ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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ホラークリーチャーから突然神話生物と戦う相手が変わる話があってもいいよね(血骨感)

あ、捏造魔獣出しました、ご注意ください。


その4

「んぁ?」

「あ、目が覚めた?」

 

 何ぞ、とルイズは辺りを見渡す。どうやら薄暗い建物内のようで、しかしそれほどまともな場所とは思えないところであった。しいて言うならば朽ちた神殿か何かだろうか、そんなことを思いながら更に視線を動かすと、簀巻にされてぶら下がっているジャネットが見えた。

 

「アンタ何やってんのよ!?」

「一応ツッコミを入れておくと、貴女も同じ姿だから」

「え?」

 

 視線を下げる。成程確かに、ルイズ自身も簀巻にされ天井らしき場所からぶら下げられていた。

 が、どうしてこうなったかの経緯をとんと思い出すことが出来ない。確か溶けかけた村人を薙ぎ倒していたところまでは記憶にあるのだが。

 

「ねえジャネット」

「なあに?」

「これ、どういう状況?」

「さあ? わたしも気付いたらこうなっていたから分からないわ。あ、でも」

 

 つい、と視線を動かす。ルイズもつられてそちらを見ると、何やら人影らしきものが祭壇のような何かを祀っている姿が目に入った。凡そ人が作るような造形ではないその祭壇には、犬の頭部を象った仮面を被る『何か』の像が添えられている。

 二人の声に気付いたのだろう。その人影らしきものはゆっくりと彼女達へと振り返った。そこには祭壇の像とは逆に、『何か』の仮面を被っている二足歩行する犬頭の亜人が。

 

「人でない何か、だったみたいね。フランさん大正解」

「あー、うん。そうね」

 

 ケラケラとジャネットは笑う。ルイズはそんな彼女の態度を見て溜息を吐きながら、視線を真っ直ぐに犬頭へ向けた。自分の知識が間違っていなければ、あれは今回の謎の発端ともいえる種族だ。

 コボルト。その中でも群れを率いる神官となった強力な個体、コボルト・シャーマン。

 

「ちょっと! アンタがこれをやったっての?」

 

 とはいえ、はっきりと言ってしまえばルイズにとって取るに足らない相手である。先住魔法、精霊の力を扱う相手ではあるが、吸血鬼やエルフと比べて正直弱い。精霊魔法使いとしての上位存在とドンパチやっている彼女にとって、余程油断しない限りやられることはないはずなのだ。

 それはつまり、ルイズが余程油断していたという証左でもある。自分でその結論を出した彼女は悔しそうに歯噛みするとこの野郎とコボルト・シャーマンを睨み付けた。

 コボルトはふんと鼻を鳴らすと、自分は神の手助けをしたに過ぎんと言い放つ。祭壇に視線を動かし、そこを拝むように両手を上げ、何やら理解出来ない祝詞を唱え始めた。

 

「どういう意味?」

「……目の前のあれは、親玉じゃないってことでいいんじゃないかしら」

 

 表情を少し引き締めたジャネットがそう述べる。短い一言であったが、少なくとも目の前のコボルトが神と崇める何かがここに存在しているのは確かだろう。そう判断したのだ。

 ふぎゃ、と声が聞こえた。何だ、と視線を動かすと、先程まで空いたスペースであったそこに新たな簀巻が増えていた。ルイズに見覚えのある赤髪と、ジャネットに見覚えのある糸目。どこをどう見てもキュルケとドゥドゥーであった。

 

「ちょっとキュルケ!? アンタまで捕まったの!?」

「いたた……頭ガンガンする。って、ルイズ!? 何やってんのよぉあなた」

「ドゥドゥー兄さまも――まあ、いつも通りか」

「酷くないかな!?」

 

 四つになった簀巻は、喧々囂々としながらもとりあえず現状を確認し合う。下のコボルト・シャーマンは祝詞を唱えるのに夢中なのかそれを咎めない。これ幸いと好き勝手に喋った四人は、どうやら全員『村人』と戦闘している途中から記憶が途切れているという結論を出した。

 

「あれが囮で、罠にハマったってことかしら」

「でしょうねぇ……不覚」

「まあ、まだ死んだわけではないから、前向きにいこう」

「兄さま、それは前向きではなく馬鹿ですわ」

 

