こちら、アインクラッド解放軍第104小隊   作:ハイランド

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21<オレンジ>イービルデッド 前編

 2024年6月 第24層 主街区<ブリアンシー> 正面ゲート

 

「うわははははっ!」

 げらげらと遠慮のない笑い声が響く。

 声の主は104小隊で私と同じく中衛を務める、フラッシュ伍長である。

 彼の哄笑の源になっているのは、今や顔を真っ赤に染め爆発寸前といった様子のストーン軍曹。

「ちょ、ちょっと伍長。そんなに笑ってたら……」

 軍曹の堪忍袋の緒が切れる前になんとかしなければならない。

 そう思った私は伍長の笑いを抑えようと声をかけたのだが……一足遅かったらしい。

 私を押しのけ、軍曹が前に踏み出した。

「だっ、だってよー副長!おっさんにそのこん棒ってハマり過ぎだろ!なんつーかもうドラクエのボストロー……へぶしっ!」

 腹を抱えて笑っていた伍長の後頭部に、軍曹の持つ鬼のこん棒<オウガゴールドスティック>が炸裂した。

 名前に反して、それは金色ではなく表面がざらついた鉄の塊のような外見をしている。

 ちょうど野球のバットを2/3ほど短く、3倍ほど太くした棒に、鋭利な刺が無数に生えているのだ。

 まだぎりぎり<圏内>でダメージが無いとはいえ、それで思い切りぶん殴られたシーンは見ているだけでも痛い。

「……ふん」

 軍曹はこん棒を背負い直すと、昏倒する伍長を置き去りにして街の外に歩き出した。

 5歩ほど歩いた時、倒れていた伍長ががばと起き上がる。

「ってーな、おっさん!そんなので殴られたらフツー死ぬよ!?」

「安心しろ伍長、まだ<圏内>だ。もっともお前は、殺しても死なないゴキブリのような男だがな。……副長、ありがとうございます。この手応え、いい武器です」

 わめきたてる伍長を尻目に、軍曹は足を止め私に頭を下げた。

 呆気にとられていた私は慌てて手を振る。

「い、いえ。たまたま手に入れたものですから。軍曹に喜んでもらえてなによりです」

「誰がゴキブリだよ!人を試し切りに使わないでくれる!?」

「黙れ害虫」

「うぐ……っ」

 鬼も射殺せそうな視線で射抜く軍曹。

 自業自得とはいえ冷淡な態度を取られることに嫌気が差したのか、ため息を吐きつつ今度は私に視線を向けてくる伍長。

 その表情には不満がありありと見て取れる。

「はぁ……。つーかよー、副長。なんで軍曹にだけプレゼントがあるの?オレには?」

「で、ですからそのメイスはたまたま拾ったんです。もしカタナを拾ってたら、伍長にあげてましたよ」

 

 つい先日、伍長は念願かなってエクストラスキル<カタナ>の習得に成功していた。

 鍛冶や裁縫スキルを得意とするプレイヤーの集まる兵站部に連日通いつめ、素材であるインゴットを納入し引き換えに完成品のカタナを受け取る。

 パラメータや外見、名称にまでこだわり気に入らない点があれば即座に素材に分解し、さらに作りなおしを依頼する。

 ふだんなにかと仕事を大雑把にこなす伍長のその姿は、私を含めた104小隊の皆を呆れさせたものだ。その熱意をもっと他に向けろよ、と。

 加えて言うなら、兵站部に所属する同期の曹長にも小言を言われてしまった。曰く『あんたのところのあのバカが毎日押しかけてくるから、生産計画が狂うんだけど。駄犬の手綱くらいしっかり持っておきなさいよ』ーー。

