「
先ほどとは一転してステイルは落ち着いた顔つきになった。仕事モードというやつだろうか。
「能力者については問題ない。アレは元々私が所有する超能力の一つだ───」
対するアレイスターも、淡々と状況説明をしていく。俺の口を挟む余地は元より無い。だがそれも好都合。この間にのんびりと考え事ができる。
どうやらこの流れでいくと、アレイスターに捕まって実験体になるだとか、そのまま幽閉されると言った状況にはなりそうにない。……まぁ学園都市を牢だと考えれば、学園都市の住人全てが実験体である、と言われれば否定は出来ないのだがそういうことではなく。俺自身を拘束、排除する意思がアレイスターにはなさそうだ、と言うところに問題がある。
別に捕まえてくださいと言うわけではないが不自然なのだ。アレイスターの性格からすると。
何十巻と読んできた原作の知識から考えるに、アレイスターは自らのプランから外れた動きをするものに対しては3通りの対処パターンがある。
1:それを利用してプランを前倒しにする形で修正
2:静観
3:排除
といった感じだ。
1に関してはほぼ上条当麻、一方通行に関する対処である。プランの中枢を担う人材に代わりはおそらくいないのだから、むしろこれしか存在しないとも言える。今回の錬金術師も、ゴーレムで特攻してくるあのライオン丸もこのパターンだろう。
2は手がつけられない状態。というより、どう動くかを考えている状態だろうか。『浜面仕上』などが当てはまる(と思う)。または放っておけば勝手に自滅すると思われる人間もこの状態だろう。というか、半ば浜面もそう判断されていたはずだ。……無一文の無能力者が戦地(天使光臨予定)に病人背負ってフルダイブして、そこに『
3は意外と多い。ヒューズ=カザキリを利用して排除した『前方のヴェント』。直接対決にて処理(生きてはいるが)した『右方のフィアンマ』等がそうだ。窓のないビルに拘束され続けている『フロイライン=クロイトゥーネ』やこれから幽閉される『レディリー=タングルロード』も該当するかもしれない。後はあの魔神軍団とかか。あの決着、俺は見てないんだがどうなったのだろうか。どっちが勝っても嫌な予感しかしない。
さて、俺は自分自身が3に該当すると信じて疑わなかったわけだが、どういうことなのか。
『未来が見える』などという触れ込みでイギリス清教に売られた(無償で貸与された?)ことから、最低でも俺自身が
そして未来が見えるなら、それはつまりプランに影響を及ぼす可能性を過分に含んでいる事に他ならない。
更に言うなら、未来の知識はプランを進める上で必ず役に立つ代物ではないのか? これから先大量のイレギュラーを抱える予定のアレイスターだが、現時点では自分の成功を信じて疑わないのか?
俺がアレイスターの立場なら拘束して、機械なり能力者なりを使って情報を吐き出させるね。その方が絶対に得だ。上条当麻の記憶が消えた今ならば、わりと不自然にならないように舞台から退場させる事ができる。
「───問題はそういうところではなく、
嘘だ。こいつは絶対に焦ってなぞいない。学園都市がほぼ完全麻痺したヴェント襲撃時にさえ『娯楽』と言ってのけた奴だ……それともイギリス清教との摩擦を警戒したのか?
続いて三沢塾の話に移った。半ばカルト化してしまった危ない塾。その見取り図が暗闇に浮かび上がる。あれだ、SFとかでたまに出てくる立体映像技術。学園都市だとわりとメジャーな技術らしい。
こんな大きいビルに、ステイルは単機で挑む気だったのか。イギリス清教ってブラックなとこやなぁ……
「
そらきた。上条当麻を連れて行けというやつだ。
「けれど、魔術師を倒すのに超能力者を使うのはまずいのでは?」
「それも問題ない。まず始めに、アレは
これは真実だ。
「続けて、アレは
これは残酷だ。いやまぁ、真実ではあるのだが……
「……その少年と違って、な」
上条以上と言われてもそこまで嬉しくない。いやそうじゃなくて、上条のいいところはもっと別にあるんだぞおい。
ステイルは無言だが、了承したらしい。理由はどうあれ
話が終わるとほぼ同時に、結標が現れた。あ、青い顔してる。トラウマのせいでかなり消耗しているらしい。
ステイルは何も言わず、「帰るぞ」と言った表情をこちらに向け、結標のほうへ歩いていく。
一瞬、一緒に歩き出そうとした。だがどうしても気になる事がある。
ほんの一言。アレイスターに質問したい。
だがそれは許されることなのだろうか?
