ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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結構前からやろうと思っていたお話。

思うのと書くのは大違い。


この吸血鬼の少女に夜明けの光を
その1


 虫けらのように殺された。己の両親は、メイジによってあっけなくその生命を散らしたのだ。まだ幼い自分は、それに抗う術は何も持っていなかった。

 だから、ただただ逃げた。捕まれば、自分も同じように殺される。それを本能的に感じ取ったからこそ、彼女は必死で、その場から逃げ去った。幸いにしてメイジは追ってくることはなかった。討伐対象だったのは己の両親であり、自分ではなかったからだろう。そう考えられるようになるのに数年を要した。

 それからは、一人で旅をした。頼る者は誰もいない。幼い少女は、あてもなく、ふらふらと、とぼとぼと旅を続けた。同じ場所に留まることをしなかった

 生きていくためには、どうしたって食わなければいけない。ただ、食事を行っていることがバレると自分は殺される。両親はその為にメイジにバラバラにされた。脳裏に刻み込まれている光景を自身の体で再現しないように、彼女は慎重に事を運んだ。

 十年以上の月日が経った。未だ幼いともいえる姿のまま、少女は少しずつ自身の生活に慣れを覚えた。人に紛れ、ちょうどいい相手を見付け、そして血を啜る。出来るだけ食事の回数を減らすためか、あるいは別の理由か。彼女はその相手の血を残さず綺麗に飲み干した。

 けぷ、と可愛らしい息を吐きながら、少女はぼんやりと思い出す。あの日、両親を殺したメイジの顔を。後どのくらい経てば、あのメイジに怯えないでいられるのだろうと。

 更に月日が経った。食事の必要は今のところない。一人で適当にぶらついているところを人のいい男性に誘われ、とある村へと滞在することになった。サビエラ村、そこで別段することもなくのんびりと生活していた彼女は、ある時を境にその生き方を変えることになった。

 老婆が越してきた。その老婆は、あろうことか吸血鬼の仕業に見せかけ村で実験を行ったのだ。当然のようにメイジが吸血鬼退治に派遣された。彼女は尻尾を出さないようにメイジから逃げて過ごした。

 派遣されたメイジが老婆によって殺され、実験体となった。安堵する間もなく、新たなメイジが派遣された。年若い少女と少年の集団は、老婆の実験体を打ち破り、老婆自身も撃破した。

 ただそれだけならば、彼女の生活は変わらなかった。気紛れか、あるいは何か希望でも見出したのか。あるいは、少年を気に入ったからなのか。

 ともあれ彼女はその正体を明かしてしまった。老婆を倒す手助けもした。事が終わったらすぐに逃げようと思いながら、見逃してくれるように彼女達に声を掛け。

 気付くと、ヴァリエールの魔境の一員になっていた。死なない程度に血を分けてもらい、吸血鬼だからなんだという扱いで暮らす日々。先輩吸血鬼と出会い、人と共に在るための同族の心得を学んだりもした。

 少年とも色々あった。一緒に王都の爆弾魔探しをしたりもした。もうすっかり仲間として受け入れられているのを実感した彼女は、ああ、幸せってこんなものなのかと柄にもないことを考えたりもした。

 しかし、否、だからこそ、だろうか。記憶にこびりついていた光景が、人としての情と混ざり合った結果なのだろうか。

 誰にも告げることなく。その日、エルザはヴァリエール公爵領から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 荒れ果てた、と評しても何ら問題のなさそうなその土地を目にしながら、ルイズ達はやれやれと溜息を吐いた。どうせ今回もまた厄介なことになるに違いないのだ。そんなことを呟き、しかし、と首を傾げる。

 

「こんな場所に吸血鬼?」

「獲物、いなさそうねぇ」

 

 ルイズの言葉にキュルケもそう返す。タバサと才人もうんうんと頷き、とりあえず適当な酒場でも探そうと足を進めた。

 寂れた食堂を一軒見付けるのに相当な時間を費やした。本当に大丈夫かここは、と思いながら食事ついでに話を聞いてみると、どうやら若い者はほとんど出て行ってしまったからなのだという。

