ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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テロップとかけ離れることは結構あるものです。

だから『エレ姉さまの殆ど出ないエレ姉さま回』があっても仕方がない、うん。


その3

 現在の状況は非常にマズい。そう結論付けたルイズは、ちらりと横を見た。色々と諦めた顔をしているキュルケと目が合い、二人揃ってコクリと頷く。

 そうして残る一人へと顔を向けた。思い切り他人事のような顔をしていた。

 

「タバサ」

「ん?」

「ちょっとは慌てなさいよぉ」

「何で?」

「何でって、そりゃ……」

 

 ちらりと前方を見る。連れてきた騎士達をのしたことを自慢気に語る仮面の貴族が、色々と不穏な話をのたまっていた。こちらから詳しく聞き返すことはしないので断言は出来ないのが、まず間違いなくアンリエッタの耳に入った時点で終了の事案である。ここにいる連中はどうやら古株の貴族の中でもこじらせていた輩のようで、王妃は若さの衝動に任せ様々なものを破壊している、と嘆いていた。これまで培ってきた伝統や制度、名誉に唾を吐いた、とまで続ける始末である。

 ちなみにその嘆きは凡そ事実である。

 

「……徴税官があの書類をあたし達に渡したってことは」

「十中八九、既にバレている」

 

 しれっとタバサはそう述べる。分かっていた、と肩を落としたキュルケは、だからもう少し慌てろと彼女を睨んだ。睨んで、不毛だと溜息を吐き、ではどうしたものかとルイズを見た。

 もうこの場で全員ぶっ飛ばして終わりにしようかな、とデルフリンガーに手を掛けるのを見て、キュルケは急いでその手を掴んだ。

 

「何で邪魔すんのよ」

「当たり前でしょうが。あたし達の目的忘れたの?」

「もうアレにバレてる時点で失敗も同然でしょ」

「いやアレ扱いは流石にどうなんだよご主人……」

 

 アレ、とはアンリエッタのことである。ルイズにとって自国の王妃は目上の人物である。

 とりあえずそのことに別段何かを言うことなく、それでもだとキュルケはルイズを押しとどめた。ここで暴れれば向こうの思う壺だ。そう言って、彼女を説得にかかった。当たり前のように、そうじゃないとしてもきっと思う壺なのだろうというのは口に出さない。

 

「……あーもう、分かったわよ。とりあえず暫くは大人しく『灰色卿の刺客』になってるわよ」

「それが賢明」

 

 先程から動じていないタバサは、元よりそのつもりだと頷いた。どうせ最終的に裏切るのだから、一々気にするな、というわけである。

 方針は決まった、と一旦大人しく事態に身を任せようとした一行であったが、自分に酔っているとも思えるような貴族達の会話は終わる気配がない。演劇が終わるまでひたすら喋り続けるつもりだろうか、そんなことを思ってしまうほどである。

 各々の言葉に感銘を受けつつ、ではどうすればいいのかと机上の空論を行いつつ、彼等彼女等の議題は尽きることがない。本人は満足かもしれないが、蚊帳の外にいるルイズ達にとってそんなものはただただ下らないだけである。それどころか、反感すら覚えてしまう。

 何より気に入らないのは、現状を失敗だと断じているところである。三国同盟、エルフとの融和、それらを些末事と脇に置き、自分達が輝いていた過去の光景を夢想しているところである。

 

「……まあ、ベクトル違うだけで姫さまも根底は同じだと思うぞ俺」

「自分の気に入らないことは失敗……確かにそうねぇ」

「どっちの味方よアンタ等」

「わたし達は、わたし達の味方」

 

 当たり前だと言わんばかりのタバサの一言に、ルイズはうぐぅと口を噤む。当然ながら、彼女自身もその考えであるからだ。はいはい分かりましたと肩を竦めたルイズは、だったら質問を変えましょうとタバサを睨む。

 

「じゃあ、どっちが気に入らない?」

「目の前のこいつら」

 

