というわけでインテリジェンスソード回(予定)。
その1
その四人組は、トリスタニアの路地裏を歩いていた。暇があるとその辺りをふらふらしている魔王の政策により、汚さを残したまま清潔にするという謎のこだわりを見せているその道を、一行は迷うことなく歩みを進める。その途中で約一名が見知った顔に出会ったりというアクシデントに見合われもしたが、凡そ問題なく目的地には辿り着いていた。
ちなみにその約一名の精神は残り三名によりガリガリと削られていた。
「サイトぉ、もうちょっと、こう、押せ押せには出来ないの? 今日は金もたんまりあるんだ、みたいな」
「口説き文句としては最低だ! っていうか、違うだろ! 向こうも困ってただろ!?」
「まんざらでもなかった」
「へぇ、ふぅん」
「デタラメやめてくれませんかね!」
いいから早く入ろうぜ。そう言って才人は残り三人に向かいその建物を指差す。剣の形をした看板が垂れ下がっているそれを見て、そうね、とルイズ達は頷いた。
扉を開ける。若干薄暗い店内には、所狭しと剣や槍が乱雑に置かれていた。反対側には甲冑も並べてあるのが見える。
そしてカウンターにはパイプを吹かしながら、やって来た彼女達を眺めて溜息を吐く男が一人。
「久しぶりね、おっちゃん」
「だから貴族のお嬢様がおっちゃんはやめろよ……」
まあいつものことといえばいつものことなんだけど。そんなことを思いながら、才人はおっちゃんとルイズに呼ばれた男を眺めた。初老に差し掛かろうとしているその男は、ルイズを見て、その呼ばれ方を聞いて、再度溜息を零す。
今日は何の御用だ。貴族相手には決して使わないようなそんな語り口で、店の親父は彼女へとそう言い放った。
「んー、と。実は」
対するルイズ。そんなことを気にもせず、背中に背負っていたデルフリンガーをカウンターへとドンと置いた。怪訝な表情を浮かべる店の親父に向かい、これを見ろとばかりに鞘から抜き放つ。
刀身の真ん中から少し上、そこに盛大な罅が入っていた。
「なあ親父よ、ちょっと相棒に言ってやってくれ……。これ、酷いだろ? 最近扱いが雑になってきてよ……。この間なんか明らかに特殊加工してあったミノタウロスの大斧と無理矢理かち合わせたんだぜ。折れるっつの」
実際折れかけているので、デルフリンガーの愚痴にルイズは口を挟まなかった。あはは、と頬を掻きながら、まあそういうわけなのよと店の親父に述べる。これ、どうにかならないか、と彼に問い掛ける。
対する店の親父、はぁと盛大に溜息を吐いて頭を振った。無茶言うな、こいつを鍛え直せるやつはここにはいない。そう言ってヒラヒラと手を振った。
「そこをなんとか! このままだと次何かあったら確実にデルフ折れちゃうのよ」
「親父ぃ、俺っちからも頼む! このままだとそう遠くない内に死んじまう!」
そう言われても、と頭痛を堪えるように店の親父は頭を押さえた。ああやっぱり碌な用事じゃなかった。そんなことを思いつつ、しかしそこまで付き合いの浅くない彼は何かいい方法がないかと頭を悩ませる。
「ルイズ、無茶言ったら駄目よぉ。ここはやっぱり、新しい武器を探さなきゃ」
「ひでぇよ! 付き合い長いだろ!? 見捨てるなよ!」
「さようなら、デルフ」
「ドライモンスター!?」
冗談だ、とキュルケもタバサも言いはしたものの、しかしそれも視野に入れるべきだと割と本気で思っていた。直せないのならば、壊れる前に別の得物を用意するべきだ。そうでないと、武器とはいえ顔馴染みと永久の別れをすることとなる。そう考えたのだ。多分。
決してデルフリンガーの言っていたような薄情な理由ではない。恐らく。
というわけで、とキュルケは店の親父に声を掛ける。その場合何かお薦めはないのか、そう言ってカウンターに身を乗り出した。重力に従ってたゆんと揺れる彼女のそれに一瞬目を奪われた店の親父は、ごほんと咳払いをすると店の奥へと消えていく。暫くすると、とりあえずこの辺だろうか、と二・三本の武器を持って戻ってきた。
「どれもなまっちょろいわね」
「すぐ壊れそう」
「そりゃそうだろ。ルイズのパワーに耐えられる武器なんざそうそうないさ」