 ため息まじりに聞かされたその言葉が、彼女の性格をそのまま表しているだろう。私と同い年でありながら、仮にも年上の男性を『あのバカ』『駄犬』呼ばわり。

 彼女の歯に衣着せぬもの言いは、私にとって聞いていてなかなかに気持ちのいいものである。……その矛先が自分に向けられるのでなければ。

 適当なところで妥協させろという彼女に、自分のこだわりは絶対に譲りたくないと主張する伍長。

 両者の板挟みになった私だが、最終的には伍長を説得することに成功した。『コレ以上わがまま言ってたら、イルに頼んでご飯抜きにしちゃいますよ?』と告げたのは、説得というか脅しに近いような気もするけど。

 とにかくそういう経緯もあり、今の伍長は自身の装備品であるカタナに満足していない。

 自分を差し置いて、私が軍曹に強い武器をプレゼントしたことが気に入らないのだろう。

 

「どーだかなー。だいたい副長は普段から軍曹にはオレ相手の時より気を遣ってるというか、頼ってるというか。……え、なに。もしかしておっさんのこと好きなの?」

「どうしてそんな発想になりますか……」

 だんだん頭が痛くなってきた。

 確かに私は小隊の異性メンバーの中では軍曹とよく話すし、尊敬しているところも多い。

 好きか嫌いかでいえば、間違いなく好きな人である。でもそれは異性としての好きではなく家族愛的な……そう、先ほどのイルとの会話でも出たように『お父さんとして』慕っているのだ。

 もし異性として好きな男性を挙げろ、といわれたとしてもそんな人は……。

「……まあ、副長はハイド、だっけか。あの『先生』さんに惚れてるんだし、それはないか」

 予想外の人物名を出され、私はぽかんと口を開けて固まってしまった。

「……はい?」

「だって弁当作ってやってるんだろ?スキルスロット削ってまで」

 さも当然といわんばかりの顔で告げる伍長に、私はとっさに反論が出来なかった。

 ーー私が先生を好き?

 確かに私は先生のことを頼りにしているし、尊敬もしている。それこそ、軍曹以上かもしれない。

 しかしそれとこれとは別というか。先生に対する『好き』と軍曹や父に対する『好き』は同じもののはずで。

 でも、この前の件で制御不能な勢いで吹き出した、あの感情はどうなんだろう。

 めらめらと燃える、胸を焦がすかのようなあの苦い気持ち。

 ーーやきもち。嫉妬。

 そんな言葉が胸に浮かんだ。あの夜も私はそんなことを口走った。意識して言ったのではなく思わず口をついて出るといった感じだったのだけれど。

 ……いや、それ以前に。

「ちょっと待って下さい。……なんで伍長がその、『お弁当』のことを知ってるんですか」

 あのことを知っているのは、当事者である私とイル、それに先ほど聞かれてしまった隊長だけのはず。

 イルが伍長やクロ君に話すはずがないし、だからこそ最近は伍長のからかいの対象がクロ君に向けられていたわけで。

 ちらりとイルを見ると、ないない、といった感じで首を振るイル。やはり伍長の情報源は彼女ではないらしい。

「ん、さっき副長たちを呼びに行こうと思って士官食堂に行ったんだけど、その時に」

「あ、あれを見てたんですか!?」

 かっ、と顔が熱くなる。ただでさえ人目につく食堂内で醜態をさらしたというのに、それをよりにもよって伍長にも見られていたとは。

 しかしあの時伍長は私達を呼びに来たというけど、士官食堂から出るときに彼はいなかったはずだ。

 集合時間ギリギリで執務室に私達が戻ったときもすでに伍長は部屋にいて、とくに怪しい素振りも見せなかったのに。

 私の疑念を察したのか先程までの表情とは一変、ニヤニヤした笑い顔をつくる伍長。

「いやぁ、まあねぇ。入り口まで行ったらなんか面白いショーが始まってたから、影からこっそりと。あの慌てようはここ最近見た中では一番だったなぁ」

「く……っ」

 思わず顔を逸らすも、ささっと動いて私の顔を覗きこんでくる伍長。

 彼は新しいおもちゃを見つけたとばかりに嬉しそうな声で言う。

「ん?なになに、恥ずかしがらなくてもいいじゃないの。恋の悩みなら、お兄さん相談に乗るよー?」

「……」

 無言で再び背を向ける私。

 経験上、伍長がこのような態度の時に下手に反応すると墓穴を掘ることになるのは分かっている。

 からかわれるクロ君を見ていたときには微笑ましかったが、自分がされると無性に腹立たしい。構われなくなって寂しいなどと、いっときでも考えていた自分が馬鹿らしく思える。

