ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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毎度おなじみ事後処理フェイズ


その6

「それで、よかったんですか?」

 

 ジュリオは報告書を眺めながらヴィットーリオにそう述べた。対する彼は、あははと曖昧な笑みを浮かべるのみ。どうやらよろしくなかったらしいということを肌で感じとったジュリオは、そのまま無言で首を横に振った。

 

「いや、そこまで言うほどではないのですよ。向こうの最優先は本人の身柄でしたから」

「……では、何が問題なんですか?」

「他の有象無象とは別枠になったので、私の仕事が増えました」

「働けよ」

 

 敬意も何もない素の言葉が思わず口をついた。それを咎めることもせず、ヴィットーリオは分かりましたよと素直に書類に視線を移す。トリステイン元高等法院、現ロマリア所属の神官の身柄を向こうに引き渡し、処罰は一任する。そういう意味合いの書類の作成に取り掛かった。

 すでに口頭での話は付いているので、これはあくまで物理的な証拠となる形式的なものでしかない。それが余計に彼の中のやる気を削ぐのに拍車をかけていた。

 

「もうジョゼットに教皇を任せてしまいましょうか」

「冗談でもそんなことを言わないでください」

「……意外と本気ですよ?」

「尚悪いです」

 

 ギロリとジュリオが睨み付けたことで、ヴィットーリオは肩を竦めた。さらさらと書類の作成を終えると、確認のために目の前の彼へとそれを手渡す。ざっと目を通し、不備がないのを確認すると、ジュリオはそれを封筒に収め封蝋をした。後はこれをトリステインの魔王へと届ければ仕事は終了である。

 

「しかし」

 

 確認した文章や先日のやり取りを思い出しながら、ジュリオはポツリと呟く。本当にあれでよかったのか、と。リッシュモン本人さえこちら預りにしてくれれば、ロマリアにある彼の資金などはそちらで接収してくれて構わない。迷うことなくそう言い切ったアンリエッタの顔が、ジュリオはどうにも焼き付いている。彼の愛しい彼女と、どこか重なって見えたのだ。

 

「欲をかけば破滅に近付く。そういうことなのでしょう」

「そう、なんでしょうか……」

「あるいは、その程度の資金はどうでもいい程の何かを手にしたから、ですかね」

 

 そう言ってヴィットーリオはクツクツと笑う。何かを知っていそうなその笑みを見て、ジュリオの表情が更に苦いものに変わった。が、彼が向こうに何かを言う前に、当の本人は仕事は終わったのでと立ち上がり部屋を出ていこうとしてしまう。

 どこに行く気ですか、と問い質しても、子供に勉強を教えに行くだけだと答えられてはジュリオにはどうにも出来ない。

 

「確かに人材は宝……まあ、こちらでは無理でしたからしょうがないですが」

 

 そんな彼であるから、ヴィットーリオの部屋を出る際に呟いていた言葉を聞くことは、残念ながら出来なかった

 

 

 

 

 

 

 エレオノールは最初、その男の風貌にギョッとした。外套を被り顔を見えなくしているその男は、どう考えても普通ではない。執拗なほどに肌を晒さないその服装も怪しさに拍車をかけていた。

 だが、そんな姿とは裏腹に、男は実に紳士的であった。アンリエッタ王妃に研究員として雇われ、アカデミー管理代行であるエレオノールに挨拶にやってきたのだと丁寧に語った。見た目と中身のギャップに、彼女は思わず額を押さえる。ああこれは間違いなくあれだ。そんな確信を持った。

 

「分かりました。……ところでミスタ・ラルカス」

「何だね?」

 

 その何よりの証拠が、隣で物凄い警戒心を露わにしている少女である。何だあれ、と引き攣った表情で呟いていたのも目にしたので、まず間違いないだろう。彼女がそこまでの反応をするのだ、魔境に近しい存在なのだという判断も出来た。その魔境は自分の故郷なのが悲しいが。

 

「彼女が警戒しているので、出来ればその外套を取り払ってくださいませんこと?」

「ふむ……それは、構わないが」

 

 ちらりとラルカスはエレオノールの隣を見る。ビクリと反応したその少女――エルザは、睨み返すように目を向けると戦闘態勢を取った。

 

「……随分と嫌われているようだ」

「……普通は警戒するの! もう! エレオノールさん、染まっちゃ駄目だよ!」

「安心なさいエルザ。わたしは十分警戒しているわ」

「本人の前で言うかね、それを」

 

 はは、とラルカスは苦笑する。口を滑らせたわけではないであろうその言動を聞き、どうやら妹とは随分毛色が違うらしいなと頬を掻いた。

 それで、フードを取ればいいのかな。そうエレオノールに確認をした後、ラルカスはゆっくりとそこに手を掛ける。パサリという音と共に、隠されていた牛の頭が二人の前に顕わとなった。

 

