ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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ほぼ蛇の足。


その5

 白刃が舞う。その軌跡の先には灰髪メイドの胸元があった。一気に勝負を決めんと踏み込んだ才人のその一撃は、しかし相手が体を後ろにずらすことで空を切った。

 どうでもいいことだが、ルイズかタバサだったのならばもう少しずらす距離は少なくても問題はなかったと思われる。

 

「ちぃ」

「何悔しがっているんですか。あんな見え見えの一撃に当たるはずないでしょう」

 

 体勢を立て直すと同時に体を捻る。上から斜めに振り下ろされる形になったその小剣は、振り切った剣をすぐさま戻した才人の一撃とかち合った。戦っている二人の得物がぶつかり合う音、にも拘らず、辺りに響いたのは何とも澄んだ金属音。ただ音だけ聞いたのならば、まるで金属製の打楽器のような、チャイムやベルを思わせるような。

 才人がお返しだと剣を振るう。『地下水』がふんと鼻を鳴らしながらそれを弾く。そのたびに、その音色は広場に響き渡る。剣と剣とが奏でる二重奏が、勝負が決まり興味が薄れていた観客達の関心を引いた。

 単純な野次馬、あわよくば新たな錬金術士の跡継ぎに取り入ろうとしたもの、賭けに負け自棄になったもの。程度は違えども、それら全員が、彼と彼女の演奏に耳を傾けている。

 

「……」

「あら、どうしたのルイズ?」

「いや、別に何も」

「……拗ねてる?」

「拗ねてない。そうじゃなくて」

 

 タバサの言葉を否定しつつ、彼女はむむむと中央を見た。剣舞の演奏会を開いている二人を見た。

 あ、ひょっとして、とキュルケは笑う。絶対違うだろうなとタバサは溜息を吐いた。

 

「あの二人に妬いてるのぉ?」

「え? 何で?」

「……うん、あたしが馬鹿だったわ」

「やーいばーか」

「タバサはせめてフォローして!?」

 

 無理、と一言で切って捨てたタバサは、まあそれはそれとして、とルイズを見やる。それで結局何が気になっているのだ。そう尋ね、彼女も視線を中央の二人へと戻した。

 才人が姿勢を低くする。それを見てクスリと笑った『地下水』は、小剣を前に構え片足で立つような姿勢を取った。膝辺りまで上げられた右足は彼女のスカートを押し上げており、地面に沿って下段を攻めようとしていた彼の位置からは色々とギリギリである。

 

「あ、てめぇ卑怯だぞ!」

「何がですか?」

「何がって……だから、それだよそれ」

「どれでしょうか? ハッキリ言わないと分かりませんね」

「だから、あー、もう! 分かった、もう知らん、ガン見してやる!」

「変態」

「吐き捨てるように言うのはやめろ!」

 

 苦虫を噛み潰したような顔をしながら、しかし戦術は変えないらしく、才人は姿勢を低くしたまま一気に詰め寄った。狙うは足。相手の移動力を奪えば、この勝負ならばそれで決まりだ。そう判断した彼は、そのまま彼女の左足を刈るために剣を振るう。

 その剣が途中で何かが纏わり付くように鈍くなった。な、と目を見開いた才人を見下ろしながら、『地下水』は本当に馬鹿ですね、と呆れたように笑う。何でこの状態で馬鹿正直に突っ込んでくるのやら。そう続けながら、羽が舞うように跳躍すると才人の上に着地した。

 ぐえ、と蛙の引き潰れたような音を立て、彼は地面に縫い付けられる。両足で才人の背中をグリグリと踏みながら、『地下水』は勝ち誇ったように笑みを浮かべた。

 

「誰が、誰に負けたんでしたっけね?」

「ぐ、てめぇ……あだ」

「大人しく退場しろ? 退場するのは一体どちらなんでしょうか」

「こ、のやろ……いだだだだ!」

「まったく。単純で、馬鹿で、弱い。救いようがありませんね」

「ふっざけ――」

 

