こちら、アインクラッド解放軍第104小隊   作:ハイランド

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14空のランプ 2

 お互いに一糸纏わぬ姿で対峙する僕と女性。

 

 敵意のないことを示そうと両手をゆっくりと上に上げようとしたその時。

 

「……チッ」

 

 女性は舌打ちと共に猛烈なスピードで走り寄って来ると、拳を握り僕の鳩尾に叩き込んだ。

 

「ぐっ……!?」

 

 衝撃に吹き飛ばされる。<圏内>のためダメージはないが、それでも僕の身体は宙を舞い、やがて……。

 

「ぶはっ!」

 

 激しい水柱を立てて湯船に放り込まれた。

 

 

 

「いやー、悪かったなァ兄さん。こんな辺鄙な村だろ、てっきり宿も貸切状態だと思ってたんだよ」

 

 湯船のふちに座り、呵々と笑うのは先ほどの女性ではない。彼女の連れだという、1人の男性プレイヤーだ。

 

 引き締まった肢体に彫りの深い顔立ち、輝く金髪をオールバックにしている。オスライオンを擬人化したらこのような風貌になるのではないだろうか。

 

 同性の僕から見ても、相当の美形だ。ネットゲーマーというよりサーフィンのインストラクターといったほうが似合いそうである。

 

「なもんだから、オレたちで男湯に来てたんだが……。オレが便所に行ってる間に鉢合わせしちまうとはなァ。ほれ、カレン。お前も謝れよ」

 

 カレンと呼ばれた赤い髪の女性はすでに身体にバスタオルを巻き付けている。忌々しげな顔で僕を睨みつけていたが、男性の言葉に頷く。

 

「……すまなかった」

 

「ああ、いえ。僕もまさか女性がいるとは思わなかったので。……いいモノも見られましたし、おあいこということで」

 

「……なんだと」

 

「い、いや!いいモノというのはそう言う意味ではなく……」

 

 僕の余計な一言に再び険しさを増すカレンの表情。2度目の鉄拳制裁を覚悟したのだが。

 

「くっ、はははっ!兄さん、あんた面白いなァ。気に入ったぜ」

 

 割って入ってきたのは金髪の男性である。彼はなにも身につけず古代ローマの彫刻のごとき丸裸の状態なのだが、その姿でもカレンは何も文句は言わない。ちなみに僕は腰にタオルを巻いている。

 

「あの、あなたはカレンさんと恋人同士なのですか?こんな風に混浴するということは」

 

「んー?そうだなァ。オレたちは恋人ってより……。いや、その前に自己紹介といこうぜ。オレの名はジーゼル、ゼルと呼んでくれ」

 

 ゼルはたくましい右手を差し出すと、にかっと笑った。顔の作りにしては無邪気な笑い方をする男である。

 

「僕はハイドといいます。よろしく」

 

 手を取り、握手に応じる。ゼルがぶんぶんと腕を降ると肩ごともっていかれそうで、かなりの筋力値であることが窺える。

 

「よろしくな、ハイド。で、さっきの質問だが……」

 

「……ゼル?カレン?もう入っているのですか」

 

 鈴の転がるような澄んだ声が響いた。女性のものだ。

 

 その方向に視線を向けると、そこには

青黒い髪をお団子にまとめたプレイヤーがいた。幸いというべきか、こちらは最初からバスタオルを巻いている。

 

「おう、来たか。アイリ」

 

 アイリと呼ばれた女性は僕の姿を見ると驚いた様子だったが、ゼルに手招きされると大人しく近寄ってきた。

 

 僕の正面にゼル、向かって左側にカレン。そして右手にはアイリが腰かける。

 

 ゼルは両手を広げると、ニンマリと笑い言った。

 

「この2人は、オレの戦友だ。今日は慰安旅行といったところかな。ほら、2人ともご挨拶しな」

 

「……カレンだ」

 

「アイリと申します。よろしくお願い致しますね」

 

 両手に花、とはこのことを言うのだろうか。ゼル自身も野性味あふれた美男子だし、カレンとアイリの2人もそれぞれ違う方向性で美しい。

 

 炎のような赤い髪のカレンは無愛想ながら情熱的な美しさを。

 

 夜空のような青黒い髪のアイリはお淑やかな雰囲気で、包み込むような可憐さを持っている。

 

「えーと。ハイドです」

 

