こちら、アインクラッド解放軍第104小隊   作:ハイランド

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前回のあらすじ……という名のプロット

・商人の依頼
司令部で報告書を書いていた女主のもとに、面会人が現れる
美人の商人プレイヤーだが、女主には面識がない
聞けば、人探しを手伝ってもらいたいという
自分の仕事ではないと断る女主だが、商人は軍の不親切さを盾に無理やり受諾させる
探し人は先ほど一度町ですれ違っただけで、名前などはわからないという
辟易する女主だが、半日かけて町を探し歩く
偶然そこに通りかかった男主
商人は歓声をあげ男主に抱きつく
狼狽する女主に、探し人は彼であると告げる商人
彼女は男主と同じ救命係ギルド所属だった
ソレならば探さずとも連絡はとれたのでは、と不信感を抱く女主に商人はあなたを試したのだという
男主から聞いていたとおりに、親切だが騙されやすそうな娘と評する商人
商人の用件はギルドの連絡であり、女主には聞かせられないという
女主は席を外すが、疎外感を感じる
話を終えた2人に、女主は救命係ギルドの詳細を尋ねるが人様には言えない活動をしている、とはぐらかされる
憤慨し、司令部へ引き上げる女主だった
小隊のメンバーは、女主に色恋沙汰が発生したのでは、と噂する

・星辰窟
待ち合わせ場所に、女Aが現れる
最近発見されたあるダンジョンの攻略に協力してほしいという
3人で向かうが、女主は男主と親しげな女Aに対抗心を抱く
二手に別れるが、まずは男主と女Aペア、女主単独である
試行錯誤を繰り返すが、なかなか先に進めない
女Aは仕掛けに気づき、男主に耳打ちする
今度は男主単独と女2人の組に分かれる
男主とリアルで付き合いがあるという女Aに、ますます機嫌を悪くする女主
女Aは仕掛けをすいすいと解いていくが、最後に詰まる
女主は以前男主とした会話から答えを推定し、これを突破する
女Aは自分と男主は恋人などでなく、ただ女主をからかっていたことを告白する
安堵する女主だが、女Aは男主に好意は持っていることを明かす
心がざわつく女主だが、とりあえずパーティーは解散する

※書いている内にゆるふわ系トラブルメーカーが好き勝手動き出しまして、
『商人の依頼』は上記2つのプロットを統合せざるを得ない状況になりました。
 リーシィさん、まじプロットブレイカー!



32女の戦い、男のツール 前編

 2024年7月 第1層 はじまりの街 黒鉄宮<アインクラッド解放軍>司令部

 

 7月中旬の休養日。私は朝から緊張していた。

 食堂で朝食を摂ったものの、ろくに味も覚えていない。

 同席した隊長に体調を気遣われたけど、曖昧に笑って頷くことしかできなかった。

 ただそれでも、『食事後に話がある』と伝えられたのは我ながら頑張ったほうだと思う。

 私の表情からなにかしら大事な相談だと判断したのか、その時の隊長は神妙な面持ちながらも了承してくれた。

 現実世界では梅雨も明けたであろうこの時期、アインクラッドにしては珍しく空が曇っていて、私の気分をさらに重たくさせる。

「……」

 今私は、ある部屋の前に立っていた。扉の反対側にある窓からは曇天が今にも雨を降らせそうな様子を見せている。

 ドアをノックしようと何度も手を上げるも、その度に怖気づいて下ろしてしまう。

 ……いけない、このままでは。

 今日の段階で、すでにだいぶ待たせてしまっているのだ。ましてや相手にとって芳しくない答えを返すのだから、これ以上遅らせればさらに決心が鈍ってしまう。

 私は意を決して目の前の重厚な扉を叩いた。

「……どうぞ」

 2回のノックの後、先方の返事が聞こえた。私はドアノブに手をかけて回し、扉を押し開ける。

「第104小隊副隊長、キサラ中尉。入ります」

 自分でも分かるくらいに堅い声だ。部屋に1歩踏み入れ、扉を閉める。その場で回れ右をして敬礼。

 幾度と無く繰り返した動作のはずなのに、今日は足がカーペットに引っかかりそうになる。

「中尉、来たか」

「お待たせしました。……隊長」

 入り口正面、大きな窓ガラスを背に配置された机に座っていたのは隊長ーーウィンスレー少佐だった。

 

