こちら、アインクラッド解放軍第104小隊   作:ハイランド

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11軍のお仕事 中編

 ーー速い。

 赤毛の少年を追いかけながら、私は思った。

 SAOではレベルが上がると、筋力値か敏捷値を選んで上昇させることができる。どちらか1つというわけではなく、その振り方はプレイヤーが決められるので、人によって育て方は様々だ。

 隊長や軍曹は防御重視のタンクであるため、筋力値を多めにしている。反対にクロ君やイルは乱戦になったときすぐ離脱できるよう、敏捷値が高めだ。伍長と私はその中間で、バランス型といえる。

 赤毛の少年は先ほどコウモリ相手に苦戦していたことからも、おそらくレベルは高くない。にもかかわらずなかなか追いつけないということは、彼は敏捷値にほとんどのポイントを振っているのだろう。

 コウモリ相手に逃げ切れなかったのは、多数の敵に周りを囲まれてしまったせいだ。

「待って!どうして逃げるの!?」

 私の制止する声にも、彼は耳を貸さない。

 前を走るクロ君が振り向いて言う。

「副長、アイツなにか後ろめたいことがあるんじゃ?」

「そうだとしても、放っておくわけにはいけません。このままだと彼は危険です」

 少年のHPバーはイエローのままだ。早く回復しなければ、次にモンスターに囲まれれば命を落としかねない。

「どうにかしないと……」

「副長、オレに任せて」

 焦る私に、クロ君が頼もしい顔で告げる。

「副長を置いて行っちゃうことになるけど、先行してアイツを押さえる。副長は後から追いついてきて」

「すみません、クロ君。頼みます」

 どうやらクロ君は私のスピードに合わせてくれていたらしい。

 <索敵>を持たない私がはぐれてしまうことを気にかけてくれたのだろう。

 クロ君は1つ頷くと、さらに速度を上げた。みるみる内に少年との距離を詰めていく。

 

「やった!」

 次の瞬間、クロ君は少年の背中に飛びついた。少年は姿勢を制御できず、クロ君もろとも地面を転がった。

 私が2人に追いつくと、彼らは砂にまみれて揉み合っていた。少年はまだ逃げるつもりらしい。

「くそっ、離せよ!」

「逃がすか!」

「2人とも、落ち着いて下さい!きみ、自分のHPを見て!回復しないと」

 私の警告に、暴れていた少年はハッとした顔になり視線を宙にさまよわせた。そこに自分のHPバーが見えるのだろう。

 私はポーチから回復アイテムのポーションを取り出すと、慌てて自分のポーチを弄る少年に突きつけた。

 彼は不服そうな顔をしていたがポーチからはアイテムが発見出来なかったのだろう、やがて渋々といった感じでそれを受け取り口に含んだ。

「ふう……」

 少年のHPバーが徐々に伸びていき、イエロー領域を脱した辺りで、私は安堵のため息をついた。

 彼はふてくされた顔で地面に座り込んでいる。もう逃げる気は無いようだが、私達と視線を合わせようとはしない。

「おい、お前」

 クロ君が低い声で言う。

「助けてもらっておいて、一言もないのはどうなんだ」

「……別に、助けてくれなんて頼んでないだろ」

「なんだとっ!?」

 再び掴み合いになりそうな2人に、慌てて割って入る。

 少年は黒君と同年代であるように見え、私とも身長はそれほど変わらない。

「だから、落ち着いてってば!……クロ君も、そこに座ってください」

 私は少年から3メートルほど離れた位置を指定し、クロ君を座らせる。私自身も少年の正面1メートルほどのところに片膝を着き、視線を合わせた。

「まず、私達はあなたの敵ではありません。ほら、カーソルも緑色でしょう?」

「……グリーンでも悪人はいるだろ」

「それはそうなんですけど……」

 少年の心は頑なで、なかなか話が出来ない。思わず苦笑してしまう。

「まず、あなたの名前を教えてくれませんか?私は解放軍の……」

「軍の狗の名前なんて、興味ない」

「……っ、この」

 クロ君がいきり立つが、それを片手で制する。

「……あなたは軍にあまり良い印象を持っていないようですね。それでも、こういった場合あなたのようなプレイヤーを安全な<圏内>まで護衛するのも、軍のお仕事なんです。……そこで」

 言葉を切った私に、少年が怪訝な顔をする。

 正攻法で落とせなければ、搦手を試す。それはこの前の冒険で学んだことだ。

「街まであなたをお連れするあいだ、便宜上『アカ君』と呼ばせてもらいます。髪の色が赤いので」

「はあっ!?」

「ちなみにこちらの男の子は『クロ君』と言います。アカとクロ、なかなかいい組み合わせではありませんか?」

「ふざ、ふざけんな!オレにはギンってちゃんとした名前が……」

 ようやく名前を聞き出すことができ、私は笑みを浮かべた。

 彼ーーギン君がクロ君に対しなぜか必要以上に対抗心を抱いているように見えたので、それを利用させてもらったのだ。

 それにしても……ギンとクロ、でも組み合わせとしてはなかなか良いのではないかと思ってしまう。もちろん口には出さないが。

「ギン君ですね、私はキサラと言います。街までの間、よろしくお願いします」

「っ、くそ……勝手にしろ」

 

