ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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細かい考察とかとりあえずぶん投げる力押しといういつものパターン。


その3

 それで、とルイズは問い掛ける。目の前の、外套を纏い、フードで顔を見せることもしない男を睨みながら尋ねる。一体何の用なのだ、と。

 それに対し、男はゆっくりと首を横に振った。

 

「答えになっていないわ」

「いやすまない。だが、君達には関係のない事柄なのだ。こちらとしてもそう簡単に話せるものではない」

 

 あらそう、と隣のキュルケは呟く。関係ないそうですわよ、とそのまた隣、別段何か反応することなく椅子に座りっぱなしのアンリエッタに視線を向けた。

 仮面の口元だけを器用にずらすと、彼女は目の前の紅茶に口を付ける。視線を男に向けることなく、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「ミスタ。今はわたくし達が彼女と話しているのです。割り込みは失礼ですわ」

「ふむ。……申し訳ないが、元々用事はこちらが先だ。君達が割り込んできた、というのが正しいだろう」

「あら、それはごめんあそばせ」

 

 クスリとアンリエッタは笑う。笑い、ではそちらの用事如何によっては順番を譲りましょうと言葉を続けた。

 

「……成程。随分と、我を通すのだな」

「ええ。性分なもので」

 

 それで、どうします、とアンリエッタは男に問う。ふん、と鼻を鳴らした男は、仕方ないと肩を竦めると視線を彼女からルイズ達に向けた。一挙一動を見逃さんと睨んでいるのを確認し、仕方ないかと息を吐く。

 

「そこの女性の後始末を依頼されている」

 

 先程から重圧で動けなかった女性は顔を引き攣らせ、そして弾かれたように立ち上がり自身を抱きしめるように蹲った。そんな彼女をアンリエッタは優しく宥め、落ち着かせ、そして再度椅子に座らせる。

 ついでに、飛び出そうと足に力を込めていたルイズを制止させた。

 

「アン、何で止めるんですか!」

「話が出来るのならば、最後まで行ってからよ。いやだわ、フラン。貴女、心の底まで野蛮になってしまったのかしら」

 

 流れるようにルイズを罵倒したアンリエッタは、貴方もそう思いませんかと男へと向き直った。怒りを必死で耐えているルイズを一瞥し、言葉を控えさせてもらうと彼は軽く手を振る。

 それよりも。男にとっては彼女が述べた言葉の方が重要だ。話が出来るのならば、最後まで。それはつまり、まだ自身と会話をする気があるということだ。それがどういう意味なのか分からないはずもなく、フードの奥で少しだけ怪訝な表情を浮かべ、警戒の色を滲ませた。

 

「さて、ミスタ。少々、お聞きしてもよろしいかしら」

「何かな?」

「始末、というのは。どの程度を想定してらっしゃるの?」

「……出来れば、命を奪うのは避けたい」

 

 は、とルイズが声を上げるのを見て、アンリエッタはクスクスと笑った。ルイズほどではないが、隣でキュルケも似たような表情を浮かべている。ここまで強引にやってきておいて、命を奪いたくないなどと、一体どの口が言い出すのだ。凡そそんなことを思いながら、警戒を解くことなく男を睨んでいた。

 アンリエッタはそんな二人に何か言うことなく、ではもう一つ、と指を立てる。

 

「ここに来るまで、使用人に見付からなかったのですか?」

「眠ってもらったよ。無駄な殺人は趣味ではない」

「あら、紳士ですのね」

 

 仮面の裏で、アンリエッタは笑みを絶やさない。よく分かりました、と男に述べると、青褪めた顔をしている女性を伴いルイズ達から距離を取る。

 それが何を意味しているか。そんなものは一目瞭然だ。

 

「では、ミスタ。こちらとしては貴方の割り込みは許容出来ません。どうしても言うのならば」

「……力尽く、か」

「はい」

「やるのはわたし達ですけどね!」

「まあまあ。いいじゃない」

「そうだぜ相棒。っていうか望むところだろ?」

 

 待ってましたとばかりに得物を構えるルイズとキュルケを見ながら、男は仕方ないと背中に背負っていた布に包まれていたそれを手に取った。

 

「……では、決闘といこう。我が名はラルカス」

「……フランソワーズよ」

「フレデリカ。いいのかしらミスタ、こちらは二人よぉ?」

「構わんよ。元々、後二人程多く相手にするのも想定していたのでね」

 

