こちら、アインクラッド解放軍第104小隊   作:ハイランド

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17<剣闘士>ゼル 後編

「折れなかったか……。芯を外したのかな?以前あの黒いのが使った技を真似てみたのだが。……それにしても」

 

 ゼルの斬撃をまともに受けたキサラの槍は、彼女の手を離れてあさっての方向へ飛んでいった。

 

 それを引き起こしたゼルの剣はといえば、キサラのこめかみスレスレのところで静止していた。現実世界であったなら、彼女の黒髪の何本かは断ち切られていただろう。

 

「どういうつもりだ、ハイド?」

 

 ゼルが攻撃をその位置で止めたのではない。彼の剣閃は、僕の持つ盾によって阻まれたのだ。

 

「いきなり飛び込んできて、オレの剣を受け止めるとは大したものだが。……中尉との決闘を邪魔するのか?」

 

 ゼルの顔は、お気に入りのおもちゃを取り上げられた子どものようにしかめられていた。

 

 分かりやすい感情表現に、僕は苦笑してしまう。

 

「いえ、そんなつもりでは。……体が勝手に動いてしまったというか」

 

 剣をひき、直立したゼルに対し僕もキサラを庇う態勢から身を起こす。

 

 いつの間にか背後にはカレンとアイリが来ていた。

 

「無粋ですわ、ハイドさま。中尉の闘いを汚すおつもり?」

 

 アイリが非難めいた口調で言う。

 

「まさか。知らぬ内に景品にされていたとはいえ、この決闘の主役はゼルとキサラです。そんな意図はありません。ただ、強いて言えば……」

 

 キサラは膝をついたまま、こちらを不安げな目で見上げていた。彼女に軽く微笑み、頷く。

 

「……大切な友人が傷つくのを見ていられなかった」

 

「先生……」

 ここが<圏内>である以上、いくら斬られても死ぬことはない。理屈では分かっていても、それを超える衝動があったのだ。キサラの女の意地に対して、僕の男としてのエゴとでも言おうか。

 

「ゼル、決闘はここで終わりにしませんか。賭けは僕たちの負けでいい。<天境線>に入れと言うのなら入りますし、クエストにも一緒に行ってもらいます」

 

「そんな、ダメです先生!そんなことしたら、先生と……」

 

「キサラ。僕と最初に約束しましたよね、無理はしないと。いくらこの闘いでは命の危険がないとは言っても、続けていれば精神的に参ってしまいますよ」

 

「……」

 

 僕の説得にうなだれるキサラ。彼女を納得させるのはそう難しいことではない。しかし問題は……。

 

「ちょっと待て、ハイド。オレはまだ満足していないぞ」

 

 ふてくされた顔で抗議するゼル。彼にとってはすで目的と手段が入れ替わっており、この決闘自体を楽しんでいたのだ。

 

「すみません、ゼル。この埋め合わせは近いうちに必ず……」

 

「うーむ、しかしな……。ん、そうだ!」

 

 妙案を閃いた、とばかりに指を鳴らすゼル。メニューを開いて操作しながら続ける。

 

「……せっかく燃えてきたと言うのに、このままでは不完全燃焼だ。ハイドよ、中尉が心配と言うのなら代わりにお前さんがオレを楽しませろ」

 

 両手剣を格納し、次にゼルが手にしたのは……。

 

「先生と、同じ?」

 

 小ぶりな片手直剣にラウンドシールド。古代ローマの剣闘士そのものといった装備を身につけた彼は、獰猛な笑みを浮かべ言った。

 

「さっきの剣を正面で受けながら耐えたということは、お前さんもなかなかの筋力値なのだろう。それに、スピードもな。オレも全力で楽しめそうだ」

 

「……はは、買いかぶりすぎですよ」

 

 乾いた笑い声をもらす僕に取り合わず、ゼルは鞘に納めた剣の柄頭を撫でた。

 

「お前さんに本気を出させるには、何を賭けさせればいいかな。やはり、中尉か?」

 

「いえ、別に何か賭けなくても……」

 

「あたしにいい考えがあるよ、ゼル」

 ゼルの後ろに控えていたカレンが割り込んできた。

 

「なんだ、カレン?」

 

「ハイドが負けたら、『一晩』だけあたしに貸してくれればいい。……この意味が分かるよね、ハイド?」

 

