ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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骨組みから肉付けしていると時々全然別物になる
今回も勿論そんな感じ


その2

 おや珍しい、とシャルルはその相手を見た。普段会談を行っている相手とは違うその姿、アンリエッタの夫に向かい、彼はそんな言葉を投げかける。

 対する相手、ウェールズはウェールズであははと苦笑するに留めた。

 

「アンリエッタは今別の用事がありましてね」

「ほう。ガリアとの、同盟国との会談をほっぽり出す程の用事が」

 

 そう言ってシャルルは笑う。言葉も視線も相手を皮肉るものであったのは一目瞭然。だが、ウェールズは別段動じる素振りはない。彼のその言葉に、まあそんなところですと軽く返すほどである。

 そう返しながら、しかし彼は少しだけ視線を鋭くさせた。それに、と言葉を続けた。

 

「現トリステイン王、ウェールズ一世が会談の相手では、不足ですか?」

「ははは。ここで魔王と比べれば流石に、などと失礼なことを言ってしまうのは我が兄くらいですよ」

 

 そう言ってお互い顔を見合わせ笑い合う。その後表情を元に戻すと、何ら滞り無く現状の確認やこれからの予定を話し合った。別段そこに何か問題は発生していない。ガリアもトリステインも平和なものだ。

 勿論、あくまでその部分は、の話である。

 

「ところで話は変わりますが」

 

 資料を片付け、会談から談笑へとシフトチェンジをしながら、シャルルはそんなことを言い出した。ウェールズも同じように紅茶を飲みながら彼の話に耳を傾けている。

 火竜山脈で起きている事柄は、そちらもご存知でしょう。そういう切り出し方をしたシャルルは、ウェールズがピクリと反応するのを見て口角を上げる。やはりそういうことか、と頷くと、先程とは違う資料を取り出した。

 

「ガリアの調査は、こんなところですが」

「……こちらの調査は、こうです」

 

 同じようにウェールズも資料を取り出す。お互い交換したそれを眺めると、凡そ同じ結論に至る調査結果がそこに記されているのが分かる。予想通りだと言わんばかりの表情でお互い資料を返却すると、揃ったように紅茶のカップに口を付けた。

 

「陛下。ちなみに、我が娘は今どこへ?」

「お察しの通りです」

「ふむ。流石は魔王、というところですか」

 

 そう言いながらシャルルは笑う。そこに心配の色は含まれず、取りも直さず信頼の高さが伺えた。それが分かっているからこそ、ウェールズも特に何かを返すことなく薄く笑うのみである。

 二人は改めて自身の資料を見る。先程見せてもらった相手側の結論と同じ一文を眺め、ふう、と揃って息を吐いた。

 

「これは、真実なのでしょうか」

「さて、どうでしょう。いささか断じるには荒唐無稽であると思わざるを得ませんが」

 

 そう言いながらシャルルはウェールズを見る。自身の口にした疑問に、しかし何か確信を持っているかのような表情をしている彼を見やる。

 

「我が兄と、そして『彼女』が是と言ったのならば、何かしらはあるのでしょう」

「露骨に彼女を強調しましたねシャルル宰相」

「おや、陛下の一番信用する人物は彼女ではないと?」

「信用、ですか……」

 

 少しだけ悩む素振りを見せた。が、ウェールズは笑顔で首を横に振る。一番信用している相手というのは違います、とはっきり言い放った。

 

「僕にとってアンリエッタは、世界で一番愛している女性ですから」

「……それはそれは」

 

 お熱いことで。そう言いながら、シャルルはやれやれと肩を竦めた。

 

 

 

 

 

 

 火竜山脈に突入するまでのんびりと馬車に乗っているわけにもいかない。そんなわけで途中の村から徒歩に切り替えたルイズ達一行は、目の前にそびえる山を見上げて溜息を吐いていた。

 理由は至極単純で、暑いからである。

 

