ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

12 / 185
ルイズ達が出ないと非常に地味になる、というのがよく分かりました。


その3

「よう、昨夜はおたのし――」

「やかましいわ!」

 

 カタカタと鍔を鳴らして笑うデルフリンガーに一言だけぶつけると、才人はさっさと出掛ける準備を始めた。無言であるが、ふと思い出すように頭をブンブンと振っている姿は非常に怪しい。が、事情を知っているデルフリンガーは若いなぁと笑って流した。

 よし行こうか、と立ち上がったのと同時、朝食を食べたシルフィードが部屋に戻ってくる。ニコニコと笑顔で才人に声を掛け、そして対する才人は非常にぎこちない態度でそれに返した。

 

「どうしたのサイト? 朝からおかしいけど」

「おかしくない! 俺は普通! 普通はこうなるの!」

 

 目の前の女性の胸やら何やらに挟まれて一夜を過ごした青少年は、自棄になったようにそう叫びとっとと行くぞと彼女を促した。うん、とシルフィードもそれに続き、一行は宿屋から外に出る。

 よくよく考えたら、昨日は無断外泊だった。少し歩いてそこに行き着いた才人は、どうしようかと彼女の背中に問い掛けた。

 

「素直に言って謝るしかねぇだろ」

「だよなぁ……」

 

 横を見るとシルフィードが青い顔でご飯抜きご飯抜きと呟いている。どうやら揃って同じ結論に達したらしく、もうこうなったら諦めるしか無いと溜息を吐いた。

 それはそれとして、と気を取り直すように才人は述べた。一応犯人の正体らしき者は分かったが、ではどうすればいいのかが決まらないのだ。直接殴り込むにしても、良くて憲兵の詰め所、最悪貴族の屋敷に突入することになる。ルイズ達ならともかく、才人だけではその問題はどうにもならない。

 

「狩りをする時は、真っ直ぐ行く前に周囲の群れを乱すものなのね」

「へ?」

「犯人全員がそこの人じゃないんでしょ? 他の犯人捜しからやればどう?」

「……と、トカゲに頭で負けた」

「当たり前なのね。シルフィは人間よりずっと賢い種族なんだから。…………誰がトカゲか!」

「おー。すっげぇ説得力ねぇな」

 

 ブンブンと腕を振り回しながら怒るシルフィードを見てそんな感想を呟き眺めつつ、デルフリンガーは一人思考の海に沈む。先程彼女が述べたように周囲を調べるというのは正解だろう。だが、それで三人の偽フーケを倒したとして、本命だと思われる最後の一人にどうやって辿り着くべきか。捕まえ、突き出す場所にこそ犯人がいるというのに、どうやってそれを倒すべきなのか。

 

「相棒がいりゃぁ……駄目だな」

 

 面倒だからぶっ倒す、と詰め所や貴族の屋敷に突っ込んでいくピンクブロンドの少女の姿を思い浮かべ、デルフリンガーは溜息を吐いた。

 

 

 

 

 結局今日も情報収集、と街を歩く才人達であったが、しかし昨日と違いある程度目的は絞られている。デルフリンガーの提案で裏通りの道具屋や武器屋へと向かうと、最近羽振りがよくなった者か儲け話を吹いて回る者がいないかを尋ねて行く。基本的には首を横に振られるだけであったが、それでも二・三個はそれらしき情報を得ることが出来た。

 あくまで噂だが、という前置きで語られたそれは、昨日の考察を裏付けるもので。

 

「憲兵のまとめ役なんて所属になった割には、いい感じに金を貯めてるってか」

「まあ、つってもその所属の実入りが少ないとは限らないから確定とは言えない、か?」

「いいや、ここはまだ先王の代までの他の国と比べても魔法主義だったところが抜けきってない。平民の受け皿みたいな憲兵をまとめあげる役職がそんな大金貰えてるはずがねぇ」

「てことは」

 

 ビンゴだ。そう言いながらデルフリンガーが鍔を鳴らす。

 考えてみれば、運搬中の強奪というのが一番やりやすいのは犯人が運んでいる輩の時だ。加えてそれを別の何かになすりつけられる力があれば言うことなし。

 

