とある科学の極限生存(サバイバル)   作:冬野暖房器具

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 少し長めですが、説明が多いです。なのでボリュームとしては物足りないかもしれません。


 ……私もたまに混乱します。



 





056 目を逸らさないで 『8月28日』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら? あらあら。まさかこんな所で会えるなんて。なるほど、私達を殲滅してまでお使いに出したのは、コレが理由ですか統括理事長」

 

 操縦室にて、客室の様子が映ったモニターを見ながら、その女性は呟いた。同時に、白衣の男がいきなり殴りかかる姿を見て、呆れるように頭を手に当てる。昔からカッとなりやすいのが彼の悪い癖だ。そんな彼の感情的な部分も結構お気に入りではあるのだが、学園都市の極秘任務の場ではマイナスでしかない。故も知らぬVIPを、いつ撃ち殺してしまうのかすらわからない相棒というのはかなりの恐怖である。

 

「……一件落着したようですね。ま、あちらは任せるとしましょうか。数多さんがあの状態でも、彼がいれば問題はないでしょう」

 

 そっと、画面に映る少年を撫でながら。在りし日の光景に思いを馳せる。

 

「元気そうでなによりです、統一君」

 

 

 

 

 

 

 

 

 御使堕し発動時、俺は原因不明の大量出血により意識を失ってしまった。だが間違いなくその時俺は、ウィンザー城の審問会場(最深部)にいたのだ。世界を覆い尽くす御使堕しすら防ぐ事の出来る最強の魔術要塞。俺はそのお陰で見た目と中身の入れ替わりに巻き込まれる事も無く、どうにかやり過ごす事ができたと思っていた。

 

 そうだとも。その証拠に神裂や土御門、同じく審問会場にいた英国女王や騎士団長も、俺の事を『木原統一』と認識出来ていた。同じく、俺も彼らのことを正しい見た目で判別できていたんだ。もしも御使堕しに巻き込まれてしまっていたのなら、この結果はあり得ないはずだ。

 

 考えを整理しよう。

 

 『御使堕しに巻き込まれた人間』は、御使堕し自体を認識できない。魔道書図書館たるインデックスですら、その予兆さえも嗅ぎ付けられなかったように。入れ替わりに気づく事も出来ないのだ。逆に言えば、見た目ではなく中身しか見えていないとも言えるのだが……これだけ聞けばなんとなく綺麗な話に聞こえなくもないな。

 

 そして『御使堕しに巻き込まれていない人間』は、御使堕しを認識できる。見た目と中身の入れ替わりを、異常として捉えることができるし、術式を防いだ者同士は正しい姿を認識できる。原作では神裂と土御門が、互いをきちんと認識できていたように。

 しかしこの場合は、術式に巻き込まれた者たちから見ると、まったく違う人物に見えてしまうという不具合が起きる。原作では神裂が不良神父たる『ステイル=マグヌス』の見た目になり、土御門は超人気アイドルである「一一一(ひとついはじめ)」になってしまう。どういう経緯を経るとこうなるのかは分からないが、おそらくバグのようなものだろう。そして一一一……こいつの名前はどう考えてもバグだな。

 

 ……そして残るはレアケースだ。

 

 見た目も変わらず、世界の異常を確認できるただ一人の存在。幻想殺し、上条当麻。

 術者にして一般人。見た目が入れ替わる事はなく、だが周囲の入れ替わりに気づく事が出来ない上条刀夜。

 表の人格と裏の人格が入れ替わっただけの、二重人格殺人鬼。火野神作。

 

 挙げられるパターンとしてはこれくらいだろう。ミーシャ=クロイツェフという天使の存在もいるが、アレは人間ではないからノーカンだ。あとたぶんアレイスターも平気な顔してやり過ごしているだろうが……水槽から出てこない人間なんぞ考慮しても意味がないな。

 

 さて、話を戻そう。俺は神裂や土御門が正しい見た目で判別できていた。俺は幻想殺しを持っていないし、御使堕しの術者でもなければ、二重人格者でもない。すなわち俺は『御使堕しに巻き込まれていない人間』にカテゴライズされるはずである。世界の異常を認識でき、かつ世界から異常だと認識される者。そんな俺が、見た目『木原数多』な人間を見つけても、それは木原数多であるはずがない。そして万が一、見た目『別人』中身『木原数多』と遭遇しても、俺を『木原統一』として認識されることもあるはずがない。

 

 …………ではコレは一体、どういうことなのだろうか?

