ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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当初もっと出番少なかったはずなんですが、気付くとグイグイ前に出る。

さすまお(流石です魔王アンリエッタさま、の略)


その4

 ゆっくりと、その鏡をくぐったアンリエッタは、目の前に広がる部屋の光景を見て目を細めた。このいかにも秘密、密会といった趣は嫌いではない。今度ウェールズを連れてここに来ようか、と考えてしまうほどである。

 いけないいけない、と頭を振ったアンリエッタは、その部屋から外に出た。扉の外で待機していた一人のメイドを労うと、表情を少しだけ真剣なものに変える。

 

「状況は?」

 

 彼女の言葉に、メイドはすらすらと答えを返した。子爵の懐に潜り込んでいたメイド達は、彼がここド・オルニエールにいる間に家探しを済ませ、断罪の証拠は集めきったとのこと。やはり土地の収穫が悪いなどというのは出鱈目で、その大半をロマリアへの賄賂として使用していたらしい。

 

「まったく……少し調べれば分かることだったのですが、まあ、こればかりは仕方ないですわね」

 

 子爵は吸血鬼退治で名を上げた高潔な貴族である。貴族として、平民を脅かす脅威を率先して滅して回った姿は、平民にも人気であった。

 が、堕ちてしまえばこんなものか。領地を与えられ、自身が満たされると心は存外簡単に曇るものだ。

 

「それでも、やはり子爵を慕うものは大勢いましたからね」

 

 吸血鬼から助けられた者達がそうだ。身の危険も能わず命を救ってくれた彼はまさしく英雄だったのだろう。おかげで領民も彼を悪く言うものは殆どおらず、結果としてアンリエッタが無理矢理調査に乗り出さなければならなかったのだ。

 あのマザリーニでさえ半信半疑であったのだから、恐れ入る。そんなことを思いながら、アンリエッタはメイドから渡された書類をペラリペラリと捲った。

 

「まあ、人がいいのは本当のようですわね。貴女達を疑いもせずに懐に招き入れたのですから」

 

 あるいは、ただの脳筋馬鹿か。後者かもしれないな、と彼女は一人肩を竦めた。両方持ち合わせていれば、あるいは結末も違っただろうに。そんなことを思いながら溜息を吐いた。

 

「それで、『彼女』は?」

 

 アンリエッタの問い掛けに、メイドはペコリと頭を下げると現在交戦中ですと告げる。子爵の使用人は皆眠り薬で眠っており、現在動けるのはアンリエッタの間者のみ。そこまでを述べると、どういたしますかと尋ね返した。

 そうね、とアンリエッタはしばし思考する。今回の吸血鬼騒ぎは、アンリエッタの調査を早めるのに役立った。普段殆ど脇に置いている始祖へと感謝を示したほどだ。ロマリアに勘付かれ手を打たれる前に証拠を集められた、そのことに報いる意味でも『彼女』は是非とも生き延びて欲しい。そうでなくとも、国を裏切っている輩と知己の命、どちらを救うかなど考えるまでもない。

 

「まあついでに、仇討ちもさせてあげましょう」

 

 向こうとしても、みっともなく言い訳をして醜い姿を晒すくらいならば、最期は立派に戦死した、の方が箔も付く。何も彼を慕っていた者達まで落とすことはない。

 メイドの名を呼んだ。は、と姿勢を正した彼女に向かい、アンリエッタは適当な魔獣の死体を見繕うよう指示をする。既にいくつか候補は出来ております、と返されたことで、それは結構と笑みを浮かべた。

 

「子爵は突如現れた『吸血鬼』の正体である多数の魔獣と交戦、人との融和を求める吸血鬼の手助けもあり善戦したが、あわれ相打ちとなって果ててしまった。……まあ当事者もいないし、こんなものでいいでしょう」

 

 悲しいお話ですわね、と微笑みながら目頭を押さえるアンリエッタに向かい、メイドは全くその通りですと頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 ち、とエルザは舌打ちをしながら両袖のツタを使って三次元軌道を描きながら攻撃を躱す。成程確かに吸血鬼を多数殺しているだけはある。そんなことを思いながら、だが、と息を大きく吐いた。

 その滅ぼしてきた吸血鬼は、人を超える何かと共に研鑽など積まなかっただろう。

 

