ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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全然進んでいる感じがしない


その3

 クスクス、と二人は揃って微笑んだ。テーブルにある紅茶を飲みながら、見目麗しい少女は談笑を続ける。かたや王妃、かたや教皇直属の枢機卿。そんな立場であることなど関係なしに、お互い仲の良い友人であるかのごとく、話を続ける。

 

「それで」

 

 コトリとカップを置くと、ジョゼットはアンリエッタに問い掛けた。例の場所には、もう行ったのか。そう述べると、彼女の反応を待った。

 対するアンリエッタは、クスリと微笑むと分かっているくせにと返した。紅茶のカップを音を立てることなく置き、左手で自身の口元を隠す。

 

「ほら、アニエスが今日はここにいないでしょう?」

「あら、そうね」

 

 今気付いたと言わんばかりにジョゼットは手を叩く。その顔は笑顔のまま。それなら解決はもうすぐねと軽い調子で言葉を紡いだ。

 そんな彼女を見て、アンリエッタの目が少しだけ細められる。笑顔を維持したまま、どこか相手を値踏みするように目の前の彼女の口元を眺めた。

 

「では、そちらは?」

「こちらですか?」

「ええ。ミス・ジョゼット――ああ、そういえば枢機卿になられたのに呼び方を変えていませんでしたわ」

「お気になさらないで。わたしはアンリエッタ王妃とはそんなしがらみのない友人関係を築きたいのですから」

「ふふっ、それはそれは。ありがとうございます」

 

 クスクスとお互いに笑い合う。話が逸れてしまった、と一旦表情を戻し、しかし再度笑顔を浮かべたアンリエッタはもう一度問い掛けた。そちらの状況はどうなのだ。試すように、彼女はジョゼットにそう尋ねた。

 

「ロマリアにとっても、火竜山脈の異変は他人事ではありません。が、三国同盟でもない我らは出来ることが限られてしまう」

 

 そこでジョゼットは言葉を止める。アンリエッタの笑顔を眺め、笑みを潜め、真剣な表情を浮かべると視線をテーブルへと落とした。

 

「聖堂騎士は動かせません。……何より、そちらのような一騎当千の勇者も所属しておりませんし」

「トリステインの騎士の中にも、今そのような評価を受けるほどの者はいませんわ」

「謙遜がお上手ね」

 

 そう言いながら顔を上げる。ジョゼットの表情は再度笑顔に戻っており、それはいいことを聞いたと言わんばかりの顔で。

 いや、違う、とアンリエッタは左目を少しだけ細めた。あれは、そんなことは分かっているという顔だ。つまりこれはただの世間話。特に意味のない言葉の応酬。あるいは、自分がこれから語る事柄への前振り。

 ただ、とジョゼットは述べた。それに近い存在は知っている、と言葉を続けた。

 何が近いのか、などと聞く必要もない。アンリエッタも分かっているのだ。相手は自分の持っている戦力に勝るとも劣らない刃を持ち合わせているということを。それはつまり、近い存在というのはすなわち、自身の大切な。

 

「時に、ミスタ・サイトはどうされています?」

「……? 彼はわたくしの『おともだち』の使い魔ですので、今頃彼女と共に行動していると思いますが」

 

 なぜ急に彼の話を。そう思ったアンリエッタは、そこでふと気付いた。そういえば、今日の彼女の護衛は見た目少年と大男。普段と違い、元素の兄妹の長兄次兄をわざわざ付けているのだ。

 成程、とアンリエッタは頷いた。笑みを更に強くさせ、それは面白いと呟いた。

 

「用意周到ですのね、ミス・ジョゼット」

「いえいえ。わたしはただ、恋話が好きなだけですわ」

 

 

 

 

 

 

「ルイズ! キュルケ! タバサ! アニエスさん!」

 

 真っ白の視界で才人は叫ぶ。周囲を見えなくさせられ、火竜らしき何かの攻撃を受けて分断させられた。思わず叫んだが、その声を目印にするかのごとく爪と尻尾が繰り出されたのを察し、それ以降声を出さずにその場から離脱を試みたのだ。

