魔法少女まどか☆マギカ 続かない物語    作:FTR

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第13話

 その日は、未明から荒れ模様だった。

 午前七時には避難指示が発令され、近隣の住人は指定された避難場所に退避していた。

 そんな中で私はと言えば、多くの住人と同様に行政の指示に従って避難場所に入っていた。

 病院にいる父の事が心配ではあったが、病院と言うのは頑丈な施設だ。あっちはあっちでよろしくやってくれているだろう。

 物好き以外は出てこない階段の踊り場から見上げる窓の向こうで、鉛色の空をすごい勢いで黒い雲が流れていく。

 スーパーセルと言うのは経験したことがないが、これまでの経験に照らしても、確かにただの嵐と言う雰囲気ではない。生物としての本能の部分が警戒する、危険な雰囲気が漂う空模様だった。

 そんな空を見ながら、同じ空を恐らくはどこぞの川べりで見上げているであろう四人を思う。

 それは、私がこの街の未来を託すに足ると信じる魔法少女たちだ。

 

 

 

 

 

 

 

 朝一番、夜が明ける前に私はマミさんの家を訪ねた。

 集合時間は午前五時と打ち合わせてあったが、私が到着した時には既に全員が揃っていた。

 

「おはよう。遅くなった」

 

 息を切らせてリビングに入ると、そこには既に臨戦態勢に入った彼女たちがいた。

 まるで吉良邸討ち入り前の蕎麦屋のような雰囲気だ。

 ここは決戦という名の舞台の舞台袖。

 名花と呼ぶに相応しいかんばせの女優たちは、いつも以上に引き締まった雰囲気で来たるべき時に備えていた。

 

「最終確認するわ」

 

 そう言うと、ほむらは広げた航空写真の一角を指差した。

 

「ワルプルギスの夜の出現地点はこの範囲。私たちはこのエリアで出現に備える」

 

 真剣なまなざしで彼女のレクチャーを聞く魔法少女たち。

 原作でカップめんを啜る杏子にレクチャーしていたほむらを思い出させる冷静な声が脳裏をよぎった。

 幸いワルプルギスの夜関係の事象については私の記憶とも正常にリンクしている。

 いろいろ事象をいじった結果、肝心なところで大事な要素がずれることについては割と本気で恐れていたが、少なくともタイミングについては大丈夫なようだ。

 メンバーは四人。

 マミさんとほむらと杏子、そして奇妙な縁で神名あすみが戦列に加わっていた。

 あの夜以来、あすみの精神は安定を取り戻している。態度こそ未だにつんつんしているものの、どうやら杏子には懐いてくれたらしい。私たち全員に心を開いてくれるにはまだ時間も手間もかかると思うが、信頼できる他者を手に入れたあすみは、もうそれまでのように世の中を呪ってはいない。

 

 程なく時計が六時を指した。

 それが状況開始時刻。

 

「それじゃ、行きましょう」

 

 そう言ってマミさんが立ち上がり、他の面々がそれに倣う。

 

「待って」

 

 水を差すようで気が引けたが、私は持ってきたトートバッグを引き寄せた。

 

「食べられるようだったら、途中で食べて欲しい」

 

 中に入っているのは、小ぶりなトートが人数分。それぞれに入っているのはおにぎりの包みとペットボトルのお茶だ。今朝一番に作って来たお弁当。荷物にならないようにするため簡単なのものだが、真心だけは精一杯込めたつもりだ。

 

 マミさんの部屋から出て、程なく迎えた交差点。

 避難所に向う私はここで左折。決戦の場に向う彼女らの進路は直進だ。

 言いたいことは無限にあるような気がした。

 でも、言葉にするには私のボキャブラリーでは追いつかなかった。

 だから、足を止めた私は、ただシンプルな言葉を選んだ。

 

「全員、どうか無事で」

 

