こちら、アインクラッド解放軍第104小隊   作:ハイランド

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16<剣闘士>ゼル 前編

 <アインクラッド解放軍>所属、第08小隊隊長ジーゼル中佐。

 

「……ヒト、ケタ……?」

 

 彼の右手を握ったまま、呆然とキサラか呟く。その単語が何を意味するのか、僕には判別がつかない。

 

「どうした?中尉どの。今さら怖じ気づいたか?」

 

 カレンがまたキサラをからかうように言う。彼女の口ぶりからすると、やはりゼルは軍内部でも相当の高レベルプレイヤーのようだ。

 

「そんなわけ……!」

 

 キサラは反発するように叫ぶと、握手を解きゼルに正対した。

 

 かかとをカツンと揃え、右手をこめかみ近くに当てる。軍での敬礼姿勢だ。

 

「……中佐。先ほどの失言をお許し下さい。足手まといなどと……」

 

 キサラからすればゼルは3つも階級が上の相手である。当然、レベルも彼女より上だろう。

 

「ふむ。では、発言を取り消しオレたちのクエスト同行を認めるか?」

 

「そ、それは……」

 

 キサラは言いよどむ。

 

「フフ、本音ではハイドとの旅を邪魔されたくないといったところか。……よろしい、では戦おう」

 

 階級差を振りかざすでもなく、ゼルはそう言った。

 

「実を言えばな、キサラ中尉。オレはさっきからすでに剣を振りたくて仕方ないのだ。君がどう答えようと、オレの相手をしてもらうぞ。もちろん、先ほどの賭けは有効だ」

 

 もはやゼルの頭の中は、クエスト同行よりキサラとの決闘の方が大きな割合を占めているようだ。

 

 その言葉にキサラも覚悟を決めたのか、しっかりとした声で言った。

 

「……はい。中佐の胸を借りるつもりで、お相手させていただきます」

 

 再度敬礼し、回れ右して外に向かうキサラ。そこには先ほどの、親に反抗する子供のような幼さはない。

 

 そんな彼女を見やり、ゼルは肩をすくめた。

 

「……な?こうなると思ったから、オレは階級など聞きたくなかったのだ。今の軍の階級なんてものは、人と人との距離まで画一化しちまうものなんだ。まったく、つまらん」

 

 

 

 宿屋を出てしばらく歩いたところに

、丁度いい空き地があった。村の敷地内なので、当然ダメージを受けない<圏内>である。

 

 中央にキサラとゼルが相対し、僕たち3人は10メートルほど距離を空けた位置に集まった。

 

「いいかな、キサラ中尉。オレたちがこれから行うのは<圏内>設定を利用した模擬戦闘だ。通常のデュエルと違い、いくら殴り殴られても勝敗が決することはない」

 

「……はい」

 

 

 

 決闘(デュエル)と模擬戦闘。

 SAOではプレイヤー同士の対戦方法として、デュエルというものが用意されている。

 

 デュエルでは最初に勝敗判定の基準を決めておき、先にそれを満たした方が勝者となる。判定基準には<初撃決着モード>と<完全決着モード>があり、もっぱら利用されるのは<初撃決着モード>だ。

 

 これは相手に強打をクリーンヒットさせるか、または小攻撃を重ねてHPを半減させることで勝ちの判定が出るというものである。

 

 <完全決着モード>はその名の通り相手のHPを完全にゼロにするまで判定が下りないので、勝者は実質『人殺し』となってしまう。

 

 また、これを逆手にとって安全なはずの<圏内>でプレイヤーを殺す危険な輩もいるという。

 

 

 対して、今回2人が選択した方法は厳密には決闘ではない。

 

 <圏内>ではプレイヤーに対する、あらゆるダメージが無効化される。例え自分がレベル1、相手が50という差があったとしても相手の剣は自分に傷1つ付けられないし、逆も然りだ。

 

 毒や貫通武器による継続ダメージも発生しないので、今回のようなレベル差のある者同士が腕試しをするにはうってつけといえる。

 

 これを軍では模擬戦闘と呼び、練度の向上に役立てている……らしい。

 

 

「……つまり、キサラ中尉は降参しないかぎり、何度もゼルに斬られる恐怖を味わうことになるのです。痛みはございませんが」

 