 結果として向こうの攻撃頻度は減ったものの、味方が一体どこにいるのか全く分からなくなってしまった。ルイズ達と比べれば数段レベルが落ちる彼にとって、今の状況はピンチ以外の何物でもない。援護なしで危機を脱せねばならないのだ。

 

「いや、落ち着け才人……。修羅場はくぐってきたんだ、慌てるな」

 

 一人呟く。抜き放った刀を正眼に構えつつ、見えない視界の中で彼は迫り来る敵を探った。爪も尻尾も何とかそれによって迎撃し、火球に切り替えたらしい牽制は拙いながらも躱しきる。

 なんとか行けるだろうか。それらを繰り返したおかげで少しだけ余裕が出て来た才人がそんなことを持った矢先のことである。今までとは違う、何かの気配を感じた。

 

「中々やるな、小僧。それじゃあ、ちょっとオレと遊んで行け」

 

 声が聞こえた。姿は見えずとも、その声で視界の先にいるのが誰かを瞬時に判断した才人は、舌打ちをするとすぐさま横に飛び退った。

 瞬間、盛大な火柱が上がり、彼の周囲の霧が晴れる。呪文を放った相手らしき顔を火傷した大男の姿も見え、やっぱりかと才人は毒づいた。霧は再度深まり、見えていたメンヌヴィルの姿を再度かき消していく。

 

「弱いやつから順にってか」

「あ? そいつは違うな小僧。オレは別にそういう区別はつけん。ここにいる連中は全員焼く。たまたまお前が一番手だっただけだ」

「それはそれは。全っ然嬉しくねえ」

 

 はっはっは、と言う笑い声と共に炎が飛ぶ。先程の火竜らしき敵の火球よりも数段上のそれは、しかし確実に才人を仕留めるほどではない。向こうもこの状況では全力を出せないのか、あるいは遊んでいるのか。どちらだとしても、才人としてはありがたい話であった。ここであっさり消し炭にされるのでは、死んでも死に切れない。

 とはいえ、それでもじりじりと才人はメンヌヴィルに押されていく。視界が殆ど利かないこの状況で、向こうはかなり的確にこちらに攻撃を放つのだ。対するこちらは先程とは違い迎撃すら出来ない。追いつめられるのは時間の問題であった。

 

「おいおい小僧。もっと本気を出せ」

「この状況で出せる精一杯だよコノヤロー!」

「ああ、成程。相手の察知が出来ないのか。駄目じゃないか、向こうのメガネの嬢ちゃんは、風で的確に相手を捉えてたぞ」

「うぐっ……」

 

 ひょっとしたら、増援が来るまで持ちこたえられるかもな。そんなことを続けて述べたメンヌヴィルは、先程より炎の勢いを増やして才人に放つ。分かってたと言わんばかりに全力でそれを躱した才人は、肩で息をしながらいるであろう敵を睨み付けた。

 足に力を込める。恐らく向こうは動いていない。呪文が放たれた先で、悠々と立っている。そう判断し、あるいは希望を込め、才人は一気に地面を蹴った。

 真っ白な霧が、まるで自身に道を開けるかのように切り裂かれていく感じがする。視界は前しか見えない、その先に何がいるかも分からない。だがそれでも、彼はいるであろうその相手を見据え、駆けた。

 

「ほぅ」

「メンヌヴィルぅぅ!」

 

 少しだけ感心したような声が聞こえた。ゆらり、と揺れる人影が見えた。そこだ、間違いない。そう確信を持って才人は持っていた刀を振るう。横薙ぎに、真一文字に刃を振るう。

 が、その人影が剣閃により揺らいで消えたのを見て目を見開いた。どういうことだ、と思わず足を止めてしまった。

 

「煙で作った、ちょっとしたダミーだ。こういう場では簡単に騙せるだろう?」

 

