ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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食ったら動く。これ常識。


その3

 ハルケギニアは現代日本とは勝手が違うのは当然である。三日は戻らないという話であったが、それは三日で必ず戻ってくることにはならないのだ。ましてや試作蒸気船、順風満帆である保証などどこにもない。

 そんなわけで、ルイズ達が手伝いを始めて三日経ってもマルトーは帰ってこず、どうやら少し遅れるらしいということがとりあえず厨房の皆に伝えられた。まあ仕方ない、というコックの面々と、うげ、という顔をしたキュルケの差が激しい。

 

「何よ、だらしないわね」

「でも実際、飽きるわよぉ」

「確かに」

 

 うんうん、とタバサが頷く。そんな三人を見て、才人はまあ仕方ないわなと頭を掻いていた。それでも手伝いを止めると言わない辺りが、彼女達が何だかんだで信頼される所以なのだろう。

 さて、シエスタはそんなルイズ達を見てふむ、と少し考える。確かに頼んでいるのはこちらな以上、そういう意見を無視するわけにもいかない。ならばまあこれでいこうと結論付けた彼女は、では皆様、と声を掛けた。

 

「今日は給仕の方の手伝いをお願い出来ますか?」

 

 下拵えはこちらで頑張りますから。そう言って微笑んだシエスタを見て、ルイズ達は少しだけバツの悪そうに視線を逸らした。気を使わせてしまったかな、と頭を掻き、任されたわと視線を戻す。

 

「あ、勿論メイド服姿でお願いしますよ。メイド服姿で!」

「……うん、ちょっと罪悪感持ったわたしが馬鹿だったわ」

「何をおっしゃいますか。わたしは、ルイズ様のためを思って」

 

 笑顔で力説するシエスタを見てげんなりしながら、ああもう分かったから、とルイズは彼女を押し戻す。じゃあそういうことだけど、と残りの面々に顔を向けた。

 才人ははいはいと軽く、十号は分かりましたと頷いた。ティファニアはじゃあこっちは任せてサムズアップ、ファーティマは少しやさぐれた様子でふんと鼻を鳴らした。ちなみに現在彼女の全敗である。それでも挑みかかるついでに厨房の手伝いをする辺り、案外律儀なのかもしれない。

 

「とはいっても」

 

 厨房を出る。メイド服に着替えて給仕の手伝いとなった三人は、その服をどうするのかと頭を悩ませた。予備のメイド服を学院から借りてもいいのだが、その場合まず間違いなく学院の生徒達に見られるわけで。

 

「よくよく考えると、体よく罰ゲームに移行させられてないかしらぁ……」

「手伝いだからって、あの発言は少し軽率だったのかもしれない」

「シエスタは別にそんな深いこと考えてるわけじゃないと思うけど。あの娘は別に姫さまみたいな腹黒じゃないんだから」

 

 罠も分かりやすく、どちらかというと真っ直ぐ直球でからかうタイプだ。だからただ単にメイド服の自分達が見たい程度のことだろう。そう続けると、やれやれとルイズは肩を竦め、かといって向こうの思う壺になるのも癪だと眉を顰めた。

 あ、と思わず声を上げる。どうしたのよ、とキュルケがルイズに視線を向けると、ふっふっふと怪しい笑いを浮かべている姿が目に入った。

 

「タバサ」

「ん?」

「あの時のメイド服、まだある?」

「あの時?」

「そ。空賊騒ぎの時のやつよ」

 

 空賊騒ぎ、という言葉でピンときたタバサは、ああと手を叩く。確かまだあったはずと頷くと、そのまま踵を返し自身の部屋へと歩いて行った。ルイズも、察しが付いたキュルケも彼女の後を追う。

 部屋の扉を開け、散乱した本を積み直しながら、彼女はクローゼットの奥に手を伸ばした。あった、とタバサはそれを掴み引っ張り出す。一見何の変哲もないそれを見て、ルイズはニヤリと不敵に笑った。

 

「見てなさいシエスタ。アンタの思い通りにはいかないわよ」

 

 

 

 

 

 

「わぁ、似合ってますよルイズ様!」

「あれ?」

 

