何度目かはわかりませんが、相変わらずの主人公です
実験開始まであと5分。木原統一は実験開始地点までの道を走っていた。ミサカ9982号に教えて貰った座標。彼女が意地悪でなければ、また
(手持ちのルーンのカードはもう半分以上消費しちまってる。それに一方通行だって馬鹿じゃない。この前使った戦法は、もう通用しないと考えていい)
患者の所持品がまとめて入れられていた引き出しには、自作のルーンのカードがきちんと収められていた。術式を発動する分には問題ないが、無計画に消費してしまえばすぐになくなってしまうだろう。
(勝算は限りなく低いし、今度こそ死ぬかもしれない。俺が今からやろうとしてる事はまったくの無駄……いや、もっと状況を悪くする可能性すらある。……それでも、だとしても。ここで何もせず、ただ
布束砥信を本当の意味で救いたいなら、実験を止めなくてはならない。この気持ちに嘘偽りはない。だがそれ以上に、
あんなにも真っ直ぐな少女たちを、見捨てるなんて出来るわけがない。
(刺し違えてでも、実験を止める。俺が死んでも、布束の事は御坂美琴がなんとかしてくれる筈だ……)
自らが招いたこの状況。だがしかし、木原統一は後悔してはいない。あの車椅子の少女が生きていてくれている事を、悔いるはずがない。
(時間的にはギリギリか。だが間に合う……ッ!?)
木原統一が走っていた道は、雑居ビルが立ち並ぶ商業地帯だった。"商業"と名はついているが、実際は簡易な審査さえ通れば誰でも借りる事のできる部屋ばかり。家出少女や怪しい宗教法人などの隠れ家として使われたりする場所であり、その殆どは空き家である。
場所、そして時間帯的に人通りは少ない。そんな状況も相まってか、木原統一は遠目に不審な物をみつけた。思わず足を止め、道のど真ん中にいるソレを凝視する。
目をこらしてよく見れば、それは物ではなく人だった。
背は小さくフードを被っているため性別はわからない。だが、木原統一の知識の前では、その人物が何者なのかは明白だ。そしてその人物の背景を想像した瞬間、木原統一の背中に悪寒が走った。
「……まさか」
(アレがいるという事は、
前方に最大限の警戒をしながら振り返って後ろを確認する。ピンク色の……ワンピースなのかロンパースなのかよくは知らないがそんな服装に、茶髪のロングヘアーの女性、とくればもう約1名しか思い浮かばない。
その背後にはピンクのジャージが印象的な女の子が控えている。何故彼女を女の子と呼んで、手前の人を女性と呼んだかについては言及する気はない。
距離は十分空いている。だが、そんな事は彼らの前ではなんの意味もない。前門の虎、後門の狼と言うところか。しかも後1名の姿が見えない。フードの女の子を近接、ビームの女性を遠距離だとするなら中距離役の彼女がいない。彼女だけ単独行動か?……もし罠を仕掛けている最中だったりしたら───
「……最悪だ」
下手をすると第1位より凶悪かもしれない。全力を出さない単機の相手と、常に全力の殺し屋集団じゃ戦い方が違い過ぎる。幸い全員の能力、性格、そして得手不得手は把握しているものの、それだけでは彼女たちを攻略するのは無理と言うものだ。
正面、フードの女の子は絹旗最愛。
背後のワンピースの女性は麦野沈利。
その側にいるジャージの子は滝壺理后。
そして未だ見ぬフレンダ=セイヴェルン。能力は不明だがトラップや爆発物のスペシャリスト。コイツは遊撃兼拠点防衛役だな。姿が見えないのが厄介だ。ぬいぐるみのアレをせっせと配置しているのかもしれない。御坂の時とは違い準備万端ということはないと思いたい。
彼女たちは『アイテム』。学園都市の暗部を担う組織の主要構成員。そんな人たちがたまたま
麦野沈利の周囲に、淡く光る球体が出現する。……畜生、こっちは時間がないっていうのに……突破どころか生き残る事さえ───
「時刻は十八時五十五分、準備はよろしいのですか、とミサカは最終確認を取ります」
「……あァ」
学園都市最強の超能力者、一方通行は気だるそうに答えた。
今回の実験場は前回の操車場と似たような地形である。違う点といえばコンテナの数が多いこと、そして一方通行の作った巨大なクレーターが存在しない事くらいか。
同じような風景に、同じ顔をした