「そこぉ!」

 

 壁に印を描くように撫でる。小さく精霊との対話を済ませると、生み出した石片を子爵に向かって撃ち込んだ。多数飛来するそれを見ながら、彼はしかし不敵に笑う。もっと強力な先住魔法を操る吸血鬼と戦った身だ、この程度何てことはない。そんなことを言いながら、手にした杖に呪文を込め、それらを弾いた。

 

「……うん、知ってる」

 

 直接戦闘の場で使用しているとはいえ、これはあくまで通常の吸血鬼が使用する範囲でしかない。多少は精霊の交流が速いだろうが、向こうの言う通りその程度である。

 張り付いていた壁から離れる。スタリ、と床に着地すると、そのまま一気に子爵の懐へと飛び込んだ。左手のツタが腕に纏われ、さながら手甲のようにその形を変える。精霊の力の込められたそれを、エルザは思い切り目の前の相手の腹へとねじ込んだ。

 

「かっ……!」

 

 小柄なその体躯から繰り出されたとは考えられないほどの衝撃が子爵を襲う。息が無理やり吐き出され、唱えかけていた呪文は掻き消えた。それでも杖に残っていた呪文の残滓を使い、追撃を加えようとしている幼い少女の姿をした化け物を引き剥がす。衝撃で向こうの頬が浅く切り裂かれた。

 

「女の顔に傷を付けるなんて、最低」

「化け物が知った風に語るな……!」

 

 彼にとって吸血鬼は人の姿をしている化け物であり、人の心の機微など到底理解出来ないであろう存在だ。だから、彼女のその物言いも所詮人に紛れ込むための擬態に過ぎないと吐き捨てる。だからこそ、自分はそれらを殺すことに喜びを覚えたのだから。

 が、エルザはその言葉に機嫌を損ねたように眉を顰めた。何よ、とふてくされたように呟くと、ギロリと子爵に視線を向ける。

 

「確かに貴方よりは年下かもしれないけれど、これでもそれなりに生きているわ。こんな姿だけれど、異性に愛してもらいたいって思いだってある。……別に、人と変わらないわ」

「だからそれが不快だといっているのだ! 人を殺して生きてきた化け物が、人と同じだと? 巫山戯るのもいいかげんにしろ!」

「同じでしょ? 人だって、生きていくために他の生命を犠牲にするわ。獣や家畜を殺して、肉を食べる。人にとってのそれが、吸血鬼にとっては人だった。それだけよ」

 

 何を言い出すかと思えば、と子爵は呆れたような表情を向ける。我々の血肉となる家畜と、人が同等などと、まったくもって度し難い考えだ。そう言い捨てると、息を整えたのか再度杖を構え直した。

 

「ふぅん。そっか……貴方は、そうなのね」

 

 分かっていたけれど。そんなことを言いつつ、エルザは床に手を付ける。精霊との交流はもう既に行っているので、そこまで手間なく力は行使出来る。相手の呪文に合わせるように石の床を壁へと変質させると、それを盾にして横へと駆けた。

 壁を蹴る。その力で高く跳んだ彼女は、袖のツタを使って天井へと一気に距離を縮めた。

 仕込みは終わった。ペロリと舌を出すと、天井に手を付けたまま周囲の精霊へと向かい、言葉を紡いだ。命令を、下した。

 

「石よ。周囲に敷き詰められた館の石よ。……崩れろ!」

 

 ピシリと天井にヒビが入る。何だと、と子爵が驚愕の表情を浮かべると同時、盛大な音を立てて周囲の天井が落ちた。大小様々な欠片となって降り注ぐそれを、驚愕から怒りの表情に変えた子爵は呪文で薙ぎ払う。そうしながら、ここから離脱せんと足を一歩後退させた。

 もらった、とエルザはそのタイミングで駆け抜ける。ガラガラと降り注ぐ瓦礫の雨の中を、真っ直ぐ相手に向かって走る。向こうが逃げ腰になっているこの状況で、勝負を決める。

 子爵はそんなエルザを見て笑った。所詮化け物の考えることなどその程度か。そう言いながら、新たに唱えていた呪文の対象を瓦礫から彼女へと変更させた。

 繰り出される風の刃。頭上の瓦礫との相乗効果で、少女の姿をした化け物に逃げ場はない。自分で自分の首を絞めた馬鹿、そんなことを思いながら彼は殺ったと口角を上げる。

 

