学園都市の
その能力はベクトル操作。触れた物全てのベクトルを操る事ができ、普段は『反射』に設定されている。また認識、非認識を問わず、その能力は常時発動し続けているため不意打ちは不可能。……息をするのと同じように演算をし続けられるという時点で怪物という他なく、能力の完璧さも合わさりまさしく最強の名に相応しい能力者だ。
(……今のところ、第3者の介入はなさそうだな)
遠目に見える
(俺が取るに足らない存在だと思われているのか、それともこれがアレイスターの予想通りなのか)
あるいはその両者なのか。べつにどちらでもいい。妨害が来て欲しいわけではないからだ。ここに来るまでに「誰か俺を止めてくれぇ」とは考えたが。
さて、妨害が来ないのなら次のステップだ。応急処置をしたとはいえ、足をぶった切られた9982号をこのままにはしておけない。
恐怖で震える肩を気合で止めて、息を深く吸い込みその名前を叫ぶ。
「御坂美琴ォ!!!!」
一方通行が眉をひそめ、遠目に見える御坂美琴は驚いた顔でこちらを見ている。後ろ手で9982号を指すと事を察したのか、こちらに全速力で走ってきた。その足音で一方通行は彼女の存在に気づき、ますます不思議な顔をしている。
御坂は9982号の側に伏せ、怪我の具合を見ている。もっとも、そのすぐ近くにいる俺は元より、さらに遠くにいる一方通行の様子を警戒しながらではあるが。かく言う俺も一方通行から目が離せない。一瞬の隙に下半身とさよならバイバイなんていう事もあり得るからだ。
「……生きてる」
「ああ、早く病院に連れて行け。
半ば独り言のように呟いたのだろう。俺の返事があるとは思わなかったらしく、背後から御坂美琴の息を呑む音が聞こえてきた。悪いが、そんな動揺すらしてる暇はない。
「第7学区の病院だ。カエル顔の医者……わかるか?」
「……ええ」
「そいつに見せろ。その足持ってとっとと行け」
カエル顔の医者に見せる。あの人の患者になるということはつまり、9982号の命が保障されるという事でもある。彼は患者を治してはい終わり、なんて事はしない。その後のアフターケアまで診てくれる素晴らしい医者だ。9982号が再び実験に戻ると言っても、彼ならば止めてくれるのではないだろうか? ……御坂美琴、頼むからここで質問タイムとかやめてくれよ?
「わ、わかった……後で話、聞かせてよね」
「俺が生きてたらな」
その言葉を聞くのが早いかどうかというタイミングで、背後で雷撃音がした。自身のレベル5の力を駆使して、全力で移動しているのだろう。足を切断されている人間を抱えているのだから当然だ、急いでもらわねば困る。
それに
「さて、待たせちまったな」
「別に待ってなンかねェけどよォ……ったく、実験の主導者共は何してやがンだァ? 妨害があった場合の対応なンざ聞いてねェぞ」
別にその主導者とやらが無能なわけではない。学園都市最強の超能力者の前に立つ人間の方がどうかしているだけだ。
「この場合どうなンだァ? 実験はまだ続いてるとかなンとかで、さっきの女を追っかけりゃいいのかァ?」
「……」
「そもそもてめェはなンなンだよ。この一方通行の前に堂々と立ち塞がりやがって……自殺志願者……あァ、そういやそう言ってたっけなァ、よくわかってンじゃねェか」
今のところ、一方通行に戦闘の意思は無い様に見える。ならここが最初のチャンスかもしれない。
「
「あァ?」
ステイル=マグヌス。あの天才魔術師が使う
「
炎の刃を2連撃で放つ攻撃魔術。右手と左手、両方の手のひらから生み出された炎剣は、回避する素振りすら見せない一方通行の下へ一直線に向かっていく。
回避をしないのは当然だ。彼の能力にかかれば、炎という単純な物理現象などいとも容易く跳ね返せる。一方通行に喧嘩を売った人間は皆例外なく、自らの力で自身を傷つける事になるのだ。