「まあ、結局それが分かったところでこっちにゃどうにも出来ないんだがなぁ」

「大体、それ以外の犯人を捜すって話はどこにいったのね?」

「あー、そういやそうだったっけ」

「まったく、みんなシルフィよりお馬鹿なんだから」

「トカゲのくせに生意気な」

「だからトカゲじゃない! ほら、これを見る!」

「街中で服を捲り上げるな! 俺また捕まるだろうが!」

 

 いいから行こうぜ、というデルフリンガーの言葉に我に返り、一行は慌ててその場を去る。歩きながら、とりあえず主犯のいる場所へと行ってみようと才人は述べた。どうして、というシルフィードの問い掛けに、思い付きではあるけど、と彼は返す。

 

「虎穴に入らずんば虎児を得ず。大胆に攻めるのも時には必要だろ」

 

 違いない、とデルフリンガーは笑う。なら決まりだ、と才人はそこに向かって足を踏み出した。が、昨日自身が勾留されていた詰め所が見えてくると、少しだけ怖気付いたように彼は足の動きを止める。顔を見られた途端捕まったりしないだろうか、と挙動不審に視線を動かしながら呟いた。

 

「サイト、きっとその動きが一番怪しいのね」

「まあ、明らかに犯罪者だな」

「酷い!?」

 

 才人の叫びに別に酷くないと揃って返し、ならあれは放っておいてこっちで何かするかと歩き出した。デルフリンガーはシルフィードが背負っている、才人を置き去りにしても特に問題はない。

 詰め所に向かい、デルフリンガーは顔見知りの憲兵に声を掛けた。お前だけとは珍しいな、という憲兵の言葉にちょっと事情があってなと返すと、あいつはいるかと彼は続ける。

 向こうだ、と指差された先には、金髪の女性が酔っぱらいを簀巻きにして転がしているところであった。

 

「アニエス」

「ん? 何だデルフか。昨日といい今日といいお前、ミス・ヴァリ――おっと、フランソワーズの相棒は辞めたのか?」

「ちげぇよ。相棒は今落第と必死に戦ってるんでな。代わりに俺っちが動いてるのさ」

「ら、落第? ……あははははっ! そういえば学院の生徒だったな、そうか、彼女が落第と……はっははは!」

「相棒の名誉の為に言っておくが。原因の一端は使い魔兼弟子のサイトって小僧を鍛える為に進級してすぐに依頼をこなし過ぎたからだ」

 

 使い魔、という単語を聞いたアニエスは、ああ昨日の、と牢屋で情けない声を上げていた少年の顔を思い出す。あれを鍛えていたとは大変そうだな、と笑みを崩さぬままそう述べた。

 それで、と彼女はデルフリンガーに視線を向ける。一体何の情報を聞きに来たんだ? そう言うと、アニエスは猛禽類が獲物を見付けたかのように口角を上げた。

 

「やっぱりおめぇ全部分かっててあいつに押し付けたな」

「さて? 何の話か分からんな。これでも街の治安を守るのに忙しいのだ」

「街の治安を守るのに忙しいから、自分の所属する組織の膿は他人任せってか。大した憲兵だなおい」

「他人に任せるとは人聞きの悪い。正当な理由があれば、私は同僚も捕縛するのはやぶさかではないぞ」

「それはつまり、正当な理由を用意しろってことか」

「もっとも、落ちぶれたメイジならともかく、きちんとした貴族をどうこうするには余程の理由かやんごとなき方の許可が必要だがな」

「はっ。組織に縛られてる奴は言うことが違うな」

「私は人だからな。お前のように喋って斬っていればどうにかなるものではない」

「……おおぅ、空気重いのね」

 

 背中に背負っているという体勢の関係上二人の会話に挟まれる形となったシルフィードは若干涙目で呟いた。こんなことなら挙動不審でもいいから連れてくるんだった、と絶賛後悔中である。

 そんな彼女の祈りが通じたのか、ある程度気持ちを持ち直した才人がこの場にゆっくりと現れた。何だか空気が重い、とアニエスを見て表情を曇らせている。

 

「デルフ。役者は揃ったようだぞ」

「ん? ああ、遅いぞサイト。今から作戦を説明するからよーっく聞いとけよ」

「え? 作戦? 何するんだよ?」

 

