こちら、アインクラッド解放軍第104小隊   作:ハイランド

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05少尉の依頼

 2024年5月 第1層 はじまりの街 転移門前広場

 

 テレポートの青い光に包まれると一瞬のうちに景色が変わり、僕ははじまりの街の転移門前広場にいた。

 今日から5月。空はあいにく上層の大地に塞がれているが、遠くに見える浮遊城の外には晴れ晴れとした青空が広がっている。

 午前9時50分。待ち合わせにはあと10分の余裕がある。

 10分というのは、喫煙者にとって大いに誘惑される時間だ。今から吸い始めれば待つ時間の半分は潰せるだろう。

 メニューを開き、ストレージからタバコとライターを選んで実体化。

 口にくわえ、さあライターをすろうとした時……通りからこちらに向かってくる人物が目に入った。

 僕はタバコとライターをポーチにつっこみ、彼女が来るのを待った。

「お待たせしました、先生」

「いや、僕も今来たところです」

 彼女ーーキサラは以前の軍服姿ではなかった。淡い桜色のワンピースに、白いケープを羽織っている。

 昨夜受け取ったフレンドメッセージでは今日は非番ということだったので、彼女の私服なのだろう。

 とりあえず落ち着いて話せるところはないかと聞くと、彼女は行きつけの店を教えてくれた。

 僕はこの街をよく知らないので、彼女に導かれるままに歩く。

 聞けば、焼きたてのパンが美味しいのだという。

 一昨日の夜に行った店は少々食感が固く、今ひとつの印象だったので僕の胃袋は早くも反応しだした。

「先生は、まだ朝食を摂っていないのですか?」

「ええ、割りと朝は遅いほうなので。キサラさんはもう済ませたのですか?」

「はい。軍の食堂では食べられる時間が決まっていますから。毎食毎食イルに作ってもらうわけにもいかないので、彼女は全員が揃った時だけに腕を振るってもらっています」

 イル、というのは先日聞いた料理スキル持ちの女の子のことだろう。

 あの時僕を囲んだメンバーの中にいた、やや幼い見た目をした短剣使いの少女だろうか。

 もしそうなら彼女はキサラより3つか4つ下かもしれない。

 

 着いた店は、<パーラー至誠堂>という名前だった。ガラス張りの明るい店で、女性が多い。

「ちょっと気後れするというか……入りにくいのですが……」

「大丈夫です。ほとんどはNPCですから」

 しり込みする僕を引っ張り、店内に進むキサラ。

 一昨日の『再会』からわずか1日でメールを寄越したことからも、見た目より行動力があるのかもしれない。

 席についた僕は<焼きたてブレッド>とコーヒーを注文した。キサラも小声でNPCのウエイトレスに何か注文したようだ。

「すみません、先生。会って間もなく呼び出したりして」

「いえいえ。さすがに連絡が早くてびっくりしましたが……。昨日の用事は忙しくなかったのですか?」

「昨日は、小隊のメンバーで実戦訓練……つまりレベル上げをしてたんです。週の何日かはこうして小隊で集まって行動するのが軍の規則ですから」

「軍というのは名前だけでなく、決まり事も本物さながらなんですね」

「あら。ウチだけでなく、有力なギルドはどこも似たようなことをしているようですよ。ギルド<KoB>なんかは基本は自由なんですが、やっぱり会議やレベル上げで集まる日があるみたいです」

 <KoB>。正式名称を<血盟騎士団>といい、数あるSAOギルドの中でも名高い名門の1つだ。

 紅白のユニフォームを纏い、団員数およそ30という規模ながら一騎当千の実力者が集められていると聞く。

 ウエイトレスが料理を運んできた。

 焼きたて、切りたてのパンからはほのかに湯気が上がっている。

 さっそく口に含むと、ふわりとした食感ととも甘みが広がった。

「……おお、これはうまい」

「でしょう?」

 嬉しそうに微笑むキサラ。

 彼女の注文品はまだ来ないらしく、なにやらカウンターの奥を覗きこんでそわそわしている。

「<KoB>というのは確か……、あそこですね。かわいい副団長がいるとかいう」

「はぁ……。先生もやっぱり男性なんですね」

「え。あの、キサラさん?」

「伍長やクロくんと全く同じこと言うんだから……。まあ確かに<閃光>アスナさんといえば美人なうえに攻略組内でも屈指の実力者ですからねぇ……」

 半眼でこちらを見据えるキサラ。これは地雷を踏んでしまったのだろうか?

