こちら、アインクラッド解放軍第104小隊   作:ハイランド

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18空のランプ 4

「それではキサラ、行きますよ」

 

「はい、先生」

 

 僕たちは、再び鬼の待つ館へと足を運んでいた。すでに時刻は午後4時を回り、太陽もやや傾いでいる。おそらくこれが最後のチャンスだろう。

 

「でも、鬼はまた現れるんでしょうか?倒してからまだ半日も経っていませんけど」

 

「確かに、普通のネームドモンスターならリポップまで24時間以上かかったり、そもそも再出現したりしないものですが……。僕が思うに、イベントの難易度のためにまた出る可能性は十分にあります」

 

 なにせ鬼の名前は<the guardian>。人の寿命を司るロウソクの守護者、という意味で付けられたのならそれも納得だ。

 

 

 

 ここには、僕とキサラしかいない。当初あれだけ同行を希望していたゼルは僕たちとの戦いで『満腹』になったらしく、食休みと称して温泉に入りに行ってしまった。曰わく『中佐とはいってもオレは不良軍人だからな。その時の気分で動くんだ』だとか。

 

 別れの際、カレンは僕に『ハイドのおかげで楽しいオモチャ……もとい、可愛い妹分が出来たよ。ありがとう』と言ってきてくれた。

 

『ええ、仲良くしてあげて下さい。僕の大事な教え子ですので』

 

『……あんたのその様子だと、しばらくはアレで遊べそうだな』

 

『えーと、それってどういう』

 

『さあ、な』

 

 例のごとく毒花のような笑みを浮かべたカレンに問いかけたが、彼女はゼルを追ってさっさと温泉に入っていった。まさか追いかけるわけにもいくまい。

 

 アイリはというと、キサラの手を自らの両手で握りしめなにやら激励の言葉を贈っていた。『長期戦になると思いますが』だの『頑張って下さいね』だの。

 

 応えるキサラは『は、はあ……』とやや腰の引けた感じだ。今から向かうクエストの応援だろうか。

 

 

 彼らの協力をわずかばかりとはいえ期待していた僕としては残念だが、相棒である彼女は何故だか上機嫌だ。

 

 

「キサラ、確認しておきますが回復アイテムは万全ですね?」

 

「はい。ポーチの中はいっぱいですし、ストレージにも。いざとなれば共有タブに予備がありますから、先生も使えますよ」

 

 共有タブ、というのはその名前のとおり2人のプレイヤーがアイテムを分け合って使うための格納場所である。

 アイテムを納められるのは大きく分けて4種類。すぐに取り出して使える『ポーチ』と、使用に少し手間はかかるが大容量の『ストレージ』。そしてストレージ内に含まれる、ギルド間あるいは個人間での『共有タブ』。それとは別に宿やプレイヤーホームの『倉庫』もあるが、これは当然ながら戦闘中は使えない。

 

 僕とキサラは同じギルド所属ではないためギルドタブは使えないが、このところ一緒に冒険する機会が多い。利便性と、念のためということで個人間の共有タブを設けたのだ。ここには各種回復アイテムのほか、高価な転移結晶も非常用として2個だけ入っている。

 

「よし、それでは行きましょう。役割分担はいつも通りです」

 

「了解しました!」

 

 くだけた敬礼で応えるキサラ。昨日から、正確には昨夜からずっと悪かった機嫌もようやく全快といったところだろうか。槍をストレージに収め、僕の後ろにつく。

 

 頷いた僕が扉を押し開けると、昨日と同じく暗い室内で無数のロウソクが灯火を揺らしていた。

 

 彼女にはああ言ったが、僕としても当然鬼のリポップを期待しているわけではない。この部屋にある、千をかるく超える数のロウソクから、セッタ君の名前が記されたものを見つけるのには人手は多ければ多い方がいい。

 もし鬼が出現しなければ僕も捜索に回れるわけで、そういった意味でもゼルたちには来てほしかったと思う。

 

「来たか……」

 