 それだけ言うのが精一杯。

 人付き合いが苦手で、無表情で、弁が立たない私の、それが本当に精一杯のエールだ。

 全員が私を見る中、杏子が一歩前に出た。

 

「ほれ」

 

 そう言ってインディアンの挨拶のように杏子が手を掲げた。

 何のことかと思いながらも言われるままにそれを真似ると、例によって肉食獣のような笑みを浮かべた杏子が派手に私の手のひらに自分の手のひらを打ち合わせてきた。

 ぱちんと、小気味いい音が響いた。

 

「任せとけって」

 

 そう言って、杏子は堂々と車の通らぬ車道の真ん中を歩いていく。

 呆気にとられる私の手のひらを、今度はマミさんが鳴らした。

 

「後で、大きなケーキを作りましょう」

 

 彼女らしい柔らかい笑みを浮かべ、そのまま杏子の後に続く。

 問題はその次だった。

 

「……」

 

 露骨に嫌そうな顔をして、あすみはばっちいものを見るような目で私の手のひらを見つめた。

 やっぱりいい性格してんなあ、こいつ。まあ、いきなりしおらしくなられてもこっちも困るけどさ。

 そんなことを思う私の前で、あすみが慌てて私の手を打った。

 見れば、あすみの後頭部にほむらが9ミリ機関拳銃を突きつけていた。無表情と言うところがなおさら怖い。

 

「面倒な子だわ」

 

 先行する二人を追うあすみを見ながら、ほむらはため息を吐いた。

 

「嫌わないであげて欲しい。彼女がいてくれたから、私たちは一段上の未来が掴めるかも知れないのだから」

 

「それはそうね」

 

 そう言ってもう一度ため息を吐くほむら。そう言えば私といるとため息ばかりだな、この子。

 

「ため息をつくと幸せが逃げる」

 

 そんな私の言葉に、意外そうな顔をするほむら。

 

「……貴女もそんな迷信を口にすることがあるのね」

 

「この戦いが終わった時、貴女たち魔法少女が皆、幸せであってくれないと困るから」

 

 その時、ほむらの瞳が微かに揺れた。

 睨むというほど強くもない視線で私を見つめるほむらの瞳の中に、いろいろな感情が混在しているのが見えた。

 それは恐怖であり、諦念であり、あるいは多少の戸惑いのようでもあり。

 そんな中で、ひときわ輝く一等星のようなものは、きっと希望なのだと私は感じた。

 それは、以前に見た虚無に彩られた彼女の瞳には見えなかったものだ。

 今のほむらには、これまでにはない何かがある。そう思えた。

 無言の私に、ほむらが小さく宣言した。

 

「行くわ」

 

「本懐を」

 

 そう答えると、ほむらもまた私と手を合わせて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 そんな朝のやり取りを思い出している私の背後に、蠢く何かの気配を感じた。

 それは予想通りのものであり、また予想以上のものでもあった。

 

『やってくれたね、香波有季』

 

 聞こえた声に振り向くと、そこに見たくもない白い淫獣がいた。

 しかし、その姿はモニターの中や以前に見たことのあるそれとだいぶ違う。

 強いて言えば、『叛逆の物語』のエンドロールの後に出て来た時の姿と言うべきだろうか。

 白と言うより灰色と言う感じに煤けた毛並み。足取りもどこかよたついている。

 総じて、餌にありついていない野良猫みたいな威勢の悪さだ。

 ずいぶん男前になったもんだな、お前。

 そんな淫獣と、私はこの場で会話をするつもりだった。

 恐らくは淫獣と私の、これが最初で最後の会話だ。

 

『キミに抗議するよ。キミがやったことは、この宇宙の存続を否定したことと同義だよ。キミたちはこの宇宙の一員としての自覚はないのかい?』

 

「今のまま、貴方たちが少女の感情の相転移をエネルギー利用するリスクに対し無理解であり続ける限りは、私たちは貴方たちの活動を否定する」

 

『どういう意味だい?』

 

