ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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ボス戦後半


その5

 そこに辿り着いたのはアニエスが最後であった。とはいえ、タイミング的にはほぼ同じ、ルイズ達が一歩か二歩先にいる程度だ。

 その状況下で、リッシュモンはまったく彼女に目を向けなかった。自分を害しに向かってきているのはルイズとキュルケの二人のみと言わんばかり。その態度はアニエスの中のマグマを滾らせたが、しかしそれを表情に出さず、彼女は二人の隣に立った。

 

「来たわね」

「やっぱりあなたじゃないと、駄目よねぇ」

 

 ルイズとキュルケはそう言ってアニエスに笑いかける。その言葉に少しだけ口角を上げる事で返答としたアニエスは、息を吸うと再度リッシュモンの名を呼んだ。ここで更に無視をする、という選択肢もあったのだろうが、彼は煩わしそうではあるが反応をした。仕方ない、といった表情で彼女を見た。

 

「何か用かね、王妃の犬よ」

「……貴様はトリステインへの反逆罪により拘束命令が出ている。大人しくお縄に付け」

「はっ。現在ロマリア所属の私を、何か盟約を結んでいるわけでもないトリステインが? 馬鹿も休み休み言い給え」

 

 出来るだけ冷静に述べたつもりであったが、それが逆効果であったらしい。リッシュモンは心底馬鹿にした表情でアニエスを見やるともうこれ以上話す暇など無いとばかりに視線を外した。こんな羽虫など気にも留めん、問題はこちらだ。視線が凡そそんなようなことを語っている。

 それが分かるから、ルイズとキュルケも不快そうに眉を顰めると各々の武器を握る手に力を込めた。そして、当の本人も。

 

「やめておきたまえ。こいつを使えば、いくらお前達でも勝ち目はない」

 

 つい、と視線をすぐ後ろにある岩へと向ける。指輪は薄ぼんやりと光っており、傍らの増幅装置と連動しているかのようであった。恐らくルイズの踏み込みにリッシュモンが反応出来ずとも、自動反撃を行うのだろう。そうキュルケはあたりをつけ、隣のアニエスに視線を向ける。こくりと頷き、しかし立ち止まりはしないという目を返した彼女を見て、キュルケははいはいと肩を竦める。ルイズは聞くまでもない。

 

「じゃあ、試しましょうか」

 

 こうなれば一蓮托生。二人が行動に移る前に、キュルケが率先して声を上げた。杖を構え、狙いをリッシュモンへと向ける。向こうもそれに反応し杖を構えたが、普段から荒事に慣れている彼女とリッシュモンでは致命的に差があった。まず間違いなく、普通ならばこの一撃で勝負ありである。

 が、しかし。

 

「……ふ、ふははは」

 

 その岩の材質なのか、はたまた何かの加護なのか。リッシュモンへと迫った炎は、彼に届く前にその威力を著しく減じられた。後からの対処でも問題ない程度の火を呪文で払い落とすと、彼は勝ち誇ったように笑い出す。

 それが気に食わん、とばかりに踏み込んでいたルイズがデルフリンガーを振りかぶっていた。指輪を腕ごと吹き飛ばさんとした勢いで、彼女はその大剣を振り下ろす。

 その直前、先程のような咆哮が響き彼女を吹き飛ばした。違いは一つ、今回は物理的な威力が篭った衝撃波に近いものであったかどうか。ち、と転がることなく両足で着地したルイズは、先程より更に笑みを強くさせたリッシュモンを見て盛大な舌打ちをした。

 

「怪我は?」

「あるわけないでしょ」

 

 アニエスの言葉にぶっきらぼうに返し、ルイズは再度剣を構える。とりあえず分かったことは、リッシュモンはどうでもいい存在だということだ。あれは傍らのあの竜の岩の力を自分の力だと言い張るだけの小物だ。本人そのものには何ら脅威を感じない。

 厄介だという点で言えば、背後からゆっくりとせまってくる人物の方が余程怖い。

 

「……ミスタ、何の用?」

 