ただしそれが───通常の物理現象によって引き起こされた物ではないとしたら、どうなるか。
炎の刃は粉々に砕け散り、七色の光となって一方通行の側を通り過ぎて行く。その攻撃を放ってきた人間に跳ね返る気配はない。分解されなかった炎はそのまま地面を焼き、砂利が敷き詰められた操車場の地面に広がっていく。
(……まぁこうなるわな)
俺はこの結果を予想していた。一方通行自体が魔術的な攻撃を受けたケースはあまりない。
(となると、あの『反射』を突破する方法は)
頭の中でいくつか候補を絞り込んでいく。試す順序、その危険度、そのために必要な術式の数、範囲、種類。
(周囲の環境……そして)
相手の反応。
「く、は」
一方通行は微笑んでいた。まるで新しいおもちゃを見つけたかのように。
「ぎゃははははは!なンだなンだよなんですかァその攻撃は!?俺の反射がうまく機能してねェ……?面白れェなお前ェ、いいねェ、最高だねェ!!」
どうやら気に入ったらしい。あまりうれしくないが、怯えて逃げ出されるよりはマシだろう。ある程度興味を持ってもらわないとさっきの第3位を追いかけ始めかねない。
「この一方通行に"触れた感覚"を感じさせる攻撃……ンな事が出来る奴がいたとはなァ!」
しかも効果の詳しい解説までしてくれた。触れた感覚、ね。なるほど、熱は通っていないのか、通っていたとしても僅かなのか。熱量には期待しない方がいいな。
一方通行が落ち着いたのを待って、今度は無詠唱で炎剣を出す。先ほどのと比べるとかなり見劣りするが、こちらのやりたい事を考慮するとこのサイズの方が都合がいい。
「おいおい、出し惜しみなンざしてねェで、さっきのデカいやつを出せよ
「……お前から攻撃とかはしてこないのか?」
「はァ?攻撃ィ? ……何、もしかしてお前、俺の敵をやってる
一方通行は俺をそもそも敵として認識していないらしい。……それはそれでやりようがあるのだが、それだと敵がそこから絶対に動かないという保証がない。つまり裏を返せば相手の動きが読みづらいのだ。いつ動くかわからない奴より、こちらを追いかけ回して貰った方が助かる。これからやろうとしている事はそういうことだ。
「なるほど。ま、そりゃ今まで何千人もの女子中学生の尻を追いかけ回してたんだよなお前。それが野郎に変われば、追っかける気も失せるわ」
「……面白れェ、今度は挑発のつもりかァ? 別に乗ってやってもいいけどよォ、あンな人形共の事なンざ引き合いに出したところで、何の意味もねェぞ」
「……人形?」
「あァ? もしかして気に障っちまったかァ? わりィわりィ、あンなモノのために怒る奴がいるなンて考えた事もなくてよォ……プチプチ潰れてくスライムみてェなもンだし、そりゃ愛着も出てくるってかァ?」
「んーそうじゃねえんだが……」
一方通行は気味の悪い笑みを浮かべている。さてどうなるかな。
「まさか学園都市第1位の趣味が人形遊びとはなぁ。なに、スカート覗いたりして遊んでんのか? 思春期ちゃん?」
「───ブチ、殺す」
あ、やりすぎた。
砲弾のような速度で、一方通行は一直線にこちらに飛んできた。そのまま右腕を薙ぐように、俺の身体があったはずの空間を切り裂く。
当然、そこに俺はいない。一方通行の見ていた物は蜃気楼で写された幻。本来はありえないはずの距離での蜃気楼だが、
一方通行が俺の存在を見ていた場所。その地面には俺が作り、インデックスから観賞用の烙印が押されてしまったルーンのカードが置いてあった。
一方通行の表情が怒りから驚愕の色へと変わっていく。その顔は無視して俺は、一方通行の右真横から炎剣をなぎ払う。
当然このままでは、先ほどと同じく攻撃を逸らされてしまうだろう。攻撃するだけ無駄と言うか、それだけならなにもしないで逃げた方がマシである。
