ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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ルイズもキュルケもタバサも出番は才人の想像のみ。

あれ?


その2

 あの、と才人は鉄格子の向こう側で自身を睨む人物に声を掛けた。ジロリとその人物は彼を睨むと、何だと短く尋ね返す。

 

「俺、いつになったらここから出られるんですか?」

「出られると思っていたのか?」

「出られないの!? え? 俺ここで獄中死!?」

「街中で全裸の女を捨てて歩くような輩が今更何を」

「だから誤解なんですってば!」

 

 先程から必死でそう説明しているが、目の前の人物は一向に取り合ってくれない。とはいえ、才人の説明もかなり詳細をぼかしたものであった為、ある意味当然とも言えた。

 どうしよう、と彼は牢の中で頭を垂れる。調査とか以前の問題で、まずこれから普通の生活を送ることが出来るかどうかの領域まで落ち込んでいる。よしんばここから出られたとしても、学院に戻った時点で彼の人生は終了だろう。才人の頭の中には、自身の家名に泥を塗ったなと剣を振り上げるピンクブロンドの少女の姿が映っていた。

 

「……盗賊にでも、なるしかないか」

 

 こうなりゃトコトン落ちるところまで落ちてやる。そんなことを決意した彼は、次の瞬間盗賊討伐の依頼で現れた三人の少女に燃やされ凍らされ切り刻まれる自分を幻視した。ダメだ、逃げられない。そう結論付けた才人は、何かを諦めたように石造りの床に寝転がった。

 

「ところで、ミス・ヴァリエールの使い魔君」

「はいはい、なんですかもう」

「ご主人に直接迎えに来てもらうか、自分の足で帰るか、どちらがいい?」

「どっちにしろ殺されるからなぁ。ああもう、俺の人生詰んでるっての」

「ははは。本当に誤解なら、事情を話せば彼女なら分かってくれるだろうに」

「そんな簡単に行けば苦労は――」

 

 寝転がったままふてくされていた才人は、そこでようやく今現在の会話のおかしさに気が付いた。勢い良く起き上がると、鉄格子の向こう側で意地悪そうな笑みを浮かべている金髪ショートカットの女性を見やる。

 どうした、と尋ねる女性を見ながらパクパクと口を動かしていた才人であったが、大きく深呼吸をすると真っ直ぐ彼女を見て指を突き付けた。

 

「あんた、ルイズの知り合いなのかよ!?」

「と、いうよりも。ここの憲兵で彼女を知らん人間は田舎から出てきた新人くらいだ。だから当然、君のことも風の噂で知っている」

「……つまり、俺を、からかった、と」

 

 絞り出すような声でそう述べた才人を見て、女性は楽しそうに大声で笑った。笑いながら、だが言葉自体は冗談ではないぞと続けた。

 

「少なくとも、身元引受人か何かしらの恩赦がない限り、お前は咎人のままだ」

「駄目じゃん!」

 

 どうすりゃいいんだ、と彼は頭を抱えて天を仰いだ。

 

 

 

 

 

 

 沈みかけている陽を眺めながら、才人はガクリと肩を落とした。とりあえず外には出られるようになったが、相も変わらず彼の肩書は犯罪者だ。ルイズに頼らずこれをどうにかするためには、少なくとも数千単位のエキュー金貨を支払うか、あるいは。

 

「『フーケの討伐』……いやまあ元々その為に来たんだけどさ」

 

 先程話していた女性から渡された依頼書を眺めつつ、どうしたもんかと彼は頭を掻く。どうやら学院で言われていたように、土くれのフーケのネームバリューはかなりの強さを誇っているようであった。復活した怪盗に、誰も手が出せないくらいに。

 

「あ、サイト! 無事だったのね!」

「無事じゃねぇよ」

 

 外で待っていた服を着たシルフィードが彼の姿を見付け嬉しそうに駆け寄った。腰には才人の剣、そしてその背中にはデルフリンガーが背負われており、才人の返答に鍔を鳴らしながら呵呵と笑う。

 シルフィードから剣を返却してもらった才人は、とりあえず牢での会話を彼と彼女に話した。結局かよ、というデルフリンガーの言葉に、全くその通りと彼は溜息を吐いた。

 

「んで、その依頼書はそこで終わりか?」

「へ?」

「おめぇが話してた憲兵、そりゃアニエスだろ。あいつならもう少し追加で何か情報を渡してるはずだ」

「そうなのか? ――あ、ホントだ。何かリストがついてる」

 

