ううむ、とドゥドゥーは首を捻った。その隣ではキュルケが呆れたような表情で自身を見ているのが視界に映る。そんな彼女の態度を苦笑で返し、彼はまあ仕方ないだろうと向き直った。
「ぼくは、こういうのに向いていない」
「じゃあ何で今回のメンバーに選ばれたのよぉ……」
はぁ、とキュルケは肩を落とす。情けないと言わんばかりのその態度を見て、ドゥドゥーはあははと再度苦笑した。どうやら自分は気の強い女性に呆れられる何かがあるらしい。そんなことを思いつつ、まあしかし、と顎に手を当てる。
「逆に考えてみよう」
「何をよぉ」
「ぼく達が情報収集をした限り、何も怪しいところは見付からなかった。これは凄く怪しいと思わないかい?」
「……ふむ」
キュルケは何かを考え込むように腕組みをする。豊満な胸が押し上げられたが、ドゥドゥーは別段気にする様子もなく言葉を続けた。
ちなみに、彼の目が基本糸目なので分かりにくいだけである。ガン見である。
「これまでの調査で散々怪しいと分かっているにも拘らず、現地では何も怪しいところがない。ということは――」
「と、いうことは?」
「…………」
「何よ、もったいぶらないで話してちょうだい」
「ど、どういうことなんだろう?」
「期待したあたしが馬鹿だったわぁ」
はぁ、と溜息を吐く。しょうがないじゃないか、と眉尻を下げるドゥドゥーは、これでも頑張った方だと力説する。そんな彼を見て元素の兄妹も苦労しているんだなとどこか見当違いの感想を抱いたキュルケは、止めていた足を動かした。
このパートナーでは今の状況で役に立たない。誰かしらのペアと合流する必要がある。彼女が出した結論がこれであった。ちなみに、その中にタバサ・ジョゼットペアは含まれていない。
「彼の手綱的な意味でも、ルイズ達と合流するのがベストかしら」
「え? おいおい、勘弁してくれよ。ジャネットにまた兄さまはって馬鹿にされてしまう」
「されるようなことしてるのが悪いんでしょう? いいから――」
ん? と視線を動かした。何か爆発でも起きたような振動がした気がしたのだ。実際に体はそんなものを感じてはいないし、煙が上がっているわけでもない。何か、あるいは誰かが天高く吹き飛ばされている様子もない。
だが、何故かそう思ってしまったのだ。実際に起きていることが隠されているような気がしたのだ。
「ミスタ・ドゥドゥー。やっぱりここ変よぉ。早いところルイズ達と合流を」
「炎のお嬢さん」
「何よ」
「……お探しの人物は、あれかい?」
振り向いたその先には、成程確かに彼女のよく知る顔をした少女が歩いてくるのが見える。
が、キュルケはそれをルイズと認識するのを躊躇った。ドゥドゥーも同様のようで、だからこそ彼女に問い掛けたのだろう。
「な、にやってんのよぉ……」
呟く。歩いてくる少女へと、尋ねる。が、それは何も答えない。鼻歌でも奏でるような気安さで、軽い足取りで、肩に担いだ大剣をユラユラと揺らしている。
そして、その先には。モズのはやにえのように、ゴスロリ姿の少女が突き刺されだらりと四肢を投げ出していた。
「ルイズ!? あんた何やってんのって聞いてるの!」
叫ぶ。すぐそこで立ち止まった少女へと、詰問する。が、それはやはり答えない。ぽい、とゴミでも放るように剣に突き刺さっていたジャネットらしきものを投げ捨てた。ドサリと地面に落ちた彼女は、胸にポッカリと穴が空き、濁った瞳で中空を見つめている。
「……無駄だよ炎のお嬢さん」
「でも!」
「というか、落ち着き給え。あれが本当に、剣士のお嬢さんだと思うのかい?」
「っ!?」
言われて、頭が冷えた。ああそうだ、確かにそうだ。絵面のインパクトで思考が真っ白になっていたが、冷静に考えて、あれが本物かどうかなどすぐに分かるではないか。
そこまで考え、地面のジャネットが偽物でぶっ倒したのを持ってきた可能性ならあるかもというのが頭を過ぎり慌てて思考を振って飛ばした。
「……何よぉ。あれがお探しの人物かいとか聞いたくせに」
「違うだろう、という確認じゃないか。そこで君がすぐに否定してくれれば話は早かった」
言いながらドゥドゥーは杖を抜く。剣杖の切っ先をルイズの姿をした何かに向けると、いいや違うかと地面に向け直した。