「それって僕が負けても、むしろ逆に……あ、いや」

 

 嗜虐的に笑うカレンから、おそるおそる視線をキサラにうつす。そこには同じく笑顔を浮かべる彼女がいた。しかし、目が笑っていない。

 

「……先生?」

 

「ンン。……いい条件だな、カレン。それなら僕も負けられない」

 

 まったくあの女の嗜好は理解に苦しむ。この場面でまだ僕たちをからかうとは。

 

 それなら、とストレージから盾に続けて剣を取り出そうとしたとき。

 

「待って下さい」

 

「キサラ?」

 

 彼女が僕の腕をとり、動きを止めさせた。その顔には堅い表情を浮かべている。

 

「……すみません先生、それに中佐。私にもう一度チャンスを頂けないでしょうか」

 

「どういうことだ、中尉?」

 

「先生が私を闘わせたくないように、私も先生だけが大変な思いをするところを見たくありません。ですので……」

 

 僕の手を取ったまま、キサラはゼルに頭を下げた。引っ張られるままに、僕も不格好なお辞儀をする。

 

「私と先生で、タッグを組ませて下さい。……お願いします!」

 

「キサラ、それじゃああんまり意味が……」

 

 バランスを崩しそうになりながらも、彼女を諫めようと横を見る僕。

 

「ごめんなさい、先生。でも私も何だか楽しくなってきちゃったんです。……それに、先生なら私を守ってくれますよね?」

 

「う、むう」

 

 裏表のない笑顔で問われては、僕もノーとは言えない。以前強敵と対峙したとき、彼女に守ると宣言したことがあったのだ。

 

「……ちょっと待ちなよ。おいお前、なに勝手なこと……」

 

抗議しかけたカレンを片手で制したのはゼルだ。彼は再び遊び相手を得て、瞳を輝かせていた。

 

「いいだろう、中尉。どうやら君も、その方が全力を出せるようだしな」

 

「では、ゼル。私とカレンのどちらをダンスパーティーにお召しに?」

 カレンと同じく控えていたアイリが一歩踏み出した。

 

「いや、この場はオレ一人で踊らせてもらおう。悪いな」

 

「ふふ。悪いだなんて、微塵も思っていらっしゃらないでしょうに」

 

 最初からその答えが分かっていたのか、アイリは引き下がらず踵をかえした。その口元には、やんちゃをする弟を見守る姉のような微苦笑が浮かぶ。

 

「チッ……小娘が」

 

 舌打ちしたカレンは対照的に苦々しい表情のまま、アイリに続いた。

 

 

 

 後に残されたのは、僕とゼルそしてキサラの3人のみ。彼女は飛ばされたままだった槍を拾ってくると、僕の隣に並んだ。

 

「では、ルールを設定しよう。方式は先と同じく模擬戦闘。勝負はオレか、君たち2人の敗北宣言もしくは戦意喪失までとする。そちらはどのように仕掛けて来ても自由だ。スイッチでも、同時攻撃でもな。……これでいいか?」

 

「一応、時間制限も設けましょう。もう昼近いですしね」

 

 アラームをおよそ30分後、正午に設定する。さすがにこれ以上時間を取られたら、当初の目的であるクエストに挑む余裕が無くなってしまう。

 

 僕にならい、ゼルとキサラもアラームをセットし確認する。

 

「……まあ、仕方ないか。腹も減ることだしな。オレとしては夕方まででも構わないのだが。他にはないか?」

 

 しぶしぶといった様子で肩をすくめるゼル。時間切れの時はカレンとアイリに判定をしてもらうことにする。

 

「そうですね、特にはありません」

 

「よろしい。では……」

 

 ゼルはアイリを手招きすると、試合開始の合図を依頼する。僕とキサラはゼルから距離をとり、武器を構えた。

 

「こうなっては仕方ありません。キサラ、君は消耗しているのだから無理はせず、危なくなる前に降参するのですよ」

 

「あら、先生。それじゃまるで負けることが決まってるみたいですよ。……先生が負けたいのならそれでも構いませんけど」

 

「と、とんでもない」

 

 ゼルも準備が整い、あとは始まりの合図を待つばかりだ。

 

 僕はわずかな時間を利用し、キサラに作戦を伝えることにした。

 

「キサラ、基本は今までどおりの役割分担で行きましょう。僕が前で攻撃を受け止め、君は……」

 