「感情と言うものはロジックで把握することはできない。故に制御も不可能。その感情が暴走した場合、この時間平面の物理法則や因果律といった基本法則までもが大きく書き換わる可能性がある。貴方たちはそのことに理解が及んでいない」

 

 こいつらは魔堕ちしたほむらを目の当たりにして初めて事の重大さを理解したようだが、それくらいの事は事前に理解すべきだろうに。

 

『……それは、キミの観測の結果なのかな?』

 

「異時間同位体の当該メモリへアクセスし、時間連結平面帯の可逆性越境情報をダウンロードした」

 

 私が告げた文字列に、淫獣が絶句した。

 

『キミたちは、時間軸を無視した情報の観測が可能なのかい!?』

 

「時間を移動する方法は一種類ではない。魔法による時間移動は時空制御の一手段でしかない。不確かで原始的。時間連続体の移動プロセスには様々な理論がある」

 

 例によってどこかで聞いた単語を適当に並べていく。淫獣には後でゆっくり無駄な努力を楽しんでもらうとしよう。

 

「その観測の結果において、かなりの高確率で貴方たちの文明が悪影響を受けることが観察されている。原因は、貴方たちの文明が魔法少女たちに否定的な感情を持たれたこと。今の貴方の状況が、その証明のひとつ」

 

『なるほど、それは説として説得力があるね。確かに、キミの言うことは可能性として納得ができる』

 

 自身の身に降りかかったことすら度外視して、淫獣が頷いたように見えた。

 ひとつ嘆息し、淫獣が言った。

 

『まさか神名あすみの祈りが、ボクに影響を及ぼしてくるとは思わなかったからね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 条件という言葉を口にすると、押し黙ったあすみに私は続けた。

 

「難しいことではない。条件は、私の話を最後まで聞いて欲しいということ」

 

「……分かった」

 

 そこから話したことは、私が知る真実だ。

 難しい話ではない。インキュベーターの所業をそのまま話せば足りる話。

 事の起こりから説明する傍で、マミさんと杏子がフォローを入れてくれる。

 吐き気を催すような邪悪としか言いようがない淫獣の正体に、あすみの意識が彼女の内部で見る見るうちに傾斜していく様子が見てとれた。

 そこまでは私の周りの魔法少女は皆知っていることだ。

 ここに一つ、トッピングを加える。

 あすみのために練り出したとっておきだ。

 

「次に、一つの仮説を聞いて欲しい。これまでのものと異なり、確証があるものではない」

 

「仮説?」

 

「魔法少女になる素質は誰にでもあるものではない。まずそのことを念頭に考えてみて欲しい」

 

 そう前置きして、私は話を続けた。

 

 魔法少女は誰もがなれるものではない。

 抱える因果の総量が重要なファクターだ。

 そう考えると、引っかかることが一つある。

 淫獣の仕事は魔法少女のソウルジェムを相転移させてエネルギーを得ること。

 そのエネルギー源が限られたものである場合、その確保には当然それなりに労力を割くのが自然だろう。確かにどんな願いも叶えてくれるというのは魅力ある提案ではあるが、素質ある少女が皆が皆素直に魔法少女になってくれるとは限らない。

 そうなった時、仕掛け人である淫獣が何の工夫もしないというのはむしろ不自然ではないだろうか。

 つまり、その少女が魔法少女になるという選択肢を選びたくなるような、あるいは選ばざるを得なくなるような環境に少女を追い込むくらいのことをしでかしても不思議ではないように思うのだ。

 例えば、素質ある女の子が親を失い、里親にも疎まれ、心身ともに傷つき、疲れ果て、最後の寄る辺としてそんな都合のいい話をちらつかせられたらどういうことになるだろうか。