 悪巧みをするならもう少しきちんと強大な悪人になれ。そんなタバサのダメ出しの背後に、どこか見覚えのある二人の兄弟王が透けて見えたような気がしたが、本人のためにも黙っていよう。キュルケはそんなことをこっそりと思った。

 

 

 

 

 

 

 現在の状況は非常にマズい。そう結論付けたルイズは、ちらりと横を見た。色々と諦めた表情をしていたキュルケが、もうどうしようもないなこいつら、と目で訴えていた。

 残る一人に目を向けた。どうやって自身の被害を食い止めようか思考を巡らせているのが確認出来たので、それならまあいいかと揃って頷いた。

 

「呑気だな」

 

 そんな三人娘を見た才人の感想である。流されるままに動いていた彼であったが、流石にほんの少しの間の雇い主が出した結論を聞いて顔を青褪めさせたのだ。

 アンリエッタの変貌の理由は、ヴァリエールにあり。そんなことをのたまっていた。大正解である。

 聞けば王妃の師であるとされる女は平民だとか。ヴァリエールが貴族平民問わず徴用している所為で、王妃に悪影響が出てしまった。灰色卿はそう言って頭を振った。大体事実である。

 そんな結果的に現状を正確に分析した彼等が出した結論は、ヴァリエールに政治の舞台から退いてもらいたい、であった。その為には多少手荒なこともやむを得ない。そう言ってのけた。

 

「この手荒なことをする担当って、俺達だろ?」

 

 よしんば手荒なことをするとしたら、その対象は公爵家の誰かであろう。細かく言えば、公爵夫人かその娘、もしくはアンリエッタの師である彼女、となる。

 まず間違いなく、今すぐ目の前のこいつらを殲滅した方が安全かつ確実に生き残る方法であるのは疑いようがない。

 

「情報収集杜撰過ぎないかしらぁ……」

「調べられなかったんじゃ?」

「ヴァリエールの魔境の噂とか、この連中信じなさそうだしな」

「……ああ、そういえば。魔女と烈風と灰かぶりって、半ばお伽話に近い状態で正体はあまり知られてないのよね。あんなに目立つのに」

 

 理由は言わずもがなであろう。ドレスを着た魔王と修道服を着た魔女が揃ってニコニコと笑みを浮かべているのを想像し、ゲンナリした表情でルイズは毒づく。

 そもそもの話として、手荒なこと担当として用意したのがヴァリエールの三女である。喜劇以外の何物でもない。

 

「とりあえず、誰かにぶつけられる前に情報収集して殲滅しましょう」

「そうね、それがいいわぁ」

「ん」

 

 さしあたってまずやることは、目の前の連中の素性である。灰色卿の正体は分かっているが、それ以外は一体誰なのか。変装をしている以上、直接聞くのは無理。凡その検討をつけ、自分達の目的に合致しそうな者だけを重点的に調査するのが手っ取り早いだろう。

 こう見えて彼女達三人は一応それなりの身分である。目の前の貴族連中が自分達の家柄に迫る程度には高貴であるのはすぐに分かった。だというのに自分達の正体を看破出来ないのは、それだけ取り残された者なのだろう。変化を認めず、停滞を望む。そういう意志を持って留まっているわけでもなく、ただただ己の優位を、地位を確かなものとして固めたいという我儘だ。

 だから、それ以上の我儘によって、始まる前に押し潰されてしまう。

 

「まあ、わたし達もこの連中に覚えがないからお相子ではあるけれど」

 

 顔を覚えておく必要は恐らくないだろう。そう遠くない内に纏めてアンリエッタの玩具にされるのがオチだ。万が一を考え、少しだけ向こうに気付かれないよう顔を背け、とりあえずの成果を互いに口にした。

 しかしそうなるとこの場でやれることが無くなってしまう。既に気絶した騎士達は一箇所に集めて寝かせている。こちらにとって全く意味も実入りもない会話を聞くのも飽きてきた。だが、頃合いには程遠いのだ。

