こちら、アインクラッド解放軍第104小隊   作:ハイランド

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10軍のお仕事 前編

2024年5月 第19層 主街区 転移門前広場

 

「しょぼいなぁ。本当にコレが主街区?」

 転移門を抜けた先に現れた街の様子に、クロ君がぼやく。

 第19層主街区<ラーベルグ>。<はじまりの街>や<フローリア>のように地面は舗装されておらず、乾いた土がむき出しになっている。

 広場から見える商店街は提げられている看板が少なく、必要最低限の武具店や宿屋といった施設があるだけ。

 道をゆくNPCも少なく、規模で言えば第1層の<ホルンカの村>並かもしれない。

「本当ね。こんな場所、誰も来ないんじゃないの」

 後から出てきたイルカが同意する。

「オレたちがマッピングしても、使う人がいなかったら意味ないよなー」

 低層を中心に、各フィールドのマッピング作業を行うのは軍の仕事の1つだ。

 攻略組は基本的に上層につながる迷宮区と、それに挑むためのイベントフラグ回収にしか目を向けないため、ボスが倒され次層への扉が開かれていてもフィールドマップに空白箇所が残っていることは多い。

 未踏破エリアにはクリアに必要ではないものの有益なアイテムがあったり、効率の良い狩場が隠されていたりする。

 そういったサブイベントやいわゆるやりこみ要素の発見が、このマッピング作業の目的だ。

 軍の探索隊により埋められたマップは一般プレイヤーにも開示され、攻略に役立てられる。この際情報量としていくばくかのコルを頂いており、それが軍の収入源の1つにもなっている。

「まあまあ。……でも、誰も見たことのない場所を歩けるのって面白いと思いませんか?」

「副長はプラス思考ですねぇ」

 クロ君があくび混じりに言った。

 

「っかしよー、こんな過疎層の探査を押し付けるなんて、フタケタの連中も嫌味な奴らっすよ」

 広場を出て、外へ続く道を歩き出した時に伍長がそう呟いた。

 『フタケタ』というのはMTD時代を含む、軍における古参プレイヤーの俗称だ。

 軍では小隊が編成される際、番号が若い順から割り当てられる。シンカー司令の第01小隊、キバオウ副司令の第02小隊を皮切りに、古参かつ高レベルプレイヤーが編成した小隊が続く。

 明確な規定は無いものの、この番号が100になるのを境に上下関係が形成されているのだ。

 01から10小隊までは最精鋭、11以降もハイレベルプレイヤーが多くーーもちろん、軍内部の基準ではだーー、隊員の全てが士官で占められている部隊もある。

 成り行きとして、番号が2ケタ以前の部隊は100番以降の部隊より序列が上ということになり、下位の部隊に対してある程度の命令権を持つ。

 下位の部隊員はこれを指して上位部隊とその構成員を『フタケタ』と呼ぶようになったのだ。

 私達第104小隊は100番に近くはあるものの3ケタの番号を持つので、序列にしたら中の上といったところだ。

 今回の探索も、序列が上の部隊からの依頼で行うことになったのである。

「下位者が身軽に動いてこそ、健全な組織だ。そうこぼすなよ、伍長」

「へーい、へい」

 軍曹の言葉に、伍長は気だるげに頷いた。クロ君や伍長が仕事を渋り、それを私や軍曹がなだめるのが最近の流れになりつつある。

 隊長もこういう時には口を出さず、経過にまかせる姿勢をとるのが基本だ。

 

「……今回の探索は、この村から見て迷宮区とは反対の方向がメインだ。マップはある程度埋められているから、我々はその空白を埋める役割を担うことになる。だが……」

「なにか、お考えが?」

「各空白域の間隔が開いていて、一箇所ずつ回っていたのでは効率が悪い。そこで、隊を二手に分けようと思う」

 隊長の提案はもっともだ。マッピングデータはあとで統合できるので、隊を分割しても問題はない。

 ここは19層と低い階層であるし、出現するモンスターも脅威にはならないだろう。

 私達は隊長の指示で各人の能力を考慮しーー伍長はダイスロールによるシャッフルを希望したのだがーー、2つの班に分かれた。

 第1班、ウィンスレー大尉、フラッシュ伍長、イルカ上等兵。

 第2班、私ことキサラ中尉、ストーン軍曹、シュバルツ上等兵。

 現在時刻は1330、つまり午後1時半。5時間後の1830に主街区<ラーベルグ>にて合流することとし、それぞれ村をあとにした。

 