 伍長の嗜虐的な笑みはどこかあのカレンに通じるものがあり、もはや完全にプレゼントのことなど忘れているようだ。

 回りこむ伍長と、その都度体ごと向きを逸らす私。これを何度か繰り返す。

「ほらほらキサラちゃん、お兄さんに言ってみって。ぜえったい、バカにしないからさー」

 

 ……よし、殴ろう。

 先ほどの軍曹ではないが、そろそろ堪忍袋の緒が切れそうだ。

 ちょろちょろと私の周りを動き回る伍長の姿は、なるほどあの虫に似ていると言えなくもない。

 ちょうど最近、新しく覚えた体術スキルがある。飛び膝蹴りを相手のみぞおちに叩きこむ技で、名を<台所流し>という。

 技名とあの虫の主要出現スポットが同じなのは、たぶん偶然だろう。この距離なら絶対に外すことはない。

「……伍長、ちょっと」

「おお?なんだ副長、ついにお認めに……ぶっ!」

 『歯を食いしばって下さい』。そう言い終える前に、どこからか飛んできた回復ポーションの小瓶が伍長の顔面にヒットする。

 どうやら私の後ろにいたイルが、正確無比なコントロールで投擲したらしい。

「ぐおお……っ」

「……サイッテー」

 絶対零度の声音でイルが呟き、私の手を取る。

 彼女に引っ張られるまま、顔をおさえて苦悶の声を上げる伍長の横をすり抜け、街の外へ。

「イル」

「さかりのついた犬じゃあるまいし。……だめですよ、キサラさん。ああいう時は厳しく『躾け』ないと」

「あはは……」

 同期の曹長よりもさらに年下、一回りも違う女の子にすら犬と蔑まれる伍長。

 彼の尊厳の泥まみれっぷりに少し同情したが、それも自業自得だろうと思い直した。

 そういえば、伍長と先生は年が近いように思える。同じく20代後半なのだろうに、この差はなんなのだろうか。

「……」

「キサラさん?」

 不意に脳裏に浮かんだ先生の顔に、思わず足を止める。

 怪訝そうにイルが振り返るが、私は笑顔で首を横にふった。

「……ううん、なんでもない。イル、ありがと」

 とりあえず今は、さっきの疑問は棚上げしておくことにしよう。これから夜まで、フィールドでの軍務が待っているのだ。

 イルの手を握り返すと、私は歩き出した。

 

