追加というのはつまり張り忘れた伏線を後付で(ry
ハイドにとってある意味ライバルになる、隊長ウィンスレーを掘り下げてみました。
<アインクラッド解放軍>に所属するプレイヤー、ウィンスレー少佐は自らが率いる第104小隊の面々とともに日々レベル上げに勤しんでいた。
彼らが仇敵とする犯罪者、通称<オレンジ>プレイヤーはこのところ勢力を増しており、特に自身を<僧正>と名乗る男、イービルデッドの一味にはつい先日辛酸をなめさせれたばかり。
そのこともあり、104小隊はこの日も朝から晩まで『練兵場』と呼ばれる狩り場にこもっていた。
「……よし、今日はこの辺りで終いにしよう。皆、帰投するぞ」
ウィンスレーの言葉に、メンバーが疲れた顔を浮かべながら応えた。
消耗した装備を予備のものと交換し、倒した敵が落としたままにしておいたドロップアイテムを回収する。
狩り場から街までは徒歩だ。高価な<転移結晶>は非常時にしか使うことが出来ない。
先頭のウィンスレーに副隊長のキサラ中尉、補佐役の伍長シュバルツとイルカが続き、殿をフラッシュ軍曹とストーン曹長が務める。
数度に渡るモンスターとの戦闘をこなし、安全な<圏内>である主街区に着いた時にはすでに辺りは暗くなっていた。
平時であればこのまま全員で司令部まで戻り、<料理>スキルを身につけたキサラとイルカによって夕飯が振る舞われることになる。
しかしウィンスレーは2人の疲労を考慮し、今日はそれをやめることにした。
一旦第1層の<はじまりの街>まで移動したあと、そこで解散し各々で食事を摂るようにと指示したのだ。
2024年6月 第1層 はじまりの街 転移門前広場
「キサラさん、キサラさん。今日は何を食べましょうか?」
「そうですねぇ……。ここの近くで食べられるのは何がありましたっけ」
隊に2人だけいる女性プレイヤーらは歳が近く同性ということもあり、普段から仲が良い。この時も男性陣をそのままに、向かう先の相談を始めていた。
「イルカ。済まないが、今日は中尉を借りてもいいかな?」
しかしそこに、ウィンスレーが声をかけてきた。隊長の言葉に女子2人は一瞬戸惑ったものの、年少者であるイルカが意味ありげに笑い頷く。
「あ、あー。そうですよね、隊長とキサラさんは一緒に食べたほうがいいですよねー」
「え? ちょ、ちょっとイル」
どぎまぎするキサラに、イルカがこっそりと耳打ちする。
「キサラさん、これはデートのお誘いですよ。私がいちゃあ、お邪魔じゃないですか」
「で、デートって……」
「私、知ってるんですからね。キサラさんが最近着けてるその指輪、誰からプレゼントされたのか」
イルカの言葉に、キサラは慌てて右手を背後に隠す。
その薬指には先日ウィンスレーから贈られた、オパールをあしらった指輪がはめられていた。
イービルデッドの麻痺攻撃への抵抗力を底上げするためにウィンスレーが彼女へ買い与えた品だが、そこには別の意味も含まれていた。
「なんっ、なんで貴女が知ってるんですかっ」
「そりゃあ分かりますよー。あの時2人を見送ったら、次の日にはそれを着けてるんですから。あ、ちなみにクロはたぶん気づいてないですよ。激ニブだから」
キサラが指輪を贈られた時、直前まで行動を共にしていたのはイルカとシュバルツの2人だ。
こういった話題に目がないフラッシュ軍曹に感づかれていれば、今頃キサラは彼の格好のオモチャになっていただろう。
「たぶん、曹長も軍曹も指輪はキサラさんが自分で買ったんだと思ってるんじゃないですか? 私も秘密にしてますし」
「そ、そうですか」
「もうなー、キサラさんたら好きな人がいるのに隊長からも告られちゃって。モテモテじゃないですか」
「モテモテじゃないですよ。それに、隊長にはまだ返事してないし……」
「……うっそ。本当に告白されたんですか? 私てっきりプレゼントだけかと思ってたのに」
「……」
目を輝かせるイルカに対し、しまったとばかりに閉口するキサラ。根が素直なだけに、簡単なブラフにも引っかかってしまいがちなのだ。