炎剣が一方通行に触れるか否かというラインで、俺は腕を逆方向に
遠くない未来で父親が試した方法論。『反射される直前に攻撃を引き戻す』ことで一方通行の『反射』を突破した方式。それを魔術で実戦したのだ。
炎剣は一方通行に触れた瞬間、部分的に光に分解された。四方八方に炎は散っていき、そして───一方通行は火傷一つ負ってはいなかった。失敗だ。
炎剣の一撃で、一方通行はこっちを認識したらしい。自ら振った腕に振回されながら右足を微かに持ち上げた。これは───いつものアレか。
炎剣をそのまま地面に叩きつける。それと同時に一方通行の足元が爆発し、砂や砂利が凄まじい速度で飛び出してくる。
間一髪、炎剣の爆発と砂利による
このままさっきの攻撃を続けてもいいが、あの調子だと成功しても大した成果は得られないような気がする。せめて今の一撃で少しでも攻撃が通ってないと話にならない。かと言って拳ではリスクが高過ぎるし、ここは次のプランに行こう。……親父、よくぶっつけ本番で成功させたなおい。
砂埃の中を突っ切って、一方通行から距離を取る。そして地面にルーンのカードを撒くのを忘れない。蜃気楼が今のところ俺の生命線だ。出来れば常に発生させておきたい物ではあるが、それで一方通行の戦術が変わってしまったら台無しである。遠距離攻撃主体に切り替えられた場合、万に一つの勝ち目もなくなる。
……一方通行が爆風の中から出てくる気配がない。てっきりキレたまま突っ込んでくると思ったのだが……こちらが考えているより冷静なのか?
「よう、どこ見てンだァ?」
背後で一方通行の声がした。
「なっ───」
即座に振り向こうとした瞬間、左わき腹に一方通行の右手が触れる。蚊を追い払うようなしぐさではあったが、ベクトル操作によって集約されたその威力でもって俺の身体はくの字に折れ曲がった。
声が出ない。肺の中の空気を吐き出すことも出来ないし吸う事もできない。そのまま身体は宙を舞い十数メートル先のコンテナに叩きつけられた。
「変わった手品だなァオイ、さっきの炎といい今の屈折現象といいよォ。まったく種がわかンねェ」
「ごっ……がはっ」
血を吐きながらも咳き込み、呼吸を回復させる。畜生、種がわからねえのは俺も一緒だ。野郎、いつの間に俺の後ろに回りこみやがった?
「あァ、解せねえって面してやがるが、俺は別に何もしちゃいねェ。ただ高く飛ンで、お前の後ろに着地した。それだけの事だ」
んな無茶苦茶があるか。……クソ、ベクトル操作で音も消してやがったか。土煙とカードを撒く動作で注意が上に向いてなかったのが原因だな。
「なンかよォ、変なカードパラパラ撒いて、マジでお前手品師かなンかかァ?」
「
見習いだがな。
クソ、さっきの一撃でバキバキに折れた肋骨だが、体の中で骨の修復音がするのが気持ち悪い。
「やせ我慢してンのかァ? まァさっきのは挨拶みてェなもンだからよォ、今からぴーぴー鳴く豚の真似でも練習しといたほうがいいンじゃねェのかァ?」
……完全にキレてらっしゃる。追い掛け回されるのは計画通りだが、ここまで怒らせるのは計算違いだ。それに予想よりも数段速い。あーもう、だから戦闘前にデータが欲しかったんだよなぁ俺の馬鹿野郎。
「
しょうがない。ま、やることは変わらん。……だが早めにやらないと俺が持たない。残された突破方法は3つ。1つは最後の手段として、残り2つを同時に叩き込む。それに集中する。
「
炎の塊が一方通行に向かって飛んでいく。
「ぎゃは」
一方通行は凶悪な笑みを浮かべながら真っ直ぐに炎に突っ込んでくる。触れた部分の炎は光に分解されるが、そもそも一方通行には炎なぞ眼中にない。目当てはもちろん俺だ。