 

 

 

 

 

 

「離せ……離しやがれこのクソ野郎! 今日という今日はコイツをブチ殺す!!」

 

 立ち上がり、俺を殴ろうとした木原数多の目は血走っていた。わりとかつてないほどにブチ切れているその眼光は、普段から目にしている俺でさえ一歩後ずさってしまうくらいには恐ろしかった。

 

「ダメです、どうか落ち着いて下さい! 誤解なんです!!」

 

 だが、その拳は俺に届く事はなかった。神裂火織が尋常ではない速度で反応し、木原数多を後ろから羽交い絞めにしたからだ。

 

「コイツ、行方をくらませたと思えばふざけた瞬間にいきなり沸いて出やがってよォ!! 出会い頭に俺の事なんて言いやがったこのクソガキ!!! アイツが俺の服を真似してんの知ってんだろクソったれがァ!!!」

 

 ……知らんがな。そんな今明かされる衝撃のどうでもいい事実を聞かされても困るだけである。

 

「違います、不可抗力なんです! 今の彼には、貴方がただ別人に見えてしまっているだけで───

 

「俺が一方通行に見えるだァ!? 上等だ、テメェら全員ミンチにして魚のエサにしてやるから覚悟しやがれェ!!! おとなしくしてりゃつけ上がりやがってよォ、舐めてんじゃねぇぞこのクソ野郎共がァァァァァァァァ!!!!!! 」

 

(……どうしてこうなった?)

 

 そんな二人のやり取りを見て、俺は一言も発せずにただただその場に立ち尽くしていた。木原数多に抱きつく神裂火織という、目の前で展開される意味不明な光景もさることながら、現在起きている現象に思考を割くことで精一杯だったからだ。

 

(まさか、マジでコイツは木原数多? どういうことだ? 御使堕しが発動しているのなら、見た目と中身が一致するはずが……)

 

 だが、この口調と性格はどう考えても木原数多本人だ。こんな過激派科学者がそう何人もいてたまるか……って、学園都市には相当数いたな。いや、そういう事ではなく。まず木原統一を知っていて、一方通行という単語を聞いて激怒する男といえば親父しかいない。

 

(いや、待て。まだおかしいぞ)

 

「クソ、なんだこの馬鹿力は!? そもそもなんでテメェがコイツをかばってやがる!? コイツとどういう関係だ畜生がァ!!」

 

「だから違うんです!! 彼は貴方が思っているような、見た目通りの人物ではないのです!!」

 

「あァ!!?」

 

 見た目が『木原数多』で、中身も『木原数多』というのも確かにおかしい。だが、それ以上に腑に落ちないことがある。

 

(俺の事を、木原統一だと認識しているのか?)

 

 理屈に合わない。そんなわけがない。一体どういう過程を経れば、こんな状態になるというのか。そしてこんな状況を誰が予測できる? ……いや、御使堕しでは見た目が入れ替わっても、服装が変わることはない。親父そっくりの人間が親父そっくりの服を着ていた時点で気づくべきだったと言ってしまえばそれまでだが……頭から「コイツは木原数多ではない」と決め付けてかかってしまったのが失敗だった。木原数多以外の人物で縞模様のTシャツといえば、消去法で一方通行しか思い浮かばなかった。だが冷静に考えて、白衣を羽織った一方通行も十分にあり得ない。どんな極限進化(エクストリーム)を遂げればそんなキャラになるんだアイツが。

 

「おい! なんとか言えクソガキィ!!」

 

「くっ……御免!!」

 

 神裂がそう宣言した直後の出来事だった。一瞬だけ木原数多を抑え付けていた神裂の手が緩んだと思った矢先。恐るべき速度の手刀が、彼の後頭部に叩き込まれたのである。

 

「ごっ!?」

 

 ガックリと白目を剥いた木原数多。倒れそうになるその身体を神裂は優しく支え、そっと座席に座らせた。

 

「手加減はしました。これでしばらくは目を覚まさないでしょう」

 

「……お、おう」

 

 割とシャレにならない音がしたのだが……まぁ神裂が言うなら大丈夫だろう。

 

「しかし、厄介ですね御使堕しというものは……どうやら貴方の見た目は彼にとって、あまり好ましくない人物になっているようです。そうでなければ、ここまで激情に駆られはしないでしょうし」

 

「そ、そうみたいだな。あ、あはははは……」

 

 ……どうやら神裂はこの異常事態に気づいていないらしい。常識で考えればそうだろうな。面と向かって突然息子を殺そうとする父親はそうはいない。まぁ好ましくないかはさておいて……神裂視点では、木原数多は一体どのように見えているんだ? 俺と同じく、見た目も中身も木原数多か? それとも別の人か?