 しかし残念なことに、嘆息する僕たちの目前で光が集まりワイヤーフレームが巨人の骨格を形成し始めた。間もなくポリゴンが貼り付けられていき……。

 

「出来るだけ早く見つけます。それまでお願いします、先生!」

 

「頼みましたよ」

 

 完全に姿を表し、一歩を踏み出してくる<the guardian>。気のせいか、昨日より少し大きいような。

 

 キサラはその横をすり抜け、一番近くにあったロウソクの山に飛び込んだ。倒れているであろうセッタ君のロウソクを見つけて起こすのは彼女の役目だ。その間僕は、この鬼の注意を引き付けておかなければならない。

 

 昨日ヤツとは戦い、また倒してもいるがそれは彼女との連携プレーによるものが大きい。僕1人では倒せるにしてもその倍以上の時間がかかるだろう。故にキサラには少しでも早く見つけ出してもらって、僕の援護あるいは2人で脱出を図る作戦だ。

 

「さあ、来い。こっちはお前なんかより、よっぽど手ごわい男を相手にしてきたんだ」

 

 剣を構え、さっそくソードスキルを発動させようとしたその時。

 

「……なにこれっ?」

 

 素っ頓狂なキサラの声が聞こえた。見れば、ロウソクの1本を手に取り首を傾げている。

 

「どうしたんですか、キサラ!?」

 

「先生、これ!」

 

 鬼を挟む形で向かい合う僕たちは、あまり近くに寄ることができない。キサラが掲げた右手には、ぼんやりと光るロウソクが……。いや、違う。揺れる灯火は同じだが、あれは。

 

「……ランプ?」

 

 儚い火をおおうガラスシェードには、<Joel>と人名が書かれていた。

 

 

 

 ーーどういうことだ?

 

 戦端が開かれてからすでに30分が経っている。戸惑うキサラには、ともかくセッタ君の『ランプ』を探すように命じ、僕は鬼との戦闘を防御主体で続けていた。当初は可能なら僕だけでも倒すつもりだったのだが、やはり最初に感じたサイズの拡大と同じく、能力値も若干強化されていたようだ。

 じりじりとHPを削られ、ポーチ内のアイテム残量も心許ない。ストレージさえ開ければ補充は可能だが、そんな隙を敵が見逃してくれるはずもない。今はただ、彼女が当たりを見つけるのを一日千秋の思いで待つだけだ。

 

「それにしても……ランプ?」

 

 祖父から聞かされた昔話では、確かにロウソクだったはずだ。ローカル毎の細かな差異なのかもしれないが、違和感は拭えない。SAOお得意の、意地の悪いひっかけ問題の匂いがする。

 

「グオオオォッ!」

 

 鬼の棍棒攻撃を盾ではじき、かわし、剣で受け流す。えらく長く感じる時間がすぎた頃、待ちかねた声が響いた。

 

 

「あった!ありましたよ、先生!」

 

 嬉々としたキサラの声にそちらを見やると、彼女はピカピカの真新しいランプを手にしていた。シェードには『setta』の文字。きれいな外見とは裏腹に、その灯火は今にも消えそうなくらいに細々としている。

 

「ナイス!キサラ」

 

 僕が親指を立てるも、彼女は再びの困惑顔だ。

 

「でも……どうすれば!?」

 

 疑問はもっともだ。僕の話した昔話では病人のロウソクは倒れていて、それを起こすだけで良かった。だが実際にあったのは名前が入っていて、火が弱いところまでは一緒のものの見た目は小綺麗なランプ。例え役割が逆だったとしたら、僕も困惑していただろう。

 

 ーー考えろ、なにか見落としがあるはずだ。

 

「ぐるるる……ッ」

 

「お、おい?」

 

 そう頭に浮かべたとき、不意に鬼の攻撃が止んだ。ヤツはくるりと180度方向転換し、キサラ目掛けて歩き出した。彼女が今手にしているのは……。

 

「しまった!アレがフラグなのか!?」

 