 赤毛の少年、ギン君は転移結晶はおろか回復アイテムすら持っていなかったらしい。

 彼の性格ならば、その2つのどちらかを持っていれば私達の同行を許さず1人で街まで帰っていただろう。

 軍の人間に頼るのは嫌だが、背に腹は代えられない……といったところか。

 そういえば、ギン君はなぜそこまで軍を嫌うのだろう。先日の<メービウス>の件から想像できるように私達軍に好意的な感情を抱かない人たちもいるのだろうけど、ギン君はやや極端なように思える。

「ギン君は、軍が嫌いなんですか?」

 何度目からのコウモリ戦を終えた時、私は彼に問いかけていた。軍の人間として嫌われてしまうのは仕方ないとしても、その理由くらいは聞いてみたい。

「……カツアゲをするような連中を、好きになれるはずないだろ」

「カツアゲ?」

 まったく身に覚えがない。以前の夜警中、伍長が任務をそう揶揄していたが、あれは実際にお金を取り上げるようなことはしていない。ただ、帰宅を促すだけのことだ。

「知らないのか?……まあ、前にウチに来た奴らとアンタ達はちょっと違うみたいだけど」

 詳しく聞こうと口を開きかけた時、ちょうど<ラーベルグ>の灯りが見える距離になった。

「ここまで来れば大丈夫だ。……軍は嫌いだけど、助けられたことは事実だしな。一応、礼は言っといてやるよ。じゃあな」

 ギン君はそう言うとこちらの返事を待つこともなく、駆け出して行ってしまった。

「あ……」

 呼び止めようかとも思ったが、タイミングを逃してしまった。

 私はクロ君と顔を見合わせお互いに首を傾げるしかない。

「アイツ、最後まで生意気なやつでしたね」

「ええ……」

 クロ君は口を尖らせたが、私は生返事しかできなかった。

 

 村にはすでに隊長を除いた全員が待機していた。

 隊長は統合したマップデータを司令部に提出するため、さきに帰投したという。

 『カツアゲ』のことについて隊長に聞いてみたいと思っていたのだけど、それも空振りになってしまった。

 私はことの顛末を軍曹以下全員に説明し、<はじまりの街>に帰ることにしたのだった。

 

 翌日。

 私はイルの依頼で、クロ君とともに<はじまりの街>東部に来ていた。

 料理に使う食材の仕入れに丁度いい、タイムサービスを行う商店があるのだという。

 隊長は会議に出席しており、朝から会うことができなかった。例の件は気になるところだけど、いずれ尋ねる機会はあるだろう。目下の問題は……。

「東7区の教会近くって……まずその教会がわからないのですけど。クロ君、<索敵>でなんとかなりませんか?」

「……副長。あのスキルはプレイヤーかモンスターにしか使えないよ」

 呆れ顔で言うクロ君だが、今の私は藁にもすがる思いだ。イルの情報によれば、あと30分もしないうちにタイムサービスが終わってしまう。

「あのさ、副長。オレ前に隊長から聞いたんだけど……。そこらを歩いてるNPCにお金を払うと、道案内をしてもらえるらしいよ」

「ええ!?そういうことは早く言ってくださいよ……」

「ごめん。オレもさっき思い出したんだ」

 それならば話は早い。私は早速近くを歩いていたおじいさんNPCに10コルを支払い道案内を頼んだ、のだが……。

「……クロ君。残念ながらあの方法では、転移門前広場にしか案内してもらえないようです」

「あっちゃあ……」

 快く道案内を引き受けてくれたおじいさんに申し訳なく思いつつ、私はそれを断った。ちなみに支払った10コルは返ってきていない。

 途方にくれる私達。タイムサービス終了まで、あと15分を切った。

「もう遅いかもしれないけど、イルを呼んでみるよ」

「お願いします……」

 メニューを開きフレンドメッセージを打ち込み始めたクロ君を横目に、私はしゃがみこんでしまった。

 どうしよう、イルに合わせる顔がない……。

「あの……。どうかされました?」

 不意にかけられた声に、私は振り向いた。

 そこにいたのは1人の女声プレイヤー。暗青色のショートヘアに黒縁の大きな眼鏡をかけ、深緑色の瞳は気遣わしげに揺れている。

「ご気分がすぐれないとか……って。ぐ、軍!?」

 立ち上がった私の服装は、濃緑色の軍服に黒鉄色の軽鎧を重ねたいつもの姿だ。この街の住人であれば、ひと目で<アインクラッド解放軍>の関係者と分かるだろう。

「あ、はい……。お恥ずかしい話ですが、道に迷っちゃって。東7区の教会というのは、どちらでしょうか?」

 なぜか先ほどの気遣わしげな表情を一変、女性は強い警戒感を露わにしている。

「……教会に、なんの御用でしょう」

「その。教会近くに、時間限定で安くお買い物が出来る店があると聞きまして」

 タイムサービスを利用するため街を歩き回り、さらに迷子になる軍人。はたから見ればどれほど滑稽なのだろうか。

 女性は一瞬だけ呆気にとられた表情を見せた後、思わずといった感じで吹き出した。


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