 

「大丈夫か、ねーちん」

 

「土御門……治療は済んだのですか?」

 

 ふと振り返ると、土御門が荒い息でこちらに近づいてきていた。顔色も相当悪い。あの土御門が体調の悪さを表情に出すほどだ。どうやら相当重傷のようだな。

 

「まぁ、応急処置だがにゃー……なんだねーちん、俺の怪我に気づいていたのか」

 

「当然です。怪我人でなければ、先ほどのやり取りの時に殴っています」

 

「……大怪我しといてよかったと思うのはコレが初めてだぜい」

 

 先ほどのやり取り……? まぁ気になりはするが、改めて聞き出すような事でもないか。

 

「にしても……何があったんだにゃー?」

 

 死んだ魚のような顔をしている木原数多を見下ろして、溜息混じりに土御門は呟いた。

 

「不幸な事故、というところでしょうか。木原統一が父親の名前を間違えて呼んだ途端、急に暴れ出しました。加えて、彼の見た目もまずかったようですね」

 

「………間違えて、か。なるほどな」

 

 ……うん? いま神裂が『木原数多』の事を『俺の父親』って言ったな……あ、神裂は親父と面識があるんだった。ってことは神裂にも木原数多は『木原数多』に見えている? だがそれだと「木原統一が名前を間違える」という現象に疑問を抱かなければおかしい……ああ、クソ、こんがらがってきた。

 

『あ、あー。アテンションプリーズ? 間もなく発進するので、皆さん席につくように』

 

 もはやどこから手をつけていいのやらわからなくなってきた所で、そんな声が聞こえてきた。機内放送のようだが……なんだかどこかで聞いた事のあるような声だったな。なんかとてつもなく恐ろしい場面で遭遇したような気がする。

 

 俺が頭を悩ませる中、神裂と土御門はさっさと席に着いてしまった。ダメだ、いったん落ち着いて考えを整理しよう。幸いにして時間はたっぷりとある。ゆったりとくつろいで、この状況を分析して……んでもって、神裂や土御門とのんびり話し合いもしよう。ウィンザー城での一件についても、色々と言いたい事はあるし。

 

『それでは、発進しまーす』

 

 アナウンスと同時に機体が振動を始めた。やっぱり、聞いたことあるよなあの声……あれ? そういえばこの機体って───

 

 瞬間、大気全てが凶器と化し、俺の体は座席に押し付けられた。肺の中の空気が一瞬にして吐き出され、座席と身体が一体となってしまうような錯覚が襲う。そして───

 

「親父ィィィィィィィ!!!!」

 

 木原数多は座席から放り出され、客室後方へと吹き飛んでいく。そして視界の外で、ゴンッ! という鈍い音が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 数分後、身体に掛かる負荷が徐々になくなってきた。どうやら目的の速度に達したらしく、超音速旅客機は加速をやめたらしい。

 

「……旅客機って名前は改名したほうがいいんじゃねえかなコイツ」

 

 横を見れば、神裂によって連れ戻された木原数多が座っている。白目を剥き軽く頭から出血している彼を見れば、旅にも客を乗せるのにも適していないのは明白だった。

 

「……機長と話をしてくる」

 

 それだけ言うと、土御門は席を立った。なにやら元気がなさそうな足取りである。先ほどから態度も素っ気ないし、実はあまり余裕がないのかもしれない。怪我を負った身体にこの超加速は、どう考えてもプラスには働かないだろう。

 

