ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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どこに向かっているんだこの話


その2

 その料理を食べた時、彼は違和感を覚えた。

 これは普段食べている味ではない。再現しようとしてはいるが、足りない。他の生徒の舌は誤魔化せるかもしれないが、このマリコルヌの舌は誤魔化せない。何のつもりか知らないが、我らに手抜き料理を与えるとは何たることか。

 そんなことを思ったのか、彼はおもむろに立ち上がると厨房への入り口を睨んだ。一体どうしたんだ、と彼の横にいた男子生徒は問い掛けたが、マリコルヌはふっと笑うと無駄に気合を入れたポーズを取る。少しね、と含みを持った言葉を述べると、そのまま彼は厨房へと歩いて行った。

 何やってるのだろうか、あいつは。そんなことを思った男子生徒は、横にいた友人に声を掛けた。

 

「……まあ、見る限り料理に何か文句があったんじゃないのかな」

 

 そう言って男子生徒の友人であるギーシュは苦笑した。料理長が不在だからそれまで食事が少し簡素になるらしい、という話を聞いていた彼は、むしろほぼ変わらない料理が出て来て驚いたほどだ。が、どうやらあの小太りの級友はお気に召さなかったらしい。

 大体文句を言ったところで何か変わるものでもないだろうに。やれやれ、と肩を竦めたギーシュは、まあ気が済んだら戻ってくるだろうと再び夕食に手を付けた。

 

「ん? そういえば、ルイズ達の姿が見えないな」

 

 いつもの三馬鹿と才人が見当たらない。普通に食事しているだけで目立つあの四人と場合によっては追加数人、その集まりがいないということは、夕食をここで取らずに何かをやっているということで。

 

「この料理を作ったのは誰だあっ!」

 

 マリコルヌの怒鳴り声が聞こえる。ああ本当だ、と隣の友人レイナールが頷き、ギーシュに問い掛けていた同じく級友ギムリも暇人だなあいつ、と溜息を吐いていた。

 

「――ひぃ!?」

 

 悲鳴が聞こえた。どうやら向こうに怒鳴りこみに行ったマリコルヌのものらしい、というのを認識した二人は、一体どうしたんだろうと首を傾げる。ふと視線を横に向けると、ああやっぱりか、と苦笑しているギーシュが見えた。

 

「み、ミスタ・グランドプレ!? 別にこの方達は貴方を取って食おうとしているわけでは――」

「食われる!?」

 

 お助けぇ、とマリコルヌは厨房から慌てて飛び出してきた。席に戻ると、乾いた笑いを上げながら料理に再度口を付ける。オイシイデスネ、サイコウデス。物凄い片言でそう言いながら食事を続ける彼を見て、一部始終を見ていた級友はドン引きした。

 

「な、何があったんだろう……」

「さあ……? おいギーシュ、お前なら分かるか?」

 

 レイナールとギムリの抱いた疑問。ギーシュはそれに明確な回答は持たなかったが、しかし。

 

「……まあ、食事には感謝の気持ちを忘れてはいけない、ということだろうね」

 

 うんうん、と一人納得したように頷くと、ギーシュは少し切り口の歪な具材の入ったスープに口を付けた。

 

 

 

 

 

 

「納得いかない。何で人の顔見て逃げ出すのよあのかぜっぴきは」

 

 厨房でぶうたれるルイズはそんなことを呟いた。確かに包丁を持ってはいたが、別段何か脅しを掛けたわけでもないのに。そう続け、ワインをぐいと飲み干す。あはは、とそんな彼女を見ながら、キュルケは厨房内の食事スペースで自分が手伝った料理を口に入れた。うん、まあ上出来じゃないか。普段野営の適当な料理に慣れ切っている分、まともな料理を作る機会は少ない。だからこその自画自賛である。

 当たり前だが、普通は辺境伯の娘がそんなことをする理由も機会も意味もない。

 

「しかし、流石はテファだな。厨房のみんなからも戦力として数えられてたじゃないか」

 

 そう言いながら夕食をがっつくのは才人である。えへへ、と照れくさそうに頭を掻くティファニアを見ながら、女子力高いなぁと笑みを浮かべた。

 

「おい蛮人」

「ん?」

「私の方が優れているだろうが。貴様の目は節穴か」

 

