ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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原作通りの四百年前だと、どうにも古さを感じなかったので

ここのサキュバス封印云々の設定はほぼ捏造盛々でお送りします


その3

 クリスティナ・ヴァーサ・リクセル・オクセンシェルナの血筋には、とある使命がある。人に仇すと言われる種族の封印、それが彼女が祖父から、父から伝えられたものであった。

 だが、件の種族の存在など語られなくなって最早久しい。事実、その方法を受け継いではいるものの、父も、祖父さえもそれを対象に奮ったことなど一度もないという始末。

 それでも使わないから廃れていいのかといえば答えは否。二千年以上も長きに渡り伝えられてきたその技術は、たとえ相手がおらずとも絶やすわけにはいかない。形だけでも、伝統芸能と言われても、それを残すのはこの家系のもう一つの使命ともいえるのだ。

 

「……ふむ」

 

 凡そこのような考えで伝え聞き身に付けた技術であったが、まさか当初の使命の方になってしまうとは。そんなことを思いながら、クリスティナは暗闇に浮かび上がる棺のようなその物体を見上げていた。

 彼女は現在一人である。何故かといえば理由は至極単純で、一人勇んで踏み出したら何かの仕掛けだったのか壁を突き破って階下に落ちたからだ。悲鳴を上げる暇すら無かった。おまけに落ちた先は真っ暗闇。明かりもなく、魔法で灯した小さな火種を頼りに上へと戻る道を探すしかないという始末である。落ちてきた場所から戻れないかと見上げてみたが、そもそも天井がどのくらい高いのかすら分からない暗闇が頭上には広がっていた。

 フライで飛んだら頭ぶつける可能性が高いな。そう判断し、彼女は諦めて徒歩を選んだのだ。

 

「武士は食わねど高楊枝」

 

 こういう時に使えばいいはずだ。そんなことを思いながら、クリスティナは思わず呟いた。同時に、腰に下げてある自身の刀を少しだけ抜き、鞘に戻す。チン、という小気味いい音が響き、彼女の気分を少しだけ落ち着かせた。

 そうして暫し歩いた先にほんのりと明かりが見え、これは重畳と呟きながら駆け寄った結果が現状であった。明らかに怪しげなその棺のような何か、そこに収められている少女を眺めながら、彼女はどうしたものかと頬を掻いた。

 

「わたしの学んだ、サムライの方でないやつが語っている。こいつが我がオクセンシェルナの封印すべき対象だと」

 

 言ってはみたものの、目の前の棺に入っている以上これは既に封印されていると言っても過言ではあるまい。つまり自身のその技術を披露する機会はない、と結論付けられる。

 

「何だ、じゃあいいか」

「よくない!」

「ん?」

 

 誰だ今の。そう思いながら視線を巡らせたが、この場に存在するのはクリスティナ以外には棺の中の少女のみ。つまり必然的に今彼女に向かって叫んだのは封印されているはずのこいつなわけで。

 

「……なあ、サキュバス」

「……」

「封印、解けているのか?」

「……」

「ふむ……気のせいか」

 

 うーむ、と首を傾げながら視線を棺から外す。そのタイミングで棺の中の少女がホッと安堵の溜息を吐いていた。勿論クリスティナのその仕草はわざとである。ぐりんとすぐさま首を戻すと、気の緩みきった表情をしている棺の少女と目が合った。

 

「……いくら何でも気を抜き過ぎだろう」

「そ、そっちがそんなフェイントをかけるからいけないんでしょう!」

「……ああ、そうだな」

「何よその顔!」

 

 父様、お祖父様。どうやら我が一族の使命たる相手は、随分と馬鹿のようです。そんなことを頭に浮かべつつ、棺のガラス戸をドンドン叩く少女を眺めてクリスティナは溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 それでサキュバス、とクリスティナは棺の少女に目を向ける。どうやら開き直ったのか、少女は憮然とした表情で彼女を見下ろし睨み付けていた。口にはせずともその目が雄弁に語っていた。何か用か、と。

 

