ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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ギーシュが普通な分、こっちにしわ寄せが来たのかもしれない。


その2

「酷いことを言うのね。誘拐だなんて人聞きの悪い」

 

 よよよ、と泣き真似をしながらアンリエッタはわざとらしく溜息を吐く。自身の大事な『おともだち』にまで疑われたら死んでしまう、と泣き崩れる振りをする。

 一方そんな彼女を見ていたルイズは、そんなことされても騙されませんよと非難の態度を崩さない。何だかんだで付き合いも長いんですから、とアンリエッタのとは違う正真正銘の溜息を吐いた。

 

「そうね。では開き直りましょう。ルイズ、ウェールズ様をここまで持ってきて頂戴」

「犬猫じゃないんですから! 無理矢理そんなことをしたら良くて外交問題、下手したらアルビオンとトリステインが戦争になります!」

「そこは大丈夫。今アルビオンは反乱軍の鎮圧でそれどころじゃないもの」

 

 つまり狙ってこのタイミングだということである。絶句したルイズはキュルケとタバサに視線を向けたが、お手上げとばかりに首を横に振られた。どうやらこの場で彼女を説得させることの出来る人物は存在しないようだ。

 そんな言葉を失っているルイズに向かい、アンリエッタは言葉を紡ぐ。勘違いしてはいけない、とそう述べる。

 

「わたくしがウェールズ様をこちらに迎えようというのは、何も婚儀を行いたいが為だけではありません」

「……違うんですか?」

「先程も言ったように、今アルビオンは『レコン・キスタ』と名乗る賊軍の対処に追われています。まだ今は問題無いようですが、いつ戦況が変わるかなど始祖にしか分かりません。もし、賊軍が勝ち王家が敗北したら……考えたくもありませんが、恐らく皆命を落としてしまうでしょう」

「それを防ぐために、ですか……?」

「ええ。アルビオン王家の血を絶やさぬ為、そしてアルビオンとトリステインの同盟の為。ウェールズ様には一度戦火から離れていただきたいの」

 

 アンリエッタの言葉にふざけた様子はない。それが一番の理由ではなく、相手を丸め込む詭弁なのは間違いないだろうが、しかしそういう『思惑』もきちんと持っているのだろう。それが分かった以上、ルイズとしても成程と納得したように頷くしかない。

 そんな折、先程から黙って聞いていた才人が、ちょっと聞きたいことがあると手を挙げた。何でしょう、と彼の方に向いたアンリエッタに向かって、質問というより確認なんですけど、と述べる。

 

「向こうの人はちゃんと姫さまのことが好きなんですよね?」

「…………勿論です」

「何ですかその間は」

「わたくしとウェールズ様は共に愛し合っておりますわ! かつてラグドリアン湖で愛を誓い合ったのですから」

「じゃあさっきの間は何で――」

「だというのに! ここのところ『レコン・キスタ』の排除に忙しいのかちっとも手紙をくれず、わたくしは過去の恋文を眺めるばかり。会いたい、会って貴方を抱きしめたいとしたためても、のらりくらりと躱されて……。限界なのです! わたくしの中のウェールズ様への想いはもう、はち切れんばかりなの!」

 

 乱暴に机を叩きギロリと一同を見渡す彼女からは、先程の余裕が見られない。それほどまでに、アンリエッタの恋心は強いのだろう。普段被っている胡散臭さを取り去ってしまうほどに。

 しょうがない、とルイズは溜息を吐く。ちゃんとこちらの支援もしてくださいよとアンリエッタに述べ、準備をするために立ち上がった。

 

「キュルケ、タバサ。今回はアンタ達は別に無理に来ることはないわよ。一応トリステインだけの問題だし」

 

 そう言ってルイズは笑ったが、二人はどこか面白くなさそうな顔で視線を返した。何を言っているんだ、と彼女に言葉を返した。

 

「ここまで聞いてて、じゃあ後は頑張ってなんて、言うわけ無いでしょ」

「当然、協力する」

「……ん。ありがとう」

「俺も行くぞ。危険だから留守番ってのは聞かないからな」

「ええ。期待してるわよ、サイト」

「任せろ!」

 

 こうしてここにいる面々全員が参加を表明し。

 