 横から声。同時に脇腹に衝撃を受け、才人は横薙ぎに吹き飛んだ。すぐさま体勢を立て直すが、しかし腹に受けた傷は浅くない。熱も持っていたらしく、火傷と衝撃による相乗効果で今にも膝をついてしまいそうになる。この状態で回避は、非常に難しい。

 笑い声が聞こえた。ちゃんと避けろよ、という軽い調子の声が聞こえた。熱が迫るのが感じられた。

 だが、才人は動けない。回避をするための足が、一歩遅い。

 

「やべ」

 

 ああ、これは死んだな。どこか他人事のように才人はそんなことを思い、ごめん、と誰にでもなく謝った。自身の主人か、友人達か。どちらにしても、誰にも聞こえていない謝罪であった。

 

「そう思うなら、とっとと下がりなさいウスノロ」

 

 だから、突如現れた水の壁とメイド服の少女の返事に、才人は思わずぽかんと口を開けてしまった。

 

 

 

 

 

 

「な、んで?」

「お嬢様に頼まれたんですよ」

 

 ふん、とツーサイドアップの灰髪少女は鼻を鳴らす。懐から瓶を取り出すと、それを才人の脇腹に振り掛け呪文を唱えた。火傷の痛みが引き、己の体に活力が戻る。ゆっくり立ち上がった才人は、不満そうな顔で目の前の少女を見た。

 

「助かった」

「ふ、お前もようやく私の価値に気付いたようですね」

 

 勝ち誇ったように笑う『地下水』を見ながら、才人は悔しそうに顔を歪める。ここで文句を言うのは間違いだ、と彼も分かっているのだ。

 だからその代わりに、そんなことよりと霧の向こう側に視線を戻した。

 

「ふん」

 

 迫る火炎を、『地下水』は自身の生み出した水で掻き消す。焦る様子もなく、勝ち誇った表情のまま、彼女は才人に視線を戻した。お前はどうだか知らんが、自分はこの程度余裕だ。そう言わんばかりの表情に、思わず才人の眉が顰められる。

 

「かわいくねー」

「人がわざわざ助けに来たというのにその態度。ふ、これだから無能な馬鹿は」

「テメェナイフだろうがよ! てかわざわざ助けにきたぁ? お嬢様の命令だっつったじゃねぇかよ、それをさも恩着せがましく」

「……言葉の綾です。そんなことも分からないのですか」

「あーはいはい俺がわるぅございました。いいからとっとと奴を倒すぞ」

「言われずとも、そのつもりです」

 

 ふん、と鼻を鳴らすと、『地下水』は表情を戻し前を見た。痴話喧嘩は終わったか、と呑気な声を出すメンヌヴィルのいるらしい方向を睨むと、持っていたナイフを眼前にかざす。

 瞬間、生み出された無数の水の鞭が、一斉に襲い掛かった。霧を突き抜けたそれは、しかし何かに当たる手応えがない。ナイフで引き戻す動作を行うと、彼女は再度別方向に鞭を放った。

 

「何やってんだよ」

「見て分からないのですか?」

「分かんねぇから聞いてんの」

「……はぁ」

 

 やれやれ、と呆れたように肩を竦めた『地下水』は、ちらりと才人を見ると再度周囲に視線を戻した。説明はしない。

 それが分かっているのか、才人もそれ以上彼女に尋ねることはしなかった。聞いた自分が馬鹿だった、と心の中で毒づきながら、しかし意味もなくそんなことをしているとは思えないので、水の鞭が放たれる方向に視線を動かす。勿論ただ見ているだけではいざという時に動けないので、刀は構えたままであるが。

 と、そこで彼は気付いた。メンヌヴィルの攻撃がこちらに来なくなったのだ。それと同時に、心なしか視界が広がったような気もする、と。

 

「そろそろ、ですか」

「へ?」

 

 言うが早いか、『地下水』は再度ナイフを引き戻した。ぐわん、と音を立て、水の鞭がこちらへと戻ってくる。無数の細い鞭であったそれは、気付けば数本の極太の水へと変化していて。