「食事の時から具合の悪そうな様子だったが、大丈夫なのか? まあとりあえず、かけるといい」

「い、いえ。ここで平気です」

「まあ、そうしゃちこばるな。中尉が来ると聞いて、係にお茶を用意させていたのだ。せっかく淹れたんだから、落ち着いて飲むといい」

「はい……。それでは、お言葉に甘えて」

 直立不動の姿勢を取っていた私に、隊長は優しく微笑むと応接セットのソファを指し示した。

 私が腰を下ろすと、先ほどの言葉どおり温かい紅茶を出してくれる。隊長自身はコーヒーカップを手にして、窓際に立った。

「それで……。話というのは?」

「は、はい! その……。この前の件のことで……」

「この前?」

「あの……。お返事を……」

 尻切れトンボになる私の言葉に、隊長が訝しげな表情を見せる。それでも私の口にした『返事』という単語に思い至ることがあったのか、大きく頷いた。

「……ああ。あの事か」

 テーブルを回りこみ、私の向かいのソファに腰を下ろす隊長。真摯な目でこちらを見つめてくる。

 私はそれを直視できず、天板に置かれたティーセットに視線をそらした。ミルクもレモン果汁も入っていない紅茶は、湯気の奥に暗い赤色をたたえている。

 

 私は今日、以前隊長から受けた告白を……断るために来ていた。

 先生と同じく<警務庁救命係>に所属する女性プレイヤー、リーシィさんの出現と彼女からの宣戦布告。

 その夜偶然会った<アインクラッド解放軍>第08小隊のカレンと、そのアドバイス。

 それらの出来事によって、私は先生ーーハイドさんへの恋心を自覚した。あの人のことを、もっと知りたい。リーシィさんに取られたくない。

 我ながら気づくのが遅かったと思う。もっと早くに自覚していれば、隊長から告白されたあの日すぐに返事をすることも出来たのに。

 そうすれば、ここまで待たせることもなかった。

『他に好きな人が出来たので、やっぱり無理です』などとは虫のいい話だけど、とにかく返事だけはしなくてはならない。

 それが私のような浅薄な女の子に想いを伝えてくれたウィンスレー少佐に対する、せめてもの誠意だ。

 

「……隊長、すみません。私、隊長のお気持ちには……応えられません」

 さっと視線を動かし、隊長の目を一瞬見つめたのち、頭を下げる。

「……そうか」

 頭上から降ってきた隊長の声はいつもと変わらず平坦なもので、特に落胆しているようには感じられない。

「隊長のお気持ちは、すごく嬉しかったんです。隊長みたいなかっこいい男性が、私なんかのことを好きだって言ってくれて……。あの、でも……私には、好きな……」

 私は一息に言おうとしたものの、こみ上げてくる感情に言葉を詰まらせてしまった。

 ……目頭が熱くなる。これはいったい、なんの涙だろう?

「中尉。……恐縮するのはわかるが、きみには自分のことを卑下してほしくないな。それに、泣くこともだ」

「たい、ちょう……」

「きみが自分のことをどう思っているのかは知らないが、私はきみを大切にしたいと考えていた。……そしてそれは、これからもだ。きみに好きな人ができたのだというなら、その幸せを願わないはずがないだろう?」

「隊長……。す、すみません……」

 俯いて涙を流す私の頭を、隊長は撫でてくれた。

 まるで雷に怯える飼い犬を落ち着かせるかのように、優しく。優しく。

 窓の外からは、雨粒が地面を打つ音が聞こえていた。

 