 私達が今いるのは、城塞都市<ブリアンシー>。

 城塞都市とは言っても第55層<グランザム>のように鋼鉄で造られた街ではなく、街全体が巨大な緑柱石で出来た塔の内外に配置されている。

 位置としては円盤状大地西端の高台上にあり、夕暮れの時刻に街を外から眺めると夕日を反射する街それ自体が一個の宝石のように見える。

 また外壁には無数の宝石類がちりばめられ(残念ながら全て破壊不能オブジェクトではあるが)、その美しさから別名<煌めきの都>とも呼ばれていた。

 ロマンチックなこの街は当然のように、第47層<フローリア>と同じくデートスポットとして人気の場所だ。

「……リア充爆発しろ、ちくしょう」

 フィールドに出た途端、伍長が毒づいた。

 すでに先ほどの一件からは立ち直っているようだが、その顔は苦虫を噛み潰したかのようにしかめられている。

「なにを言ってるんだ、お前は」

 軍曹が肩をすくめて呆れた声を出す。

 私やイルもわけが分からず首を傾げた。

「だってよ、軍曹。街なか見ました?右を見ても左を見てもカップルだらけ。こっちは仕事で来てるってのに、のんきなもんだぜ」

 ブリアンシーはその夜景が極上ということもあり、夕方前のこの時間はそれ目当てのカップルがどっと押し寄せる。

 彼らは街の展望台で沈む夕日を眺めるものもあれば、街からあまり離れていないフィールドで光輝く街を眺めるものもいる。

 エメラルドの尖塔を透かしてみる夕日は息を呑むほど美しいという話だ。

 そのせいもあってか、円盤大地の西側はほとんどマッピングが完成している。反対に、東側はほとんど手付かずのままだ。

 上層への迷宮区も大地のほぼ中央に位置しているので、攻略組を含めて立ち入るプレイヤーが少ないのだ。

 今回の私達104小隊は、この人が集まりながらも不人気であるという矛盾した状態にある、第24層東方面の探索が任務というわけである。

「……たしかに。<ラーベルグ>の時も思ったけど、こんな人が来ないような所をマッピングしても意味があるのかな?」

 クロ君が伍長に同調する。

 彼はあの層で出会ったギン君のことを思い出しているのだろう、やや苦い顔をしていた。

「そうそう。だいたいこの層に来るような連中はあいつらみたいな、浮ついたバカップルだけだって。こんな辺境のマップなんて作っても売れるわけないぜ」

「あはは……」

 ある種のひがみ、なのだろうか。

 やけに伍長のことばは刺っぽい。でも、それを言うなら……。

「だったら伍長も、恋人つくって連れてくればいいじゃないですか。そういうひねくれた言い方って、男らしくないですよ」

 イルが辛辣な声で言う。私も同意見だ。どうせカップルの人たちを悪く言っても、自分に幸せが転がり込んでくるわけではないのだからその分のエネルギーをもっと有意義に使うべきではないかと思う。

「今のSAOの男女比を知らねーわけでもないだろうに。ガキとはいえ、選べる立場の人間にはオレたち持たざるものの気持ちなんぞわかんねーよ」

「だれがガキですって、だれが!」

「ほれ、そうやってすぐムキになるところだよ」

「うー……」

 熱くなるイルをさらりとかわす伍長。からかわれた時の反応はイルもクロ君もほとんど同じだ。似たもの同士というか……クロ君ももっと素直になれば上手くいくと思うんだけど。

「だ、だいたい男の方が多いって言ったって、その中で恋愛対象になるような素敵な人なんてそうそういないんだから!女子のことを選べる立場とか言いますけど、こっちだって選択肢が少なくてがっかりしてるんですからね!」

 負け惜しみとばかりに放たれたイルの言葉に、クロ君がしょぼんと肩を落とす。

 ああ、落ち込まないで。……きっといつかは振り向いてくれる、はずだから。

 

 いつものようにぎゃあぎゃあと騒ぎ始めた私達を黙らせたのは、やはりいつものように隊長だった。

「……たとえどのような人間がこの層に来ようが、マッピングデータが使われなかろうが、私達の仕事は変わらない。我々解放軍の任務は安全な生活圏の構築だ。こうして見回ることで救える人間の命があるかもしれないし、未踏破エリアに<オレンジ>どもの穴ぐらがあるかもしれない」