「ぼ、僕はキサラさんの容姿もなかなかのものだと思いますよ?」

「とって付けたようなフォローはいりません。……はあ、また髪の色変えようかなぁ。先生はどう思います?」

 切りそろえられた黒髪をいじりながら、キサラは聞いてくる。

「どう、とは?」

「前の色と今の色、どちらがいいでしょうか?」

「ええと……」

 前の色、といわれても一昨日会った時もキサラは黒髪だったはずだ。

 まさか紺から黒に変えた、というわけでもあるまい。

 ということはもっと以前、おそらくは1年半前のことを言っているのだろうが……。

「僕は今の色がいいと思いますよ。やはり日本女性は黒髪が一番似合うと思うので」

「……ぷっ。先生、言うことがオジサンくさいですよ」

「そうかなぁ。いやでも、実際キサラさんはその髪型が似合ってますよ。服の色ともぴったり合ってますし、かわいいです」

「そ、そうですか……。ありがとうございます」

 とたんに頬を染め、うつむくキサラ。SAOの感情表現はオーバーで分かりやすい。

 現実でもこうなら意思の疎通もしやすくていいのだけれど。

 どうやら機嫌を直したらしいキサラの前に、ウエイトレスが品物を運んできた。

 赤と白のコントラストが鮮やかな、いちごのパフェだ。キサラはお待ちかねとばかりに目を輝かせ、スプーンを手に取る。

「あの、キサラさん?さっき朝食は食べたと言ってませんでしたか?」

「甘いモノは別腹なんです。それにアインクラッドではいくら食べても太りませんしね」

 VRMMOの良い所その2、といったところだろうか。

 食後のコーヒーをすすりながら、僕はキサラがパフェを食べ終わるのを待った。

 

 キサラが食後の紅茶、僕が2杯めのコーヒーをオーダーし終えた時に、切り出すことにした。

「それでキサラさん、何か相談事でも?」

 ウエイトレスを見送っていたキサラは、ぴくりと反応しこちらを向いた。

「お見通しですか……」

「MMOでフレンドから突然呼び出されるのは、例えば突発的な期間限定イベが発生した時などがありますが……。それなら今日のキサラさんの服装は冒険向きではありませんでしたしね」

「さすがですね、先生」

 ウエイトレスがコーヒーと紅茶を運んできた。

 キサラがレモン果汁を垂らすと、紅茶は鮮やかな赤に変わった。そこまで再現する必要があるのだろうか……デザイナーの妙なこだわりを感じる。

「……昨日のレベル上げ後にあったことなんですが……」

 キサラが始めた話を、僕は時折相槌を打ちつつ聴いた。

 

「……それで、少し軍の外から色々見てみたくなったんです。私は普段この街からあまり出ませんし、出るときも軍の任務がほとんどなので」

「ふむ」

「先生なら、上層のことも知っているでしょう?軍以外の攻略組や中小ギルドのプレイヤーがどういうことをして、なんのために動いているのか」

 確かに、僕はギルドの活動で様々な階層とそこにある街を見て回ることが多い。

 残念ながらレベルはキサラとそう変わらず、50を少し超えた程度であるのだけれど。

「先生、私を先生の冒険に連れて行っていただけませんか?軍の仕事もやっぱり大事だと思うので、毎日というわけにはいかないのですけど……」

 正直に言って、これはありがたい申し出だ。

 僕自身は攻略組のように寸暇を惜しんでレベリングするべき立場ではないし、ギルドに属しているとはいえ基本的にソロで動くことが多い。

 MMOでの醍醐味は仲間とのパーティプレイだ。キサラとはレベルも近いし、お互いに遠慮することも無いだろう。

 ーー何より、軍に所属するキサラと定期的に接触を図れることは、僕の『副業』にも有益だ。

「わかった。キサラさんがそういう考えを持つのは、大変いいことだと思います。大抵の人間は大きい組織にいると、どうしてもその中で全て済ませてしまおうとしがちですからね」

「先生、じゃあ」

「ええ、キサラさん。しばらくの間、僕のパートナーになってください。ただし、無理してはいけない。軍の方を優先しつつ、空いた時間だけ手伝ってもらいます」

「……ありがとうございます!」

「転移結晶は常備するように。キサラさんの身になにかあったら、元も子もないですから」

「はい、もちろんです!」

 笑顔でしきりに頷くキサラ。

 見ているこちらまで嬉しくなりそうだ。

 

 会計を済ませた僕たちは店を後にし、キサラを黒鉄宮の軍司令部まで送る。

 まずは明日もキサラが休みであるというので、1日でクリアできそうなクエストの情報を集めることにしよう。

 別れて戻ってきた転移門前広場で、僕は先ほどポーチにしまったタバコを取り出した。

 火を付け煙を肺いっぱいに吸い込むと、なんともいえない感覚が胸を満たす。

 VRMMOの良い所その3は、こちらでいくら吸っても肺が黒くならないことだろうかーー。

 左手でタバコをつまみ、右手でメニューを呼び出しながら僕はそんなことを考えていた。

 


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