 ふん、と鼻で笑うと、『地下水』はそのまま才人を敷物にして座り込んだ。背中にさらなる衝撃が加わり、彼の肺から空気が抜ける。

 そんな彼の眼前に、彼女は思い切り小剣を突き立てた。それが何を意味するかなど、大分ここでの暮らしに染まっている才人が分からないはずもなく。

 

「サイト」

「……んだよ」

「あの時以来、私はこれでも自分を鍛えたんですよ。今まで別の体を使うことで強化を行ってきた私が、です」

「だから何だよ」

「自分の力で強くなるのは、存外楽しいものですね」

「……そりゃそうだろ」

 

 何を今更そんなこと言っているんだ。彼の言葉にはそんなニュアンスが含まれていて、そして彼女はそれに気付かないほど鈍くない。そうですね、と何かに同意するように頷くと、『地下水』はどこか楽しそうに微笑んだ。

 

「……で、いつになったらどいてくれるんだよ」

「何か問題が?」

「大有りだよ! 何で俺がお前の座布団にされなきゃいけないんだよ!」

「ザブトン?」

「あー、えーっと、敷物! クッション! とにかく俺の上に座んな!」

「敗者が偉そうに」

 

 やれやれ、と『地下水』は肩を竦める。誰が敗者だ、と騒ぐ才人の頭の上に手を乗せると、そのままギリギリと締め付けた。お前ですよ、と追い討ちを掛け、彼女は満足そうに鼻歌を歌う。

 そこでふと気付いた。辺りには『地下水』と彼女の尻に敷かれている才人を見ている観客が多数いることに。ああそういえば、と手を叩いた彼女は、仕方ないからこの辺にしておこうと立ち上がる。勿論その時は才人の体に体重を掛けた。

 

「さて、と」

 

 サイト、と彼女は彼の名を呼ぶ。何だよ、と倒れたまま才人は不機嫌そうに顔だけを上げた。どこを見たかは敢えて言わない。

 そんな彼に向かい、あれを見ろ、と彼女は指差す。その方向、あれと呼ばれた場所に視線を動かした才人は、顔を引き攣らせてげ、とうめいた。

 

「負けた弟子に師匠がお冠のようですね」

 

 腕組みをし、ズンズンという効果音が似合うがごとく。

 

「サーイートー」

 

 ルイズ・フランソワーズはこちらへと向かってきていた。

 

 

 

 

 

 

 ふん、と鼻を鳴らすと、ルイズは持っていた大剣を振り上げる。命の危険を感じ取った才人は、すぐさま起き上がると横に飛んだ。轟音が響き、広場の大地に亀裂が出来る。当然のことながら、才人が回避しなければ今頃臓物をぶち撒けながら一緒に転がっていたであろうことは想像に難くない。

 

「殺す気か!?」

「何言ってんのよ。アンタが避けられないはずないでしょ?」

「嬉しくねぇよその信頼」

 

 あっそ、とルイズは述べると、振り下ろしていた大剣を肩に担いだ。半身に構え、肩に担いだ大剣を両手で持つ。真っ直ぐに才人を見たままその体勢になるということがどういうことなのか。彼がそれを分からないほど彼女との関係は浅くない。カステルモールとの勝負には使わなかった、彼女の本来の構えを取った。つまりルイズは。

 本気で、ぶちのめしに来ている。

 

「る、ルイズ?」

「何よ」

「……怒ってる?」

「何でそう思うの?」

「へ? ……ちか――じゃねぇ、あいつに負けたからじゃねぇの?」

「半分正解」

 

 一歩。それだけで才人の懐に潜り込んだルイズは、大剣を肩に担いだ構えのまま膝蹴りを叩き込んだ。小柄な彼女の一撃で、男性の才人の体がくの字に曲がる。衝撃で目を見開き、しかし追撃が来るのを察した彼は、すぐさま剣を目の前の少女へと打ち込んだ。

 ルイズの柄先が、才人の剣とぶつかり合う。マジかよ、と眉を顰めた才人を見て、ルイズは呆れたように溜息を吐いた。

 

「ちょっとサイト」

 

 ふざけてんのか。そう言いながら彼女は足を前に突き出す。腹に二撃目を食らった才人は、今度こそ後方へ吹き飛ばされた。バウンドしつつ受け身を取った彼が前を見ると、既に目前には大剣を振り下ろそうとしているルイズが見える。

