こちら、アインクラッド解放軍第104小隊   作:ハイランド

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09伍長と軍曹

2024年5月 第1層 始まりの街 黒鉄宮<アインクラッド解放軍>司令部

 

「中尉、少しいいかな」

 食事を終え104小隊の執務室へ帰ってきた私を、隊長が呼び止めた。

 あの大蛇の一件からすでに10日以上が過ぎている。私は急激なレベルアップと、あのクエストの攻略法発見の功績として中尉に昇任していた。

 第47層は今や、デートスポットとしての機能だけでなく中層プレイヤーが一段階上へ進むための、ある種の登竜門として利用されていた。

 もちろん、利用者は軍関係者だけではない。あの後先生に依頼し、情報屋に攻略法をリークしてもらったのだ。

 軍はいっときクエストの独占ーーあの村に駐留拠点を置くことを考えたが、47層通称<フラワーガーデン>というのはその名のとおり花で満たされた観光地だ。

 景観にそぐわない軍服姿をこころよく思わない中層プレイヤーは多く、中小ギルドが連名で抗議文書を提出したことでその話は立ち消えとなった。

 もっとも、あのクエストの肝ーー思い出したくもない『ガマの油』は何時でも入手出来るというわけではないので、拠点を設置しても活用されない駐屯地になっていただろうけど。

「はい、隊長」

「君は、昼食を下の食堂で摂ることが多いようだが」

「そうですけど……なにか問題が?」

 下の食堂、というのは兵と下士官が食事をとる兵員食堂のことだ。私達少尉以上の士官が普段食事する士官食堂とは分けられている。

 軍では士官に昇任すれば小隊の隊長、つまり他ギルドでいうところのパーティーリーダーになる権限が与えられるので、上下の区分はしっかりと成されている。

「いや、制度としては士官が兵員食堂で食事することは禁じられていない。……逆はいけないがな。だが、限度というものがある」

「……はい」

「士官食堂は各隊の指揮官が情報を共有し、隊の運用を円滑に行うための場でもあるのだ。……きみはなぜ兵員食堂に固執する?」

「それは、そのう」

 イルの作ってくれる食事がおいしいから。……などとは口が裂けても言えない雰囲気である。

 各食堂には常駐する<料理>スキル持ちの調理係がいるのだが、自分たちでも調理できるよう共用の小型キッチンがいくつか併設されている。

 士官食堂の調理係は腕はいいのだが、システムに規定された標準的な調理方法しかしない。普通の食材アイテムに加え、モンスターのドロップアイテムまで活用しようとするイルの研究熱心さの方が異様なのだろうけど。

 私が口ごもっていると、隊長はその間をどう解釈したのかこう言った。

「……私が思うに、中尉の同期生のためだろう?」

 同期生。

 MTD加入以前から行動を共にし、私を支えてくれた友人。SAOでは数少ない生産系プレイヤーとして、軍では兵站部に属する曹長のことだ。

 彼女は私と付き合いが長いこともあり、104小隊のメンバーとともにイルの食卓を囲むことも多い。

 先ほどの理由よりはお叱りを受ける強度も下がるだろう……という打算により、私は頷いた。

「……はい。やはり、気のおけない友人と食べる方が食事も喉を通りやすくて」

「気持ちは分かる。だが、きみはもう中尉なのだ。士官食堂の雰囲気に慣れておかないと、後で苦労するぞ」

「はい、お気遣いありがとうございます。今後はなるべく、隊長とお席を共にさせていただきます」

「うん。……堅苦しい話をして済まなかった。午後はフィールドのマッピングに向かうから、隊の皆にも伝えておいてくれ」

「はい!」

 踵をそろえ、右手を掲げる敬礼。隊長が答礼し、部屋を出て行った。

 