 呆然としながら自己紹介する。

 

 どの世界にも、モテ男っているんだなぁ。はあ……。

 

「……で、なぜこんなことに」

 

「済んだことは水に流せ、というだろう?言葉通りにしているのさ」

 

 洗い場に並んで腰かけた僕とゼルの背中を、それぞれカレンとアイリが垢すりでこすっていた。

『お背中流しましょう』のアレだ。

 

 先ほどの拳骨からは想像出来ないくらいにその手つきは優しく、とても心地よい。

 

「事故とはいえ、お前さんを吹っ飛ばしちまったのはカレンの落ち度だ。それならこうしてサービスして、後腐れのないようにするのが賢い解決策ってもんだ」

 

「僕としてはありがたいんですけど。……気持ちいいし」

 

 チラリと後ろを振り返ると、カレンはぶすっとした顔で手をせっせと動かしている。

 

「ゼルの命令だ、仕方ない」

 

 僕と目が合うと、不承不承といった感じで答えた。

 

 まあ、キサラには2時間と言ってあるし、しばらくは大丈夫だろう。

 

 それに僕は、このジーゼルという男の事が少々気になっていた。

 

 彼は高レベルプレイヤーだ。攻略組なのかどうかは分からないが、人を惹きつける何かがある。この2人の美女も、それに魅了されたのだろう。

 

「……あの、ゼルは」

 

 どこかのギルドに所属しているのか、と問おうとして彼の方を向いたとき。

 

「うお……っ」

 

「ん?どうかしたか、ハイド」

 

 彼は身体の向きを180度変え、アイリと正面に向き合っていた。アイリも特に気にする様子もなく、彼の胸板を洗っている。

 

 背中を流してもらうだけでも気恥ずかしいというのに、前までとは。

 

 しかもゼルやアイリはそれになんの躊躇もないようだ。

 

「ハイドよ、お前さんも背中ばかりじゃなくて全身やってもらえよ。気持ちいいぞ」

 

「い、いや……。僕は」

 

 言いかけて、ふと振り返る。僕と目があったカレンは一瞬怪訝な顔をしたものの、不意に獲物を見つけた蛇のように舌なめずりをした。

 

「ゼルの命令ならば、それもいいだろう」

 

「いや、僕がよくないって!」

 

 慌てて飛び上がり、距離を取る。カレンはそんな僕に舌打ちすると、

 

「……洗う振りしてむしってやろうと思ったのに」

 

 などとのたまった。

 

「なに、なにをむしろうって!?」

 

 SAOには、数少ない女性プレイヤーのために各種ハラスメント行為に対して強権を発動する『バン』と呼ばれる機能がある。

 

 街中で女性プレイヤーの胸や尻を触ろうものなら、即座に黒鉄宮の監獄エリアに飛ばされるという話だ。

 

 ……僕が考えるに、一応その逆の機能もあったほうがいいと思うのですが。如何でしょうか、茅場さん。

 

 

 

「……はぁ。逆に疲れた」

 

 あの後浴場で僕はカレンからの更なる『サービス』を受けた。無論、肩もみやツボ押しといった健全なものだ。

 

 最初はゼルからの命令のために嫌々ながらやっていたのが丸わかりだったが、ツボを押される度に僕が発する奇声に楽しくなってきたようで最後にはノリノリだった。

 

 おかげでキサラとの約束より30分も風呂を出るのが遅くなってしまった。

 

「怒ってるだろうなあ……」

 

 ただでさえ今回は彼女の心証が悪いのだ。これ以上評価を下げるわけにはいかない。

 

 とりあえず、食堂でなにか甘いものをご馳走することを決意する。

 

「……お、キサラ」

 

 折りよく彼女は食堂にいた。僕の到着を待ちきれなかったのだろう、すでに席について食事を取っている。しかし……。

 

「遅れてごめん、キサラ。先に食べていたんですね。でも、なぜこの席に?」

 

「……」

 

 キサラは応えない。

 

 彼女はマスターのNPCと距離の近いカウンター席の隅に腰掛けていた。2人で座れそうなテーブル席はいくつか空いているにも関わらず。

 

「キサラ?」

 

「……」

 

「あの、僕もここで食べても……」

 

 ドンッ!という音と共に、カウンターが揺れた。

 

