こちら、アインクラッド解放軍第104小隊   作:ハイランド

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04解放軍第31練兵場

 2024年4月 第31層 主街区より北にある洞窟

 

「伍長!とどめだ!」

「はいよおっ!」

 伍長の持つ剣が光を帯びて振りぬかれる。

 曲刀基本スキル<リーバー>だ。斬撃を受けた敵モンスター<クラブ・ゴブリン>がのけぞり、爆散する。

「よおし。次はどいつだ?」

「……敵グループ右端の少し離れたヤツを狙う。まず私と軍曹で引きつけるから、伍長たちはタイミングを合わせてスイッチしてくれ」

「りょーかいっす、隊長!」

 

 薄暗い洞窟の奥からは、先ほど伍長が倒したゴブリンと同系統のモンスターがわらわらと湧き出てくる。

 リポップの感覚が短いため、休んでいる時間はない。

 ここは第31層にある、効率的なレベリングができる事で知られる洞窟。

 主に出現するのはこん棒を持った子鬼型モンスター<クラブ・ゴブリン>と、その色違いで剣を持った<ゴブリン・ジョー>だ。

 現在は<アインクラッド解放軍>により接収され、軍内部では<第31練兵場>の名前で呼ばれている。

 軍の内部でも人気が高く、使用するには3日前からの予約が必要になる。

 人気の理由は出現する敵にある。数種類の人型モンスターと戦える点だ。

 SAOでは通常攻撃より数段強力な威力を持つソードスキルと呼ばれる、言わば必殺技が無数に設定されている。

 当然プレイヤーは熟練度に応じてそれを使えるようになるのだが、ソードスキルは敵も使用してくる。

 第1層にいた青イノシシなどは使えないが、人型であり武器を持っているモンスターはほぼ例外なく使えるのだ。

 この洞窟で言えば<クラブ・ゴブリン>は<メイス>系の技を、<ゴブリン・ジョー>は<曲刀>系の技を使用する。

 一般に人型モンスターは、出現する層でのプレイヤーの平均レベルより高いスキルを駆使してくる。

 こうして31層のゴブリン相手にスキルの対処を学ぶのは、およそ40層クラスのプレイヤーを相手にしているのと同程度の効果があると言われているのだ。

 対モンスターでも対プレイヤーでも、戦闘ではいかに相手の技を見切れるかで勝敗が左右される。

 治安維持という活動目標上、軍は<オレンジ>を始めとしたプレイヤーとも剣を結ぶ機会が多い。

 当然模擬戦という形で普段から鍛錬はしているのだが、そこはやはり軍人を名乗っていてもネットゲーマー。

 どうせソードスキル対処の鍛錬をするならついでに経験値も稼ぎたいと、みんな考えるのだ。

 そういうわけで、この<子鬼の巣>は接収されてから軍の人間が通い詰める訓練場と化したのである。

 

