「あの2人は大丈夫でしょうか……」
ED一味を取り逃がしてから1時間後。私たちは主街区<ブリアンシー>の転移門にほど近い食堂で夕飯をとっていた。
いつもなら司令部の食堂でイルが腕を振るってくれるのだが、さすがに今日はそんな気分ではない。手早く食事を終えたら各自その場で解散、休養に努めることになった。
「この街まで護衛し、彼らがホームタウンに転移する瞬間を見送ったのだ。さすがに向こうの<圏内>で襲われるようなことはないだろう」
私のつぶやきに、向かいの席に座る隊長が応えた。すでに軍曹と伍長は食事を終え、第1層<はじまりの街>へと帰還している。この場に残るのは隊長と私、クロ君とイルの4人である。
「いえ、それはそうなんですけど。なんというか、そこだけじゃなくて……」
「?」
歯切れ悪く言う私に、隊長はよくわからないといった顔をする。
私が心配しているのは、あのカップルの身柄の安全もさることながら……今後の2人の関係性についてのことだ。
結果的に無事だったとはいえ、せっかくデートで訪れた街で偏執的な考えを持つ<オレンジ>プレイヤーに襲撃され、死の危険にさらされたのだ。
しばらくは忘れられないだろうし、その悪夢があの2人の間柄に影を落とす可能性も考えられる。……と、その時。
「大丈夫ですよ、キサラさん。キサラさんたちがあの<オレンジ>と戦っている間、私が彼氏さんの治療にあたっていたんです。その間中ずっと、彼女さんは彼氏さんに『ありがとう』って言って泣いてたし、彼氏さんも彼女さんに『君が無事でよかった』って泣いてたんですから」
隣に座っていたイルが話しだした。立場が近いためか、彼女は私の危惧を正確に理解して言葉を紡いでくれる。
「……正直、見せつけられているこっちとしては少ーしイラッとしましたよ。私とクロが近くにいるってこと全然意識してないんですもん」
「あはは……」
恋は盲目、とはよく聞く話だ。イルの話からだとあの2人は死にそうな目に合いながらも、それをトラウマにせずむしろ恋を燃え上がらせる燃料として捉えられるのかもしれない。
確かに転移門で見送った時、彼らはしっかりと手をつないで笑顔で私たちに別れを告げていた。
『助けてくれてありがとうございました。もう二度と、彼女を危険な場所に連れていくようなことはしません』
晴れ晴れとした表情の男性に、泣き笑いの顔で頷く女性。
思い返してみれば、あの2人は強い信頼関係というか、もったいぶった言い方をすればそれこそ『絆』で結ばれていたように感じる。部外者の私がやきもきする必要はなかったかもしれない。
「……そういえばさ、あの2人を見送ってから伍長がちょっと機嫌悪かったんだよな。もう帰っちゃったけど」
デザートの果物をフォークで突き刺しながら、クロ君がぼやく。
言われてみれば機嫌が悪い、かどうかはともかく普段は食事中でもうるさい伍長が今日に限っては静かに食べていたな……そう私は思い出した。
「きっと伍長も、あのEDの行いが許せなかったんですよ。愛し合っている恋人同士を引き裂くために人殺しをするなんて……」
「……だといいですけどねぇ」
私の意見にイルが疑義を差し挟む。その目はなぜか細められ、ここにいない伍長を疑うような、呆れるような……そんな顔をしていた。
どういうこと、と私が聞くとイルはため息混じりに答えた。
「この街を出る時に言ってたじゃないですか、『リア充爆発しろ』とかなんとか。伍長にとっては付き合ってるカップルは全部目の敵なのかも。それをあんな至近距離で見せつけられたら、機嫌も悪くなるんじゃないですかねー」
「それはないな」
にひひ、と最後の方はおどけた様子で言ったイルの言葉を即座に否定したのは隊長だ。
彼の目は細められ、真剣な表情で続ける。