 残されたのは俺と神裂だけ……いや、正確には木原数多(先ほどの衝撃で頭に大きなたんこぶを作った)がいるが、気絶している人は数えても仕方ない。未だに目を覚まさないので大丈夫かなと心配な反面、頼むから絶対に目を覚まさないでくれとも切に願うばかりだ。事故とはいえ、先ほどのやり取りはどう考えてもマズイ。俺の死因の1ページに「親父を一方通行と呼んだ事」が追加されるイベントはなるべく先延ばしにしたいのである。

 

「あー……ゴホン。ところで、神裂さん」

 

「なんでしょう」

 

 さて、俺の遠くない未来の死はさておき。遅くならないうちにやらねばならぬ事を済ましておこうか。改めて口にすると少し恥ずかしい気もするが、コレを言わないほど俺は恥知らずでもない。

 

「……ウィンザー城での一件。俺を信じてくれて、そして一緒に戦ってくれて。ありがとうございました」

 

「……礼には及びません」

 

 神裂は少し目を閉じた後に、ゆっくりと、言葉を選ぶようにそう告げた。

 

「月並みな言葉ですが、私は当然の事をしたまでです。私達、必要悪の教会の仕事はどれも危険なものばかり。仲間を助け、そして助けられるのは当然の事。いちいち感謝を述べていては窮屈なだけだと、私も入りたての頃に言われました」

 

「……そっか」

 

 なんとなく、少しだけ神裂やステイル、そして土御門の関係がわかったような気がする。そしてその関係と同様……というのは語弊があるかもしれないが、同じ組織の仲間として認められたというのはなんだか少しだけこそばゆいな。

 

「ちなみに、それは誰から聞いたんだ?」

 

「……? ステイルですが。それがどうかしましたか?」

 

「いや……ごめん。聞かなきゃよかった」

 

 組織の雰囲気と言うより、ステイルが感謝や謝罪が煩わしいからそう言っただけかもしれない。神裂の律儀な性格に辟易として、適当な言葉をでっち上げた可能性……大いにあるな。俺の感動を返せあの野郎。

 

「ところで、先の戦い。私は騎士団長との戦闘の件ですが……貴方は一体何をしたのですか?」

 

「ああ、アレか。あれはだな……」

 

 世間話、というには少し物騒だが。その後はなんて事のない会話が続くばかりだった。起こった事を淡々と述べ、たまに飛んでくる質問に答えるだけの。

 

 それでも俺はなんとなく、神裂との仲が少し縮んだような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、お客さんね」

 

 飛行機の操縦室と聞けば、無数のスイッチやレバー、計器類が並ぶようなものを想像するかもしれない。実際、世間に出回っているモノに対してはそのイメージで間違っていない。何故こんなにも複雑な作りをしているのか。発進、停止、着陸、離陸……それらの動作を、ゲームのコントローラーのように単純化してしまえば簡単ではないかと考える人もいるだろう。

 

 だが現実にそんな事をする輩はいない。何故なら人間はミスをする生き物であり、少しのミスが大事故に繋がるような可能性は潰しておく必要があるからだ。飛行機が墜落した原因が「Aボタンが効かなかったから」とか「間違えてBボタンを押したから」では洒落にならない。核兵器のスイッチと一緒で、「直感的な動作」が反映されるような作りは絶対にあり得ないのである。

 

 他にも、「区画を細分化することで故障箇所を限定する」という意味合いもある。例えばエンジンの起動、点火、発進を全て1つのボタンで可能にしたとして、実際に不具合が起きたとする。「R2を押しても飛行機が飛びません」で原因が分かるわけがない。全ての工程を見直して、結局ボタンが磨耗してましたでは時間と人員の無駄と言うものだ。

 

 ……そういうわけで。当然ながら土御門元春も、操縦室と言えばそういうものを想像していた。まして学園都市の最新鋭機。きっと自分には想像もつかないような、近未来SF的な構造をしているのだろうと。

 

 そしてその期待は、見事にぶち壊された。

 

「……これは何の冗談だ?」

 

 操縦していたのは、先ほど搭乗の際にチラっと姿を見せたお団子頭の可愛らしい少女だった。そしてその手に握られていたのは、見紛う事無きとある家庭用ゲーム機のコントローラーである。まず間違いなくこの飛行機は現在進行形で飛行中であり、今目の前に広がっている操縦方法での航法であることは明白だった。

 

 土御門の動揺した姿を見て、少女は肩をすくめながらこう答えた。

 