「ありがとう。皆様に、始祖のご加護がありますように」

 

 アルビオン皇太子誘拐チームのメンバーは、首謀者一人実行犯四人となった。

 

 

 

 

 

 

 二日後、準備を整えたルイズ達は魔法学院を発つ準備をしていた。学院の制服から頑丈さを重視した冒険用の服装を着て、身分を示すマントの印も取り払っている。これは彼女達の『冒険者として活動する野良メイジ』という普段の大暴れの姿であると共に、犯罪スレスレの今回の依頼になるべくしがらみを持ち込まないためでもあった。

 

「シルフィードに乗っていけばそう時間も掛からず港町に着けるわ。後はそこから船でアルビオンに向かいましょう」

 

 ルイズがそう述べ、タバサはコクリと頷く。視線をちらりと風竜に向けると、少しやさぐれた顔できゅいと鳴いた。どうやらこの間生き埋めにされたのをまだ根に持っているらしい。

 が、港町に着いたら肉をあげる、というタバサの言葉で途端に目を輝かせると、任せろとその翼を大きく開いた。そんなシルフィードを見て、才人は単純だなと思わず笑みを浮かべてしまう。

 

「んで、ルイズ。その後はどうすんだ? アルビオンってとこに行ったらすぐ城ってわけじゃないだろ?」

「そうね。馬車か、まあ最悪シルフィードにもう一頑張りしてもらって城まで向かいましょう。それで」

 

 ちらりと視線を自身の手に落とす。いざとなったらこれで自分の名前を出せ、と渡された『水のルビー』が彼女の手にはまっていた。まさかこれで終わりじゃないだろうな、と続けたルイズの言葉にアンリエッタが勿論と頷いたのも記憶に新しい。

 

「あの時の勿論って、どっちの意味だったのかしら……」

「流石に城に入る手段くらいは用意してくれんだろ」

 

 背中のデルフリンガーがそう述べるのを聞きつつ、だといいんだけどと溜息を吐いたルイズの頭上に影が差す。

 何だ、と視線を上げると、そこには一匹のグリフォンがゆっくりとこちらに下降してくるところであった。突然の幻獣の登場に首を傾げていた一行だったが、やがてそこに乗っている人物の姿が確認出来ると、才人以外は揃って目を見開く。

 羽根帽子を被った長身の男。目付きは鋭く、整えられた口髭が男らしさを強調しているような、そんな精悍な男性であった。グリフォンが地面に降り立つと、それに跨った彼もひらりとそこから飛び降りる。その仕草一つ一つが、何だか妙に様になっていた。

 男は帽子を取ると、四人に向かって一礼をする。アンリエッタ姫殿下から支援を頼まれた、と述べ、よろしくと続けた。

 男の名は、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。トリステインが誇る魔法衛士隊、そこのグリフォン隊のトップである。

 

「……姫さまは馬鹿なの?」

 

 他国の王子を誘拐するのに自国の象徴とも言える魔法衛士隊のそれも隊長を支援につけるなどと。これではもうトリステインに攻め入って下さいと言わんばかりではないか。そこまで考えたルイズは、酷くなってきた頭痛を抑えるように頭を抱えた。

 そんな彼女を、ワルドは優しく抱きしめる。大丈夫、心配いらない。そんなことを言いながら、ゆっくりとルイズの頭を撫でた。

 

「わ、わわわワルドさま!?」

「ん? どうしたんだい僕のルイズ。そんなに真っ赤になって。いや、いけない、これはいけない。君のその上気した顔と潤んだ瞳を見ていると、僕はどうにかなってしまいそうだ。ああ、なんて罪作りなんだ君は! 君のその姿は芸術! 始祖が与えたもう奇跡だ!」

「……え? 何こいつ」

 

 ある程度事情を知っているキュルケとタバサはスルーしていたが、完全に初見の才人は目の前の光景が理解出来なかったらしい。いきなりルイズを抱きしめて口説き始める髭面に、彼は何とも言えない感情を抱いた。

 そんな彼の呟きが聞こえていたのか。ワルドはゆっくりとルイズから離れると、見たことのない少年を見て首を傾げた。彼は一体、とルイズに問い掛け、自分の使い魔だという答えを聞くと、それは凄いと再び彼女を抱きしめる。