 依頼書に張り付くように同封されていたその紙には、五人程の特徴と偽名とされるものが書かれていた。どうやらこれが土くれのフーケの疑いがある容疑者らしい。

 その中に『魔法学院長秘書ロングビル』の名前を見付けた才人は思わず吹き出した。

 

「どうしたのサイト? あ、偽物探しのリストの中に本物が紛れてる」

「まあ、とりあえず四人になったんだからよしとしようや」

 

 同じように覗きこんだシルフィードとデルフリンガーの言葉を聞きながら、才人は気合を入れるように自身の頬を叩く。時間は経ってしまったが、元々の行動を開始しようと彼は街の酒場を探し始めた。何はともあれ、まずやることは情報集めだ。

 

「このリストの犯人ぽい奴の手掛かりが見付かればいいんだけどな」

「大丈夫、そういう時は色々回ればいいの」

「……間違っちゃいねぇが、おめぇが肉食いたいだけだろ」

「失礼しちゃうわ。お姉さまもやってる由緒正しい方法なのね」

 

 腰に手を当て、シルフィードは胸を張る。その拍子に、彼女の大きな膨らみがたゆんと揺れた。思わずそこに視線を向けてしまった才人は、いかんいかんと首を振る。

 とりあえず適当な酒場を選び、二人と一振りはその扉をくぐった。大分古びた看板には、『銀の酒樽』亭と書かれている。ボロっちい、というシルフィードの言葉に、こういう場所だからいいんだと才人は返した。

 適当な安酒と料理を注文し、才人はぐるりと辺りを見渡す。規模の割に繁盛しているようで、ガヤガヤとうるさい店内は色々な話が聞こえてきた。

 その中で、ヴァリエール公爵領は魔境である、という単語が聞こえ思わず彼はその方向を見る。噂では古今東西の魔獣がひしめき合っている区画があるらしい。そんな会話が聞こえ、貴族様に聞かれたら大変だぞと笑いながら諌める声が続く。

 

「いかにも噂話って感じの会話だなぁ」

「役に立たねぇがな」

「それより肉はまだなの?」

 

 続いて聞こえるのはとある三人組の話。吸血鬼の力を使い村を支配していた魔女は、新たな仲間を加えた三人に見事打ち倒されたのだとか。そいつは新しいやつか、という言葉にその通りと答え、流石はイーヴァルディと笑い合っていた。

 

「何だかこそばゆいな」

「はっは、いいじゃねぇか、誇られとけ。どーせ噂話なんだからよ」

「にくー」

 

 酒と料理が運ばれてくる。待ってましたとそれにかぶりつくシルフィードを見ながら、才人もワインに口を付けた。

 そんな彼の耳に、フーケ、という単語が届いた。どこで話している、と視線を向けると、何やら赤ら顔の男が対面の優男にクダを巻いている。俺だけが悪いんじゃない、とぼやきながら、グラスに注がれたワインをあおっていた。

 

「そういや、宝物庫の宝って直接じゃなくて運ぶ途中にやられたんだっけか」

「学院の宝物庫は強固だからな。本物ならともかく、偽物にゃ絶対無理だ」

「むぐ、じゃああの人は、はぐ、護衛の人か何か、むっしゃむっしゃ」

「食うか喋るかどっちかにしろ」

 

 目の前の皿に集中を始めたシルフィードに予想通りといった目を向けながら、彼は向こうの会話に聞き耳を立てる。さりげなくそちらに近付くのも忘れない。

 だが、その後に聞こえてくるのは上司の悪口と同僚への責任転嫁であった。何だハズレか、と肩を竦めた才人は、そろそろ出るかと席を立つ。

 

「まだお腹一杯じゃないのね!」

「……次の酒場行くんだよ」

「お肉!」

「……エルザ、しっかりしてたんだなぁ」

 

 見た目も実年齢も目の前の風韻竜より年下だが中身は圧倒的年上な吸血鬼の少女が笑顔で手を振っている姿を思い出し、才人は少しだけ寂しくなった。

 

 

 

 

 そろそろ終わりにしないといい加減限界だ。そんなことを思いつつ、赤みがかった顔をフラフラと揺らしながら才人は次の酒場へ向かう。大丈夫? とシルフィードが彼の体を倒れないように支えてくれたが、才人はそれに小さく手を上げることで返答とした。

 

「次の場所は酒飲むのをやめとけ」

「ああ、そうする……」

「別に酒を飲む必要なんかないって自分で言ってたのに」

「そういや……そんなこと言ってたな」

 