「隙を見つけてスイッチ、ですね」

 

「うん。それと、おそらくゼルは最初の一撃で突進技を撃ってくるはずだ。まずはそれをしのぐつもりで行こう」

 

「突進技、ですか。……分かりました」

 

 思案顔をしたのち、頷くキサラ。

 

 僕が先ほどから2人の戦いを見ていた所では、ゼルはまず序盤に一気に距離を詰め、相手の反応を見るのがセオリーのようだ。

 

 武器を持ち替えた今回もそうする可能性は高い、はずだ。

 

 

「秒読みを開始致します。よろしいですね?」

 

 アイリの問いかけに頷く僕たち。

 

「それでは……10秒前。9、8……」

 

 ゼルを目前にした僕の心臓は高鳴っていた。妙な話だが、あの大蛇がポップした時よりも緊張感がある。高レベルとはいえ、いちプレイヤーでありながらこれほどの威圧感を放つとは。そしてそれに耐え数度に渡り反撃を成功させたキサラに、僕は畏敬にも似た感情を抱いていた。

 

 ーー勝とう、キサラ。

 

 そう頭に浮かべて彼女を見ると、キサラもこちらをチラリと振り返り頷いてきた。

 

「……3、2、1……始め!」

 

 アイリの手が振り下ろされると同時に、ゼルが爆発的な速度で突っ込んでくる。まずは読みどおり。僕はキサラの前に出て盾を構えた。

 

「いくぞ、ハイド!」

 

 ゼルの剣が光り、突きを放ってくる。あれは<レイジスパイク>か?

 

 僕も多用する技なので、軌道は体に染み着いている。ゼルの剣が辿るであろう場所に盾を持って行く、と……。

 

「先生、違います!」

 キサラの悲鳴のような声と、盾越しに見えたゼルの笑み。

 

 ジェットエンジンじみた効果音と共に突き出された剣が、盾に触れるよりも遥かに早く。

 

「なに……っ!?」

 

 凄まじい衝撃。切っ先は確かに盾の中央にあるはずなのに、弾き返すことも受け流すことすら出来ない。僕のガードはこじ開けられ、無防備な胴体を晒した。

 

「読んでいたようだが、ハズレだ!」

 

 がら空きになった箇所に、ゼルはすかさず斬撃を叩き込んでくる。なすすべもなくそれを受け、僕の身体は横っ飛びに飛ばされた。

 

「先生!」

 なんとか受け身をとった僕のそばに、キサラが駆け寄ってくる。僕は片手を上げ無事であることを示し、その場に立ち上がった。

 

「い、今のは……。剣が、伸びた?」

 

 実際の剣のリーチより倍近いところで当たり判定が発生していたように感じる。威力はゼルの筋力値補正により底上げされていたとしても、効果範囲の拡大などは不可能だろう。ということは……。

 

「先生、さっきの中佐の技は<レイジスパイク>ではありません。たぶん、もっと高レベルの……」

 

「ご明察だ、中尉。今のは片手剣重単発技<ヴォーパルストライク>。オレのお気に入りのひとつだ」

 

 剣を肩に担ぎ、嬉しそうに言うゼル。彼にすれば3つ目の武器カテゴリーでありながら、片手剣をメインとする僕も知らないスキルを身につけているとは。

 

 いや、もしかするとこの片手剣こそがゼルの最も得意とする獲物で、細剣や両手剣は後から修得したのかもしれない。

 

「……器用なものですね。複数の武器を使いながら、そこまでのソードスキルを覚えているなんて」

 

「ま、教え方のうまい家庭教師がついているからな。もっとも、コイツはオレ自身で極めたものだが。<剣闘士>を目指す以上、真っ先に使いこなせるようになりたかったんだ」

 

「まったく、筋金入りですよ……あなたはッ!」

 

 言いつつ、走り出す。射程圏内に入った所でソードスキルを発動。先ほどのゼルと比べるといかにも頼りない光に包まれた剣が突き出される。

 

「ふんっ!」

 

 僕より高レベルのスキルを使えると言うことは、ゼルには僕の手の内が丸見えになっているに等しい。案の定、僕の<レイジスパイク>はあっさりと剣で弾かれた。

 

 お互いに剣を振り切り、発生したわずかな空白時間。僕に、僕たちにとってそれは貴重な攻撃チャンスだった。

 

「いきます!」

 