 僕は昨日の対決時、この鬼の攻撃

パターンが単調だと感じた。あの時はHPバーがイエローゾーンを割ればパターンが変わると予測したが、結果的には外れだった。しかし、この鬼の本来の役目からすると恐らくは正解のランプを手にしたときに、行動変化あるいは強化フラグが立つのではないだろうか。

 

 とすれば、これからヤツが優先的に狙うのはランプを持ったキサラと言うことになる。彼女は軽量化のために武器をストレージに納めており、また片手が塞がっているためどちらにせよ槍は使えない。

 

「キサラ!いったんランプを置いて下さい、離脱して策を練り直すんです!」

 

「だめ、先生!この鬼、ランプを狙ってます!」

 

 僕の指示に、キサラは首を横に振った。彼女の立ち位置からは、鬼の視線がどこに向かっているのかが分かるのだろう。ヤツの狙いはランプを見つけたプレイヤーではなく、ランプそのものという事か。

 

 クエストを成功させるためには、鬼の追撃をかわしつつランプの灯火を燃え上がる方法を考えなければならない。

 

 クエストを発見し、解決策を求めてフロア中を駆けずり回る。いくつか候補は見つかるものの全て外れ。『桃太郎』や『かぐや姫』のような誰しもが知っているわけではないマイナーな昔話から解決の糸口を見つけるが、そこにも落とし穴が配してある。

 

 まったくこのSAOのデザイナーというやつは、へそ曲がりの唐変木だ。以前の大蛇の時に続けてそう思う。

 

 とにかく、どうするかを考えなければ。ランプの火が弱い……ということはどこかが壊れている?それとも部屋内に安置すべき場所があるとか。

 

 しかしセッタ君のランプはみる限り新品同様だし、辺りを見渡したところであるのは無数のランプだけ。置けばエネルギーが補充され、灯りを増すような台座など……。

 

 そこまで考えたとき、1つの閃きが走った。エネルギー。燃料切れ。

 

「灯油が必要なのか……?」

 

 途端、思考が停止してしまった。そのようなアイテムは僕のポーチはおろか、2人のストレージ内にも入っていないはずだ。前回と違い、村の道具屋にもそれらしい品はなかった。また、繰り返すがこの部屋内にあるのは無数のロウソクのみ。床の地割れから石油が湧き出しているような所もない。

 

「打つ手なしかよ……!」

 

 悔しさに、思わず舌打ちしてしまう。とりあえず今は、必死にランプを守りつつ鬼の攻撃をかわしているキサラの救援に向かわなければならない。走り出しながら、消耗した回復アイテムをストレージからポーチに移そうとメニューを開き……。

 

 

「ん?」

 

 その指が、1つの項目の前で止まった。イベントアイテム<生命の雫>。

 

 これもこの階層で手に入れた、セッタ君がらみの品だ。説明文には『非力なる者の生命力を高めさせる』とある。昨日はこれをそのままセッタ君に飲ませたのだが、やや顔色が良くなったように見えただけで完治には程遠い結果となっていた。使用後もなぜか無くならかったので、とりあえずストレージに放り込んでおいたのだ。もしこれが直接飲ませるためのアイテムではなく、このランプに注入するものだとしたら。

 

 とはいえ、悠長にストレージから取り出したものをキサラに手渡すことなど出来ない。彼女はうまく立ち回り回避を続けているのだ。

 

「それなら……」

 

 僕はストレージの固有タブから<生命の雫>をドラッグ、<kisara>と記された共有タブに移動した。同時にポーチへも回復アイテムを補充する。

 

「キサラ、スイッチ!」

 

 僕の声に反応した彼女はランプを抱えたまま体術スキル<弦月>を発動、鬼のアゴに強烈なサマーソルトキックを叩き込んだ。ノックバックし、怯む鬼。

 

「お願いします!」

 

 両者の間に割って入った僕はすかさず<シャープネイル>を食らわせた。3発ともきれいに決まり、鬼のヘイト値を稼ぐ。

 

「キサラ、そのランプは燃料切れだと思われます。きみとの共有タブに燃料を、<生命の雫>を入れておいたので、補充してみてください!」

 

「はい、先生!」

 