 そんなことを考えている内に、どうやら向こうの話がまとまったらしい。まずヴァリエールの誰彼を狙うのだとのたまっていた。一番手近にいるヴァリエール家の人間で、恐らく最も御しやすい。そう判断したらしい彼等彼女等の狙いは。

 

「……まあ、丁度いい、か?」

 

 何とも言えない顔で同意を求めた才人は、しかし揃って苦虫を噛み潰したような表情の女性陣を見てまあそうだよなと肩を落とした。カリーヌやカトレア、ノワールと比べればギリギリ許容範囲で済む、と彼は一瞬考えたのだが、やはり認識が甘かったようである。

 

「でもまあ、目的には一番近くなったんじゃないかしらぁ」

 

 あははは、と乾いた笑いを上げるキュルケを一瞥したルイズとタバサは、だったらいいな、と溜息を吐いた。

 彼女達の眼前では、有象無象となることが確定した貴族達が、エレオノールをどうにかしようと述べていた。

 

 

 

 

 

 

 現在の状況は非常にマズい。そう結論付けたルイズは、ぐるりと辺りを見渡した。同じように色々諦めた顔をしている仲間達が視界に入り、ゲンナリした表情で溜息を吐いた。

 会合を終えた灰色卿は、では早速仕事を行ってもらいたいとこちらを見ることなく述べる。あまりマジマジと見られるのも厄介なのでそれは構わないが、素性に興味も持たない辺りが明らかに失敗するであろう空気を醸し出していた。

 ターゲットはエレオノール。王室とヴァリエールの間に不和を生み出すために、彼女には犠牲となってもらう。そのための手段は一任する。それで話を切り上げた灰色卿には流石に面食らい、ちょっと待ったとルイズはその背中に声を掛ける。

 

「いくらなんでも杜撰過ぎるでしょう? そっちの望まぬ手段を取ったらどうする気?」

 

 そんな抗議に、彼はやれやれと頭を振った。こちらが任せると言った以上、望まぬ手段などありはしない。そう言って彼は肩を竦めた。

 

「……それが、彼女の殺害、という結果を生んでも?」

 

 ピクリと彼の動きが止まる。が、それでもだ、と彼は返した。勿論こちらとの繋がりを一切勘繰られないようにするのが前提だが、と言葉を続けた。そこに嘘偽りは含まれていない。が、その声色は少々気弱であった。

 ふむ、とタバサは顎に手を当てる。本気なのは間違いない。怖気付く様子もない。今のやり取りで元来そこまで強気な性格でないのを何となく感じたが、となればそこまで追い詰められていると見るのが正しいか。そんなことを思いながら、了解したと返答した。

 ちょっと、とキュルケがそんなタバサに声を掛けようとしたが、少し待てと手で制す。その目を見てああ成程と頷いたキュルケは、声を掛ける相手を彼女から目の前の灰色卿の背中に変える。

 

「参考までに、少し聞かせて欲しいのだけれど」

 

 これまでに、同じような悪巧みをしたことは無いか。ある程度オブラードに包んだ物言いでそう問い掛けた彼女の言葉に、灰色卿は少しだけ考える素振りを見せた。

 ここまで大規模なことを考えたのは初めてだ。そう答え、満足かねと言葉を続ける。

 相変わらず振り向かない彼の背中を一瞥したキュルケは、それを聞いてどう答えたものかと視線を横に向けた。才人は自分の出る幕ではないと首を横に振っているので、残るはルイズとタバサ。どうしたものかと腕組みをしているタバサに対し、もう直球で聞いてやろうとルイズは目を細めている。

 

「バ――」

 

 バーガンディ伯爵との一件もひょっとしてそちらの仕業か。そう問い掛けようとしたのを理解した三人は、とりあえず寸でのところで彼女の口を押さえるのに成功した。もがもが、と口を動かしていたルイズであったが、ふんと鼻を鳴らすと不満そうにキュルケ達を睨む。何だ文句あるのか、そう言わんばかりのその表情に、当たり前だと彼女達は返した。