「ええ、そうね」

 

 大きめの瓦礫が射線上に降ってきた。風の刃がそれにぶつかり、破片が細かく飛び散る。彼女が距離を詰めるのに合わせるように飛来するそれは、彼の呪文の大半を相殺した。

 偶然、などでは勿論無い。崩れた天井の瓦礫、その中でも当たって問題ないもの以外は、エルザの指向性通りに動いていたのだ。そのための仕込みであり、そのための範囲指定だ。

 それでも相殺し切れなかった風の刃は、諦めて己の身で受けた。服が、肉が刻まれたが、その程度で戦闘不能になるほど吸血鬼の肉体はやわではない。言うなればかすり傷、この一撃を撃ち込むための、なんてことのない傷だ。

 右手には、いつの間にか石片を集めた爪が作られていた。太く鋭いそれは、人の命は容易く奪えそうで。

 

「でも、そんな馬鹿に殺される貴方は、きっともっと愚か者でしょ?」

 

 迷い無く、その爪を目の前の男の腹へと突き刺した。

 

 

 

 

 

 

「エルザ!」

 

 屋敷の天井が音を立てて崩れるのを見た才人達は、流石にこれはマズいと駆け込んだ。信じてたんじゃなかったの、とタバサに言われたが、それとこれとは話が別だろうと言い返す。まあ確かに、と別段気にすることなくタバサはそう述べた。

 その一角は酷い有様であった。天井が崩れ、床が壊れ、壁はヒビだらけ。使用人達が眠っている部屋とは反対側であったのは幸いだろう。巻き添えを食っていたらただでは済まない。

 そんな瓦礫の中に、倒れ伏している男がいた。腹に大穴が空いており、そこから底の抜けたワインのように赤い液体が染み出している。葡萄酒と決定的な違いは、その香りは生臭く不快感を与えるものであるということだろうか。

 ルイズはその男、子爵へと近付いた。首筋に手を当て、そこに何の脈動も無いことを確認するとゆっくり首を横に振る。どうやら間違いなく、あるいは問題なく、彼は死体に変わり果てたようであった。

 

「……わたしとしては、彼がどういう人間だったのか分からない。だから、エルザの仇だったとしても、これくらいはさせてもらうわ」

 

 目を閉じさせる。投げ出されていた腕を胸の上で組ませると、膝を付き何かに祈るように目を閉じた。キュルケもタバサも同じように、子爵の遺体へと祈りを捧げる。少しだけ迷ったが、才人も合掌し南無阿弥陀仏と小さく呟いた。

 それを終えると、今度はその横だ。瓦礫にもたれかかり、四肢を投げ出したまま夜空を見上げているエルザへと、四人は視線を向けた。ふう、と息を吐き、しかし何も言うことなくルイズもキュルケもタバサも、才人を前に押し出し自身は後ろに下がる。

 とっとっと、と一瞬たたらを踏んだ才人は、体勢を整え彼女を見た。エルザ、と目の前の少女の名を呼び、座り込む。

 

「終わったか?」

「……うん。不思議だね、あの時はそんな理由じゃないって思ってたのに」

 

 つつ、と彼女の眼から涙が流れた。いざ終わってみると、殺された両親の、死に際以外の記憶が浮かんでくるのだ。まだ幼い自分が、一人では食事の出来ない頃、二人に獲物の血を分けてもらったこと。オーク鬼などの亜人から、守ってもらったこと。

 最期は、そこの男の攻撃から自分をかばって死んだこと。

 

「意外と、思い出があったんだなって……」

「そっか」

「まあ、でも。人を殺して、その血を吸って生きてきたわたしは、そういう感傷に浸っちゃいけないと思うから……それでも」

 

 ほんの少しだけ、勘弁して欲しい。その言葉に、異を唱える者はいなかった。声を上げるでもなく、ゆっくりと涙を流すエルザを、四人は静かに見守った。

 ふう、と彼女は息を吐く。涙を拭うとありがとうと笑顔を見せた。才人はその笑顔に笑顔を返すと、さてじゃあ行くかと手を差し出す。それをキョトンとした顔で眺めたエルザは、何のつもりだと首を傾げた。

