「給料?」
「そ。貰えるんだろ?
ステイルは「仕事に行く」と言って俺達とは別方向へ行ってしまった。今頃は記憶を失った上条との邂逅を果たしているのだろう。かなり機嫌が悪そうだったので、上条に放たれる炎は原作の3割増しくらいにはなっているかもしれない。許せ上条、またなんか持って行ってやるからな。
そして俺はといえば、イギリス清教に強制就職を決めたばかりである。まったくもって不本意な配属ではあるが、職務が禁書目録の護衛と言われれば悪い内容ではない。むしろ、他の魔術組織からの庇護を得られると同時に禁書目録の側に堂々と居られる事を考えればかなりの高待遇である。
だがイギリス清教という所が、長い会社説明をしてくれたり、手厚い新人研修があったり、ジョブトレをきっちりしてくれたりするような場所だとは微塵も考えてはいない。まぁきっちりした組織となると、それはそれで面倒なので別に構わないのだが。何が言いたいのかというと、タダ働きはご免だ、という事だ。
丁度良く
「ま、一応公務員だしにゃー。英国の三大柱の一角であるイギリス清教。その一員となれば、たしかに国から給料が出るはずですたい」
「だよな? んじゃ口座を教えとくからそこに入れといてくれよ」
「あー、そういう事は俺じゃなくてイギリス清教の誰かに言って欲しいにゃー。ほら、俺一応スパイだし。この番号によろしく言っておいてくれ」
「お、おう。じゃ早速……あ、今向こうは深夜か」
「そういうことですたい」
「んじゃ、夜にでも……しかしなー、俺が魔術結社に入社かぁ」
「いや、魔術結社とはちと違うんだが……」
「え? そうだっけ? 魔術師の集まりが魔術結社なんだろ?」
「必要悪の教会は、そういった魔術師達を狩る側だぜい。警察と犯罪者は、同じく戦力を有してはいるが一緒ではないって事」
「……ふーん。そんなもんか」
俺にとっては犯罪者とあまり変わらない気がする。燃やされたり銃を突きつけられたりと、いい思い出は皆無だ。
「んで、そのおまわりさんになっちまった俺は、一体何をすればいいんだ? インデックスの護衛だって聞いてるけど」
「基本、木原っちの出る幕はなさそうなんだがにゃー。ここは科学側のど真ん中。そうそう魔術師も入ってきそうにないぜよ。ま、たまに顔を見るだけでいいんじゃないかにゃー」
「それだけでイギリス国民の血税の一部を貰えるのか……」
もちろん、土御門の見通しは外れている。ここ何ヶ月かでそこそこ忙しくなるのは確定だ。
「ところで木原っち」
「ん? なんだ?」
「例の能力の件なんだが……」
「予知がどうたらってアレか?」
「……本当に"視える"のか?」
「んなわけねーだろ。さっき理事長から聞いて俺の方が驚いたわ。たぶん、イギリス清教に突っ込まれないように適当なこと言っただけじゃねーかな。統括理事長は」
事実、未来なんて見えない。実際は「この世界によく似た世界の歴史」を知っているだけだ。
とあるの世界において、予知能力者はどれだけ顔を見せただろうか。少なくともイギリス女王、ローマ法王、神の右席にグレムリン等の勢力の中には存在しなかった気がする。一番近いので上条の『前兆の感知』だろうか。ともかく、それだけ大きな勢力が雁首揃えて、予知能力者を有していないということはだ。それなりにレアな能力なのだろう。そんな能力を持っているなんて誤解されては困る。
「となると、未だに謎が残るわけだが」
まだ覚えてんのか、アレからもう一週間以上たってるぞ。もうどの事を指してるのかすらわからん。
「あー……勘みたいなものってことで、な?」
「木原っちが勘とか言い出すとは……余程燃やし所が悪かったんだにゃー」
なんだ燃やし所って。打ち所みたいな言い方すんな。あ、そういえば。
「なあ土御門さん。実はお願いがありましてな」
「……?」
「その燃やし所の落とし前と言いますかね、度重なる入院費及び玄関の修理代をステイルの口座からですね……」
「木原っち。それは……いかんぜよ」
たしなめようとしているのはわかるが、口元が笑ってるぞ土御門。
「カミヤンと違って、ステイルはもう同僚なんだし───
「あー、あの一件。ステイルがあそこまで暴れなければ、もう少し丸く収まったんじゃないかなー」
「……」
「
「わかった。口座の件も含め、俺に任せておけ」
グラサンに指を当て、土御門は言い放った。
「消し炭にしてやる」
なんの事はない。土御門もそこそこにキレていたようだ。
状況的にはグレーとはいえ、学園都市の人間へ無闇やたらに攻撃を放っていたツケというか。少しも思うところが無いわけではなかったらしい。後はそのやり場のない怒りのような物に方向性を持たせてやるだけでいい。正当性のある解消法なら、土御門も喜んでやるだろう。
(なにしろ、万が一にでも舞夏があの場に居合わせる確率は0ではなかったはずだしな。ま、義妹思いのいい兄ちゃんだ)
……手を出していなければ完璧なんだが。義理だからセーフと言えばセーフである。
「あ、ねーちん? 夜中にすまないにゃー。突然で申し訳ないんだけど、ステイルの口座から公費であるだけ引き出して欲しいんだにゃー。理由? ま、
ステイルの普段からの気性を考えると、その側にいた神裂がイメージを膨らませるのは容易いだろう。「あ、あいつまた何かやらかしたな」と。現在、必要悪の協会で振込み詐欺が進行中である。
「これでよし、と。木原っちの口座の登録も済んだし、俺は帰るぜい」