 殆ど老人しかいないようなこの場所に、吸血鬼。ますますもって不可解になったルイズ達は、ひょっとして騙されたのだろうかとまで思い始めてきた。

 

「もしくは、他に理由があるかね」

「吸血鬼退治はオマケ?」

「それはそれは。随分と豪華なオマケねぇ」

 

 吸血鬼は騎士が気合を入れて討伐するレベルのはずなのだが。そんなことを思いながら空を仰いだキュルケは、まあでもそれも仕方ないかと息を吐く。何せこちとら火竜退治をこなしたのだ。それに比べれば確かにオマケであろう。

 

「でもさ、依頼主そのものは姫さまじゃないんだろ?」

「そうね。ここの土地の管理も任されている子爵だったかしら」

「子爵ってーと、ワルドもそうだっけ」

 

 才人の中であまりいい印象が生まれていないその爵位を聞いて、無駄に不信感が沸いて出た。あんなのがなれる爵位だ、碌なものじゃない。口には出さないが、そんなことを頭で思う。

 そんな彼の心中を気にすることなく、ルイズ達は話を進めていく。元々ここド・オルニエールは領主不在の土地、そのため国の管理地となってはいたが、ただ腐らせておくのももったいないと近隣の領主を代理に立ててみたのだとか。上手く行けば領地が増えるとなったその子爵は二つ返事で引き受け、そして視察に訪れた際に。

 

「吸血鬼に、襲われた、ねぇ」

「何か変」

「そうなのよね」

 

 ううむと悩むルイズを見て、才人はどういうことだと首を傾げた。今の状況で疑問に思うことがあるとすれば、吸血鬼の出処や何故その子爵を狙うのかという部分しか出てこなかったからだ。何か変、と言うには少し違う。

 

「吸血鬼は基本的に正体を見せずに動くものよ」

「へ? あ、そういうやそうだっけ」

 

 地球の吸血鬼のイメージが抜け切っていなかった才人は、ルイズの言葉で成程と手を叩いた。真正面から堂々とメイジ相手に襲い掛かって血を吸うような豪胆な吸血鬼は、ハルケギニアにはまず存在しない。利点を全て捨て去るような真似をするなど、考えられない。

 となると、とルイズは視線を上に向け、そして戻した。吸血鬼を騙った何か別の輩が犯人なのだろうか。そんなことを言いながら食後の紅茶に口を付けた。

 

「何かどっかで聞いた話だな」

「サイトと一緒に初めてそれなりの依頼をこなした時のやつねぇ」

「……なんだか随分と前な気がする」

 

 大体一年前になるのだろうか。その時のことを思い出し、四人は少しだけ懐かしむような表情を浮かべた。いかんいかん、と頭を振り、じゃあとりあえずその方向で話を進めるかと立ち上がる。

 今のところ件の子爵はド・オルニエールの領主の屋敷に滞在しているらしい。吸血鬼に目を付けられている現在、自身の領地に戻れば領民に被害が出る可能性があるからとのことだが。

 それはつまり、こちらの領民の安全はどうでもいいということでもあった。

 

「まあ、自分の領地とそうでない領地を比較して、ってのは分からないでもないけど」

 

 ひょっとしてそんなに有能な人物ではないのだろうか。そんなことを思いながら、ルイズはその屋敷に足を踏み入れた。あまり手入れされていないその場所は、とりあえず一時しのぎであるということをこれ以上なく示していて。

 失礼します、とルイズ達は部屋に入る。部屋にいた中年の貴族はそんな彼女達を見ると少しだけ眉を上げ、しかしすぐに笑顔を浮かべるとよく来てくださったと立ち上がった。貴女方の活躍は王妃からよく聞いている、是非とも力を貸してもらいたい。そう言うと、メイドに茶を出すよう指示を出した。

 ソファーに腰掛けた一行は、では早速と子爵に状況を尋ねる。概ね最初に聞いていたものと同じではあったが、本人を目の前にすればもう少し詳しい質門が出来る。先程の疑問も含め、彼女達はそれらを子爵へと問い掛けた。

 まず、何故吸血鬼に襲われたのだと分かったのか。

 