 簀巻にされ、武器はどこかに奪われ、地に足も着いていない。この状況で何がやれるかと言えば。正直無理矢理縄を解くのが精一杯で、それが出来るのは約一名だ。

 それでも出来ないよりマシ、と実行しようとしたルイズは、縄がやけに粘性を帯びているのに気付いた。これは普通の縄じゃない、と呟き、そして得体の知れない何かを感じて顔が引きつる。

 うるさいな、とコボルト・シャーマンが顔を上げた。お前達毛無しザルは神の贄となるのだから大人しくしていろ。そんなことを続けながら、同意を求めるように祭壇の背後へ視線を動かす。

 ズシン、と音がした。何かがいる。それを瞬時に覚った四人はゴクリと喉を鳴らし、得体の知れないその正体を見極めんと目を凝らす。

 ヌッとその前足が明かりに照らされた。粘液にテラテラと光るその手の平は、陸上生物が崇める相手にあるまじき水かき状の何かがついている。腹部は喉を鳴らすことで膨らみ、地面を覆い隠すように震えている。後ろ足も同様、粘液にまみれ水かきが見える。

 そして頭部。恐らくコボルトを模した仮面であろう何かを被っているが、頭部に突き出た丸い目が眼球ごとギョロリと動き贄である彼女達を見定めるように揺れていた。口は大きく裂け、そこから伸びる長い舌が巨大な体の頭部から地面に垂れ、ボタボタと粘液を落としている。

 

「い――」

 

 足の数は系八本。凡そ似た形の生物とは異なる数だが、しかし特徴は尽く一致していた。大きさも普通であればあり得ないが、それでも一目でそれに似ているとよく分かった。

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 絶叫が木霊する。顔を真っ青にしたルイズが叫ぶ。無理、助けて、と必死でもがく。

 そう、コボルトの『神』は、カエルに非常によく似ていた。

 

 

 

 

 

 

 村全体に響くほどの絶叫。それは勿論捕まっていない面々の耳にも届いた。ルイズがそんな叫びをするという状況が考えられなかった才人は、それを聞くと顔色を変える。急がないと、とその声の方へと駆けるべく足に力を込め。

 待て、という『地下水』の声でたたらを踏んだ。何でだ、と彼女を睨むが、当の本人は涼しい顔でその前にやることがあるだろうと言い放つ。

 

「彼女が切羽詰まる状況がただ単に実力で劣っていた結果ならば、お前が言ったところで瞬殺されるのがオチでしょう?」

「んぐ。でも、行かないわけにはいかねぇだろ!」

「勿論。だから、その前にやることがあると言ったのです」

 

 そう言いつつも、『地下水』は目的地を絶叫がした方へと定めたらしく、さっきまでとは違う方向に足を動かす。移動しながら、まずは状況の整理だと指を一本立てた。

 

「サイト、お前はあの『村人』との戦闘中に意識を失いかけた」

「……ああ。いきなり眠くなってぶっ倒れたんだ」

 

 『地下水』がすぐさま起こしてくれなければ、そのまま突如液状化したその場所に飲み込まれていたに違いない。そういう意味では彼女がペアで助かったと才人は心から思う。

 問題は倒れている腹を思い切り蹴り上げられたことだが、彼はそこにこだわるとまたグダグダになると大人の対応をすることに決めた。

 

「あれは恐らく眠りの先住魔法でしょう。私はナイフですから、耐性があったので無効化出来ましたが、他の面々が同じことをされれば」

「てことは、あの叫びはルイズが捕まったからって可能性があるわけか」

「それだけであの絶叫は出ないでしょう。……何か、彼女にとって生理的嫌悪を催す存在がその場にいるのかもしれません」

 

 ただの化け物や強力な敵ならあんな生娘のような叫びはしまい、と『地下水』は考えたのだ。一応言っておくがルイズは立派な生娘である。

 ともあれ、自分の考察はこうだと才人に語った『地下水』は、お前の意見はどうなのかと彼に聞いた。それに暫しううむと唸った才人であったが、まあ大体そんな感じなんだろうと肯定の言葉のみを言い放つ。

 

「お前は自分の意見がないのですか?」

「いや、そうじゃなくて。お前の考えが正しいって思ったから頷いただけだっつの。確かにルイズのあの叫びは戦闘でピンチとかそういう感じじゃなかったぽいしな。どっちかってーと、あれだ。風呂場でゴキブリでも発見した時みたいな――」

