ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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ここまで来て、今更このネタ


やはり魔王のラブコメ作りはまちがっている。
その1


 それが偶然か必然かと問われれば、勿論後者であろう。少なくともこの場にいる殆どの者がそう思ったはずだ。

 現場はトリステイン魔法学院のラウンジ、時刻は昼休み。その場にいた者は当事者を除いても多数の生徒。当事者は学院の問題児勢揃い(メイド込み)とガリアの客員、アカデミー手伝いの少女、ロマリア枢機卿の部下。

 そして他称、『トリステインの魔王』。

 被害者は学院問題児筆頭少女の使い魔。副次作用の被害者として上記のアカデミー手伝いの少女とロマリア枢機卿の部下。勿論その二名を学院へと連れてきたのは魔王である。

 以上のことから、今回の事件の犯人は明確な意志を持ってこの状況を作り上げたのだと推察出来る。

 

「そういうわけですね」

「そういうわけ」

 

 シエスタの言葉にタバサはコクリと頷いた。目の前で起こっている問題をどうにかしようと一瞬だけ考え、やっぱりどうにも出来ないと諦めた結果の会話を一旦止めた。

 そんな二人の隣には、純粋に巻き込まれたのだと思われるギーシュが何ともいえない表情で眼前の光景を眺めていた。視線を動かし、自身の想い人であるモンモランシーに視線を向けたが、彼女は物凄く気まずそうに視線を逸らすのみである。

 ああつまり今回は彼女も当事者、ないしは犯人の一味なのだと分かっていた予想を確信に変え、ギーシュは再度溜息を吐いた。

 

「どうしたもんか……」

「あらぁギーシュ。別に気にすることじゃないでしょ?」

「まあ確かに僕は関係がない。けれど、友人が困っているのを笑って見ているほど薄情でもないつもりさ」

「難儀な性格ね」

「君達の友情には負けるよ。……まあ、後は、彼女の不始末は彼氏である僕の役目でもある」

 

 そう言って苦笑したギーシュを見て、キュルケはニンマリと笑った。実に楽しそうに笑った。そう言うの大好物、と口角を上げた。

 

「いいわねいいわねぇ。今のギーシュ、ちょっとモンモランシーから奪いたくなっちゃったわぁ」

「お誘いはありがたいが、今の僕は彼女で手一杯さ」

 

 きゃー、と頬を押さえて悶えるキュルケを見ながら、ルイズは駄目だコイツと息を吐いた。どうやら真面目に事態を収集する気がないと判断した。

 視線を動かす。タバサとシエスタは傍観を決め込む腹積もり、キュルケは見ての通り、モンモランシーはどうやら犯人側。今のところ真面目なのはギーシュくらい。そこまでを確認し、ゲンナリとした表情のまま視線を反対側へと向ける。

 

「いやー、思った以上に効果が出たわ」

「……やり過ぎだろう。無駄に騒動を起こすな」

「あら。蛮人の国なんかどうでもいい、むしろ死ね。みたいな性格だったのに、随分変わったのね」

「ミス・ルクシャナ。ファーティマはわたし達をとても大切に思ってくれている、大事な友人だ」

「そうね。あの時も彼女は友人達を心配していたし」

「そうそう。優しいよ、ファーティマさん」

「へぇー……ふーん……ふふっ」

「クリスティナと夢魔、あとティファニアは黙ってろ!」

「……まあ、確かに丸くなったわよね」

「あぁ!? 小物蛮人ツインテールは部屋の隅でガタガタ震えて命乞いでもしていろ!」

「わたしだけ反応辛辣過ぎでしょ!?」

 

 駄目だ。そう判断したルイズは一年生とルクシャナから視線を外した。そもそも犯人の一味にほぼ確定しているルクシャナグループの時点で却下である。

 ではどうするか、と視線をもう少し動かした。具体的にはルクシャナの隣である。とりあえずこいつぶちのめせばどうにかなるんじゃないだろうかという考えが若干過ぎってしまった相手である。

 

「あら、ルイズ。どうかしたのかしら?」

「……ええ。ちょっと犯人を殴り飛ばそうかと」

「あら怖い。一体何の犯人を追っているのかは知りませんが、その方には少し同情をしてしまいますわね」

 

 いけしゃあしゃあと。ギリリと音がするほど歯噛みしたルイズは、握り込んでいた拳をあの顔にぶち込んでやろうと立ち上がった。一歩、二歩。その人物の直ぐ横まで歩いた彼女は、真っ直ぐに睨みながらその拳を振り上げ。

 

「それで、どうやって事態を沈静化させるかは思い付いたのかしら? まさかわたくしを殴れば解決、などと考えているのではないでしょうね?」

「んぐっ」

 

 その通りだ、と振り上げた拳を叩き込むのは容易い。トリステインの王妃に何たる不敬だ、と咎める者も恐らくおるまい。が、それをやればルイズの負けである。それでもいいからぶん殴る、という開き直りが出来るほどの状況では、まだ、ない。