 グルグルと回る視界と思考の中でそう答えるのが精一杯だった才人は、しかしいかんいかんと頭を振った。ちゃんとした情報は未だ手に入っていない。偽フーケの正体に繋がる何かを掴んでいない。一刻も早く捕まえなくては、自分の犯罪の烙印が消えず、何より師であり主人であるあの少女に顔向け出来ない。

 

「次は……あ」

「サイト!?」

「あー、こりゃ駄目だ。おいシルフィード、どっか適当な宿に行くぞ」

 

 そんな気持ちが現在の彼の空回りに繋がったのだろう。気合を込めるのに残った全ての力を使い果たしてしまった才人は、そのままシルフィードにもたれかかるようにして意識を失った。寝息を立てているので別段危険な状態ではなさそうだが、かといってこのままには出来ない。デルフリンガーの言う通り、近くの宿に向かうのが得策なのだろう。

 細かいことは任せた、とデルフリンガーに告げ、シルフィードは才人を連れて近くの宿へと足を踏み入れた。宿の主人は最初こそ喋る剣に怪訝な顔をしていたが、二人の姿を見て意味有りげな笑みを浮かべるとシングルベッドの一室へと案内する。

 とりあえず才人を寝かせとけ、と部屋に着くなりそう述べたデリフリンガーの言う通りにすると、じゃあこれからどうしようかとシルフィードは部屋にあった椅子に腰を下ろした。

 

「肝心のこいつがこの状態じゃなぁ。今日はもう寝るしかねーんじゃねぇの?」

「むー。仕方ない。じゃあシルフィも、って」

 

 ベッドを見た。才人が寝ているそれは、二人が余裕を持って寝転がれるスペースなど存在していなかった。もし寝ようとするならば、半ば強制的に肌を触れ合わなくてはならない。

 

「窮屈そうなのね」

「……そうだな」

 

 まあいいや、とシルフィードは才人の上に覆い被さった。抱き付くような体勢を取ると、そのままごろりと横になる。やっぱり狭いと文句を述べる彼女に対し、諦めるしかないだろうとデルフリンガーは溜息を吐いた。

 ついでに、明日の朝にどんな光景が繰り広げられるかを想像し、酔い潰れている少年の冥福を祈った。

 

 

 

 

 

 

 幸か不幸か、才人が目を覚ましたのは朝ではなかった。深夜、酔いが覚めてきたからなのか、沈んでいた意識が浮上したのである。

 そして目の前に映るシルフィード。うお、と思わず距離を取ろうとして、その体ががっちりと掴まれている事に気が付いた。何とか動く首で辺りを見渡すと、どこかの宿の一室であることが分かる。どうやらベッドが狭いために無理矢理二人寝た結果こうなったらしい、ということを理解した才人は、盛大に溜息を吐いた。

 そして、目の前で眠る女性を眺める。

 

「すー、すー」

「……いかん。イカンぞ才人、ダメだ落ち着け。こいつは竜だ、爬虫類だぞ。おっぱい柔らかいけど爬虫類なんだ。だから……ちょっとこう、この状態なら手を動かせば尻揉めたりとか」

「事実無根がただの事実に早変わりだな」

「おおおおぅ!?」

 

 奇声を上げてシルフィードの下半身に伸ばしていた手を引っ込める。何やってんだという声が彼の背後から聞こえ、才人はその存在を思い出すと同時に我に返った。

 目の前で幸せそうに寝息を立てている彼女を起こさぬように気を付けながら、彼は溜息混じりでデルフリンガーに声を掛ける。本当に何をやっているんだ俺は、と。

 

「酒の勢いで男女の営みたぁ、小僧も隅には置けねぇな」

「ちゃんと今こうやって正気に戻ったっつの。大体相手は言うなら翼生えてるでっけぇトカゲだぞ、色々と駄目だろ」

「ん? おめぇあの見た目は幼い娘っこだった吸血鬼といい仲になったんだよな?」

「なってねぇよ。何でどいつもこいつも俺を変態にしようとするんだよ」

 

 俺はいたって普通の胸のでかい女の子を好む高校生だ。そう一人宣言すると、そんなことよりと話題を変えた。その転換の下手さに、デルフリンガーは自身の相棒であるピンクブロンドの少女の姿を思い出して笑いが溢れる。

 

「なあデルフ」

「おう?」

「俺、途中からよく覚えてないんだけど、何か気になる情報とかあったっけ?」

「次から酒飲むのはやめとけ、な」

 