 振り返らずにルイズは問う。視線はリッシュモン、の横の岩を睨みながら、やれやれと言わんばかりの空気を纏ったミノタウロスへと声を掛ける。

 それに対し、ラルカスは聞くまでもないだろうと溜息を吐いた。

 

「君達に言うのは何だがね。あの力をなるべく使わせないで欲しいのだ」

「本人に言いなさいよぉ」

「言って聞くと思うか?」

 

 ルイズとは違い彼の方に振り向いて答えたキュルケは、頭痛を堪えるようなラルカスの仕草に思わず笑ってしまう。ジロリとそんな彼女を睨んだラルカスは、まあ仕方ないと再度溜息を吐いた。

 斧を構える。リッシュモンに指輪を使わせないようにするには、これが一番手っ取り早い。

 

「……させないわ」

 

 ルイズとアニエスの背後に立ち位置を変えた。杖を構え、呪文を唱え、キュルケは二人への道を塞ぐように目の前の牛頭を睨む。それを分かっているのか、ラルカスも諦めたように苦い顔を浮かべた。

 

「分かっているのかね? あれの制御を失えば、ハルケギニアが混乱に陥る」

「そういうのはねぇ、そんな物騒なものを使おうとする奴が問題なのよ」

「……違いない」

 

 自嘲するように呟いたラルカスは、会話を打ち切って呪文を放った。地面を這う氷の波が一直線にキュルケ達に向かうが、嘗めんなと彼女の放った呪文により弾き飛ばされる。前回よりも強力になっているかのようなそれに、彼は少しだけ目を見開いた。

 

「サイト、あ、向こうの男の子ね、の国の言葉にこんなものがあるのよ。『三日会わざれば、刮目して見よ』」

「成程、日々成長しているのだな」

 

 くっくっく、と笑ったラルカスは、再度呪文を唱えんと斧を振り被った。それに合わせ、キュルケは前へと踏み込む。呪文を唱え、杖を炎の蛇腹剣に変え、まるで自身の悪友のように真っ直ぐに駆ける。

 なんと、と思わず呪文を止めたラルカスは、すぐに切り替えると斧を眼前に構え直した。斧と杖とがぶつかり合い、洞窟内に甲高い音を響かせる。当然ながら力負けしたキュルケはすぐにバックステップで距離を取ったが、その表情には笑顔が見えた。

 

「なんともはや」

「自分で言うのも何だけれど……あたしはね、こういう風に何かを背にして戦う方が性に合ってるのよぉ!」

 

 自分は主役ではない、それを支えるサポート。まあそんなところだろうか。思わず頭を過ぎった言葉に自分で吹き出すと、彼女は再度呪文を唱えた。

 ここは抑えるから、さっさとケリを着けろ。追加でそんなことを思いながら。

 

 

 

 

 

 

 任せろ、と言わんばかりにルイズは駆ける。己の大剣を肩に担ぎ、目の前のクソ野郎をぶった切らんと振り被る。

 が、その一撃は竜の岩が生み出す咆哮によって弾かれた。ただの咆哮に一体どれだけのバリエーションを持っているんだ、と彼女は毒づきながらも追撃を放つために縦であった斬撃を横に切り替える。そのまま横一文字に一閃、隆起した地面が盾になったのを確認したが知ったことかと振り抜いた。

 

「かってぇ! おい相棒! 今の岩普通じゃねえぞ!」

「ぶった斬れてるなら問題なし!」

「大有りだよ! 俺っちまた折れるじゃねぇか!」

「折れるの?」

「……折れねぇよ! あの嬢ちゃんのおかげでヒビ一つ入らねぇ」

 

 やっぱり問題ないじゃないか、とルイズは笑う。砕けた破片をひょいと手に取り、こいつがそうまで言うのならばとポケットに仕舞いこんだ。まず間違いなくあの竜の岩が生み出した物質、あるいは構成物だ。自分では分からないが、姉か魔王なら何か気付くだろう。そう判断しての行動である。

 それはそれとして、とアニエスを見る。ルイズと比べれば数段落ちる彼女の腕では、同じようにリッシュモンを阻む壁を破壊することすらままならない。振り抜いた剣は尽く弾かれ、苦い顔を浮かべながら後退していた。