 振り切った姿勢そのままに僕は膝を押り進路を譲った。僕の盾と身体に隠れていたキサラが間髪入れずに突撃する。槍スキル<チャージ>。

 

「おおっと」

 

 しかしそれもゼルの持つ盾によって受け流される。再び生まれる空白時間。

 

「はあっ!」

 

 パリィのために開かれ、胴体から離れた両腕。今度は体勢を立て直した僕が、がら空きになったゼルの正中線をなぞるように縦斬り<バーチカル>を放つ。

 

「惜しいぞっ」

 

 剣先が身体に届く寸前、軽やかにバク転を決めるゼル。逆に彼のつま先が僕のあごを掠める。幸い、先ほどキサラが放ったようなサマーソルトキックではない。

 

「なかなか息が合ってるじゃないか。それにしても、こういう時にあの<体術>スキルがあればと思うよ。中尉、近い内に手解きを願おうか」

 

「は、はあ」

 

 今の強さでまだ物足りないのか、この男は。速さの細剣、威力の両手剣に加え攻守万能の盾持ち片手剣。これに体術まで会得したら、まさしく鬼に金棒じゃないか。

 

「今度はこちらから行くぞ!」

 

 中段に構えた姿勢で距離を詰めてくるゼル。間合いに入る直前、剣先がわずかに持ち上がる。上段からの攻撃か?となれば先ほど僕が使った<バーチカル>……。いや、このゼルのことだ。おそらくはさらに難度の高いスキルを撃ってくるだろう。

 

「それなら……!」

 

 迎撃すべく、こちらもソードスキルを発動。3連撃<シャープネイル>。

 

 うまく両者の軌跡が重なり、火花のエフェクトを散らす。1発、2発、……3発。

 

 技を終えた僕の剣から光が消える。しかしゼルの方は。

 

「残念だが、ハイドよ!」

 

 縦斬りの4発目!慌てて盾で防ぐが、ノックバックが発生する。

 

「先生!」

 

 追撃しようとするゼルの足元に、キサラの<グラスフェル>が1発だけ当たった。

 

「うおっ」

 

 たたらを踏むゼル。体勢を整えた僕がここぞとばかりに渾身の突きを放つ!

 

 バランスを崩しながらも彼は見事に盾を振りかざし、切っ先を受け止めた。

 

 再び発生する火花。

 

「うおおっ!」

 

 キサラが生んでくれたチャンスだ。無駄には出来ない。互いに剣と盾を押し合う力勝負になるが、地にしっかり足を着けて踏ん張れる僕の方がわずかに有利だったようだ。がくん、といった『抜けた』手応えを感じる。

 

 構わず押し切ると、ゼルに体当たりを敢行する。……つもりだったが、不意に抵抗が消え失せた。

 

 見ればゼルは盾を手放し、押された勢いを持ってそのまま背面からの回転斬りを放っている。

 

 とっさに盾を掲げ、受け止める。前傾姿勢だった僕は斜め後方からの横薙ぎを受け、転倒した。

 

「今のは仕留めたと思ったんだがなァ。……盾を持っていかれちまったか」

 

 空いた手で頭を掻くゼル。

 

「デタラメでしょう。<バーチカル>の4連撃版なんて」

 

 ゼルの盾に突き刺さり、継続ダメージを生じているらしい剣を放り捨てる。抜くにしろ別の剣を装備するにしろ、そんな隙を彼が放っておいてくれるはずがない。現に今も短めの刀身を突きつけられている。

 

「どうする、ハイド?オレは盾で済んだが、お前さんは剣を失った。継戦不可と思えるが」

 

「まだ、完全に無手というわけではありませんよ。……それに!」

 

 盾を振り回し、ゼルの剣にぶち当てる。逸れる剣先。そこへ……。

 

 ーーキサラ!

 

 僕の意を汲み取った彼女が、槍の石突きを前に構えて飛び込んでくる。下段から上段への2連撃<ダブルファング>。

 

「むう……っ」

 

 残った剣で攻撃を捌くゼル。キサラのソードスキルが終わる瞬間を狙い、剣を振り下ろす。

 

「させない!」

 間に割り込み、盾で剣閃を地面に逸らす。そのまま盾を突き出し、スキル<矛盾>による打撃を食らわせる。

 

「攻撃判定だと!」

 

 予想外の衝撃に怯むゼル。僕も反動で追撃は出来ないが、その隙間は彼女が埋めてくれる。

 

 ーー強攻撃を続けて撃ちます!先生は合間の隙を埋めて下さい!