 以上の説明を、僕はアイリから受けていた。

 カレンはというと、試合開始の合図のためキサラたちの方に近づいている。

 

「……まるでキサラが負けることを前提に言っているようですが、アイリさん」

 

 一方的な物言いに、僕もほんの少し反感を抱いてしまう。アイリはそんな僕の態度を気にする風でもなく微笑んだ。

 

「私もカレンと同じように呼び捨てで構いませんのに。……ねえ、ハイドさま。<騎士>ディアベルという方、ご存じ?」

 

「ナイト、ディアベル?」

 

 まるで初耳だ。SAOプレイヤーの名前だろうか。

 

「ディアベルさまは軍の前身、MTDの設立理念に大きな影響を与えたと言われる方です。彼は第1層ボス戦の際、自らを騎士に例え皆を鼓舞したとされています」

 

「……それとこれとどう関係が?」

 

 話が飛び、当惑する僕の様子を楽しむかのようなアイリ。彼女はゼルを指し示した。

 

「ゼルは彼に倣い、自らを<剣闘士>に喩えています。戦うことが何よりも楽しみな戦闘中毒者だと」

 

「グラディエーター……ジーゼル」

 その言葉は、ともすれば西洋系の顔にも見えるゼルのイメージに、ぴたりと当てはまった。

 

 金髪をなびかせ、戦場を駆ける若獅子。

 

「私もカレンも、そんな彼の強さに惹かれたのです。もしかしたらキサラ中尉も、虜になってしまうかもしれませんよ?」

 

 いたずらを仕掛けた少女のように片目を閉じるアイリ。

 ゼルの羨ましい状態は、容姿に加えその強さにも起因してるようだ。

 

「はは、まさか……」

 

 思わず乾いた声が出てしまう。

 

「どちらにせよ、通常のデュエルと違うのは生半可な決着は着かないということです。技を出し切り、打つ手がなくなっても戦いは終わらない。ただ『降参する』と口にすればいいのですが、自らの負けを認める事というのは案外難しいものです」

 

 確かに、システムにより勝ち負けが決まるのなら、最終的にはそれに従うしかない。当人が納得しようがしまいが結果は表示されるのだ。

 

 しかしこの模擬戦闘の場合、片方が敗北を認めるまで戦いは続く。圧倒的な実力差があったとしたら、後は自分の意地と折り合いが付けられるかどうかだろう。

 

「……キサラは、強い子です。戦闘力的にも、精神的にも。泣き虫なところはありますが、きっと今回も大丈夫です」

 

「信頼、されてますのね」

 

「かわいい教え子ですから」

 

 アイリの微笑に負けじと僕も笑顔で答える。しかし彼女は僕から顔を背けると、小声でつぶやいた。

 

「……報われない子ですこと」

 

「?それってどういう……」

 意図を質そうとした僕に、アイリは遮るかのように右手をかざした。

 

「ご覧ください。始まるようです」

 

 見れば2人はすでに武器を構え向かい合っていた。キサラはいつもの槍を、そしてゼルは……。

 

「細剣(レイピア)?」

 

 彼の猛々しいイメージとは似つかわしくない、細く流麗な剣を手にしていた。

 

 

 

「……と、まあルールはさっきのとおりなんだが、あまり早く降参されてもオレがつまらん。そこでだ」

 

 ジーゼルは剣を具合を確かめるように数回振り回した後、キサラに対し挑戦的な笑みを浮かべた。

 

「もう一つ、賭けを追加しよう」

 

「賭けの追加ですか」

 

「ああ。古典的なものだが……敗者は勝者の言うことをなんでも1つきく、というのはどうだ」

 

 息をのむキサラ。2人の間に立つカレンはゼルの言葉を聞き、ニヤリと笑う。

 

「いいな、それ。……なあゼル、こいつが負けたらハイドをしばらく<天境線>に預けさせるってのはどう?」

 

「ふむ、いい提案だ。オレとしては中尉の方を引き込んでも良かったのだが」

 

「そんなこと言って。ゼルにとっちゃ、この子は守備範囲外でしょ?」

 

 目を白黒させるキサラをあざ笑うかのように見下ろすカレン。

 

「さすがにお見通しか。確かに素材はいいが……あと5年といったところかな」

 

 手をおとがいにあて考える仕草をしていたジーゼルは破顔一笑、キサラに言った。

 