「伍長の性格は、よく分かっているつもりだ。彼は中尉の言ったように卑劣な<オレンジ>が許せんのだ。……イルカ。彼はよくふざけたもの言いをするが、芯は誠実な男だよ」
「は、はい……。あの、ごめんなさい」
まさか自分の軽口が隊長にたしなめられるとは思っていなかったのだろう、イルは神妙な面持ちで頭を下げた。
私も少し意外だったので、思わず隊長の顔をまじまじと見つめてしまう。
「ん。いや……私も言い方がきつかったかな。ともあれ、あのイービルデッドと伍長は別種の人間だ。ヤツは自分が神の意志を代行するようなことを言っていたが、根底にあるのは醜い僻み根性だけだ……と私は思うよ」
醜い僻み根性。
隊長の言った言葉に、私は内心で同意した。あの男は身長こそ高いもののお世辞にも均整のとれた体格とは言いがたく……言い方は悪いが、女性からの第一印象はあまり良いものではないと思う。
もし仮にEDと伍長のどちらかと付き合え、と言われたなら私はおそらく伍長を選ぶだろう。あくまで見た目だけで判断するならば、だけど。
ましてやあの歪んだ思想の持ち主だ。完全な邪推になってしまうが、リアルでも彼は女性と縁があまりなかったのではないだろうか。
歪んでいるからモテないのか、モテないから歪んだのか……。
あのおぞましい指の感触を思い出し身震いしていると、クロ君が口をひらいた。
「ふん、オンナと付き合えないから殺すなんて、オトコのすることじゃない。そんなヒマがあったらスポーツでも勉強でも打ち込んだほうがゆーいぎってもんだ」
「……あんたがそれを言うか。女子の気持ちなんてこれっぽっちもわからないくせに」
「いいんだよ、オレは。……そ、その……。不特定多数のオンナの考えてることなんて興味ねーし」
すかさずつっこんだイルに負けじと言葉を返すクロ君。彼にしては頑張ってアプローチしているようだけど。
「だめねークロは。最初から女子に興味ないなんて言ってたら、いざ好きな女の子ができても仲良くなれないわよ」
「……」
しょんぼりとうなだれてしまうクロ君。イルに悪気はないのだろうけど、さすがにかわいそうになってしまう。
「ま、まあまあ。……そうだなあ、私だったらやっぱり好きになった男性には自分だけを見て欲しいというか……。あんまり他の女の子にまで目を向けてほしくないですよ。……クロ君が言いたいのはそういうことですよね?」
「そ、そうそう!さすが副長、わかってるな」
「えー?それはそれでちょっと重いっていうか。キサラさんって束縛されたいタイプなんですか?」
「や、そういうわけじゃないんですけど」
助け舟を出したつもりが、あっさりと矛先をそらし私に向けてくるイル。クロ君はまたも機会を失い、視線を宙にさまよわせている。
……む、難しい。そもそも自分の事ですらろくに経験を積んでいない私が、ひとの恋愛事情に口出しするのは手に余る。
助けを求めるつもりで隊長をちらりと見ると、彼は我関せずといった感じで食後のお茶を楽しんでいた。聞こえていないのだろうか?
いや、あの様子は絶対に私たちの会話を聞いているはずだ。今日の昼の件でそれは証明済みである。
「あの、隊長……」
「あ!それともキサラさんの方が相手を束縛したいタイプとか?『自分だけを見て』なんて言うくらいだから、言われてみれば納得ですけどー」
「ち、ちが……!」
伸ばしかけた手と声をさえぎるようにイルがかぶさってくる。
ああ、どうしてこの子は自分の話題には淡白なのに私のこととなるとこんなに目がイキイキとするのだろう。その視力をもっと周りに振り向けてくれれば……。
その後も全員の食事が終わるまで、好奇心の鬼と化したイルに私は問い詰められ続けるのだった。
「中尉、少しいいかな」
「?」
食事を終え、転移門前広場まで戻ってきた私たち。ゲートに向かう道すがら、私は隊長に呼び止められた。