 

 ーー了解だ、キサラ!

 

 槍スキル技<ミドルスライサー>。助走ののち飛び上がり、槍を前方に突き出す。その勢いによりつま先から穂先までが地面と平行になる、全体重を乗せた一撃。

 

「おおオォっ!」

 

 剣の柄と腹に手を当て、正面から攻撃を受け止めるゼル。穂先と剣から火花のエフェクトが散る。

 

 この瞬間、不思議なことに僕たちは言葉を交わすことなく意思の疎通が出来ていた。彼女の技が終わるタイミング、着地する場所が手に取るように分かる。そこを狙うゼルの剣の予測進路に盾を置くと、流された剣閃は再び地面へと吸い込まれた。

 

 硬直の解けたキサラは槍を頭上でプロペラのように回転させると、強力な突きを繰り出した。重単発技<ヴォルテクスパイク>。

 

「なめるなァッ!」

 

 ゼルは叫ぶと、槍の軌道を逸らそうと横から剣の腹を叩きつける。システムにアシストされたキサラの技と、通常攻撃扱いながらも高レベルプレイヤーであるゼルが放つパリィ。激しい火花を散らしながらも両者は一進一退を繰り返す。

 

 ーー先生、今です!その『盾』で……。

 

 ーーああ、キサラ。君の『槍』と一緒に……。

 

 槍と交差する剣の、無防備な静止点を狙い盾を突き出す。

 

 挟まれた形となった剣は、両側からの衝撃に数秒間耐えたが……。

 

 パキン、と氷の割れるような音を響かせて中ほどから折れ飛んだ。

 

 

 

 折れた剣先が地面に突き刺さり、間もなく微細なポリゴン片となって砕け散る。ゼルの手元に残った柄も、同様に消えてしまった。

 

 全力を振り絞った疲労感に僕とキサラがその場にへたり込むと同時に、正午を告げるアラームが響き渡った。

 

 ーーこれで。

 

 ーー終わり、ですね。

 

 魔法が解けたかのように、僕と彼女の『通信』もそれで終わった。

 

「……<武器破壊>か。やってくれるな、オレのグラディウスを砕くとは」

 

 憎々しげなセリフとは裏腹に、ゼルは笑顔だ。どうやら満足のいく30分間を過ごせたらしい。

 

「すみません、ゼル。名のある剣だったのでしょう?その、勢いでつい……」

 

「いや、かまわんさ。確かに惜しい品ではあったが、また手に入れればいい。それよりも……」

 

 しゃがみ込んでいる僕たち2人の肩に腕を回すと、がっちりと掴んできた。

 

「なんだったのだ、最後のあれは!?まるで双子か長年連れ添った夫婦のように息がぴったりだったぞ!中尉ひとりでもなかなかに楽しめたが、お前さんたちは揃うとあそこまで出来るのか?」

 

 ガクガクと肩を揺さぶってくる。僕とキサラはそれに耐えながら、なんとか声を吐き出した。

 

「いいいいや、僕にも何が何やら……」

 

「ふふふう、夫婦ってて……」

 

 微妙に反応している箇所が違うようだが、まあそれはいい。

 

 実際のところ、あのテレパスになったかのような意思の疎通感覚……いや、一体感とでも言おうか。あれはSAOにおいて今回初めて感じたものだ。ある種官能的ですらある感覚は、まるで現実世界での……いや、この例えは不適切なので止めておこう、相手はキサラだし。

 

「まあいい、とにかくオレは存分に楽しめた!やはりお前さんたちは面白いぞ。どうだ、この機会にフレンド登録せんか?」

 

 至極ご満悦といった感じでゼルが提案する。僕もなんだかんだで彼らとの時間は楽しめたし、悪い人間でもない。喜んでそれに応じることにした。

 

「え、ええ。是非とも……って、はや!」

 

 返事を言い終える前に登録承認ダイアログが出現した。すでに申し込みメッセージを飛ばしていたらしい。僕もすぐにOKボタンを押す。

 

 <Dieselとフレンドになりました>のシステムメッセージ。

 

「ほれ、中尉。お前さんもだ」

 

「は、はい……」

 