何を、とキュルケが問い掛ける前に、そこにあったそれが動く。胸に穴の空いたジャネットの姿をした何かが、ぎこちない動きで立ち上がりその顔を彼に向けた。
「じゃ、そういうわけで。そこの剣士のお嬢さんもどきは任せた」
「何がそういうわけなのよ!? この状況なんなのよぉ!」
「さあ? 倒せば分かるんじゃないかな?」
「ルイズかあんたは!」
何だか騒がしいな、と才人は視線を現在地から反対方向へと向けた。確かルイズやキュルケが調査している方だということに気付いた彼は、そういうことなら仕方ないと納得したように視線を戻す。
「てか、あいつ何処行ったんだよ……」
そう言いながら顔を顰める。どうせ役に立たないだろうから適当にぶらついてろ、と言い放ち、『地下水』は彼から離れて情報収集に行ってしまったのだ。待て、と追いかけたらついてくるなと返される始末。
「こういう状況で単独行動は死亡フラグだろうが」
いけ好かない相手だが、死なれてしまっては寝覚めが悪い。そんなことを思いながら、才人は結局『地下水』を追いかけることにしたわけなのだが。
既に見失っていたので合流出来ない、という体たらくであった。
「あのヤロー。見付けたら文句言ってやるからな」
け、と一人悪態を吐きながら、才人はキョロキョロと視線を巡らせる。人は多いが、流石に彼女を見間違えるはずもない。灰髪ツーサイドアップでメイド服、言っては何だが大分目立つ。
「えーっと……」
程なくして、その特徴に合致する姿を見付けた才人はそこへ駆け寄る。彼の言葉に顔を向けたその少女は、その顔を見て笑顔を向けた。
ん? と才人はその表情を見て猛烈な違和感を覚えた。彼の知る限り、『地下水』が何の含みもない笑顔を向けてくれた覚えはない。あったかもしれないが、覚えていない。
ならば体のモデルとなった本物はどうかといえば、これまたそんな記憶はなかった。そんな記憶にない笑顔を見せられた彼は、ちょっとしたその破壊力で思考が少しだけ乱れてしまう。
ああなんだ、こいつ笑えるんだ。想像通りの笑顔じゃないか。そんな方向に思考が流れ、『地下水』と『少女』の笑顔を実際に見られたことで頬が緩み。
「え?」
がしり、と肩を掴まれたことで我に返った。目の前には少女の顔、ゆっくりと、笑みを浮かべたまま距離を詰めてくるのが見える。それにともない、男性にはまずない膨らみが彼の体に徐々に押し当てられ。
「お、おいちょっと待て!? お前一体何を!?」
慌てはするが、振りほどかない。何故かといえば、彼も男だからとしか言いようがないのだが。しかしそれでもこの状況がおかしいということくらいは一応把握していた。なんとかしなくてはいけない。でも押し付けられる胸が柔らかいし、唇がもう目の前だし。というかちょっと太腿でこっちの足を挟んでいるのは反則なんじゃないでしょうか。逃げられないし何より付け根のあのその部分が若干押し付けられているような。
「――ま、いいか」
「いいわけあるかぁ!」
絶叫と共に目の前の少女の胴体に水の鞭が絡みついた。強制的に引き剥がされた少女は、そのまま鞭に振り回されるがまま宙を舞い、そして。
「不快です。私の、――彼女の顔を、勝手に使うな!」
引き寄せられた先にいた灰髪ツーサイドアップのメイド少女――『地下水』の渾身の一撃で顔の左半分を吹き飛ばされた。ばしゃり、と何かの破片が辺りに飛び散り、糸の切れた人形のように少女はがくりと地面に倒れ伏す。
事態が把握出来ていない才人は、突如『地下水』が『地下水』を殺害した光景を見て立ち尽くしていた。なんじゃこれ、と呟くのが精一杯である。
が、腐ってもルイズ達と色々くぐり抜けてきた少年は、素早く我に返ると立っている方の『地下水』へと駆け寄った。一体これはどういうことだ、まだ若干混乱を覚えつつそんなことをとりあえず問い質し。
無言のフックを顔面に食らいきりもみした。
「何すんだテメェ!」
「こっちのセリフだ! 一体お前は何をしていた!」
「はぁ!? いきなり抱き付いてきたのはお前だろうが! ――ん? いや待て、そこで顔面吹き飛ばされて倒れてるのがさっき抱き付いてきた方で、今俺を殴ったのが本物なら、これは偽物ってことで」