「はっ!」

 最後の一匹を隊長が切り伏せ、戦闘の波が途切れた。

 剣を鞘に収めて言う。

「そろそろ休憩を入れる。シュバルツ、敵のリポップまでどのくらいの時間がかかる?」

「ええと、今までのペースだと……たぶん10分くらいはあります」

「よし、ではいったん安全地帯まで引くとしよう」

 隊長に率いられ、私達は1ブロック分引き返した。

 ここには敵もポップしないので、一息つくことができる。

「シュバルツ、もしモンスターが湧いたらすぐに知らせてくれ」

「了解」

 隊長の指示にシュバルツ上等兵ーークロくんが頷く。

 彼のプレイヤーネームは正確にはSchwarzというのだが、彼と仲の良いイルカ上等兵が『クロ、クロ』と呼ぶので隊内ではそちらが定着してしまった。

 名前の通り暗めの色を好み、軍服も皆の濃緑色より黒に近い。

 <索敵>や<追跡><解錠>などを持つシーフ系のスキルビルドであるものの、戦闘では片手直剣を使用した戦い方を好む。

 何故か空いた片手に盾を持たず、そのことをイルカに聞いてみると『ただのスタイル、カッコつけですよ』とため息交じりの答えが帰ってきた。

 2人は104小隊結成以前の付き合いらしく、伍長と共にいたずらをするクロくんに対し『こんなとこに来てまでバカやってんじゃないの!』と叱る姿も、たびたび目にする。

「クロ、あんたもこっち来て座りなさいよ。ポーション用意したから」

「オレはいいよ。ショウカイ任務中だから」

「HP、1/4くらい減ってるじゃないの。いいからコッチ来なさい。そこで立ってても索敵範囲なんてそう変わらないでしょ」

「ばっか、気分の問題なんだよ。陣地を守る兵士の勤めを邪魔しないでくれよ」

「……どうして男子ってのはこう、ゴッコ遊びが好きなのかな」

 呆れ顔したイルカは、私と視線が合うと苦笑いを浮かべた。

 私も釣られて苦笑してしまう。

 

「……ねえ、イル」

「分かってますよ。出発前までには、ちゃんとこっちからポーション使いに行ってあげます」

 肩をすくめたイルカは地面に広げたポーションのうち、1本をポーチに納めた。

 彼女は<短剣>スキルを持ちながらも、リソースのほとんどは<料理>と<調合>に割かれている。

 <調合>はモンスターのドロップ品などから有用なポーション類を合成するスキルで、消耗品の節約に一役買っている。

 軍から支給される回復アイテムは必要最低限なので、今日のように連続した戦闘を含む任務には彼女の存在は欠かせない。

 <料理>スキルの腕もなかなかのもので、伍長などは『イルカを引き抜こうとする士官が現れたら、営倉行き覚悟で殴る』とまで言っている。

 クロくんも正面切って褒めることこそないものの、彼女が食事を作るときにはいつも真っ先に席に着いていたりする。

「ところで、キサラさん」

「はい?」

 自身にもポーションを使用したイルカが話しかけてくる。

 私も差し出された薬を使い、HPバーを回復させた。

「昨夜のあの人とは、あの後どうなったんですか?」

「あ、そうか。話すの忘れてましたね」

 彼女とは隊舎で相部屋だが、私が昨夜帰ったらすで床に入っていたのだ。

 今日もこの『訓練』のための準備でバタバタしており、今まで話す時間がなかった。

「やっぱり、人違いでしたか?」

「いえいえ。あの人は私の恩人と同一人物でした。……昔、あの先生には色々教えてもらったんですよ」

「そうなんですか。……良かったですね」

 昨夜の醜態を思い出し、顔が熱くなる。SAOのことだから、これもオーバーに感情表現されているだろう。

 イルカはそんな私をどう捉えたのか、優しい笑顔を向けてくれる。

「……やっぱりその、元カレとか?」

「なんでそうなるんですか……」

 別れる前のやり取りをイルカも聞いているはず。あれのどこに色恋沙汰の要素が含まれていたというのか……。

 まあ、イルカがそういう話題に飢えているのも分かる気がする。

 SAOは圧倒的に男性プレイヤーが多く、恋愛を楽しむカップルはそうそう見られるものではない。

 リアルにいた頃は周りにいなくても、テレビからそういったドラマを選択すれば良かったのだし。

 年頃の女子としては、食事や買い物以外の娯楽が極端に制限される世界なのだ……SAOは。

 