「出口はどこだか知らないか?」

「知るかぁ!」

「何だ、使えないな」

「私はここに封印されてたのよ! 周囲の状況なんか知るはずないじゃない!」

「おお、そうか」

「貴女馬鹿でしょ」

 

 はぁ、と呆れたように溜息を吐く少女を見ながら、馬鹿さはそっちも変わらんぞとクリスティナは呟く。同じように溜息を吐き、振り出しに戻ってしまった地下室脱出計画を練るために棺の近くへと腰を下ろした。

 

「こうなったら、テファ達が来るのを待つのが最適か。果報は寝て待て、と言うしな」

 

 うんうん、と頷き棺に体重を預ける。案外座り心地は悪くないな、とクリスティナは口角を上げた。

 勿論棺の中身は大層お怒りである。ざっけんなと自身の天敵だという少女を見下ろしながら、とっととどっか行けと叫んだ。勿論聞くわけがない。だって暗いし、と大分頭の悪い理由で説得にかかる始末である。

 

「あーもう! 分かったわよ! ここにいていいから、だから私の封印解きなさい」

「出来るわけないだろう」

「……何? 所詮サキュバスは敵だからってこと? こちらに敵意があろうとなかろうと、封印してそのまま干からびさせるってことなの?」

 

 先程とは違う、完全なる敵意と軽蔑の視線。それを受けたクリスティナは短く息を吐くとゆっくり立ち上がり、棺の少女と目を合わせた。多くは語らない。ただその視線で、彼女の言っていた言葉を否定するように、真っ直ぐに見詰めた。

 それが分からない少女ではない。だったら何よ、と少しだけその視線を緩めながら彼女に問い掛けた。出来るわけがない、と断言した理由を問うた。

 

「いや、わたしが学んだのは封印術だけだからな。封印を解くなど一体どうすればいいのか検討もつかん」

「貴女馬鹿でしょ!」

「失礼だな」

「失礼じゃない! 封印する術を知っているなら、その逆をすればいいだけでしょう!?」

「成程、一理ある」

 

 それじゃあ試しにやってみるか、と彼女は棺に手を伸ばした。ガラス状になっている部分に触れ、意識を集中させる。本来ならば封印ということでその縛りを強固にするのだが、今回はその逆。結んである紐を解くように、ゆっくりと封印を逆さに進めていく。

 

「む」

「どうしたのよ」

「いや、今更ながら、そんなことをしてもいいのだろうかと」

「普通は良くないでしょうね。……まあ、安心しなさい。私はもう人を襲わないわ、そう決めたもの」

「それはそれで封印を解いたら餓死するのではないのか?」

 

 手を止める。何処か寂しそうに視線を天井に向けていた少女を見て、クリスティナはそんなことを思った。本来封印すべき相手、敵であるサキュバスのことを心配するような言葉を紡いだ。

 少女はそんなクリスティナへと視線を戻し、笑った。それはそれでいいかもしれない、そんなことをのたまった。それはどこか自嘲するような笑みで、先程まで自身と馬鹿な会話をしていた少女とは別人のようで。

 

「ふむ。……ならばこうしよう。わたしは今学院の一年生でな、使い魔がいない。本来は二年の進級時に喚び出すらしいが、まあ多少早まってもいいだろう」

「……何の話よ」

「わたしの使い魔になれ。契約をすれば多少はマシになるだろうし、死なない程度にならば生気を提供することも出来る」

「本気?」

「ああ。武士に二言はない」

 

 言い切った。迷うこと無く、目の前の少女にそう言い放った。目を瞬かせ、クリスティナの正気を疑っている彼女へと、そう提案した。

 そこに嘘は含まれておらず、騙す気もないということを理解した少女は盛大に溜息を吐く。やっぱりこいつは大馬鹿だ。そんなことを思いながら、しかし少しだけ嬉しそうに口角を上げた。

 

「いいわ、考えてあげる」

「決まりだな」

「考えるとしか言ってないわよ」

「今すぐ断らないのだろう? ならば決まったも同然だ」

 