「これで、警戒は解いてくれるのかな?」

「解くわけないでしょうが! エレオノールさん、ミノタウロスだよミノタウロス! 明らかにこれは――」

「成程、そういうことでしたか。ミスタ・ラルカス、手間をお掛けしました」

「エレオノールさぁぁぁん!?」

 

 ペコリと頭を下げたエレオノールを見て、エルザは叫ぶ。そしてそんな彼女を見て、エレオノールはしょうがないなと苦笑した。くしゃりと頭を撫でながら、大体予想出来ていたのよとエルザに述べる。

 そもそも、普通の人間がわざわざここに挨拶になんか来るわけ無いでしょう。溜息と共にそう続けたのを聞き、エルザはエレオノールからサッと目を逸らした。

 

「苦労、しているのだな……」

「ええ、それはもう。お馬鹿なおちび達を諌めるのに必死ですわ」

「成程。ミス・エレオノールにかかれば、あの魔王や勇者の少女達もそんな扱いか」

「世間の評価がおかしいのですよ。あの娘達はまだまだ、おちびです」

 

 何ら飾ることなくそう言ってのけるエレオノールを見て、ラルカスは笑った。今までとは別の意味で、随分と忙しくなりそうだ。そんなことを思いながら、エレオノールと笑い合った。

 

「それ、わたし入ってないよね……?」

 

 ちなみにエルザの呟きは風に流された。

 

 

 

 

 

 

 仏頂面のアニエスは、少々乱暴にその部屋のドアを叩いた。どうぞ、という声を受ける前にズカズカと中に入り、そこにいた男をギロリと睨む。毎度のことであるので男は別段動揺はしなかったが、しかし普段とは違う様子に少しだけ怪訝な表情を浮かべた。

 

「ミス・アニエス。どうかしたのかね?」

「どうかしなければこんな場所にわざわざ来るか」

 

 吐き捨てるように彼に言い放つと、ふんと鼻を鳴らしながら適当な場所に腰を下ろした。ちなみに、彼女が座った場所はここ、アンリエッタの用意したコルベール研究室王宮支部にて彼女専用となっている椅子である。

 それで、どうしたのか。コルベールは再度アニエスに尋ねると、彼女は不機嫌そうな表情のまま言伝があると返した。どう見てもその言伝は親しい相手からのものではなく、王妃から来るような無理難題の類ではないだろうということも感じさせて。

 

「『その内焼きに行く、楽しみに待っていろ隊長殿』」

「っ!?」

 

 その言葉を聞いたコルベールの動きが止まった。アニエスに詰め寄ると、一体それはいつ何処で誰から聞いたのだと顔を近付ける。寄るな気持ち悪いとその顔を引っ叩いたアニエスは、話は最後まで聞けとばかりに彼を睨んだ。

 

「リッシュモンに再度雇われていたのは知っているだろう? メンヌヴィルだ。あの後、契約が切れたからと姿を消した」

「その言伝を残して、か」

 

 コクリと頷く。ダングルテールを焼いた仇の一人ではあったが、あの後そのまま戦闘を行うのは不可能と判断し、去っていく彼を追撃出来なかったのだ。それがアニエスにはどうにももどかしく、苛々を増大している原因でもあった。

 が、対するコルベールはその話を聞いて軽く安堵の溜息を吐くと笑みを浮かべた。それでいいのさ、とアニエスに向かって声を掛けた。

 

「『死』に慣れてはいけない。他人は……もう無理かもしれないが、せめて自分自身は」

「……どういうことだ?」

「ははは。別に難しい話ではないよ。死に急ぐな、というだけさ」

 

 自身を犠牲にしても相手を殺す。そんな理念に凝り固まってはいけない。そんなことを続けながら、コルベールはアニエスの前にコーヒーを差し出した。それを黙ったまま受け取った彼女は仏頂面のまま一口啜る。苦い、とその顔が更に顰められた。

 

「私はまだ死ねんよ。……お前を倒すまではな」

「ああ、そうしてくれたまえ」

 

 自身のコーヒーを飲みながら、コルベールはそう言って笑った。そのために、自分も奴に殺されるわけにはいかないな、と一人ごちた。

 

「しかし、何故メンヌヴィルは君に言伝を?」

 

 ふと思い付いた疑問。それをアニエスに告げると、彼女の仏頂面は最高潮へと変化した。口に出すのも忌々しい、と言わんばかりに顔が歪められた。

 

「……らしい」

「ん?」

「だから! 私を! お前のおん――新しい部下だと思ったらしい!」

「は?」

「あの時、奴を追撃しようか迷った時の判断に、あの時の言葉をつい口にしてしまった」

 

 炎は冷たく見える方がより熱く燃える。感情は内側に、身に付けた技術は外側に。いつぞやの決闘の際にコルベールが言っていた言葉が頭に残っていたアニエスは、今回のリッシュモン討伐に極力実行しようとしていたのだ。その場で斬り殺したい相手を捕縛したのもそれが一因。そして、メンヌヴィルとの連戦が厳しいと判断したのも、同様だ。