「先生と私はそういう関係では……」

「教師と教え子!禁断の関係!いいねー、萌えるシチュだねぇ」

 弁解しようとした私の言葉に、伍長が割り込んできた。

 いつも以上にニヤニヤとしまりのない表情をしている。

「……伍長。あなたいつからそこに」

「いやー、なんかアヤシイと思ってたんすよねぇ、副長とあの男。ああいう時はビシッと決める副長が、あの男の前では百面相だったもの」

「だれが百面相ですか、だれが……!」

 おそらく先ほどの赤面も見られていたのだろう。こういう時の伍長は本当に目ざといというか……。

「常々副長は年上フェチだって思ってましたぜ。……そうそう、さっき言ってた色々教えてもらったってのは、具体的にはどんな?やっぱり夜の……ごふっ!」

 いつの間にか伍長の背後に立っていた軍曹が、ダメージ判定ぎりぎりの強度で手にした戦鎚を彼の後頭部に振り下ろしていた。

「貴様……。ゲスだゲスだと、いつも思っていたが……。上官への不敬云々以前に、ハラスメントコードで牢獄送りになりたいようだなぁ……!」

「げっ、おっさんいつの間に」

「いや、やはり軍内部から逮捕者が出ては体裁が悪いな。……ここは私が直接手を汚すべきなのかな、ん?」

「<オレンジ>狩りしてる軍が<オレンジ>になっちゃ、どっちにしてもまずいでしょ!」

 軍曹はあっけに取られている私とイルカに一礼すると、伍長の首根っこを掴んで引きずっていった。

 ……ああ、正座させられてる。お手柔らかにお願いします、軍曹。

 

「……先ほどの話だが」

 不意にかけられた声に振り向くと、いつの間にか隊長ーーウィンスレー大尉が立っていた。

 思わず私が姿勢を正すと、隊長は『いい、いい』と手振りで示し、自身も私達のすぐそばに座った。

「昨夜の件は、軍曹から簡潔に聞いている。少尉がその男とどのような関係なのか、聞かせてもらってもいいかな?」

「は、はいっ」

 そして私は、先生とのことを1年半前の事件から説明した。

 

「……なるほど。つまりその先生とやらは、ある意味で少尉の命を救ったというわけだ」

「はい。おそらく、あの時先生に声をかけられていなかったら、ギルドに入ることもなく無為に所持金を使い果たして露頭に迷っていたと思います」

 1年半前のあの日以降、はじまりの街には能動的に動こうとせず外からの救援を待つことにしたプレイヤーが5000人ほどいたという。

 彼らは最初の所持金を宿や食事で使い果たした後、どうしようもなくなってしまった。

 ある者は軍(当時はMTDだったが)に入り、ある者は食い詰めて犯罪に手を染め<オレンジ>となり。

 聞けば今でもはじまりの街で木の実などを拾い、物乞いのように路上生活をしている者もいるという。

 男性プレイヤーならば、それもできないことはないだろう。

 しかしある時期から広まった<圏内>における数々の犯罪的裏技ーー熟睡しているプレイヤーを<圏外>に運びPKを仕掛ける、といったーーを考えると、私には到底まねできない。

 <圏外>に連れ出した女性プレイヤーに剣をちらつかせた上で<倫理コード>の解除を迫る集団がいるなど、おぞましい噂は時折耳にする。

「ふむ」

「……あの、やはりまずかったでしょうか?部外の人間に軍内部のことを話すのは」

 黙りこんでしまった隊長の雰囲気におされ、私は聞いた。

「いや。その彼も我々のことを知らないということは、おそらく中層以上のプレイヤーなのだろう。我々の存在をより多くのプレイヤーに知ってもらうのも、犯罪抑止という点では有効だよ」

「あ、ありがとうございます」

 ふっ、と肩の力を抜いて言う隊長に、私も気分が軽くなる。

「正直、私はその彼が羨ましいよ。少尉とそんな初期の頃から知り合えたというのは実に幸運な男だ」

「そうですか……?」

「私には、そんな頃から付き合いのあるプレイヤーはいないからな……」

 寂しそうに笑う隊長。

 そういえば、私は隊長含め小隊の皆の過去をあまり知らない。リアルでの話題はタブーとはいえ、SAO開始から入隊までの話なら許容範囲だろう。

 近いうちに軍曹や伍長にそれとなく聞いてみよう、と思う。

 