「てか、よくよく考えればシルフィードに乗ってくれば早かったんじゃねぇの?」

「そうしたいのは山々だったんだけど」

 

 ちらりとタバサを見る。やってらんね、といった表情で肩を竦めているのを見て、才人は色々察した。縄張りとか、そういうしがらみがあったりするのだろう。とりあえずそういう風に思うことにした。

 

「彼女の風竜は目立つからな。今回は使用を控えてくれという伝達も一応貰っていた」

 

 フォローのつもりなのか、アニエスはそう言って口角を上げる。そこに見える表情は復讐に染まった鬼ではなく、普段通りの彼女の姿。いつぞやのコルベールとの一件が頭を過ぎり心配していたルイズは、そんな彼女の表情を見てほっと胸を撫で下ろした。

 

「さ、お喋りはこの辺にして、行きましょう。こんなところでいつまでも立ってたらお肌が荒れちゃうわぁ」

 

 キュルケの言葉に皆頷くと、では行こうと足を動かした。麓で十分熱気があるこの山々は、当然の如く登れば登るほど熱さも増していく。じっとりと汗で衣服がへばりつき、それが更なる不快感を呼び起こした。ルイズとキュルケは髪も長い。残りの面々よりも更に不快指数は高いだろう。

 イライラがどんどんと増している。傍から見ていてもそれが分かるほどの彼女達を刺激しないように、才人は少しだけ後ろを歩いていた。ここで下手なことを言おうものならば、敵と出会う前に余計な戦闘という名の一方的な虐殺が開始されてしまうからだ。

 決して張り付いている衣服から透ける下着を堪能しているわけではない、と少年の名誉のために追加しておく。

 

「しっかし。こんな場所に人が住めるものなの?」

「普通は無理」

「ダイエットにはいいかもしれないわねぇ。カラッカラになれるわ」

「てかキュルケ、アンタ火メイジなんだからもう少し頑張りなさいよ」

「この状況で何を頑張れって言うのよぉ」

 

 はぁ、とキュルケは溜息を吐く。常人ならばとっくに倒れていてもおかしくないペースで登り続けたのだ。そのくらいの愚痴は許されるだろう。そんなことを思ったのか思っていないのか、彼女はそのまま暫し火メイジだからとかそういう偏見はやめろと言わんばかりに暑さの不満を口にした。

 それでも足を止めずに登り続けた結果、一行は程なくして山脈の中腹辺りへと辿り着いた。この辺りから人が立ち入ることのない、魔獣と竜の縄張りへと移り変わる。二国の調査隊も命の覚悟をしなければならなかった範囲だ。

 ルイズも少しだけ警戒しながら、周囲の気配を探っている。火竜が飛び出してきた場合、まず間違いなく余計な戦闘になるからだ。出来るだけ消耗しないように先手必勝で追い払うつもりなのだろう。

 が、そんな警戒とは裏腹に、行けども行けども何もない。火竜どころか、住んでいる生物が根こそぎいなくなったかのような静けさなのだ。

 

「おかしい」

「……王妃の指示によると、もう少し先に行ったところにある洞窟が調査の場所だ」

 

 タバサの呟きに答えるようにアニエスが返す。現状とその言葉を照らし合わせれば、つまりはそういうことなのだろう。そう判断した一行は、各々の武器に手を添えた。

 歩みは止めない。休憩を挟むこともない。体力を回復するのは重要かもしれないが、今ここでそれを行った場合、最悪奇襲のチャンスを向こうに与えることになりかねないからだ。何より、こんな場所で休憩したところで回復する体力などたかがしれている。

 それから数刻。明らかに最近作られたと思わしき洞窟の入り口が一つ、ぽっかりと口を開けて一行を待ち構えていた。付近には真新しい破壊された岩が転がっているところからして、トリステインやガリアの調査後に広げたのだろう。

 わざわざそんなことをする理由など思い付かない。しいていうならば。

 

