だけ念を押すと、ルイズ達へと視線を向け、再度息を吐いた。

 

「ルイズ様、補足はお任せします」

「はいはい」

「では……。あれは確か、ルイズ様達の停学が解けてすぐだったと思います――」

 

 

 

 

 

 

 ルイズ・フランソワーズは暇であった。現在停学明けすぐ、流石の彼女もこの状態で誰かに喧嘩を売るほど考えなしではない。

 が、そんなルイズの考えとは裏腹に、一連の騒動で不良のレッテルを貼られた彼女への風当たりは弱くなかった。ぶちのめされた当事者達はここぞとばかりに彼女を『ゼロ』と蔑み、そうでない生徒も大半があまりお近づきになりたくないという態度を隠さない。

 

「ま、そりゃそうよね」

 

 普通は剣を持って気に入らない相手をぶちのめして回るような輩は避けて当然である。ルイズ本人も分かってはいたので、その辺りはしょうがないとある程度受け入れてはいた。それは残り二人のキュルケやタバサも同様で、しかし二人はトライアングルのメイジであるという肩書のおかげで彼女よりは大っぴらに馬鹿にされていない。そこはちょっとだけ気に入らないので、後で二人をぶん殴ろうとルイズは一人予定を固めた。

 さて、そんな二人であるが、ルイズとは違い別段暇を持て余してはいなかった。キュルケは悪い噂など気にせんとばかりに現在多数の男子生徒と交流中。女子生徒から余計な恨みも買い始めているが知ったこっちゃないの精神で過ごしている。タバサは図書館で本の虫。キュルケと比べればとてつもなく平和であった。

 ともあれ、読書も男漁りもする気のないルイズだけがこうして一人、広場のベンチでやることもなくボーッと座っているわけである。

 

「……暇」

 

 口にすると益々暇が全身を襲う。このままでは腐るのもそう遠くないであろう、そう思ってしまうほどだ。

 うし、と彼女は立ち上がった。幸いにしてここには誰もいないし、いてもルイズを見ると離れていくから邪魔もいない。適当に体を動かすにはうってつけだ。

 背中に背負っていたデルフリンガーを引き抜いた。どの辺ならいいかしら、と問い掛けると、あの辺じゃないか、と雑木林の木を指す。勿論ルイズにはそれでは伝わらないので、具体的に場所を述べた。

 

「んー。確かにこれならぶった切っても文句言われなさそうね」

 

 決まりだ、と横薙ぎに大剣を振るう。横一文字に線が引かれると、太い幹が綺麗に両断され大地へと転がった。もう一丁、と二度三度と剣を振る。バームクーヘンでもカットするかのように、残っていた幹はスパスパと切り裂かれ。

 大体人が座る程度の高さにされた切り株を見て、よし、と彼女は頷いた。

 

「今度タバサに加工してもらうとして」

 

 転がっている木の上部分を見る。流石にここに置きっぱなしにしておくのは迷惑だろう。元々そのつもりはないが、そんなことを考えつつさてどうするかとルイズは顎に手を当てた。

 とりあえず斬るか。出した結論はこれである。あっという間に一本の太い木は少女の手によって木材へと変えられた。使えるかどうかは定かではない。

 適当にその中の一本を拾い上げる。片手でそれをポンポンと弄ぶと、軽く放る感じに上へと投げた。

 

「――疾っ」

 

 剣を手に、舞う。地面に落ちるまでに多数の剣閃を放ったルイズは、その木材が地面に落ちた辺りでひゅんと剣を払った。木材は既に木片である。焚き火の燃料に使えるかな、程度の代物だろうか。

 

「……んー」

「何だ相棒、不満か?」

「鈍ってる気がするのよね。ここんとこ入学の準備とか、停学とかであんまり鍛錬出来なかったから」

「まあ、お前がそう言うんならそうだろうけど……多分それお前さんの中だけだぜ?」

 

 目標というか師匠というかが規格外のせいで、本人も大分毒されてるよな、とデルフリンガーはぼやく。

 そんな彼のぼやきなど知らんとばかりに、ルイズは拳を握った。久々に思い切り鍛錬するか、と気合を入れた。

 

「まずは――走ろうかな」

「あー、そうしろそうしろ」

 

 決まりだ、とルイズは駆け出した。凡そメイジとか貴族の子女とか、見た目そういう分類であるはずの少女にはありえない勢いで広場から雑木林へと突っ込んで駆け抜ける。小枝や蜘蛛の巣などを払い落としながら、真っ直ぐ、ひたすら真っすぐ走り続けた。

 そうして走った先で、広く開けた場所へと辿り着く。傍らでは突如現れたルイズに一瞬ビクリと反応した竜の姿があった。

 

「何だルイズなのね。もー、ビックリした」

「今更驚かれても困るわよ」

 

 この風韻竜との付き合いも、もうかれこれ三年くらいになる。タバサと主従関係を結んではいるが、最初に出会ったのは自分とキュルケの方なのだ。一々驚くほどの関係はとうに過ぎている。

 それで、何の用なのね。そう問い掛けたシルフィードに向かい、ルイズはちょっと鍛錬しに来たと述べた。鍛錬、という言葉にあからさまに顔を顰めた彼女は、付き合わないからと念を押す。