 カップをテーブル上に戻し、小さく息を吐き出す。

 隊長の用意してくれたお茶は温かく、胸の奥からほっとする。

「落ち着いたかね?」

「はい。……すみません、ご迷惑をおかけしちゃって」

「なに、構わないさ。……中尉のしおらしい姿も見られたしな、役得というものだ」

「……なんだかその言い方だと、普段の私が粗暴なように聞こえるんですけど」

 口をとがらせる私に、隊長は苦笑を漏らした。

 自分を振った相手だというのに、隊長は私をしばらくの間部屋に置いてくれた。この懐の広さというか、包容力はさすがに大人の男性だと思う。

 私だったらしばらくは相手の顔も見たくなくなるはずだ。

「それで……隊長。ご迷惑ついでに、もう1つ」

「なにかな?」

 私は右手の指にはめられた、あの指輪を取り外した。テーブルのちょうど中間の位置に置き、言う。

「……これは、お返しします。せっかく頂いたものですけど、隊長のお気持ちに応えられない私には持つ資格がないかと……」

 これは私が隊長に断ることを決めた時に、しようと思っていたことだ。

 指輪を受け取った時には保留というかたちになっていたけど、自分の気持ちが固まった今となっては身につけているのは心苦しい。

 気持ちはいらないけど物はもらうよ、というのは不誠実な態度であると思えたのだ。

「いや、それには及ばない」

「え?」

 しかし隊長は、私の置いた指輪を手に取ると掌に乗せて突き出してきた。

「私はこれを、きみの身の安全を願って贈ったのだ。あの時演出の1つとして使ったのは事実だが、これはまだきみに持っていて欲しい」

「で、でも」

「確かにあれからレベルも上がり、きみの<耐毒>スキルも成長した。とは言っても、用心に越したことはない。……それともきみは、私を『女性に振られた上にプレゼントも突き返された』情けない男にしたいのか?」

「そっ、そんなことは……!」

「それならば、もう1度受け取ってくれ。きみが心苦しく感じるというのなら、それはイービルデッドと遭遇したときにだけでも装備してくれればいい。……きみも好きな相手の前で、別の男に贈られた指輪などしたくはないだろうからな」

「う……」

 どうやら隊長には、全てお見通しらしい。

 以前に先生に指輪を見せたこともあったけど、それはまだ自覚する前のことだ。特に何の疑問も抱かなかった様子の先生に、ちょっとがっかりしたっけ。

 もしかしたら私が指輪を外していても、まったく気づかないかもしれない。……ニブチンだし。

「……やはり中尉は純粋だな。その気持ちを、私に向けてくれればよかったのだが」

「すみません……」

 言いつつ、隊長から指輪を受け取る。両手でぎゅっと握りしめた後、ストレージへと収納した。

 出番が来たら、またお世話になるだろう。

「いや、これはただの負け惜しみだ。……ところで中尉」

「はい?」

「きみの好きな相手というのは……。あの例の、ハイド氏なのか?」

「っ!」

 ぼっと顔が熱くなる。改めて人から言われると、より恥ずかしい。しかもそれが隊長からとなると……。そんなにわかりやすかったのだろうか?

「ふふ、やはりな。前から、なんとなくそんな気はしていたんだ……」

「隊長……。隊長って、意外に鋭いですよね。その、恋バナとかには興味なさそうだったのに」

「当たり前だろう? ほかならぬ、きみに関してのことなのだから」

 優しい笑顔を向けてくれる隊長。

 ……ああ。どうして私は、この人を好きにならなかったんだろう。こんなにも優しくて、私のことを想ってくれていたのいうのに。

 ……いや、それでも私はもう自分の気持ちを偽らないと決めたのだ。……ままならないな、本当。

「明日も休みだが……。中尉はやはり、ハイド氏と一緒に過ごすのかね?」

「は、はい。そのつもりです」

「そうか、では楽しんでくるといい。仕事も大切だが、個人の充実も組織には欠かせないからな」

 隊長はそう言うと、席を立って窓際まで移動した。こちらに向けられた背からは心なしか、寂しそうな雰囲気が漂っている。

 そろそろ潮時だろう。これ以上ここにいて、隊長の優しさに甘えているわけにもいかない。

 私は一礼し、部屋を辞そうとして……。

「……あの、隊長。私が言うのもなんですけど、隊長にはもっとふさわしい女性がいると思うんです。隊長の努力を見てくれる、素敵な人が。だから……」

 だから、落ち込まないで下さい。

 最後の言葉は飲み込んだ。それを口にする資格は、今の私にはない。

 黙って背を向けたままの隊長に黙礼すると、今度こそ扉を閉めたのだった。

 

 * * *

 