「と、いうわけだ中尉。君が負ければハイドはオレたちのものだ。それが嫌なら、全力でかかってこい」

 

「そんな……」

 

 かすれた声を出すキサラ。

 

 彼女の顔には困惑と絶望が混ざった表情が浮かんでいる。

 

 受けなければ良かった、と彼女は思った。変に反発せず、彼らの同行を許していれば。

 

 しかし今更決闘を撤回などできはしないだろう。目の前に立つのは、そういう男だ。

 

 彼の意識はすでに、自分との戦いの方を向いている。

 

 それならば、やるしかない。

 

 例え相手が<アインクラッド解放軍>最精鋭の1つと言われる部隊の隊長だとしても。

 

「……分かりました。ようは勝てばいいんですよね」

 

「やる気になってくれたようだな。……では、始めるか」

 

 剣を正中に構え、目を細めるジーゼル。相対するキサラも低く槍を構えた。

 

「秒読みを開始する。5、4、3……」

 

 カレンが数歩下がり、右手を高く掲げる。

 

「2、1。……始めッ!」

 

 掲げた右手が振り下ろされると同時に、両者は駆け出した。

 

 

 

「始まった!」

 

 カレンの合図とともに2人はダッシュ、それぞれの武器が光を帯びる。

 

 キサラは突撃技<チャージ>だろう。対するゼルは。

 

「速い!?」

 

 キサラの倍もありそうなスピードで踏みこんだゼルが、細剣を繰り出す。

 

 スキルを中止し、回避を試みるキサラ。……だが。

 

「……っ」

 

 身を大きくよじったにも関わらず、剣の切っ先が肩当てにヒット。

振り抜かれ、そのまま尻餅をついてしまう。

 

「<リニアー>。細剣の基本剣技ですわね」

 

 アイリの解説に、僕は驚愕する。

 

「あれが基本技だって?」

 

「敏捷値補正によってスピードが上乗せされているのです。ゼルにとっては普通にスキルを繰り出したに過ぎません」

 

 なんてやつだ。高レベルプレイヤーにもなると、ここまで動きに差が出るのか。

 

 キサラは槍を支えに立ち上がると、再び構えを取った。

 

 ゼルはそれを悠然と待っている。

 

 今度は彼女の先攻だ。下段2連撃<グラスフェル>。

 

 ゼルは技の発動を見てから、その場でジャンプ。あっさりとかわす。

 

 スキル後の硬直で動けないキサラに対し上空から剣を突き出した。

 

 なすすべもなく先端が胸部に刺さる。彼女はまたも地面に転がった。

 

「通常デュエルでしたら、今ので決着がついていましたね」

 

 冷静なアイリの声。

 

 立ち上がって槍を振り下ろすキサラだが、ゼルは攻撃を易々と受け流す。肉薄し肩からのタックル。剣を真一文字に振り切った。

 

「あれは……ソードスキル、じゃない?」

 

 ゼルの剣は最初の<リニアー>以降、光を発していない。通常攻撃だけで彼女を圧倒しているのだ。

 

 辛うじてしゃがむことで横薙ぎをかわすキサラ。そのままサマーソルトキックを放つ。体術スキル<弦月>だ。

 

「あら、当たりましたわね」

 

 キサラのつま先がゼルの顎をかすり、ややのけぞる。初のヒットだ。しかし……。

 

「これで、ゼルにも火がついたのではないでしょうか」

 

 口元に笑みを浮かべたゼルはバックステップして剣を構え直すと、再度距離を詰める。その剣が光る。

 

「あっ、うわっ!?」

 

 放たれた連続突きをキサラが戸惑いながらもいなす。1発、2発、3発……。

 

「なんだ、その受け方はァ!?犬のじゃれあいじゃねえんだよッ!」

 

 6、7……8発!?