すでにゲート目前まで進んでいたイルたちは怪訝そうな顔を見せるが、隊長が先に戻るように指示すると素直に頷いた。ただ2人が飛び込む寸前に聞こえてきた、
『なあイル、なんでオレたちは一緒に行っちゃダメなんだろうな。同じ隊なのに』
『あんたほんとにKYねー。こんなキラキラした夜景の中でわざわざ仕事の話なんかするわけないでしょ。……色々思うところがあるのよ、大人には』
という会話には少し肝を冷やしてしまった。いくら<ブリアンシー>がデートスポットで、街ゆくカップルが爆発的に増えるこの時間帯とはいえ、隊長に限ってまさか……ねえ。
そのように考えていた私は、だから隊長に連れられてある商店の扉をくぐった時も、『回復アイテムの補充だろうか』などとのんびり構えていたのだ。
「これを受け取って欲しい」
「…………はい?」
たっぷりと間を開けたうえに、おそらくだいぶマヌケな表情を浮かべながら出た言葉は、やはり緊張感の欠片もないものだった。
差し出す隊長の右手に乗せられているのは、手のひらにすっぽりと収まるくらいの小箱。上蓋が開けられたそこには、1つのアクセサリーが収められていた。指輪だ。
<煌きの都>ブリアンシーには、その呼び名にふさわしく街のあちこちに宝石のオブジェクトが埋め込まれている。
街そのものも巨大な緑柱石の内外に作られているのだから、まさしく宝石の街である。そのような設定のためか、街には数多くの宝飾品を扱うNPCショップが軒を連ねていた。
アクセサリーを買うなら<ブリアンシー>へ。そんな認識が各プレイヤーに広まったのも、そう時間を要することではない。
今ではNPCショップ以外にも、<細工>スキルの腕を磨いたプレイヤーが自身の作品を並べるために店を開くことも多くなった。隊長と私が入ったのも、そんなPC職人の経営する宝飾店の1つだったのだ。
「あの、これは、どういう……」
予想外の展開にしどろもどろになる私。箱ごと受け取り、台座に収められたままの指輪をしげしげと眺めてみる。
プレイヤーメイドということもあり、指輪は繊細な細工が施されたリングだ。埋め込まれた石は光を受けて虹色に輝いている。オパール……プレシャスオパールだろうか。
「どうもこうも……きみへの贈り物のつもりなのだが」
困惑する私と対照的に、隊長はあくまでも落ち着いている。なぜ戸惑うのかが分からない、といった感じだ。
「だ、だって……指輪ですよ!?」
そう、指輪である。男性が女性に指輪を贈るということは、つまり『そういうこと』……愛の告白とほとんど同意義ではないだろうか。
私もリアルでは休日に出かけるとき、たまにイヤリングやペンダントを身に付けることはあった。指輪もいくつかは持っていたのだけど、それにしたって自分で買ったイミテーションのものがほとんどだ。
唯一贈り物として所持しているのは、子供の時縁日の屋台で父にねだって買ってもらったおもちゃの指輪だけ。それがゲームの中のこととはいえ、年上の男性から指輪を贈られるなんて。
「ここのデザインでは、不満かね?」
「そんなことは……すごくカワイイですし、いいと思いますけど。って、違います!こんな高価なもの頂けませんよ!」
店内に並べられたアクセサリーはさすがに職人の手による一点ものだけあって、その値段は高額だ。転移結晶ほどではないにしても、その半額以上に達している。
すると隊長は肩をすくめ、店員と一言二言交わすと別の小箱を手にして言った。
「では、こちらのネックレスではどうかな?性能的には少々見劣りしてしまうのだが」
先ほどのイルとの会話が脳裏をよぎる。
『束縛したいタイプ、それともされたいタイプですか?』
一節では、指輪やネックレスといった『環状』の装飾品は、相手を縛っておきたい、独り占めしたいという意味を持っているという。
そういった意味では隊長が再提示してきたネックレスも同じ……。ん、『性能』?