 例のメイド服に着替え、自信満々で厨房に戻ったルイズを見たシエスタの言葉がこれである。第一声で思い切り目論見を外された彼女は、一体どういうことだと首を傾げた。

 才人はそんなルイズを見て、どうしたんだよと声を掛ける。どうしたもこうしたもない、と不満気にぶうたれた彼女は、これを見て分からないのかとスカートを摘み上げた。どこをどう見てもメイド服で、何か特別な要素があるようには感じられない。少なくとも彼の感想はこうであった。

 

「まあサイトはしょうがないわよね、効果の対象外でしょうし。……これ、前に空賊退治の時に使ったやつよ」

「へ? あー、あの時のか! えっと何だっけ、認識阻害のマジックアイテムなんだっけか」

 

 親しい相手以外から正体を隠す。それがこの服に組み込まれた仕組みだ。そう言って溜息を吐いたタバサは、自分とルイズの間に認識の違いがあったと溜息を吐く。そうねぇ、と隣のキュルケも頭を振っていた。

 

「何でよ」

「あのねルイズ、親しい人には正体バレるのよ? シエスタには意味ないでしょうが」

「あ」

 

 そうだった、と驚愕の表情を浮かべるルイズ。うっかりしてたと頭を抱えるのを見て、ホント考えなしだなぁと才人は溜息を吐いた。

 一方対面。シエスタはシエスタでそのやり取りを聞いて驚愕の表情を浮かべていた。

 

「え? ひょっとしてわたし、親しい相手に分類されてなかったんですか……!?」

 

 まあ確かに平民と貴族で身分の違いはある。だが、それを補って余りある主従の絆が存在しているのだと思っていたシエスタにとって、ルイズのその行動はショックであった。

 勿論そんなことはなく、ただ単にルイズのうっかりミスである。ちなみにキュルケとタバサは、大半の学院の生徒達から正体を隠すつもりで使うのだと思っていた。

 

「……結果的にシエスタにダメージを与えられたから、もうそれでいいんじゃないかしらぁ」

「鬼畜の所業」

「うっさい!」

 

 ガクリと膝を付くシエスタを宥めつつ煽る悪友二人に叫ぶ。何だかな、と才人は再度溜息を吐いた。

 

「さ、サイトさんサイトさん! わたし、親しい相手みたいなのです! 正体が分かるのです!」

「お、そうか。良かったな十号」

「……ふ、ふん。私は分からなくて清々しているぞ。悪魔と親しくなるつもりなど毛頭ないからな」

「お、おう。残念だったなファーティマ」

「大丈夫よファーティマさん。まだこれから仲良くなっていけばいいんだもの」

「違うと言っているだろう!」

 

 そして見当違いの方向へと飛び火した。結果として厨房にカオスを呼びこむ形となった当の元凶は、それを見てどうしてこうなったのかと肩を落とす。どうしてもこうしてもない、とキュルケとタバサはそんなルイズを軽く小突いた。

 気を取り直して、とシエスタは咳払いを一つ。とりあえずそれならば多少派手に動いても大丈夫でしょうから、と少し考える素振りを見せた彼女は、メインで動いてもらってもいいでしょうかと三人に尋ねた。別に構わないという答えを聞いて、ではよろしくお願いしますと頭を下げる。

 

「万が一を考えて、今回はわたしも食堂で仕事をします」

 

 厨房は避難してきた同僚がやるらしいので、と続け、では頑張りましょうと拳を振り上げた。何か聞き捨てならない言葉が聞こえたような気がしたが、まあいいかとルイズは彼女の声に乗っかり同じように拳を振り上げた。

 そんなこんなで作業開始である。大分手慣れたティファニアとファーティマにより調理は滞り無く進んでいき、夕食の準備は着々と進んでいく。その合間に、食堂で掃除や食器の準備を済ませ、出来た料理を盛り付け次第運ぶ。それらを一通り終わらせれば、後は食後の準備や片付けである。

 

「うし、終わり。後片付けるものはない?」

「そうですね……とりあえずは大丈夫そうです」

 