 キサラによって部屋の扉が閉じられるまで、ウィンスレーには表情がなかった。

 窓際に立ち、外の景色を見ているようで実際は心ここにあらずといった風情だ。

 しかしそれも、部屋に1人きりになると一変した。口の端を持ち上げ、忍び笑いを漏らす。

「……ふ、ふふ。優しいな、中尉は。あいつらとは大違いだ……」

 右手を振り、メニューウインドウを呼び出す。フレンドリストからギルドメンバーのページを選択し、ある人物へとメッセージを飛ばす。

 短い文章ではあったがその内容に緊急性を感じたのか、メッセージを受け取った人物は10分と経たずに訪ねてきた。

 聞き逃しそうな位小さなノック音。ウィンスレーが誰何の声を発し、ドアの向こうから男の声が応える。

「……私です」

「入れ」

 ドアをくぐって入ってきたのは、中肉中背のこれといって目立つ特徴のない男性プレイヤーだった。

 街なかですれ違っても、ものの数分で忘れ去られてしまいそうな。ただ1つ違うのは、男性の身につけている服装。

 一般の軍人が深緑色の制服であるのに対して、男は黒い制服だった。

「お急ぎのようで」

「ああ、憲兵隊に調査を依頼したい。……我が小隊のメンバーが、部外者につけ込まれている可能性がある」

「それは……」

「対象は第104小隊副隊長、キサラ中尉だ。彼女は明日、その部外者と接触する。部外者の名は、ハイド。気取られぬよう尾行し、身辺を洗ってくれ」

「……御意」

 男は敬礼し入ってきた時と同様、するりと大きな音を立てることなく部屋を後にした。

「……そうとも。彼女が選ぶからには、相応の相手でなくてはならない。もしハイドとやらが良からぬことを企んでいたら、私が彼女を守らねば……」

 男の出て行った扉を凝視しつつ、ウィンスレーはひとりごちた。

 その瞳には、先ほどまではなかった暗い情念が渦巻いていた。

 

 * * *

 

 >from:hyde

 >sub:あ~そびましょ~

 >to:Kisara

 >キサラちゃん、ハイドに聞いたけど明日休みなんでしょ?

 >3人で遊びに行こうよ!

 >22層の主街区<コラル>の広場で待ってるから、来てね!

 >リーシィより

 

 そのメッセージは隊長の部屋を辞した私が、先生をどう誘おうかとメールの文面を練っているときにやってきた。

 タイトルの雰囲気に一瞬面食らった私だけど、開いてみればどうということはない。それはリーシィさんからの招待状だった。

 前回、彼女とは知り合いになったものの別れ際のゴタゴタでフレンド登録はしていなかった。

 登録しなくても使えるインスタントメッセージは相手が同じ層にいるときにしかやり取りできないので、リーシィさんは先生にフレンドメッセージの送信を依頼したのだろう。

 さもなければ、先生がリーシィさんになりすましてこのメールを送ってきたか。

 ……いや、さすがにそれはないか。もし先生がそんなことをしていたら、正直ちょっと引く。

 ともあれ渡りに船とばかりに、私は彼女の誘いを快諾した。3人で、というからにはおそらく先生も来るのだろう。

「……宣戦布告、受けなきゃね」

 まさしく、『恋は戦争』だ。2人が同じ男性を好きになったのだから、将来的にはどちらかーーあるいは双方ーーが涙をのむことになる。

 私は翌日の戦いに備え、今日1日を準備に費やすことにした。

 着ていく服を選び、お弁当の材料を調達し、『ウィークリーアルゴ』の占いコーナーを熟読し……。

「……あ」

 準備万端、とベッドに入った時に気づいた。

 ……そういえば、明日の集合時間っていつなんだろう?

 

 2024年7月 第22層 主街区<コラル> 転移門前広場

 