「ああ、コレのことですか。いえ別に、大した意味は無いんですよ? 私はこの特機どころか、飛行機の操縦自体初めてでして。今回突然操縦を任されたのですが……まぁ数多さんは10分ほどで操縦を覚えてしまったのですがねー、私はそこまで面倒な事は御免ですし、諦めました( 、 、 、 、 、)

 

「……諦めた?」

 

「ええ。複雑な作業工程を頭に詰め込むのをやめて、作業そのモノを簡略化することにしたんですよ」

 

 手を振るようにコントローラーを見せ付けてくる少女を見て、土御門は眩暈がした。普通はそちらの方が難しいはずだ。こんなイカれた奴にこの機体を操縦されていた事実がとんでもなく恐ろしい。

 

「それで、ご用件は?」

 

「……あ、ああ。予定が変わった。俺達は学園都市には入らず、途中下車させてもらう」

 

「なるほど。座標はギリギリまで教えて貰えないパターンでしょうか? 機体の特性上、早めに教えて貰えると助かるのですが」

 

 別段、秘匿する理由もない。淡々とその座標を告げると、少女はたった一言「了解しました」と返した。

 

「他には? パラシュートの格納場所も把握済みなのかしら」

 

「ああ」

 

「それは結構。数多さんがあの状態だと、教えられるのは私だけですしねぇ。手間が省けて大変よろしい。面倒な事は嫌いなので」

 

 客室の映ったモニターを見て、少女はそう呟いた。そんな彼女の姿を見て、土御門は眉をひそめた。

 

「……心配ではないのか?」

 

「何がです?」

 

「お前から見れば、学園都市外部から乗り込んだ怪しい連中が、この機を占拠(ハイジャック)したような格好になるはずだ。唯一のお前の味方を抑えつけ、気絶させたんだからな。もっと俺たちの事を警戒するべきだと思うが」

 

「ああ、そんな事ですか。特段問題はありませんねぇ。数多さんには秘密ですが、私が改造したのはこの部屋だけではありませんので」

 

 ニタリ、と少女は気持ちの悪い笑みを浮かべる。その見た目の元の持ち主が、決して浮かべる事のない邪悪な微笑を。

 

「ボタン一つでグチャグチャの挽き肉(ミンチ)に出来るのに、警戒の必要がありますか?」

 

「……なるほどな」

 

「あら、あらあら。冗談ですよ。本気にされても困ります。こういえば、あなた方は諦めてくれるでしょう?」

 

 ピコピコとボタンを押す少女。彼女の狂気をはっきりと分かりやすい形で具現化したそのコントローラーを見ればわかる。土御門は確信していた。

 

 絶対に、確実に冗談ではない。この女ならやりかねない。

 

「……まぁいい。こちらに敵対の意志は無い。この言葉で満足だろう?」

 

「ええ。満点です」

 

 用件は済んだ。この不気味な女の近くに、これ以上長居はしたくない。警戒心を残しながらも少女に背を向けた土御門に対し───とある決定的な言葉が投げかけられた。

 

「統一君との仲は知りませんが、どうか仲良くしてあげて下さいね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神裂の話を聞きながら、俺はとある疑問についての答えを見つけていた。

 

(木原数多の見た目が変わってない理由……んなもんは一つしかない。たぶん親父は、御使堕し発生時にあそこにいたんだ)

 

 消去法でいけばコレしかなかった。科学側の人間である親父が、御使堕しを免れるたった一つの方法。それは───

 

(窓のないビル。最強の魔術師が住まう不思議建造物なら、アレを免れたっておかしくない。アレイスターに近い親父が何かの拍子に招かれて、それで見た目と中身が入れ替わらなかった……中途半端に防いだせいで、周囲の入れ替わりには気づいていないってとこか)

 

 つまり俺の推測が正しければ、今の木原数多は間違いなく原作には存在しない状態。つまりは凄まじくややこしい奴という事になる。

 

(アレイスターの嫌がらせか、それともただの偶然か……うーん、判断に困るな。御使堕しをアイツが予め知っていなきゃ不可能だ。ま、今はその偶然に助けられたってとこか)

 

「木原統一、聞いているのですか!?」

 

「え、ああ。うん……なんだっけ?」

 

「まったく、大事な話をしている最中に……いいですか、確かに貴方の能力は───」

 