 

「まさか人を使い魔にするなんて! 流石は僕のルイズ! 始祖の伝説をも超えた偉大なるメイジだよ君は!」

「いやあのワルドさま、流石にそこまで来ると皮肉に聞こえるというか」

「何と!? それはすまない僕のルイズ。ああ、勿論そんな気は欠片もないさ。何故僕が君に嫌われるようなことをしなくてはいけない? 僕の世界は君を中心に構成されているのに、何故自身の世界を壊さなくてはいけないんだ」

 

 とりあえず何かもうどうでもいいや、と才人は二人から視線を外した。キュルケとタバサに近付くと、聞きたくないけど説明よろしくと二人に問う。まあ見て分かると思うけど、と苦笑しながらキュルケは言葉を紡いだ。

 

「ルイズの婚約者よ」

「見て分かんねぇよ!」

「そう? ああやってルイズを抱きしめて愛をささやいているじゃない」

 

 こちらではあれが婚約者同士の愛のささやきなのか。そんなことを思いながら才人はルイズの方を見る。心なしかげんなりしているように見えたのは、彼の気のせいではあるまい。

 ちらりと視線をタバサに向けた。こくりと頷き、やれやれと言わんばかりに肩を竦めるのを見て、ああつまりこれに関してはキュルケも当てにならないのかと妙なところで納得してしまった。

 

「ゲルマニアではああやって積極的にアプローチするのが普通だから、そこは仕方ない」

「ああ、そういうお国柄なのね。……あの髭面はトリステインの人なんじゃねぇの?」

「そう」

「……いいの?」

「知らない」

 

 どちらかというと『どうでもいい』という意味合いの込められた一言であった。まあそりゃそうか、と才人もそれに感付き頬を掻く。

 そのまましばし三人はルイズとワルドの一方的イチャつきを眺めていたが、いい加減出発しないと、という彼女の言葉を受けた彼がその通りだと表情を戻したことで終了となった。許可証やら軍資金やらをルイズに渡すと、では早速向かおうとグリフォンに跨る。

 

「さあ、おいでルイズ」

「……え、っと」

「ん? どうしたんだい僕のルイズ。……ああ、そうか、君は今の言葉が子供へと掛けるような言葉だと思って落ち込んでいるんだね? 大丈夫、君はもう立派なレディさ。さあ、お嬢様、僕の手をお取り下さい」

 

 半ば強制的ともいえる状態であったが、ルイズはそのままワルドに抱きかかえられる格好でグリフォンに跨がり、共に空へと舞い上がる。

 残された三人も、まあいいかと頷き合いシルフィードへと飛び乗った。

 

「よし、では諸君。出発だ」

 

 二人を乗せたグリフォンが飛ぶ。それを追い掛けるように、シルフィードがあくびをしながら翼を広げた。

 

 

 

 

 馬とは違う、幻獣と風竜のコンビは、大した問題もなくアルビオンに向かうための港町へと辿り着いた。とはいえやはり日は沈んでしまっており、船が出るのも明日にならなければ駄目だということなので、一行はここで一泊することとなった。

 

「で、何で高級宿に止まるんですかね」

 

 普段の冒険者の依頼では適当な場所で寝泊まりしていたのに、婚約者だという男がいるとこうなのか。そんなことを心の中に仕舞いつつ、才人はルイズに問い掛ける。それに対し、彼女は別にそう大した理由じゃないけれど、と髪をかき上げた。

 

「姫さまから軍資金貰ったでしょ? どうせならいっそ派手に使ってやろうかな、と」

「ははは流石は僕のルイズ。その豪胆なる気質はまさに騎士と共にある姫にふさわしい」

「あーもう何でもいいからとっとと部屋決めてくんないですかね」

 

 どうせお前等二人部屋だろ、というニュアンスも込めつつ述べた才人であったが、意外にもその申し出を断ったのはワルドであった。いくら婚約者とはいえ、ある程度の節度は必要なのだ。そう述べた彼の顔は物凄く悔しそうであった。

 

「じゃあサイト、わたしの部屋で一緒に」

「どういうことだ貴様ぁ!」

「ちょ、やめて! 違うから! 俺使い魔、使い魔はご主人と共にいる、そんだけ、マジそんだけ! 首に杖当たってる! 当たってる!」

「あたしはタバサと一緒の部屋で寝るから、じゃあねぇ」

「見捨てないで!?」

 