「あ、あの。隊長……性能の見劣りって……?」
宝飾品の選択では使われることのないであろう言葉を耳にした私が疑問を呈すると、隊長はまたも私が何を言っているのか分からない、といった表情を浮かべた。
「ん、言っていなかったかな。……この2つの品は、<耐毒>スキルと同じ効果を持っているのだ。ネックレスの方は指輪のおよそ8割程度の性能だがな」
「それって……」
言われて、手に持つ指輪をかるくタップしてみる。ウィンドウがポップアップし、指輪の名前と製作者の銘、装備特典が表示された。
たしかにそこには<耐毒>スキル+50と書かれており、この指輪がかなり強力な効果を持っていることが示されている。
つまり隊長がこの指輪、ないしネックレスを私にプレゼントしてくれようとしているのは、この<耐毒>スキルを身につけさせるためなのだ。
そこに特別な意味はないし、だから隊長は別段感情を揺らすことなく話を進めているというわけである。
「たはは……恥ずかし」
思わず赤面し、ぱたぱたと片手で顔をあおぐ私。ひどい勘違いというか、思考の暴走というか。
冷静になれば、大変失礼ながら……あの隊長が女性相手に特別なプレゼントを贈る姿というのも想像できない。それも、相手は私である。
「どうしたんだ?」
「い、いえいえ。ちょっとした勘違いで……。指輪のプレゼントって言うから少し身構えてしまったというか、その……特別な意味があるのかなーなんて……」
ごにょごにょと言葉を濁す私。さっきとはまた違う意味でしどろもどろになってしまう。
ーー自意識過剰でしょ、ばか。
頭の中の冷静な部分がブレーキをかける。この気恥ずかしさをごまかすためには、そう……。
「あの、隊長。そういうことでしたら、それは必要ありません。今の私のスキル構成では使ってないものがありますし、それを破棄して<耐毒>スキルを習得すれば……」
「それでは遅い」
小箱を返そうと差し出した私の手を、隊長は両手で包み込むように押し返してきた。
「……ああ、つまりだな。仮に今から<耐毒>スキルを上げようとするなら、50もの数値を稼ぐには相当の時間がかかる。もしまた今回のような事態が起きたら、それに間に合うとは思えんのだ」
思いの外強い力で握られ困惑する私に、言い聞かせるようにゆっくりと語る隊長。その目は真剣そのものである。
「で、でもそれを言うなら私だけにこんなプレゼントをされるのも……。軍曹や伍長だって……」
<耐毒>スキルはその名のとおり毒の状態異常に耐性をつけるものだが、付随して麻痺に対する耐性も上げてくれる。
今回EDのスタン攻撃に苦しめられたのは、私だけではない。むしろ前衛を努める軍曹の方が毒や麻痺を食らう機会は多いはずだ。
その点を強調して受け取りを辞退しようとするが、隊長は譲らない。
「……言い方が悪かったかな。ふむ、こういう話は不得手なのだが。……正直に言おう。私はきみがあの男に辱めらていたとき、無性に腹が立った」
「隊長?」
「無論、軍曹や伍長……それにシュバルツとイルカも私の大切な部下だ。しかし、中尉。きみがあのような目に合う姿を、私は二度と見たくない。……そう、きみは特別なんだ。今日の出来事で、それに気付かされたよ」
「え、えっと……でも」
ぼっと顔の温度が再上昇するのを感じる。……『勘違い』じゃ、ない?
『特別』。
まさしく先ほど私が口にした言葉だ。大切な人。守りたい人。側ににいて欲しい人。特別な……恋び……。
ーーいやいやいや!それはないでしょう!?だってあの隊長ですよそりゃあ私が隊長の元で働くようになってからそれなりに時間は経つけど一度もそんな話をしたことなかったし今日の昼には私と先生の関係をからかわれた位だし隊長のカッコよさなら女性受けもいいだろうしそんな隊長が私を女の子として見てるはずなんて……。
「伍長にも言ったが、私とて我欲を捨て去った聖人君子ではないのだ。異性に興味が無いわけではないし、ましてやそれがきみ相手とならば見栄も張りたくなる。……この場は受け取ってくれると嬉しい」
空転する思考を続ける私をよそに、隊長は爽やかな笑顔でそう言った。
踵を返し、店員と商談を始める。店員の職人プレイヤーは面白いものでも見たようににやにやと笑っていたが、隊長が向き合うとキリッと表情を引き締めた。
「や、やう……」
硬直した私の意味不明の呟きでは止められず、商談は進む。おそらく私の顔は例のごとく強調した感情表現によって、真っ赤に染まっているだろう。
ああもう。あれだけイルの、クロ君からの好意に対するニブさをやきもきしながら見ていたというのに、肝心の自分自身がその立場になったとたんにこれだ。
リアルでの恋愛経験の少なさを後悔するが、今さらそれをいっても仕方ない。