 集中し過ぎて、神裂の言葉が耳に入っていなかった。最初は楽しい楽しい歓談だったが、今現在進行形では長々としたお説教に変貌しているのだ。俺が思考の海に飛び込み逃げ出した理由はここにあった。

 

(神裂の今の見た目は『ステイル=マグヌス』だからなー、もし親父が入れ替わってたら……うわ、考えただけで鳥肌が)

 

 ともかく、疑問は晴れた。後ほど恐ろしい折檻が待っているかもしれないが、その存在は都合よく忘れるとして。神裂の叱責を聞き流しながら、俺はとある充足した気持ちに包まれていた。

 

(あれ? 久しぶりの順風満帆ってやつじゃないかコレ? さしたる問題も見当たらず……後はどさくさに紛れて上条家を爆破しちまえば解決じゃねえか!)

 

 うっそうと生い茂るジャングルを歩き続けた果てに、ようやく人の手で舗装された道路を見つけた気分である。紆余曲折を経て、これにて一件落着しそうな雰囲気をひしひしと感じるのだ。

 

「む、むふふふふふ」

 

 にやける顔を抑えられなかった。そしてどうやら、コレがまずかったらしい。

 

「……どうやら、反省が足りていないようですね」

 

 お説教延長のお知らせである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思えば、先ほどのやり取りもどこかおかしかった。

 

『いやなに、向こうで神裂と話している人の見た目が、完全に俺の親父になってるんだよ』

 

 土御門がこの言葉を聞いたとき、木原統一が言う『見た目』とは服装のことを示しているのだと考えていた。縞模様のTシャツに白衣を羽織ったあの特徴的な服装。なにしろしばらく前に、たった一度だけ顔を合わせた神裂が覚えていたのだ。親子である木原統一ならば、一瞬で看破できてもなんらおかしくはない。加えて、木原統一の観察眼はこれまで土御門が出会った人間の中で最も鋭いのだ。この流れに、土御門は少しのひっかかりを覚えながらも、特段疑問は抱いてはいなかった。

 

『まぁ冷静に考えたら親父がこんなとこにいるわけもないし……うわー紛らわしい、マジで入れ替わりが発生してやがるのな』

 

 だがしかし。たった今、そのひっかかりは特大の釣り針となって、土御門の思考に深々と突き刺さっていた。改めて思い返さなければ決して気づかないような矛盾点。隣人にして友人というステータスによって、土御門は完全に油断していたのだ。

 

「いま、なんと言った?」

 

「統一君ですよ。先ほど貴方が貨物室で、仲良くプロレスを繰り広げていた彼です。随分と仲がいいのですねー。これが統括理事長直々の依頼でなかったら、思わずこのボタンを押してしまうほどには驚きました」

 

 お団子頭の少女が言うスイッチが、果たして何を引き起こすのかは知らない。おそらくろくでもない結果になるのだろうが、そんな事に注意を払うほど今の土御門は冷静ではない。

 

(アイツを、アイツ自身( 、 、 、 、 、)だと認識しているのか?)

 

 何か、決定的なモノを見つけてしまった気がした。直感的に至ったとある可能性。前提として、まったく想像にもしていなかったその選択肢。

 

 土御門も知りえなかった学園都市の魔術師にして、所在不明な情報網を持つ、魔道書図書館の現監視者。ここまでの情報が揃っていながら、何故彼の事を自分は疑っていないのか。

 

 だって、それは───

 

「アイツとはどういう関係だ?」

 

 思わずそう呟いていた。それは質問でもあり、そして自らに問いただした質問でもある。

 

 自分にとって、土御門元春と言う人間にとって。木原統一とはどういう人物なのだろうか。そして、その答えは土御門自身の出したものではなく───もしも。木原統一に誘導されたものだとしたら?

 

「うーん、言えませんねぇ。顔を見られると逃げ出されちゃうくらいには、親しい間柄ですが」

 

 学園都市暗部との関係も深い。そして御使堕しの発生も言い当てていた。これ以上に怪しい存在はいないのにも関わらず、土御門元春という人間は木原統一を信じ切っている。

 

 この思考は、一体誰のものだ?

 

(……違う。アイツがもしそうだとしたら、わざわざあの場で予言を告げる意味がない。これまでだって、アイツは盛大に馬鹿をやらかしてきたんだ。今回も、何か要因が───)

 

 現に、イギリスでは相当に追い詰められたはずだ。あんな状況にわざわざ自分を追い込む必要性が何処にある?