 非常に悔しそうな顔で、ルイズはゆっくりと拳を下ろした。それを笑顔で眺めていた魔王、言わずもがなアンリエッタは、まあ座れと空いていた自身の隣を差した。元々の席から別段離れていないが、誰かを挟んで会話するよりはいいだろうと判断したルイズは促されるがままそこに座る。その横で、ルクシャナが用意した椅子にモンモランシーが着席していた。

 当事者は揃ったと笑みを浮かべた口元を手で隠したアンリエッタは、もう一度確認とばかりに視線を前に向ける。

 

「いや、だから、ちょっと待て! 待って! 待ってください!」

「えっと、何が? わたし、変なことしてるかな?」

「してるかしてないかで言ったらしてないけど。けど、近いの! 何か距離がいつもより近い!」

「何を言い出すかと思えば……。自意識過剰も甚だしいですね。何を根拠に」

「いやお前はあからさまだろう! 胸当たってんだよ! 柔らかいんだよ!」

「相変わらずの変態ですか。救いようがないですね」

「じゃあ離れろよ!」

「……わたしも、少しはあるよ?」

「対抗しないで!」

 

 冷静さが微塵もない少年を眺め、非常に楽しそうにアンリエッタは笑った。

 

 

 

 

 

 

 それで、とルイズは犯人達を睨む。その視線に竦み上がったのはモンモランシーのみで、ルクシャナとアンリエッタは平然と受け流していた。まあ分かっていたとばかりに息を吐くと、ルイズは気にすることなく言葉を続けた。だったら最初から睨まないでよ、というモンモランシーの無言の抗議を無視しながら、である。

 

「惚れ薬は禁制のはずでは?」

「ええ、そうですわね」

「国のトップが率先して国の規則を破るんですか」

「人聞きの悪い。わたくしは規則を破る時は幾重にも正当性を積み上げるのよ。こんなあからさまに堂々とするはずないじゃない」

 

 何言ってんだこいつ、という目でルイズはアンリエッタを見る。が、彼女は全くもって揺るがない。至極当たり前といえば当たり前の話であるのだが、それでもやってしまうのはルイズの性格上仕方ないのだろう。

 ともあれ、堂々と禁制の薬を作り他人に飲ませた自国の王妃から騒動の中心に視線を動かしたルイズは、おかしくなっていると思われる二人を眺め、そして彼女に再度向き直った。

 

「まさか、吸血鬼とナイフだから問題ない、とか言い出すんじゃないですよね?」

「まさか。そんな言い訳を用意するほどわたくしは幼稚ではありませんわ」

「そもそも、飲ませたのはあの二人じゃないし」

 

 コーヒーを飲みながら傍観していた犯人の一人、ルクシャナはそんなことを言い放った。え、と思わず視線を横に向けると、そうよね、とモンモランシーと頷き合っているエルフの少女の笑顔が見える。

 ピキリ、とルイズの額に若干の血管が浮き出た。こいつらまとめてぶん殴って解決にしてやろうか、そんな考えが再度頭をもたげた。

 

「る、ルイズ!? 待って! わたしは、えっと、確かに犯人で、薬の制作に関わって、サイトに飲ませたのもわたしだけど――あれ?」

「モンモン、自爆したわねー」

「待って! とにかく待って! 話せば、話せば分かるわ!」

 

 このままだと死ぬ。そんな必死さで懇願するモンモランシーを見て、ルイズは自分の中の怒りが急速に萎んでいくのが分かった。とりあえず彼女は保留しておこう。そんなことを思いながら、やれやれ、と溜息を吐く。

 

「だから杖を下ろしなさいギーシュ」

「念の為さ。君は信頼に値するが、感情に任せてたまにやらかすからね」

 

 そう言いながら、ギーシュはモンモランシーの傍らに立った。大丈夫だよ、と彼女の頭を撫でると、限界が来たのか彼に強くしがみつく。

 完全にこっちが悪役じゃないか。そんな文句を呟きつつ、ルイズはまあいいやと元凶二人に向き直った。

 

「で、じゃあどんな言い訳を用意していたのか、教えてもらおうじゃないですか」

「簡単な話よ。あれは惚れ薬ではない、というだけですわ」

「……は?」

 

 思わず素っ頓狂な声を上げる。ポカンとした表情を浮かべたルイズは、しかし次の瞬間ふざけんなと眉尻を上げた。あれを見ろ、と指差した先では、エルザと『地下水』に密着されてパニクっている才人の姿が絶賛展開中である。

 

「じゃあ、あれはどう説明する気ですか?」

「そうね。では尋ねるけれど、ルイズ、先程ルクシャナとミス・モンモランシが言っていたことを覚えていて?」

「薬を飲ませたのはあの二人ではなくサイト、でしたっけ? ……ん?」

「そういうことですわ」

 

 クスクスとアンリエッタは笑う。その辺りをどう説明する気かしら、と彼女は先程ルイズが言っていたことをそのまま返すように問い返した。

 ここで、そんなデタラメを言ったところで何になる、と突っぱねるのは簡単である。が、それをしたところで何もならないし、その場合向こうは待ってましたとばかりに反撃に出るであろう。だからルイズは考える。彼女達の言葉を、その意味を。