いつつ、と頬を擦りながら、侮蔑するようにこちらを見る『地下水』と顔の左半分が消失している少女を見比べる。まず間違いなく立っている方が本物だろう。ならば、こちらは。
そんないきなり真面目に考察を始めた才人を見て鼻を鳴らした『地下水』は、始末した彼女と同じ顔の死体に手を伸ばした。恐らくこれは何らかの要因で生まれた『村の住人』だ。調べれば何か分かるはず。
「……サイト」
「ん?」
これを見ろ、と『地下水』は倒れている死体を指差す。ドロリとその表面が溶け始めている自身の体と同じものを見て、彼女は不快そうに顔を歪めた。
「うえ。何だこれ?」
「少なくとも人間ではないのは確かでしょうね。――まあ、私もそうなんですけれど」
「いや、流石にこれとお前は同じじゃないだろ」
何いきなり自虐始めてるんだと溜息を吐いた才人は、何か手がかりはないかと倒れている少女の死体に手を伸ばす。出来れば触りたくはないが、今はそんなことを言っている場合ではない。
べちゃ、とそんな才人の腕に何かが付いた。へ? と素っ頓狂な声を上げた彼は、それが人の手らしいということに気付くのに一瞬遅れる。
何故なら、彼を掴んでいるそれは、先程顔を一部分吹き飛ばされた少女であったものだったからだ。
ゆっくりと少女であったものは彼を支えに立ち上がる。溶解を始めているその体は、先程のような可愛らしさは感じられず、グロテスクさだけが浮かび上がる。服がはだけ、決して小さくはない胸が半分見えていたが、そこに色香は微塵もなかった。振り回されたことで敗れたスカートから覗く下着も同様である。
「ぉ、あ、ひ」
先程と同じように肩を掴まれ、抱き付かれる。だが、才人が先程のような気持ちになることはなかった。ベタリと彼の肌に彼女の肌から溶け出した何かがこびりつき、押し付けられたはだけた胸によって才人のパーカーに染みが出来る。足に擦り付けられている下着に浮かんでいる染みは、決してそういうものではないだろう。
叫ぶことが出来ない。人間、あまりにも衝撃的な事態に遭遇すると言葉を失うというが、才人の現状はまさにそれであったのだろう。これまで色々と無茶に巻き込まれてきたが、この状況に耐性がつく事態に遭遇していたかと言えば答えは否。
「情けない」
だから、『地下水』がそれを蹴り飛ばすまで、才人の表情は固まったままであった。しっかりしろ、と言う声で我に返った才人は、目を見開くととりあえず手近にいる人物にしがみつく。何だよあれ、と呟く。
「ゾンビ映画かよ! バイオハザードでも起きてんのか!?」
「だから、少なくとも人間ではないということ以外は知りませんよ。――ああ、いや、違う。これはどうやら」
彼の肌の付着物を指でこすり取る。パラパラと乾いているそれは、普段からよく見かけるものであった。自身はあまり縁がないが、メイジの使う系統によってはそれ以上に深く関わるもの、それは。
「泥、ですね」
「ど、泥?」
才人の言葉にええそうですと頷く。視線を先程蹴り飛ばした少女だったものに向けると、限界が来たのか、既に原型を留めない泥の塊と化していた。あれが自身と同じ姿をしていたと言っても、最早誰も信じないであろう。
「ゴーレムか何か、でしょうか」
「ゴーレムって……土のメイジが何かやってるのか?」
「そこまでは分かりませんよ。ただまあ、少なくとも」
これが滅んだ村が存在しているカラクリでしょう。そう続けながら、彼女は視線を左右に動かす。こんな騒ぎが起きれば、普通はパニックになってしかるべきだ。だというのに、道行く人は何も関心を払っていない。精々二・三人が、こちらに虚ろな目を向けている程度だ。
「じゃあ何か? ここは全部偽物ってか作り物ってことかよ」
「でしょうね。……後は、恐らく」
「恐らく?」
「ここへ迷い込んだ人間の思考、ないしそれに準ずるものを読み取り、この世界を形作っている」
断言するようにそう述べた『地下水』を、才人は思わずまじまじと見詰める。何でそんなことが分かるんだ。そう問い掛けると、簡単な話ですと鼻で笑った。
「サイト、お前でしょう? さっきの『私』を想像したのは」
「へ?」
「別行動をしている私と合流したい、とかそんなことでも考えたのではないですか? そして、あんな不潔な想像もついでにした」
「誤解デスヨ!?」