 ほれ、とファーティマは自身の作り上げた料理をテーブルに置く。普段の彼女から考えられないほどしっかりと出来ているそれを見た才人と他の面々は、思わず料理と彼女を二度見してしまうほどだ。

 とはいえ、見た目だけではどうにもならん。そんなことを思いながらじゃあいただくぞと料理に口を付けた才人は、そこに生まれた驚愕で目を見開いた。

 美味い。何でやねん。頭の中でそのツッコミがグルグルと駆け回り、彼の動きが止まってしまう。それを不満だと判断したのか、ファーティマはあからさまに不快な顔をすると所詮蛮人には理解出来んかと鼻を鳴らした。

 

「い、いや、違う。予想外に美味かったんでちょっとフリーズしただけだ」

「それは賞賛のつもりか?」

「お、おう。いやホント何でだよ。ちょっとルイズ、お前も食ってみてくれ」

 

 どれどれ、とファーティマの料理に口を付けた他の面々も思わず動きが止まる。そして、それを飲み込んでからほぼ同じ感想を口にした。

 美味い。何でやねん。

 

「貴様らは素直に賞賛するということが出来んのか。これだから蛮人は」

「ファーティマさん、これ美味しい! 凄い!」

「……」

「エルフの方は料理も上手なんですね」

「……ふ」

「流石なのです」

「……ふ、ふふん」

 

 かといって素直に賞賛したらしたでこうなる。ティファニア、シエスタ、十号の感想を聞いたファーティマは自慢気に鼻を鳴らすと、これくらいは出来て当然だと胸を張った。偉そうに威張り散らしているくせに何も出来ない蛮人共とは出来が違うのだ。そう続けながら、立ち上がり自分が上だと言わんばかりに彼女等を見渡した。

 

「チョロい上にウザいわね」

「そこまで言うか」

 

 ルイズの言葉に少し同意はしたものの、言い過ぎだろうと才人は彼女を諌める。はいはい、と少しバツの悪そうに彼に返した彼女は、そのままファーティマの料理に手を伸ばした。悔しいが、確かに美味い。少しむくれながら、ルイズはパクパクと料理を口に運ぶ。

 そんな彼女に、おい悪魔、とファーティマが声を掛けた。

 

「だからその呼び方――で、何よ」

「私とティファニアの料理を比べれば、まあ聞くまでもないが私の圧勝だろう?」

「テファ」

「ふざけるなぁ!」

 

 即答である。美味い、と食べていたにも拘らず、ルイズはティファニアの料理の方が上だと評した。身内贔屓をして正当な評価も下せないのか。そう言いながらファーティマは激昂し彼女へと詰め寄る。

 それに対し、見くびられたものね、とルイズは彼女を睨み付けた。

 

「わたしはこれでもラ・ヴァリエール公爵家の者よ。そんな手心を加えるわけがないでしょう? ……確かに多少は自身の味の好みもあるかもしれない。でもね、それを抜きにしても、わたしはテファの料理の方が上だと判断するわ」

 

 きっぱりと言い放った。その迷いなき言葉に、ファーティマもぐ、と口を噤む。が、それも一瞬。ならば自身の料理の何が下で向こうの料理の何が上なのか説明しろ、と彼女に再度詰め寄った。

 そうね、と少し迷う素振りを見せたルイズは、ちらりと視線をタバサに向けると口を開いた。ちょっと質問に答えてちょうだい、と。

 

「テファの料理を食べて、どんな感想を抱いたかしら?」

「ん。……言うならば、食べて暖かくなる感じがした。愛情が詰まっている、と言い換えてもいい」

「……ファーティマのは?」

「美味しかった。けど、暖かさは感じられなかった」

 

 そういうことよ、とルイズはファーティマに向き直る。当たり前だが、どういうことだと彼女はルイズを睨み付けた。

 

「アンタの料理はね、独りよがりなのよ。食べる人のことを考えていない、自身の腕を見せつけるためのもの。それでも美味しいものは美味しいわ。けれどね、実力が拮抗していると、その部分が差となって現れてしまうの」

「何……だと……」

 

 雷に打たれたような衝撃がファーティマを襲う。それの何がいけないのか、愛情を詰めるとは一体何なのか。その答えが出ず、彼女の中をグルグルと回り続けている。

 ルイズはそんなファーティマを見て、薄く笑った。料理を食べ終えた彼女は、立ち上がり厨房を後にする。食器は流し場に置き、投げ捨てられたままであったデルフリンガーを拾い。