 シエスタのその言葉を聞いて、ルイズはふう、と息を吐く。思った以上に手慣れてましたね、という彼女の言葉に実際手馴れてるしと返した。

 給仕は酒場で小金稼ぎをする際によくやっている。流石に勝手は違うが、経験のあるなしは意外と馬鹿にならないのだ。成程、とルイズの言葉に納得したように頷いたシエスタは、じゃあその調子でデザートも頼みますねと手を叩いた。

 キュルケとタバサも別段問題は起こしていない。例のメイド服のおかげで、大多数の生徒達は給仕をする彼女達を気にすることなく過ごしている。最初ギョッとした表情を浮かべていたギーシュも、状況を把握すると普段通りに戻っていった。

 

「心臓に悪いから、せめてこちらに一言欲しかったね」

「あはは。そうね、気を付けるわ」

 

 デザートを運ぶルイズ達とそんな会話を済ませ、彼はモンモランシーに視線を戻す。幸いにして彼女もルイズだと認識出来たようで、メイドと楽しく談笑するギーシュを見ても別段爆発することはなかった。彼と同じように目で追いつつ、何やってんだかと溜息を零す程度である。

 

「もう少し貴族としての自覚を持った方がいいんじゃないかしら」

「まあ、今更だろうね。……それに、案外、自覚があるからこそあの行動なのかもしれないよ」

「理解出来ないわね」

 

 やれやれ、とモンモランシーは肩を竦める。そんな彼女を見てあははと笑ったギーシュは、ルイズ達によって運ばれてきたデザートにフォークを向けた。

 ふと、そこである事柄が頭を過ぎった。現在の彼女は、親しい者以外には正体を隠す仕掛けの施された服を着ているという。自分達ではその効果の程は実感出来なかったが、知らない人間が見れば、ただのメイドにしか見えないということで。

 

「どうしたのよギーシュ」

「あ、いや。ちょっとね」

 

 モンモランシーにそう返しながら、思わず視線でルイズ達を探す。まず見付かったのはキュルケ、別段問題なし。次はタバサ、こっそりデザートをつまみ食いしていた。あれでガリアの姫なんだからなぁと若干呆れつつ、ギーシュは最後の一人を探す。

 ガシャン、と大きな音が食堂に響いた。何だ何だ、と食堂にいる生徒達が音の方向へ視線を向けると、一人のメイドがカップを割ってしまったらしくオロオロとしているのが見える。そしてその目の前には、一人の生徒が不機嫌そうにメイドを見下ろしていた。

 どうやらあの生徒がだらしなく足を投げ出しているのに引っ掛かり転んでしまったらしい。自分をきっかけにして悪い方向に注目されているのが気に入らないらしく、その生徒はこれ見よがしに舌打ちしながらさっさと片付けろよとメイドに述べている。

 気持ちは分からないでもないが、あの態度はいただけないな。そんなことを思っていたギーシュは、しかし次の瞬間その表情をひくつかせた。手伝うわ、と一人のメイドがそのメイドの近くに座り込んだのだ。

 

「残りはわたしがやるから、アンタは仕事に戻りなさい」

 

 そう言うと後から来たメイドは手をヒラヒラとさせる。ありがとうございますと頭を下げたメイドは、失礼しますとデザートの乗せられたワゴンの方へと戻っていった。

 残ったメイドは、ピンクブロンドの少女は割れたカップの破片を拾い集めるとトレイに残さず乗せた。箒を持ってこなくちゃ、と一人呟きながら、それを持って立ち上がる。

 そんな彼女に、待て、とその生徒は声を掛けた。

 

「何? まだ掃除は終わってないのだけど」

 

 その前にやることがあるだろう、と生徒は鼻を鳴らす。ほらこれを見ろ、そう言って彼はズボンの端を指差した。どうやら転んでカップが割れた際、ほんの少しだけ紅茶の飛沫が飛んだらしい。

 あら、ホントね。それだけを言うと、メイドは近くにあった紙ナプキンを生徒に手渡す。染みにならないように、それで軽く拭いてから洗濯に出しておいた方がいいわ。そう続け、彼女は踵を返した。