 すれ違いざまに指示を飛ばし、鬼へと向き直る。キサラは返事をすると一気に後方に退いた。ヘイト値の累積とランプを狙う設定、どちらが優先されているかは分からない。しかし僕は何としてでも踏みとどまり、彼女の『補充』を成功させなければならない。

 

 はたして怯みから回復した鬼は、怒りに燃えた目でこちらを見据えてきた。

 

「そう、お前の相手はこっちだ。……あの子には、指一本触れさせない」

 

 だめ押しとばかりにスキル<威嚇>を発動、さらにヘイト値を稼ぐ。振るわれた棍棒を盾で受け止め、反撃を……。

 

「ぐっ!?」

 

 一撃が先ほどより重い。踏みとどまるつもりだった僕は数メートル押し出されてしまった。ランプのフラグによって、隠していた力を解放しているのかもしれない。キサラは攻撃を全回避していたので、見ているぶんには気づかなかった。

 

 やはりあの子の戦闘センス、ポテンシャルはなかなかのものだ。だが、僕も弱音を吐いてもいられない。

 

「……ただでさえ今回は、カッコ悪いところばかり見られてるんだしな」

 

 名誉挽回のチャンスとして、この場は頑張らせてもらうとしよう。

 

 開いた距離を詰めるべく、僕は<レイジスパイク>を起動した。

 

 

 経過した時間は、3分にも満たなかっただろう。何合目かの打ち合いを始めようとしていた僕の背後から、不意にまばゆい光が投射された。正面から光を受けた鬼は手で目を覆い後ずさっている。

 

「先生、できました!」

 

 光源とともに、キサラの声が近づいて来た。眩しさに耐えて振り向いたその先には、先ほどとは比べものにならないくらいの光量を発するランプと、それを手にした彼女がいた。

 

 

「先生の言うとおり、<生命の雫>を実体化してランプの給油口に注いでみたんです。そうしたら……」

 

 セッタ君のランプの灯火は、もはや灯油ランプのレベルを超えた勢いで燃え盛っていた。まるで手のひらサイズの太陽のようだ。

 

「これが、あの子本来の生命力なんですね。すごい、持っているこっちが溶けちゃいそう」

 

「本来というか、明らかにオーバースペックのような……。というかキサラ、熱くないのですか?」

 

「実は、少し。でも見た目ほどには……。あ、先生見て下さい」

 

 キサラが指し示した先には、棍棒を取り落としてうずくまる鬼の姿があった。どうやらこの光が苦手らしい。

 

「今なら簡単に倒せますね。……行きましょう、キサラ」

 

「なんだか弱い者いじめみたいで気が引けるんですけど……」

 

 それでも、放っておけば鬼はまたセッタ君のランプを狙うかもしれない。昔話通り逃げ出すのも手だが、僕はもうSAOデザイナーの人間性をまったく信じてはいなかった。

 

 

 

 膨大なポリゴン片が辺りに散乱していく。僕の剣によりとどめを刺された鬼の、なれの果てである。

 

「案外あっさり終わりましたね」

 

 鞘に剣を納めながら振り返ると、キサラは鬼本体がいた所から少し離れた場所を見つめていた。

 

「キサラ?」

 

「……先生。あれって」

 

 彼女の視線を追うと、そこには鬼の持っていた棍棒が消えずに残っていた。

 

 通常、ボスを含めたモンスターが倒された時にはその部位や装備品は一緒に消えるはずである。それがそのままということは。

 

「……ドロップアイテム扱いなのかもしれません。軽く触れてみましょう」

 

 近づき、そっとタップしてみる。その瞬間、棍棒はみるみる小さくなりプレイヤーが扱えそうなサイズにまで縮んだ。カテゴリーとしては片手棍、メイスだろうか。直後に紫色のウィンドウがポップアップし、<オウガゴールドスティック>を入手したとの旨が示される。直訳すれば『鬼に金棒』。……いい加減にしろデザイナー。

 

「先生、大丈夫ですか?」

 

 頭を押さえて唸る僕をキサラが気遣ってくれる。

 