ここに留まっていては壁のシミになるだけだ。すぐさま走り出し、その場を後にする。俺の背後にあったコンテナに、
「くっそが、
その一言で、コンテナの前に炎の巨人が立ち塞がる。
簡易版の『魔女狩りの王』。結界の構成、詠唱が不要な代わりに展開時間は10秒、大きな移動も出来ない上に動きも発動前に指示した事のみ実行する劣化版。ステイルのルーンのカードを改造して作ったその一だ。
コンテナ砲は炎の巨人によって阻まれた。劣化とはいえ耐久はそのままなのだ。
「随分粘るじゃねェか」
気が付くと、一方通行は俺と併走していた。……いや、こいつ走ってねえ。低空で飛んでやがる。
「休んでる暇なンざねェぞオラァ!!」
一方通行の足元から、先ほどとは比べ物にならない程の砂利の散弾が飛び出す。
「───っ」
蜃気楼を展開していたが、散弾の範囲が広い。とっさに顔を腕で覆う。大小様々な石や岩が全身を強く叩き、足が地面を離れ宙に浮いた。
「遅せェなァ」
小石が突き刺さっていく中、そんな声を聞いた。真後ろからである。お前が早過ぎなんだよクソが、という悪態をつく暇すらなかった。
それが蹴りなのか、それとも拳なのか肘なのかはわからない。
だが俺は確かに、背骨の折れる音を聞いた。
「がっ───」
凄まじい速度で自身の体が転がっていく。砂利のせいで地面に触れた箇所から皮膚がズル剥けになる。そして腰から下の感覚が───
「ハッハァ! 綺麗に
……目的は達成した。後は起動するだけだが、身体が動かない。上半身は腕や顔、破けた服から露出した部分が焼ける様に痛いし、下半身はまるっきり信号が断絶してやがる。
「どうだァ、屠殺前の豚の気分はよォ。上手に鳴けたら楽にしてやンよ」
ゆっくりと、一方通行はこちらに歩いてくる。何故か肉体再生は砂利で擦り剥けた部分の回復を行っている……そこじゃねえだろ、確かに放っておいたら悪化するのは外の傷かもしれないが、今は最優先で背骨だろうが。
「さて、詰みだ」
俺がうつ伏せに倒れているそのすぐ手前。学園都市最強の
「まだ呼吸してンのは褒めてやンよ。この俺を前にして、ここまでやった能力者ってのはオマエが初めてだ。無様に泣き叫んで命乞いでもするってンなら……考えてやらねェ事もねェけどよォ」
「……あー、ひでぇ事しやがる。今までに……最低でも9981人殺してきた奴が「見逃してやる」だなんてよ。それでも一瞬信じそうになったじゃねーか」
流石にそれはないだろう。一瞬その可能性を信じて、思い返して絶望する。なんて嫌な野郎だ。親父がムカつくのもわかる気がする。
「あァ?なンだ、もう死ぬ覚悟とか決めてたりすンのかよ。つまンねェなァ」
傷口の修復が終わった。一方通行は碌にこちらを見ていない。……未だに俺の肉体再生に気づいていないようだ。まぁ前提として俺を
「そもそもよォ、あの人形共を数に入れてンじゃねーよ。それじゃまるで、俺が稀代の殺人鬼みたいな言い草だなァオイ」
「……どうだろうな」
「あァ?」
「アレが人形に見える奴と、見えない奴。どっちもいるってこった」
一方通行が動きを止めた。不満そうな顔だ。面と向かって「お前がそう思うならそうなんだろ」と言ってやったようなものだ。無理もない。
「正しい答えなんざねぇんだよ。少なくとも妹達の先生役は、彼女たちを人形だなんて思ってねぇぞ」
足の感覚が戻ってきた。動かせる、何とか立ち上がれそうだ。
「はっ、馬鹿じゃねェのか。あんな同じ顔して同じようなセリフしか吐けねェ出来損ないに、安いメロドラマを期待するような奴がいるとはなァ」
「……人それぞれってこった」
ゆっくりと、足に力を込める。……一方通行の本気で驚いた顔を見るのはコレで2度目か。立ち上がり、目の前の怪物と目線が合った。
「……さて、まだ手品は出来そうなんだが」