何か一つ、ほんの些細な事で俺自身の排除を思いとどまっている状態かもしれない。
何か一つ、質問しただけで感情を逆撫でし、殺されてしまうかもしれない。……わりとこの人、感情的なんだもんなぁ。
「……なにかね」
結局、その場に踏みとどまってしまった。恐怖より好奇心が勝ったのだ。ああ、もう。またやぶ蛇になるやもだが止まれない。好奇心は猫をも殺すとは言うが、アレイスターにとって猫やネズミ以下の俺が生き残れるだろうか。
「俺を……どう思います?」
まともな答えが返ってくるとは思えない。
「科学の街に身を置きながら、
正直言って不服だ。だがそれで納得しろということだろうか。
ステイルが「早くしろ」という風にこちらを見ている。逆に結標は「もうちょっとだけ休ませて」という顔だ。この距離だと、こちらの会話は聞こえないだろう。
「私の興味は、この世界の内側にある」
「……、」
「君の存在、その由来はその正反対に位置するものだ」
それだけ答えれば十分だろうという顔で(と言っても無表情だが)アレイスターは言葉を切った。
言わんとしていることはわかる。そしてそれは、俺の正体を完全に看破した上での発言であることも。
だがそれでは俺を拘束しない理由にはならない。
殺さない理由にもならない。
「俺を拘束したりはしないんですか?」
アレイスターは何も言わない。言うべき事は言ったという事だろうか? こちらは聞くべき事は聞いてないが、これ以上いても何も喋ってくれそうにない。
渋々とだが、この場は退くか。ステイルの方へ歩き出した直後、彼はこう紡いだ。
「さて、吸血殺しが吸血鬼の証明足りうるならば。あの
それは問いかけだったのか。それとも独り言だったのか。
やや内容は違うものの、その台詞は見たことがある。そしてこうして本人の口から聞くとまったく違う印象を受けるものだ。
「……
世界最高の魔術師は魔術嫌いでしたという物語。この男はその本心を、原作で皮肉を込めてステイルへと送った。もちろんステイル本人にはその意味は伝わるはずもなく、伝わったとしても受け入れられることはないだろう。
……ほんの一瞬。アレイスターの闇が垣間見えた気がした。
誰にも受け入れられず、世界から拒絶され死にかけた男の心情が。
「……汝の欲する所を為せ、それが汝の法とならん」
『法の書』の冒頭の一節。その言葉が俺にはこう聞こえた。「好きにするといい」と。
「木原っち、お疲れ様だにゃー」
げんなりした結標を尻目に(別に尻を見ていたわけではない。否、断じて否)ビルから出ると、土御門が待っていた。
「ホント、疲れたわ……緊張と驚きで精神的に」
「そいつは大変だにゃー? ま、イギリス清教必要悪の教会へようこそだぜい木原っち」
ああ、そうだ。コイツはどうなるか知っていたのだ。まったく人が悪い。
「まさかイギリス清教に入る事になるとは。そこんとこ教えてくれても良かったんじゃないか?」
「ほんのお返しぜよ。約束を破った罰という事だにゃー」
約束……げっ、魔術を練習してたのばれてるのか?