「ああ、ありがとな土御門。今度何か奢ってやるぞー」
「期待はしてないにゃー」と言って土御門は自分の部屋に戻っていった。そして俺はというと、
「どうするよこれ」
家の玄関が吹き飛ばされているのを忘れていた。
「玄関が全損した場合、どこに連絡すればいいんだ……?」
鍵屋ではない。不動産か? でもこれ学生寮だよな……ということは学校? 夏休みでもこういう相談は受け付けているとは思うが、下手したら
(警備員を呼ばれた場合、100%あの人に伝わるよな)
第三者から伝わるのと、本人から直接聞くのは天と地ほどの差がある。先手必勝というか、転ばぬ先の杖というか。真っ先に連絡するのはあの人だろう。
アドレス帳から連絡先を探し、少し悩んだ上で電話をした。
『なんだぁ?』
「……あのですね、……また玄関が吹き飛ばされまして」
『……あぁ? また襲撃か?』
「いや、今回はその、半分は自業自得でして」
『自業自得ぅ? ……わかった。修理の依頼は出しとく。夜までにはなんとかなんだろ。それ以外では何かあんのか?』
「あ、ありがと。んーと他には……」
一番大事な事があったな。
「就職決まりました」
『………金が必要なのか?』
「いや、友達の手伝いかな」
『そうか』
そう言って電話は切れた。そっけない父親である。結局玄関修理業者の連絡先は聞けなかったな。ドアを壊すたびに電話するのも申し訳ない。次のドアは大事にしてやろう。
「あれ? なにやってんだ木原」
廊下でのんびりしていると、上条当麻が帰ってきた。
「ステイルか……」
「そ。困ったもんだ……」
当然ながら上条当麻に、ステイルとの初邂逅の記憶はない。だが原作通りなら、先ほど面通しは済んでいるはずである。名前を出しただけで「ああ、あいつね」という反応を返していると言う事は、つまりはそういうことなんだろう。
玄関が直るまでの間、俺は上条家にお邪魔する事にした。別に俺はあの開放感溢れる一室でも良かったのだが、上条が是非にと言うなら拒否する理由もない。
「むむ。すているがまたきはらを襲ったのかな?」
「ああ、今回は喧嘩みたいなもんだよ」
先日の殺し合いに比べれば些細なもんだ。……この非日常に慣れてきたというのは喜ぶべき事ではないと思うが。
魔術師が学園都市にやってきた、という事実はインデックスをひどく警戒させているようだ。口をへの字にしてなにか考え始めた。その表情を見て上条はなにか焦っているようだ。……そういえばこれから上条はステイルと一緒に特攻を仕掛けるんだっけ。当然それをインデックスには黙って出かけるわけで、この状況は非常に都合が悪いと。
「実は学園都市とイギリス清教の間に密談があってだなインデックス。先日の俺とステイルの争いの件。ステイルはその清算に来てるだけだぞ」
「……なるほどなんだよ」
む? まだ腑に落ちない顔だ。インデックスは何を気にしているのか。……もしかすると、
「それとインデックスは、上条家に待機だってさ」
「やったー!」
「え゛?」
ビンゴだ。インデックスは、イギリス清教に連れ戻されるのではないかと危惧していたようだ。幸いにしてその心配はない。
「ちょ、ちょっと。それは上条さんに話を通すべき事案なのでは!?」
「……とうまはイヤなのかな。私と一緒に住むのが」
「ぐっ……」
予想通りだが上条に勝機は無い。まぁ心中お察ししますというか。バスタブ生活、圧迫される家計、暴力シスター。
「にゃー」
そして猫。これらを受け入れる広い懐の持ち主。これは脱帽ですわ。
「……てめぇ、服の中になに隠していやがる!?」
「スフィンクスは教会が匿うって決めたんだもん!」
ぎゃあぎゃあと展開される猫争奪戦。……あの猫にもアレイスターの息がかかってたりするのだろうか。何気に三毛猫のオスだし。なんでもかんでもアレイスターと言えば陰謀の匂いがする気がする。……考えすぎだな。……でも犬が喋る世界だ。油断はできまい。
「…………仕方ないから飼ってよし」
こうしてスフィンクスの入居が確定した。
「んじゃ、木原。後はよろしくな」
上条が俺をすんなり家に招きいれたのはこのためか。どうやらインデックスの見張り番をさせられるらしい。
「インデックス、くれぐれも家電を触るときは木原の監督の下でやること! いいな?」
「む、そこはかとなくバカにしてるねとうま!私には完全記憶能力というものがあるんだよ!いつもとうまが動かしているのを見てるから、使い方はばっちりかも」
「……てめーはいつもテレビ見てるだけだろうが」
「ま、要は勝手に電化製品に手をつけさせなきゃいいんだろ? 任しとけって」
「そうか?悪いな。じゃ行って来る」
これ幸いといった感じで上条は出発した。インデックスは不満そうだが上条の心配はもっともだ。電子レンジを爆発させたり、冷蔵庫を半開きにしたり。湯沸かし器をおしゃかにさせるくらいはこのシスターならやりかねん。下手をすれば
「行っちまったな」
「……なんかとうま、変だった」
「なにがだ?」
「スフィンクスのこと。とうま、あっさり許してくれた」
伊達にシスターを名乗ってるわけではないのか、それとも上条限定なのか。変なところで鋭いシスターだな。
「スフィンクスと言えば、それ野良猫だろ?まずは洗わなきゃな」
これからあの
インデックス「洗ったらレンジでチンだよ!」
木原「……俺がいてよかったなスフィンクス」
スフィンクス「まったくだ」