「……本当に面白れェな、オマエ。これ以上なにが出来ンだっつうの」
俺は答えなかった。最高の形で一方通行を誘導出来たのは僥倖だ。コイツはもう勝ちを確信してて、いまから俺がやる事を避けようとすらしていない。その慢心が、命取りになるというのに。
「
唱えるのはステイルの炎剣の術式。通常ならこの詠唱で手元の空気が爆発し、先ほどとは比べ物にならない大火力の炎剣が生成される。
当然、今さらそんな事をする気はない。
噴出点は地面
火力は最大
数は5278
その瞬間、轟ッ!! という爆音が鳴り響く。
炎というよりはそれは爆発だった。唱え終わると同時に、操車場一帯が、二人の周囲が炎の柱で包まれる。
インデックスに不可能と言われた術式の一つ。それは、『自らの放った炎そのものが、着弾と同時にルーンを刻む』術式である。
一回に付き一つのルーンではない。機能するであろう最小限のルーンを無数の火の粉が地面を焼き、刻み付ける。手元からの距離、地面の性質、刻む数によって魔力の性質を変えなければ、この術式は成功しない。
攻撃用の術式を、記述のための術式と融合させる。
手元から離れた炎を、自らの術式として操作する。
ルーンとして機能する図柄を、離れた所から魔力操作で無数に記述する。
そして今。本来なら手元で放つはずの炎剣を、撒いたカードと無数のルーンから同時に発動する。
それらを戦場で行うという無謀な挑戦は、最初の一回で成功を収めた。
「あーすげェすげェ、今度は二人仲良く焼死体になりましょうってかァ?」
一方通行は感心するというより呆れているようだ。
「努力の方向性が間違ってンだよなァ。今オマエがすべき事は地面に這い蹲って無様に許しを請うこ……とっ!?」
大量の炎に囲まれた中、ペラペラ喋るとこうなる。俺なんて詠唱用の空気しか残してねぇっていうのに。
酸素欠乏。全ての攻撃を反射する一方通行だが、その身体は所詮は人間。人である以上、酸素を吸い二酸化炭素を吐いている。弱点とは言えないが、数少ないつけ込める隙と言えるだろう。
だがこのまま窒息してくれる相手ではない。一方通行はやろうと思えば砲弾のような速度で動く事が可能。このままでは脱出されて逃げられるのがオチだ。……あくまで目的は隙を作る事。
「
その隙を突いて、最強の一撃を叩き込む。
「
一方通行の背後に『魔女狩りの王』を顕現させる。
「ダブル」
ボン!! という音とともに、2体目の『魔女狩りの王』が出現する。
複製ではなく分割。大きさを3分の2に、熱量を等価に分ける事で成功する2体目の炎の巨人。
炎の巨人が一方通行を前から、そして後ろから挟み込むようにして密着する。既に一方通行の周囲には酸素なんて残ってはいない。そして――
『この一方通行に"触れた感覚"を感じさせる攻撃……ンな事が出来る奴がいたとはなァ!』
(触れた感覚、ね。じゃ、魔術で無限に再生し続ける炎は、お前に触れ続けることが出来るって事だ)
今まで逸らされた数発の炎の魔術。そんなものとは比べることすら出来ない大出力の術式。『魔女狩りの王』。その2体によって、一方通行は完全に拘束された。
力技なら出来るのかもしれない。地球の自転を大量に遅らせてでも、大量のベクトルを集約すれば可能だろう。
だが今の一方通行は酸欠だ。そして思わぬ攻撃にパニックを起こしている。果たしてその演算領域が残っているのか。その発想がこの人生初のピンチで出るのか。
そして、魔術である『魔女狩りの王』自体のベクトルを操る事は不可能。
周囲には魔術で干渉されている空気しかない。風を操る事も不可能である。
一方通行の『反射』の壁に触れた先から、『魔女狩りの王』は分解されているようだ。だが炎の巨人が目に見えて削られる事はなく、分解された結果の光だけが無数に周囲に撒き散らされている。