「危なかったあ……」

 部屋に残された私は、1つため息をついた。

 隊長は実直に<アインクラッド解放軍>大尉として努めているので、こういう時に冗談が通じにくい。その誠実さは尊敬できるところであるのだけれど。

「おつかれーっス……お、副長もう来てたんスか」

 隊長と入れ替わるように、伍長と軍曹の2人が入ってくる。彼らと食事を終えた時間はほぼ同時だったので、どこか寄り道をしてきたのだろう。

「副長。先ほどそこで隊長と行き合いましたが、今日は19層のマッピングだそうですな。……どうしました?」

 胸をおさえて息を整えていた私に、軍曹が心配そうに声をかけてくれた。

「い、いえ。ちょっと、隊長にお叱りを受けたもので」

「へえ、副長が怒られるなんて珍しい。なにをしでかしたんで?」

 伍長が事務机に座り、にやにやわらいながら問いかけてくる。

「大したことでは……。ただ、私があまり士官食堂に行かないことを言われただけです」

「それがなんで怒られるんだ?いいじゃないか、部下と密接なコミュニケをとる上司ってのはオレたちからすりゃむしろプラスですぜ」

 肩をすくめる伍長の横では、軍曹が腕を組んで思案顔を浮かべている。

「……いや、伍長。士官には士官の付き合いというものがある。たしかに副長が我々と食事を摂って下さるのは歓迎すべきことだが、上の交流も大事にすべきだと思うぞ」

「軍曹、ずいぶん隊長の肩を持つじゃないすか」

「うむ。ここで言っても仕方ないことなのかもしれんが……私のリアル側でもそういうものだったからな」

 軍曹のリアル事情?

 少し興味がわいた。私は前々から仲間の過去というか、背景事情を知らなすぎると思っていたのだ。

「軍曹のリアルって、先ほどの話と何か関係があるんですか?」

「おっ、オレも聞きたいな。軍曹のリアル」

 伍長と2人並び、軍曹に詰め寄る。彼は少々うろたえた様子だったが、1つ息をつくと話し始めた。

「……さほど面白いものとは思えませんが。伍長はともかく、副長が興味がおありならお話しましょう。私は向こうでは、自衛官だったのです」

「マジか!」

「へええ」

 伍長ともども、目を丸くする。確かに軍曹は日頃から敬礼や行進の動作がきびきびとしていて、軍が発足から2ヶ月も経っていないにしては板についていると思っていたのだ。

 リアルでも軍と同じような組織で働いていたのなら、それも納得だ。

「で、どこなんです?陸、それとも海?……おっさんのいかつさなら、陸上かな」

「私がいたのは、海上自衛隊だ。『ながと』という護衛艦に乗っていた」

「海上自衛隊って、あの昔映画になった?うみざる、でしたっけ」

 私が持つ数少ない知識を引き出して問いかけると、軍曹はなにやら微妙そうな顔をした。

「……副長。あの映画は、海自ではなく海上保安庁を題材にしたものです」

「違うのですか?」

 船に乗って海をパトロールしたり、人命救助をする組織は1つだけだと思っていた。

 テレビニュースなどでよく目にするのは緑色の迷彩柄を着た自衛官だったので、その人達が外国で言う陸軍であるというのはイメージしていたのだけれど。

「まあ、よく勘違いされるのですが……。話を戻しましょう。海自でも、<アインクラッド解放軍>のように士官と科員の食堂は分けられているのです。理由は、先ほど述べたとおりです」

 士官には士官同士の交流がある、ということか。発足にあたり元自衛官に制度を学んだ解放軍なら、そういう点で似ていてもおかしくはない。

「なるほどなー。軍曹の敬礼はオレたちのと形が違うと思ってたけど、あっちが本物なんだな」

「いや、伍長。お前たちの敬礼も正しい。そちらは陸自式の敬礼を元にしているのだろう」

 軍曹の右手を掲げる敬礼は、私達のものより動きがコンパクトだ。持ち上げた肘を体のほぼ真横まで持ってくる私達に対して、軍曹は真横と正面のちょうど中間くらいに持っていく。