最後まで理屈のわからない攻撃を繰り出してきた
(なンだ、この感覚は……)
今まで、圧倒的な勝利しか味わってこなかった一方通行。彼にとって、先日の戦闘はどういう意味合いを持つのか。未だに彼の中で、答えは出ない。
「……オイ、人形」
「人形ではありません、ミサカの
「ンなことどうでもいい。てめェらの中じゃ、前回の実験はどういう位置づけになってンだよ」
機械的な返答しか返さない人形のナンバリングなんてどうでもいい。……なんでも先日の一件で少しだけ、彼女たちの処理工程が短縮されたらしいのだが。あと9000体以上を潰す予定が組まれている中、二桁程度の短縮がなんだというのか。
「前回というと、正体不明のレベル5級の人物が二人介入した件でしょうか、とミサカは返答します」
「返答になってねェだろォが」
「ミサカ達にはあの件に関して、情報を与えられていません。個体の中には彼らと接触した者もいるようですが、報告の命令も受けていないので重要度は低いと考えられます。現状、先日の実験に関しての見解は保留状態です、とミサカは報告します」
余談ではあるが、妹達に報告の命令が来ていないのは、"正体不明のレベル5級能力者が二人介入した"という事実の方がスポンサーを説得しやすいという事情がある。どこの敵対勢力なのかが不明であれば、「アレは予測も不可能だった事故である」というアピールがしやすいのだ。そして連日の施設襲撃により、その信憑性は更に増している。
少女の答えを聞いて、一方通行は自らの考えの浅はかさに気づいた。
所詮は人形。自らの考えを持つ事もしない存在に、こんなくだらない質問をするのは無意味だ。いまの質問で得られたものと言えば、それが再確認できた、という事しかない。
……こんな物のために命を賭ける人間はどうかしている。そのどうかしている人間が、一人死んだ。先日のアレはそれ以上でもそれ以下でもない。
「……ったくよォ、淡々としてるよなァ。こンなクソみてェな人形に、命賭けたバカがいて、ちっとは何か考えたりはしねェのか」
「何か、という曖昧な表現ではわかりかねます、とミサカは返答します」
「……チッ」
話しても無駄。そう一方通行は結論付けた。
「午後十八時五十九分五一秒……時間です。これより、第九九八三次実験を開始します、とミサカは───」
「待ちなさい」
不意に、人形の声が遮られた。声の方向へ顔を向けると、そこには人形と瓜二つの少女が立っている。
否、似てはいるがその本質は大きく違う。基本的には無表情な人形と違い、その顔にはきちんと感情が込められているのがわかる。服装も、顔も、背格好もそっくりではあるが、彼女は決して人形などではない。
彼女の名前は御坂美琴。常盤台の
そしてその表情は、憤怒。
「あー、またバカが一人ってかァ。よくもまァこンな人形に、命を賭けようとす───
「人形なんかじゃない!」
御坂の怒号が飛んだ。自らの言葉が遮られ少し驚いた一方通行だが、すぐに嘲るような表情を取り戻す。
「……へェ、面白れェ。じゃ、なンだってンだァ? 人形じゃねェンならなンなンだよこいつらはよォ」
命に執着すら見せず、機械のように喋り、そして死んでいく。
コレが人形でなくてなんだと言うのか。
「妹よ」
その言葉を聞いて、一方通行の時が一瞬止まった。
「その子は、私の妹」
御坂美琴の言葉に迷いはない。そして、偽りもない。
だが恐れはある。そんな自分を鼓舞するように、彼女は言う。
「もう一人も死なせやしない」
まただ、またこれだ。最強である自分に向かって、明確な敵意を向けてくる存在。
「……ハッ、くっだらねェ。姉妹ごっこですかァ?」
妹を守るという決意。
無敵になるという意思。
互いの主張は既に伝えた。交渉の余地はない。
「ま、待ってください。計画外の戦闘は予測演算に誤差を───
その言葉を遮るように、御坂の身体から電撃が走る。その光を見て、一方通行は薄く笑っていた。既に臨戦態勢の二人には、声は届いていないようだ。これより、ここは戦場となる。
御坂美琴の雷撃の槍によって、その戦争の火蓋が切って落とされた。
一方通行戦では上手く出来過ぎていた、というのが木原統一の見解だった。