「じゃあ尚更、私行けませんよ。今日はクロの面倒でも見ますから、お2人はぜひ一緒に食べてきて下さい」
「あ、ちょっと!」
キサラが止める間もなく走り去るイルカ。
取り残された彼女はやや気まずい思いを抱きながらも、ウィンスレーの先導に続くのだった。
「こんなお店があったんですね」
キサラが連れて来られたのは、数多くの飲食店がある<はじまりの街>の中でも珍しい高級志向のレストランだった。
経営しているのはNPCだが、料理を運ぶウェイターにはちらほらとプレイヤーの姿もある。
「ここは私の行きつけでね。味の方は保証するよ」
古風なメイド服に身を包んだ女性プレイヤーに案内され、テーブルにつく。ウィンスレーは椅子を引いてキサラを座らせると自身もその対面に腰を下ろした。
「中尉は食べられないものはあるか? なければ、私に任せて欲しいのだが」
「は、はい。それはもう。何でも食べます」
緊張した面持ちのキサラにクスリと笑いを漏らすと、ウィンスレーは魚をメインにしたコースを注文した。ウェイトレスが了承し、厨房へと姿を消す。
「……あの人……。NPCじゃ、ない?」
「ああ。ここでは何人かのプレイヤーが働いているんだ。クエストという形で給仕係を請け負い、報酬を得る。モンスターを相手にするよりは格段に安全だから、街の外へ出たくない者向けの稼ぎ場所になっているのだ」
<はじまりの街>には現在も『外』、つまり現実世界からの救援を待ち続けるプレイヤーが多数残っていた。
SAOプレイヤーの主たる資金調達法であるモンスター討伐を忌避する彼らは、相互扶助組織である<軍>に入隊するか、こうして街なかでのクエストをこなしコルを稼ぐしかない。
それすらも拒否する者には、道端に落ちる果物などを拾い集めて換金するような、その日暮らしの道しか残されていないのだ。
「その……。あんまり落ち着かないですね、人に世話してもらうのは」
「ふふ。まだ中尉は慣れていないのだな。前にも言ったろう、レストランにでも食べに来たのだと思えばいいと。そしてここは、まさしくその場所だ」
軍の士官であるキサラは司令部でも食事を給仕される立場にある。幹部の使用する士官食堂にはプレイヤーの給仕係がおり、彼女はその雰囲気に少々の息苦しさを感じているのだ。
対するウィンスレーは仕えられることにはさして抵抗を感じておらず、この場でも手慣れた様子である。
「確かにそうなんですけど……。でも、ここはレストランにしてもちょっと敷居が高いというか。私、リアルではファミレスくらいしか行ったことないので」
「そうか。……私は子供の頃からこの手の店には連れて来られているからな。むしろ、こちらのほうがゆっくりできるんだ」
「そ、それって……」
事も無げに言うウィンスレーに目を丸くするキサラだったが、言葉を継ぐ前に料理が運ばれてきた。深めの器に白い液体が満たされている。
「ありがとうございます」
「スズウマ芋のポタージュスープでございます。ごゆっくりどうぞ」
料理名を告げた後、ウェイトレスは一礼して去っていった。キサラは複数あるスプーンのどれを選ぶべきか一瞬躊躇したのち、スープスプーンを手に取る。
「いただきます」
まだ硬さが取れないまでも、姿勢よく手を合わせるキサラをウィンスレーは微笑ましく見つめていた。
「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」
デザートも終わり、食後のお茶を楽しむ2人。キサラはレモンティーの入ったカップを両手で持ちながら、ウィンスレーへ感謝を述べていた。
ミルクと砂糖入りのコーヒーをソーサーに戻しながら、ウィンスレーは頷く。
「気に入ってくれてなによりだ。せっかく食事に誘ったのだから、きみにはがっかりされたくなかった」
「そんな……とんでもないです。こんなお店、私1人では絶対入れませんし。……はぁ、占いが当たったなー」
「占い?」
「あ、はい。その……今週の新聞なんですけど」
キサラの言う『新聞』とは、情報屋を営むプレイヤーが定期的に発行している情報誌のことだ。