 当然、その希望に縋るだろう。得てして、そう言う子は既に思考停止に陥っているのだから。

 だが、それを狙って親を失い、里親にも疎まれ、心身ともに傷つき、疲れ果てるように仕向ける存在がいるとしたらどうか。

 人類とインキュベーターの関係を、家畜と人類のような理想的な共生関係と淫獣は説いた。

 では、家畜とは何か。

 それは自然界にいる動物を、人類の都合がいいように改変した歪な種だ。

 人類とインキュベータの関係が家畜と人類のそれに似たものであるのなら、そこに上位者の下位者への干渉があることは全く不思議なことではない。

 言葉を選びつつ、そんな推論を述べる私の前で、あすみの顔色が静かに変わり始めた。風雨に晒された鉄が錆びるように静かに、しかし確実に。

 私が話したことはすべて仮説だ。

 だが、場の流れと配られた手札を考えた時、あすみはそこには恐らく否定しきれない現実味を感じたのだろう。

 『嘘はついていない。君が勘違いしただけだ』というのは淫獣の芸風だが、今の私の仮説はそれと同じなのかも知れない。だが、あすみの中でそれらが像を結べば、それもまた彼女の中の一つの真実に変化する。

 私が紡いだそんな適当極まりない仮説を受けて、あすみを苦しめた社会に代わる、新しい『敵』が彼女の中で形作られていく。

 諸悪の根源は何か。

 あすみの人生を嘲笑い、彼女を虚仮にしたのが誰なのか。

 憎むべき、真の敵が何者なのか。

 魔法少女神名あすみがそれを確信した時、人類創成以来、数多の少女を食い物にして来たインキュベーターの命運は尽きたのだ。

 

 私が知る範囲で、これまでインキュベーターをどうこうしようという祈りを持った魔法少女の話は寡聞にして知らない。

 有史以来魂を捧げてまでインキュベーターと刺し違える魔法少女はいなかった可能性はある。仮に淫獣を害するだけの力を得た魔法少女がいたとしても、そのほとんどが何も知らぬままにマミさんのように戦いに斃れるか魔女に成り果てていたのだろう。それに、仮にそういう願いを述べたとしても、それらはインキュベーターの方でオミットするかもしれない。

 しかし、あすみの祈りは違う。

 人を不幸にする程度の能力。

 それは確定された約束事の上に具現化した物だ。

 インキュベーターは嘘をつかない。それは一度締結した契約を一方的に解除や解約をすることもないということと推測した。あすみが魔法少女になったからには、彼女の祈りは淫獣が負う履行債務なのだ。

 私も身を以て体験したが、それは魔法少女になった後であっても他者の因果を捉えることが可能な魔法だ。

 それが正義に根差すものであるとあすみが認識していれば、それは本意ではないところで振るわれる呪いではなく、彼女の中の純粋な部分が違和感なく振り下ろす正義の刃に分類される。当然、本意に逆らう呪いの類でなければ魂の本質が本来は善寄りであるあすみのソウルジェムに負担はかからないはずだ。

 確かにあすみの祈りが淫獣に効くかどうかは博打ではあったが、全く勝算のない賭けではなかった。

 対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース。

 そういう『人』ならぬ得体が知れない存在にあすみをけしかけてきたのは淫獣だ。つまり、あすみの祈りは人外にも通用するものだと証明してくれたのは淫獣自身。私はそのレールに乗らせてもらっただけだ。

 その博打に、私は勝った。

 こいつの今の姿が、その効果の証明だ。

 そんな風に冷静に思っているものの、こいつがこんな事になるような物騒な呪いをかけられていたのかと脂汗が滲んでいたのも事実だ。

 

 

『キミの能力については観測に特化していると思ったけど、まさか神名あすみを騙して自分の攻撃の手段に用いるとは予測できなかったよ』

 

「騙してはいない。認識の相違から生じた判断ミスは私の責任ではない」

 

『手厳しいね。そのおかげで、ボクはエネルギー回収ノルマを達成することはおろか、新たな魔法少女を見つけることもままならない。これもキミが想定した結果なのかい?』

 