「さて。思ったより休憩を長く取ってしまったかな。……シュバルツ、敵モンスターの湧きはどうか?」

「は、隊長。……ここから見える範囲だと、8匹はポップしたようです」

「頃合いだな。皆、そろそろ再開するぞ」

 立ち上がり、剣の消耗具合を確認する隊長。

 思い思いの時間を過ごしていたメンバーが、それぞれ準備を開始する。

 ずっと説教していたのか、疲れた表情をした軍曹。

 受けた方の伍長は反対にケロリとしていた。『SAOに足の痺れがなくてよかった』などと嘯いている。

 剣の素振りをするクロくんと、彼の口にポーションを押し込むイルカ。

 私も槍を手にすると、隊長の後ろに就いた。

「……104小隊、私に続け」

「はっ!!」

 

 夕刻。本日の訓練を終え、私達は洞窟の出口を目指していた。

 2024年4月末現在、最前線は61層。

 いかに攻略に興味を示さない軍とはいえ、ボリュームゾーンと呼ばれるレベル帯の構成員は多い。

 かくいう私も40半ばに達している。

 軍ではおおまかにレベルによって階級が当てられるので、104小隊は上等兵2人を除いた4人がこの狩場より数段上のレベルになっていた。

 しかしながらレベル差による戦闘の難易度と体の疲れは別問題で、私達の足取りはやや重い。

「いやー疲れたな」

「お前は無駄に動きすぎだ、伍長。曲刀は片手武器なのだから、私や隊長のように盾を持ったらどうだ」

「いや、軍曹。これは慣らしなんですよ、慣らし。……実はオレ<刀>スキルの獲得狙ってまして」

「<刀>スキルって、エクストラの?それとどう関係あるんです?」

「刀は両手武器っすからねー。今からパリィをバリバリ決められるようになっておきたいんすよ」

「なるほど。先のことをちゃんと考えているんですね……」

「なんだかなぁ。その言い方だと、オレが普段から何も考えてないみたいじゃないですか、副長?」

「あら、違うのですか?」

 苦虫を噛み潰したような顔をする伍長。さきほどからかわれたことへの、ささやかな反撃である。

 104小隊は、戦闘では隊長と軍曹が盾持ちディフェンダーとして前線、私と伍長が中衛のアタッカーを務めていた。

 上等兵2人は敵の位置を把握する戦況監視役と、アイテムによる回復役として後衛に控える。

 伍長が<刀>スキルを獲得すれば、パーティとしての戦力は底上げされるだろう。

 

「……ちょっと待って」

 洞窟の出口が目前に迫った時、ふいにクロくんが口をひらいた。

 こういう時は、だいたい彼の視界にモンスターかプレイヤーのカーソルが映った時だ。

 ポーチから回復アイテムを取り出す姿勢を取りつつ、イルカが問う。

「なに、クロ。モンスター?」

「いや、これはプレイヤーだ。色はグリーン、数は……3つ」

「なーんだ。脅かさないでよ、クロ」

 イルカが笑い、私も少し肩の力を緩める。

 犯罪者を示す<オレンジ>でなければ、おそらくは無害なプレイヤーだ。

 中にはあえて<グリーン>のままのメンバーを残し、街なかで情報収集などをさせる<オレンジ>ギルドもあるというけれど。

 いざという時には、全員のポーチに青く輝く<転移結晶>が入っている。

「……シュバルツ。彼らは軍の者か?」

 ただ1人、堅い表情を崩さない隊長。

 その言葉にクロくんは首を横にふる。

「いいえ。ギルドタグは付いてますけど……これは軍の物ではありませんね」

「そうか。皆、一応すぐに戦闘に入れる態勢を取ってくれ。洞窟の入口で、戦闘隊形を作る」

 どういうことだろう?