笑顔は確かに想像していたが、その後の行動は濡れ衣だ。そう主張したかったが、いかんせんこれまでの前科によって憚られた。
それより何より。
「――ならば、何故私にいつまでもしがみついているのです?」
「へ? ――あ」
そうだった、と才人は今更ながらに気が付いた。パニックになって手近な人物にしがみついたままであったことを。『地下水』に抱き付いたままであったことを。
慌てて離れるが、もう遅い。呆れたような顔で才人を一瞥した『地下水』は、まあとりあえず続きは後で話してやるからと向こう側を顎で差した。泥に体を近付け始めている村人達を示した。
「あれは、お前が片付けなさい」
「あ、はい」
セクハラ野郎に、拒否権はなかった。
「訪れる者によって形を変えていれば、証言が食い違うのも当然」
やれやれ、とジョゼットは静かになったその場所で頭を振った。その隣ではゼーハーと肩で息をしているタバサがいる。
この現象の予想を確信に変えるために行った実験の後始末を押し付けられた結果がこれであった。周囲の泥の塊は、皆全て彼女が倒した『強敵だったもの』である。
「いやはや、まさか人以外にも成るとは思いもよらなかったわ。そうは思いませんこと」
「……はー、はー」
ざっけんな、と目で殺さんばかりにジョゼットを睨み付けるが、当の本人は知らん顔。それがまたジョゼフやシャルルらしさを醸し出し、タバサの中の怒りのボルテージがグングン上がる。
そんなタバサを見て、ありがとうございました、と頭を下げたジョゼットは、無理をさせてしまいましたと続けて素直に謝った。そこには含むものはなく、純粋に感謝と申し訳ないという気持ちが込められていて。
「……どういう、風の、吹き回し……?」
「? こちらの我儘に付き合ってもらったのですから、お礼と謝罪は当然では?」
何を言っているのだ、とジョゼットは首を傾げる。一方、それを聞いてタバサも同様に首を傾げていた。自分の知っているジョゼフやシャルルは、こんな言い方はまずしない。感謝も謝罪も、どこか打算的なものが含まれていることがほとんどだ。
そこまで考え、違うとタバサは頭を振った。目の前の彼女はジョゼフやシャルルではない。ガリアの血族ではないのだ、似ているからといって、同一しては向こうにも失礼ではないか。そう思い直し、息を整え、少しだけ気持ちを切り替えながら彼女を見た。
「……ごめんなさい。少し、勘違いをしていた」
「いえいえ。……わたしも、そんな風に考えるようになったのは彼のおかげですから」
そう言ってどこか惚気けるようにジョゼットは微笑む。真っ直ぐで、純粋で、でもどこかガキ大将のような気質を持っていて。そんな彼のことを、タバサに語りながら彼女は微笑む。
ジュリオがいるから、今の自分は自分なのだと胸を張って彼女に語る。
「……そういうところ、少し似ている」
「アンリエッタ王妃に、ですか?」
こくりと頷く。それに笑みを返したジョゼットは、しかし首を横に振った。アンリエッタは好きな人の有無で彼女を形作ってはいない。恋をしたから魔王なのではない、魔王が恋をしただけなのだ。そう言ってクスクスと口元を隠した。
「でも、わたしは違う。わたしは恋をしたから、今のわたしになった。ジュリオがいたから、ジョゼットになった」
だから、とそこで言葉を止める。笑みを瞬時に消すと、視線をタバサから明後日の方向へ向けた。
一人の少年がそこに立っていた。ゆっくりとこちらに歩いてくるその姿は、誰かを包容しようとでもするようで。左右で違うその瞳の色が、真っ直ぐに対象の人物を見詰めていた。
「――こういう趣味の悪いのは、大嫌い」
杖を取り出す。一言二言呪文を唱えると、その切っ先を少年へと向けた。
瞬間、そこに立っていたものは木っ端微塵になった。何かが存在していたことすら分からない状態になったその場所を一瞥すると、ジョゼットは再度笑みを浮かべてタバサを見る。微笑みを湛えたまま、彼女を見る。
「さあ、早く行きましょう『シャルロットお姉さま』。この出来の悪い劇場を、潰しに」
「……ん」
タバサは頷く。彼女があの一瞬だけ見せた表情を、目を、なるべく思い出さないように。
唱えた呪文が、ティファニアと同じものであったことを、なるべく気にしないように。
ホラーあるある:クリーチャーよりサイコパスの方が怖い