「ああ、いえ。なんでもありません。……この武器はメイスのようですね。僕は使えないので、キサラが持って行きますか?」

 

 逡巡したのち、ぽんと手を打ち合わせるキサラ。

 

「……あ、それならうちの小隊でメイス使いがいますから、その人にあげるというのはどうでしょう」

 

「いい考えです」

 

 実際、使い道の無いままストレージの肥やしにするよりはマシだろう。モンスタードロップ品ということはそれなりに強力だろうし。

 

 僕は手に入れたばかりの金棒を共有タブに放り込んだ。

 

 

「……さて」

 

 改めて周囲を見渡す。昨日鬼を倒した時には薄暗く感じたこの部屋も、今はセッタ君のランプによって隅々まで照らされていた。なんだろう、この明るさは。あの弱々しい灯火はどこにいったのか。

 

「目的は達成しましたし、村に様子を見に行ってみましょう」

 

「そうですね。セッタ君が元気になっていればいいんですけど……」

 

 達成感はんぶん、不安はんぶんといった表情のキサラ。僕は彼女を励まそうと、少しおどけた調子で言った。

 

「大丈夫ですよ、あんなに煌々と燃えているんですから。元気になるどころか、手の着けられないやんちゃ坊主になっているかも?」

 

「あはは……。そんな、まさか」

 

 その、まさかだった。

 

 

 

「おっ、あんちゃん!オイラのために色々してくれたんだって?かーちゃんから聞いたぜ!サンキューなっ!」

 

 セッタ家に入って早々、そんな声に出迎えられた。目の前にいるのは、あの病弱で色白だった面影もない、日焼けした健康そのものの少年だった。一人称まで変わっている。

 

「……いや、誰だよ」

 

 一応、クエスト発注者である母親に話しかけてみる。聞けば僕たちがあのランプを光らせたのとほぼ同時刻に、息子の病が嘘のように完治したのだという。つまりは、あの方法がこのクエストの解決法だったということだ。キサラの心配は杞憂に終わり、無事成功である。

 

「セッタ君、良かったですね」

 

 彼女も笑顔でセッタ君に話しかけている。

 

「ねーちゃんもありがとな!まーオイラほどの大物になれば、そのうち自然に治ってたかもしれねーけどな」

 

「あはは……」

 

 なんなんだ、この小生意気なガキンチョは。僕たちが昨日から今日にかけて味わった苦労の連続を逐一教えてやりたい。とりあえず君付けはやめだ。

 

 しかし、SAOのNPCにそのようなことをしても無駄だろう。彼らはシステムに定められた行動と言動を取っているにすぎない。セッタのキャラクターがここまで変わったのも、制作者がそのように設定したためだ。

 

 こんな風に捉えてしまう僕には、隣で微笑む彼女の本当の心は理解出来ないのかもしれない。

 

 ……そのようなことを考えていたとき。

 

「にしてもなー。若い娘がこんな野暮ったいズボン履いてんじゃないよ。……せっかくこんないい尻してんだから、さっ!」

 

「ひゃっ!?」

 

 キサラが飛び上がって奇声を上げる。見れば、セッタが彼女のお尻を平手で叩いたらしい。にひひ、と歯を見せていた。

 

「こ、この……!」

 羞恥と怒りで顔を真っ赤にするキサラ。拳を握りしめ、<閃打>の姿勢を……。

 

「ちょ、キサラ!ストップ!」

 

 慌てて彼女を羽交い締めにし、スキルモーションを中止させる。せっかく健康になったのに、またベッド送りになりかねない。

 

「先生、離して!<圏内>だったらオレンジフラグは立ちませんから!」

「いや、そういうことじゃなくて……」

 

 暴れるキサラと、疲労困憊の体でそれを抑える僕。元凶であるセッタは、

 

「おうおう、見せつけてくれるじゃねーの。ヒューヒュー」

 

 などとはやし立てていた。

 

 ……無駄に高度なAI積みすぎだろう、茅場さんよ。

 

 NPCにも心があるような、そんな気が僕もしてきてしまった。

 


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