 マスターが何事かとこちらを見るが、注文も雑談もしてこない僕たちに興味を失ったのか、間もなく元のグラスを磨く作業に戻った。

 

「キサラ……さん?」

 

 カウンターを殴った拳をそのままに、彼女は肩を震わせていた。明らかに異常な兆候。本能的に危機が近づいていることを、僕は悟った。

 

「………………ふけつ」

 

「え?」

 

 絞り出すかのような低い声に、僕の反応が数秒遅れる。

 

 キサラはきっと顔を上げると、僕を睨みつけた。その視線は、今日一番の冷たさだ。

 

「……お風呂場で、なにを、なさっていたんですか?セ・ン・セ・イ」

 

「風呂場って」

 

 先ほどのシーンが脳裏をよぎる。しかし、まさかキサラが知るはずもない。

 

 最初に彼女を呼んだとき返事が無かったことから、あの仕切りは声の通らない設定のはずだし、キサラが男湯を覗いていたとも思えない。

 

 僕はとっさにとぼけることにした。

 

「い、いやー。あんまり温泉が気持ちいいもので、つい長湯をしてしまいました。待たせたようで、すみません」

 

「……そうですか。『ハイドさん』はしらを切るというわけですね」

 

 周囲の温度がまた下がった感覚。

 

 ……まずい。

 

 どうやら彼女は、いかなる手段によってかあの『サービスイベント』を察知したらしい。僕はしどろもどろになりながらも、弁解を試みようとした。

 

「き、キサラさん?あのですね」

 

「ハイドさんはご存知なかったようですけど、あの壁は宿屋のドアと同じ属性で設定されています。ノックして30秒間は向こうの声も聞こえるようになってました」

 

「んなっ……!?」

 

「私、最初に入った時にハイドさんがいるかと思って声をかけたんですけど。返事がなかったので一応、仕切りを叩いてみたんです。そうしたら……」

 

 SAOの宿屋での個室は<聞き耳>スキルを使用しない限り、ドアを隔てて絶対の防音が施されている。しかしそれも、例えば同じパーティで別々の部屋を取った場合などに不都合のないように、ドアノックか呼び鈴を鳴らしてからの数十秒間は内外で会話ができるようになっているのだ。

 

「き、聞こえたって何が……?」

 

 最後の抵抗とばかりに僕が質問すると、思い出すのも嫌だといったしかめ面でキサラは言った。

 

「……気持ちいいとか、ぜ、全身でやるとか……。変な声も聞こえたし。私、先生が温泉でそんなコトをする人だとは思ってもみませんでした」

 

 微妙に聞き間違えているようだが、この際それは問題ではない。僕はキサラの誤解を解くべく、全力を発揮することにした。

 

「ちがいます、ちがいます!キサラ、いいですか。……僕はただ、背中を流してもらっていただけなんです。やましいことなんて1つもありません」

 

「おんなのひとに、ですか」

 

 うっ、と言葉に詰まる。確かに背中を流してくれていたのは見目麗しい女性プレイヤーのカレンだったのだ。

 

「そもそも、やましいことがないって。それならさっき、正直に言ってくれれば良かったじゃないですか。隠そうとするところがもうダメなんです」

 

「それは……。だけど」

 

「とにかく、私は今日はもう先生の顔も見たくありません。ここでお食事したいのなら、お1人でどーぞ。私はもう済みましたので」

 

 席を立とうとするキサラの手を、とっさに掴む。彼女は振り払おうするが僕が逃さない。

 

 だいたい、なんで彼女にここまで言われなくてはならないのか。アレは事故による副産物であり、僕が望んだことではないのに。

 

「待ってよ、キサラ。なんでそこまで君が怒るんだ?君に迷惑をかけたワケじゃないだろう。そりゃ、待たせたのは悪いけど」

 

「そういう話じゃ……!確かに私と先生はなんでもないかもしれませんけど!」

 

 そこまで言ってキサラは顔を伏せた。掴んだ手からは力が抜け落ち、肩を小刻みに震わせている。

 

「ああ、もう……!頭の中ぐちゃぐちゃ……。ワケわかんない」

「キサラ、とにかく落ち着いて。座って僕の話を聞いて下さい」

 

 しゃくりあげ始めた彼女を元の席に座らせ、隣に僕も腰かける。

 

 ともかくキサラの様子が落ち着くまでは話もできないと、僕は震える彼女の背中をさすり続けるのだった。


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