「お、来たな」

 

 洞窟の影からひょっこりと人影が姿を現す。顔に火傷を負った大男は、見えない右目と火竜の左目をギョロリとルイズ達に向けた。お目当て通りだと言わんばかりに彼は口角を上げ、マントから自身の杖である無骨な鉄棒を取り出す。

 

「良かった良かった。その辺の有象無象が来たらどうしようかと心配していたところだ。歓迎の準備が無駄にならなくて本当に良かった」

 

 カカカ、と笑いながら、男――メンヌヴィルは杖で地面を軽く突く。瞬間、周囲の岩肌から蒸気が溢れ出て視界をあっという間に奪っていった。同時に、先程まで皆無と言ってよかった生物の気配が急激に濃密になっていくのが感じられる。

 

「まあまずは前菜だ。本当は有象無象用の罠だが、せっかくだし使わんとな」

 

 楽しそうに笑うメンヌヴィルの声は聞こえる。が、真っ白になった視界に彼の姿は映らない。ちくしょう、と舌打ちをしたルイズは、とりあえずこの霧を吹き飛ばすとデルフリンガーを抜き放ち。

 

「相棒! 左だ!」

 

 太く強靭な何か、恐らく尻尾であろうそれによって弾き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 何かに激突した。それがキュルケだとルイズが理解したのは、向こうが即座に悪態をついてきたからだ。慌てて体勢を立て直すと、ぶつかった彼女にごめんと謝った。

 

「で、何がどうしたのよぉ」

「多分尻尾ね。火竜の」

 

 デルフリンガーを構え、ルイズは短くそう言い放つ。成程、と頷いたキュルケも同じように杖を構えた。が、生憎視界は遮られっぱなし。数歩先も見えるかどうか怪しいその霧は、まるで意志を持っているかのようで。

 試しに爆発と剣圧で風を起こした。が、一瞬晴れるだけで、すぐさま傷を埋めるように蒸気の霧は量を増していく。かろうじて見える隣のキュルケに、そういうことみたいねとルイズは言葉を紡いだ。

 

「まあ罠だって言うくらいだし、そうだろうとは思ったけれど」

 

 言いながらルイズを突き飛ばした。自身もその勢いで地面に倒れ、そして頭上を何かが通り過ぎる。これは厄介だ、と体を起こしながら彼女はぼやいた。

 

「別に一人でも避けれたわよ。まあでも、ありがと」

「どういたしまして」

 

 立ち上がり、背中合わせになる。相手が何かは正確には分からないが、少なくともこちらを分断して潰す程度の小賢しさは持ち合わせているようであった。

 何かが迫る。大剣でそれを受け止めたルイズは、火竜の爪らしきものであると目視した後叩き落とした。見える範囲でバウンドしたそれは、ゆっくりと霧の中へと消えていく。

 今度は背後。キュルケの方へと何かが振るわれた。ルイズが彼女の名を叫ぶが、当の本人は分かっているとばかりに既に呪文の詠唱を終えている。杖から生み出された炎の鞭は、赤い鱗に覆われた尻尾に絡みつくとそれを引き摺り倒した。

 

「……一匹、じゃないの?」

「だとしたら、あたし達囲まれているってことになるわねぇ」

「笑い事じゃないわよ」

「そうね。その通りだわぁ」

 

 軽口を叩くように見えて、その実厄介だとキュルケは舌打ちをしていた。これだけ視界が悪い状況で複数の火竜を相手取るのはどう考えても得策ではない。『烈風』や『灰かぶり』、あるいは魔境の姫君ならいざしらず、彼女達ではまだ片手間に火竜を捻り潰すことが出来るほどではないのだ。

 せめて視界が良好なら、そう思わないでもなかったが、それも踏まえての罠。そのように理解している以上、そんなものは言い訳にしかならない。

 