攻撃、防御共に最強のあの第1位に引き分けという結果は、偶然である。何か一つピースが欠けていれば死んでいたし、相手の能力、性格を全て把握した上で、こちらはさらに初見殺しのオンパレードで倒したのだ。上手く出来過ぎたという評価は妥当なものだろう。
だがしかし、なんだかんだで学園都市第1位を倒したという事実は、同時に木原統一の自信にもつながっていた。こつこつとインデックスの話を聞いて、自分なりの推論を色々立てつつ魔術を学んだ成果。その証明のような物が、学園都市第1位の打倒という形で表せたのだ。努力が形を成したとき、大なり小なり人はそれを誇るだろう。これを驕りと取るかどうかはまた別の話だ。
……何故こんな事を言うのかといえば。木原統一は今、自身の評価を大幅に下降修正していた。
第1位に引き分けたあの戦い。あれは奇跡だ。
「
とっさにルーンのカードを撒き、そこから炎の巨人を召喚する。その瞬間、木原統一を貫こうとしていた閃光は、その巨人に突き刺さった。
麦野沈利の『
「チッ、絹旗」
「……っ!」
即座に後ろを振り向くと、フードの女が走りこんできていた。とっさに炎を右手に出し、それを投げつける……が、フードの女、絹旗最愛は避けようともせず、左手を振っただけでその炎を払いのけた……無詠唱とはいえまったく効いてないのは流石にショックだ。『
このまま立ち止まっているわけにはいかない。一か八か、木原統一は『魔女狩りの王』の陰から飛び出した。
「はい、終わりっと」
当然、そんな事をすれば麦野沈利の
「ああ?」
「麦野、逆」
飛び出したのは蜃気楼で作った虚像。木原統一が実際に飛び出したのは逆の方向だ。
「
「大丈夫。対象のAIM拡散力場は記憶した」
建物と建物の間。狭い路地に入っていった木原統一を見ながら、滝壺は呟いた。滝壺は既に『体晶』を摂取していたらしい。これにより彼女の
そんな事とは露知らず、木原統一は入り組んだ路地の道で彼女らを撒こうと画策していた。もちろん滝壺の能力は知っていたが、あの能力は発動に『体晶』という特別な薬品を摂取する必要がある。その摂取前に視界から姿を消せばいい、と木原統一は考えていた。
「キタキター! 結局、日頃の行いって訳よ!」
路地に逃げ込んで1分経過。ランダムに逃げていた木原統一にそんな声が聞こえた。
正面、いない。
後ろ、いない。
……上?
ハッとして上を見上げるのと、建物の屋上に潜んでいたフレンダ=セイヴェルンがスカートから取り出した携行型ミサイルを発射するのは同時だった。
詠唱なんてしている暇はない。右手に炎をだして咄嗟に撃ち落とそうとしたが狙いは外れた。……3発あるミサイルのうち、一つも迎撃出来なかったのだ。そもそも、木原統一にそんな技能はなかった。
咄嗟に体を捻り後ろに飛んだ。
音がこの世界からなくなったかと錯覚するような、轟音が鳴り響いた。木原統一が先ほどまで足をつけていた地面に着弾したのだ。それほどの至近距離での爆風を浴びて、四肢がまだ付いていたのは奇跡だった。爆風に吹き飛ばされながら、全身の焼け付くような痛みに歯を食いしばる。
「よっしゃー! 撃破ボーナスゲッチュ!!」
建物の上にいるフレンダからは爆風で木原統一が見えない。爆風がなければ、声を出さないように痛みに耐えながら、ほふく前進でその場から逃げようとする無様なターゲットの姿が見れただろう。
(……ぐっ……落ち着け。優先して治すのは足だ。……
身体がどうなってしまっているかなんて、絶対に見たくない。今はただ、痛みが酷い箇所と足を治す事に専念する。
5秒、10秒、と時間が経つにつれ、足の感覚が戻ってきた。もう歩けると判断した木原統一はゆっくりと立ち上がり、フレンダの声がする方角から立ち去ろうとする。
「え? なになに? ……まだ動いてる? うっそー……でも滝壺の能力なら間違いはないかー」
ドキリ、と心臓を鷲掴みにされたような会話が聞こえてきた。おそらくだが無線のような物で連絡を取り合っているらしい。そして……既に滝壺の
次の瞬間、建物の壁が赤く……と頭で考える間もなく、木原統一は走り出した。
その二つが合わさった場合、こうなる。
木原統一が走り去ったところへ、原子崩しによる閃光が通り過ぎる。建物と建物の隙間。人一人がギリギリで全力疾走できるかどうかの路地を走っているところに粒機波形高速砲を叩き込んだ結果、蜂の巣状態の建物が量産されていく。中には主柱が撃ち抜かれた建物もあるようだ。凄まじい破壊音をともなって、土煙を上げながら次々と建物が倒壊している。
