ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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物理でどうにかする面々がいないと話が地味。


その3

 一体何をするんだ、とルクシャナはアンリエッタに問い掛けた。清掃活動、というのがそのままの意味でないのは既に分かり切っているので、具体的な内容が知りたかったのだ。

 が、当のアンリエッタは彼女の言葉を聞き、さてどうしましょうかと微笑む。

 

「ノープラン?」

「ええ。とりあえず適当に問題を探しましょう」

 

 何を言っている、とアリィーはアンリエッタに詰め寄った。わざわざもったいぶって宣言したくせに何も考えずに動き回るなどとふざけているとしか思えない。不機嫌さを隠そうともせず、彼はそう言い放つと話にならんと踵を返した。ルクシャナの手を取り、帰るぞと彼女に述べる。

 当たり前だが、ルクシャナはそんなアリィーに嫌だと答えた。苦虫を噛み潰したような顔になる彼を見て、彼女はそのままふふんと笑う。

 

「帰りたいなら、アリィーが一人で帰ればいいわ」

「ぼくは一応ビダーシャル卿に君の面倒を見るよう頼まれているんだ。……我儘を言わずに、素直に従ってくれ」

 

 ぶう、とルクシャナはむくれる。視線をアリィーからアンリエッタに向け、ニコリと彼女が笑みを返したことで同じように笑みを浮かべた。うんうん、やはり自分の予想は正しいな。そんなことを思いつつ、ルクシャナは再度アリィーに視線を戻した。

 

「とにかく。わたしはアンリエッタと一緒に行くわ」

 

 梃子でも動かん、と胸を張るルクシャナを見て、アリィーは諦めたように溜息を吐いた。何でそこまで彼女に同行しようとするのか分からず、ガリガリと乱暴に頭を掻く。

 そこで、ふと他の面々を見た。イザベラはアンリエッタの言葉に何ら疑問を浮かべてもおらず、ただただ静かに状況を見守っている。ティファニアは逆で、頭に疑問符しか浮かんでいないような表情で佇んでいた。ただ、どちらにせよ、質問も反対意見も出す気はないらしい。

 

「……おい、魔王」

「はい、何でしょう」

「ぼくは手伝わんぞ」

「ええ。勿論ですわ」

 

 彼の言葉に即答すると、では行きましょうとベアトリスの肩を掴んだ。ひっ、と短い悲鳴を上げたベアトリスは、そのまま彼女のされるがままに引きずられていく。

 

「お、王妃! わ、わたしを一体何に使うおつもりで!?」

「それは、貴女が一番良く分かっているのでは?」

「ひっ!」

 

 二度目の悲鳴を上げたベアトリスは、相手がトリステインの現王妃であることなど忘れて離せと暴れた。む、と少しだけ眉を顰めたアンリエッタは、そんな彼女を全力で拘束せよと他の面々に指示を出す。了解、とノリノリなルクシャナとティファニアによって、ベアトリスはあっという間に抵抗することが不可能な状態にされた。

 

「……あれは、いいのか?」

 

 傍観者に徹しているイザベラにアリィーは問い掛けたが、ええ勿論、と彼女は迷うことなく言い切った。まあ少なくとも考えなしにやってはいない、と言葉を続けた。

 ちなみにそこに浮かんでいるのは安堵の表情であった。平和だな、などと明らかに場にそぐわないことを呟いていた。

 

「彼女は旗手なのね……。成程、私も欲しいわ」

「言っている意味はよく分からんが、多分違うと思うぞ」

 

 

 

 

 考えなしに歩くと彼女は言ったが、勿論本気ではない。他の面々の反応を見た結果そう判断したアリィーは、しかし時間が経つにつれてどんどんと表情を曇らせた。

 理由は簡単。アンリエッタが本気で考えなしに歩いていたからだ。

 

「おい魔王」

「はい?」

「どういうつもりだ」

「どういうつもり、とは?」

 

 ふざけるな、とアリィーは怒鳴る。遊んでいないでさっさと目的を片付けろ。そう続け、怒りを隠そうともせずに彼女を睨んだ。関係ないベアトリスが小さく悲鳴を上げた。

 対するアンリエッタは、そんな彼を見てクスクスと笑った。細くしなやかな指先を口元に当て、そしてその後人差し指を一本立てる。それをアリィーに突き付けると、短気は損気ですよと言葉を紡いだ。

 

「何だそれは?」

「サイト殿の国の格言だそうです。まあつまり、そういうわけですわ」

 