 当たり前だ、淫獣。

 それを夢見て、私はこの1か月を戦ってきたのだ。

 

「身を持って観測したのならば分かるはず。現状での最善手は、今後地球人類への干渉を行なわないこと。更なる因果の負荷がかかる前に、一定以上の距離を取ることを推奨する」

 

『その意見は人類とインキュベーターの共生関係の否定でしかない。キミは人類がさらに上位のステージにシフトすることを望んでいないのかい?』

 

 脇でうるさい淫獣をよそに、私は窓に向って指を伸ばした。

 適度に湿気を帯び、曇った部分にすいすいと指を走らせる。

 淫獣はそれを見つめ、数秒考え込んで言葉を発した。

 

『……この絵文字には意味があるのかい?』

 

 その問いに、私は静かに答えた。

 

「『わりとどうでもいい』。そう書いてある」

 

 窓に描いたのは、丸と直線で構成した『荒ぶる鷹のポーズ』の図。

 

 その図の向こうで、ひときわ大きな落雷が鋭く光った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「有季ちゃん?」

 

 淫獣が去った後も曇天を見上げていた私の背中に、悠木碧に似た声がかかった。

 振り向くと、そこに不安な心情を隠そうともしないまどかがいた。

 この子もここの避難所の割り当てだったか。

 

「今の生き物、何?」

 

 戸惑いながらの質問から察するに、恐らく淫獣とのやり取りを見ていたのだろうか。

 

「猫の親戚みたいなもの」

 

「嘘だよ。何か、いろいろ喋ってたじゃない。前に私に『助けて』って言って来たの、あの生き物だよね?」

 

「変わった猫。人語を解する希少種の類」

 

 それだけ告げて視線を曇天に戻す私に、まどかは食い下がって来た。

 

「有季ちゃんは、何と戦っているの?」

 

 内心で、少し驚いた。まどかが何を感じたのかは知らない。だが、それなりに付き合いの長い私たちだ。私の様子から何かを察したのかも知れない。

 

「私は戦っていない」

 

 そう、戦っているのは四人の魔法少女だ。私は安穏と、血を流すこともなく避難所でぬくぬくと待機中だ。

 

「どうして嘘つくの? 前から何となくそう思ってたけど、あのマミさんやほむらちゃんと、有希ちゃん何かと戦ってるんだよね?」

 

 必死に食い下がってくるまどかだが、言えることは何もない。

 

「私は魔法少女じゃない。戦うことはできない。出来ることは、祈ることくらい」

 

「祈る?」

 

 キョトンとしたまどかに、私は一つ訊いてみた。

 

「まどかは、この世界が一つの物語だと考えたことはある?」

 

「物語?」

 

「本でも映画でもいい。私たちのことを物語の登場人物のように考えている存在がいるとしたら、と考えたことは?」

 

「……ないよ?」

 

「それでいい。それが普通」

 

 私が知る、この世界と言う物語の本質は悲劇だった。

 まどかも、さやかも、仁美も、マミさんも、杏子も、まどかの家族も、そしてほむらも、皆が心から笑っていられるエンディングではなかった。

 だから、祈る。

 戦えない私がこの期に及んでできることは、ただそれだけだ。

 この物語の結末が、あんなひどい未来に続きませんように、と。

 皆が幸せなままに迎えるハッピーエンドで終わりますように、と。

 そして、そんな私の願いがどこかの時空にいるお人好しの神様に届くようにと、私は祈った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<河川敷公園>

 

 四人がいたのは、川沿いに設けられた公園の一角だった。

 程なくこの地に顕れるであろう、未曽有の魔女。

 曇天の下、徐々に強まる風の中で、四人の魔法少女は各々が同じ制作者による握り飯を口にしていた。

 

「あ、こっちは梅干しだ」

 

 杏子が大きく齧った握り飯の具に呟いた。

 

「紀州梅ね」

 