酸欠、そして全方位からの魔術攻撃。おそらく逸らしきれない炎が少なからず身体を焼き、酸欠によって『反射』の壁はそう長くは持たない。その演算が狂った瞬間、一方通行はその身を一瞬で灰にする。
一方通行は先ほどまでのどの表情とも違う顔をしている。焦燥、そして恐怖。炎の恐怖を人生で初めて体感しているのだろうか。苦しそうな顔とは裏腹に、彼の身体はピクリとも動かない。どうやら押さえ込む事に成功したようだ。丸焼けになるというのはさぞ恐ろしかろう……俺も怖かったからな。
(詠唱も簡易だが、その『魔女狩りの王』は俺が止めるまで消える事はない)
簡易詠唱による召喚。例に洩れず機敏な動きが出来ない劣化巨人だが、今回は時間制限がない。故に、一方通行が灰になるまで止める気はない。
そんな事より、このままでは俺自身が酸欠で死ぬ。この場に留まっている理由も無いし、ここは退散しよう。……魔力の使いすぎで身体がだるい。放っておけば肉体再生がなんとかしてくれるのだろうか。魔術でここまで疲労したのは初めてだ。
そう思い立ち、イノケンサンドイッチから背を向けた。
その直後である。
「ごっ、がァァァァアアアアアアア!!!!」
どこから声を出しているのかと思いたくなるような咆哮。炎の中で残りの酸素を一気に吐き出すという愚考。最後の抵抗か何かかと思い振り返るのと、一方通行が足を少し曲げ、地面を踏むのは同時だった。
轟音が炸裂した。一方通行の足元から一点に衝撃波が拡散し、彼の周囲50メートルが陥没したのだ。
崩壊した大地はクレーターのようだった。最大深度は20メートル以上。そのほぼ中心にいた人間がどうなるのかは明白である。
「うおォォォォォォォォ!!!!??」
自由落下である。空を飛ぶ事なんて出来るはずもなく、重力に従い落下するしかない。落ちる直前に一方通行を見ると、『魔女狩りの王』は消えており、俺と同じく自由落下を開始していた。
(な、何で『魔女狩りの王』が消えて……あ)
炎の巨人が消える条件その2。ルーンの消滅だ。
操車場の地面に刻まれたルーンが、このクレーターによって消されてしまったのだ。限られた結界の中でしか活動できない『魔女狩りの王』は、今の一撃で完全に姿が消えてしまった。
突然の事で受身も取れなかった。その身を投げ出し、無様にゴロゴロと転がってどうにか動きが止まった。そしてそんな中、
着地音もなく、一方通行は立っていた。
「……ぎゃは、」
ゾッとするような乾いた声が聞こえた。
「くはっ、はは!!? ぎはははははッッッ!!!! ぎゃああァははははははははははははは!!!!!!!!!」
一方通行の姿をよく見ると、服に何箇所か穴が開いており、そこから見える肌が赤くなっていた。重度の火傷とまではいかず、せいぜいが中度と言ったところだろう。右ひじが、左の腿が、右肩が。火傷の症状が出ていながら一方通行は笑っている。生涯で滅多にない"痛み"という感覚に、彼は笑っているのだろうか。
それは火傷を与えた本人にとっては恐怖以外の何者でもなかった。
一刻も早くここを立ち去りたい。そんな気持ちで俺は一杯だった。
恐る恐る立ち上がる。一方通行の方を凝視しながら、ゆっくりと後ろ足ではあるが歩みを外へと───
「あァ?」
一方通行は普通にこちらを振り向いたつもりだった。だがその光景を見ていた者としては、まるで何十倍もの時を圧縮したような感覚が走ったのだ。目の前の、殺し損ねた手負いの獣。学園都市の第1位の顔を見るまで、木原統一は微動だにできなかった。
「あァ、今のがお前のとっておきってヤツだったンだなァ。結構効いたぜェ……だからよォ」
一方通行の顔は右頬の辺りが真っ赤になっていた。だがその火傷よりも俺は、血走った獣のような赤い目に釘付けだった。
「次は俺の番だよなァ!!」