 ふふん、と笑みを浮かべながら、クリスティナは封印の解除を再開した。そうと決まればさっさと契約を済ませてしまおう。そんなことを言いながら棺を紐解いていき。

 再度ピタリと動きを止めた。むむ、と唸りながら手をかざすが、先程とは違いまったく解除が進む気配がない。手を引っ込め、何かを考え込むような仕草を取り、そして再度手をかざし。そんな行動を何度か続けたが、進展は全く見込めなかった。

 

「どうしたのよ?」

「いや、封印の手順を逆さに行っていただろう? わたしの知る限り最初の最初まで巻き戻ったんだが、何かが足りないようなのだ」

「……封印を解かないように、そこだけ敢えて伝えていないのかもしれないわね」

「だとすると、ご先祖様は随分と意地が悪い。仁が欠けている」

 

 呟きながら視線を巡らせる。これ以上術がないといっても、後一歩ならば探せば見付かるかもしれない。そんなことを考えたのだが、生憎と辺りはほぼ暗闇。よしんばヒントがあったとしても、視界の悪さでどうにもならない。

 ならば実力行使だ、とクリスティナは刀を抜く。オクセンシェルナでは無理ならば、サムライでどうにかすればいいのだ。

 

「待った待った待った! それ私も一緒に斬れるでしょう!?」

「やってみなくては分からん」

「やらなくても分かる! って、ん?」

「どうした?」

 

 急に何かを感じ取ったのかクリスティナから視線を外した少女を怪訝に思ったのか、彼女も思わずそちらを向く。暗闇なので何も見えないが、しかし耳をすませば何やら物音が聞こえてくるではないか。それも、段々とこちらに近付いてくる。

 刀を棺から音の方へと向けた。得体の知れない何かが来ている。あるいは、クリスティナの待ち望んでいた仲間達かもしれない。どちらにせよ、一応警戒をするに越したことはないはずだ。そんなことを思いながら暗闇を睨み付け。

 

「――いぃぃやぁぁぁ! 来るな! こっち来るなぁぁぁ!」

「ベアトリス待って! 早いよ!」

「何で逃げ足だけは高速なんだあの馬鹿は!」

 

 涙目でこちらに走ってくるツインテールの友人を視界に入れた。ついでに、それを追いかける二体の骸骨も。

 

 

 

 

 

 

「ぐりずぅぅぅぅ!」

「ど、どうしたのだベアトリス!? 普段の取り繕いが微塵もなくなって涙と鼻水で凄いことになっているぞ」

「がいごづ……骨……迫ってぐる」

 

 動揺のあまり言語がおかしくなったのかと思うくらいの言葉で、ベアトリスはブルブル震えながら後方を指差す。下がっていろ、と彼女を自身で隠したクリスは、何故か肩で息をしながらこちらに駆けてくる二体の骸骨を真っ直ぐ睨んだ。

 

「何者だ、そこの骨」

 

 短く問い掛け、刀を突きつける。そんなクリスティナの行動に骸骨はビクリと反応すると動きを止めた。少し離れた場所で、何故か視認出来る空間が広がったそこで、二体の骸骨は真っ直ぐに彼女を見る。

 一体は彼女のそんな視線を受けどこか戸惑っているように見えた。どうしてそんなことをするのか、と本気で分かっていないようで小首を傾げている。これが例えば、そう例えば、金髪で革命的な胸を持つハーフエルフであったのならばとても可愛らしく魅力的であっただろう。そしてこんな騒ぎは起きなかったであろう。だが骨だ。

 もう一体はどういう機構でそうなっているのかふんと鼻を鳴らすと、どこか呆れたような仕草でクリスティナを睨み返した。やっぱり頭がイカれたか、と自身の頭蓋骨部分をコツコツと叩いて完全に馬鹿にするような笑みを浮かべる。これが例えば、そう例えば、美しい金髪にタレ気味の碧眼で喋れば残念な小物系エルフであったのならば毎度のことかと流したであろう。そしてこんな騒ぎは起きなかったであろう。だが骨だ。