「……オレはてっきり、デカイ体が邪魔になるから遠慮してるのかと思ってたぜ。……岩男だけに」

「ほう。それなら私も、お前がそのデカイ態度を改めるように指導してやらねばな」

 拳を握りこんで指を鳴らす軍曹。伍長は慌てて私の影に隠れた。

 岩男、というのは軍曹のプレイヤーネームである『ストーン』をもじり、伍長がよくからかいの種にするネタだ。ちなみに伍長は『フラッシュ』という。

「じゃあやっぱり私も、士官食堂で食べたほうがいいということなんですね。……同期生の子や、皆と一緒に食べるのは楽しみだったのですが」

「いやいや、どーせさっきの話だって隊長が副長とランチを一緒にしたいがための口実ですって。オレが見るに、隊長はムッツリスケベだね」

「お前が言っても説得力に欠けるな……」

 呆れ顔で言う軍曹に、私も少し笑ってしまった。

 

「フラッシュ伍長、あなたは?……その、リアルではなくて小隊に配属される前のことなんですけど」

 軍曹の意外な過去を知った私は、ついでというわけではないけれど伍長のことも気になりだした。

 彼は隊長に続き2番めの104小隊員、つまり隊長が最初にスカウトした人材と聞いている。

「へえ、副長はオレのことも興味あるんすか」

「ええ。この機会なので、聞いておきたいかなと」

「そうっすねぇ。オレは……」

 そこで言葉を切った伍長は、どこか遠い所を見るように視線を彷徨わせた。

「……ビンボーな小規模ギルドで狩りを専門にしてました。今考えると褒められたモンじゃない狩り方でしたが」

「狩り?ダンジョン攻略よりモンスタードロップを優先するギルドということか」

「ま……、そんなとこっすね。で、ある時1人のプレイヤーとバトることになって。……負けたんです、ボッコボコに」

「たった1人にか?」

「ええ」

 信じられない。いくらSAOがゲームとはいえ、基本的に人対人の戦いでは数が多いほうが有利だ。

 仮に相手が攻略組のプレイヤーだとしても、数人がかりでスイッチを繰り返せばその内に相手は疲弊し、伍長の言うように『ボッコボコ』にされることなんてそうそう無いはず。

「その時にギルドは解散したんすけど、なんかオレ嫌になっちゃって」

「負けたことにか?」

「ええ。他にも、自分のやりたかったことと現実のギャップとか、当時のギルドのやり方とか……。とにかく色々です。あ、あと可愛い彼女がいないこともね」

「それは今もだろうが」

 軍曹に突っ込まれ、伍長は『へへ、確かに』と舌を出した。

「そんで引き篭もってたんですけど、ある時隊長がスカウトに来てくれたんです。『罪滅しに働いてみないか』って。軍にはその時に入りました」

「罪滅し?」

 不穏な単語に思わず聞きとがめてしまう。

「……あぁーっと……。実はオレ、その引き篭もってた時に……。ちょっとムラムラきちゃって」

「……おい」

 まさか、ハラスメントコードに抵触するようなことをしたのだろうか。もしそうなら、今後伍長とは距離を置くことを考えなければならない。

 私が後ずさると、伍長は慌てて両手を振った。

「ち、違いますって!た、ただ街で女の子に声をかけたら『キモい』とか言われて……。いきなりバンですよ。気づいたら黒鉄宮の中!指一本触ってもないのに」

「まったくお前は……」

 軍曹は呆れ顔だ。たぶん私の視線も冷たいものになっているだろう。

「幸い拘留期間は1日で済んだんですけどね。……実はさっき言った隊長のスカウト、牢屋にいる時に受けたんすよ」

「隊長も思い切ったことをしましたね……」

 <オレンジ>を取り締まる組織に、軽犯罪法違反スレスレの人を入れるなんて。

 私が思っているほど隊長は堅物というわけではなくて、柔軟性も備えているらしい。

「まあ、それで今に至るというわけです。どうっすか副長。輝かしいオレの経歴、まさにフラッシュ!」

「……名前変えたほうがいいんじゃないですか」

「副長、今後は伍長と2人きりになるのは控えた方がよろしいですな」

 伍長の過去は聞かないほうが良かったかもしれない。

 半眼で見つめる私達に、伍長は『あれー、おかしいぞその反応ー』などとのたまっていた。


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