 

「まさかこのまま討伐される、なんてことはないだろ? だったら、姫さまに説明するなり逃げるなりしないと」

 

 え、と視線を才人からルイズ達に向ける。当たり前だろう、と言わんばかりの顔をしている三人を見て、困ったように頬を掻いた。

 自分を大切に思ってくれるのは嬉しいが、こちらの一方的な理由でメイジを殺したのだ。どうあっても罪は免れないし、庇い立てする正当性がない。そんなことを言いながら、だから逃げるのは自分一人だと立ち上がった。

 

「あのなエルザ、あの時言っただろう? 逃げるんなら、俺も一緒だ」

「……プロポーズ?」

「何でだよ!」

 

 全力でツッコミを入れつつ、釘を刺すために後ろを睨んだ。あらあら、という顔をしているキュルケとタバサを目にして、思わずルイズにハンドサインを行う。親指を立てて下に向けるやつだ。はいはい、と迅速に彼の主人は悪友二人の頭に拳を叩き込んだ。

 

「で、サイト。アンタ本当にエルザと逃げるつもり?」

「エルザが逃げるんならな。まあ、そうならないように頑張って、駄目ならの話」

「そう。じゃあ、差し当たっては問題なさそうね」

 

 え、とエルザが素っ頓狂な声を上げる。頭を押さえていたキュルケとタバサもルイズと同じような表情を浮かべているのを見て、ますます困惑の度合いを深めた。

 瞬間、空から何かが降ってくる。ドサリドサリと子爵の遺体に魔獣らしき死体とオーク鬼の死体が並べられると、まあこんなものですかとどこからか声が聞こえた。

 

「丁度いい具合に屋敷も破壊されましたね」

「……ほんっとに何処にでも湧きますね」

「あら嫌だわルイズ。大切なおともだちをまるで害虫か何かみたいに」

 

 よよよ、とわざとらしい泣き真似をしながら、一行の背後からアンリエッタは湧いて出る。傍らにはアニエスではなく、一人のメイドを連れていた。

 こほん、と咳払いを一つ。視線をルイズからエルザに向けると、笑みを浮かべありがとうございますと頭を下げた。その唐突な御礼の言葉に、エルザの動きがピシリと止まる。理由を尋ねることも出来ずに、頭に疑問符を浮かべ困惑するばかりだ。

 

「彼はロマリアの間者と成り果てていました。具体的に誰、とは言いませんが、向こうへ領地の収入を賄賂として送り、更には情報を売り渡し。こちらへの忠誠心を失い、ただただ私腹を肥やしていたようなのです」

「……まあ忠誠心失うのはしょうがないんじゃ」

 

 ルイズの呟きは意図的に聞き流し、ああ嘆かわしいとアンリエッタは大仰な身振り手振りで言葉を続ける。かつては領民に慕われた高潔な貴族も、堕ちてしまえばただの罪人。証拠を集め、罰しようと思い、自身の手の者を向こうへと送り込んでいたのだ、と。

 やってることはあまり変わらないな、と思ったが、才人は必死で表情を取り繕った。

 

「そんな矢先ですわ、子爵が吸血鬼に襲われたと聞いたのは。これは重畳と手早く証拠を集めさせ、わたくしは断罪の準備を整えました。かつて立派な貴族であったものを裁くのは非常に心苦しい、しかし、やらねばならぬと決意を固めました」

「……これいつまで続くのかしらぁ」

「さあ」

 

 わざともったいぶった言い方をしているのは一目瞭然であったので、一行は殆ど真面目に聞いていない。キュルケもタバサも、割とどうでもいい、と投げやりである。

 ぐりん、とアンリエッタの首が動く。びくりとそれに反応した二人は、彼女の微笑みを見て視線を逸らした。

 

「わたくしはその証拠を持ち、子爵に釈明を求めました。いえ、求めに行こうとした、が正しいでしょう。結局、それは叶わなかったのですから」

「……わたしの、せいで」

 

 後悔はしていない。が、それにより正当に裁かれる道が潰えたというのなら、それはこちらの落ち度でしかない。感情のままに行動し、知り合いに迷惑を掛けた。いざ終わってしまうと、そのことが彼女に重くのしかかる。