「ルイズ」

「あによ」

「複数だとして、何匹いると思う?」

「二……いや、三かしら。タバサとアニエス、あとサイトの方がどう分断されてるのか、あるいは一纏めなのかが分からないと断言出来ないけど」

「聞いてみる?」

「冗談。この状況で叫んだら、それこそ相手の思う壺じゃない」

 

 味方に位置を知らせる、ということは、当然敵もそれを察知するということだ。既に向こうが理解しているという体で話を進めてもいいが、そうでなかった場合のリスクが大きい。

 

「で、それを知ってどうするのよ」

「見た限り、相手は火竜よ。もし三匹いるとすれば、当然こちらを取り囲む形になっているはず」

「そんなの言われるまでもないでしょ。何? 適当に攻撃しても当たるからとりあえず振り回せってこと?」

「逆よ逆。向こうの配置を予測して、一匹に攻撃を集中させるの。包囲に穴を開ける、それが今のあたし達の目標よ」

 

 ふむ、とルイズは頷いた。言われた通り、では配置を知ろうと気配を探る。が、三つ周りにいるということは分かっても、どういう風に取り囲んでいるかは分からない。そして火メイジであるキュルケはその手の探知に疎い。

 さてどうする、とルイズは暫し目を閉じた。それを見計らったのか、彼女の真横から火球が飛来する。鬱陶しい、とそれを切り裂いたルイズは、飛んできた方向へと駆けると剣を振り下ろした。勿論斬撃は空を切る。

 

「何やってるのよぉ」

「う、うううるさいわね! 向こうの攻撃を迎撃した先に行けば本体があるって考えたのよ」

「……それを見越して、火球に切り替えたみたいねぇ」

 

 言いながら、再度飛来する炎を炎で消し飛ばす。多方向から飛んできたそれは、明らかに自身の位置を撹乱するものであった。

 読まれている、とキュルケは眉を顰める。そして、火竜にそんな知恵があるわけがない以上、第三者の命令に従っているのだと結論付けた。それも、細かい指示でだ。

 

「気配が急に現れたことといい、この動きといい……おかしいわぁ」

「だな。向こうさんは明らかに意思を奪われてるぜ」

「意思?」

 

 おうよ、とデルフリンガーの鍔がカタカタ鳴った。姿の見えない火竜は自由意志を奪われた、いわば駒のような存在であるとそのまま続ける。そう続けながら、少しだけ神妙そうな声のトーンへと語り口を変えた。

 

「洞窟の奥……あそこに何があるんだ? 俺っちの嫌な予感がビンビンしてるぜ」

「何よ、嫌な予感って」

「いや、はっきりとは分かんねぇけどよ。少なくとも、リッシュモンみてーな奴が扱うにはどう考えても分不相応なもんなのは間違いねぇな」

「不安だけ煽るのやめなさいよぉ」

 

 火球の頻度が増した。キュルケとルイズはそれらを弾き飛ばしながら、図星だったのか挑発に乗ったのかどちらなのかと暫し考える。どちらだとしても、その場合これを行っている相手が誰なのかという予想は付いた。

 

「あれ……じゃあ、メンヌヴィルは」

 

 この駒を動かしているのではないとすれば、あの快楽殺戮者はどうしているのか。呑気に見学しているなどと楽観的な事は考えられない。まずは前菜だなどと言ってはいたが、喜々としてこちらを焼くであろうあの男が、終わるまで黙って見ているなどとは考えられない。

 そして、こちらには来ている気配がない。

 

「サイト! アニエス!」

「マズいわよぉ!」

「……おいおめーら、ちったあタバサ嬢ちゃんの心配しとけ」

 

 タバサなら大丈夫。揃ってそう断言した二人の声を聞いて、デルフリンガーはああそうかいと鍔を鳴らした。

 その声は呆れが半分、そして、どこか嬉しそうなのが半分である。




昔のボスが雑魚として出てくると後半なんだなって感じがする

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