 そんなこと言われても、とキュルケは頬を掻く。目が血走っているワルドを見て、自分では止められないとすぐさま判断した。隣ではタバサがうんうんと頷いている。

 ふう、とワルドが杖を引いた。すまない、取り乱してしまったね、と爽やかな笑みを浮かべるが、先程までの光景を体験した才人にとってそんなもの何の効果も無い。彼の中では明らかな危険人物として頭の中にインプットされていた。

 とりあえずこの依頼の間はルイズにちょっかいかけるのをやめようと考えつつ、彼は空いている部屋へと向かう。キュルケとタバサは既にいない。取った部屋は三つ。これで部屋は二つ埋まり、残る部屋は一つ。

 はぁ、と才人は溜息を吐く。なあワルドさん、と顔だけを向けた彼は、節度がどうとか言ってたけどと少し呆れたように述べ、そして。

 

「そんなに心配なら、あんたがルイズと一緒の部屋になればいいだろ」

 

 そう言いながら、踵を返した才人は振り向くこと無く歩き出した。後ろで何かを言っているような気がしたが、気のせいだと無視した。

 扉を開ける。二つあるベッドの片方に寝転がりながら、無駄に疲れた自身の体を伸ばして解した。

 

「……ったく、何なんだっての」

 

 四人で、ルイズとキュルケとタバサと、そして自分で。そう思っていたのに、自分の知らない相手が同行することになった。それも、彼女達と関わりのある。向こうは自分の知らない彼女達を知っている。向こうは彼女を、ルイズを深く知っている。

 ごろりと才人は寝返りを打った。そういえば、自分はその辺りのことを全然知らないことに今更ながら気付いたのだ。キュルケも、タバサも、勿論ルイズも。今までどういう風に生きてきたのか、どういう経験を持っているのか。仲間だと、友達だと思っていたけれど、そういう深い部分は全くと言っていいほど踏み込んでいなかった。

 

「まあ、女の子の秘密を聞き出すのも野暮だし」

 

 向こうがそういう話をしてくれるまでは。そう思っていたが、しかし。今回のような事が起きてしまうと、やはり才人としては気になる。知りたくなってしまう。

 自分の知らない話題で、自分の知らない人を交えて楽しくしているのを見ると、それを共有し輪の中に入りたくなってしまう。

 

「キュルケもタバサも、知ってるからああいう態度なんだろうな」

 

 自分だけがよく分からない、分かっていない。距離を測りかねている。

 ああもう、と彼は頭を掻きむしる。ベッドから跳ね起きると、立てかけていた剣を掴み部屋から飛び出した。こういうモヤモヤを吹き飛ばすにはとりえず適当にぶらぶらするのが一番だ。そんなことを思いながら宿屋を出て港町を適当に歩く。

 そういえば、と町並みを見ながら才人はここに来た時の会話を思い出す。アルビオンは空中に浮遊する巨大な大陸なのだ、と。そして、そこに向かうこの港町は。

 

「飛空艇か……本気でどっかにクリスタルとか眠ってないだろうな」

 

 何言ってんだか、と自嘲しながら屋台で串焼きを一つ購入した。それを頬張りつつ、適当な店の扉を開ける。彼の泊まっている宿の一階ほど上等ではなかったが、それでもそこそこ小奇麗な酒場で、才人は酒と料理を注文した。

 別段何か食べるのならば宿屋でいいにも拘らずこんな場所を選んだ理由は一つ。あの面々と今あまり顔を合わせたくなかったからだ。

 

「ルイズは今頃あの人と昔話に花でも咲かせてるんかね」

「そう思うかね?」

「おぉう!?」

 

 誰に向けたわけでもない呟き。それに返事が来るとは思わなかった才人は思わず椅子から飛び退る。見ると、隣でどこかやさぐれたように若い男がワインを飲んでいた。

 

「ワルド、さん? 何でここに?」

「……いや、なに。ちょっとルイズの機嫌を損ねてしまってね」

 