 そんな連続攻撃、見たこともない。

 

「細剣技<スタースプラッシュ>。上位のソードスキルですわ」

 

 前半の4発はかわしたものの、後半は全てヒット。キサラが吹き飛ばされる。

 

「勝負にならない……」

 

「ですから、後は自身の敗北を認められるかどうかの問題です。申しましたでしょう?ゼルは強いと」

 

 ダメージによる勝敗判定、それに時間制限のある通常デュエルのほうがまだマシだ。これでは無限になぶられることになってしまう。

 

「もう、降参してくれキサラ……」

 

「それはないな」

 

 いつの間にか、カレンが戻ってきていた。その顔には毒々しい笑みが浮かんでいる。

 

「あいつは、ゼルと賭けをしたんだ。負ければハイド、あんたの身柄を貰うってね」

 

「なんだって」

 

 そんなことは聞いていない。僕は未だ手も足も出ないキサラが居たたまれなくなり、決闘の中止を申請しようとした。のだが。

 

「お待ちください、ハイドさま。中尉はいま、自身とあなたのために闘っているのです。……女の意地を、見届けてあげて下さい」

 

 アイリに腕を取られ、踏み出した足を止めてしまった。

 

 そう言われては、キサラの判断に任せるしかない。歯噛みする僕に、カレンが言う。

 

「それに、見なよハイド。あいつ、ゼルの攻撃に目が慣れてきてる」

 

 カレンの言葉に視線を向けると、確かにキサラはゼルの猛攻に耐えている。10発中6発はかわすか、弾いていた。

 

「ゼルも楽しそうです。あれではそろそろ……」

 

「バリアチェーンジ、だね。ふふふ」

 

 美女2人は、怪しく笑った。

 

 

 

「いいぞ、中尉!お前さんは筋がいい」

 

 肩で息をするキサラに対し、ジーゼルは呼吸に乱れがない。

 

「……あ、ありがとうございます」

 

 不意にジーゼルは剣を鞘に納め、両手を広げた。

 

「先ほどの言葉は撤回しよう。どうだ、中尉。やはりオレの<天境線>に加わらんか?なんなら08小隊の方でもいい!オレが鍛えてやるぞ」

 

「申し出は、ありがたいの、ですが……」

 

 呼吸を整えることに精一杯のキサラは、応える声も途切れ途切れだ。

 

「ふむ。やはり、ハイドもいなければお前さんも味気ないか。……では、賭けにはお前さんとハイド、2人を指名しよう」

 

「そういう、問題では……」

 

 キサラにとり、この『間』は正直ありがたい。細剣を振るうゼルの動きにもようやく慣れ始め、受け流せる確率が上がってきているのだ。

 

 このまま呼吸が整い、闘いを続ければ勝ちはしないもののゼルの根負けを狙えるかも知れない。

 

(まだ、いける)

 

 そうキサラが意志を奮い立たせたとき、それを打ち砕くかのような発言がゼルから飛び出した。

 

「ふふふ、おかげさまでオレも楽しいぞ。人材獲得問題は置いておくとして、もう少し遊んでもらおうか。……オレの第2形態とな!」

 

 言いながらメニューを開く。装備フィギュアを操作し、武器を変更。

 

 次の瞬間ジーゼルの細剣は消失し、その手には大振りの長剣ーーカテゴリー<両手剣>が握られていた。

 

 

 

「メイン武器を、変更……?」

 

 SAOには複数の武器を使い分けるプレイヤーも少ないながら、いる。

 

 とはいえ武器の熟練度ではスキル制の形を取っているこのゲームにおいて、アレコレと持ち替えるのは効率的な育て方だとは言えない。

 

 武器のスキルレベルが上がればより強力な技を覚えるし、そうすることで生き残る確率も上がるのだ。故に、複数の武器を使う場合でもメインとサブに分けて使われることが多い。

 

 例えばキサラは遠距離では槍を、接近戦に持ち込まれた時には体術を使用する。こうすれば双方の使用域がかぶることはない。

 片手剣プラス投剣の組み合わせも、それに近いと言える。

 

 しかし、メイン武器を切り替えて使うというのは……。

 

「おや、アイリから聞かなかったのか?ゼルは<剣闘士>だって」

 

 カレンが得意げに言う。

 

「細剣はあたしが、両手剣はアイリが手解きしたんだ。いろいろな剣を試してみたいってね」

 

「スピード重視の細剣、威力重視の両手剣……。扱い方もまるで違いますから、中尉も対処に困るでしょうね」

 

 つまり、先ほどからゼルの攻撃に耐えてようやく体得した間合いやテンポが、全く役に立たなくなったというわけだ。

 

 それでいて疲労だけは蓄積されている。ゼルを相手にした時間無制限の『模擬戦闘』の恐ろしさは、ここに本質があった。

 