 ほむらが頷く。

 

「こういうものにもこだわるのね、あの子」

 

 マミが肩をすくめてペットボトルのお茶に口をつけた。

 残るあすみは無表情に最後の握り飯を食べ終わっていた。

 

「なあ、マミ」

 

「何?」

 

「結局、あいつって……何者なんだ?」

 

「あいつって、香波さん?」

 

 杏子は頷いた。

 

「訊いてもいっつもはぐらかさちまうけど、よく分かんないんだよ。普通じゃないことは分かるんだけど、魔法少女じゃないんだよね?」

 

「そうね、魔法少女じゃないと思うわ」

 

「キュゥべえの同類って感じ?」

 

「それとも多分違うわね。ちょっと普通では見えないことが見えるけど、そんな力があること以外は普通の女の子。そんな感じじゃないかしら?」

 

「よく分かんねえな」

 

「当人に直接訊いてみるといいわ。運が良ければ、そのうち教えてくれるでしょう」

 

 そんなやり取りを傍らで聞いていたほむらが最後の握り飯を食べ終わり、アルミホイルを丸めようとした時、包んでいたハンカチの間に挟まっていた便箋が落ちた。

 何事かと思って手にしてみれば、書かれていたのは金釘文字で書かれた数行の言葉。

 

 一度目は素早く目を通した。 

 

 二度目は確認するように。

 

 三度目は最後の名前を、ただ静かに注視した。

 

 ほむらの顔に笑みが浮かんだのは、四度目に目を通した時だった。

 

 

 

 

「さて、そろそろ来るんじゃねえの?」

 

 身軽な動作で立ち上がり、杏子は槍を肩にかけて柔軟を開始した。

 

「佐倉さん、それは?」

 

 マミが見つめる先にあった杏子の左の手首に巻いてあるのは、握り飯を包んであった大ぶりなハンカチ。

 

「何となくね。本当は、あいつもこの場にいたかったんじゃないかな、って思ってさ」

 

「……そうかもしれないわね。いい考えだわ、それ」

 

 そう言いながら、マミもハンカチを手にして自分の手首に巻いた。

 ハンカチをつまみながら考え込むあすみに、杏子が近寄った。

 

「ほら、貸してみな。結んでやるからさ」

 

「えー……痛っ」

 

 あすみが言うなり杏子のげんこつが頭に落ちた。

 

「差し入れ全部食べておきながらつまんねえ意地張るんじゃないよ」

 

 そんなやり取りをしながら涙目のあすみの手首に、杏子がハンカチを結びつけた。

 

「暁美さん?」

 

 彼女らの輪から外れて一人便箋を見つめていたほむらは、マミの言葉に我に返った。

 手にしていた便箋を静かに自身の魔法の象徴である左腕の盾に納め、顔を上げた。

 

「分かってる」

 

 そう答え、ほむらもまたハンカチを自分の手首に巻いた。

 

 

 強くなってきた風の中、強風にあおられて乱舞する様々なものの中にサーカスのような小物が混ざり始めた。

 聞こえてきた、パステルカラーの象の足音。

 見えてきた、様々な魔女のギミックたち。

 それはほむらが幾度も経験して来た、ワルプルギスの夜の予兆。

 

 対峙した四人の前で、舞台装置の魔女はその舞台の幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 古いお伽噺より。

 絶望の世界に生きた、ある女の子の言葉を貴女に贈る。

 

 『 むかしといまでない、どこかがわかったのよ

   それはみらいなの

   いままでがんばろうって言ってきたのは、みらいをよぶためなのよ

   いまが、そのときなのよ

   むかしでもいまでもない、どこかにつながるところに、みんなでいくのよ

   かなしみにめーするの

   だれひとりしななくても、おはなしはおわるのよ

   それが、せかいのせんたくなの           』

 

 

 幸運を。

 

 

 香波有季

 

 

 

 

 

 

 

 


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