「そりゃあっ!」

 クロ君の放った片手直剣スキル<ホリゾンタル>が一閃、飛び回るコウモリ型モンスターを両断した。

 上下に分かたれたコウモリは地面に落下し、爆散。視界に獲得経験値が表示される。

「やはりこの層では、得られる経験値も少ないですな」

「そうですね。そのぶん、楽に倒せるのですが……。クロ君はどうですか?」

「オレはこれくらいがちょうどいいかな。たぶん、ソロで行けるのはこの層あたりまでだと思う」

 クロ君は上等兵の階級が示すように、パーティでは2番めにレベルが低い。

 SAOではフィールドに出る際、敵とのレベル差による安全マージンを十分にとることが推奨されている。

 私達中層プレイヤーの通例では、出現する敵5匹をソロで撃破できればそのレベルに達しているといっていい。

「ソロプレイヤーになりたいのか?クロは」

「まあ、憧れはあるけど……。今さらって感じかなぁ。ソロで最前線に行くなら今のレベルの3倍以上は必要だし」

 剣を切り払い、背中の鞘に納めるクロ君。妙に格好つけた仕草だが、なかなか様になっている。

「それにオレは、スキル構成が純戦闘向きってわけじゃないし。誰かとパーティ組んだほうが生き残れる確立は高いよ」

 私が知っているクロ君のスキル構成は<片手直剣>と<索敵>、<追跡>に<解錠>。前者はともかく、後者2つは確かにソロプレイに必須というわけではないだろう。

 そのおかげで、パーティを組む私達はスロットのほとんどを戦闘用スキルで埋められるのだけれど。

「それならどうだ、盾を持っては。生存確率は上がると思うが」

「ぐ、軍曹。この前からいやに盾を薦めますね」

「専守防衛こそ、我々に必要な心得です。人もモンスターも、こちらから斬りかかっていくばかりでは思わぬ反撃を受けます」

「……ありがたい提案だけど、オレはいいよ。もうこのやり方に慣れちゃったし」

 クロ君は片手剣使いでありながら、盾を持たない。伍長も同じだけど、彼は<刀>スキル習得後を考えてのことだ。

 以前イルに尋ねてみたが、『ただのスタイル』だと言っていた。この機会なので本人に理由を聞いてみようか。

「クロ君は、どうして盾を使わないことを選んだのですか?」

「別に深い理由なんて無いよ。カッコいいから、それだけ」

「ふむ。本当にそうか?なにか裏があるのではないかな。……<黒の剣士>のように」

「!」

 軍曹の言葉に、クロ君が敏感に反応した。しかし……。

「<黒の剣士>?」

「おや、副長はご存知ありませんかな。<黒の剣士>というのは、攻略組の中でも飛び抜けて腕の立つと言われている、ソロプレイヤーのアダ名です」

「ソロプレイヤー……」

「私も伍長から聞いたのですが。彼は常に単独行動であるにもかかわらず多くのボスモンスターを討伐し、その強さは鬼神のようであるとか。彼も片手剣を使うのですが、不思議なことに盾を持った姿を見た者がいないのです」