 どういうわけなのか分からない。が、とりあえずここで怒りを表すと向こうの思う壺だ。そう判断したアリィーは、ふんと鼻を鳴らすとアンリエッタから視線を外した。もう知らん、と言い放ち、最初からそうでしょうと彼女に返されるまでがワンセットである。

 不機嫌さを隠そうともしないアリィーが一歩下がったのを見計らい、今度はルクシャナが彼女に問い掛けた。まあ確かにアリィーの気持ちも分かる、という前置きを付けてである。意味があるのは分かっているので、どういう意図があるのかくらいは教えてくれてもいいじゃないか。そういうことらしい。

 

「清掃活動、とわたくしは言いました」

「うん」

「つまり、汚れていなければそれは叶わないということです」

「うん……うん?」

「だからわたくしは待っているのです。町を汚す輩が現れるのを」

「お、おぅ……」

 

 流石のルクシャナもドン引きであった。それってつまり早く問題起これよと言っているわけで。平和が乱れるのを望んでいるわけで。

 そんな彼女の表情で勘付いたのだろう。アンリエッタは困ったように笑いながら頬に手を当てた。少し誤解をされてしまったようですね。そう言うと、ルクシャナ以外の四人にも目を向ける。

 身内と同じ顔をしていた、と諦めているイザベラを除き、例外なく何言ってんだコイツという顔をしていた。ふう、と溜息を吐くと、もう少し詳しく話しましょうとアンリエッタは皆から視線を外した。

 

「まずに言っておかなければならないことは、わたくしはただ単に問題が起こるのを望んでいるわけではないということですわ」

「だ、大規模な何かがいいってこと?」

「テファ……わたくしのイメージをもう少しマイルドにしてもらえませんか?」

 

 まあルイズ達のせいだろうな、と判断したアンリエッタは、とりあえずそれは置いておいて、と咳払いを一つ。ベアトリスに視線を向けると、何かを察しろとばかりにクスリと微笑んだ。

 

「ルクシャナに先程問いましたよね? エルフの軍人の服装についてを」

「うん。確かアンリエッタが聞いてきたのは水軍の服装だったっけ。……あ、そういうこと?」

 

 ええ、とアンリエッタは頷く。勘付いたルクシャナと同じ結論に至っていたらしいイザベラは、こういう時に自分が何も被害を受けていないことに若干戸惑いながらも納得したような表情を見せていた。アリィーはもう知らんと考えるのを放棄している。

 そして。

 

「……どういうこと? ね、ねえベアトリス、どういうこと?」

「少しは自分で考えなさい無駄乳。……わたしがたまたま見付けたエルフの軍人が、同盟を破棄させようと動いている。とか多分そんな感じよ」

「成程。……それが、どう関係するの?」

「だから少しは自分で考えろ乳でか脳天気!」

「酷い!?」

 

 若干涙目でベアトリスを睨んだティファニアは、ベアトリスがいじめる、とアンリエッタに泣き付いた。よしよし、とそんな彼女の頭を撫でたアンリエッタは、じゃあちゃんと説明しましょうかと笑みを見せる。

 

「先程のミス・クルデンホルフの言葉通り、恐らく先程のエルフの軍人が何かをしようとしているのは間違いありません。でなければ彼女が反応するはずないもの」

 

 ねえ、とアンリエッタはベアトリスを見る。ひっ、とその眼光に当てられベアトリスは悲鳴を上げた。

 

「……ただ、証拠も何もない状態でわたくし達がその連中を捕まえたところで、事態は何も解決しないでしょう。むしろ何の罪もないエルフに危害を加えたと糾弾される恐れもある」

 

 だから、向こうが動くのを待っている。つまりはそういうことであった。説明されればああ成程、とティファニアも納得したように手を叩き、よかったと安堵の溜息を吐く。

 その溜息の理由が何なのか。勿論分かっていたが、アンリエッタとしてはきちんと問い質したい気持ちになった。

 

 

 

 

 

 

 さて、では。とアンリエッタはベアトリスに視線を向けた。ニコリと微笑むと、そろそろいいでしょうか、と彼女に問い掛ける。

 

「え? な、何がでしょうか?」

「勿論、貴女の意見をお聞きしたいの」

 

 自分の質問の答になっていない。そう彼女は思ったが、それを口にしたところで何の意味もないことを理解し飲み込んだ。代わりに、一体何の意見を聞きたいのかと問い返す。

 そんなベアトリスの言葉に、アンリエッタは再度笑みを浮かべながら勿論これだと指を立てた。

 