 いきなりそんなこと言われても、と才人はアニエスを見て、デルフリンガーを見て、シルフィードを見た。一人涙目でフルフルと首を横に振っているのを見て、彼は若干心の琴線に触れた。

 そんな才人を見て呆れながらも、デルフリンガーは言葉を紡ぐ。アニエスとの会話で可能だと判断した作戦を述べる。

 

「まあもう少し経ってからだけどよ」

「もう少し経ってからって……夕方、てか夜?」

「ああ。暗くなったら」

 

 奴の屋敷に忍び込むぞ。そう言って、魔剣はカタカタと鍔を鳴らした。

 

 

 

 

 

 

 とある貴族の屋敷。憲兵を纏める役に任命されたその男の家に、一人の少年と一人の女性がこっそりと侵入を試みていた。辺りは暗く、明かりがなければ何があるかを知ることもままならない。

 

「まあ、シルフィは分かるけれど。きゅいきゅい」

「あー……そいつは良かったっすね」

 

 シルフィードに手を引かれながら才人はぼやく。これではまるきり姉に連れられる弟ではないのか、と思い気持ちが沈んだが、頭を振って気持ちを切り替えた。これからやることはこんなテンションで成功出来るほど簡単ではない。

 何せ、土くれのフーケに盗まれた品物を盗み返すのだから。

 

「……泥棒捕まえる証拠のために泥棒……」

「別に盗むわけじゃねぇよ。それがあるかどうかを確認するだけだ」

 

 盗まれたのは魔法学院の宝物庫の宝。本物の土くれならともかく、名を騙った程度がそうそう処分出来る代物ではない。ならば、高確率でまだ自身が所持しているはず。そう判断した故の行動であった。

 この辺りでいいか、とデルフリンガーが述べる。その場所を眺めた才人だが、どう見てもただの壁であった。隠し通路だの、通気口だの、そういう類のものは一切ない。

 

「シルフィード。この壁の向こうに人の気配は?」

「大丈夫、多分倉庫か何かなのね。今ならバレない」

「よし、サイト」

「え?」

 

 自分を使え、とデルフリンガーに言われるままシルフィードの背中から引き抜いた彼は、何だか猛烈に嫌な予感がしたまま握っている大剣に尋ねた。何をする気だ、と。正確には、何をさせる気だ、と。

 

「この壁、斬れ」

「だと思ったよちくしょーめ!」

 

 ガンダールヴのルーンとデルフリンガー、そしてルイズに鍛えられた肉体の相乗効果によって、固定化が掛けられているはずのその壁はバターのようにあっさりと切り裂かれた。人が通れる程度の穴が開いたそこから、才人とシルフィードは中に入る。彼女が言っていたように倉庫の一角らしく、しかしあるのは食料ばかりであった。

 

「あるとしたら、隠し部屋か何かか」

「そうなると地下? んー、あまり深いと風の精霊の加護では調べられないのね」

「……これ、俺らがフーケじゃん」

 

 ノリノリの一人と一振りには才人の呟きは聞こえていない。とりえず適当に下を掘るか、という結論を出し、才人に剣を振り被らせる。もうどうでもいいやと彼は言われるまま従った。

 倉庫の床に穴が空き、地下への入り口を無理矢理作り上げる。その勢いのままある程度のあたりを付けて切り裂き進むと、今までとは感じの違う部屋へと繋がった。

 

「当たりか?」

「何か色々あるのね」

「いかにも、って感じだな」

 

 途中から楽しくなってきた才人も合わせ、一行はその部屋に置いてある品々を一つ一つ調べていく。ここに例の品物があったのならば確定。そうでないのならば。

 と、ここで才人は一つの疑問にぶち当たった。なあデルフ、とシルフィードの背中に仕舞われた剣に声を掛ける。何だ小僧、というデルフリンガーの返答を聞いてから、彼はゆっくりと口を開いた。

 

「盗まれた宝って、どんなの?」

「……」

「……」

 

 思わずシルフィードも才人を見た。お前一体何を言ってんだ、そんな感じの視線であった。あまりにも冷たいその視線に、しかし土下座して謝ることなく彼は言い訳を述べる。話を続ける。

 