 咄嗟に剣を前に出した。反撃や回避は間に合わない。そう判断した結果の、苦し紛れの防御である。

 

「がっ……!」

 

 甲高い音を立てて、しかし壊れることなく健在であった剣のおかげか、才人はそのまま戦闘不能になることは避けられた。再度吹き飛び広場の端にある会場と観客席を区切るフェンス状の壁まで追いやられ、彼は今度こそ逃げ場がないことを確信する。

 ルイズは追撃することなく、才人を真っ直ぐに見詰めていた。不満気に唇を尖らせながら、とっととこっちに来いとばかりに足をトントンと動かしている。

 

「別に負けるのはいいのよ。そこまでアンタの強さに期待してるわけじゃないし」

「酷ぇ!」

「でもね、サイト」

 

 再度大剣を肩に担いだ。今度は片手で武器を持ち、前傾姿勢のまま彼がこちらに向かってくるのを待ち構える。行けば確実に迎撃される。が、行かないという選択肢は元よりなかった才人は足に力を込め一気に駆けた。

 ルイズはまだ動かない。才人が剣を振るう直前になっても、まだ得物は肩に担いだままである。

 

「アンタ最近、たるんでるんじゃないの?」

 

 才人の横薙ぎの一撃を、ルイズは縦に振るった大剣で叩き落とした。相手の武器ごと地面に突き刺さる自身の剣を、相手よりも早く振り上げる。

 剣から手を離し横っ飛びに回避していた才人の真横を、暴風が通過していった。

 

「……やっぱデルフじゃないとこの構えはしっくり来ないわね」

 

 目の前の地面に刺さりっぱなしの剣を引き抜くと、ほれ、と才人に向かって投げた。それを受け取った彼は、先程より更にゲンナリした顔で武器を構える。まだやるのかよ、と思わず愚痴が口をついた。

 

「まあ、そうね。これ以上ここでやってもしょうがないし、次で終わりにするわ」

 

 どういう意味なのか、と才人は口にしようとして、やめた。結局それは彼女がいきなり襲ってきたことに起因するのだろうから。そして、理解してしまえば実に単純なものであったからだ。

 まあ詰まるところ。

 

「やっぱ怒ってんじゃん……」

「違うわサイト」

 

 ジト目で睨む。大剣を構え、足に力を込め。自身の一挙一動を見逃さぬとこちらを見ているサイトから、離れているキュルケ達と合流した『地下水』を見やり。

 視線を戻すと同時に向こうに踏み込むと、容赦無く彼の頭に剣を叩き込んだ。刃の有る無しに拘らず当たった頭部は柘榴のように破裂してもおかしくないその一撃は、どうやら才人にとっては意識が飛ぶだけに留まるらしい。情けない声を上げる、ということすら出来ずに倒れる彼を見下ろしながら、まあ耐久力は及第点だと頷く。

 倒れ、動かない才人の前で屈むと、ばーか、と彼の頭をクシャクシャと撫でた。

 

「最近、アンタに構ってやってなかったなぁって、ちょっと反省したのよ」

 

 怒っていた、の方が行動の理由としてはマシなんじゃないだろうか。そうツッコミを入れてくれる奇特な輩は、生憎といなかった。

 

 

 

 

 

 

 その後のことは、特に問題なく進んでいった。結局この騒ぎの結果では末の妹が作る武器は素晴らしいということが証明されたが、如何せん彼女は効率が悪い。なので何か特殊な依頼を彼女が担当し、それ以外の普通の仕事は上の兄二人が受け持つ、という非常に回りくどい道を辿った和解をすることと相成ったのだ。全員でシュペー卿の名を受け継ぐ、というわけである。

 その辺りの結果に特にこだわっていなかったルイズ達は、むしろその方向に進むよう働きかけていた。少女はそのことで必要以上に感謝され、むしろこちらが恐縮してしまったほどだ。何せ、彼女達は早くデルフリンガーを精錬して欲しかっただけなのだから。

 では始めます、と少女はデルフリンガーの刀身を外す。暫しそれを眺めていた少女は、成程と頷くと柄も取り外した。

 