 

 ピタリと動きを止めた。ズルリ、という泥の這う音が、段々とカサカサという音に変わっていくのを耳にしたからだ。

 建物の壁から、細長く黒い、油でテカった節のある足が覗いた。羽をこすり合わせる音がどこからか聞こえた。触覚がそこかしこから見えた。

 

「……どうやら、今のサイトの思考を読み取って『村人』を制作したようですね」

「人じゃねーじゃん!」

 

 才人の叫びと共に、人間大のゴキブリがワラワラと二人に迫ってくる。そのあまりのインパクトに、才人は目を見開きまるで生娘のような絶叫を放った。

 

「気持ち悪い」

「だよな!? すっげー気持ち悪い! っていうか来んなぁ!」

「いや、お前の絶叫が気持ち悪いと言ったんです」

「そっち!?」

 

 そんなことを言っている間にもゴキブリは迫る。カサカサと才人に覆いかぶさろうとしてくる黒い油蟲を見た『地下水』は、ふうと息を吐くと水で押し流した。人とは違う体のそれらはあっという間に流され、壁にぶつかりべチャリ潰れる。体は泥なのだが、その潰れた様は本物に勝るとも劣らない不快さを醸し出していた。

 

「ふー、はー、ひー、ふー」

「情けない」

「情けなくねぇよ! あんなん見たら誰でもこうなるわ!」

 

 ふん、と『地下水』は鼻を鳴らす。はいはい、と軽く流すような態度で彼から視線を外すと、さっさと行くぞと足を動かした。

 

「知ってますかサイト。地面に埋められていると、ああいった不快昆虫や不潔な動物は大量に寄ってくるんですよ。早く刀身が朽ちないか、とね」

「う……」

「動けない中、それらに体を弄ばれる日々……それをしたのは、さて、誰でしたかね?」

「あん時はお前はまだ敵だったからだろ!? ……あー、いや、その、悪かったよ」

 

 いたたまれない、といった表情でそう呟く才人を見て、『地下水』は少しだけ溜飲を下げた。まあその結果今があるのだから、多少は勘弁してやろう、そんなことをついでに思った。

 

「しかし……あの時はまだ敵、ね」

 

 今はどう思ってるんだこいつは。ふと湧いたその疑問を、彼女は思わず口にしていた。なんと答えるか大体予想出来ていたにも拘らず、つい問い掛けた。

 

「は? ここまでくりゃ、流石にもう仲間だろ。ルイズだってそう思ってるはずだし」

 

 予想通り。だが、それを聞くことの出来た『地下水』は笑ってしまった。本当にこの馬鹿は。そんなことを述べながら、彼女はどこか楽しそうに笑った。

 

 

 

 

 

 

 ここか、と才人はその場所を見上げる。作られたハリボテの村の外れ、そこだけは何者かの手で作られたと思わしきその神殿では。

 

「ちょちょちょちょ! くくく、く来んなぁ! いやぁ! 助けてぇ! カエル! カエル駄目なの! 無理無理無理無理! やだ、やだぁ! おうちかえるぅ!」

 

 外からでも聞こえる、賑やかな少女の絶叫が木霊していた。何だかとても元気そうで、これ助けいらなかったかな、と思わず才人が頬を掻くほどである。

 とはいえ、このまま見ていても埒が明かない。隣の『地下水』と頷き合うと、彼はその神殿の扉を思い切り押した。ギギギ、と軋んだ音を立てて開いた扉は、そのままゆっくりと彼等に中の光景を見せ付ける。

 それを見た才人の第一声は、何だこれ、であった。天井近くで簀巻にされているキュルケとドゥドゥーとジャネットが、粘液にまみれながら必死で逃げているルイズを眺めている。お笑い芸人の体を張ったボケか何かだろうか。そんなことをふと彼は考えた。

 

「まあいいや。おーい、キュルケー」

「あ、サイト。丁度良かったわぁ」

 

 これどうにかしてくれ、と彼女は述べる。その言葉に頷いた才人は三人を簀巻にしていた縄を切り裂き地面に下ろした。その道程の中、ベッタリと縄の粘液が刀に付き、彼は思い切り顔を顰める。

 

「よし、自由になった。とはいっても、あたし達今杖がないのよねぇ」

「あのコボルト・シャーマンの口ぶりからすると、コボルトの神の腹の中かもしれないわね」

「新しいのを用意した方がよさそうだね」

 