「しょうがないだろ。俺その辺全然話聞いてなかったし」

「威張って言うことじゃないのね」

「てかシルフィード。何でお前知ってんだよ、俺と同じタイミングで学院来た使い魔だろ!?」

「え? シルフィはお姉さまとはもう何年も前からの付き合いなのね」

「マジで!? え、じゃあ」

「今回の宝も知ってるのね。『破壊の杖』っていう、何か太くて大きくて黒光りしてるとっても固いやつよ」

 

 完全敗北した才人はその場でガクリと膝をついた。彼女の説明について何か物申すこと無く、ただただ項垂れた。

 落ち込むのはいいからとっとと探せ、というデルフリンガーの言葉で我に返り、才人はシルフィードに言われた特徴に合致しそうなものを選んでいく。少なくとも宝石や布の類ではない、杖というからには鎧でもない。

 あれは違うこれも違う、と置いてあるものを漁っていた才人だが、ふと大きなケースが目に入った。ひょっとしてこれか、とそれを開けると、中から彼の見慣れない見慣れたものが視界に飛び込む。

 

「ロケラン!?」

「あ、『破壊の杖』」

「これが!? え、ここって実は近代ファンタジーなの!? 飛空艇とか存在してんの!?」

 

 魔王を倒す世界だと思っていたが、実は石に選ばれた話だったのか。そんな自分の中のハルケギニアの定義を修正しながら、『破壊の杖』の入ったケースを閉じる。何はともあれ、これで目的は達したのだ。

 よし帰るぞ、と立ち上がったその時である。そこまでだ、という声に一行は振り向いた。見ると、一人の貴族が多数の憲兵を伴って才人達を睨み付けている。恐らくあれが新しく配属された憲兵の纏め役であり『偽フーケ』の頭目なのだろう。そう判断したが、しかし。

 

「おい憲兵の皆さんが観念しろフーケとか言っちゃってんですけど」

「ちっ、嵌められた」

「見事な作戦なのね」

「俺達の完全なる自爆だよ!」

 

 どうするんだ、とシルフィードとデルフリンガーに問うが、こうなったら戦うしか無いだろうというある意味予想通りな答えが返ってきて才人は頭を抱えた。だがしかし、それ以外に方法がないのもまた事実。ちくしょう、とぼやきながら彼は腰の剣を抜き放った。

 かかれ、と纏め役が号令を掛ける。それに合わせ自分達を捕縛せんと憲兵達は飛び出した。捕縛を優先している為か槍のような長物を携えた憲兵は、しかし室内ということもあってあまり上手く扱えていない。

 もらった、とそれを斬り裂き、才人は一人を蹴り飛ばした。それにぶつかり転がっていくのを見ながら、大丈夫かとシルフィードへと目を向ける。

 

「きゅー」

 

 そこには頭にタンコブをつけて倒れるシルフィードと、それを行った一人の女剣士の姿が。剣士は金髪のショートカットを揺らしながら、ふ、と薄く笑った。

 

「アニエスさん!?」

「後はお前だけだ、『フーケ』」

 

 言いながら一歩前に出る。その気迫に圧されたのか、才人は思わず後ろに下がった。その隙を突き、残っていた憲兵が才人を取り押さえ地面に押さえ付ける。ちくしょう、と悔しさで唇を噛む彼に向かい、アニエスはやれやれと肩を竦めた。

 成程、まだまだ半人前だな。そう言いながら軽く才人の頭を小突くと、彼女は纏め役へと声を掛けた。二言三言会話を交わし、では後の処分はお任せくださいと頭を下げる。

 そのタイミングで、今気付いたと言わんばかりにこれは一体とケースを拾い上げた。

 

「フーケに盗まれたという『破壊の杖』の特徴と一致しますね。どういうことです?」

 

 知らん、と纏め役は言う。こいつらが持ってきていたのだろう、そう続けると、いいからとっとと牢にぶち込めと言い残し踵を返した。アニエスから視線を外した。

 その瞬間、彼女は『破壊の杖』の入っていたケースを放り投げた。放物線を描いて飛んだそれは、憲兵達のいる場所とはまったく違う明後日の方向へと落下し。

 

「よし、もらった」

「証拠ゲットねぇ」

「後は――」

 

 桃と、赤と、青。三人の少女の手の中へとすっぽりと収まるのだった。

 




ロケットランチャーの出番は無い。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。