 ……視線が痛い。

 時刻は0900、午前9時。

 私は1人、広場の隅にあるベンチに腰掛けていた。

 道行く人々……人数は多くないけど、転移門から出入りしているプレイヤーたち。

 ほとんどが男性で、2人から3人の組み合わせが多い。なぜか皆、長剣がまるまる入りそうな筒を背負っている。

 彼らはこの場に私のような女の子がいるのが珍しいのか、たびたび好奇の視線を向けてくる。

「やっぱりこの服装、変なのかな……。先生たち、早く来てよ……」

 今日の私のコーディネートは、白い7分袖のブラウスにハイウエストのプリーツスカート。

 ブラウスはゆったりとしたシルエットながら肩を露出させているデザインで、薄青色のプリーツスカートは丈が短くひざ上までしかない。

 スカートの裾から足元の紺色ブーツまでの間は肌がむき出しになっており、我ながら冒険した……と思う。

 普段ならスカートの下にはスパッツをはいて<体術>の使用に備えるのだけど、今日だけはそれも控えた。

 司令部を出るときにはイルに見せてお墨付きをもらったものの、やはり男性の目には奇異に映るのだろうか。

 居心地悪く、視線がさまよう。と……。

「おっ」

 不意に門から出てきた2人組の男性プレイヤーの内、1人と目があった。

 さっと私の周囲に視線を走らせ、こちらに近づいてくる。

「お嬢ちゃん、可愛いじゃん。なに、1人なの?」

「え、あの……」

「この層にいるってことは、アレをやりに来たんだろ? ツレがいないなら、オレたちと一緒に行かない?」

「そうだな、道具を持ってないってことはビギナーなんだろ? いいポイントがあるから、教えてあげるよ」

 片方の男性の問いかけに私が口ごもっていると、もう片方の男性も嬉々として声をかけてきた。

 ……うん、これはあれだ。最近よく同じ目に遭う……。

「ええと。私、ここで待ち合わせを……」

「えー? 何時? 何時?」

「いや、それが詳しくは……」

「じゃあ待ちぼうけじゃん! 時間がもったいないよ。……ちなみにさ、その待ち合わせ相手ってカレシ?」

「い、いえ」

 私の答えを聞いた2人は、『おおーっ』と謎の歓声を上げる。ひそひそと『コレ行けんじゃね?』とか『いや、でもばっちりオシャレしてるし……。男だろ?』などとつぶやいている。

 つい先日、私はこういう手合を散々退けた経験がある。しかしそれもほとんどが一緒にいたリーシィさん目当てで、私自身に累が及ぶことは少なかった。

 そのためあの時は強気に出ることも出来たのだけど。

 どちらにせよ、私は先生たちが来るまではここに留まるしかない。あまり目立つ行動は取れないし、下手な断り方をして彼らを怒らせるわけにはいかないのだ。

 波風を立てず、穏便にお引取り願うにはどうすれば……。

「……じゃあさ、とりあえずこうしようよ。お嬢ちゃんはオレたちと一緒に行く。お友達はその後、お嬢ちゃんがメッセで呼べばいい。最後には皆で集まって、楽しくハッピー! って寸法よ」

「おお、それ名案じゃん。どうせお友達もいつ来るか分かんないんでしょ? 行こうぜ行こうぜ」

「や、待ってください……!」

 男性の1人が腕を掴んでくる。即座にハラスメントの警告ダイアログが出現するけど、ここでイエスボタンをタップして吹き飛ばしてしまうのは問題だ。

 かといってこれくらいのことで黒鉄宮の監獄に送るのも忍びないし……。

「……ご心配なく。彼女を待たせていた友人は、ここにいますので」

 その時、待ち望んでいた声が聞こえた。

 男性たちの向こう、3メートルほど離れた場所に立つ長身のシルエット。先生だ。

「先生……」

「なんだ、あんたは? 今オレたちは大事な話をしてるんだ。部外者は引っ込んでてくれよ」

「そうそう、この娘にはオレらが先に目をつけてたんだぜ。横からかっさらおうなんて……」

 突然現れた闖入者に、男性たちは気色ばんだ。しかし先生はそれには構わず、1歩踏み出す。

「聞こえませんでしたか? 彼女の、待ち合わせをしていた友人は、この僕です」

 噛んで含めるように言い聞かせる先生に、男性たちも怯んだ様子を見せる。

「くっ……」

「なんだよ、やっぱり男じゃねえかよ……」

「待たせているあいだ、彼女の話相手になって頂いてありがとうございました。ですが、もう大丈夫です。……それとも、ハラスメント違反で捕まりたいですか?」

 その一言が引き金になったのだろう、男性たちは深い溜息をついた。踵を返し、広場の外へと歩き出す。そして最後に。

「……たくよー。そんなカッコした女を侍らせやがって、リア充ってレベルじゃねーぞ」

 などという言葉を残して去っていった。

 