「改めて見ると随分と特殊な剣ですね。ここの鍔部分を起点として、剣全体に精神を行き渡らせているみたいです」

「……へー」

「絶対分かってないだろ相棒」

「デルフ、人を馬鹿にするのも大概にしなさいよ。わたしは、これでも、学院の座学トップクラスなのよ」

「でもそれ魔法の知識を持ち合わせているってだけで、頭がいいとは別問題よねぇ」

「うっさい!」

 

 がぁ、と叫ぶルイズを受け流し、それでどうするのとキュルケは少女に問い掛ける。大体の構造はそのままで、単純に耐久値を上げる方向で行きます。そう答え、工房に置いてあるインゴットを二・三個持ち出した。

 鋳造そのものはこの間見たものとそう変わりはない。前回よりも丁寧に、何かを込めるように作業をしているが、基本は同じだ。ぼんやりとルイズはそれを見ながら、同時並行で行われている精錬の方にも視線を向けた。

 こちらは修理がメインなので、デルフリンガーほど手間は掛かっていない。多少の鋳造は行うかもしれないが、それくらいである。そのためか、修理されている本人もどこか手持ち無沙汰なようであった。

 

「暇そうね」

「……医者に治療してもらうのと、変わりませんからね」

 

 そりゃそうか、とルイズは頷く。むこうでやたらテンションの上がっている己の武器がおかしいのだ。そう結論付けると、彼女はやれやれと頭を振った。

 ところで、とそんなルイズに『地下水』は声を掛ける。あの馬鹿をもう少し構うのではなかったのですか。そう、彼女へと問い掛けた。

 

「んー。まあ、デルフ直ってからかしらね」

「全力でぶちのめす気ですね」

「何か問題?」

「いいえ、まったく」

 

 むしろどんどんやってやれ。そう言って、『地下水』はクスクスと笑った。

 

 

 

 

 さて、その頃の才人である。

 

「……」

 

 目が覚めると、彼の真横には見覚えのある少女が横たえられていた。目を閉じ、ピクリとも動かないその灰髪の少女の服装はメイド服。つまりはそういうことなのか、と溜息を吐いた才人は、おい起きろ、とその体を揺すった。

 

「あれ?」

 

 無反応である。どういうことだ、と頬を突付いてみたが、起きる気配もない。肩を揺すってみても、ゴロリとされるがままである。死んでいる、という可能性が一瞬頭を過ぎり、そんなわけないと頭を振った。

 

「本体は向こうで修理中、ってとこか」

 

 その間はこの体を動かせないのでここに置いておいたのだろう。本来のスキルニルと違い、自立出来ないよう心が失われているこれは、いつぞやに彼女が言ったように人形と何ら変わりがない。

 

「つっても、体自体は人間と変わらないんだよな」

 

 あどけない顔で眠っている。そんなように見える動かない少女の人形を見下ろした才人は、ふと邪なことが頭を過ぎりブンブンと首を振った。とはいえ、一度頭に浮かんでしまうとどうにも気になってしまうのは青少年の若い性というもの。

 暫し視線を彷徨わせていた才人は、やがて決心したように横たわっている『地下水』のボディーを見た。これは、ちょっとした仕返しであってセクハラではない。そう自分に言い聞かせると、彼は少女の下半身を覆っている布に手を伸ばす。

 

「白のローレグ……」

「何が?」

「いやあの時はチラッとしか見なかったからこのタイミングで思い切り見てやろうかと――」

 

 ギギギ、と錆び付いた蝶番が軋んだ挙句壊れるような動きで。才人はその相槌がきた方へと振り返った。

 タバサが、椅子に座って読書をしていた。ただ、今現在は本から顔を上げ彼を見詰めている。それはつまり、本体がいないのをいいことに思い切りスカートを捲ったという才人のアレな行動を見ていた、ということで。

 

「……タバサ、サン」

「大丈夫」

「何が!?」

「わたしはここで本を読んでいるだけだから。続けて」

「続けないよ!?」

 

 この日のタバサは、才人の奢りで心ゆくまで食事を楽しんだそうな。




等価交換エンド。

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