ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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シリアスが持たない。


その2

 見回りを終えたルイズは、同じく戻ってきたキュルケとタバサに目を向ける。まだ才人は戻ってきていないのを確認すると、ちょうどいいと言葉を紡いだ。

 

「サイト、変じゃなかった?」

「そうねぇ」

「いつもより変だった」

 

 そうそう、とルイズはタバサに同意する。何だか思いつめていたような、何かに悩んでいるような。そんな状態に見えた、と彼女は続け、キュルケもタバサもうんうんと頷いた。

 モロバレであった。

 

「とはいっても。何か悩むようなことあったかしらぁ」

「あるとすれば……今回の相手、かしら」

「吸血鬼?」

 

 確かに彼がここハルケギニアで出会った吸血鬼はエルザ、ダルシニ、アミアスと綺麗どころな上に敵対もせず仲良くなった者しかいない。そこから考え、それそのものと戦いたくないと考えても不思議ではないように思えた。

 だが、とルイズは唸る。その程度であそこまで挙動不審にはならないだろう。そう続けると、顎に手を当て首を捻った。

 

「相手が女の子の吸血鬼だって聞いたから?」

「……女だから戦えない?」

「え? 今更?」

 

 ついこの間も『地下水』とルイズの二人相手に切った張ったをやったばかりである。その結論だと自身と彼女は才人にとって女性扱いされていないわけで。

 いやいや流石にそれは、と手をヒラヒラさせたルイズは、ねえ、と二人に同意を求めた。

 

「……」

「何か言いなさいよ」

「少なくとも『地下水』の体には欲情している」

「まああの娘と同じボディだしっておい」

 

 生々しいわ、とタバサの頭を小突いたルイズは、ならやっぱり女だから戦えないというわけではないだろうと一人納得するように頷いた。

 ルイズが女性扱いされているかどうかについて、タバサは何も触れなかったことを無意識にスルーした。

 

「ま、いいわ。サイトが来たら直接聞きましょう」

 

 結局、これまでの会話を完全に無視した結論を出し、ルイズは屋敷の入口でそのまま待つ。キュルケもタバサも同じように、才人が戻ってくるのをそこで待った。

 が、それから暫くしても彼は一向に戻ってこない。見回り程度でここまで遅れるなど普通はありえないし、怖気付いて逃げる理由もない。サボるなら恐らく堂々と戻ってきてから宣言するであろう。

 表情を真剣なものに変える。まさか件の吸血鬼に出会ったのか。そんなことを思いながら顔を見合わせた三人は、才人の見回りの担当範囲へと駆けた。大丈夫か、と叫びながら走るその姿は、隠密というものを全く考慮していない。相手に気が付かれても問題ないという自信の表れか、あるいは何も考えていないか。

 勿論後者である。

 

「サイト!」

 

 ガサガサ、と茂みを掻き分けると、視界の先に薄ぼんやりと明かりが見えた。あれは才人のカンテラだ、と一気にそこまで走ったルイズは、しかしそこまで来ると目を見開いた。あったのはカンテラだけで、当の本人の姿は無かったのだ。

 タバサ、とルイズは叫ぶ。コクリと頷いた彼女は、呪文を唱え風を生み出した。周囲を塗り潰すように風が吹き、それらがセンサーのように状況を伝えてくれる。カンテラの周囲に人はいるのか。あるいは、人であったものがあるのか。

 そのどちらも無し。では別の何か、と索敵を続けると、丁度彼女達が先程までいた場所へと向かう二つの気配を察知した。それが才人ならば、彼女達と行き違いになった形である。

 その旨を伝えた。なんだ、と胸を撫で下ろしたルイズは、しかしすぐに怪訝な表情を浮かべるとタバサへと詰め寄る。二人? そう問い掛けると、コクリと彼女は頷いた。

 

「そもそも、カンテラを置いていく理由がないわ」

「そうよね……ってことは」

「何かあった」

 

 すぐさま反転、元来た道を駆け抜けた。メイジらしからぬ動きで屋敷入口まで辿り着いた三人は、広場にいる二つの人影を視界に入れる。屋敷の明かりに照らされている一人は見覚えのある顔だ。そしてもう一人は。

 

「サイト」

 

 びくり、とその見覚えのある顔が反応し動きを止めた。森から出て来たルイズ達を視界に入れると、引き攣ったような笑みを浮かべぎこちなく手を上げる。

 どう考えても怪しいその動きを見た彼女達は、一体どうしたと一歩踏み出した。それに合わせるように、才人は背後の小さな人影を守るようにしながら一歩下がる。まるで、その姿を見せてはいけないと考えているような動き。ルイズも、キュルケも、タバサも。気にしないわけがない。

 

「サイト。後ろのは、誰?」

「……さ、さあな?」

「嘘が下手よねぇ」

「別に嘘なんか吐いてねぇって」

「少なくとも、わたし達が知っている相手」

「違うって!」

 

 才人の背後で溜息が漏れた。どうやら向こうも才人のまるで誤魔化せていないその姿が駄目だと判断したらしく、もう仕方ないかと彼を押しのけようとする。

 それを、才人は全力で押し留めた。

 