 布を取り払い出て来た男の杖――何か特別な材質で出来ているらしい大斧を一振りすると、彼はニヤリと笑い獣臭い息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 マズい、と才人は一人毒づく。目の前で楽しそうに笑うメンヌヴィルを睨み付けながら、息を大きく吸い、刀を構え直した。

 

「どうした小僧。随分と温度が後ろ向きだぞ」

「抜かしてろ」

 

 正眼にしていた刀を下ろす。下段構えに形を変え、刃より先に自身の体を相手へと突っ込ませた。迎撃するために鉄塊を前に突き出したのを確認するよりも早く、半ば無理矢理足に力を込めその杖を蹴り飛ばす。相手の手から離れることこそ無かったが、その一撃でメンヌヴィルの動きが一瞬止まった。

 下げていた刀を振り上げる。逆袈裟の軌跡を描いたそれは、メンヌヴィルの右から左に、死角から放たれる。視界を復活させたことにより生まれた弱点、少なくとも才人がそう思っていたそこへと見事にそれは決まり。

 が、己もろとも焼かんと生み出された炎によりその威力を削ぎ落とされた。

 

「うぁっちぃ!?」

 

 振り払うように刀を振り抜き、しかし大したダメージを与えられなかった才人は自身に纏わり付く火を転がって消し去る。立ち上がり、肩で息をしながら、ふざけやがってと彼は再度メンヌヴィルを睨んだ。

 

「サイト、落ち着いて」

「んなこと言われても」

 

 ここでもたついていると、向こうに加勢をすることが出来ない。そんなことをぼやきながら、才人はじっと様子を窺っているタバサを見た。杖を構えてはいるものの、彼女は先程から動く気配がない。

 最初の攻防で怖気付いた、などということはありえない。ならば、一体どんな意図があるのか。それが分からず、才人は先程から一人突っ込んでは迎撃されるということを繰り返していた。

 

「落ち着いて」

「……あいよ」

 

 刀を一振り。くるりと手首でそれを返すと、鞘へと収めた。とはいえ、戦う気を無くしたわけではない。右手は変わらず柄を握っており、鯉口は切られたままだ。彼女の言う「落ち着け」という言葉を実践するためのポーズ、といったところなのだろう。

 向こうもそれは承知なのか、ピクリと一瞬だけ眉を動かしたものの、表情を変えることなく手に持っていた杖を構え直した。もう向かってこないのか、そんなことを言いながら一歩だけ距離を詰める。

 

「聞きたいことがある」

「ん?」

 

 それに対応するように一歩踏み出したタバサは、メンヌヴィルにそう告げた。それを聞き、視線を二人から彼女一人に向け直すと、彼は杖を持っていない左手を顎に当てる。

 まあいいか、と呟くと、視線でタバサへ続きを促した。

 

「貴方達の行動がチグハグで、繋がらない。それは何故?」

「……どゆこと?」

 

 タバサの言葉に才人は首を傾げる。何かおかしな所あったっけか、と思わず構えを解いて考え始める始末である。

 一方、メンヌヴィルはそんな彼女の質問を聞いて大声で笑った。何だそんなことを気にしていたのか、と。そう言いながら笑いつつ手で顔を覆った。

 

「あの死体の用途は、口封じ、撒き餌、食事。なのに、貴方達の仕事は残っている関係者の始末。二つの用途が繋がらない」

「おお、そうだ。その通り。何でわざわざ厄介な相手を呼び寄せてからそんなことするのかとな、そう思うよな」

 

 少し面倒な話さ。そう言うと、メンヌヴィルは構えていた鉄塊をだらりと下げた。視線を二人から遠くの向こうへ、方角からすると貴族の屋敷の方へと動かした。

 

「旦那が、ああもう一人の方な、が案外堅物でな。正直に話すとあまりいい顔をしないのさ。だから、建前としてそういうことになってるわけだ」

「……じゃあ正直に話すとどうなるんだよ」

「何だ小僧、分からんのか。そっちのお嬢さんはもう理解してるぞ」

 

 うるせえよ、と才人は顔を顰める。どうせ俺は馬鹿だよ。そんなことをぼやきながらどっちでもいいから続きを話してくれと視線を巡らせた。

 タバサはメンヌヴィルを見る。ご自由に、と肩を竦めたので、息を吐くと才人に向き直った。

 