 再度それを振るった。盛大な風切音を立て、巨大な水柱が振るわれる。あれ確かどっかで見たぞ、と才人がどうでもいいことを考える中、その水柱は周囲の霧を吸い込んで更に太さを増していく。

 

「……あ、そういうことか!」

「ようやく気付いたんですか」

 

 はぁ、と溜息を吐いた『地下水』は、ぽっかりと空いた霧の空間を眺めながら視線を巡らせた。開けた視界の中には火竜の姿も大男の姿もない。逃げたのか、あるいは更なる遠距離からこちらを仕留めようというのか。

 

「やるなぁ、人形」

 

 パチパチと手を叩く音が聞こえた。振り向くと、メンヌヴィルが楽しそうに笑いながら杖にもたれかかり拍手をしている。視界の開けた空間にわざわざやってきたのだ、彼の意図は推して知るべし。

 

「あの時と比べると、随分と焼き甲斐のある体になった」

「寝言は寝て言え。お前なんかにこの体を好きになどさせん」

「つれないな。ああ、あれか、売約済みってやつか」

「ええ勿論。……お嬢様に仕えるメイドですから!」

「何焦ってんのお前」

「うるさい! 黙れサイト!」

 

 かかか、と笑いながら、メンヌヴィルは視線を『地下水』から才人に向ける。お前はどうだ、と問い掛けると、やなこったという返事が来た。

 それは仕方ない、と彼は肩を竦める。無理やり焼くしかないな、と呟くと、もたれかかっていた杖を引き抜いた。精神力を込め、周囲まるごと焼き払わんと炎を生み出し。

 やめた、とそれを自身で掻き消した。

 

「んだよ、逃げんのか?」

「あー、そうだな。そうするか」

「は?」

「言っただろう? これは前菜だ、いい加減食べ切らないとメインディッシュが待ちくたびれる」

 

 杖を肩に担ぎ、軽い調子でそう述べたメンヌヴィルは、じゃあなと二人に踵を返した。どうせまたすぐ出会うけどな、という置き土産をついでに残した。

 あまりにもなその態度と動きに、二人は一瞬呆けてしまう。我に返った時には、既に相手は霧の中であった。がむしゃらに攻撃するには、少々リスクが高くなってしまっていた。

 

「……なあ、『地下水』」

「何ですか馬鹿」

「どうする?」

「どうするのもなにも。私の受けた命令は、『火竜山脈をねぐらにする勘違いした野良犬の駆除』ですので」

 

 そうかい、と才人は述べた。じゃあ、俺達と一緒だな、と笑みを浮かべた。

 その笑みの意味に気付かないほど『地下水』も馬鹿ではない。はぁ、と溜息を吐くと、しょうがないとばかりに彼の隣に寄り添った。

 

「利害の一致です。仲間になったなどと勘違いしないように」

「一々言わなくても分かってるっての」

 

 ふん、と彼女は鼻を鳴らす。じゃあ手始めに協力よろしく、という才人の言葉に仕方なさそうに頷くと、先程の要領で『地下水』は周囲の霧を集め始めた。吸い取られた霧は水柱となり、ゆっくりと視界が晴れていく。二人の周りから、ルイズ達の周り、タバサ達の周りへと、広がっていく。

 急に降って湧いたチャンスを逃すほどルイズ達も馬鹿ではない。視界を確保出来るレベルになった途端、電光石火のごとくキュルケとルイズは火竜を一匹仕留めた。それを合図にするかのように、統率の乱れた残りを囲んで確実に仕留めていく。

 タバサはメンヌヴィルの言っていたように、風で相手の位置を認識しながら戦っていたため視界が晴れるのはそれほどの効果をもたらさなかった。が、味方の位置を認識出来た才人達の救援はかなりの助けとなった。

 あれほどの苦戦が嘘のように。霧の無くなった洞窟入り口の戦闘は、至極あっさりと彼女達の勝利と相成ったのだ。




Q:何で『地下水』一人なん?

A:ジョゼット「(合流前提で)コスト最小限で最大の利益をあげるためですが何か?」

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