ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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日常パート

……日常?


正典な双子のサーガ
その1


 例えば、己と同じ顔をした存在を見付けたらどんな反応をするのだろう。

 普通は驚きが来るであろう。次いで湧くのが疑問。本当に目の前の顔は本物なのだろうか、と。怒りや悲しみ、その他の感情が第一に出ることは稀であろう。

 では、顔は違うが自分と同じ存在と認識してしまう何かが現れた場合はどうだろう。

 わけが分からないと呆然とするだろうか、驚愕で動きを止めるだろうか、自分の思考が正常かどうかを疑うだろうか。

 

「成程な」

 

 彼女はひとしきりそれを過ぎた後、恐らく元凶だろうと勝手に判断した者へと乗り込んだ。普通はしない。そもそもその現象に元凶だのなんだのという選択肢が生まれることがそもそもおかしい。

 のだが、生憎彼女を取り巻く環境は色々と普通ではなかった。そのため、その行動が結果として最善であるということも勿論あり得てしまう。

 ちなみに言うまでもないが最善である。

 

「……」

「いや、そんな顔で睨まれても困るのだけれどね、シャルロット」

 

 そんなわけで。シャルロットはこの間の奇妙な違和感の正体を問い質すべくガリアの中枢部、己の父と伯父がいるグラン・トロワへとやってきていた。最近は呼ばれないかぎりまず来ない彼女の来訪にジョゼフもシャルルも楽しそうに笑みを浮かべていたのであるが。

 彼女の話を聞いていた二人は、どうしたものかと考え込むように顎に手を当てて黙ってしまったのだ。

 

「知ってるの?」

「んあ? そうさな……シャルル」

「ぼくに振らないでくれよ」

「いや、これはお前の問題だろう」

「……まあ、そうだけれど」

 

 珍しく父親が言い淀む。それを見て猛烈に嫌な予感を覚えたシャルロットは、何を言われても耐えようと喉を鳴らした。

 が、シャルルは頬を掻くのみで一向にそれを語らない。ジョゼフはジョゼフでそんな弟を見てやはりなと笑っているのみである。決意を固めたシャルロットにとって、その行動は肩透かしでしかなかった。

 

「父さま」

「だからそう睨まないでくれ。いや、違うか……睨まれても当然だ」

「……父さま?」

「すまないシャルロット。お前に真実を語れない不甲斐ない父を許しておくれ」

 

 頭を垂れる。あのシャルルが、自分の父親が、他でもない娘の自分に。それはシャルロットにとって何よりの衝撃で、これ以上何かを聞いてはいけないという本能的なブレーキがかけられた。

 思わず伯父を見る。ジョゼフはそんなシャルルを見ながら肩を竦めていた。その顔はしょうがないな、と弟を諌めるような、慰めるような表情で。やはりシャルロットにとってとてつもない違和感を与えていた。

 

「シャルロット」

「……何ですか、叔父さま」

「まあ、今は語るべき時ではないということにしておけ。おれも、シャルルも、徒にお前を動揺させるのは趣味ではないのだ」

「……」

「そこで疑問の目を向けるな」

 

 だったらもう少し自分達の普段の行動を改めろ。これまでの空気を吹き飛ばすようなシャルロットのツッコミに、傍観していたシェフィールドはうんうんと深く頷いた。

 

 

 

 

 

 

 一連のやり取りを終えたシャルロットは、プチ・トロワにて癒しを求めていた。はいはい、と頭を撫でていたイザベラは、しかし難しそうな顔をして彼女を見詰めている。

 

「イザベラ姉さま?」

「ん? どうしたんだい?」

「何か悩みでもあるの?」

 

 顔に出ていたか、とイザベラは頬を掻く。紅茶のカップに口を付けると、はぁ、と飲み干しきれなかった溜息を吐き出した。

 それでも、シャルロットにこの件で頼るわけにはいかない。今彼女は別の事柄で悩んでいる。そんな時に更なる負担をかけるわけにはいかないのだ。少なくとも、イザベラはそう思っていた。

 が、シャルロットはシャルロットで、イザベラがそんな悩んだ顔をしていては自分の癒しがなくなってしまうと判断していた。ぶっちゃけあの馬鹿親父と馬鹿伯父がもったいぶった以上、暫く進展は見込めない。ならば別の事柄を片付けていった方が余程建設的だ。彼女はそう思っていた。

 

「イザベラ姉さま、いえ、イザベラ殿下」

「な、何だい急にかしこまって」

「北花壇騎士七号タバサに、その悩みの手助けをさせて頂く許可を」

「…………」

「……ドン引きされるとわたしもちょっと恥ずかしい」

 