「わーちょっと麦野!私の足場までなくなるー!!」
『知るかボケ。撃破ボーナスに目がくらんだアンタが悪い』
そんな会話をのんびり聞いている暇はない。あの
「超見つけました」
路地に立ち塞がるように絹旗が現れた。思わず足を止めようとブレーキをかけるが、立ち止まってはあのビームの餌食だ。すれ違う事は出来ない。ならば……逆走だ。それしかない。
「
「む、突破は超難しそうです」
半ば転がりながら反転し、絹旗の道を塞ぐように魔女狩りの王を出現させる。窒素装甲とはいえ限界はある。先ほどの炎とは違いこいつは抜けられないはずだ。一方通行に出来なくてコイツに出来る道理はない。
姿勢を低くしていたせいか、頭の上を
そして……目に入ったのはぬいぐるみ、って───しまっ───
「えへへ、これって結局、今回のボーナスは私の物ってことよ!」
「はいはい……言っとくけど、元のギャラが安いからボーナスっつっても大した事ないわよ」
「げっ、そんなー……」
「大丈夫だよ、フレンダ。そんなフレンダを私は応援してる」
「まだ息が超あるようです。意識はあるかどうかわかりませんが」
意識が朦朧とした状態で、瓦礫の中から引っ張り出された。身体中の骨の何処が折れていて、何処が折れていないのかすらわからない。……こいつら、死んだフリも通用しないのか……滝壺の能力があるんだった、それもそうだ。
「これ、回収するんですか?」
「んー? 殺っちゃってもいいんじゃない」
「いやいやいや! 回収すれば報酬アップかもしれないっしょ!」
「……ま、たしかにそうね。絹旗、それ持ってきて」
「超了解です」
「……あれ?」
「どうしたの?滝壺」
「なんかこの人の発してるAIM拡散力場が……」
小さな手に凄い力で足首を掴まれ、ずるずると道を引き摺られていく。うっすらと目を開けると星空が見える。……この連行のされかた、後頭部がハゲそうだな、などと馬鹿なことを考えながらも、この状態でどうしたらいいかを考える。
「しかしムカつくわねー、私の
「なにかしらの対抗策を超練ってきた、という事でしょうか」
「……私のデータがどっかから漏れたってこと? んじゃ、後で吐かせるか」
「うーん……なにか変」
「あー! 麦野、殺しちゃダメだからね! 私の撃破ボーナス増量がかかってるんだから!」
……ダメだ。こいつらから逃げられる気がしない。身体を動かした途端、もしくは詠唱を始めた途端に消し炭にされる未来が見える。『魔女狩りの王』を即時展開すれば絹旗最愛くらいなら不意打ちで……いや、おそらく喋り始めた瞬間に避けられるだろう。先ほどの攻防で嫌というほどわかったが、こいつらはプロだ。動きがまるで別次元だった……攻防? いや、防戦一方だったな。攻撃なんてする暇もない。一方通行なんて可愛いもんだ。
と思考していると、ズドン! という轟音が鳴り響いた。
「うひゃー、あっちはあっちで何かやってるわけよ」
「超指定されたポイントのようですね」
雷音……いや、
「……」
「まさか麦野……」
「行かねえよ。誰がノーギャラであんなクソガキを相手にするかっての」
嘘だろ。あの御坂美琴が一方通行と……? ダメだ、勝ち目なんてあるはずがない。これじゃ彼女まで……
「あれ? なにアイツ?」
「……超偶然に監視網を抜けてきた一般人、ってとこでしょうか。もしそうなら、
アイテム4人組の足が止まった。……超、不幸?
「かったりぃなー、目撃者の処理なんざ私らに押し付けてんじゃねーよクソが。下っ端どもは何してやがんだ」
と言うのが早いかどうかというタイミングで、麦野沈利の
ただ、その右手をかざすだけ。
バキッ、という破壊音とともに
「はぁ!? 麦野の
「消え、た?」
……どうやって、と木原統一は一瞬思考し、そして考えるのをやめた。
「てめえらがどんな奴らなのかは知らない。御坂妹や、木原とどんな関係なのかも、俺にはわからない」
理屈なんてなくても、アイツは来る。
「それでも、俺の友達を傷つけるっていうなら───」
彼の名前は上条当麻。
「まずはそのふざけた幻想をぶち殺す!」
ここに彼が来るまでの道筋は後々やっていきます。