一瞬で間合いを詰められた。そして────俺の腹に、一方通行の右腕が突き刺さっていた。
「ご、ぐ……ッ」
「ここまで近づいたらよォ、もうお得意の炎は出せねェよなァ……?」
自分の身体の中に、異物が入り込み腹と背中をぶち破った感覚。激痛の中、血で溺れそうになり呼吸も苦しい。出血のショックか、足や腕が小刻みに震え始める。
「あー死ぬかと思った。驚いたぜェ、足一つ動かすのに重力なンてもンまで利用するハメになっちまった。この世に俺を拘束出来るような能力があるとはよォ」
返事なんて出来るわけもなく。俺自身は激痛の中で思考を巡らせるしかない。
残された一方通行を倒す最後の手段。使うならここしかないのだが、痛みで思考がうまく働かない。
「どうやらテメェは食われるだけのブタじゃねェみてェだなァ。ここまでされちゃ、こっちもとっておきを見せてやンなきゃ割りに合わねえ」
……徐々に痛みが麻痺してきた。これならいける……一方通行が0距離にいる今なら。
「さて、俺は今、お前の血液の流れに触れている。もしこの流れの『向き』を、ベクトル操作で逆流させちまったら……お前はどうなっちまうンだろうなァ?」
おい……一方通行、知ってるか?『触れる』って言うのは、……もっともポピュラーな……魔術のトリガーなんだぜ。……って、インデックスが言ってたっけなぁ……ああ、まだ学びたい事が、……たくさん……
『───例えるなら、そうね。教え子ってとこかしら。彼女たちの知識の入力を監修した私は、先生役みたいなものね』
先生役、と悲しげに言った少女の顔が思い起こされる。
『先生と呼んでくれて、ありがとう』
生徒のために生きた男の顔が、重なる。
ああ、そうか。何を必死になってるかと思えば、なんてことはない。
俺は、彼らに……生きて……
一方通行の『血流操作』
木原統一の最後の一手
それらが発動したのはほぼ同時だった。
「ごっ、ごふ……ッ!?」
一方通行の口から大量の血が溢れ出す。まるで振り過ぎた炭酸ジュースの蓋を開けたかのように、その勢いは止まらず。一方通行は目の前の男から腕を引っこ抜いて後ろ向きに倒れた。
(な、ンだ? 俺の身体に……あの野郎何を……?)
その魔術は、模倣ではなく再現だった。木原統一が話の中でのみ把握しており、本人は実際に見たことはない。イギリス清教が誇る禁書目録でさえ看破できなかった小規模魔術。名前すらないその魔術は、結果ではなく過程を重視する。
能力者は魔術を使えない。使えば副作用のような物を起こし自滅する。その特性を逆手に取ったこの術式は遠くない未来、一方通行に対してダメージを与える代物だった。
完全な再現は、木原統一には無理だった。一方通行と0距離で向かい合い、そしてそのまま静止して貰わなければ不可能だったのだ。実際、本物は触れずとも対象に魔術行使をさせる事が出来た。要は、例に洩れず劣化版ということである。
一方通行の意識が薄れていく。先ほどの酸欠、身体を蝕む火傷、そして魔術使用による副作用。様々な痛みに苦しめられながら、彼の意識は闇の中へと沈んでいった。
一方通行を倒した。だがその勝利を、少年が見ることは叶わなかった。
『血流操作』。身体中の血管を流れる血液が逆流し、少年の身体をズタズタにした。全身の皮膚が血管に沿って裂け、そこから人一人分の血液が漏れ出しているのだ。
彼の能力は発動しなかった。脳の毛細血管が軒並み破裂し、彼の能力の源となる計算能力は元より、言語も、記憶も、様々な分野を司るであろう全ての箇所が破損していた。
心臓なんて動いてるはずもない。
人はこれを死体と呼ぶ。
この夜、木原統一は『死んだ』
姫神「私の予言は当たる」
統一「主人公っぽい事した結果がこれだよ!」
魔術VSベクトル操作 という爆弾要素。うまく書けてるかが心配です。