「ちょっと、お――」

「喋んな」

 

 有無を言わさないその言葉に、背後の人影は押し黙る。はいはいと一歩下がったのを確認した才人は、ふう、と息を吐くと目の前の三人を睨んだ。

 

「俺はこれから、屋敷の中の子爵に用があるんだ」

「……その、『吸血鬼』を連れて、かしら?」

 

 ルイズの言葉に才人は口を噤む。だが、視線は全くブレずに彼女を睨んだまま、ゆっくりと腰の日本刀に手を添えていた。

 その行動にぎょっとしたのはキュルケである。どういうことよ、とルイズを見やると、ふう、と息を吐き背中のデルフリンガーを抜き放つのが見えた。まあ聞いても無駄か、と判断した彼女は、そういうわけでと隣の親友に視線を動かす。

 

「タバサ、ちょっとどういうこと?」

「……サイトは、『吸血鬼によって屍人鬼に変えられた』」

「え!? ちょ、ちょっと本気で言ってるのぉ?」

「ん。だって、ほら」

 

 視線を才人に向ける。え? と面食らった表情をしていた才人は、ああそうだったそうだったと慌てて服の首元をずらし首筋の赤い跡を三人に見せ付けた。

 ほら、俺屍人鬼。ご丁寧に自身でそう宣言するおまけ付きである。

 

「……いや、今のどう考えても」

「サイトは、『吸血鬼によって屍人鬼に変えられた』」

「でもだって」

「サイトは『吸血鬼によって屍人鬼に変えられた』」

「だから」

「サイトは『吸血鬼に――」

「分かった分かったわよぉ!」

 

 

 

 

 

 

 まあとりあえず、とルイズは少し緩んだ空気を引き締めるように剣を構える。鯉口を切る才人を見ながら、ふう、と短く息を吐いた。

 

「アンタはこれからわたし達に襲い掛かるってことで、いいのね?」

「……ああ」

「言っとくけど、容赦しないわよ」

「俺も痛いのは簡便だから、出来れば素通りさせてくれれば助かるんだけど」

「出来るわけないでしょ、バカ」

 

 だよなぁ、と才人は頭を振ると、表情を引き締め腰を落とした。ルイズも肩に大剣を担いだまま、少しだけ半身に構えを変える。

 一足飛びで間合いを詰めた才人が、ルイズ相手に居合を繰り出していた。彼女の構えの関係上、至近距離ではどうしても反撃がし辛い。それを分かっているからこその彼のその行動。だが、勿論そんなことは彼女は承知の上で。

 

「ちぃ!」

 

 真上に飛び上がった。才人の横一閃を縦の動きで躱したルイズは、そのまま持っていた大剣を振り下ろす。一直線に彼の頭に吸い込まれるそれを受ければ、まず間違いなく戦闘不能だ。

 更に一歩踏み出した。才人は彼女の縦一閃を横の動きで躱し、お返しだと言わんばかりに振り向きざまに刀を振るう。ふん、とルイズの持っていたデルフリンガーの鍔が鳴り、その一撃とぶつかった。

 

「ったくよお。まさか新生デルフリンガー様の初陣が小僧とはな」

「相手にとって不足なしだろ?」

「てめぇで言うな」

 

 カタカタと鍔が鳴る。今までと違い何やら文様の刻まれた刀身が怪しく煌めいた。その新しく鍛えられた大剣を眺め、才人は思わず冷や汗を荒らす。

 こんなことなら、自分も刀を鍛えてもらうんだった。今更なことを思いながら、彼は小さな人影を守るように後退すると正眼に構えを取った。追撃をせず、それを目で追っていたルイズは、そんな彼を見て溜息を吐く。

 

「まだやる気?」

「当たり前だろ。俺はこいつを子爵のところまで連れて行く」

「随分とその『吸血鬼』に肩入れするのね」

 

 どこか面白くなさそうにルイズはそう言い放つと、まあいいかと再度剣を構えた。理由はよく分からないが、とりあえずぶっ倒そう。そう結論付けたのだ。

 そんな彼女を見て、才人は少しだけ苦笑した。何だよ、とルイズに向かって声を掛ける。忘れたのか、と彼女に問い掛ける。

 

「俺は覚えてるぜ。お前に、ご主人様に言われたことだからな」

「……何がよ」

「『止まらないなら、せめて放ったらかしにしないように』」

「は?」

 

 こいつは何を言っている。怪訝な顔を浮かべたルイズへと、才人は不敵に笑い一気に駆けた。その一瞬、気を取られたことで、彼女の反応が少しだけ遅れる。迎撃するには、少しだけ遅い。

 炎の鞭が間に割って入った。うわっと、と飛び退った才人の視界に、キュルケがこちらへと来ながらああもうと頭を掻いている姿が映る。まあそうなるよな、と彼は疲れたように溜息を吐いた。

 

「タバサは?」

「……参加して欲しいの?」

「勘弁してください」

「正直でよろしい」

 

 じゃあ頑張れ、とカンテラを杖にぶら下げると、彼女は鞄から取り出した本を読み始めた。事情は既にお見通しと言わんばかりのその態度に、ルイズとキュルケは若干毒気が抜かれてしまう。