 彼らが<オレンジ>であるなら、確かに戦闘態勢を整えておく必要もあるだろうけど……。

 首をひねる私達だったが、隊長の命令に従い獲物を手にする。

「……」

 彼らが近づき、クロくん以外の私達にも視認できる距離まで来た。

 男性プレイヤーが3人。

 装備から見ておそらく、上等兵2人とそう変わらないレベルだろう。

 人数も装備もレベルも私達のほうが上だと思う。隊長は何を警戒しているのだろうか?

「あんたらは……」

 3人のうち、先頭を歩く片手剣使いが私達を認める。

 他の2人もそれに反応して視線をこちらに向けてきた。

「私は<アインクラッド解放軍>所属、ウィンスレー大尉だ。彼らは私の部下である第104小隊。君たちはなぜここに?」

 陣形から1歩踏み出して名乗る隊長は、平坦な声で告げた。

 対する相手グループの代表者らしき片手剣使いは、少々うろたえた様子で答える。

「お、オレたちはギルド<メービウス>のモンだ。ここにはレベリングに来たんだよ」

「ここ、というのはこの<子鬼の巣>のことかな?」

「そうだ。ここはオレたちのギルド員が狩場にしてるんだ。ここしばらくは来られなかったけどな」

「そうか。ならば、今後君たちはここを使用できない。ここは軍が接収し、練兵場として使用している。どうしても入りたければ、軍に入隊するといい」

「……は?」

 何を言っているのか分からない、といった顔で<メービウス>のメンバーは口を開けている。

 私もぽかん、としてしまった。

 確か出発前に確認したここの予約状況では、私達の後に別の隊が来るまでおよそ1時間の空白があったはずだ。

 それならば、その間部外者にも使う権利があるのではないか。

 どうせここのモンスターは10分もすればリポップするのだから。

「……おいおい。狩場の独占は、重大なマナー違反だぜ。解放軍だかなんだか知らないが、他ギルドからハブにされたくなきゃ……」

 代表者がそこまで言った時、隣に立つ男性が袖を引いた。

「ま、待てマイセ。こいつら<アインクラッド解放軍>って言ったら……ギルメン3000人の、元<MTD>だ……」

「ああん!?<MTD>……<MMOトゥデイ>かよ!」

 マイセと呼ばれた男性は、驚愕の表情を浮かべる。

 <解放軍>の名前はまだ浸透していなくても、アインクラッド攻略最初期から存在していた<MMOトゥデイ>ならば、まだ多くの人が知っているのだろう。

 ギルドメンバー3000人というのは昔の数字で、今は2000人にも満たないのだけどそれを今言っても仕方ない。

「チッ……そんならハブにされんのはオレたちの方じゃねえかよ……規模が違いすぎるぜ」

 忌々しげに舌打ちするマイセ氏。

 悠然と彼らを見下ろしていた隊長が、口をひらいた。

「君たちが我が解放軍に入隊したければ、いつでも黒鉄宮の司令部に来たまえ。寄らば大樹の陰……安全なアインクラッド生活を保証しよう」

「ケッ!誰がお前らみたいな慣れ合いギルドに入るかよ!攻略にも参加しねえで下層で威張り散らしてるだけの臆病者だろうが」

「おい、マイセ!……すみません、自分たちは自分たちのやり方で攻略組入りを目指したいので……」

 <メービウス>のメンバーが仲裁に入り、マイセ氏はしぶしぶと言った感じで身を引いた。

 その後彼らは去り、私達104小隊は次に予約を入れている小隊の到着までここで待機することになった。

 