 

「もう一度聞くぞ。何者だ」

「何者って……クリス、わたしだよ?」

「わたしに骨の知り合いはいない」

「ベアトリスに続いて貴様も落下の拍子に頭でも打ったか。おい蛮人、私のどこを見ると骨に見えるというんだ。……胸か? 胸なのか? ベアトリスよりはあるぞ!?」

 

 会話が噛み合わない。何故か馴れ馴れしく話し掛けてくる二体の骸骨に、クリスティナは少しだけ怪訝な表情を浮かべた。背後を見ると、彼女のマントで顔をゴシゴシとこすっているベアトリスが見える。後で引っ叩こうと心の中で思いながら、とりあえずと彼女はベアトリスに問い掛けた。この状況になった経緯を尋ねた。

 

「あんたがいなくなったから、三人で捜してて……そうしたら、猛烈に嫌な予感がした小部屋の壁が剥がれて中から骨が出てきて。……えっと、その後気を失って、目が覚めたらあの骸骨がわたしを見ていて……悲鳴を上げて逃げ出した先が壁の穴で、この下の階へとやってきて……えっと、えーと」

「いや、大丈夫だ。ありがとう」

 

 ふむ、と一人頷いた。視線をベアトリスから骸骨に、そして傍らの棺に向けると、やれやれといった様子で肩を竦めているのが見える。どうやら向こうの正体は分かったと口角を上げたクリスティナは、しかし念の為と棺の少女に声を掛けた。

 

「なあ、サキュバス」

「何? というか私リシュって名前があるの。そういう種族で一括りやめてちょうだい」

「む。それはすまない。ではリシュ、念の為尋ねるが」

「何よ」

「お前には、あれは何に見える?」

 

 指差した先は二体の骸骨。やんのかこら、と片方の骸骨が吠えていたが、クリスティナは聞かなかったことにした。あれに付き合っていてはキリがない。普段からそうだ。

 

「……エルフね。人の住む地域にエルフが暮らしているってのも珍しいけれど、最近は事情が変わったのかしら?」

「ああ。わたしの友人が頑張ったのさ」

 

 誇らしげに笑みを浮かべると、クリスティナはやはりそうかと頷く。再度骸骨に視線を向けると、誤解は解けたと刀を納めた。勿論当の本人はなんのこっちゃである。

 どういうことだ、と片方の骸骨がこちらに詰め寄るのをまあ待てと手で制すると、その前に説明しなければならいことがあると視線を巡らせた。ちょうどいい何かがないか、と探した結果、リシュの棺のガラスがいい感じに反射して鏡のようになっていたでこれでいいと骸骨を手招く。

 

「あ、いや待て」

「何だクリスティナ。お前は来いと言ったり待てと言ったり」

「ねえクリス。一体どうしちゃったの?」

「……どうかしているのがわたし達か、それともお前達か。それがよく分からんのだ」

 

 言っている意味が分からないと首を傾げる骸骨二体を横目に、クリスティナはリシュに問う。今自分自身に問い掛けた疑問を、呟いた迷いを、彼女にも述べる。

 ふう、とリシュは息を吐いた。両方だ、と短く返したリシュは、とりあえずガラスに映る姿は今そっちが見えている姿だろうと言葉を続ける。それが聞ければ問題はないので、クリスティナは待たせたなと骸骨をガラスの前に立たせた。

 そうしてそこに反射して映る、二体の骨。

 

「わきゃぁぁ!」

「何だぁ!?」

「……まあ原因の予想が付いているから言えることだけれど。貴女の友人、揃って馬鹿なの?」

「否定は出来んな」

 

 現状をようやく理解したらしい二体の骸骨――ティファニアとファーティマが叫ぶのを見ながら、クリスティナはやれやれと溜息を吐いた。

 お前も十分馬鹿筆頭だから、と消え入りそうな声でツッコミを入れているベアトリスには、幸か不幸か誰も気付かなかった。




ホネホネ人間だァアアアアア!!!

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