 こいつ一体何の為に酒場はしごしたんだと鍔を鳴らしながら溜息を吐いたデルフリンガーは、それでも律儀に記憶を遡る。酔っ払う直前の才人は全然情報が集まっていないとぼやいていたが、しかし。

 

「その偽フーケだがよ。そこに書いてる奴全員そうなんじゃねぇのか?」

「へ? ああ、あの憲兵の人、何だっけ……アニエスさんがくれた紙のあれのことか」

「おう」

 

 迷うこと無くそう答えたデルフリンガーに、才人は何故だと疑問をぶつけた。記憶はおぼろげだとはいえ、そこまで確信を得るような情報はなかったはず。そんなことを考えながら、彼は魔剣の答えを待つ。

 

「噂話がな、あまりにもバラバラなのさ。一人の怪盗について話してるにしちゃ、雑多過ぎる。まあ容疑者になるくらいだから何かしら脛に傷持ってんだろうがな」

「てことは、何か? 俺四人全員倒さないと性犯罪者の汚名返上出来ないの?」

「いい具合に担がれたなぁ、小僧」

「マジかよ……」

 

 ガクリと才人は肩を落とす。成程確かにそう考えれば犯人が絞れない滅茶苦茶な噂話も一つに繋がるような気がした。

 そんな彼に、サイト、とデルフリンガーが声を掛ける。からかうような口調ではなく、どこか真剣な感情を含んだそれに、才人も思わず表情を引き締めた。

 

「あの紙のメモ、どこまで覚えてる?」

「え? え、っと……ロングビルさんを除いても、残り四人全員メイジ。ロングビルさんを除いて全員男。使う呪文は全員土。後、何かあったっけ?」

「まあ、おめぇは知らんかもしれんがな。ちょっと前に憲兵を指揮する人間が変わったのさ。基本平民の腕っ節いいので構成されてるんだが、その指揮する奴ってのが土のメイジでよ」

 

 わざわざそんな話を急にし始めるということは。何となく予想が付いた才人は息を呑む。

 

「あのメモの一人、わざとらしいくらい遠回しにそいつが書かれていた。他はもう少し分かりやすかったのに、な」

「まあ、ロングビルさんなんか名指しだったしな」

「そう。更に言うと、酒場の噂でのフーケの話題にそいつの特徴だけ一切混じっていなかった。つまりだ」

 

 そのタイミングで宿屋の入り口が急に騒がしくなった。こんな時間になんだ、という声と、逃げた犯罪者を追っているというやり取りが聞こえ、思わず才人は目を見開く。デルフ、と主人の相棒の名を呼ぶと、思ったより早かったなという返事が来た。

 

「どうすんだよ! おいシルフィード、起きろ、起きろって! 逃げるぞ」

「むー、もう食べられないのね」

「ベッタな寝言だな! じゃなくて、おいこら起きろ爬虫類」

「うー。シルフィは爬虫類じゃないのね。ほら見なさい、こんな立派な体をしたトカゲがどこにいますか」

 

 ほとんど閉じかけのトロンとした目のまま、明らかに寝惚けた様子のシルフィードは、そのまま才人を押し倒すような体勢を取った。その拍子に、重力に従って彼女の胸がポロリと垂れる。思わず目を見開いた彼の隙を突き、シルフィードはその体を使って思い切りのしかかった。

 そんな彼女の行動が完成するのと、すいませんお客さんと宿屋の主人がドアを開けるのが同時であった。ちょっと確認したいことが、と述べながら部屋を見ると、そこにはベッドで年若い女性に押し倒される少年が。

 

「ほらほら、シルフィは立派なのね!」

「分かった! 分かったって! やめて、動かないで!」

 

 シーツでよく見えないが、どうやら少年の上で女性は激しく動いているらしい。暫しそれを眺めていた宿屋の主人は、ほらそうだったでしょう、と後ろについて来ていた憲兵に告げた。この部屋は若いツバメを囲い込んだ婦人の部屋で、暴漢なんか潜んでいないから、と。

 確かにそうだな、と少し気まずそうにベッドを見ていた二人の憲兵は、もう帰って一杯やろうと口々に呟きながらその場を去っていく。まったく兵長も何で急に、という呟きが沈黙を保っていたデルフリンガーへと届いた。

 扉はゆっくり閉まっていく。才人の悲鳴は、それに伴って廊下から消えていった。

 




シルフィードが絡むと下ネタ度が上がる。
何故だ。

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