ひょい、と才人は手近なレイピアを掴む。適当に振り回し、やっぱり俺はこれだなと腰の日本刀に目をやった。
「って、そういやこれもここにあったんじゃねぇか」
デルフリンガーと同等、とはいかないかもしれないが、少なくともこれならばルイズの使用にも耐えうることが出来る。そう思って並べられた武器を眺めたものの、生憎その手のものは一つもなかった。精々多少頑丈に作られたであろう長剣、才人が最初にルイズからプレゼントされたものと同レベル程度だ。
それでも十分立派な部類なんだけどな、と店の親父はぼやくと、お手上げだと言わんばかりに肩を竦めた。直す手立てもなければ、代わりの武器もない。つまりはそういうことである。
「ちょっと、それは流石にないんじゃないの?」
不満気にルイズはそう述べる。が、そう言われてもなと店の親父は困ったように頭を掻くしか出来ない。フランの嬢ちゃんに合うのはそこのデル公以外に考えつかない、と言葉を続け視線を逸らした。
ふと、そんな彼が何かを思い出したように目を見開いた。ちょっと待ってくれ、と再度店の奥に引っ込んだ親父は、でかく立派な剣を抱えて戻ってくる。きらびやかな装飾のされた、刀身の光る大剣であった。
これならどうだ、と親父はルイズに尋ねる。ふむ、とそれを持ち上げた彼女は、少しだけ何かを悩むように目を伏せると、上段に振り被った。
店内に疾風が生まれる。風圧でキュルケ達のスカートと前髪がふわりと浮かび、おお、と才人は目を見開いた。
「……装飾が邪魔ね」
「どっちかっていうと実用より飾りって感じよねぇ」
「でも、確かにこれは業物」
ちらり、と机に置かれたデルフリンガーを見る。おいちょっと待て、と悲痛な声を浮かべた剣から視線を逸らし、タバサは店の親父に値段を聞いた。
エキュー金貨で二千、新金貨なら三千枚。そう言い放つのを聞いて、ふざけんなと返した。
「屋敷か!」
「……まあ、学院の宝物庫よりはマシだけど、ねぇ」
「比べる対象間違ってる」
「お前らのスケールも大概だよな……」
ともあれ、流石にこれは買えない、とルイズは剣を突き返した。横ではデルフリンガーがホッと安堵の溜息を吐くかのごとく鍔を鳴らしている。
まあそうだろうな、と店の親父も別段反応することなく剣を布で包み直すと、じゃあここからが本題だと目を細めた。この剣はトリステインで作られたものじゃなく、ゲルマニアで作られたものだ。そう言って、視線をキュルケに向けた。
「ゲルマニアで?」
こくりと彼は頷く。錬金術士シュペー卿、名前くらいは聞いたことあるだろうと親父は口角を上げ、彼が作ったのがこの剣だと言葉を続けた。
そこまでを聞いて、ルイズには店の親父が何を言いたいのかが分かった。つまり、デルフリンガーを直すにしろ、新しく武器を作るにしろ、その男のいる場所へと向かえばいい。
「ゲルマニアか……」
場所にもよるが、まあシルフィードがいれば行けない距離ではない。ううむと少し考える素振りを見せたルイズであったが、ほどなく何かを決めたようにタバサを見た。任せろ、と言わんばかりにサムズアップしている彼女を視界に入れ、ありがと、と笑顔を見せる。
「よし、そうと決まれば早速準備して行きましょうか」
「そうねぇ」
「ん」
「……一応聞くけど、行くの? ゲルマニア」
才人の問い掛けに、当たり前だ、と三人は揃って言葉を返した。
「俺さ、時々ルイズ達が学生だってこと忘れかける時がある」
「何でよ」
「いきなり学校サボって他国に来たりするからだよ!」
「サボったって、失礼ねぇ。ちゃんと休暇届だしたじゃない」
「オスマン学院長の目が死んでたんですけど」
「単位自体は今のところ足りてるから平気」
「そういう問題じゃねぇっつってんだろ!」
ああもう、と才人はゲルマニアの首府ヴィンドボナの町中で叫んだ。何だ何だ、と遠巻きに彼を見やる人はいるものの、どうやらトラブルの元になることは避けられたらしい。まあまあ、とルイズ達に揃って慰められ、もうどうでもいいやと才人は項垂れた。
それで、と彼は町並みを見る。トリステインとはまた違った、多種多様なものを集めたようなそこは、才人にとってどこか日本の東京を思わせるものがあった。何でもかんでもとりあえず取り入れてみる、という点が似通っていたのかもしれない。