 

 ───いいや、アイツをイギリスに連れ込んだのは自分ではなかったか?

 

 ───そもそもアイツはあの時、何故着替えが詰まったカバンを持っていた?

 

 視点が変わる。騙し絵のように気づかなかった風景に、別の意味が付加される。もしもこれまでの木原統一の失態が、そうではないとしたら。全てが計算づくで、とある目的を達成するためのもので。そしてなにより、土御門の信用を得るための手段だとしたらどうだろうか。

 

 禁書目録に近づき、

 イギリス清教の庇護下に潜り込み、

 実戦により肉体再生(オートリバース)を強化し、

 土御門元春と神裂火織の絶対的信頼を得た上で、天使の元へと向かっているとしたら?

 

「……あら、あらあら? どうかされましたかねー? そんなに険しい顔をして」

 

「……いや、なんでもない。少し驚いただけだ。まさか、アイツが学園都市の暗部と知り合いだとはな」

 

「ああ、なるほど。統一君とは表の顔で知り合った口ですか。ではなおさら、今後とも彼をよろしくお願いしますね」

 

 それだけ言うと、少女は再び操縦に集中し始めた。そして土御門は止めた足を再び進め、今度こそ操縦席のドアに手を掛ける。

 

 答えなんて出ない。それでも土御門は、その言葉を口にする。

 

「……俺はアイツの味方だ」

 

 その言葉は、まるで自分に言い聞かせているようだった。

 

「では、私の味方ですね」

 

 その言葉を聞くが早いかどうかと言うところで、土御門は部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「飛び、降りる?」

 

「ああ、イギリス清教から連絡があった。術式の中心点が判明したらしい。おそらくそこに儀式場か……あるいは術者がいるはずだ。学園都市にいちいち戻ってたんじゃ時間の無駄だからな」

 

 その後、戻ってきた土御門は淡々とそう告げた。流石に仕事中は本気モードの喋り方のようだ……いや? 原作でもそんな事はなかったな。コイツが真面目な話をするのは切羽詰っているとき……怪我のせい、か。あまり無茶はさせないように、俺がサポートしてやらなきゃな。土御門がここまで重傷なのは、8割くらいは俺のせいだと思うし。

 

「随分と早い連絡ですね」

 

「ああ。おそらく術式発生時から解析を始めていて、最初からある程度の場所は見当が付いていたんだろう」

 

 それでも、この短時間で地球全土の範囲から術式の中心点を見つけ出すとは……イギリス清教の解析班、優秀すぎだろ。

 

「……で、結局。俺達は一体日本の何処へ向かうんだ? どこまで絞り込めているかも気になるな。なにしろこっちは3人だし、捜索できる範囲にも限りがあるぞ?」

 

 とりあえず、当たり障りのない事を聞いてみた。まぁ場所については大体知っていて、儀式場に至っては住所すら把握済みではあるが。万が一という事もある。

 

「範囲、と言っても別に円を描くような捜索範囲じゃない。人間の魔力での発動が不可能な以上、今回の術式は力を呼び込むタイプのものだ。術者の反応も相まって、断定がかなり難しい」

 

 携帯の画面をこちらに見せながら、土御門は吐き捨てるように言った。関東地方の地図に、まるで地震の発生源を震度別に表示したようなものだが……分布図は円ではなく蛇をのたうち廻らせたような形をしていた。ああ、なるほど。これはおそらく上条家と上条刀夜を繋いだものだな。これでは場所の特定はキツイ。しかも特定すべき儀式場(上条家)は無数に描かれた点の、一番端に位置しているのだから質が悪い。普通は点が大量に打ってある集まりの、真ん中とかを疑うんじゃないか?