「……隊長」

 待つ時間を持て余し、私は隊長に声をかけた。

「少尉。どうした?」

「先ほどの方たちのことなんですが。……30分だけでも使わせたら良かったのではないでしょうか?」

「言われたことを気にしているのか。……そうだな、少尉。君は彼らが目指すと言った<攻略組>をどう思う?」

 逆に問い返され、答えに詰まる。

「こ、攻略組は……立派な使命を帯びた人たちだと思います。彼らがいなければ、今も前線はあの25層で止まっていたかと……」

「うん、そういう考え方もあるな。だが、私はこう思う。……彼らはただのエゴイストだ。彼らが前線を拓くのは、ただ自らの強化行為の副産物に過ぎない。現に、彼らはアインクラッドで最大の人口をほこるはじまりの街には目を向けず、そこで暮らす弱者を顧みない。多くの<オレンジ>ギルドが猛威を振るっている今、彼らが下層の人間に対しなにかしてくれただろうか?」

「それは……」

 <攻略組>どころか、中層プレイヤーである先生すら、めったに第1層には来ないということを言っていた。

 ましてや最前線で戦う攻略組プレイヤーは、さらに寄り付かないのではないだろうか。

「我々軍の役割は、彼ら弱者の救済にある。他の……言葉は悪いが、弱小ギルドを排除してでも我々は自らを強化し、守る力を持ち続けなければならない。そうでなければ、強大な力を持つ<オレンジ>ギルド……例えばあの<ラフィン・コフィン>などには対抗できないからだ」

 <ラフィン・コフィン>。数ある<オレンジ>ギルドの中でも最凶最悪とされるグループだ。

 彼らは他者を傷つけるだけの犯罪行為には飽きたらず、システム上存在しない<レッド>ギルドを名乗り、殺人行為を推奨している。

「言うなれば、我々は彼ら攻略組の尻拭いのためにこうした汚れ役すらも引き受けなければならないということだ。先ほどの彼らにしても、空き時間だけでもと譲ればそれは1つの例外を作ることになる。例外というものは一度認めればなし崩し的に増えていくものだ。それは制度の崩壊を招き、結果的に軍を弱体化させるだろう」

「……」

「心を強く持ちたまえ、少尉。『慣れ合い』や『臆病者』などと罵られても、我々には果たさなければならない義務があるのだから」

「……はい」

 隊長の自信に満ちた視線を直視できず、私は一礼しその場を離れた。

 

 隊長の言葉は、確かに正しい。リアルでも警察が暴力を取り締まれなければ、治安は維持できないだろう。

 ましてや法的な『公権力』がないこの世界では、実力イコール権力な面がある。

 現在の<解放軍>は、個々の実力は攻略組に及ばないぶん組織力でカバーしている。

 けれども外部からすれば、人数で押し切って無理を通す傍若無人な集団にしか見えないのではないか。

 資源の集中と公平分配はMTD時代から続く軍の理念だ。

 しかし、それもあくまで軍内部に限った話。先ほどの<メービウス>のように軍に参加せず、独自に攻略を目指すプレイヤーには、その恩恵はない。

 今回の『接収』した『練兵場』も、彼らから見れば『独占』された『狩場』である。

 まさしく重大なマナー違反だ。

 もし自分が逆の立場だったらどう思うだろう?……たぶん、嫌な気分になるし腹も立つだろう。

 『自分がされて嫌なことを他人にしない』。先生に教えられた言葉が胸に刺さる。

 

「……そうだ、先生」

 今夜、先生にメッセージを送ろう。

 明日と明後日は休養日として、終日体が空いている。たまには軍の施設から出て、別の街に行くのもいいかもしれない。

「別の街か……」

 そのときふと、ある考えが脳裏をよぎった。

 <解放軍>の少尉としてではなく、1人のプレイヤーとしてアインクラッドを歩く。

 もしお願いしたら、先生は付き合ってくれるだろうか。

 私は今まで軍にしか知り合いがいなかったし、軍以外の世界には目を向けようと思わなかった。

 けれど、先生と一緒なら別の視点からアインクラッドを見られるような気がする。

 私は交代要員がくるまでの残り時間、先生へ宛てるメールの文面を練ることにした。


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