「この町の中で、貴女が現在一番向いたくない場所。それを、教えてもらいましょう」

「……え?」

 

 いきなりそんなこと言われても。目をパチクリとさせながら狼狽えたベアトリスは、なんと答えていいのか分からず視線を彷徨わせた。向こうは自分に正解を望んでいる。が、それが何なのかさっぱりわからないのだ。急に降って湧いた自身の危機に、彼女は顔面を蒼白にしながら必死で思考を巡らせた。

 

「そ、そもそも向かいたくない場所と言われても、何が何やら」

「でしょうね。ここできちんと答えられたらわたくしは貴女を買い被っていたと失望するところでしたわ」

 

 そういう意味では今彼女は危機を脱したと言える。この程度では証拠にはならないが、少なくともまだ自身の判断が間違っているわけではない。アンリエッタは笑みを湛えながら、今度はルクシャナに目を向けた。では次だ、と心の中で言葉を紡いだ。

 

「あの手の輩は、この町のどこを狙うと思います?」

「え? ……んー、やっぱり、新市街の方じゃないかしら。蛮人とエルフが交流している場所なんて、『鉄血団結党』にとっては見たくもないでしょうし」

 

 成程、とアンリエッタは頷く。新市街、というのはつまり今日彼女達が観光をしていた場所だ。確かに『鉄血団結党』のエルフを見たのもここなのだから、その意見は至極もっともである。

 だが、否、だからアンリエッタはその意見を聞いて確信を持った。

 

「では、旧市街に向かいましょう」

「へ?」

 

 今の会話でその結論を出す意味が分からない。そう言いかけたルクシャナは、しかし持ち前の発想でとあることに思い至った。件の『鉄血団結党』はエルフが正しく蛮人は間違っているという思想を前提としている。だから、こんな場所は滅ぼすべきだと向こうは考えているだろうというのは大抵のエルフならば考えつく。

 だがもし、それ以上に許せない存在がいたとしたら? 町をどうにかするのは後回しになるのではないか。同時に消しされる手段でもあれば話は別だが、そんなものは存在しないのだから、優先順位の高い方を実行するはずだ。

 ちらりとティファニアを見た。ハーフエルフ、人とエルフの心が通い合った証左。『鉄血団結党』からすれば、視界に入れるのもおぞましい存在。

 

「アンリエッタ」

「はい」

「旧市街なら、大祭殿に行きましょう。大きく精霊の力を借りる時に使う施設だけれど、普段は人気のない建物よ」

 

 旧市街に外れにあるというその建物の方向を指し示す。大仰な身振り手振りで、その声もまるでここにいない誰かに聴かせるように大きめな声で。

 ニコリとルクシャナの言葉に頷いたアンリエッタは、ではそうしましょうと同意した。首を傾げるティファニアを見て苦笑すると、ちらりとイザベラを見る。口にはしなかったが、どうするのか、とその目が問い掛けていた。何がどうするなのか、そんなものは考えるまでもない。

 

「ここで自分は関係ないから帰る、なんて言えるなら、とっくに父上と叔父上を適当な罪でも着せて牢屋にぶち込んでいるわ」

「だからこそ、イザベラ王女はミス・オルレアンに慕われているのでしょう?」

「……どうなのかしらね」

 

 仮面舞踏会で姿を模倣される程度には慕われている。が、アンリエッタは勿論それを口にしない。薄く笑い、では全員で行動するということで問題ないなと一同を見渡した。

 

「わ、わたしは足手まといになるでしょうから、宿で待機を――」

「ミス・クルデンホルフ」

「は、はい」

「一月後、路頭に迷っていなければいいですわね」

「ひっ!?」

 

 全く表情を変えないまま、問題ないな、とアンリエッタは再度一同を見渡した。

 

 

 

 

 成程ルクシャナの言った通り、大祭殿の入り口付近には人影は何も見当たらない。

 

「まあ、こういう場所は神聖なものだって基本近付かないから」

「そうですわね。……やはり、エルフも人も、その考えの根底はそう違いはないのでしょう」

「そう思わないエルフも少なくないぞ」

 

 アリィーの言葉に、アンリエッタは勿論ですわと返す。だからこそゆっくりと歩みを進めているのだし、だからこそ今のような事態に陥っている。

 だがまあ、と彼女は視線を空に向ける。そんなもの、同じ種族でも起こり得ることだ。自分達とロマリアの一部もそうだし、エルフ穏健派と『鉄血団結党』もそうだ。

 