 

「はいはい。んじゃ、場所借りるわよ」

「好きにするのね」

 

 どっこいせ、と体を動かし、シルフィードはルイズから少し離れた。ルイズもルイズで、向こうがねぐらにしている場所より離れた空間へと歩みを進める。

 そこで足に力を込め、真っ直ぐに前を見て。彼女は剣を肩に担いだ。

 

「……またシルフィの寝床が広くなるのね」

 

 ぶっちゃけもうスペースいらないんだけど。そんなことを思いながらシルフィードは溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 学院で働く者の中で、その噂は格別であった。魔法が使えないと揶揄される貴族の少女の噂。半ば使用人の中ですら悪く言われるようなその者が、同級生のメイジを多数相手にして残らず叩きのめした、という話だ。実際に現場を見た、という使用人は残念ながらおらず、しかし駆け巡る話は嘘ではないと積み上がる。一週間も経たずに、件の人物の名前を知らない者はいなくなった。

 とはいえ、その噂を信じているか否かは各々で異なっていた。彼女一人ではなくトライアングルのメイジもそこにいたという話から、実際はそのメイジが行ったことで彼女自身は何もしていないと考える者も少なくはない。そうでなければ、大っぴらではないとはいえメイジを多数相手に出来る人物を馬鹿にしていたことになる。そんな逃げから来る否定もそれなりにあった。

 そんな使用人の中で、どちらともいえないスタンスを持っているのが大多数のメイド達だ。生徒達と接する機会が多いのもある程度拍車を掛けているのだろう。あの三人はそんなみみっちい仕返しをする者ではない、というのが共通見解であった。

 もっとも、何かこちらに仕掛ける場合まず間違いなく普通の貴族に目を付けられた方がマシな結果になるだろうということも同時に考えていたので、結局深く関わろうとはしなかった。

 彼女もその一人である。シエスタは、今日も普段通りに仕事を行っていた。適当に貴族の気分を害さぬよう勤め、実家の仕送りや休日の予定についてぼんやりと考える。そんな生活を送っていた。

 ある程度の仕事も済ませ、今日はもうやることはない、と体を伸ばしていた彼女は、後はこの洗濯かごを戻しておくかとそれを持ち上げ歩いていた。広場をテクテクと歩きながら、噂のことなど頭から抜け落ち、特に何も考えずに。

 

「ん?」

 

 ガサリ、と音が鳴った。その方向に視線を向けると、広場の向こうの雑木林がガサガサと揺れているのが見える。

 ひょっとして、何か獣でもやってきたのか。そんなことを考えたシエスタは、急いで物陰に隠れると、その物音が過ぎ去っていくのをじっと待った。慌てて逃げたらこっちに来る可能性がある、という判断である。

 だが、彼女の予想とは裏腹に、その物音は段々とこちらに近付いてくる。体をこわばらせ、息を殺し、しかし正体は見極めなくてはと意識を集中させていたシエスタの前に、一際大きな音が鳴った。

 

「――っ!?」

 

 咄嗟に口を塞ぐ。悲鳴を上げそうになるのを耐え、恐る恐るそちらの方向を覗いたシエスタは、そこで思わず目を丸くさせた。

 

「ったく、学院の警備兵は何やってんのかしら」

「いやそれシルフィードのいた森のやつだから。学院関係ねぇから」

 

 イノシシか何かであろう獣の巨体を担ぎながら、一人の少女がぼやいていた。服装は学院の制服、髪はピンクブロンド、体格は小柄。

 一番の特徴は、マントの下に大剣を背負っていること。

 

「……あれって、確か」

 

 『ゼロ』。そう呼ばれていたメイジの生徒だ。魔法が使えず、その結果は爆発。性格も短気で、口は悪く粗暴。メイジらしさや貴族らしさの欠片もない、だから、『ゼロ』。

 

「ま、いいわ。久々に徒手空拳の訓練になったし」

「あのな相棒、素手でイノシシ仕留めたらもうそれオーク鬼か何かだぞ」

「何言ってるのよ。仕留めたのは剣技でしょ」

「いやまあそりゃそうなんだけどよぉ……。まあ相棒に何言っても無駄か」

「どういう意味よ」

 

 背中の大剣はインテリジェンスソードらしく、その剣と彼女が何やら言い合っている。その会話を聞く限り、なるほど確かに噂とそう変わらぬ人物なのだろうとシエスタは思った。

 そんな彼女は獣を担いだまま広場を去っていく。向かう先は厨房の方で、どうやらあれを渡す腹積もりらしい。巨体を持っても揺るがない小柄な少女を目で追いながら、シエスタは動かず、その場に佇み続けた。

 通常、貴族の子女はあんなことをしない。杖以外の武器を使うことも滅多にないし、一人で森に入ることもない。

 何より、あんな泥だらけになって駆け回り、子供のように笑うようなことは、決してしない。

 

「……変な人」

 

 確かに噂通り、と彼女はもう一度思った。だが同時に、少し違うかもしれない、とも思った。

 今まであまり興味を持たなかった貴族の彼女が、ほんの少しだけ、気になった。




過去編ということは才人の出番が無いということでもある

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