「足手まといを作って、こちらを不利な状況にしてから始末をする。多分、そういう予定」

「は? ……あー、成程な」

 

 場合によってはこちらに戦力を集中させることもあり得たわけで。そうなると最悪アンリエッタが安々始末されるという可能性もあったのだ。そこまでを考えた才人は、こくりと頷き、そして溜息を吐いた。

 

「そんな上手く行くわけねぇだろ」

「そう。上手く行かないことはすぐに分かる」

 

 それなのに、わざわざその策に乗っているということは。杖を再度構えつつ、タバサは視線を才人からメンヌヴィルに戻した。

 やる気なさげに指で耳掃除をしている、隻眼の巨漢を見る。殺人狂ともいえるようなあの男がそんな態度を取っている。それが彼女の予想を裏付ける何よりの証拠であった。

 

「成功させる気が、ない?」

「そこまでいかんさ。オレとしても依頼人の機嫌を損ねるのはあまりよろしくないからな。だから一応は言われた通り、王宮で話題になる程度に死体を作ったというわけだ。実際言われた依頼はその建前の方だったからな」

「だったら」

「この『目』をな、少し試したかった。その辺のゴロツキやオーク鬼では、どうも実感出来なかったんでな」

 

 ギョロリ、と彼の左目に移植された火竜の瞳が動いた。お前達と少しやりあって、性能をある程度把握出来た。そう続け、彼は嬉しそうに笑った。

 とはいえ、とメンヌヴィルは杖を構え直す。それならば、と踵を返そうとしていた才人に殺気を向け、流石にそれは許さんよと彼を睨んだ。

 

「旦那が勝つか、撤退するか。それまでは、ここで足止めされてもらうぞ」

「さっきも聞いたっつの」

「おお、そうだったか」

「微妙に消極的になってる」

「ん? 別にお前達が燃えるまでやりあっても構わんぞ」

 

 それはそれで望むところだ。そう言って彼は口角を上げた。

 

 

 

 

 

 

「相棒!?」

 

 デルフリンガーが叫ぶ。そしてキュルケも同じように彼女の名を呼んだ。

 ラルカスの攻撃により宙を舞う、ルイズの名を。

 部屋の調度品へと彼女は激突する。盛大な音を立てて高価な置物は破壊され、そしてそれに埋もれる形となったルイズは、ガラガラとゴミとなったそれらをどかしながら立ち上がった。いつつ、と打ち付けた腰をさすり、再度デルフリンガーを構え直す。

 

「驚くほどの馬鹿力ね」

「……驚いているのはこちらだ。華奢な少女だと思えば、その実屈強な騎士以上に豪胆だ。中々どうして、面白い」

 

 フードの奥で彼は笑う。大斧を構え直し、短く呪文を唱えた。瞬時に生まれる多数の氷柱が、残骸で足場が悪くなっているルイズに向かって一斉に飛来する。

 嘗めんな、と彼女はそれらを動かず撃ち落とした。普通のメイジ相手と少し勝手が違うが、放たれる呪文は同じ。ならば慌てず対処すれば、この程度どうとでもなる。

 何より、今ここにいるのは彼女だけではないのだ。

 

「ミスタ。誰かお忘れではなくて!」

 

 杖を振りかぶり、キュルケは纏めて生み出した炎の鞭を一斉にラルカスへと打ち込んだ。複雑な曲線を描きながら相手に向かうそれは、彼女がルイズを相手にする時によく使う手段だ。普通の攻撃だと避けられる、という前提で組み立てている以上、余程の実力者でないかぎり必ずどれかに被弾する。

 むう、と彼は唸った。目の前に展開された呪文は驚嘆に値したからだ。長い人生を歩んできたが、あの歳でここまでの炎を扱えるメイジを見たことはない。そのことが少しだけ嬉しく感じられ、彼は薄く笑った。向こうの少女も、この少女も。己が決闘する相手として、不足なし。

 

「忘れてなどおらんよ」

 

 大斧を振るう。そこから生まれた風の呪文により、軌道を逸らされた炎の鞭は明後日の方向へと着弾した。お返しだ、と風の槌をラルカスは打ち出す。それに合わせ、一気に彼はキュルケへと間合いを詰めた。

 

「呪文は一級品。ならば、体術はどうかな?」

「きゅ、フレデリカ!」

「慌てるんじゃないわよフラン」

 