「失礼ですが、本来吸血鬼は己の正体を直前まで隠して動くものです。だというのに、吸血鬼に襲われたと断言するのは」

 

 いや全くその通り。そういうと子爵は苦笑しながら己の髭を軽く撫でた。

 

「こちらとしても信じられないことではあるのですが。相手が自分で名乗ったのですよ。自分は吸血鬼だ、と」

「それを信じたと?」

「仕方ないでしょう。先住魔法も使用していましたし、もし人間だとしたら、幼過ぎる」

 

 ん、とその言葉を聞いてルイズは眉を顰めた。ひょっとして直接顔を見ているのか。そう追加で問うと、彼はコクリと頷いた。が、はっきりと覚えているわけではないのですと申し訳無さそうに頭を掻く。

 

「ただ、子供と言ってもいい年齢の少女であったのは確かです。その見た目でこちらの油断を誘う魂胆だったのでしょう」

 

 少女の吸血鬼。その単語で才人がピクリと反応した。いやまさか、と少しだけ嫌な予感が彼に走る。確かに彼女なら、ヴァリエールの魔境で鍛え直された彼女ならば真正面から襲い掛かっても不思議ではないが、しかし。

 そんなわけがない、と彼はブンブンと頭を振った。理由もないし、意味もない。それに、あいつは自分達の大切な仲間だ。

 

「サイト?」

「へ? あ、どうした?」

「特に何も。変な顔をしていたから」

「悪かったな」

 

 タバサの言葉にそう返し、才人は意識をルイズ達の会話に戻した。襲撃が起きてすぐに討伐依頼を国に出し屋敷に篭ったため、まだ二度目は起きていない。だが、このまま何事も無く時が過ぎるとは考えられない以上、迅速に吸血鬼を探し出し始末して欲しい。そう子爵は述べ、どうかお願いしますと頭を下げた。

 

「ええ、ミスタ。元々わたし達はその為に来たのですから」

「心強いお言葉ですな。……では暫くはこの屋敷の開いている部屋を使ってください。出来る限りのもてなしをさせていただきます」

「あら、ありがとうございます」

 

 笑みを浮かべ会釈をしたルイズは、では早速調査をと立ち上がる。それに合わせるようにキュルケもタバサも、そして才人も立ち上がった。踵を返し、部屋の扉へを足を進め。

 ああその前に一つだけ、とルイズは子爵へと振り返った。

 

「吸血鬼に狙われる心当たりは?」

「……ありませんな。まあ、もしあるとすれば、そうですね」

 

 そこで一旦言葉を止め、子爵はどこか誇らしげに笑った。自分の手柄を自慢するかのように笑みを浮かべた。

 

「若い頃に、吸血鬼退治を数回行ったことがあります。その逆恨み、でしょうか」

「……成程」

 

 ありがとうございます。そう言ってルイズは頭を下げ、部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 屋敷の周囲には何もなかった。罠を設置した痕跡もなく、侵入しようとした素振りもない。奇襲でどうにかしようという意志はないのだろうということは分かったが、しかしそれが分かったところでどうにもならない。

 強いて言うならば、やはり相手は吸血鬼らしくないということくらいであろうか。

 

「そもそも、食事とかそういう目的じゃないのよね、この相手」

「明らかにあの子爵を狙っている」

 

 明確な敵意、あるいは殺意をもって襲ってきている。吸血鬼の思考能力は人間のそれと変わらないのだからそういうこともありえるだろうとは思うが、しかし。調査の件も含め、どうにも吸血鬼らしさが感じられないのだ。

 

「やっぱり違うんじゃねぇの?」

「でも、子爵も言っていたでしょぉ? 先住魔法を使う、小さな女の子だったって」

 

 その証言を信じるのならば、人間ということはまずありえない。吸血鬼でもないなら、エルフくらいであろう。が、エルフならばそもそも吸血鬼を名乗る意味がない。

 ううむと才人は頭を掻く。話を聞けば聞くほど、彼の中で嫌な予感が大きくなってくる。当たって欲しくない、当たってはいけない予想が、見える位置に掲げられていく。

 

「どうしたのよサイト。変な顔して」

「いや、別に、何も」

「相手に心当たりでもあった?」

「違うって、そんなんじゃないって」

 