 初耳である。軍の士官として主要ギルドの名前は覚えているつもりでいたが、ソロプレイヤーまでは気が回らなかった。

 それにしても、最前線で戦う攻略組がスタイルだけで盾を使わないのもおかしい。彼らならば、生存確率と攻略速度を上げるために常に最善の手段をとるはずだ。

「それで一部のプレイヤーはこう考えているのです。彼が盾を使わないのは、何か強力なスキルやアイテムを持っているのではないか、と」

「スキル?」

「ええ。盾を持たないことで能力値を倍増させるスキルだとか、彼の片手剣は実は全く別の武器カテゴリであるとか。……まあ、ただの噂ですがな」

 エクストラスキル。

 その言葉が脳裏に浮かんだ。現在ユニークスキルと呼ばれ、絶対の防御をほこるという<神聖剣>もエクストラスキルの1つだ。違うのは、他に習得者がいないこと。

 <黒の剣士>という人があえて盾を使わないことで攻撃力を倍増させるような、『絶対の攻撃』力をもつエクストラスキルを習得していたとしたら。

 絶対の防御と絶対の攻撃。もしこれらがぶつかったら、どちらが勝つのだろう。それこそ、先生の使うあのスキルの名前のようだ。

「じゃ、じゃあクロ君もそんなすごいスキルを持ってるんですか!?」

 さっきクロ君は<黒の剣士>と聞いた時に大きく反応していた。もしかしたら彼は<黒の剣士>と交流があり、その強さの源を教えてもらっているのかもしれない。

「んなわけないでしょう!だったらオレ、今頃攻略組に入ってるよ!」

「それもそうか……。あ、だったらなんでさっき<黒の剣士>に反応したの?」

 私が首をかしげると、クロ君は苦々しい顔をした。

「副長も変なとこで目ざといな……。伍長みたいだ」

 なにか不名誉なことを言われたような気がしたが、気にせず答えを待つ。クロ君は観念したのか、ため息をついて口をひらいた。

「……誰にも、特にイルの奴には言わないでくれよ。知ったらアイツ絶対バカにしてくるから」

「ええ。約束します」

「オレ、あの人に憧れてるんだ。一度だけ戦ってるところを見たことあるんだけど、すげえ強くて、カッコ良かった。もしオレがあんな風に戦えたらイルを……」

「え?」

「あ、ああいや……何でもない。とにかく、ちょっとでもあの人に近づきたくて今のやり方になったんだ。……ただの猿マネだってのは解ってるんだけど」

 なるほど。確かに男の子には、まず形から入る人もよくいる。

 父もそんなことを言っていた。本物に近づきたくて真似をするけど、それが正しいやり方なのか悩む。努力して本物に近づけば近づくほど本来の自分との違いが目につくようになり、また迷う。

 それでも、真似するために積み重ねてきた努力は……。

「大丈夫ですよ、クロ君。クロ君の頑張りは私達も知ってますし、助けてももらっています」

「……副長」

「SAOがクリアされる日まで……イルのことだって、きっと守れます」

「い、いやいやなんでそこでイルの名前がでるのわけわかんねーし」

「照れなくてもいいと思うんだけどな-」

「照れてないっつーの!」

 顔を赤くして抗議するクロ君にはいつものクールぶった雰囲気が微塵もなく、可愛い弟のように私は思えた。

 

「これでノルマは達成しましたな」

「ええ。おつかれさまでした」

 時刻は1800、集合時間30分前。

 私達の班は振り分けられた未踏査エリアを歩き、地図の空白部分を埋めることができた。

 残念ながらめぼしい発見はなかったけど、あとは隊長達と合流してマップデータを統合させるだけだ。

 今から街を目指せば、約束の時間にはじゅうぶん間に合うだろう。

 私達は陽の落ちた薄暗い荒野を進む。アインクラッドでは星や月の明かりは期待できないが、夜には視界に補正がかかり、全くの暗闇になることはない。

「……待って」

 最後尾を歩いていたクロ君が私達を呼び止める。これはいつもの……。

「9時の方向に、なにかいる。……プレイヤーと、モンスターだ」

「戦闘しているということか?」

「いや、これは戦闘というより……。プレイヤーがモンスターから逃げてるみたいだ。街とは反対方向に」

「それって……」

 私達は頷き合い、即座に走りだした。30秒もしないうちに、私の視界にもグリーンのカーソルが出現する。

「くそっ、こっち来んなよ!」

 モンスターに追われるプレイヤーは、クロ君とそう年の変わらないように見える男の子だった。

 手にした短剣をむちゃくちゃに振り回しながら、数匹のコウモリ型モンスターから逃げ惑っている。

 すでにHPバーはイエローに突入していた。

「クロ君!」

 敏捷値で軍曹に勝る私とクロ君で先行する。槍を構えソードスキルを発動。

 単発突撃技<チャージ>。私の体が青い光に包まれ、一気に加速する。

 男の子を追うのに夢中なコウモリは回避動作すらせず、攻撃が命中。一撃でHPバーを全損させポリゴン片と化した。

 視界のすみではクロ君が突撃技<レイジスパイク>からの縦攻撃<バーチカル>でもう一匹を撃破。

 追いついた軍曹も戦鎚を振るい、確実に敵を仕留めていく。間もなく敵は全滅し、荒野には静寂が戻った。

「ふう。……君、大丈夫?」

「あ、ああ。すまねえ、助かったよ。ありが……」

 地面にへたり込んでいた赤い髪の男の子は私が差し出した手を取ろうとしたが、言いかけた言葉の途中で動きを止めた。

「あ、あんたら……軍人か?」

「え?ええ。私達は<アインクラッド解放軍>の……」

 私が自己紹介をしようと、差し出しかけた手を胸に当てたとき彼は猛烈な勢いで立ち上がりーー逃げ出した。

「あっ!?ちょっと!」

 呆然と顔を見合わせる私達。彼は再び自身が逃げていた方向、街の反対側にむけて一目散に駆けている。

「追いかけよう、副長」

 クロ君が言う。私は頷き、軍曹に向けて言葉を発した。

「軍曹、私達は彼を追いかけます!隊長に合流が遅れると連絡しておいてください」

「はっ」

 男の子は意外に早く、すでに私の視界内には彼のカーソルが視認できない。追いかけるにはクロ君が必要だ。

 私は走りだしながら槍をストレージに格納し、先行するクロ君に続いた。


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