 が、そんな彼女のことなど知らんとばかりにアンリエッタは笑顔で、ノリノリで。何を言っているのかとエルザに微笑みを向けたのだ。

 

「子爵を襲ったという吸血鬼の正体は魔獣と亜人でした。腕の立つ彼を、亜人共は数で押し潰そうとしたのです。雇った冒険者達も数に押され、子爵の援護に行けない。……そんな時、一人の少女が現れました。少女の名はエルザ、人との融和を求める、優しい吸血鬼」

「は? ……え?」

「彼女は子爵達が襲われているのを見て手助けすることを決めました。徐々に倒されていく魔獣達。ですが、相手も最期の攻勢に出ます。少女と子爵、そして冒険者達はそれを何とか打ち破り、亜人も倒されました。ああ、だというのに! なんということ! 子爵は少女をかばいその生命を散らしてしまった!」

「いや、わたしが殺したんだけど……」

 

 勿論聞いちゃいない。エルザの弱々しいツッコミを無視したまま、アンリエッタの演説はどんどん大声になる。何の騒ぎだ、と眠り薬を解毒して回ったメイドにより起こされた子爵の使用人達の耳に届くように。

 

「彼は、最期は誇り高き貴族であることを選んだのです。心優しい吸血鬼を守るために、種族の違いなく、その命を護るために! わたくしは彼の亡骸を見て、こう思いました。彼の罪を赦そう、そして、彼の思いを受け継ごうと。……エルザ、貴女を、トリステイン王妃の名のもとに、我々の仲間として受け入れようと!」

 

 まあこんなものか、という呟きは、最後の言葉と共に抱きしめられたエルザくらいしか聞こえていなかったであろう。もうとっくに、わたくしの仲間ですものね、と笑顔で囁くアンリエッタに、彼女はこくこくと頷くことしか出来ない。

 さて、そういうわけですので。エルザから離れたアンリエッタは、そう言うと使用人達に視線を向けた。名誉の死を遂げた子爵を、手厚く葬ってやらねばならない。言葉を続けながら、メイドに指示を出し使用人達と彼の遺体を運び始めた。後はよろしく、と言わんばかりにルイズの肩を叩くと、嵐のように去っていく。

 そうして、五人だけが残された。

 

「……何だったんだ?」

「深く考えたら、負けだと思うわぁ」

「ん」

 

 とりあえずエルザはお咎め無しらしい。そのことを確認した一行は、緊張が解けたのかやれやれと溜息を吐いた。才人は力が抜けたようにペタリと床に座り込んでしまうほどだ。

 そんな彼を見て、ルイズは良かったわね、と微笑んだ。まあな、とそれに笑みを返すと、才人はエルザに顔を向ける。

 

「またこれからも、俺達と一緒だな」

「うん。……でも、いいの? わたしは吸血鬼で、これまで沢山人を殺してきたよ?」

「そんなの今更だし、これからも人を殺す、ってわけじゃないだろ。まあ、それに。俺だって色々な命を奪って生きてきてるんだ。同じなんだから、文句は言えないさ」

「……同じ、か」

 

 そっか、とエルザは微笑んだ。その顔が心なしか赤かったのは、多分見間違いではないのだろう。

 ハッ、と視線を三人にも向ける。ニヤニヤと生暖かい目で見るキュルケが視界に移り、思わず彼女は視線を逸らした。

 

「ねえルイズ」

「なによ」

「あなた的には、あり? なし?」

「何がよ」

 

 一人で姦しいキュルケをルイズとタバサは物理で黙らせ、自分達もここから離れようと踵を返した。空が見えるこの場所では、そろそろ夜明けとなる関係上、エルザには酷だ。

 エルザはボロボロになった外套を見る。成程これでは日光が防げない。分かったと頷き、ルイズ達に続こうと足を踏み出した。

 が、その前に。足を止めた彼女は、同じように頷き立ち上がりかけた才人へと振り向く。ちょっと待って、と彼を留める。今なら、目線が同じこの位置ならば出来る。

 彼に、伝えることが出来る。

 彼と、

 

「ねえ、お兄ちゃん」

「ん? 何だエ――」

「ありがとう」

 

 唇を、重ねることが出来る。




エルザエンド(ノーマル)。

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