 先頭をゆく隊長が口を開くと、イル達も口喧嘩をやめて前方を注視した。

 隊長は特に大きな声を出しているわけではないのだが、こうして彼が話し始めると皆が大人しくなる。

「地味な仕事だが、誰かがやらなければならない。中尉には以前話したが、警察もGMもないこの世界でそれを成せるのは我々しかいない。……わかるな」

 練兵場での件を言っているのだろう。あの時隊長は、攻略組のことを身勝手なエゴイストだと断じた。

 自らの強化にかまけて下層の弱小プレイヤー、たとえばあの教会のサーシャ先生やギン君たちのようなーーをないがしろにしていると。

 理念、実力、規模……そのどれが欠けても下層での治安維持など出来はしない。今はまだ街なかにさえいれば安全だが、それにしたって絶対というわけでもない。

 以前に流行った<圏内>での<睡眠PK>を筆頭に、数々の裏技的手法を編み出した<オレンジ>や<レッド>プレイヤーはまた新たな手口を巷間に広めるかもしれない。

 あるいはこのSAOのたった1人のGMであり、世界の創造主でもある茅場晶彦がほんの気まぐれでシステムを変更してしまえば、<圏内>にモンスターや<オレンジ>が侵入することも可能になるのだ。

「オレも隊長みたく割り切れればいいですけどねぇ。ああいう連中を見ちまうとどうにも」

「ははは、私も全く我欲を捨てられたわけではないよ。お前ならできるさ、伍長。そうでなければ、この隊にスカウトしていない」

 頭をかきながらぼやく伍長の肩をぽんと叩き、はげます隊長。

 いつもながら不思議に思うのだけど、この性格的に正反対な2人がどのように知り合い、信頼を築いていったのだろうか。

「そう言ってくれるとありがたいっすね。隊長と会えてなかったらオレも今ごろは……」

「ちょっと待って!」

 しみじみと言った伍長の言葉を遮り、クロ君が叫んだ。

 いかにも切羽詰まった雰囲気は、彼の話が緊急のものであることを告げていた。

「どうした?シュバルツ」

「隊長、<索敵>に感あり。3時の方向、数は5。色は……」

 方向を指し示し、そこで大きく息を吸う。

「<グリーン>が2と……<オレンジ>が3、だ……」

 全員に緊張がはしる。<オレンジ>がいるだけでも大変なことだが、それに加えて<グリーン>も。しかもその比率ということは。

「襲われている……?」

 誰ともなくつぶやかれたその言葉に私達は即座に反応し、クロ君の示した方角に向けて走りだした。

 

「あれか!?」

 軍曹の掲げた右手の先に、5人のプレイヤーがいた。

 クロ君が間違いない、と肯定しスピードにまかせて先行する。その後に私、伍長、隊長、軍曹が続く。イルはスピード型ではあるが戦闘はからきしなのでしんがりを務める格好だ。

 <圏外>での<オレンジ>と<グリーン>の接近。それが意味するのは多くの場合、たった1つだ。狩る側と狩られる側。

 まれに<オレンジ>ギルドに属する潜入係の<グリーン>プレイヤーが連絡のために仲間と会うことはあるが、それはあくまでも秘密裏に行われる。

 彼らのアジトである洞窟の奥とか、ダンジョンの中とか。少なくとも、過疎エリアとはいえこんな人の往来が予想されるフィールドで見かける光景ではない。

 狩る側、<オレンジ>プレイヤーは全員が男性。190センチをゆうに超えた鈍重そうな大男に、それぞれ短剣と鞭を備えた小柄な、あるいは標準的な体型の男性が2人。

 彼らは男女ペアの<グリーン>プレイヤーを襲撃していた。男性は女性を逃そうと必死に防戦を繰り広げているが、多勢に無勢ですでに彼のHPバーは危険域であるイエローゾーンまで突入している。

「シュバルツ、あまり深入りするな!注意を引きつけたらこちらに戻ってこい。中尉と軍曹、伍長はあの大男を狙え!私は小さい方2人を引き受ける。イルカは<グリーン>の回復に当たれ。くれぐれも無茶はするなよ!」

 矢継ぎ早に飛ばされる隊長の指示に、私達はそれぞれの言葉で応じる。

 隊長はおそらく、あの大男が敵のリーダーだと読んだのだろう。SAOでは初対面のプレイヤーのレベルが表示されないため、相手の強さは装備品などから推測するしかない。

 敵に合わせてこちらも戦力を割るとしたら、手強そうな大男には3倍の人数であたったほうが安全だ。

 隊長は当然ながら小隊で一番レベルが高く、またタンク型のスキルビルドであるので耐久力も高い。隊長が耐えている間にリーダーを撃破、敗走させ応援に回らなければならない。