「さあ、第二幕が始まるよ」

 

 

 気丈にも槍を構え、戦闘続行の姿勢を示すキサラ。ゼルも剣を正眼に構えると、じりじりと間合いを詰めた。

 

 キサラは初撃を狙うのではなく、まずは相手の出方を見ることにしたようだ。ゼルが半歩踏み込めば、彼女も半歩下がる。

 

「どうした、中尉。かかってこないのか?」

 

「……」

 

 ゼルの挑発にも乗らず、穂先を下げた防御姿勢を崩さない。

 

「カウンター狙いと言うわけか。……ならば、乗ってやるとするか!」

 

 中段に構えていた剣を肩に担ぎ上げ、重心を低くするゼル。モーションを検知したシステムが、ソードスキルを発動させた。

 

「キサラ……!」

 

 一気に間合いを詰めるダッシュ技。剣風がこちらにまで届きそうな圧力を持って振り下ろされる。

 

 彼女は槍を掲げ、受け流そうとした。うまくいけば力の流れを逸らされたゼルの剣は大地を割り、絶好の機会が生まれる……はずだった。

 

「きゃっ……!」

 

 しかし実際には、槍を持ったキサラごとが吹き飛ばされた。細剣の時にも飛ばされたが、今回の勢いはそれの比ではない。

 

 強風に煽られた空き缶のようにコロコロと転がり、破壊不能オブジェクトである樹木にぶつかってようやく止まる。

 

「両手剣上段突進技<アバランシュ>。スピードこそ細剣に劣りますが、威力はこちらに軍配が上がるでしょう」

 

 ふらふらと立ち上がったキサラに、容赦なく追撃が加えられる。

 

 下段から切り上げ、体を浮かせた所を上段から叩きつける。これもソードスキルではない通常攻撃だ。

 

 装備品と能力値から比較的『軽い』キサラは、紙のように翻弄される。

 

「そらそら、中尉!一撃くらいは入れて見せろォ!」

 

 細剣の時には有効だったパリィが、『重い』両手剣相手では通用しない。勝機があるとすれば……。

 

「キサラ!避けるんです!」

 

「……!」

 

 ステップ回避による空振りの誘導。先ほどとは立場が逆転した今では、それしか方法はない。

 

 僕の声が聞こえたのか、キサラは地に伏せた状態から槍を抱えて横転。すぐさま立ち上がった。

 

「はあ……、はあ……」

 

彼女の荒い息遣いが伝わってくる。体力的にも精神的にも、次の一合が限界だろう。

 

 脇をしめ、穂先を突き出すと前傾姿勢で走り出すキサラ。あれは、<チャージ>か?しかし……。

 

「万策尽きたか!?ハイドの助言も活かせんか!」

 

 突っ込んで来るキサラを迎え撃つため、身体の真横に剣を寝かすゼル。刀身が淡く光る。

 

 両手剣版<ホリゾンタル>ともいうべき水平斬りが放たれ、彼女を襲う。

 

 しかし次の瞬間、キサラは驚くべき行動に出た。手にした槍を宙に放りーー自身は前に飛び込んでの前転。ゼルの横薙ぎを潜り抜けたのだ。

 

「なにっ!?」

 

「ヤアッ!」

 

 受け身を取って起き上がり、身体を180度方向転換すると、片膝をついた姿勢で拳を握り締め渾身の一撃。

 

 体術スキル<閃打>。

 

 剣を振り切ったゼルは硬直時間もあり、回避は不可能。彼の腰部にクリーンヒットした。

 

「やった……!」

 

 思わず歓声を上げる僕。隣を見るとカレンたちも目を見開き、驚きの表情を浮かべていた。……しかし。

 

「……オオォッ!」

 

 以前僕を壁にしたたかぶつけさせた技を食らいながらも、ゼルはたたらを踏むだけで留まった。

 

 振り切ったままだった剣を反対方向へ一閃。竜巻のような回転斬りを背後のキサラへ放つ。

 

「うそ……っ!」

 

 彼女は慌てて傍らに落ちていた槍を拾うと、石突きを地面に突き刺した。しゃがんだままでは回避もパリィも間に合わず、ゼルの水平斬りを立てた槍で受け止めるしかない。

 

「キサラ!」

 

 鈍い衝突音が響いた。


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