「いやあ、お待たせしました。まさかきみがこんな早くに来ているとは思っていなくて」

 ほにゃら、と気の抜けたような笑顔を浮かべつつ先生は言った。

 先ほどまでの威圧的な雰囲気など消し飛んでいる。私はそんな先生の顔を凝視したまま……固まっていた。

「……」

「言い出しっぺのリーシィが寝坊しましてね。待ち合わせの10時には間に合いそうになかったので、置いてきました。たぶん、そう遅れないで来るはずなんですが……。キサラ?」

「……あ、はい?」

「大丈夫ですか? ボーっとして。顔色もいつもと違うようですし」

「っ! だ、だだだ大丈夫です! ええ、もう至って健康体ですとも!」

 ……なんだろう、コレ。ものすっごく恥ずかしいんですけど。

 目の前にいるのは見慣れた先生のはずなのに、思考が空転する。顔も熱を帯びているようだ。

「しかし、そうは言っても……」

 心配そうな顔をしつつ、先生が手を伸ばしてくる。現実世界でよくあるように、私の額に触れて温度を測るつもりなのだろう。

「ちょ、まっ……!」

 しかし私の身体は、無意識にその手を避けようとしていた。本当なら左右どちらかに動けばよかったのだろうけど、足が勝手に後ずさり。

「わっ、……きゃあ!」

 先ほどまで座っていたベンチの存在を完全に失念していた私はそれに足をひっかけ、盛大にすっ転んだ。ベンチの背後に背中から倒れこむ。

「いったー……」

「き、キサラ! 大丈夫で……」

 慌てた様子で先生が駆け寄ってくるが、なぜか目の前で一瞬立ち止まる。すぐにその場で膝をつき、私に手を差し伸べてくれるけど……もう片方の手は自身の両目を覆っていた。

「せ、先生?」

「ああ、いや……。こうすれば、その……見えませんから」

 何か見てはいけないものから目を逸らすような先生の言葉に、ハッとする。

 気づけば私は転んだ拍子に両足を大きく投げ出していた。そしていつもは身につけているスパッツも、今日に限っては履いておらず。

「っ!?」

 私は即座に両手でスカートの裾を押さえた。……うわぁ。

「先生……。み、見ました?」

「その……。キサラ、昔のゲームはですね」

「……はい?」

「ポリゴンで精緻なモデリングをしておきながらその部分だけはなぜか真っ黒に塗りつぶされていたりしまして、当時の青少年のいたいけな心を弄んだと言われているんです。

 彼らはその現象を『暗黒空間』と呼び習わし忌み嫌っていたとか。ある時期からはその規制も緩くなってきまして、暗黒空間どころかむしろ無駄にデザインに力を入れるメーカーも出現したようです。

 例えば青いハリネズミがイメージキャラクターの某社などは、布地の模様やシワすらも再現しましてね。これがもう大受けで『病気』だのなんだのと揶揄されたようです。

 その点やはりアーガスはユーザーライクなメーカーと言えますね。もしも世界初のVRMMOであの部分が暗黒空間だったりしたら関係各所から大ブーイングが」

「つまり」

 先生の長広舌を遮り、確認する。

「見たんですね?」

「……一瞬だけ」

 私の右手が真っ赤に燃える。ちなみに、何かを掴めと轟き叫ぶことはない。これはソードスキルの光だ。<体術>スキル、<閃打>。

「っの、……ばかーーーっ!!」

「おぶっ!?」

 次の瞬間、先生の身体は広場の中心近くまで吹き飛ばされていた。

 

「あははははっ! ハイドったら、それでキサラちゃんにこてんぱんにされちゃったの~?」

 

 ころころとリーシィさんが笑う。時刻は10時半、あれから30分ほどが過ぎていた。

 第22層は円盤状大地の中心に大きな湖があり、主街区<コラル>はその湖の南端に位置している。また、湖を囲む森林地帯には他にも小規模な池が点在しており、開放感のある作りになっていた。

 私たちは今、遅れてやってきたリーシィさんと合流し湖からほど近い森の中を歩いていた。先生を先頭に、その後ろを私とリーシィさんが横並びで進む。

 