 問題なのは、彼のその言葉は、どうやら昔メンヌヴィルも聞いていた言葉だったらしいことだ。そこからコルベールの存在を嗅ぎ取ったメンヌヴィルは、アニエスを見てこう判断したわけである。

 随分と可愛らしい部下がいるんだな隊長殿は。ああ、いや、それとも――

 

「――っ! この、コルベールが!」

「どういう罵倒だね!?」

 

 

 

 

 

 

 本当に良かったのかい、とダミアンは彼女に問い掛けた。ええ勿論、と迷うことなくそう返したジョゼットは、入り口の塞がれた洞窟を見上げながら軽く溜息を零す。

 

「これを制御しようというのは、わたしの望む姿ではないもの」

 

 むしろ逆だ、と彼女は続ける。ああいう脅威を倒す勇者の傍らに寄り添う乙女、それこそが自身の望む姿なのだ。そう言ってジョゼットは笑みを浮かべた。

 

「勇者の傍らに寄り添う乙女、か」

「相変わらずロマンチックだね、お嬢様」

 

 よく分からんと肩を竦めるジャックと、どこか楽しそうに笑うドゥドゥー。そしてそんな兄二人を見てこれだから脳筋はと呆れるジャネット。ジョゼットの依頼で軽い再封印を行った元素の兄妹は、各々の感想を持ちながら同じように元入り口を眺めた。刺激を与えることがなければ、とりあえずはこの程度でも問題ないはずだ。

 

「……逆に言えば、これを使おうと思う輩が現れたならば」

 

 『地下水』の言葉にダミアンは頷く。そうならないように掛け合うのはそちらの仕事だ、と極力重い空気を出さない調子でジョゼットを見た。当たり前だと頷き返すのを見て、彼は満足そうに笑みを浮かべる。それでこそ我らが雇い主のお嬢様だ、と。

 

「当たり前でしょう。……それに」

 

 同じ考えを持っているのは自分一人ではないのだから、と彼女は述べた。ここを目指して歩いてくる足音を聞きながら、振り返らずにそう言葉を紡いだ。

 アンリエッタはその言葉をちゃんと耳にしており、勿論ですわと言葉を返す。塞がれた入り口を見て、先を越されてしまいましたと口角を上げた。そんな彼女の傍らには、再度火竜山脈登山をさせられたいつもの面々の姿が見える。とりあえずルイズと才人は無駄骨折りじゃないかと苦い表情を浮かべていた。

 

「そんなことはありません。こうしてミス・ジョゼットと彼女が誇る騎士達がわたくしと同じ考えを持っているというのを確認出来ただけでも、随分な収穫ですわ」

「そんなもんですかね」

「ええ」

 

 少なくともこの件で敵対することはないのだから、十分喜ぶべきことだ。そんなことを思いながら、アンリエッタはクスクスと笑った。ジョゼットも同じように、彼女と志が同じならば心強いと微笑んでいる。

 

「さて……こうして会ったのも何かの縁。よければ、場所を変えてお話でもいたしませんか?」

 

 そんなことを提案したのは他でもないジョゼットであった。元素の兄妹は別段異論を挟むことはなく、『地下水』はちらりととある人物を見て諦めたように溜息を吐くのみ。

 アンリエッタはええ勿論とその提案に乗った。ルイズとキュルケは断る理由はなしと頷き、才人はこの程度の事柄でご主人が是ならば否を唱えることはなしない。

 

「……タバサ?」

 

 が、最後の一人がどうにもこの場から離れたがっているように見受けられた。向こうの面々と顔を合わせないように、わざとらしくそっぽを向いている。

 何故そんな態度なのか、ルイズにもキュルケにも分からない。一体どうしたのだろうと彼女に尋ねても、何でもないと首を振るばかり。じゃあ向こうの話に乗ってもいいのかと聞けば、断ることはしないが首を縦にも振らなかった。

 

「何か、わたしの顔についていますか?」

 

 そんな空気の中、ジョゼットはタバサに話し掛ける。ピクリと反応したタバサが彼女の方を向くと、何故かは知らないがとても良い笑顔を浮かべながら真っ直ぐこちらを見詰めているのが目に入った。

 それは、非常に父に似ていた。きっと自身がシャルルの方向へとはっちゃければそうなるのではないか、と思ってしまうほどであった。

 全然似ていないのに、まるで、自分の双子のようだと錯覚してしまった。

 

「……別に、何でもない」

「そうですか」

 

 視線を逸らしながらタバサはそう返す。ジョゼットはそれ以上彼女に言及することなく、それではこんな場所はさっさと離れましょうと皆を促す。元素の兄妹の名を呼び、『地下水』と才人をセットで呼び、ルイズとキュルケを呼び、アンリエッタを呼びながら笑みを浮かべ。

 

「行きましょう。『シャルロットお姉さま』」

「っ!?」

 

 ポソリと、タバサの耳元でジョゼットはそう述べた。




一件落着?エンド

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