今の私にできるのは、ただ呆然と2人のやり取りを眺めることだけだった。
「ありあとやんしたー」
作品が無事売れたことへの嬉しさからか、極上の笑顔で店の外まで見送ってくれる店員プレイヤー。
隊長と私は軽く会釈してそれに応えたものの、以後は互いに無言のままだ。
今の私の手の中には、指輪が収められた小箱がある。結局あの場では何も出来ずに、受け取ってしまった形だ。
宝飾店から転移門前広場への道を、隊長について歩く。隊長も私の歩調に合わせてくれているようで、いつもよりだいぶゆっくりとした速度だ。
ーーお礼を言わなくちゃ。
遅ればせながらその考えに至ったのは、広場の入口から転移門までの距離をすでに半ばほど過ぎたあたり。
前後の話の流れはともかく、たいへん高価な品物を贈られたのは事実なのだから、そのことに対して感謝を伝えなければならない。
「あの、隊長!」
意を決して声を張り上げると、隊長は歩みを止めて私に向き直った。
穏やかな笑みをたたえた隊長は言葉を発することなく、私たちは数秒間無言で見つめ合う。
「あの、あのですね……。こ、これ!……ありがとうございます」
気恥ずかしさに直視し続けることが出来ず、最後の方は俯きながら消え入るような声になってしまう。
『これ』と言う時に胸の前に突き出した指輪はそのままなので、今の私はまるで小猿の『反省』芸のような姿勢だ。
と、不意にその伸ばした手の先を両手で包み込まれる感覚。
「……そんなに強く握りしめられていては、壊れてしまいそうだな」
ばっ、と顔を上げるとそこには隊長の顔。笑みはそのままに、私の指を一本一本小箱から引き剥がしていく。
言われてみれば無意識に私は強く箱を握りしめており、緊張感からかかすかに震わせていたのだ。
「そっ……。そんなに握力強くありませんよ!」
「はははは……。まあ、それはそうだがな」
慌てて否定する私をからかうように、隊長が肩をすくめた。五指の力が抜け、開放された小箱が取り上げられる。
「それで、中尉……。いつになったら着けたところを披露してくれるのかな?」
フタを開け、中の指輪を私に見せながら言う隊長。その顔は心なしか何かを期待しているように見える。
ーーそっか、そうだよね。
誰かにプレゼントしたら、それを使ってくれるところを見てみたくなるものだ。私も母の日や父の日にブローチやネクタイを贈ったことがあるから、それはよく分かる。
「あ……は、はい!」
隊長の手から指輪を受け取り、少し迷った末に……それを右手の薬指にはめた。
紫色のアクセサリ装備確認ダイアログが出現し、『イエス』をタップ。これでシステム的にも指輪は装備品と認められ、その効果を発揮するはずだ。
SAOでは指輪カテゴリの装備品は2つまで身につけることが出来る。『2つまで』という約束事さえ守ればどの指に着けても問題はないので、例えばカップルでおそろいのリングを使うプレイヤーは左手の薬指にはめることが多い。
「どう……でしょうか?」
私は指輪をはめた右手の甲を、おずおずと隊長に掲げて見せる。街灯に照らされ、オパールが虹色に光っているはずだ。
それを確認したのか、隊長は満足気な笑みを浮かべ頷いた。
「うん。似合っているよ」
「あ、ありがとうございます。……でもあの、隊長」
いかに鈍感な私といえど、ここまでのことをされては隊長の好意に気づかないわけがない。厳密にははっきりと意思を伝えられたわけではないのだけど……。
ただそれでも、現時点での私の気持ちは言葉にしておいたほうがいいだろう……と思う。
「私、まだお付き合いとか……そういうのは」
「……かまわないよ。私も中尉を戸惑わせたいわけではない。返事は急がないさ」
一瞬だけ隊長の顔が曇った気がしたけど、それもすぐに元の笑顔に戻った。
正直に言えば、異性からの好意が嬉しくないはずはない。ましてや隊長は強くて頼れる優しい男性だ。年齢も大きく離れているわけではない。それでも……。
「すみません……。なんだか戸惑っちゃって。でも、曖昧な気持ちのまま始めたくないんです……」
いつも見上げる『あの人』の横顔を思い浮かべてしまった私は、ズルいのだろうか。
ただ、戸惑っているのは事実だし、このまま流れでOKしてしまっても不誠実な気がする。
私の言葉に隊長は1つ頷くと、身を翻して転移門を指し示した。
「きみのそういう考え方を、私は気に入っている。……さあ、今日のところは帰るとしよう」
「は、はい!」
指輪をはめた右手を握りしめ、隊長に続く。
宝石の街の夜は長いが、私たちにはやるべきことがある。明日から忙しくなるだろう。
<アインクラッド解放軍>の軍人として新たな敵、EDへの対応策を練らなければならない。
今だ高鳴る鼓動を感じながら、私は転移門をくぐったのだった。