「何を意外そうにしてるのやら……焦げ臭い匂いが俺ん家にまで届いてたぜよ。アレでばれないと思ってること自体ありえんですたい」
あー、匂いか。そういえば気にしてなかったな。というか、俺の鼻があの匂いに慣れてしまっているのか。ぐぬぬ、つくづくマヌケだな俺。
「土御門」
あ、ステイルがなんか怒ってる。
「
まだ納得してなかったのか。そりゃそうだ。俺自身納得してはいないし。言ってる事ももっともだ。
「ステイルはそう言うと思ったぜよ……ま、ほぼ100%木原っちは白ですたい。イギリス清教がここまで調べて埃一つつけられない経歴だったしにゃー。言いがかりすら付ける余地なしとくれば、これ以上の適任はいないぜよ。それでも万が一があるってんで、木原っちをイギリス清教に入れたんですたい」
「ん? 万が一があると何故イギリス清教に入れられるんだ?」
「ああ、なるほどね」
ステイルは何か納得したようだ。対する俺はさっぱりわからん。……あれ、俺ってもしかして鈍い……?
「要するにだ、君がもし裏切り者だった場合。イギリス清教は他の勢力より優先的に君を処断する権利を得ると言う事だよ。……なるほど、狙いは君の特異な体質ということか。同時に学園都市には太いパイプを持つ事が出来る」
「ま、そういうことだにゃー。木原っちの起こした魔術の模倣は才能、偶然の枠を遥かに超えているぜよ。それにあの噂の予知能力。これで木原っちが学園都市の人間でなかったなら、今頃は
「なん…だと…?」
俺が鈍いのではなく、魔術業界における俺の自己評価が低かったのか。じゃなくてだな、おい。
「え?なに、じゃあ俺は統括理事長ではなく、あの女を警戒するべきだった……?」
「……究極の2択だな」
土御門が苦笑いしながら真面目な声になった。ああ、日頃からあいつらを見てればその顔にもなるか。
「ま、その予知能力とやらの話題は確かめようがないな。あの女のムカついた顔が見れて、僕としては少しせいせいしたけどね」
「んー? 木原っちは何を言ったんだにゃー?」
「なにか予知を見せてみろと言われて「今月中に天使が降ってくる」だとさ」
「ああ、なるほど。そりゃ当たりっこないぜよ!」
瞬間、ぶわっと嫌な汗が吹き出してきた。
ヤバイ。それ、当たっちまうんですが。
「まったくだ。ま、僕としてはそんな能力の存在自体怪しいと思っているんだけどね」
「ち、ちちちちなみにそれがもし当たったら……?」
「はっはー、木原っちが焦ってるのを見るのは久しぶりだにゃー」
そんなことはどうでもいいから、どうなるんだおい土御門。
「安心しなって。あ、そうか木原っちは魔術師じゃないから、万が一当たった事を気にしてるんだにゃー」
結局まともに取り合ってくれず、土御門は答えてくれなかった。
『アレを泳がせているのは何故かね』
アレイスターの浮かぶ水槽に、なにやらダンディな声が響く。声だけを聞けば、その声の主が犬であるという事を把握する人間はいないだろう。
「……アレの背後にいるモノを考えれば───」
『違う。そうではないよアレイスター』
統括理事長に対し、これだけの口を叩ける人物(いや犬)がどれだけいるだろうか。
『確かに、理屈の上ではそうだろう。だがこれは君らしくない。相手が誰であれ自らの道を阻むものは排除する。君はそういう『人間』のはずだが』
「……彼を好ましく思っていないようだな」
『アレを好ましいと思える者はいないだろう。この世界の存在全てを否定する材料になり得るのだから。理屈ではなく本能だよ』
喋る大型犬に「本能」と言われると説得力がある。と、その大型犬の側にいるスーツ姿の女性は思った。
『アレの有用性は認めるがね。スペアとしてはこれ以上ない逸材ともいえる。存在だけならロマンと言えなくもない。だからこそだ。一見理性的なくせに、実際には感情で片付けてしまおうとする君らしくない』
「……」
『ああ、言わんとしている事はわかる。私自身、私らしからぬ思考を展開している事にな。まったく、これでは立場が逆だ』
と言って、大型犬からの通信は途絶えた。今頃自分のらしくなさを反省しているのだろうか。
「世界を否定する材料になり得る、か」
(もう少し早くに出会いたかったものだな。ふ。ふふ)
闇の中で『人間』は笑う。
アレイスター「やっと見つけたぞ」
作者「やめろ」
アレイスターの全能感。原作ではだいぶ霧散してしまいましたが、やはりラスボスですねこいつは。