「笑い事ではありませんよ……。だいたい、こんな事態を引き起こした原因は貴女なんですよ?」

 リーシィさんのからかうような声に、先生が額を押さえながら応える。

「え~なんのこと?」

「……いいですか。まず、きみが寝坊しなければキサラが絡まれる前に合流できた。次に、そもそもきみが集合時間をきちんと知らせておけば、彼女を待たせることもなかったんです。……どうですか、これでもまだ言い逃れを……」

「でもさ、ハイド? メールを借りたのは確かだけど、最終的に送信したのはハイドだよね? だったらキサラちゃんに送る前に訂正もできたんじゃないの~?」

「ぐ……」

 まるで悪びれる様子もなく、リーシィさんが言う。

「そ・れ・に~。ハイドだって私が朝弱いことは知ってたんだからさ、起こしに来てくれれば良かったじゃない? ハイドのためなら、いつでも部屋のカギ空けとくよ?」

「なっ……」

「リーシィ……!」

 ……そうだ。忘れていたけど先生とリーシィさんは同室、いや同じギルドホームで寝起きしているのだ。

 彼女と戦う事を決めた私だけれど、先生に対するアプローチのしやすさに関してはリーシィさんの方にアドバンテージがある。

 そしてそれをわざわざ意識させる発言は、彼女からすれば軽いジャブのつもりなのだ。

 

「ね、ね。ところでさ、キサラちゃん」

「……なんですか?」

 こっそりと耳打ちするように顔を寄せてくるリーシィさん。

「今日のキサラちゃんの服、すっごく可愛いね。なんだか夏い~ッて感じ」

「夏いってなんですか、夏いって……」

 独特の表現に辟易しながらも、私は彼女の服装を確認した。

 重ね着した黒と赤のキャミソールに、デニム地のホットパンツ。肌を大きく露出させたコーディネートは、それこそ彼女の言う『夏い』感じ抜群だ。

 頭に乗せているつばの大きめの麦わら帽子がコケティッシュさを程よく緩和している。

 ……うん。

 今日は私も冒険するつもりで服を選んだのだけど、なんというか……いろいろ負けている気がする。面積とか。

「やっぱりさ、『せんせー』とのデートってことで、意識しちゃった?」

「別に、普通ですよ。それにこれはデートとは言えないじゃないですか? リーシィさんもいるし」

「おお~? なんだか刺のある言い方! らしくないんじゃないの~?」

 驚いたように目を丸くするも、リーシィさんの口元には笑みが浮かんでいる。どうやら、私のささやかな反撃すらも楽しんでいるようだ。

 猫のように気まぐれな彼女には、これしきの小技は通じないのだろう。それなら……。

「……あの、リーシィさん。この前のお話なんですが」

「なあに?」

「私、リーシィさんの申し込みを受けて立つ、つもり……です」

「……へぇ」

 紫色の瞳を細め、口角を上げるリーシィさん。先ほどまでの無邪気なものとは違う、含みのある笑顔を浮かべていた。

 彼女の放つ無言の圧力に気圧されそうになりながらも、お腹にぐっと力をいれて目を見返す。

 時間にすればものの数秒のことに過ぎなかったのだろうけど、確かに私は2人の間に火花が散ったのを感じた。

「面白いじゃないの、そうこなくっちゃ」

「貴女のおかげで、戦う気になれましたから。……ありがとうございます」

「う~ん、前みたくキサラちゃんをからかって遊べなくなっちゃったね。残念~」

「そうさせたのはリーシィさん、貴女でしょう」

 たはは、と頭をかいて笑うリーシィさんに私も微笑み返す。

 はたから見れば仲の良い友人同士のように思えるだろう。渦巻く一触即発な雰囲気を除いて。

「じゃあ、今日は第1ラウンドってことだね~。……負けないよ?」

「それはこちらのセリフです」

 どちらからともなく手を差し出し、握手する私たち。

 リーシィさんの細い手は柔らかく、白く透き通るかのような美しさだったけど、内部では戦いの熱気がうねっているのを感じた。と……。

「…………きみたち、いつの間にそんなに仲良くなったんです?」

 立ち止まった私たちを不審に思ったのか、数メートル先でこちらを見つめる先生が呟いていた。


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