 

「やめるならそれでもいいぜ。というかそうしてください」

「まあ確かにそれもいいかなって思い始めてるけど」

「気合入れてあたし出て来たのに!?」

「じゃあキュルケ、代わりに戦いなさいよ」

「いやぁよめんどくさい」

「ならもう通らせろよ」

 

 才人の後ろでは人影が肩を震わせているのが感じ取れる。どうやらもう真面目に考えるのが馬鹿らしくなったらしい。そういうところは、やっぱりアニエスさんとは違うんだな。そんなことを思いながら、それでどうすると後ろに問い掛けた。

 

「やる気、なくしたか?」

「……喋るなって言ったくせに」

「はいはい俺が悪かったです。で、どうする?」

「行くよ、勿論。わたしのけじめだもの」

「そうか」

 

 じゃあしょうがないな。外套越しに後ろの少女の頭をくしゃりと撫でると、才人は表情を引き締めた。向こうがやる気ない今なら。

 その考えが読まれたのか。ルイズとキュルケは才人に反応するように向き直るとそれぞれの得物を構えた。確かに表情は若干やる気が無いが、かといってならば倒せるかと言われれば話は別。

 つつ、と汗が頬を伝った。どちらか片方相手でも勝てないのに、両方同時。勝機など万に一つもない。一番賢い選択肢は参ったと降参することであろう。

 それでも、後ろの彼女を守るには、その選択肢を破棄しなければならない。ここで二人を押し止めなければならない。

 

「お兄ちゃん」

「何だよ」

 

 では行くか、と特攻しようとした才人の背後から声。それに反応したのを確認すると、彼女は外套の奥で笑顔を覗かせた。

 

「ありがとう」

「どういたしまして」

「……頑張って」

「任せろ!」

 

 気合を入れた。それと同時に、左手のルーンがうっすら光り輝き熱を持つ。気休めかも知れないが、何だか体が軽くなったような気さえした。

 かかか、とデルフリンガーの鍔が鳴る。どうしたのよ、とルイズはそんなご機嫌な相棒に疑問を投げ掛けた。その返答は、まあ気にするな、というもの。む、と眉を顰めた彼女は、後で教えろと言い放つと視線を前に向けた。

 才人は真っ直ぐ突っ込んでくる。そういう姿勢は嫌いではないが、今この場でその行動は愚策でしかない。ルイズはキュルケに目配せをすると、彼を迎撃するために剣を振りかぶる。

 瞬間、才人の姿が消えた。へ、と間抜けな声を上げる彼女の頭上に影が差し、相手の意図を悟ったルイズは素早く剣閃を上に切り替える。

 それを、才人は足場にするように受け流し飛び上がった。普段の彼では到底無理なその動きに、思わずルイズの動きが止まる。やりやがったな小僧、と嬉しそうにデルフリンガーが呟いているのが彼女の耳に届いた。

 跳躍の先は、当然キュルケ。ちょっと、といきなりターゲットにされた彼女は嫌そうな顔を浮かべ、唱えていた呪文をブレイドに切り替える。蛇腹剣で才人の刀を受け止め、力負けする前に後ろへ逃げた。

 

「あたしはそこまで近接出来ないわよぉ」

「知ってる!」

 

 だから攻めてんだろうが。そう続けながら、距離を取ろうとしたキュルケに更に詰め寄った。ち、と舌打ちをした彼女は追加の斬撃を自身の杖で受け止め、ルイズのように一合程度で壊れないことを確認し少しだけ安堵する。ルイズ、と悪友の名を叫び、目の前の馬鹿を引き離すように頼み込んだ。

 

「あぶねぇ!」

 

 咄嗟に屈みその一撃を躱した才人は、おまけだとキュルケに一撃を叩き込んで距離を取った。存外力が篭っていたのか、ぶつかり合った衝撃で杖を手放してしまったキュルケは痺れている手をブラブラとさせている。馬鹿力、と悪態をつくと、そりゃどうも、という返事が来た。

 

「ま、ルイズよりマシだろ?」

「どういう意味よ」

「まあねぇ」

「おいこらキュルケ」

 

 今現在敵同士であるはずなのに、そんな軽口を叩き合う。それがどうにもおかしくて、才人は思わず笑ってしまった。ちらりと後ろを見ると、少女も同じようにクスクスと笑っているのが見える。

 やっぱり、そうだよな。彼女の微笑みを胸に刻むと、彼はもう一度だと刀を構えた。

 

「ねえサイト」

「何だよ」

「もう一度だけ聞くけど」

 

 何でそんなに頑張るのか。その問い掛けに、彼は自信を持ってこう答えた。

 あの森の中でした、彼女と、エルザとの会話を思い出しながら。ほんの少し前に交わした約束を思い出しながら。

 

「自分の気持ちを、嘘にしないためさ」

 

 才人は笑って、そう答えた。




洗脳したと誤魔化すためにエルザが照れながら才人に抱きついて彼の首筋を甘噛して跡を付ける、という描写を入れる隙間がなかったのでカットしました。

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