果たして自分の力量を計るというのはどういう意味であったのか、取り敢えずその時のリムル的には全力を出す事であった。
否、正しくは全力を出さざるを得ない状況であったからそうしようとしているだけだが。
何せ今対峙している今回の件のきっかけとなった人物の攻めはそれはもう無茶苦茶だった。
相手の気配がそもそも目の前にいるにも拘わらず視認していないと把握できなかった。
これは全周囲を視界化できるリムルであればさほど問題はない事のように思えるが、実体はあるのに生物としての存在を感知できないという、相手が例え亡霊でも感知する事ができるリムルにとっては妙に気味が悪い感覚だった。
次にそもそもの基本であるビルスの攻め。
これは単純であった。
ビルスが破壊の神であることを納得できるような破壊という行為を否応なく認識することができたからだ。
しかしその規模というか、実体験が根本的に問題であった。
何せ一見彼は何もしていないのにいきなり自分の背後の遙か先に見えた山が消え去る、足元に見える遥か下の地面にクレーターどころか底が見えない大穴が突如として出現する。
せめて気配を感知することができれば、彼が動作しなくとも気の流れで未来予知に等しい力を持つリムルなら何らかの対処ができたはずである。
しかしそれが全くできなかった。
彼が次に何をするのか分からない。
そもそもどうやってそれを実現しているのか解析ができない。
しかしこれらの現象がビルスによって行われているということは、少なくとも彼も自分や他の生物と同じように思考の後に行動しているはずである。
だがビルスがどの合間に思考しているのかがやはり根本的に分からなかった。
リムルから見て殆ど動いていないように見えたからというのもあるが、これも彼から気配というものを感じ取れない不可解な感覚に近かった。
相手が少しでも思考していると認識できれば、常人にとっての刹那の間すら揺蕩う時間の流れに身を任せてのんびりと思考ができるリムルであれば、それは十分な反撃を行える隙であったのだが……。
「っ……」
今のところ為す術もなく、自分の身の回りで起こる驚天動地の現象に翻弄されるリムルは久しぶりに焦っていた。
相手が何をするか分からないのでついつい後手に回ってしまっていた。
形振り構わず何かしらの牽制をしようともしたが、それをする前に知覚できないビルスの力による現象が四方八方で発生するので、なかなか集中力が維持できなかった。
(なんだこれ……。こっちから何をしたら良いか全然わかんねぇ!)
リムルがこのように焦ったのは彼がビルスの目に止まるほどの力を得てから久方ぶりのことだった。
リムル自身はまだ自覚はなかったが、その姿は実に人間らしく、彼がもう少し今の姿を客観的に見る余裕があればきっとこう思ったかもしれない。
自分は久しぶりに
「ん?」
と、リムルがもう少しでそんな心境に達したかもしれないという時だった。
その時自分より高所で腕組みをしていただけのビルスが不意にリムルに向かって掌を突き出したのだ。
何をする、という予想をするよりも早く自分の背後で既に「何か」が起こった事にリムルは気付いた。
正しくは足元に見えていた地面だったのだが、その光景が突如として無くなったのだ。
リムルはそれを目にして絶句した。
「?!」
今までのビルスの攻めは何かが起こる度にそこが霧散するか砂漠になるだけであった。
しかし今度ものはそれらとは明確に違った。
簡単に表現すると世界が無くなっていた。
闘っていた時は確かまだ日没前といった頃合いだったはずだが、いつの間にか夜になっていた。
しかしそれはリムルの勘違いだった。
彼が一瞬そう錯覚してしまったのは、ビルスによって星1つがそよ風で飛んで行く埃のごとく消されてしまい、二人が対峙していた舞台が宇宙空間になんの前触れもなく移った事を把握できなかったからだ。
世界の破壊、リムルも同様のことは出来るが、それを星1つとはいえ、これほどあっさりと一瞬に、こちらに予想すらさせずに実現して見せたビルスの淡白な振る舞いに、リムルはここに来て漸く明確に戦慄した。
それは先程から有効な
(宇宙……? 空間……俺がいた世界……)
いきなり目に飛び込んできた光景に呆然としていたリムルが段々と現実を実感し始め、世界と一緒に自分が愛した仲間や場所もたちまちの内に消えてしまったという事に対する怒りの感情が
リムルが幸運だったのは、怒りの感情こそ芽生え始めたものの、身体がまだ直面した現実の衝撃に強張り思ったように身体が反応しなかったことだった。
ビルスはふとリムルから目を逸らすと、逸らした視線の先にいた従者のウイスの名前を呼んだ。
「ウイス」
「はいはい」
無表情でリムルと対峙していたビルス、それに対して柔らかい表情で二人を見守り続けていたウイスはビルスの意図を察したらしく、彼の声に小さく頷くと手に持っていた杖を
すると杖の柄の上部の飾りのような部分が輝きを放ち、周りの空間をまるで吸い込むように星々の光を集め始めた。
「え?」
最初に気付いたことは自分が地面に立っていたことだった。
強い違和感に
無くなったと思った世界が元に戻っていたのだ。
暮れかけた陽の光、ビルスに滅茶苦茶にされた山や地面、その全てが何事もなかったかのように元のままだった。
あまりにも強烈な出来事の連続にリムルは一瞬混乱したが、自分が今見ている光景は正にビルスと闘う直前の光景だったことを思い出す。
「時間が……戻ってる……?」
無意識に答えを求めて出たリムルの言葉にウイスが微笑みながら「正解です」と言った。
ビルスもその様子を認めると「さて」と彼に改めて視線を向けて口を開いた。
「これで僕の神の力自体は解ったかな? じゃあここからが本番だ」
「えっ?」
「いくら凄い能力を持っていて思考の早さも凄まじくても、不意を突かれたら意味がない。そこはまぁ、君の人間の部分が影響したのかもしれないけどね」
「……」
「僕が君から受けた不安はそこなんだよ。見た目こそ違うけど人間の君が大きな力を持っていても大丈夫か。だからこうしよう」
「……何かな?」
「今度は能力じゃなく純粋な力同士のぶつかり合いだ。ああでも、勿論身体強化や飛び道具はいいよ。ただ空間系の能力は無しだ。使われても僕は破壊するだけだからね」
リムルはここまでの会話でビルスが何故こんな提案をしてきたのか正直理解できずに心の中で頭を捻った。
単に神としての上下関係を認識させたかっただけじゃないのか、それが叶った今何故敢えて今度は物理的な衝突を望むのか。
元々が一般社会の一労働者でしかなかったリムルにはそこが解らなかった。
そう、そこが明確に神という立場であり戦士でもあるビルスと、成り行きで神と等しい存在になっただけのリムルとの違いであった。
故にそこに価値観と理解の齟齬が生じるのは致し方無い事なのだが、相応の力をリムルが持つ以上、正式な神であるビルスはそれを認識し、判断しなければならなかったのだ。
果たしてその力は彼が持つことに対して過分か、それとも認可できる器があるのか。
これまでの流れでリムルが絶大な力を持つものの、存在としての本質が人であることが判った。
故にそこに一抹の不安をビルスは持ったのだが、それに対して力を持つだけの器があるか、を戦士として確かめることにしたのだ。
つまりそれを確かめた結果、納得いくものであれば補填材料としてリムルを認めるというものだ。
ビルスの都合による一方的な理屈だが、残念ながらリムルには最初から拒否をするという選択は無かった。
果たしてリムルはビルスを納得させることができるのか。
リムルの思考の早さは常人の百万倍。
それがビルスに通じるか悩んだ末に生まれた話です。