 

「行けそう?」

「行けるのならばとっくにやっている」

「そりゃそうよね」

 

 幸いというべきか、竜の岩が何かを発動させるのは基本的に防御時のみだ。攻撃はリッシュモンが己の呪文で行っている。ルイズはそんなものを食らうはずがないし、アニエスも付き合いの長さでその程度は造作も無い。現状、あの竜の岩の防御を突破することが勝利と言っても過言ではなかった。

 向こうもそれは重々承知。自身に天秤を傾けさせたいのならば、力を防御以外にも回せば事足りる。そう頭で理解していても、若干の躊躇いを持っている。所詮小娘と平民の羽虫、そういう驕りがその判断に拍車をかけていた。

 

「よし、発想を変えましょう」

「……どういうことだ?」

「リッシュモンを倒そうとするからいけないのよ。まず先にあの岩をぶっ壊す」

「……」

 

 暫し無言でルイズを見詰めていたアニエスは、ああそうかそれは頑張れと明らかに感情の篭っていない口調でそう返した。視線をリッシュモンに戻し、どうにかして向こうの死角を突く方法を思い付くために思考を巡らせる。

 それを馬鹿にされているとルイズは取った。その通りなのだが、ともあれ彼女はざっけんなと激高した。見てろよ、とアニエスを睨み付けると、ルイズは視線をリッシュモンから背後の岩へと移動させる。竜の形をしたそれの頭部らしき部分に狙いを定めると、大きく息を吸い、吐いた。

 洞窟の地面がえぐれるほどの踏み込み。その勢いで一気に跳躍したルイズは、グングンと近付いていく竜の頭目掛けて己の得物を振り被る。目らしき部分に光が灯ったような錯覚が過ぎり、だがそれがどうしたと握る手に力を込め。

 

「いっけぇぇぇぇ!」

 

 思い切り、竜岩の頭部にそれを叩き付けた。明らかに岩とは思えない激突音が響き渡り、そしてルイズにも決して岩ではない衝撃が走る。まるで生物であるかのように、その一撃で竜岩の頭部分が少しだけ揺れた。

 

「むぅ!?」

「ど、どうしたのよぉミスタ」

 

 その光景は離れた場所で戦っていた他の面々にも見えたのだろう。ラルカスはそれを見て思わず手を止め驚愕で目を見開いた。キュルケはそんな彼に問い掛けるが、緊張した面持ちで竜岩を睨んでいるのみで何も答えない。

 が、そのまま何かが変わる様子がないことを確認すると息を吐いた。それが安堵かどうかは分からない。だが、少なくともキュルケにとってはどうでもいい。

 

「ルイズにぶっ叩かれた程度で不安になる程度の制御で、よくもまぁあんな大口を叩けたものねぇ」

「あの少女は色々と規格外なのだ」

「あら、そぅ? あたしの知る限り、ルイズより厄介な人はまだまだいるわよ」

 

 笑いながらキュルケは視線を動かす。追撃だ、と竜岩の顔面を足場に再度跳び上がっているのを見て、その笑みを更に強くさせた。

 

「いける!」

「いけてるのかこれ? いやまあ、相棒のやることは今更だけどよぉ」

 

 デルフリンガーのボヤキなど知らんとルイズは剣を振り下ろす。再度激突音が鳴り響き、岩全体がパラパラと何かを剥離させるように振動した。リッシュモンはそれを見て顔を青くさせ、よさないかと声を張り上げる。視線は完全にルイズ一人に集中しており、他は目に入っていない。

 

「くっ。静まれエンシェントドラゴン! その小娘を引き剥がせ!」

 

 指輪に精神力を込め、制御装置に呪文を通す。その両方が千切れそうな手綱を繋ぎ止めるかのごとく唸りを上げ、光り、更にもう一撃と突っ込むルイズを迎撃せんと竜岩に咆哮を上げさせる。無理が祟ったのか、制御装置に小さく罅が入ったが、持っている本人すらその事実には気付いていない。