 答えは、自分で出すものよ。そう言ってその場から立ち去った。

 

「……え? 何これ? 料理漫画?」

 

 才人のツッコミを理解してくれる者は、今この場には一人もいない。

 

 

 

 

 

 

 厨房手伝い二日目。昨日の今日なので、大体同じように、滞り無く作業は進んでいく。キュルケとタバサで下拵え、才人は調理補助、シエスタと十号はティファニアやファーティマと共に料理担当である。

 

「……わたしの扱いおかしい!」

 

 こんにゃろ、と木箱を三抱えほど厨房に運び入れたのは残るルイズ。流石メイジだ、とコック達は彼女を称えるが、当の本人は面白くなさそうにふんと鼻を鳴らした。

 勿論純然たる彼女自身の馬力である。

 

「ルイズ様、馬鹿力担当が板に付いてきましたね」

「ぶん殴るわよ」

 

 笑顔のシエスタを睨み付ける。失礼しちゃうわと言い捨てると、キュルケ達の方へと歩いて行った。適当に切っても問題ない材料を担当するらしい。

 そう言いながらも手伝うところはお人好しだよな。そんなことを考え思わず破顔した才人は、自分も頑張りますかと拳を握る。昨日のやり取りで気合を入れまくっているファーティマを視界から外しながら、手伝える場所がないか視線を巡らせた。

 

「お、今日は十号がスープ担当?」

「はい。……あの二人が頑張っているので、余裕があるらしいのです」

「ああ……成程な」

 

 あの二人、とは先程視界から外したファーティマと、何故か同じく気合が入っているティファニアのことだ。周りが面白がったこともあって、ちょっとした料理対決染みたことになっているらしい。

 普段マルトーが作っているものとは趣が違うが、出来栄えは昨日より数段上。これならば少なくとも学院の生徒達が文句を言うことはないであろう。厨房の手伝い、ということならば大成功だ。

 

「で、問題は、っと」

「そういうことなのです」

 

 どうしたものかね、と二人は顔を見合わせる。視線を向かい側のテーブルに移すと、生徒達の食事に出すものとは別に用意されているそれらが美味しそうに湯気を立てていた。作るの早いっての、と才人は思わずぼやく。あはは、と十号はそんな彼の言葉を聞いて苦笑した。

 

「あれは明らかにマイナスですね」

「うお、シエスタ。そっちはもういいのか?」

「ルイズ様いじりは終わりました。後は料理を完成させるだけです」

「まずは料理をしろよ」

 

 ふう、とやりきった顔をしていたシエスタにツッコミを入れると、だったらちゃっちゃとやろうぜと才人は二人に述べた。はい、と揃って頷いたシエスタと十号は、残っている細かい料理を一つ一つ片付けていく。スープやサラダを盛りつけ、パンをバスケットに入れる。そうする頃にはメインの品々も完成である。

 ではよろしく、と他のメイド達に配膳を頼んだシエスタは、終わった終わったと首を鳴らした。本来は自分は向こうで配膳する方なんですけどね、と肩を竦めながらぼやいている。

 

「確かにそうね。何でこっちを担当してるのよ」

 

 同じく終わった終わったと肩を回しながら才人達に合流したルイズが、彼女の呟きを聞いていたらしい。首を傾げながらシエスタに問い掛け、後ろにいるキュルケとタバサ共々答えを待つ。

 対するシエスタ、それを聞いて少しだけ表情を引き締めた。

 

「ルイズ様に頼んだのはわたしです。ならば共に有ろうとするのが従者たる者の務めだ、とわたしは思っていますから」

「シエスタ……」

 

 予想外に真面目な言葉を聞いて、ルイズの頬に赤みが差す。ありがと、と赤い顔をしたまま、視線を逸らしながらそう続けた。面白い答えを期待していたらしいキュルケもタバサも、しかし微笑を湛えながら二人のその姿を眺めている。

 

「……その方がきっと面白い、と心の中で思ってたりとか」

「言わぬが花ってやつだ。黙ってようぜ」

 