 勢いに流されるままといった感じでOKボタンを押したらしいキサラ。彼女の視界にも同じメッセージが表示されているだろう。

 

「うむ、これでよし。さて次は……」

 

 立ち上がり、周囲を見渡すゼル。カレンらを呼び寄せようと挙げた手を一瞬泳がせたのち、そのまま腹部にあてた。

 

「……腹ごしらえかな。いい運動の後だ、メシもうまいだろう」

 

「……ですね」

 

 隣を見るとキサラも照れくさそうに笑い、同意してくれた。

 

 

 

「……で、結局どっちの勝ちなんだい?」

 

 僕たち5人は、宿の食堂に戻って来ていた。すでに食事は終わり今は腹ごなしのティータイムといったところである。

 

 質問を発したのは緑茶をすするカレン。

 

 余談だが、ゼルはその食欲も人並み外れていた。次々と肉を頬張る姿は肉食系そのものである。

 

「そうですわね。一騎打ちのときはゼルの完勝でしたけど」

 

 相槌を打つアイリ。

 

「でも最終的にはハイドたちがゼルの剣を折ったわけだろ。……引き分け?」

 

「い、いえ。そもそもタッグで挑むことをお願いしたのは私ですし。後半戦はエキシビジョンというか……」

 

 遠慮がちに言うキサラに、カレンがまたあの意地悪な笑顔を浮かべた。

 

「へーえ、じゃああんたは自分が負けたって言うんだ。賭けのこと、覚えてる?ハイド貰っちゃうよ?」

 

「そそ、それはだめです!!」

 

 テーブルを叩きつつ立ち上がるキサラ。例のごとくオーバーに赤面している。

 

 そういえば、僕が負けた場合ってカレンともっこ……いや、そもそもSAO内でソレって出来るのか?

 

 などと考えていると、不意にキサラと目があった。

 

「……セ・ン・セ・イ?」

 

 ……ごめんなさいごめんなさいキサラさん笑顔が輝いてますけど目がハイライト消えてますよそれってヤンデレフラグってやつですかお願いですから腹かっさばいて中身確かめないで下さいやましいものなんて中に誰もいませんよ……。

 

「まあ、オレとしては楽しい時間を過ごせたからな。別にどっちでもいいんだが……」

 

 冷や汗を垂らしつつ内心で懺悔していた僕に助け舟を出してくれたのは、他ならぬゼルだった。顎をさすりつつ続ける。

 

「だが、中尉が勝ちを譲ってくれると言うのなら……。こういうのはどうだ?『今後オレたち5人は、<アインクラッド解放軍>としてではなく<天境線>とハイドクラブ2人の友人同士として付き合う』、とな」

 

「なんですか、ハイドクラブって……」

 

 地下格闘場で戦うマッチョのイケメンが脳裏をよぎった。妙に語呂はいいが。

 

「つまりだ。中尉、いやキサラよ。オレはお前さんにもゼルと呼んでほしいのだ。堅苦しい軍紀など無しでな」

 

「え。で、でも……」

 

 狼狽えるキサラ。彼女は軍所属のプレイヤーとして、階級や地位を意識し過ぎる傾向がある。ゼルとも最初は対等に話していたのに、中佐とわかると畏縮してしまった。

 

 なかなかイエスと言えない彼女を揶揄し始めたのは、やはりカレンだ。

 

「なんだ、お前?あたしには噛みついてくるくせに、ゼル相手だと猫かぶるのか?」

 

「そ、それはあなたが……!」

 

 再び舌戦を繰り広げそうになった2人の間に、涼やかな声が割って入った。

 

「そうですわ、キサラさん。貴女は私たちのゼルが対等の友人として認めたのです。その好意を無碍にするのは逆に失礼ではなくて?」

 

 アイリはすでに『中尉』から名前呼びに切り替えている。彼女の優しい笑顔と説得に、キサラも頷かざるを得ない。

 

「で、では。……ゼル、さん。アイリさん。……カレン?」

 

「おい、なんであたしだけ呼び捨てなんだよ」

 

 カレンは舌打ちするが、まんざらでもなさそうだ。アイリもゼルも、微笑んで頷く。

 

「この……。まあいい、よろしくな。……キサラ」

 

「は……はいっ」

 

 こうして僕たちは<剣闘士>ゼルことジーゼルと、その仲間カレン、アイリと友人となったのだった。

 


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