 それほどまでに切迫していたのだから、当然のごとく接近する彼女には気付くことがなかった。距離を詰められ、一足飛びで首を刎ねられる位置まで来られ、ようやくリッシュモンはアニエスに気が付く。小さく舌打ちし、しかし所詮は羽虫だと侮蔑を込めた視線を向けた。

 

「貴様と遊んでいる暇はない」

「お前にはなくとも、私にはあるのさ。……ダングルテールのことでな」

 

 剣を突き付け、銃を抜き。アニエスは静かにそう言い放った。その言葉に一瞬怪訝な顔をしたリッシュモンであったが、そういえばそうだったかと口角を上げた。心底どうでもいいことを思い出したと言わんばかりの表情を浮かべた。

 

「それで? 復讐でもしにきたのかね?」

「そうだと言ったら?」

「馬鹿馬鹿しい。とっとと消えろ」

 

 吐き捨てるようにそう言うと、リッシュモンはアニエスから視線を外した。指輪をかざし、まとめて邪魔な連中を薙ぎ払ってやると制御装置に更に精神力を込める。

 それを合図にするようにアニエスは駆けた。向こうが何かをするよりも、自分の方が早い。そう判断しての行動である。事実、竜岩はルイズの迎撃を優先し、アニエスへの攻撃はおまけ程度にとどめていた。それでも得体の知れない脅威の一撃、普通の人間が食らえばただでは済まない。

 だがそれでも、アニエスは耐え切った。真っ直ぐ突っ込んで、リッシュモンの眼前へと詰め寄った。

 

「……この、羽虫風情が!」

 

 その時には既に彼は呪文を唱え終わっていた。杖先がアニエスへ触れると同時に、彼女の体が燃え上がる。一瞬にして火達磨になったアニエスはリッシュモンが鼻を鳴らしながら悠々と後退する中、ゆっくりと崩れ落ち。

 

「――と、思うだろう?」

 

 纏っていた外套を振り払うように火を掻き消したアニエスは、若干焦げ臭い匂いを上げつつも更に一歩踏み込んだ。その勢いでボトリと上着が剥がれ落ちる。地面につくと、カランカランと甲高い音を立てた。

 

「王妃がこんな時のためにミス・エレオノールに作成依頼をした新素材でな。軽い先住魔法が蓄えておけるのさ。――貴様程度の呪文を弾くくらいのな!」

 

 左手の銃の引き金を引く。リッシュモンの左腕を撃ち抜いたそれは、激痛と焼ける痛みで持っていた制御装置を取り落とさせる。既に罅が入っていたそれは、二・三度地面をバウンドするとグシャリと砕けた。

 

「き、きさ――」

「もう喋るな。貴様の声を聞くと虫酸が走る」

 

 残った右腕の指輪、そして握った杖。そのどちらも使って目の前の羽虫を潰す。そう思ったリッシュモンよりも、アニエスが剣を振り上げる方が早かった。

 指輪は光らず、竜岩は動かない。制御装置を無くした状態では、彼の命令を聞く価値もないと判断したのかもしれない。杖からは呪文が撃ち出されない。彼の精神を、彼女の勢いが上回った結果なのかもしれない。

 ともあれ、アニエスの一撃は、彼に恨み言の一つも発させることなく、その意識を刈り取っていた。

 

「……殺したの?」

 

 沈黙した竜岩から、アニエスへと駆け寄ったルイズが問い掛ける。ふう、とそんな彼女の質問を聞いたアニエスは、ゆっくりと持っていた剣を眼前に掲げた。血の付いていない、その剣を。

 

「殴って意識を飛ばした。私の受けた命令は、こいつの捕縛だからな」

「……いいの?」

「……ああ。しかるべき場所で、しかるべき報いを受けさせる。そしてその場で首を刎ねるのは私だ。その方が、こいつに取って屈辱だろう?」

「違いないわ」

 

 ふ、と笑ったアニエスを見て、ルイズも同じように笑みを浮かべた。杖を取り上げ、指輪を外し、そして縄で拘束を行い。

 

「ぃよっし! 作戦終了!」

 

 洞窟に響き渡るような大声で、周囲の戦闘を止めさせるような口調で。ルイズはそう、宣言した。




元高等法院、ついに倒される

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