「おおおおおおりゃあっ!」

 裂帛の気合とともにクロ君がソードスキルを放つ。

 獲物を追うのに夢中だったらしい鞭男はすんでのところで気づくと、バックステップでそれを回避した。

 舌打ちし、ポーチから回復用のハイ・ポーションを取り出して男性プレイヤーに放るクロ君。

 男性プレイヤーは突然の闖入者に目を白黒させていたが、渡されたアイテムが回復薬だと知ると慌ててフタを開けて飲み干した。

「こっちだ!」

 男女2人に合図する伍長。頷いた彼らはこちらに一目散に駆けてくる。

 私は彼らとすれ違い、構えた剣で牽制を続けるクロ君の横に並んだ。

「クロ君、下がって!」

 頷き、じりじりと後退するクロ君。彼はこれから後方でイルと男女プレイヤーの護衛役に回ることになる。

 入れ違いで登場した伍長と一瞬目線を合わせ、前衛2人の到着を待つ。

 

「……これはこれは」

 目の前に対峙する大男がため息まじりに言う。

「なんなのです、あなたがたは。ワタクシたちの神聖な儀式を邪魔しようなどとは、無粋な……」

「我々は<アインクラッド解放軍>所属、第104小隊だ!お前たち、あの2人の<グリーン>プレイヤーを襲撃していたな!?武装を解除し黒鉄宮まで同行願おう!」

 相手の言葉を遮り、投降勧告を行う。軍では<オレンジ>やその疑いがある不審者に接するとき、なめられないようにと高圧的な口調で話すよう指導される。

 あまり好きな言葉遣いではないので、4月の先生との再会時以来の使用である。

 そんな私の心境を見透かしたわけではないのだろうが、相手の大男は腹を揺すって嗤う。

「<アインクラッド解放軍>?ほほほ、知りませんねェ。ご大層な名前ですが、そんな組織があったのですか」

「エビっさん、こいつらアレだ。ほら……元MTDの大規模ギルドの」

 大男の傍らに立つ短剣使いの小男が耳打ちした。ぎょろりとした目と曲がった背中は男の印象を更に小さく見せ、どこか爬虫類じみた不気味さがある。

「ああ、あの下層で勢力拡大を図ってる一団ね。ホントに軍なのねぇ……おそろいの制服まで着ちゃって、カワイイ」

 大男を挟んで反対側に立つ鞭男が唇を舐めながら応える。こちらはスリムな見た目に反し、なんと女性口調だ。容姿も装備品も完全に男性のものなので、違和感が半端ではない。

「……デブにトカゲにオカマかよ。濃すぎるだろコイツら……」

 私の隣に立つ伍長が小声でつぶやく。カタナは鞘に納めたままだが、いつでも抜けるよう油断なく構えている。

 私も今回は最初から槍を構え、臨戦態勢だ。なにせ相手は犯罪者である<オレンジ>。先生の時のような<圏内>でもないので少しも気が抜けない。

「無事か」

 折よく隊長と軍曹が到着する。2人は私と伍長の前に陣取ると、それぞれの獲物ーー剣とこん棒を手にした。

 剣を突きつけ、言う。

「私は<アインクラッド解放軍>第104小隊隊長、ウィンスレー大尉だ。こちらの用件は彼女から聞いたな?」

「あらぁ。こちらのお兄さん、いい男じゃないの。ねえイービル、アタシもらっちゃってもイイ?」

「おっ、ラフィー。今回は『そっち』目当てかい。そんならオレはこっちの黒髪をいただいちゃおうかなあ」

「ふむ、失礼ですよ。ラフィー、グレゴール。せっかく軍人さんが名乗られていると言うのに……」

 ぎらりと光る白刃を目の前にしても、敵の態度は変わらない。

 隊長の威嚇をまるで無視し、下卑た笑いを浮かべている。

 伍長曰く『トカゲ男』、グレゴールと呼ばれた小柄な男性は私を見て舌なめずりをしていた。その姿に、生理的な嫌悪感を抱いてしまう。