「で、そのシュペー卿とやらはどこにいるんだ?」
「一応調べたけど、細かいところまでは分からなかったわ」
街の北西に工房を構えているらしいので、とりあえずそこへ向かおう。ルイズのその言葉に頷いた一行は、キュルケが手配しておいた馬車を使い目的地周辺らしい北西へと赴く。
進むにつれ、賑やかな街の様子は少しずつ変化していった。人の生活する場所から、研究や商売の倉庫のような建物へと移り変わり、女子供からそれなりの男共へと道行く人も変わる。
「いかにも工場地帯って感じ」
才人の感想に、そうね、とルイズも同意する。そのまま北西の区画にて工房の場所を改めて聞き、馬車を走らせ。
工房、というよりもアトリエのようなその建物の前へと辿り着いた。
「ここが?」
「らしいわよぉ」
ごめんください、と扉を開く。貴族の屋敷とはまた違うそこは、多種多様な道具が整然と並べられていた。壁にはトリステインの武器屋で見たような剣が立てかけてあり、どれもきらびやかに光っている。
が、あるのはそれだけであった。肝心要の、人がそこには見当たらない。
「……留守?」
「の、わりには鍵も掛かってなかった、よな」
「ちょっと出掛けている、って感じでもなさそうねぇ」
「生活感が大分薄い」
ううむ、と頭を悩ませていた四人の背後から声。何だ、と振り向くと、一人の少女が腕組みをしながらそこに立っていた。父の工房に、何か御用ですか。そう言いながらつかつかと歩いてくる。
「あ、えっと。わたし達、シュペー卿に武器の精錬を依頼したくて伺ったのだけど」
ルイズのその言葉に、少女は怪訝な表情を浮かべた。ひょっとして知らないのですか、と溜息を吐いた。
「父は、二ヶ月ほど前に亡くなりました」
だから工房に生活感がなかったのか、とかそういうことを思うこともなく、その衝撃の一言にルイズ達は言葉を失った。シュペー卿が既に故人であるということは、つまり。
「おいおいちょっと待て! それじゃあ俺っちを直す奴がいねぇってことか!?」
「そうなるわね」
マジかよ、とルイズは肩を落とす。せっかくの頼みの綱は、あっさりとちぎれてしまった。わざわざゲルマニアまで来てこんな結末が待っているとは。何だかどっと疲れたような感覚に陥りながら、どうしようかと三人を見る。
大体似たような表情をしているのを確認し、ああもうこれは駄目だな、と結論付けた。
「そんな情報なかったわよぉ」
「他国だし、そこまで広まっていないのかも」
「それか、調べ損なったかじゃねぇの?」
多分そっちだろうな、と才人は溜息を吐く。この面々の頭脳担当は、アンリエッタと比べるとどうにもポンコツなのだ。比べる相手が悪いが、彼はそんな感想をこっそりと心の中で呟いた。
帰るか、と誰ともなく呟いた。そうね、と誰ともなく返事を述べた。
「あ、あの」
そんな四人に、少女は引き止めるかのように声を掛けた。もしよかったらなんですけど、と彼女はルイズの背中の剣を見ながら言葉を紡いだ。
「私も、一応錬金鍛冶師なんです。……お話、聞かせてもらえませんか?」
断る理由は、何もなかった。
シュペー卿の工房から少し離れた場所にある小さなアトリエに案内されたルイズ達は、適当に座って下さいという言葉に従い思い思いの場所に腰を下ろした。それで、用件は何だったんですかという少女の問い掛けに、これよ、とデルフリンガーを差し出す。
「こいつの刀身にガタがきてるから、直してもらおうと思ったの」
成程、と少女はデルフリンガーを眺める。暫し難しい顔をしていた彼女は、困ったように頬を掻き視線を逸らした。
ああ、やっぱり駄目か。彼女のその反応を見てそう思ったルイズは、ダメ元だったから気にしないで、と告げるため口を開きかけ。
「少し、邪道ですけど……。それでもいいのなら」
「出来るの!?」
「え? あ、はい。でも、『錬金』の修理ではないので、貴女が望んでいるようなものとは異なってしまいますが」
言外に、魔法以外の技術だ、と彼女は述べたが、ルイズ達にしてみればそれがどうした、である。魔法でない技術など信用出来んなどと頭の硬いことを言うような輩は、今この場に一人もいなかった。