 あはは、と笑って誤魔化し、彼はそっと三人から距離を取った。これ以上話していると、自分の中の変な予想を口にしてしまいそうだ。そう考えたことによる行動であったが、それが彼女達にさらなる不信感を植え付けていた。

 そんな状態のまま時は過ぎ、夕食後、再度警備と調査のために屋敷の外へと繰り出した。辺りは暗く、屋敷の明かりがなければ歩くことも難しいであろう、そんな状態だ。月明かりなどという殊勝なものはない。曇り空はどんよりと、まるで誰かの心を表しているかのように渦巻いていた。

 

「来るかしらね」

「どうかしらぁ」

「分からない」

 

 少なくとも、月明かりが照らしている状態よりは余程攻めやすいであろう。この暗さならば、策を弄さずとも安易に侵入することが出来る。

 一旦手分けして見回りましょう、というルイズの提案に、一行はこくりと頷いた。カンテラを持ち、屋敷の周囲の決められた部分を見て回る。ガサリ、という音に気配を集中してみたり、うろついていたら探索範囲が被って顔を突き合わせたりもした。

 そんな中、才人は一人になったことで余計に悩みが酷くなっていた。こんなことならいっそ誰かに話しておけばよかった。溜息を吐きながら、少しだけ後悔した。

 

「そうだよ……口に出しとけば、ルイズ辺りがバカじゃないのって笑ってくれただろ……」

 

 しまった、選択肢間違えた。そんなことを思い、彼は頭を抱える。今からでも遅くない、見回りが終わったら悩んでいたことをぶちまけ、鼻で笑ってもらおう。そう結論付けると、才人は気合を入れるために頬を叩いた。

 パン、という音が辺りに響き、自分で出した音に自分で驚いてしまう。ははは、と笑うと、彼はもう一度周囲の様子を伺うために視線を巡らせた。

 

「……!?」

 

 そこに、何かがいた。外套を被っているらしく、どんな顔をしているかは分からないが、少なくとも随分と小柄であることは確認出来る。闇に溶けるような黒いその外套を身に付けたまま、それはゆっくりと才人の方へと歩いてきていた。

 

「待て」

 

 才人の言葉に、その相手の動きが止まる。声の主を確認するように顔を動かしたらしく、外套の隙間から金色の髪がサラリと覗いた。

 ドクン、と彼の心臓が跳ね上がる。あの髪は、どこかで見たことがある。そんなことを考え、いいや違うと振って散らした。

 

「お前が、ここの子爵を襲ったっていう吸血鬼か?」

 

 我ながら変なことを聞くな、と才人は思った。これではいそうですと答えるような奴は、普通じゃない。特に、奇襲を主とする吸血鬼なんかは。

 

「……うん、そうだよ」

 

 才人の言葉に、目の前の相手は、吸血鬼は至極あっさりと肯定した。聞き覚えのある声で、そう答えた。

 嘘だろ、と思わず彼は呟いた。嘘であって欲しいと心から願った。目の前の相手は、退治を依頼されている吸血鬼だ。もし本当にこんなことをしているのだとしたら、最悪、この場で始末せねばならない相手だ。

 自分が、殺さなくてはいけない、相手だ。

 

「やっぱり、お兄ちゃん達が依頼を受けたんだね。――わたしを、殺すために」

 

 ぱさり、とフードを取る。さらりと流れる金髪は、才人の持つカンテラの明かりに照らされ鈍く輝いていた。

 才人は動けない。目の前の吸血鬼が、見知った少女が、どこか寂しそうに笑うのを見ていることしか出来ない。ゆっくりと近付いてくる彼女を、ただただ眺めていることしか出来ない。

 それでも、絞り出すように。彼は、それだけを口にした。彼女の名前を、口にした。

 

「エルザ……」

「何? お兄ちゃん」

 

 そう言って、彼が退治するべき吸血鬼は。最悪、殺さなくてはいけない相手は。

 見慣れた仲間は。憎からず思っている相手は。

 エルザは、そっと才人へ寄り添った。




まあ大体オチは予想出来ると思いますがね。

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