 ふざけるな、と生徒は怒鳴った。そんなことを自身でさせる気か。そう言って立ち上がりメイドの少女へ詰め寄った。

 

「洗濯までやれ、なんて一言も言ってないでしょ? 確実に汚れを取るように、早めに応急処置をしておけってだけよ」

 

 その程度も出来ないのか、と暗にそう述べた彼女は、話は終わりだと足を踏み出した。あまりにもメイドらしからぬ態度、それが大層気に障ったのか、生徒は立ち上がるとそのメイドの肩を掴む。謝らせるのだと、その態度を改めさせるのだと強く掴む。

 瞬間、肩を掴んでいた腕は彼女の手により無理やり外され、そのまま捻られた。掴んだ手首を捻ったまま自身の脇で挟むように肘関節を極めた少女は、そのままギリギリと拘束する力を強めていく。先程のカップを割った時よりも大きな悲鳴が、食堂内に木霊した。

 

「貴族がそんな小さいことにこだわるんじゃないわよ。もっと大きく、どんと構えなさい」

「うん、それはもっともだけどね。それ以上はいけない」

「あ、ギーシュ」

 

 折れるよ、腕。そう言ってギーシュはピンクブロンドのメイド少女、言うまでもなくルイズにアームロックを解かせる。一応メイドの手伝いなんだから、もう少し対応を考えた方が、と苦笑しながら言葉を続けた。

 まあ確かに。彼の言葉に頷いたルイズは、腕を押さえてうずくまっている生徒に、やり過ぎたと謝罪をした。結果として一応生徒の願いは叶ったのだが、生憎当の本人はそれどころではない。ズキズキと痛む腕により、泣かないように必死である。

 当の本人がそんな状態である以上、この場合の判断は第三者に委ねられてしまう形となるわけなのだが。

 当然というべきであろうか、その生徒の周りにいた他の生徒は納得しなかった。その程度で謝罪になるものか、とルイズに食って掛かる者が数名出て来たのだ。まあまあ、とギーシュも執り成しをするが、先輩はメイドの肩を持つ気なのかと鼻息が荒い。まだ学院に来て日が浅い一年生は怖いもの知らずだな、と彼はそんな生徒達を見てどこか懐かしい気持ちになった。

 その内、しつけのなっていないメイドはこちらでどうにかしないといけない、と言い出す輩が現れた。成程、とそれに同意をした他の面々も、ニヤリと笑うとルイズに舐め回すような視線を向ける。

 

「いや君達、さっき君達の友人がどうなったか見ていなかったのかい?」

 

 ギーシュの言葉なぞ聞いちゃいない。こちらにはこれがあるとばかりに杖をちらつかせ始めた下級生に、彼は諦めたように溜息を吐いた。

 

「最初から下手なことしなきゃよかったんだよ……」

「そんなこと言われても。まあ口調はぞんざいだったかもしれないけど、そこまで変なこと言ってないわよ」

「……言われてみればそうだね」

 

 ならば何でこんなことになっているか。悩んでも答えが出そうにないのに気付き、ギーシュは溜息を一つ吐いた。向こうの態度が悪いのも原因だったな。そう結論付け、事態を鎮静させることを放棄した。

 

「ルイズ」

「何よ」

「……食堂は、暴れると片付けが大変だよ」

「分かってるわよ」

 

 言うが早いか、ルイズは近くにいた生徒の腕を掴むとグルリと捻る。その勢いで投げ飛ばされた生徒は、そのまま床に転がり背中をしこたまぶつけた。あっという間の出来事だったので、事態を把握出来ていない残りの生徒の動きが止まる。

 勿論その隙は逃さない。よ、と足払いで纏めて転がすと、テーブルに置いてあったティーポットを手に取り彼等の頭上に掲げる。まだ熱い紅茶が入っていることを確かめると、彼女はニヤリと笑みを浮かべた。

 

「紅茶のお代わりは、いかが?」

 

 ブンブンと必死で首を横に振る生徒達は、見ていて可哀想になるほどだったとギーシュは語る。そして、なるべくならば下級生の心に傷が付かないよう、彼は一人祈るのだった。




ちなみにベアトリスは巻き込まれる前に逃げました。

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