 

「……見たところ、怪しいのはこの場所でしょうか? 反応が不自然に途切れています」

 

 だがしかし、予想に反して神裂はまったく違う場所を指差した。

 

「うん? あ、あー……土御門」

 

「……ねーちん。それはたぶん……違うと思うぜい」

 

「何故です? ここだけ不自然に反応が弱まっています。おそらく術者は、儀式場から少し距離をとった上で結界を張り、このポイントで術式の余波を免れたのではありませんか?」

 

 神裂の指し示した場所は、とある海辺だった。うん、たしかにここだけ反応が弱まってるし、神裂の読みも間違ってはいないだろう。しかし、地図上でも一目瞭然とは……スゲーなアイツの右手。

 

「神裂、いいか。よく聞いてくれ。お前ならこの説明で分かってくれるとは思うが」

 

 神妙な面持ちで、俺は神裂を諭すようにこう告げた。

 

「とある事情でな。この場所には旅館があって、上条とインデックスが滞在している」

 

「…………なるほど」

 

 ガタリ、と神裂は立ち上がった。あれ? 予想していた反応と違うな。

 

「とうとう手を出しましたか、上条当麻……」

 

 ………はい?

 

「そうですよね。考えてみれば自然な話です。あの子と常に一緒にいる彼ならば、あり得ないわけはない……誰もが笑って、誰もが幸せになる幸福な結末(ハッピーエンド)……貴方はそれを求めたのですね」

 

 何かを悟ったように、神裂は目を閉じ物思いに耽っていた。そんな彼女を、俺と土御門は呆然としながら眺めるばかりである。

 

「……なぁ土御門。こういうのもなんだけどさ。この人何言ってんの?」

 

「別に、ねーちんの考えはあながち的外れってわけでもないぜい。こんな大それた術式の構成は、禁書目録の知識でもなければ無理ってのは同意だからな」

 

 それだけ言って、土御門はじっとこちらを見ていた。何だ? 俺の見解でも述べろってか。

 

「上条当麻が犯人ですってか。たぶん世界で一番あり得ないだろ」

 

「……そうだな」

 

 そんな事を話しながら、俺達は再び貨物室へと移動していた。どうやらここからポイっと外へ放り出されるらしい。

 

「ひとまず、俺達はこれからカミやんのもとへと向かう。アイツが犯人ってのは万が一にもないだろうが、もしかすると他の勢力がカミやんを犯人だと勘違いして襲撃してくる可能性があるからな」

 

「巻き込まれなかった事が不幸ってか……不憫すぎるだろアイツ……んで、襲撃者の誤解を解きつつ情報を集め、術者か儀式場を叩くって寸法か」

 

「そうだ。イギリス以外の見解を聞くことが出来れば、解決への糸口にも繋がるかもしれないからな」

 

「ええ、インデックスは私が守ります」

 

 もしもーし神裂さーん? 日本語伝わってますかー? ダメだなこの人。インデックスの事になると周りが見えなくなりやがる。最大主教にハメられたのが半ばトラウマというか、脅迫観念みたいな感じになってるのかもしれない。3年越しに騙されたダメージは相当なものだろうからな。

 

 土御門にパラシュートを渡され、流れ作業でそいつを背負った。しかし、大丈夫かなこれ。ヒモを引っ張るだけとはいえ、落下傘による降下なんて俺は初めてだぞ?

 

『学園都市製の第2世代落下傘。一定の高度で自動的に作動する。素材は従来のナイロンに加えてカーボンナノチューブを部分的に採用することで強度を高め、超音速の加速状態からの降下を可能にしている』

 

 ……なんか、尋ねてないのに脳内から答えが返ってきた。木原統一の知識がこんな風に呼び出されるのは初めてだな。特に問題はないが、びっくりするからやめてくれよ飛行機大好き少年。

 

 ゴウン、という音と共に、貨物室後方の床が斜めに陥没する。超音速と地球の自転が組み合わさった結果、時刻は朝。眩い日光に照らされた光雲の海が目の前に広がっていた。

 

「待っていてくださいインデックス。上条当麻という獣から、貴女を救い出して見せます!」

 

「え、ちょっと待って!? そっち!!? 手を出すってそういう───!!?」

 

 一人、パラシュートを着けずに、プールに飛び込むような仕草でダイブを敢行した神裂火織。それに続くように、土御門に手を引かれながら。俺も光の中へと飛び込んでいった。

 







ストーリー展開は久しぶりのノーガード戦法。一言で表現するならお察し状態です。

 ちなみに今話で説明されない矛盾点(入れ替わり関連)がありますが仕様です。彼らが混乱して気づいていない、と解釈をお願いします。



 ノートPCを購入し、そこからの初めての投稿です。ミス等ありましたらすいません……

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