「……どうやら、話して分かる相手ではなさそうだ」

 言うやいなや、隊長は踏み込んで強烈な突きを鞭男、ラフィーに放った。

 躊躇なく顔面を狙ったそれが、ラフィーの口腔を貫通するーーと思われた刹那、リーダーの大男が振るった巨大なハンマーによって軌道を逸らされてしまう。

「あ、あぶないじゃないの!?なんなのもう、せっかちな方ね!せっかくアタシが『別の剣』で遊んであげようっていうのに」

 軽口に乗らず、そのまま剣を上段から振り下ろす隊長。ラフィーは大きく後方に跳躍し、距離を取る。

「かかれッ!」

 私達に指示しながら、ラフィーめがけて連続斬りを繰り出す隊長。言葉による投降勧告はもう終わりだ、とその背中が告げていた。

 

「はいっ!」

 私も槍を振りかざし、リーダーの大男に突撃する。

 相手は<オレンジ>だ。たとえダメージが発生する<圏外>で攻撃しても、こちらに犯罪者フラグが立つことはない。

 しかし腹部を狙った穂先は、またも大男の持つ両手槌の柄で防がれる。

「……やれやれ。軍人というのは、いつの時代も頭に血が上りやすくていけませんねぇ。グレゴール、あなたはラフィーの援護に回りなさい。あの男、手強そうだ」

「ちっ……。エビっさん、ちゃんとその女は生かしといてくださいよ。……今夜は協力プレイといきましょうや」

 グレゴールはねばつくような視線を私に一瞬走らせた後、隊長と対峙するラフィーの手助けに向かった。

 ここまでは隊長の思惑通り。あとは私達がこのリーダーの大男を速やかに無力化するだけだ。

 3対1。同レベル帯ならまず勝てない戦力差であるにも関わらず、大男は余裕の表情を崩さない。

「ご挨拶が遅れましたね。ワタクシはイービルデッドと申します。システム的には少々略して<Evil.D>と登録されておりますので、あの2人のようにいかようにもお呼びください」

「……そんなハンパに略すくらいなら、前も省略して<E.D.>でいいんじゃねえの。なんならオレがパイプカットしてやんよ」

 伍長が応じながら、ジリジリと間合いを詰める。その顔には不敵な笑みが浮かんでいた。

「ほほほ、軍人さんにもなかなかジョークの出来る方がいらっしゃるようだ。……よろしい、では『不能』ではないことを証明して差しあげましょう。あなた方を成敗した後、残った3人のお嬢さんたちでね」

「ED?……不能?」

 何かの隠語だろうか。意味がわからず私だけが当惑した表情をしていると。

「……副長、今は知らなくともよい言葉です」

 何故か軍曹が苦みばしった顔で額を押さえていた。どうやらこの場の男性3人の間では通じる隠語らしい。

「そ、そうですか」

 気を取り直して、槍を構える。

 敵である大男、EDが手にするのは竜の頭を象った打撃部を持つ大ハンマー、両手槌だ。精緻な細工からしても、相当の高レベル品だろう。

 両手槌は剣や槍のようなオーソドックスな武器ではなく、目にする機会は少ない。見るからに重そうで、パワー重視の武器なのだろうけど……。

 ちなみに身体にまとっているのは鎧ではなく、法衣のようなデザインの鎖かたびら。武器との組み合わせは一見アンバランスにも感じる。

「では、参りましょうか。……<僧正>イービルデッド、不肖ながら御相手させていただきます」

 ビショップと名乗ったEDは、その申告にふさわしい坊主頭をひとなですると両手槌を振り上げた。

 

 今後何度か剣を交えることになる、<オレンジ>プレイヤーとの初対決の瞬間だった。

 


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