 十号の肩をポンと叩くと、才人はゆっくりと首を横に振った。あれは麗しい主従の姿なのだ、わざわざ水を指す必要はない。その方が平和なのだ。

 そうですね、と彼女も頷き、じゃあ食事にしましょうかと手を叩いた。そうだな、と才人も同意し、ルイズ達をテーブルへと促す。既にこちらで食べるための料理の用意は万全だ。後は皆でそれを食べるのみ。

 よし、とテーブルへと一行は向かう。そこには、何故かおたまを持ったティファニアとファーティマがテーブルを挟んで睨み合っていた。料理番組のアイキャッチみたいだな、と才人は思わずそんなことを考えた。

 

「……来たか、蛮人共」

 

 先に口を開いたのはファーティマ。昨日の屈辱、忘れたとは言わさん。そんなことを言いながら、さあ食えとテーブルに並べられた料理を指差す。昨日のものより更に気合の入った品々が並び、否応なしにルイズ達の食欲をそそった。

 形式的に簡易な祈りを捧げると、じゃあ早速とルイズは目の前のチキンにフォークを伸ばす。香ばしい匂いが鼻孔をくすぐり、彼女のお腹が小さくクゥと鳴った。

 

「あ、凄い。これ美味しいわ。昨日より手が込んでる」

「え? マジ? ……ってホントだ、何だこれ!? うめぇ」

「……ハーブが使ってあるみたいだけど、普通のものとは少し違う」

「ふぅん。いいわねぇこれ。ワイン進んじゃう」

 

 美味い美味いと皆口々に賞賛を述べながらその肉を食らう。どうだ、とファーティマはそんなルイズ達を見て高笑いを上げた。これこそが私の本当の実力である、と言わんばかりに胸を張っている。その表情は、彼女達に言わせればウザいと称するものであったが、今この場でそれを言っても負け惜しみ臭く感じられるので自重した。

 むむむ、とティファニアは対照的に渋い顔である。いつの間にか料理勝負にノリノリだった彼女は、これは負けてしまうのではないかと思ったのだ。いいやそんなことはない、自分を信じるのだ。ぶんぶんと頭を振り後ろ向きな意見を吹き飛ばすと、じゃあ今度はこちらの番だと用意してあった皿を指差した。

 指差した先にあるパイ皮に包まれた料理の表面に漂う湯気は、ほんの僅か。どうやら、時間が経ち冷めてしまったらしい。

 

「ふ、何だティファニアそれは。勝てない理由を冷めたからということにする気か?」

 

 嬉しそうにファーティマがそう言ったが、ティファニアは答えない。それを肯定と取ったのか、彼女は更に調子に乗る。所詮ハーフでは、完全なるエルフの自分には敵わない。そう続けながら、自分の勝利を確信し、笑う。

 そんな彼女を尻目に、ルイズ達はそのパイ料理にフォークを刺した。

 瞬間、パイ皮の下から大量の湯気が出る。何だ、とその切り口を広げると、中から熱々のグラタンが顔を覗かせた。

 

「そ、そうか。そういうことだったのね!?」

「どういうことよルイズ!?」

「このパイ皮は、扉なのよ。中の温かいグラタンを冷まさないための扉」

「成程。で、でも何でそんなことわざわざ?」

「考えても見なさいキュルケ。わたし達は今厨房の手伝いをしている。それは、いつ終わるか分からない作業よ。でも、作業が終わってからこちらの調理をするには時間が掛かる。……かといって、あらかじめ作っていては冷めてしまう」

「だからこその扉……! これは、いつまでも温かいものを食べさせようとする『愛』の形なのね!」

「ええ、そうよキュルケ!」

 

 何だこれ。才人は突如始まった二人のやり取りにそんな感想を抱いた。確かに言っていることは間違いではないかもしれないが、いかんせん台詞と動きが酷い。姫さま笑えないぞ、と心の中で主人に苦言を呈し、彼もそのパイ皮グラタンに手を伸ばした。

 成程、これは確かに温かく、美味い。漫画で見たような気がするが、意外と実用的なんだな。そんなことを思いながらパクパクとその料理を口にした。

 

「実用的、って。あ、そういうことか」

「きっと、子供達にいつまでも温かい料理を食べさせてあげたい、という思いで考えたんでしょうね」

「愛情の賜物なのです」

 

 文句なし、勝者ティファニア。そうルイズが宣言し、ファーティマがガクリと膝を付くのは、十分ほど後のことである。




ベアトリスがリアクション担当になったおかげか、ファーティマが面白小物枠に……

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