 ははは、と力無く笑いながらワルドは残っていたワインを呷る。追加注文をした彼は、そのまま力尽きたように項垂れた。

 そんなとても先程まで見ていて鬱陶しいくらいルイズに愛をささやいていた男と同一人物に見えない姿を眺めていた才人は、少し困ったように頭を掻く。

 

「サイトが拗ねちゃったじゃない、と。ちゃんと仲直りするまで部屋に入れてあげないから、と。そう言われたのでね……。声を掛けるタイミングを見計らっていたんだ」

「つけてたの!?」

「ルイズの使い魔をやるのならば、これくらいの気配察知は出来ないと困るぞ、使い魔くん」

「ぐっ……」

 

 それは確かにその通りだ、と言い返せなかった才人は悔しげに唇を噛む。

 そうこうしている内に運ばれてきた肉にかぶりつきながら、そういえばと気になったことを尋ねた。ルイズ達には少し聞くのが憚られるが、まあこいつならいいだろう、と彼は判断した。

 

「婚約者なんですよね、ルイズの」

「ああ。僕は彼女を妻にするために全力を尽くす所存さ」

「……そこまでルイズを想う理由って、あるんですか?」

 

 アンリエッタ、そしてこのワルド。双方共に自身の愛をこれでもかと貫いている。たった一人をそこまで想うということがよく分からない才人は、どうにもこの二人がただの変人にしか見えなかったのだ。そんな自分の考えを払拭する為に、いっそ本人に聞いてしまおうと判断したらしい。

 ちなみに、ルイズ達に言わせればこの二人は紛うことなき変人である。

 

「君に話しても多分理解出来ないさ。僕がルイズを想う理由はね」

「そんなもんすかね……」

「そういう君はどうなんだ? ルイズに恋心を抱いているのかい?」

「へ? ……そういや、考えたことなかったな」

 

 この一ヶ月と少しは、彼にとっては広大なファンタジー世界を体験することに全力を傾けていた時間であった。確かに色恋沙汰みたいなことが無縁だったかといえばそうではないし、そういうことを意識しなかったかといえば嘘になる。

 だが、ではルイズに惚れているのかと問われれば。

 

「何だ? 騒々しいな」

 

 ワルドの言葉に我に返った才人は、向こう側で何やら揉めている集団へと目を向けた。給仕の少女の対応が悪かったのか、それとも言いがかりは分からないが、どうやらゴロツキのような男達が怒鳴り散らしている。

 しばし眺めていると、どうやら向こう側が少女の尻を撫でたのが事の発端らしいと分かった。酔っぱらいはこれだから、と呆れたように才人が呟く。

 

「アルビオンの騒ぎに応じて一旗揚げようという無粋な輩が最近ここには増えているらしいからね。まったく……」

 

 やれやれ、とワルドはワインに口を付ける。巻き込まれるのも面倒だからこの場を離れるか、そんなことを思いながら席を立つが、そこで彼は気付いた。隣にいたはずの少年がいなくなっていることに。

 

「その辺にしとけよオッサン。いい年こいた大人が女の子にギャーギャー喚くのはみっともないぜ」

 

 何をやっているんだ、とワルドは目を見開く。巻き込まれるのが面倒だと言ったのを覆すかのようにそこへと向かうと、呆れたように才人の肩を掴んだ。

 関係ない人間が無理に口を出す必要はないと彼に述べるが、才人はそんなことは先刻承知と言わんばかりに笑う。笑い、でも、と言葉を続けた。

 

「何か困ってたみたいだし、ほっとけないじゃん。ルイズだって多分、そうした」

 

 上等だ表出ろ、と叫ぶゴロツキに望むところだと返した才人は、じゃあちょっと行ってくると酒場を出て行く。まあ食後の運動には丁度いいや、と軽口まで叩いていた。

 その後姿を、ワルドは静かに見詰めていた。ルイズだったら多分こうした。そう才人が言ったのを聞いて、彼の動きが思わず止まったのだ。あんな奴に彼女の何が分かる、と小さく呟いた。

 

「ふん。……まあ、精々お手並み拝見とさせてもらおう」

 

 酔いも覚め、面白くなさそうな顔で、ワルドは勘定を払うと酒場の外へと足を向けた。

 




レコン・キスタとワルド子爵には何の関係もありません。

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