大体は週に1度のペースで刊行され、ネットを使えないSAOプレイヤーたちの貴重な情報源になっている。
「『ウィークリーアルゴ』の占いコーナーで、私の星座が1位だったんです。今週はグルメ運が向上してる、って」
「なるほどな。私はいつも流し読みだから、そんなコーナーがあること自体知らなかったよ。……そういえば」
「なんですか?」
「私は、きみの誕生日を知らないな。差し支えなければ教えてくれないか」
「ええと……。11月20日の、さそり座です」
キサラの答えを聞き、思案顔を浮かべるウィンスレー。
「では、今年の誕生日はまだまだ先ということだな」
「そうですね、半年くらいでしょうか。……あの、それがなにか……?」
キサラにしてみれば、ウィンスレーがどのような意図で発した質問なのかを掴みかねていた。
怪訝な顔をする彼女に、ウィンスレーは微笑む。
「……いや、それまでにはここ以上に中尉の気に入りそうな店を見つけておきたいと思ってな」
「そ、そんな! お気遣いなく」
キサラとて、今までまったく異性との接触がなかったわけではない。
現実世界ではクラスメイトの男子と話す機会もあった。しかしその時は思春期特有の照れもあったのだろう、ウィンスレーのように直球で好意を伝えられた経験はなかったのだ。
キサラは改めて、自分の隊長が年上の男性であることを意識する。
(隊長はやっぱり落ち着いてるなー。大人の男性って感じ。向こうでは女の子に人気あったんだろうな……)
「……あの、隊長。隊長はリアルでお付き合いしてる女性って」
「うん?」
「っ! い、いえ! なんでもありません、失礼しました」
自らが無意識に発した言葉を、キサラは恥じた。このSAOでは基本的に現実世界での話題はタブーとされている。
ゲームオーバー、イコール死という状況に置かれているSAOプレイヤーにとっては、このアインクラッドこそが今の現実世界。
ナーヴギアをかぶる以前の生活のことを話題に出せば、この世界での緊張感を薄め結果的に死を招く事態にもつながりかねないのだ。
「……ふむ。きみがそのような質問をしてきてくれたということは、少しは脈があると期待してもいいのかな?」
しかしウィンスレーは彼女の失言を耳にしても不機嫌になることもなく、むしろ嬉しそうに顔をほころばせた。
「あ、いや……。今のはつい口が滑ったというか、その」
しどろもどろになりながら、頬をそめるキサラ。肩をすぼめて小さくなっている。
「ふふ、冗談だ。あの時言ったように、私もきみを焦らせたいわけではないからな。……ちなみに、私に向こうでは恋人はいなかったよ」
「え? そ、そうなんですか。……意外」
「確かに、女性から好意を寄せられたことは何度かあった。しかし……。その全てが打算的で、利己的なものだった」
「それってどういう……」
苦虫を噛み潰したかのように顔をしかめるウィンスレー。キサラは彼のそのような表情を見るのが珍しく、目を丸くした。
「きみのような純粋な娘には、あまり聞かせたくないのだが……。この機会だ、私のことを少し知ってもらうとするかな」
「は、はあ」
(ちょっと持ち上げ過ぎなような……)
ウィンスレーの口にした『純粋』という評価に気後れと戸惑いを感じながらも、キサラは小さく頷いた。
「……私の家は、手前味噌ながら裕福な家庭だった。父は警察官僚で、母は大学職員。教育熱心な両親に育てられ、私は地元では上位に入る進学校を卒業した。
ありきたりな話だが、父に憧れた私の夢は警察官僚になることでね。文武両道を目指し、学業にもスポーツにも熱心に打ち込んだ。
その甲斐あってか、高校生の時には何度も告白を受けたよ。実際に何人かと付き合ったこともある。しかし……。
彼女たちの好意も、私が大学受験に失敗するまでだった。周囲は私が浪人生になるとは思っていなかったし、私自身も青天の霹靂だった。
合格発表から数日後、父は私を蔑んだ目で見るようになり、母も父に追従した。現役で合格した同級生たちは口では優しい慰めを言ってくれたが、目は嘲笑っていたな。