 せっかく格好付けたのに、とシャルロットは少し赤い頬を隠すようにそっぽを向いた。その途中表情を笑みに変えている従姉妹の顔がちらりと見え、とりあえずは成功したらしいとこっそり拳を握る。でも恥ずかしいものは恥ずかしい。

 ともあれ、そんなシャルロットの言葉を聞いたイザベラは、じゃあお前に頼ろうかなと少しだけ安堵するように溜息を吐いた。執務用の机に向かい、一枚の書類を手に取り戻ってきた。とりあえずこれを見ろ、と書類をタバサの眼前に差し出す。

 どうやら討伐依頼らしい。コボルトの群れが集落の近くにあるのでどうにかして欲しいという嘆願で作成されたのだとか。

 

「これが、どうしたの?」

「場所を見てごらん」

「場所?」

 

 ガリア南部にあるアンブラン村。そこの領主が依頼者だと記されている。

 そこまで確認した後、シャルロットは首を傾げた。アンブラン村? そんな場所がガリアにあっただろうか、と。

 

「あったよ。アンブラン村は確かにあった」

「あ、そうなんだ。わたしの記憶も案外あてに――」

「違う。『あった』んだよ、『ある』ではなくね」

 

 ピクリとシャルロットの眉が上がる。どういう意味なのかと尋ねることはせず、彼女の言葉を心の中で反芻し、結論を出す。アンブラン村はあるのではない、あったのだ。それはつまり。

 

「既に存在しない村?」

「そう。アンブラン村は二十年以上前に滅んでいる。――他でもない、コボルト達の襲撃によって」

「え」

「私もおかしいと思って調べたのさ。そうしたら、その事実が判明した」

 

 そこでイザベラは言葉を止める。ぱさりと書類を落としたシャルロットを見て、ああそういえばそうだったと自分の発言を後悔した。

 既に滅んでいる村から、滅ぼした相手を討伐して欲しいという願が来る。ここから導き出される単純な答えは一つである。

 

「お化け……お化け……!?」

「あ、うん。私の言い方が悪かったから、戻って来なさい」

 

 顔を真っ青にしてガタガタ震えるシャルロットを見て、イザベラは困ったように微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 落ち着いたかい、とイザベラはシャルロットに問い掛ける。こくりと頷いたのを確認し、では改めてともう一束の書類を机に置いた。

 

「一応言っておくけれど、これを聞いたからといって、無理に協力する必要はないからね」

「分かってる」

 

 再度頷く。その表情は出来るだけ協力したいけどお化けだったら逃げようというのがありありと分かり。まあそれで問題ないのだけれどね、とイザベラは息を吐いた。

 既に存在しない村からの討伐嘆願。勿論素直にそんなものを受けるはずがなく、花壇騎士によるアンブラン村の調査が行われた。もし問題がなかった場合、そのまま依頼のコボルト退治もしてしまえばいい。凡そそんな事も考えられていた。

 調査の結果、そこには確かに集落があったのだという。とても二十年以上も前に滅んだとは思えないその場所には、確かに人の営みがあり、そして調査に赴いた騎士達は歓迎を受けたらしい。多少の疑問は残るが、特に問題も見当たらない。このまま依頼通りコボルト退治もしてしまおうと騎士達は考えた。

 

「……こちらにそんな手紙が届いたきり、彼等は消息を絶ったわ」

「……どういうこと?」

「言葉通り。何の問題もないという調査報告だけ届き、当の本人達は行方不明。まあ、まず間違いなく死体になっているでしょうね」

 

 やれやれ、とイザベラは肩を竦める。この国一体どうなってるんだ、そんなこともついでに呟いた。

 そんな彼女にトリステインよりはなんぼかマシだとフォローになっていないフォローをしつつ、シャルロットはイザベラに話の続きを尋ねる。他にはもう何も情報がないのか、と。

 それに対し、イザベラは渋い顔をした。見ての通りだ、と先程置いた書類を指差した。

 

「……これ、全部調査結果?」

「そう。その後数回派遣したけれど、結果は皆同じ。一人を除いて全員もれなく消息不明さ」

「一人?」

 

 ペラペラと書類を捲る。一回目以降少数で調査を行ったらしいが、三回目辺りで犠牲者が洒落にならないと中断されたらしい。騎士が十人近く消えたのだ、普通ならば大問題である。そして普通でなくとも大問題なので、イザベラが頭を悩ませているのだ。

 そんな彼女の心情を汲みながら、シャルロットは唯一の生存者だという騎士の名を見て目を見開いた。新進気鋭の若きシュヴァリエはこの調査に参加し、そして息も絶え絶えで帰還。命に別条はないが、現在治療中なのだとか。

 

「オリヴァン……」

「ん? ああ、お前が以前性根を叩きのめしたあいつさ。そのおかげで助かったというべきか、そのせいで調査に向かって被害を受けたというべきか」

 