 

「惚れ薬じゃない……なら、サイトに飲ませて、何であの二人が……? あ、待った。逆なら?」

「あら、流石ルイズ。早いわね」

「……あの頭の回転の速さで、何で普段ああなのかしら」

「使っていないんだろうね、きっと」

 

 幸いにしてモンモランシーとギーシュの会話は聞こえていなかったようで、ルイズは自身の予想を正解に変えるべくアンリエッタへ視線を戻す。笑みを浮かべている彼女が見え、ルイズはふんと鼻を鳴らした。

 

「惚れられる薬、ですか?」

「ふふっ、大体正解よルイズ。でも、惜しいわ。それだと禁制の薬に引っ掛かってしまうもの」

「ということは……び、媚薬みたいな?」

「少し違うわ。あれは、エルフの製薬技術とこちらのアカデミーの研究を混ぜて作った特殊試験薬なの」

 

 アンリエッタ曰く。ルクシャナの叔父であるビダーシャルの知識を流用して彼女が作り上げた試薬の効果が非常に魅力的で、どうにかして完成にこぎつけたいと考えた結果の産物らしい。効果は惚れ薬ほど強力ではなく、エルフの薬ほど心に作用するわけでもない。ほんの少し後押しをする程度の、しかし迷っている者にはこれ以上ないほど効果的な代物。

 薬を飲んだ者に好意を持っている者は、ついつい積極的になってしまう。言ってしまえば効果はそれだけである。

 

「……つまり?」

「あの二人は、サイト殿に好意を持っていたのでしょう」

「……えー」

 

 何だそりゃ、とルイズは思わず肩を落とす。言葉にされると何だか物凄く馬鹿馬鹿しい効果であったからだ。確かに無理矢理好意を植え付けられているわけでもなければ心が操られているわけでもない。今日はちょっぴり大胆にアプローチしたくなる気分にさせる程度の薬なのだ。対象となる好意を持っている者も、現在の惨状を見る限り一定以上でなければほぼ無意味といっても過言ではあるまい。現状、魔王の悪戯以外に何か価値を見出せなかった。

 

「姫さま」

「何かしら」

「これ、何のために作ったんです?」

「完成品はわたくしが自分で飲んで、ウェールズ様に積極的になってもらいたかったのだけれど」

 

 それが何か? とアンリエッタはルイズに問う。もういいですと疲れた声で返した彼女は、力なく椅子へと座り込んだ。口にはしていないが、ルクシャナもモンモランシーも大体同じような目的である。ちょっと普段とは違ったイチャイチャがしたかっただけらしい。

 真剣に考えていた自分が馬鹿みたいだ。そんなことを思いながら頬杖をついて才人を眺めていたルイズであったが、しかしそこでふと気付いた。エルザにあーんされている自身の使い魔を見ながら、一つの疑問が湧いた。

 

「姫さま」

「何かしら」

「これ、いつになったら効果切れるんですか?」

「それを試すための実験ですわ。と、言ったら?」

「勿論ぶん殴ります」

 

 あら怖い、とアンリエッタは笑う。笑いながら、安心しなさいとルイズに言葉を返した。効果が切れる時期は大体把握している。そう言ってルクシャナをちらりと見た。

 

「大体、一ヶ月から一年くらいで薄れてくるはずよ」

「長い!」

 

 ざっけんな、とルイズは立ち上がる。そりゃエルフにとっちゃ一年程度なんてことないかもしれないが、こちとら人だ、十分な長さだ。そんなことを言いながらルクシャナを睨んだルイズの視線を受け、ああやっぱりかと彼女は笑う。ほら見なさい、とアンリエッタに向かって目配せした。

 

「そう言うだろうと思って、解除薬のレシピもきちんと用意してありますわ」

「当たり前です。で、その解除薬はどこに?」

 

 アンリエッタは笑みを絶やさない。笑顔のまま、ルクシャナ、と隣に声を掛けた。それを聞いたルクシャナも、どこか軽い調子で分かってる分かってると頷くと、隣に声を掛けた。モンモン、と彼女に向かって声を掛けた。

 

「え?」

「え?」

「ん?」

 

 何それ聞いてない。そんな顔を浮かべたことでルクシャナの表情が固まった。マジかよ、と目をパチクリさせると、隣のアンリエッタに視線を移す。

 アンリエッタは笑みを絶やさない。成程、と頷き、事態を把握するのと同時、ゆっくりと立ち上がりひらひらと手を振った。

 

「では、わたくしは公務がありますので」

「逃がすか」

 

 がしり、とそんなアンリエッタの肩をルイズが掴む。それはもう力強く、肩の骨がミシミシと音を立てるほどに。

 こうして今日のアンリエッタの予定はキャンセルされたそうな。とはいえ、王宮ではアニエスが呆れマザリーニが溜息を吐いていたので、元々そのつもりだった、というのはあえて語るのは野暮かもしれない。




知らなかったのか? 魔王は逃げられない

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