 目の前に炎の壁を展開、同時に横っ飛びすることで追加の斬撃も躱したキュルケは、しかし反撃することをせずに息を吐く。対峙している相手は人のはずだ。だというのに、まるで強大な魔獣でも相手にしているかのような、そんな違和感が付きまとっていた。

 ぐるりと視線を再度キュルケに向ける。そこへ、余所見すんなとルイズが思い切り剣を振りかぶった。その踏み込みの速さは、ラルカスの予想を遥かに超えていたようで。振り向き、迎撃しようと思ってもその時は既に遅い。

 だが、しかし。

 

「……うそ」

「鋭く、力強い一撃だ。だが、少女よ。君は無意識に手加減をしたな。意識を刈り取る程度、あるいは、切り裂いたとしても死なない程度。そのくらいに抑えたな」

「マジかよ……」

 

 ラルカスの外套を切り裂いたそれは、しかし彼の皮膚には傷を付けることが出来なかった。刃は肉に当たれど、それが食い込むことはなく。

 人とは思えない、異常な筋肉が、ルイズの剣撃を防いでしまっていた。

 

「……ちっ」

 

 慌てて距離を離す。ステップで死角に回り込みつつ、キュルケの隣に移動した。見たわね、と彼女に確認を取り、こくりと頷いたのを見て視線を再度ラルカスへと向ける。

 

「ミスタ……貴方ひょっとして」

「私は人だよ。そこは間違えないで貰いたい。このような身にやつしても、未だに貴族の誇りを失っていはいない」

「……無関係の女性に危害を加えるのが、貴族のやることなんですか?」

 

 ルイズの言葉に、ラルカスは暫し沈黙する。そうだな、それは確かにその通りだ。そう述べ、視線をルイズ達からアンリエッタと貴族の女性に移した。

 ひぃ、と悲鳴を上げる女性に対し、アンリエッタは仮面越しにラルカスを真っ直ぐ見詰めている。彼のその姿など、自身にとってはまるで関係がない、と言わんばかりに。

 

「……時間を掛け過ぎたか」

 

 ラルカスはそう言って息を吐く。大斧を構え直すと、それを真上に掲げた。瞬間、彼の中心に暴風が生み出される。立っていられないほどのその風を受け、貴族の女性は床に転がり頭をぶつけ気絶してしまった。

 それをちらりと一瞥したラルカスは、これでとりあえず言い訳は付いたと一人呟く。外套の下の人ならざる足に力を込め、一足飛びでルイズ達へと近付いた。

 横薙ぎに大斧を振るう。その軌跡の最初に餌食になるのはルイズ。避けるのならば構わない、その場合はもう一人が真っ二つになるだけだ。そう思いながら、しかし何かの期待を込めながら振るったそれは。

 

「相棒! マズいって! 俺っちミシミシいってる!」

「我慢しなさい!」

 

 一歩も怯まず、真正面から受けて立ったルイズにより止められていた。大剣に分類されるデルフリンガーであるが、しかしラルカスの大斧と比べるといささか分が悪い。それでも揺るがないその姿を見て、フードの奥のラルカスは目を見開いた。素晴らしい、人の可能性を様々に魅せつけてくれる。そのことが嬉しいのか、大斧に力を込めながら彼は声を上げて笑った。

 

「余裕を見せているところ悪いのだけど」

「ん?」

「わたしがこうやって受け止めてるのよ。つまり」

「あたしはフリーってことよぉ!」

 

 杖に炎を纏わせたキュルケが、気合の叫びと共にそれを振るった。炎の蛇腹剣がラルカスへと叩き込まれ、その余波により彼の全身が炎上する。周囲の酸素を奪われたラルカスは、苦しげに呻きながらルイズを引き剥がし呪文を唱えた。

 生み出された水により、彼に纏わり付いていた炎が消し止められる。が、その頃には身に付けていた外套は焼け焦げボロボロと崩れていた。ほんの少ししか見えていなかった肉体が顕になり、人間離れした四肢が晒される。

 そして、大きく、彼の顔を隠していたフードもまた焼き消され。

 

「……見たな」

 

 人ではない、その顔が。

 根元近くで切り取られた角を持った、雄牛。首から上に存在しているそれが、三人の目に晒された。




伝説のクリーチャー ミノタウルス・ウィザード

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