 どちらでも構わないが、ともあれ彼が戻ったことでその村の実態はほんの少しだけ明らかになった。

 元々調査の報告がおかしかった。最初の騎士達の報告したアンブラン村と、次の騎士のアンブラン村は全く別物だったのだ。まるで歓楽街、国に立ち入られるのを恐れて隠れ里のような場所を作ったのではないかというのがそれであった。

 三回目、オリヴァンともう一人の騎士での調査は、再び何の変哲もない場所、である。しいて言うならば、若い女性が多かったというくらい。

 

「……何、これ?」

「変だろう? 本当にこいつらは同じ場所を調べたのか、それすらも怪しくなる」

 

 とりあえず生存者であるオリヴァンの調査を最優先としようという結論となり、その村には確かにコボルトの脅威が存在していた、というところは確定事項として扱われている。

 それだけなのか、とシャルロットは首を傾げた。生存者の証言があるのだ、もっと分かることはあるはずなのに。そんなことをイザベラに尋ねた。

 

「じゃあ聞くが、その村にお前がいたと言ったら、信じるかい?」

「は?」

「お前だけじゃない。かつて己を鍛えてくれたあの三人も調査に来ていた、これは心強いと喜んでいたところに襲撃を受けた。彼女達が己が身を犠牲にして助けてくれた。……そう言っているのだけれど」

 

 成程、とシャルロットは頷く。その証言はどう考えても錯乱しているとしか取られないであろう。彼女達が無事で、そもそもそこにいなかったということが判明した後でも同じことを言っていたらしく、そのおかげで益々信憑性が薄れたらしい。だからこそ、ほんの少しだけ、なのである。

 

「父上と叔父上は特にこちらに何かを言ってくることはないのだけれど。向こうは向こうで何かしらの対策を練っているでしょう。だから、こちらはこちらで対処をしなければいけない」

「何かあてがあるの?」

「……無いから困っているんじゃないか。恐らくその場所に幻惑効果のある何かが存在しているんじゃないかという予想は立てられるけれど、肝心の対処がさっぱり」

 

 その状態でお前達を送り出すわけにもいかないしね、とイザベラは苦笑する。ジョゼフやシャルルならば、まあ行けるだろうの精神で押し付けるであろうことを考えると、本当にこの従姉妹は人がいい。そんなことを思い、シャルロットは少しだけ悩む素振りを見せた。行くのはいいが、その場合流石に悪友を巻き込むわけには。

 そんな時である。コンコンとノックが響き、執務室に一人の騎士が入ってくる。ジョゼフ陛下よりこちらの書簡を、とイザベラにそれを手渡すと、騎士はそのまま退出していった。

 

「父上が、このタイミングで……?」

 

 猛烈に嫌な予感のしたイザベラは、すぐさまその書簡の封を切った。そして、そこに書いてあったことを見て絶句した。

 どれどれ、とシャルロットもそれを覗き込む。そして数度目を瞬かせた。

 アンブラン村の調査に協力をさせて欲しい。要約すればそんな意味の文章がそこには書かれていた。それも、二枚。勿論差出人は。

 

「トリステインのアンリエッタ王妃、と……ロマリアのジョゼット枢機卿」

 

 国の問題にズカズカと立ち入るなと憤ることも出来ないわけではない。が、それをするのは普通国の頂点であるジョゼフの役目である。そしてその彼はさらりとこちらに通してきた。つまりはそういうことであった。

 はぁ、とイザベラは床に付くほど長く溜息を吐く。肩を落とし、若干もうどうでもいいやというオーラを放ちつつ。とりあえず立ち上がり、執務机にある胃薬を飲み干した。

 再度溜息を吐く。錆びた蝶番のような動きでシャルロットへと向き直ると、先程までの迷いを完全に断ち切った顔でこちらを見ているのが目に入った。ああ、やっぱり心配かけているな。そんなことを思いながら、イザベラはそれでも妹分である従姉妹に頼もしさを覚え、少しだけ口角を上げる。

 

「……北花壇騎士七号、タバサ」

「はい」

「お前に、アンブラン村の異変の調査を命ずる」

「仰せのままに」

 

 立ち上がり一礼をしたシャルロットは、では早速と踵を返す。あの書簡が確かならば、少なくともあの魔王は既にルイズを用意しているはずだ。ついでにキュルケも。となれば、自分もさっさと合流するのがベストであろう。いつもの面々で行くのが、一番信頼出来る。

 そんな彼女の背中に、イザベラが声を掛ける。大丈夫かい、と心配した声を出す。

 

「ジョゼット枢機卿も協力するのだから、恐らく……顔を合わせると思うけれど」

「……大丈夫」

 

 多分、という追加は口に出さずに飲み込んだ。




ガリアで始まるとほぼ毎回イザベラが胃を痛めている

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