 

「ミスタ。もう少し質問しても?」

 

 タバサの言葉に、構わんよと灰色卿は答える。では遠慮無くと咳払いを一つした彼女は、先程述べた小規模な裏工作の内訳を教えて欲しいと述べた。どのようなことを行っているのかを知らなければ、最悪以前の事件と関連性を疑われる可能性があるからだ。そう無理矢理理由を付けた。

 灰色卿はそこで四人へと振り向いた。ルイズ、キュルケ、タバサ、そして才人。それぞれを一瞥すると、まあそちらがそう言うからにはそうなのだろうと溜息を吐く。何がどうそうなのか分からず首を傾げかけたルイズをキュルケが後ろに隠しつつ、そういうわけだと彼の言葉を待った。

 主に行ったことは悪評を流す、ということだ。幸いにして既に色々問題が取り沙汰されている彼女の妹がいたことで、その策は滞り無く実行された。『暴れドラゴンの姉』などという、凡そ淑女が受け取るには品の無さ過ぎる称号が彼女にはついてまわることとなった。

 上手い具合に定着した噂は尾ひれ背びれが付く。エレオノールは男の寄り付かない事故物件として有名となり、有る事無い事吹聴され始めた。王宮の廊下で自国の姫と他国の姫を這い蹲らせた、などという聞く人が聞けば処罰されてもおかしくない噂まで生まれた。

 それで十分かと思いきや、アンリエッタは気にすることなく彼女を重用した。トリステイン王家とヴァリエールは懇意であると魅せつけた。そうすることで、エレオノールの評判も少しずつ回復の兆しを見せていた。

 それはまずい、と考えた矢先のことである。エレオノールの婚約が決まったとの話を耳にした。調べてみると、その相手はアカデミー関係者であり、自身の息のかかった相手ではないか。

 

「……それは、つまり」

 

 お前が、別れさせたのか。言葉にはせずに、静かに話の続きを促したルイズの様子に気付くことなく、灰色卿は言葉を紡ぐ。多少は渋ったが、元々評判の悪い相手との婚約だ、こちらとの関係が悪化するくらいならばと頷いてくれた。そんなことを自慢気に彼は語った。

 

「成程。よく分かりましたわ、ミスタ」

 

 ルイズの口を押さえながら、キュルケはそう述べる。もう質問はいいのか、という彼の問い掛けに結構ですと返すと、では早速と彼女達も踵を返す。そうして灰色卿、否、ゴンドラン卿のもとから去った一行は、ターゲットのいるであろう場所へと足を進めながら揃って大きく息を吐いた。

 まあ評判悪い大本の原因はお前らなんだから、そこはしょうがない。そう言えない空気を察した才人は、発する言葉が見付からずに三人を見守るばかりである。

 

「ルイズ」

「あによ」

「どうするのぉ?」

「欲を言えばあの場でぶっ飛ばしたかった。けど、今回はそういうのは駄目なのよね」

「ある意味向こうの手助けになる」

 

 イライラする、と拳を天に突き上げたルイズの背中でデルフリンガーがカタカタと鳴る。まあ今回は搦め手だな。そう述べたデルフリンガーにそうねと頷くと、彼女はキュルケとタバサに目を向けた。

 

「姫さまに連絡……は、後回しよ」

 

 しなくとも知ってそうだし。そう続けたルイズは同意を求めるように皆を見る。そうでなければわざわざここへと向かっていない。そんな言葉を聞き、そうよねと頷いた。

 辿り着いた場所は、トリステインのアカデミー。恐らく今日も、エレオノールがアンリエッタの無茶振りのために研究室で金属片とにらめっこしているであろう場所である。

 

「……んで、どうするんだ?」

「決まってるでしょ」

「そうねぇ」

「ん」

 

 まずは、謝る。拳を握り締めながら、三人は気合十分で何とも情けない言葉をのたまった。




次にはきっと出るような気がする。

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