 はぁ、と揃って溜息を吐く。才人はその会話に出てきた名前を聞いて、そんなんいたのかと視線を巡らせた。コボルト・シャーマン、彼が戦った経験はほぼないが、一応知識としては知っている。

 祭壇に激突し事切れているのが目に入った。恐らく、ルイズを捕らえようとした『神』の動きの巻き添えになったのだろう。あの手の輩の末路なんかこんなもんか、と彼は息を吐き視線を外した。

 

「ルイズ!」

「さ、さささささサイト! こいつ、こいつ! 倒して! すぐ倒して早く倒して今倒してわたしの視界から消してぇ!」

 

 半泣きで駆け寄ってくると、その勢いのまま才人へ飛び込んだ。げふぅ、と肺から空気を全て吐き出させられた才人は一瞬意識が飛び、次いで少女の柔らかい感触と普段見ない可愛らしい表情に意識を蘇らせる。そして粘液の生臭さでそれらが吹き飛んだ。

 

「っつっても……あれ、なんだよ」

「見れば分かるでしょ! カエルよカエル! ほら早く!」

 

 ササッと彼の背後に周り、目の前の『神』を視界に入れないようにする。そんなことが聞きたいわけじゃないんだけど、と頬を掻いた才人はキュルケ達に視線を向けたが、しかし彼女達もよく分からないと首を横に振った。

 

「でも、まあ、コボルトの神なのは確かなんじゃないかしらぁ」

「これが?」

 

 何で陸上生物の亜人の、それも犬頭がカエルを神とするのか。どうにも解せぬと首を捻った才人であったが、元々コボルトの神については殆ど何も分かっていないからという話を聞いてそんなものかと頷いた。

 

「あ、でもそうだ。一つだけ分かっていることがあるわ」

 

 ルイズを才人から引き剥がしたジャネットが、キュルケ達と共に距離を取りながら指を立てる。まあだからこの状況なのだけど、とその立てた指を揺らした。

 

「コボルトの神は、生きた人間の肝を好むらしいわ」

「食料かよ俺達!?」

 

 才人の叫びに肯定するかのように、目の前の『神』がゲコゲコと鳴く。ベロリと舌を出すと、地面を舐めるようにそれを動かした。

 瞬間、そこから泥が生まれる。泥はあっという間に盛り上がると人を形作り、そしてこちらへと襲い掛かってきた。

 

「成程。あれが、この村を作り出していたのですね」

 

 『村人』の頭に氷のナイフを突き刺しながら『地下水』は呟く。人の思考を読み取ったにしては再現が御粗末なのはそのせいなのだろう。適当で余計な雑念が混ざり込み、結果として仲間をはやにえにした状態で生み出されたり、突如色仕掛けを始めたり。

 

「サイト」

「何だよ」

「一応確認しますが、本当に、あれはお前の中にこれっぽっちも無かったんですね?」

「…………お、おう」

「よく分かりました。変態」

「違うって! 誤解だって!」

 

 そもそもあの程度は変態でもなんでもなく思春期なら普通だ。そんなことを言いかけたが、言ったところで無駄だろう。そう判断した才人はとにかく誤解だの一辺倒で押し通すことにした。

 が、しかし。隣に立つ『地下水』の視線は冷ややかなままである。はぁ、と溜息を吐きながら、だったらあれは何なんだと前を指差す。

 

「彼女達は現在戦えないので距離を取っている、私はナイフなので向こうの能力外。つまりあの『村人』はお前の思考を読み取って作ったことになるわけですが」

 

 セーラー服姿のルイズと『地下水』が迫ってきていた。疑いようのないほどド直球に才人の趣味であった。変態だの思春期だのというワードを飲み込んだ際、つい思考の片隅に過ぎってしまった結果であった。そういえばこっちに来てから見てないな、というほんのちょっとの望郷の念が産んだ奇跡であった。

 

「ち、ちが、ごか、誤解だ」

「……感想は」

「セーラー服さいっこう!」

「死ね」

 

 テンパっているルイズと、中々いいなぁと頷くドゥドゥー以外の二人、キュルケとジャネットは『地下水』の言葉に同意するかの如くうんうんと頷いていた。




気付いたら全力でフラグをへし折る才人君のコメディになってた

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