お願いするわ。そう言って、ルイズは彼女の提案を即決した。
「はい! ……あ、少しお時間を頂きますけど」
「別にいいわよそのくらい。一年とか言わなければ」
そこまでは言いませんよ、と彼女は苦笑した。ただ、それでも一週間は掛かるかもしれない。そう彼女は申し訳無さそうに続けた。
何でも、今手掛けている武器を終わらせないと、他の仕事に一切取り掛かれないのだとか。そう言ってちらりと視線を向けた先には、三本ほど作りかけの剣が並べられていた。剣杖ではなく、完全な剣である。それを不思議に思ったのか、キュルケはちょっといいかしらと彼女に尋ねた。
「その仕事って、そこまで大きなものなの? 貴族の依頼じゃ、剣は普通作らないでしょ?」
こくり、と彼女は頷く。少しだけ沈んだ表情を浮かべると、やっぱりそう思いますよね、と小さく呟いた。
どうやら何か事情があるらしい。そのことに感付いた四人は、さてどうするかと暫し考える。別に自分達には関係ないことである。そんなことに首を突っ込んでいいものか。それをしなくとも、一週間程度でデルフリンガーは修理されるのだから。
「あの。よかったら聞かせてくれないかしら。力になれるなら、手伝うわ」
そんな葛藤は彼女には一瞬。へ、と素っ頓狂な声を上げる少女に向かい、ルイズはそう言ってのけた。関係ないなんてそんなこと知るか、とばかりに彼女は向こうへと首を突っ込んだ。
勿論少女はそんな、と首を振る。が、問題抱えられたままじゃ修理もちゃんと出来ないでしょう、というルイズの言葉により観念したように溜息を吐いた。
「実は、父の、錬金魔術師シュペー卿の名を継ぐかどうかの勝負をしているんです」
曰く、彼女には二人の錬金術士の兄がおり、そのどちらもが自身が跡を継ぐのだと豪語して憚らないのだという。そして出した結論が、兄妹で誰が一番錬金術士として相応しいか勝負をする、というものだった。当然そこには末の妹である彼女も含まれており。
「新しいシュペー卿のお披露目も兼ねて、三日後に私達の武器を腕に覚えのある人達に使ってもうちょっとした武具大会を開くのだそうです。それで私も、そのための武器を作ろうとしているのですが」
どちらかというと純粋な武器を作るのが得意な彼女では、肝心の武器を振るう担い手が集まらないらしい。メイジでは剣など使わないし、平民の傭兵ではメイジに太刀打ち出来ない。丁度いいメイジ殺しなどそうそういるはずもない。そんなわけで武器作りも進まず、八方塞がりというわけだ。
「……ふむ」
ちらり、とルイズは才人を見た。そして才人はルイズを見た。キュルケとタバサはその両方を見た。
今の悩みを解決するもっとも簡単な手段はある。しかも難しくない。となれば、迷う必要もない。
「じゃあ、わたしが貴女の武器を使ってその武具大会に出るわ」
「俺も、参加させてもらおうかな」
本当ですか、と顔を上げる少女に向かい、ルイズと才人は笑みを見せる。その顔を見て、ありがとうございますと顔を輝かせた少女は、では早速と作りかけの三本を手に取った。
出来れば三本とも使いたかったけれど、しょうがないか。そんなことを少しだけ思いながら、よし、と少女は気合を入れる。降って湧いたこの幸運、これ以上を望んだらバチが当たる。
ギギィ、と扉が開く音がした。ん、と皆がそこに視線を向けると、一人の少女が立っている。
「ごめんください。ここで、インテリジェンスソードを修理してもらえるという話を聞いて――」
ルイズ達に、特に才人には思い切り見覚えのあるその少女は、工房の中にいる顔ぶれを見てあからさまに顔を顰めた。何でここにお前がいる。言葉を止め、思わずそんなことを叫んだ。
が、現在のルイズ達はそんなこと知ったこっちゃないと笑みを浮かべる。三人目が来た、と獲物を前に舌なめずりをする。灰髪で、目付きの鋭い、メイド服の少女を前にして口角を上げる。
「捕まえろー!」
「おー!」
「な、何ですかいきなり!? って、サイト、お前はどこを触って……!」
あわれ彼女は再度ルイズ陣営に引き込まれるのであった。
シュペー卿(娘)
原作キャラ魔改造の範疇でいいのかどうかと聞かれれば明らかにアウト。