「でも、それでもわたくしは同じだと思いますわ。だからこそ、テファも生まれてきた」

「……うん」

 

 ティファニアに笑みを返し、彼女は杖を取り出した。ルクシャナに目配せをすると、そのまま視線をベアトリスに向ける。

 挙動不審に周囲を伺っていた彼女は、西側の路地だけ視線を向ける回数が極端に少なかった。

 

「……『鉄血団結党』の皆様。そうこそこそせずとも、貴方達ならばどうとでもなるのではないですか?」

 

 その西側の路地に向かい、アンリエッタは無遠慮に言葉を紡ぐ。挑発とも取れる物言い、というより挑発そのものであるそれを聞いたからなのか。あるいは隠れていることがばれたからなのか。彼女の言葉に合わせるように、軍服を着た三人組のエルフが堂々とその場に姿を現した。

 男二人と女一人。あの時に見かけたエルフで間違いない。

 

「ごきげんよう。わたくし、トリステイン王国の王妃、アンリエッタと申します。そちらからすれば、しがない蛮人の国の王の妃ですわ」

 

 ふん、とエルフの一人はそんな彼女の言葉を鼻で笑い持っていた武器を構えた。銃のようなそれは、トリステインなどで流通しているものとは随分と形が違う。あれは意外と使えそうだ、とその銃を眺めながら場違いな感想を持ったアンリエッタは、そんなことをおくびにも出さずに言葉を続けた。それで、そちらの目的はなんでしょうか、と。

 

「しれたこと。そこの、裏切り者を始末しに来た」

 

 彼女の言葉にそう返したのは、向こうの紅一点であった。綺麗な金髪と、澄んだ碧眼。エルフらしい美貌を持ったその少女は、しかし冷たい声で、ともすれば憎しみの篭ったような口調でそう述べた。

 それは、ただ単に『鉄血団結党』に所属しているからというだけではないように思えた。むしろ、党の方針はおまけであると言わんばかりだ。

 

「失礼ながら、お名前を伺っても?」

「蛮人に名乗る必要はない」

「あら、それは残念」

 

 銃を突き付けられているというのに、全く動揺した様子を見せないアンリエッタ。その姿に、少女の顔が少しだけ曇った。が、すぐに頭を振るとそんなものはどうでもいいと銃口をティファニアに向ける。

 

「彼女を撃ったら、まず間違いなく蛮人とエルフは戦争になるわ」

 

 真剣な表情のままルクシャナはそう述べたが、しかしそれがどうしたとエルフの男は言い放った。むしろ望むところ、蛮人などこちらにとっては虫けらも同然。そう続け、彼は遠慮なく引き金を引く。

 まあ分かってた、とルクシャナがその弾道を精霊の力で逸らした。ティファニアに下がるように伝えると、行くわよアリィーと自身の婚約者の名を呼ぶ。手伝う気はないって言っただろう、と彼の悲痛な叫びが木霊した。

 

「大体、同胞と争うなんておかしいだろう」

「ええ、そうね。おかしいわ」

 

 ルクシャナの言葉に込められた意味、それを理解したアリィーは諦めたように溜息を吐いた。身を守ることしかしないからな、と彼は述べ、ありがとうと彼女は返す。

 

「好きよ、アリィー」

「ああ、ぼくもだよ」

「……ウェールズ様、ウェールズ様はどこ!?」

「王妃、戻って来なさい」

 

 イザベラの言葉で我に返ったアンリエッタは、こほんと咳払いを一つした。では話もまとまったようですので、と言葉を紡ぎ、ルクシャナと同じように自身も一歩前に出た。

 

「ではミスタ・アリィー、イザベラ王女、ミス・クルデンホルフ。テファを、よろしくお願いいたしますわ」

「ふん」

「ええ」

「は、はい!?」

 

 杖を右手でくるくると弄び、敵意を全く隠していない『鉄血団結党』の三人を見やる。まず間違いなく向こうはこちらを殺す気で来る。そう判断したアンリエッタは、何がおかしいのか、クスクスと声を上げて笑った。

 気でも狂ったか、とエルフの男は彼女を嘲笑う。そしてそれを見て、アンリエッタは更に笑みを強くさせた。

 

「さて、では。わたくし達は、蛮人らしい手段を取らせてもらいましょうか」

 

 そう言うと同時、彼女は呪文を唱え杖を振るった。




ナチュラルボーン悪人王妃アンリエッタ。

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