思えば、あの時の私はどん底だったと思う。そんなとき、当時付き合っていた先輩から電話がかかってきた」
一度言葉を切ったウィンスレーに、キサラは気遣わしげな目を向けた。
彼女の目を見つめ返したウィンスレーの『なんて言ったと思う?』という問いに。
「その、負けないで……とか。応援してる、とか?」
しかしウィンスレーは、弱々しく笑うとかぶりを振った。
「いや、むしろ逆だ。……その先輩は同じ高校のOGでな、卒業後は私の志望校に通っていた。私が順調に進学していれば、そのままキャンパスで再会できたのだろうが……。
彼女はこう言ったのだよ。『入試でつまづくような人に、総合職試験が突破出来るとは思えない。私があなたと付き合っていたのは、将来高級官僚の妻になりたかったから。
それが期待できないのだったら、恋人でいる必要はない』、とね」
「そんな……」
「程なくして、私たちは別れた。卒業から半年後、同窓会というか皆で集まって近況報告をし合う会合が開かれた。私は振られた気晴らしになればと思い、参加してみたのだが……。
いや、散々な結果だったよ。なまじ進学校出身ということで、プライドが高い連中だからな。浪人生になった段階で、私はヒエラルキーの底辺に追いやられていた。
同性の友人も、在学中に告白してきた女子生徒も、すでに私が眼中にない状態だったのだ」
話し終え、乾いた喉を潤そうとコーヒーカップを傾けるウィンスレー。しかしすでにカップの中は空になっており、眉根を寄せる。
壁際に控えるウェイトレスを呼び寄せ、おかわりを注文すると椅子の背もたれに深々と背中を預けた。
「……実を言えば私がSAOを始め、こうして軍に入っているのもその経験からなのだ。プライドを引き裂かれた私は勉強にも身が入らなくなり、次第にネットの世界に逃げ込むようになった。
βテストこそ当選しなかったが、幸か不幸か製品版SAOを手に入れられた私はこの世界に来ることになった。……絶望したよ、最初は。
ただでさえ受験に失敗し、周りの人間より遅れているのに、この世界からは出られないという。私がこちらで1日を過ごしている間に、向こうではライバルが着々と学力を向上させているのだからな。だが……」
「……?」
小首を傾げるキサラ。ウィンスレーは彼女の手にしているカップに残る紅茶が、半分を切っていることに気づいた。
再びウェイトレスを呼び、2杯めを持って来させる。
「ありがとうございます」
キサラが給仕に頭を下げ、淹れ直された紅茶に口をつけるのを見届けてからウィンスレーは続ける。
「MTD(MMOトゥデイ)が設立されたとき、私は天啓を得た気持ちだった。横行する強者の独占を抑制し、弱者救済のためにあらんとする組織は、私の目指した正義そのものだった。
私は迷わずMTDに加入した。SAOに囚われた今、現実世界での夢は絶たれた。ならばせめて、この世界では正義の執行者になろうと。25層で主戦力が壊滅し、組織が軍に変わってからはその思いはさらに強まった。
士官となれば自分の部下を持つことができ、私は理想に近づける。昼夜となくレベリングし、装備を整え……。ついに今年の4月に小隊編成の機会を得た。後は、きみの知るとおりだ」
全てを語り終え、ウィンスレーは深く息をついた。
対面のキサラは初めて触れた男の深奥部に、ただただ呆然としていた。
「……すごいですね、隊長は。……私はそこまで深く考えて軍に入ったわけではないので……」
「ふふ。かまわんさ、それが普通だ。それに中尉は今、軍人としての責務を立派に果たしている。今後も私の腹心として忠実に働いてくれれば、それでいい……」
部下を見つめるウィンスレーの視線は、先ほどより柔らかいものになっている。
自身の誇らしくない過去を吐露し、それでも尊敬の年を抱いてくれているであろうキサラの様子は、彼にとって好ましいものだった。
挫折を知り、人の心の醜さを垣間見た男。
彼にとって、未だ世間を知らず誠実さを持った少女の存在は特別なものになっていった。
あるいはそれは、かつて経験した失恋の傷を癒やす過程だったのかもしれない。